リアリスト、ネルソンマンデラ
2022/03/25 02:03
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投稿者:南アフリカから - この投稿者のレビュー一覧を見る
ネルソンマンデラをありがちな過度に聖人として扱っていないため、マンデラの人生を追っていく事で、アパルトヘイト終焉までの流れを知り、アパルトヘイト後の南アフリカの問題を考えるのに良い本だと思います。
こうした視点も必要
2023/05/28 13:26
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投稿者:ichikawan - この投稿者のレビュー一覧を見る
聖人化されやすいマンデラを、神聖な存在としてではなく客観的に描く評伝。聖人伝を期待している人には冷たく映るかもしれないが、マンデラも政治家であり権力者となったのだからこうした視点による評伝も必要であろう。
平たんでなかったマンデラ氏のたどった道のり
2021/12/26 01:02
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投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
白人政権の崩壊(アパルトヘイトの撤廃)からマンデラ大統領誕生と、文章にするとあっけなく移行したかに見えるけど、その道のりは平坦ではなかったことがこの本で分かった、その劇的な変動を淡々とした論調で語ってくれるのがよかった
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投稿者:iha - この投稿者のレビュー一覧を見る
27年の獄中生活に耐え、アパルトヘイト政策を廃するきっかけとなり、南アフリカ共和国の大統領の地位にまで上り詰めたネルソン・マンデラの伝記的な一冊です。著者も要所で述べていますが、一般位知れ渡っている彼の聖人のような面以外にもネガティブな面にも触れられていています。
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ネルソン・マンデラ(1918~2013年)は、南アフリカのアパルトヘイト撤廃に尽力し、黒人初の大統領となった、現代第三世界を代表する政治家である。
マンデラは、若くして反アパルトヘイト運動に参加し、国家反逆罪で終身刑の判決を受けて27年間に及ぶ獄中生活を送った後、1990年に釈放され、1991年にアフリカ民族会議(ANC)の議長に就任、白人大統領のデクラークと共にアパルトヘイト撤廃の活動を行い、1993年にノーベル平和賞を受賞した。更に、1994年に南アフリカ初の全人種が参加した普通選挙を経て大統領に就任し、民族和解・協調政策を進め、経済の復興にも努めた。
著者の堀内隆行(1976年~)氏は、京大文学部卒、京大大学院文学研究科博士課程修了、新潟大学人文社会・教育科学系准教授を経て、金沢大学歴史言語文化学系准教授。専攻は南アフリカ史、イギリス帝国史。
私は、現代世界の国際問題、特に南北問題や人種・民族・宗教による対立・紛争には強い関心を持っており、これまでそうしたテーマを扱った本を多数読んできた。その中には、マンデラが一時期自らの活動の目標としたチェ・ゲバラやカストロを扱ったものもある。南アフリカのアパルトヘイトは、今や歴史の一部といえるものなのかも知れないが、その撤廃運動の中心にいたマンデラの生涯については知っておきたいとかねがね思っていたので、本書を手に取った。
マンデラの一生を扱った本は、『自由への長い道~ネルソン・マンデラ自伝』(1996年)など多数ある(本書の巻末では「読書案内」としてそれらの本も紹介されている)中で、著者は本書について「マンデラのハンディな評伝を目指す。今われわれは、偏狭なナショナリズムが跋扈する世界に生きている。他方マンデラは、そのような分断を超え、誰もが想像し得なかった「和解」を成し遂げた人だった。・・・マンデラは、一貫した思想を説きつづけたわけでは決してなかった。人種差別と対決する姿勢は終生変わらなかったものの、それを実現する方法は時々に変化した。こうした「現実主義者」マンデラを描くことが本書の課題である。」と書いているのだが、第三者が、バイアスに捕らわれずに、マンデラの生涯を評したものとして、本書は意義がある。また、アパルトヘイトに焦点を当てた南アフリカの近現代史として読むこともできる。(ただ、この種の伝記・評伝としてはかなり淡々と書かれており、少々物足りなさが残るのも事実だが。。。)
現代世界が解決しなくてはならない最大の問題の一つ「人種差別問題」に一つの道筋をつけた男・マンデラを知るためのコンパクトな一冊である。
(2021年7月了)
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すでにマンデラの関連書籍が数多く存在するなかにあって、本書は「マンデラのハンディな評伝」であること、そして「聖人」ではなく「現実主義者」のマンデラを描くことを特色として掲げる。本文は150ページほどで、新書のなかでもページ数は少ないうえに掲載写真も多く、著者自身が宣言するとおりコンパクトに仕上げられている。
マンデラにとっての時代の節目ごとに全6章で構成される。首長の息子として生を受けた生い立ちに始まり、父の死、家出、はじめの結婚と弁護士としての就職、そして黒人差別に反対する政治活動に携わるまでに2章が割かれる。以降は1963年に国家反逆罪による終身刑を受けて過ごした27年間の獄中生活を描いたもっとも長い第5章を含めて、運動家・政治家としてのマンデラの足跡を順にたどる。
大統領就任以降のにこやかな好々爺としての外見と、ノーベル平和賞を受賞した事実から博愛主義的な人物を思い浮かべやすいが、若き日のマンデラの姿は脂ぎっている。もともとボクシングをはじめとしたスポーツ好きで鳴らし、弁護士として一時は経済的に裕福な生活も送り、最初の妻とは浮気が原因で別れ、反差別組織内でも武装闘争もいとわない急進的なグループに属していた。終身刑を宣告されるにいたった理由も、マンデラが司令官となった軍事組織MKによる破壊活動によるものであり、温厚なイメージは見事に剥ぎとられる。
しかしそれ以上に重要なマンデラの性質は、目的のためには相反する要素も併せ呑む融通無下さにある。本来は資本主義寄りな立場でありながらも活動にとって有利であれば共産党と手を組み、非暴力主義を用いた活動の直後には武装闘争を準備し、表向きには信仰を捨てることまでも厭わない。反差別というような正義の旗印を掲げやすい活動においては、どうしても原理主義的な言動に陥りやすいいのではないかと思うのだが、その点でマンデラが非常に柔軟に立ち回ったことを知る。このように本書は、個々の信条や主義ではなく実用性を重んじるリアリストとしてのマンデラの姿を印象付ける役割を果たす。逆に意地悪い見方をすればオポチュニストといえなくもない気がする。
ありがちな喩えだが、マンデラを戦国時代にトップに登りつめた三人の武将、信長・秀吉・家康の誰に似ているかを考えてしまった。27年の刑に服した忍耐強さからは家康に近しい印象も受けるが、本書を通してみたマンデラはむしろ秀吉に近い人物のようにみえる。敵対する立場の人間とも「人たらし」の才能によって心に入り込み、目的のために手段を選ばない姿勢や、子供たちに対して見せた明確な出世主義の価値観からは、秀吉のイメージと重なる。マンデラが仮に反アパルトヘイト運動に身を投じるような立場になければ、その巧妙な対人能力とこだわりのなさから大きな富を築いていたのではないかと想像が膨らむ。有名人に囲まれて派手に過ごすことを好んだ晩年や、経済政策の不十分さによってのちの南アフリカに大きな分断を残す一因となったあたりにも類似が見られる。本来はもっと功利的な生き方に適正のある人物が反差別に立ち向かった結果、その能力を意外なかたちで発揮したといったほうが真相に近いのかもしれない。
はしがきに掲げられた「コンパクトな評伝」「リアリスト・マンデラを伝える」という目標は十分に達成されている。そのコンセプト通りではあるのだがページ数が少ないこともあって、人間らしいエピソードの肉付けがあればさらに面白く読めたのではないか思わなくもない。巻末には補足としてマンデラの関連書籍が紹介されている。
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客観的に事実を中心にマンデラについて書かれているので、ストーリー的な面白さはないけれども、理解しやすい。
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自分がネルソン・マンデラを知ったのは、中学の授業で見た映画『インビクタス』でした。
あの映画を見たときのマンデラのイメージは、黒人であり差別や投獄を経験しながらも、怒りや恨みにとらわれず白人に理解や敬意を示し、南アフリカ初の黒人大統領として国をまとめ上げた聖人というものでした。
でもこの本を読むと、マンデラの別の側面が見えてきたように思います。
自分が一番驚いたのが、平和主義者だと思っていたマンデラが若いころは共産主義との合流を考えていたり、武力闘争を辞さない組織に所属していた過去があり、マンデラ自身も武力闘争は仕方ない、と考えていたことがあったということでした。
そのマンデラがノーベル平和賞を受賞し、人種間の融和を推し進める大統領になったというのは、歴史や平和というのは紙一重の中で成立するものなのだと感じざるを得ません。
マンデラが武力闘争から平和主義へ舵を切った理由。それは世界の目があり、そして協力を取り付けるためだったように思います。
人種対立、低迷する経済と問題が山積みの南アフリカ。その状況下で人種隔離の政策「アパルトヘイト」を撤廃させ国を立ち直らせるためには、海外からの協力や外圧が一番効率的。
そのためには武力ではなく、あくまで平和的に変えていかなければならない。
そしてかつての支配層だった白人とも協力して、人種間の融和を演出すれば、より海外は南アフリカに目を向けるだろう。
そんな冷静な打算が、結果として自分が見た映画「インビクタス」に描かれたマンデラにつながっていったように思います。
理想のために共産主義や武力闘争と、その時代の趨勢を読み行動し続けたマンデラが、最後にたどり着いた最適解が平和と融和だった。この本の副題でもある現実主義者だからこそ、マンデラは立場や考え方を柔軟に変え、対立や恨み怒りすらも、飲み込み、平和主義者に転身したように感じます。
そう考えると現代の戦争や対立構造が収まらない理由もなんとなくわかる気がします。アメリカをはじめとした民主主義的で(一応は)人種差別を良しとしない国の影響力が弱くなり、中国をはじめとした権威主義の国の影響力が大きくなった世界。
そうなるとアメリカやヨーロッパの協力を得るために、融和や平和を唱える必要もなくなり、各国の権力者は自国、あるいは自分の実利を現実的に考え行動する。
その結果が今の世界の分断であったり、グローバルサウスであったり、ロシアのウクライナ侵攻や、イスラエルの民間人を巻き込んだハマスへの報復を止められない世界だったりするのかな、と感じます。
南アフリカだって、時代が違えば黒人大統領が生まれることも、アパルトヘイトが無くなることもなかったのかもしれません。
歴史も平和も当たり前のものでなくて、利害が一致してなんとか保たれるものなのかもしれないと、マンデラと南アフリカの軌跡を知り、今の世界のことを考えて思いました。
だからこそ、今必要なのは平和や融和の思想の押し付けではなく、それらの利点を��り強く唱えていくしかないのかも、ということを感じてしまいました。
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牛殺し ノンガウセ
ヨーロッパ人が持ち込んだ病気で牛が次々と死んだときに、ノンガウセという16歳の少女が、生き残った牛をすべて殺せば忌々しいイギリス人が全滅するとか何とかいう予言をして、それを信じた人たちが牛殺し事件を起こした。その結果、南アフリカでは約4万人が飢餓で死亡したらしい。一体どういうわけでそんなことに?
ネルソン・マンデラはテンブ族という一族の首長の息子だった。早くに父を失ったが、父の親族の過程で家族同然に育てられ、高い教育を受けて育った。
アパルトヘイトは、白人の最下層だったアフリカーナ―たちのアフリカーナー・ナショナリストの政党が1948年の選挙で勝利して政権を獲得したことで始まった。
ナチスと似たような流れだ。ファシズムでポピュリスト政権だったのかな。
イスラエルとパレスチナ、そしてウクライナとロシアの紛争を解決するには、ネルソン・マンデラみたいな政治家が現れるような奇跡でも起きなければ無理だろうと、図書館で目についてこの本を借りてみた。
ネルソン・マンデラのイメージがだいぶ変わったけれど、変に聖人のような描き方をされていないところが気に入った。
若いころに結婚が嫌で養父の牛を盗んで売って、お金をもって逃げ出したエピソードが特に好きだ。
恵まれた暖かな家庭で育ったが、良い夫にも良い父親にもならなかった。深い思想を持っていたわけでも、もともと政治の世界に興味を持っていたわけでもない。
必要に迫られて、その時点で最も良いと思われる行動を反射的に取ることのできる頭の回転の速さと、現実と理想のバランスを見極めるバランス感覚が、ネルソン・マンデラを唯一無二の人にした。それと、相手の話に耳を傾ける能力も重要だった。
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/12456
ウィニー・マンデラが政治闘争を続けなければ、ネルソン・マンデラの名前は世界から忘れ去られていた。でも、ネルソン・マンデラに比べウィニー・マンデラの名前はほとんど語られない。
どうしてだろうとウィニー・マンデラを調べてみたら、予想していたよりとんでもない人だった。