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[狂乱の目の中で]時に怨嗟の声をもってして,時に郷愁の念をもってして語られるバブル。日本の経済風景を一変させたあの嵐を,記者という立場で中から観察した男が描いた作品です。著者は,日本経済新聞証券部で記者を務めた経歴を有する永野健二。
各方面から高評価が聞こえてきていたので手に取ったのですが,これまでのバブルを記した作品の中で,最も血が通っていた作品でした。目まぐるしい時代の中で,誰が,何を考え,どのような決断を下したのかがはっきりと明記されており,自分が実体験したことのないバブルという時代を,生々しく伝えてくれました。
〜バブルの最前線で揉まれ迷走していた立場からいうと,バブルとは,何よりも野心と血気に満ちた成り上がり者たちの一発逆転の成功物語であり,彼らの野心を支える金融機関の虚々実々の利益追求と変節の物語である。そして変えるべき制度を変えないで先送りをしておきながら,利益や出世には敏感な官僚やサラリーマンたちの,欲と出世がからんだ「いいとこ取り」の物語である。そして最後には,国民ぐるみのユーフォリア(熱狂)である。〜
やっぱり日本に帰って日本の本を読むとよく頭に入りやすい☆5つ
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バブル時は20歳代後半だった。経済的な話は正直よくわからないのだけど、同時代を生きたものとして、しかし恩恵はほぼ受けなかったものとして、著者のいう、後付けでない時代の諸相を知ることができたと思う。
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一流で本物の記者の分析・洞察は流石である。あの時代、渦中を生きた立場からは、この本はまさに圧巻その物。
金融55年体制からの脱却に当たり当局のミスリードであの「バブル」が発生し、銀行・証券・信託・不動産、そしてあらゆる大企業の財務部門が財テクに走り、特金・ファントラを使い投機に現を抜かす。あらゆる業界・社会全体が踊り狂った熱狂の実態と全体像がいろいろな象徴的事件の描写を通して浮かび上がってくる。各々の事象の歴史的意味合いが深く正確に分析されまとめ上げられている。著者の誠実な人間性と新聞記者としての誇りが一貫して滲み出ている。渦中を生きた立場からはこれほど正確で本質的にまとめられている文献は自分の総括のためにも価値がある。
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プラザ合意を経てお祭りのように始まったバブル。
ちょうど私が東京へ出てきた年だ。一人暮らしを始めたばかりで、個人的にはまったくお金がなかったけど、会社は景気が良かった。みんな楽しそうだった。お給料も土地の値段も銀行預金も、何にもしなくてもどんどん増えていくものと信じてた。あの時…へたにまとまったお金を持ってなくて本当に良かったと思う。
89年末に株価のピークを迎え、年明けて90年、突然の株価大暴落だった。そんなさなか、私は東京で結婚した。株は下がっても土地神話は消えず、まだまだ持ち家を買える値段ではなかった。それでも家はもっていれば財産になると言われ、ローンを組んで思い切って購入。そして7年後に売却した時には購入時の半分の値段になっていた。
いや、そんなことはちょっと蚊にさされたほどの痛みだ。90年からの2000年まで、日本経済にとって悪夢のような10年間だった。銀行と企業の癒着、政治とカネ、飛ばしの架空会社、住専、ノンバンク…黒い膿のようなものが次々と明るみに出て、経営破たん、損失補てんという言葉が横行した。日本興業銀行が富士(みずほ)に吸収合併され、山一證券はつぶれ、大蔵省は財務省になり、日本経済は大きく揺れ動いた。…そしてバブル後のデフレ。失われた20年。今後日本はどこへ向かっていくのか。バブルを教訓とし、骨太の日本経済を築いていくことができるのか。
本の最終章に司馬遼太郎が96年に残した言葉が引用されている。
「資本主義はモノを作って、拡大再生産ののために原価より多少利をつけて売るのが、大原則である。…資本主義はその大原則を守ってつねに筋肉質でなければならず、でなければ亡ぶか、単に水ぶくれになってしまう。」
戦後、焼け野原から立ち上がって、いちから築きなおした骨太日本の精神を、再び取り戻してもらいたい。
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非バブル世代や、特別に知識のないものからすると、新しい固有名詞が多い。恐らくは常識の範囲なのでしょうが。
ただ、当時の一記者からの視点で、バブルがどう見えたかが良くかかれていて、雰囲気は少しはわかった気がしました。
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バブルの頃は小学校低学年の頃だったので
なんとなく日本全体が浮かれているなぁという
印象しかありませんでした。
(それもテレビから受け取るくらいのレベル)
自分が社会人になった頃はリーマンショックのちょっと前で
景気としてはやっと回復してきたかなという頃でした。
バブルの頃の話を先輩などから聞くにつけ
よい時代だったんだなぁと思っていました。
なぜバブルが起きたのかということを全く知らなかったので
ただ恵まれた時代だったのだと思っていましたし
自分が社会人の間にまたそういう時代が来れば良いな
と思うくらいだったのですがこの本を読んで
バブルというのは様々な人や組織の無責任によって
引き起こされた人為的なモノだったということが分かりました。
正直著者は経済記者上がりの方なので難しい表現も多く
完全に理解できたわけではないのですが
少なくともバブルを懐かしんだり憧れたりするのは
見当違いだなと認識できました。
当時の財界の主要な人物がどういう立ち振る舞いをしたのか
全般的に俯瞰して見ることが出来て良かったです。
問題を先送りしたり責任を取ることをを
何とか回避しようと目論む過去の人達の無責任さに嫌気が差しました。
自分が同じ立場に立った時にどうなるのかも考えましたが
なるべくなら公明正大でありたいなと思いました。
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平成に入ってついに生じたバブル経済崩壊。それから、いわゆる「失われた20」の突入し、日本経済は出口の見えないトンネルに入り込んでしまった。今なお、その影響は様々な分野に波及し、超高齢社会、人口減少も相まって、新たな問題対策の対応遅延に影響を及ぼしている。
本書は、バブル経済時代から崩壊まで、間近で取材を続けた日経記者の生々しい当時の経済界、とりわけ日本興業銀行、日本長期信用銀行、当時のメガバンク、大手証券会社、日銀、大蔵省、内閣などの状況などが綴られている。
本書で、「第二の敗戦」とまで称されているバブル経済崩壊とは?そして、現在のアベノミクスの行方とは?
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超低金利を背景にリスク感覚が欠如した狂乱の時代。日本人の価値観が壊れ、社会が壊れ、そして政・官・財が一体となった日本独自の「戦後システム」が壊れた…。「失われた20年」を経て見えてくる「バブル」の真実に迫る。
私はバブル最盛期の88~89年に日本にいなかったのでその狂乱ぶりを肌で知っているわけではないが、こうして読んでみると政治家、官僚、銀行・証券、怪紳士たちを中心とした、いかに狂った時代だったかよくわかる。そして大蔵省や銀行・証券の幹部らの自己保身が「失われた20年」につながったことも。筆者は人為的にバブルを作ってデフレ脱却を図るアベノミクスへの懸念も忘れない。
(B)
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会社説明会ではわからないそれぞれの企業のかかえる内実が理解できよう。
バブル当時の記憶はすっかり風化しつつあるが、蘇らせる手段として本書は有用。尾上さんなど錚々たる人物の写真が掲載されているのは珍しい。
銀行が不良債権の山を築く契機となった住銀コンサル案件と大前研一の関係を指摘したバブルを論じた本はほとんどないが、本書にはちゃんと書かれている。
その場をとりつくろうだけで、本質的問題を先送りするという日本の組織の問題をあらためて考えるうえでも参考となる
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直接的に『バブル』という異常な熱狂を描くのではなく、バブル経済の源流を興銀と大蔵省の二軸に定め諸事案を立体的に構成し本質的功罪を炙り出していく良著だ。元日経のエース記者であった著者がまさにバブルの最前線で味わった感覚や見聞きした生の情報と分析は興味深い。
著者はイタリア語の「ユーフォリア(熱狂)」という単語を度々使用しているが、的確にバブルを表した言葉であろう。例えば当時を知らぬ者からすれば証券業界の「にぎり」など異常そのものだが資金獲得合戦として銀行預入+αを確約しその背景に大蔵省の黙認があったこと
と「ユーフォリア」という空気があったことを考えると理解できなくもない。興銀という当時超一流の組織が尾上縫に入れ込んだのも同様だ。
人々はユーフォリアという多幸感のうちにバブルは弾け、その麻薬的後遺症はいまなお「当時の感覚」として残る。ステレオタイプで申し訳ないが、いわゆる「バブル世代」と話すと当時を懐古する様があり麻薬的快楽が消え去っていない。その限りバブルは再来するのだろう。そして彼ら「バブル世代」はバブル以後を「失われた20年」と評すがそこに生きた「ミレニアム世代(この呼称は好きではないが)」は生まれながらにITを身にまとい独自の感性とコミュニケーション感覚で時代を切り開き始めている。バブルを知らない世代は後遺症を知らないからその新しい感覚に酔いしれるのかもしれない。
本書を読んだのは奇しくも日経16連騰。時代は流れ、そして繰り返すのかもしれない。
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★証券記者としての矜持★新聞記者や評論家が書くバブル史は銀行や大蔵省が中心となりがちだし、バブル紳士を軸とすると際物の読みものになりやすい。証券記者として見たバブルとは日本の資本市場のひずみなのだろう。成り上がり経営者に対するうっすらとした親近感にも見て取れる。同じ顔をしてバブルはやってこないことに対する危機感からこの本を書いたというが、低金利ゆでガエル状態は先が見えないままだ。
特に印象に残った点をいくつか
・ミネベアの高橋高見が、慶応ボーイとしてのプライドと鉄屑屋の息子というコンプレックスの間で上昇志向と起業家精神を育て、日本のM&Aの礎を築いた
・山一証券破綻の責任を、三菱重工CB事件の時にトップだった植谷久三と横田良男と断罪する
・財テクの走った鉄鋼商社の阪和興業を経済人すらがほめたたえていた
・札幌トヨペットなど北海道の天皇とまで言われた岩沢靖と義理の息子EIE・東京協和信組の高橋治則の巨大な増殖と崩壊
・尾上縫の破産管財人として興銀の不正を訴え息の根を止めた弁護士の滝井繁男。後に最高裁判事となってグレーゾーン金利判決を下す
・証券会社の損失補填は大口手数料割引の変形という認識だったという阪大・蝋山晶一教授の指摘。営業特金は20兆円あり、半額の10兆円の損失があったとして四大証券の補填額1200憶円は0.6%に過ぎない
・信託銀行のファンドトラストは損失補填がないと言い抜けた大蔵省
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新聞記者だった著者が80年代後半から90年代前半にかけて起きたバブル景気の深層を自身の取材などから書かれた一冊。
株と不動産がブームとなり、企業は財テクに邁進して誰もが熱狂した異常な事態だったバブルをという時代を取材した本書の記録は非常に生々しいもので真実を知ることができました。
山一證券の倒産への真相や株式投資ブームの火付け役となったNTT株式上場の裏側など当時に起きていた関係者の動向も詳しく知ることができました。
営業特金やファントラを推奨し、利用した企業や政治の失墜とその事後処理を後回しにした政治家や経済人の失敗は教訓にしなければいけないと感じました。
そして、そんな中で野村證券の田淵元会長や宮沢喜一氏など当時火消しに動いていた人物もいることも本書で知りました。
今から約30年前の出来事で派手な部分がクローズアップされがちなバブルですが、その裏側では政治家、経営者、証券会社や銀行といった金融機関などの様々な者たちの思惑が異常な経済を生み出したということを知りました。
その大きなうねりの中で間違った感覚が常識のようになっていくことも感じました。
そんな中で飲み込まれていく者や利用しようとする者など人の心理が露わになった時代を感じた一冊でした。
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元日経記者の紐解くバブル本。なぜ起きたか、なぜ止められなかったのかを人物を描きながら総括。知らなかった事も多々あり。一つ一つ、一人ひとりの意思決定の積み重ねが歴史を作ってきたことが浮き彫りになる。日本の歴史として書き留める意味合いと現政権に対する警鐘として書かれているが国全体に関わらず、著者のような視点を持つことが組織と関わる人にとって価値がある。
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バブル崩壊、まさに第二の敗戦
1.奇跡の復興と高度成長 政・官・財が一体となったシステム
戦後システムのようで、1940年体制野口悠紀雄
2.1970年代一変 グローバル化と金融自由化
1985年プラザ合意 超低金利・金融緩和とリスク感覚の喪失
3.バブルの時代と崩壊
日本人の価値観が壊れ、日本社会が壊れ、日本システムが壊れた
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評判通り、かなりよかった。これまで、調べたり勉強することのなかったテーマだったため。
バブルとは、特定の資産価格(株式や不動産)が実体から掛け離れて上昇することで、持続的な市場経済の運営が不可能になってしまう現象。資本主義の歴史は、バブル経済とバブル崩壊後のデフレという二つの病の循環の歴史。