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「白くまのクヌート」
と言えば、日本でも耳目を集めた愛らしい姿を覚えている方も多いはず。
ベルリン動物園で育児放棄した母熊の代わりに、飼育員の手によって育てられたあのホッキョクグマ…。
おそらくその「クヌート」にインスピレーションを得た、ホッキョクグマの三代記。
時代も第二次世界大戦後の東西対立の時代からソ連の崩壊、現代に至るまでと大きく変化する。
この時代の「大きなうねり」が物語の屋台骨となり、環境保護や動物愛護、性的マイノリティなどの現代の社会問題も随所に顔を出す。
ただこの物語を「動物の目を借りた人間社会批判」と結論づけてしまうのはなんだかもったいない気がした。
作中でほとんど生身の接触を持たないこのホッキョクグマの親子たちはただ「書くこと」「語ること」によってのみつながっている。
曲芸を身につけるように人間の言葉に触れ、身につけていったこのホッキョクグマたちの言葉に対する新鮮な感覚や合理的な態度こそが、この物語をユニークなものにしていると感じた。
最後に。
佐々木敦さんによる「解説」を読んで、クヌートが2011年に死んでいたことを知った。
物語のもうひとつの結末を見てしまったような思いで、悲しい。
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現実と虚構の間を飛び越えて私とあなたが反転し三人称が一人称に鮮やかに入れ替わる。
多和田さんの作品は読み手の立つ場所をグラグラと揺さぶって翻弄させるのだけど、それが気持ちよくて癖になる感じ。
ホッキョクグマ、三代みんなとても可愛い。
実際のクヌートのことを調べてから読見返したら、楽しさと悲しさが増してしまった。
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冷戦時代、冷戦末期、そして冷戦終結(ベルリンの壁崩壊)後にかけての、ホッキョクグマ三代記。ファンタジーと思われるかもしれませんが、ファンタジーではありません。政治と芸術、ひいては人生についての物語です。
ホッキョクグマは芸術家の象徴であり、政治に翻弄される存在です。動物園で暮らす三代目のクヌートは、本当の意味での芸術家ではありませんが、人間の都合で愛され、そしてそっぽを向かれる点で、翻弄されていることに変わりはありません。儘ならない暮らしを強いられながらも、ホッキョクグマたちは誇りを失わず、生をまっとうしようとします。その姿には神聖ささえ感じられました。同時にどんな環境にあっても、誇りを失わずに生きることはできる、そんなメッセージが込められているように思いました。
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まるっと作り話,分かっているけど
白熊を見る目が変わってしまったと思う。
冬に再読したいフィクション1位。タイトルもすてき。
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☆5 水無瀬
無類の面白さ。多和田葉子がこれまでに試し続けてきた実験が満開に花ひらき実を結んだ作品と思う。小説fictionが虚構fictionであるがために成立した完璧な小説。
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ホッキョクグマの三代記。
社会で働き、ヒトと触れ合い擦れ合い、戸惑い思考し愛着するクマたちの姿はユーモラスだけど無垢な情趣に満ちていて、こちらの心を無防備にさせた。
彼らの存在の寄る辺なさは、亡命疲れをおこすほどの祖母の越境劇に始まり、動物園の檻の中から出られぬ孫クヌートの北極への思慕に収束していく。この対比。
祖母の叙述は機知に富み逐一笑いをさそったのに、クヌートの最後の一文に至る頃には目頭が熱くなっている。この対比。
理知的なばかりでなく温みをも感じさせる筆致。なんと鮮やか。
時間、空間、事実と幻想、主体と客体の展開も自由自在。すべてが鮮やか。良い読後となった。
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読書会の課題本。緻密に計算された叙述法も面白いが、ところどころにユーモアがあるし、メルヘンチックな雰囲気のシーンもあって、楽しく読めた。
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サーカス北極グマからの3代記。
人と北極グマ、私と三人称が入れ替わり、サーカス、会議、文学、動物園と社会主義と様々に織り込まれた摩訶不思議な物語世界。
こんな作家さんがいたのかあ。
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面白かったです。
ホッキョクグマの3代に渡る物語。
社会に溶け込んでる祖母、サーカスにいるけど人と会話したりする母「トスカ」、産まれたときから動物園にいて人工哺育で育つ息子「クヌート」。
くまなんだけれど、ほっこりはしなくてなんだか哲学的。社会風刺もありました。祖母が亡命疲れしたり。
クヌートが愛らしいけど、しみじみと考えていることはこちらも考えさせられるような事だったり、やっぱりくまだからちょっとズレていたり。
くまの代が代わるにつれて実際に移動できる範囲は狭まったけれど、その分、思考は拡がった気がします。
言葉選びなども面白くて不思議な世界でした。
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しろくまの三代にわたる短編で、あっという間に読み終わった。人間なのにクマの目線らしくかけるのはすごい!本当にクマが書いているものを読んでいるような気分になった。この気持ちを忘れる前に動物園に行ってしろくまにあいたい。
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自伝を書きつづける「わたし」。
その娘で、女曲芸師と歴史に残る「死の接吻」を演じた
「トスカ」。
そして、ベルリン動物園のスターとなった
孫の「クヌート」。
ホッキョクグマ三代の物語。
読み始めて、(この作品の終着点はどこだろう)と
考えたが、それは違った。
終着点など、いい意味でどこにもなかった。
ホッキョクグマと人間の信頼関係に
フワフワと漂いながら読み進めた。
難しいことを考えず読むのがいちばんいい。
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不思議な物語でした。
解説を読むと実は登場するシロクマたちは実在するとありました。
シロクマが小説を書くんです。シュールだけどなぜかやめられない不思議な魔力というようなもののある小説でした。
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ホッキョクグマ3代の物語、なのだがなんとも不思議な小説である。
何しろ初代はサーカスの表舞台を引退して、そのサーカスの裏方兼マネジメントを引き受けているわ小説を書くわと、いきなりの不思議な世界。しかもナチとの戦争中の話も出てくるスターリン配下のソ連が舞台。
2代目トスカは東西分裂当時の東ベルリンでのサーカスの話だし、3代目クヌートはようやく現代のしかも実在したクマの話。
3代のクマそれぞれの目線に立って、現実と空想の世界が混在した世界を読み進めていくと、随分不思議な気持ちになる。この世界観にどっぷり浸れるなら、きっとこの本はお気に入りの1冊になるのであろう。
残念ながら、俺は最後まであと数歩世界に踏み込めず、薄い布幕越しに物語を読んでいるような違和感を感じてしまった。シュールとか幻想とかいうジャンルに今一歩踏み込めない自分の苦手意識が残念である。
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多和田さん流のウイットに富んだ文章に夢中になった。
ソ連、西ドイツ、カナダ、東ドイツ、統一後のドイツを転々とする3世代のホッキョクグマの物語。
ホッキョクグマ目線による、人間の言動や社会に対する皮肉が面白い。
人間に対する批判めいた文章もニヤリとするだけで、ちっとも嫌味がなくさらっと読めるのがまた多和田さんらしい。
同じ種族(ホモサピエンス)同士で権力を争ったり、国と国の間にあった頑丈な壁が壊されたり、一つの国が解体されたり、と目まぐるしく変動する人間達の世界。
ホッキョクグマからすると変な奴ら、と滑稽に思えたに違いない。
そしてそんな人間達がもたらした地球温暖化により、北極は存亡の機に立たされる。
これは笑い事では済まされない。
人間達の勝手な振る舞いに翻弄されるホッキョクグマ達のその先を思うと切ない。
この作品を読んでいる途中で入ったニュース。
アメリカで最も権威のある文学賞「全米図書賞」の翻訳文学部門に、多和田さんの『献灯使』が選ばれたことを知り鳥肌が立った。
ほんと喜ばしい!おめでとうございます!
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難しい小説だなあ大丈夫かなあと自分の理解力にひやひやしながらも読み終わる頃には、お見事だ……の一言に尽きた。
言語と思考が血に溶け込んで身体中に広がっていく過程、他者とわたし、世界とわたし、小さな文庫本が裏返しになりわたしが飲み込まれてしまったような気がした。
ものを書くこと、浮遊感、次元の飛び越え、言語が指先まで染み渡っていく過程、すべてが鮮やかな描写によって目の前に迫ってきた。
クヌートのその後、死ぬまでは幸せであれと願う。