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本書はロシア寄り、というか、必ずしも反ロシアではない。
だから、読む人を選ぶかも。
僕はこっちの視点も大事と考えるけど。
タイトルは結構、ショッキング。
でも、実質そうなんじゃないか?、ウクライナで起こっていることは実質、アメリカ対ロシアの戦争なんじゃないか?って感じている人、実は多いのでは?
あれだけ戦力的に不利と言われながらウクライナが戦えているのも、米英の武器供与があるからだし、元々ロシアの侵攻はウクライナのNATO化を防ぐためのものだし。
プーチンだけが狂っている、と決めつけるのは少し危険な気がしている。理性的な手段として長期戦も見据えてウクライナに侵攻したのではないか、と思える。(もちろん戦争は許されるものではない)
いかなる手段を取ってもロシアは勝利を目指す。そして、アメリカも引くに引けない状況…
膠着状態に陥ってしまったけど、なんとか世界は知恵を絞らなきゃね。
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【はじめに】
エマニュエル・トッドがウクライナの状況について語った著作。欧州でこんなことを言うと炎上するので、まずは日本のメディア向け(『文藝春秋』など)に発表したという。
トッドは、イスラム移民問題、ブレグジット、アメリカ大統領選などについて、物議を醸し出す発言をしてきた。それら表明された見解の多くは、世の中の意見とは合わないものであった。しかし、そこにはトッドとして独自独特の視点があり、本質を突いた思考と論理によって結果として世の中が予想できなかった事態を予測してきた。
今回、西側メディアと世論が反ロシアにつき、それが当然のものと認知される中で、この戦争の責任はアメリカとNATOにあると明言したトッド。本書は、戦争開始前も後も変わらないその主張について、インタビューを中心にまとめられたものになっている。書下ろしではないが、そうであるがゆえにトッドの主張が比較的ストレートにシンプルに打ち出されている。
【概要】
本書は戦争開始前から開始後にまたがってそれぞれ別の時期に収録された4つのインタビューもしくはエッセイからなっている。
1. 第三次世界大戦はもう始まっている (2022年3月23日収録)
2.「ウクライナ問題」をつくったのはロシアではなくEUだ (2017年3月15日収録)
3. 「ロシア恐怖症」は米国の衰退の現れだ (2021年11月23日初出)
4. 「ウクライナ戦争」の人類学 (2022年4月20日収録)
4つに共通するテーマはウクライナ問題であるが、1.と4.はウクライナ侵攻後、それらに挟まれた2.と3.は侵攻前のものである。ウクライナ侵攻という多くの人にとっては想定外のイベントがあったにも関わらず著者の主張はその前後で驚くほどほとんどぶれていない。トッドにとって、そこにある構造は戦争の開始前と開始後でほとんど変わっていないからだ。特にウクライナ問題はアメリカとEU側が作ったという批判は、2.にあるようにウクライナ侵攻がある前からであり、そのことはウクライナ侵攻があった後も変わらない。
このどちらにより多くの責任があるのかという点に関連して、本書の中で安全保障を専門とするシカゴ大学の国際政治学者ミアシャイマーが何度か出てくる。トッドはミアシャイマーの意見にほぼ全面的に同意している。具体的には、ミアシャイマーもトッドも、ウクライナで起きている戦争の責任はプーチンではなくアメリカとNATOにある、としている。ウクライナのNATO加盟は絶対に許されないというメッセージをロシア側が発していたにも関わらず、それを無視したことが原因であるとするのだ。
以下、この4つのインタビュー/エッセイからいくつかトッドの分析と主張をまとめてみた。
■ ウクライナに関する認識
トッドの中には、ウクライナはこれまで国作りに失敗してきた国家だという認識がある。まず前提として、これまでウクライナという国家はソ連邦成立の1922年まで存在しなかったという認識がある。この辺りの歴史的経緯は、現在ベストセラー中の『物語 ウクライナの歴史』にも詳しいが、この国に関する歴史的観点での認識が日本での一般的議論では欠落しているように思う。また、ウクライナの西部��東部、キーウを中心とした中心部ではその歴史的経緯から民族もロシアへの態度も大きく異なっている。そしてそのことも一因となってか、1990年以降ロシアが国家の再建に成功したのに対して、ウクライナは十分に機能する国家を建設できないでいた、とトッドは総括している。このウクライナの現状を端的に示しているのが、今回の戦争の前から優れた教育を受けた優秀な若者を中心に国外流出が続いていたという事実だ。ウクライナは独立以降総人口の15%を失っている。おそらくこの戦争でさらに多くの人材が国外流出することになり、将来この問題はさらに深刻化するだろうと予測する。
トッドは、2014年のユーロマイダン革命は親ロシア派であったヤヌコビッチから親EU派に民主的手続きを経ずにクーデターだと認識している。この革命を西側諸国は支持したが、そこにはダブルスタンダードが見え隠れする。ロシアは、これを受けてクリミアを併合したのだが、これに対抗する形でNATO加盟を強く志向する勢力がウクライナの中でも増えたと想定される。
また、プーチンが侵攻の理由のひとつとしたネオナチ勢力からの解放は、アゾフ連隊がもともとはネオナチの極右勢力と言われていたことも、日本ではあまり報道されないことのひとつだ。ナチズムとの戦いにおいて、国土は第二次世界大戦で多大な犠牲を払って勝ち得たものであるというロシアの自己認識があり、いったんはナチス勢力の手に落ちたウクライナをロシアが解放したという過去の歴史になぞらえたものでもある。プーチンはアゾフ大隊のネオナチ勢力との親和性を利用して国内外の宣伝に利用しているわけだが、欧米の極右勢力を否定的に報道するメディアがこのことについてほとんど触れないのもダブルスタンダードのように感じる。もちろん、主な主張であるロシア批判の報道の流れに沿わないというのもあるのだろうが、事実はテレビの報道よりも複雑な事情を抱えているように思う。
一方でこの戦争を経て、「反ロシア」がウクライナのアイデンティティになりつつある。ウクライナの人々が、「自分の国のために死ねる」と感じ、「国として生きる意味」をこの戦争が見い出しているのだ。
それは、実に悲しいことだとトッドは言う。このことは、戦争終了後も何十年もかけて深く分析されるべきだという。
■ ロシア国家の再建と現状
トッドは、ロシアは共産圏の崩壊からこの数十年の間にうまく国を再建させてきたと評価する。トッドを有名にしたのは旧共産圏の崩壊を予測したことだが、その予測の根拠となったロシアの乳幼児死亡率は、1990年当時1,000人当たり18.4人という高い水準であったが、現在は4.9人にまで改善し、これはアメリカの5.6人を下回っている。ロシアは再び魅力的な国になったのである。
また今回の経済制裁はロシアに想定されたほど影響を与えないとも主張する。これは、2014年の前回の経済制裁時にロシアで勤務していたという自分の知り合いの方も当時も経済制裁の影響はほとんど感じなかったと言い、おそらく今回も同様だろうと言っていたことと合致する。いったんは暴落したルーブルも、すでに対ドルレートで戦争開始前のレート以上に戻している。そしておそらくプーチンの支持率も実際に下がっていないのだろう。
そして、世界中の全ての国が必ずしもロシアを非難しているわけではないということも指摘する。積極的に批判しているのは、欧米各国と日本、韓国に限定される。イスラム諸国やアフリカ諸国、ラテンアメリカ諸国の大部分は批判も制裁もしていない。
中国に関しては、この戦争をきっかけとしてこれまで互いに反発してきたロシアと急速に近づいた。中国にとってもこの戦争は国益に適うのである。中国は武器を含む工業製品をロシアに輸出し、欧州向けであったエネルギー資源をロシアから輸入する。中国も対アメリカという点で孤立するよりも、ロシアという極が存在している方が都合がよい。そして、中国がロシアについていることも、戦争の長期化を暗示するものである。
トッドは、日本の読者に向けて、日本はロシアとは長期的に良好な関係を築くべきだという。地政学的にも当然だし、日米安保の枠組みを尊重しながら、冷静な外交的努力を続けるべきだという。
■ アメリカへの批判
トッドのアメリカに対する批判は厳しい。本来この戦争は「ウクライナの中立」というロシアからの要求を受け入れていれば、容易に避けられたものを、アメリカをはじめとする西側諸国の対応によってヨーロッパを戦場としてしまったと怒りを隠さない。
アメリカにとって、ウクライナ戦争は世界戦略上有利であることを指摘する。まず、欧州とロシアの分断はアメリカのグローバルでの支配的立場を強化することにつながる。また、経済制裁に関してはエネルギー資源をロシアに多く依存していたヨーロッパ、特に欧州の盟主であるドイツに大きな影響を与える。皮肉なことに経済制裁はロシアよりもヨーロッパに大きな経済的影響を与えるであろうことを指摘している。すでに欧州各国のインフレ率はエネルギー資源の高騰を受けて、非常に高いレベルになっている。こういったヨーロッパの経済問題は、アメリカの世界支配にとってはよいことだという。
トッドは、「「戦争」はもはやアメリカの文化やビジネスの一部になっていると言っても過言ではありません」と言い、アメリカは世界のどこでも関わった場所を戦場に変えてきたと分析・批判する。そして、この後ウクライナは、その国土と国民をアメリカが世界戦略の盾としたことに対して批判するだろうと予言する。対ロシアを煽り立てた上、武器だけ供与して自らは戦場に立つことなく、ウクライナの多くの人命と国土・産業を犠牲にした、と。
この戦争の責任をロシアではなく、完全にアメリカの側に帰するという論述は、ひとつの極論であって、西側の世論には簡単に受け入れられるものではないだろう。しかしその分析とともに、トッドのアメリカ、そしてイギリスに対する怒りと失望は本物であるように思う。
■ この戦争の行方
トッドは、「我々はすでに「世界大戦」に突入してしまった」という。
ミアシャイマーは、いかなる犠牲を払ってでもロシアは戦争に勝とうとするがゆえに最終的にはロシアが勝利するという。東部の占領の状況を見ても、ロシアが敗北したということは難しい。一方で、アメリカももはやこの戦争で負けを受け入れることはありえないとトッドは分析する。この点がミアシャイマーとの異なる点だ。つまり、この戦争は長期化するだろうというのが見立てとなっている。
この戦争は、第一次世界大戦の状況に似ているという。誰もそれを望んでいたわけではなかったが、サラエボでの皇太子暗殺というひとつの事件をきっかけにヨーロッパ中が戦争に巻き込まれてしまった。その状況に似ているというのだ。
別の見方として、旧ソ連圏の内戦に、アメリカとイギリスが一方の勢力に支援していることで継続しているとも。またトッドは、この戦争の背後には、アメリカとイギリスを中心とするリベラル寡頭制陣営とロシアと中国を中心おする権威主義的民主主義陣営の戦いだと指摘する。冷戦終了後三十年を経たが、リベラル寡頭制陣営も決してうまくいっているわけではないのである。
【まとめ】
トッドの主張がすべて正しいというわけではない。トッドも、あえて極論を言うことで伝えるべき主張を強く打ち出そうとしているところもあるだろう。しかし、報道やSNSで流れる表面的で煽情的な情報だけで判断するのではなく、この戦争が起きた背景を構造的かつ歴史的に把握することが大事だということは同意できるところだと思う。トッドの描き出す世界観は、どんな物事でも世間一般の考えとは違った見方が可能であり、ある観点からはその方がより論理的で整合的であるということの証左でもある。「世界の構造レベルで何が起きているのか」を見極めることが重要となるとトッドは指摘している。その通りだと思う。
最後にいくつかトッドのこの世界状況に対する姿勢を示した文章を並べておきたい。
「この状況に対して具体的な行動は何もできないなかで、私にとっての道徳的な行動とは、誰が正しいのか、誰が間違っているのかを考えるのではなく、ひたすらに真実に忠実であろうとすることです」
「しかし、ここで行われているのは、まさに「戦時の情報戦」であることも忘れてはなりません。我々が目にしている報道が、”現実”をどれだけ伝えているかは分からないのです」
この戦争が世界史においてどのように組み込まれていくことになるのか、十分に注視しておくことが必要だと改めて考えた。その内容を受け付けない人ももしかしたらいるかもしれないが、刺激を受けることができる本だった。
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『物語 ウクライナの歴史―ヨーロッパ最後の大国』(黒川祐次)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4121016556
『縮訳版 戦争論』(カール・フォン・クラウゼビッツ)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/453217693X
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この緊急事態だからこそ、一歩引いて考える視野の広さが必要だと感じた一冊。
相変わらず鋭いトッド氏の考察。
色々な意見があってしかるべきだし、そういう議論が許される世界であってほしいなと強く思った。
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こういう見方もあるんだなーと。そうなのかもと思う点が多いけど、難しい…ホントにそうならプーチンはもっと丁寧に、順序立てて、自分の正当性を世界に説明すればよいのに。
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いろんな視点でものを見る、メディアの情報を鵜呑みにしない、起きていることの因果関係を考えるときに善悪の話と混ぜて考えない...ということが大事だと感じました。
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【感想】
アメリカがウクライナへの派兵を拒む代わりに武器供与を決定したとき、「ここまで露骨に捨て駒にするかね」とあきれてしまった。アメリカは「ロシアと戦うことは第三次世界大戦の引金を引くことになってしまう」という理由から戦争への直接関与を避けているが、ウクライナという代理の土地を通じてロシアに戦争を仕掛けていることはもはや公然の事実である。本書のタイトルである「第三次世界大戦はもう始まっている」という言葉は、疑いようのない真実だといえよう。
本書はフランスの歴史学者であるエマニュエル・トッドによって書かれたウクライナ戦争観である。4部構成になっており、それぞれウクライナ戦争勃発前と勃発後のトッドのインタビューやエッセイをまとめたものである。書かれたタイミングはそれぞれ違えど、内容は一貫して「ウクライナ問題はNATOが引き起こした」として、西欧諸国の政治的態度を批判するものだ。
トッドいわく、「欧州ではもはやロシアは絶対悪として認知され、まともな議論ができない」そうだ。本書が文藝春秋から出版されたのも、日本は政治的ノイズが比較的薄く、かつ文藝春秋とその読者を信頼しているからだとのこと。
「本拠地の欧州では出版できない」という事情のとおり、「ウクライナ戦争の引金を引いたのは、ロシアではなくアメリカとEUである」という主張が本書を貫く一本線だ。2014年以降、ウクライナ軍はアメリカとイギリスによって軍備を強化されており、事実上のNATO加盟国だった。プーチンはさんざん「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」と発言してきたのに対し、西欧諸国はこれを無視し続け、NATOとの合同軍事演習すら実施していた。その結果ロシアの軍事行動を引き起こしたのだ。
トッドの主張はなかなか過激で、ロシアがウクライナを侵攻したというよりも、アメリカやイギリスがNATOの拡大によってロシアの生存圏を侵略しており、それに対抗したロシアが自衛のため戦争を起こした、というニュアンスが強い。ロシア自体は許す/許さないのスタンスを明確にしている。それを破らない限りは手出ししなかったものの、目先で好き勝手やりすぎたNATO側に戦争の責任はある、とロシアへの追求をやや甘くしている。
筆者の主張の多くに賛同できるが、ただ私としては、ロシアもある程度は侵略を意図していたのでは、と思っている。ロシアの言い分としては「ウクライナ東部で、ロシア系住民をウクライナ軍の攻撃から守り、ロシアに対する欧米の脅威に対抗するための正当防衛だ」というものだが、黒海に面するウクライナ南東部を奪取して、東欧への影響力を高めたいという思惑も少なからずあるだろう。この辺は「この戦いはアジア解放のための戦いだ」と言って満州を制圧・統治した日本軍と状況が似ており、自衛や正義を標榜しても、犠牲を払うからには見返りが欲しい。ロシア系住民解放以上の政治的思惑があることには間違いないだろう。
このように完全な黒とも完全な白とも言い難いのが今のロシアであると思っているが、しかしながら、国際社会ですっかり悪者になってしまっているのは相当に不利である。また、その評判の悪さから他���が冷静にロシアを分析できなくなっているのも外交上非常に問題だ。
そもそも、ウクライナ自身も相当にきな臭い国家だ。ドンバス地方に住むロシア系住民をウクライナ政府が締め上げていたり、ネオナチであるアゾフ大隊が国家公認の国防部隊と化していたりと、黒いウワサが多い。このあたりは公平な目で報道されるべきだろう。また、本書で述べられているような西欧のダブスタ具合をメディアが取り上げないことからも、やはりきちんとこの戦争の意義を語り尽くせていないと感じる。トッドは「我々が目にしている報道が、”現実”をどれだけ伝えているかは分からない」と言っているが、まさにその通りだと思った。
本書で繰り返し述べられているジョン・ミアシャイマーの動画は、↓のyoutubeページに日本語翻訳がある。気になった人はチェックしてみるといいだろう。(公式チャンネルではないので注意)
https://www.youtube.com/watch?v=cZaG81NUWCs
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【まとめ】
1 ウクライナ戦争はアメリカとNATOが引き起こした
シカゴ大学教授の国際政治学者ジョン・ミアシャイマーは、「いま起きている戦争の責任は、プーチンやロシアではなく、アメリカとNATOにある」と結論付けた。「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」とロシアは明確に警告を発してきたのにもかかわらず、アメリカとNATOがこれを無視したことが、今回の戦争の原因だとしている。
アメリカを始めとする西側諸国は、ロシアに対する経済制裁やウクライナに対する軍事的、財政的支援など、直接的な軍事介入以外のあらゆる手段を用いて、ロシアの侵攻を食い止め、ロシアを敗北させようとしている。これでもし、ロシアの勝利を阻止できなかったとしたら、アメリカの威信が傷つき、アメリカ主導の国際秩序自体が揺るがされることになるだろう。アメリカは、軍事と金融の面で世界的な覇権を握るなかで、実物経済の面では、世界各地からの供給に全面的に依存しているが、このシステム全体が崩壊する恐れが出てくる。
アメリカの目的は、ウクライナをNATOの事実上の加盟国とし、ロシアをアメリカには対抗できない従属的な地位に追いやることだった。それに対してロシアの目的は、アメリカのもくろみを阻止し、アメリカに対抗しうる大国としての地位を維持することだった。だからこそ、アメリカによるウクライナの「武装化」がこれ以進むことを恐れ、ロシアは侵攻を決断したのだ。
2 ウクライナの歴史から見る「破綻国家としてのウクライナ」
ウクライナの西部(ガリツィア)、中部(小ロシア)、東部・南部(ドンバス・黒海沿岸)という三つの地域はあまりに異なっていたため、ソ連が成立するまで、「ウクライナ」は「国家」として存在していなかった。
ウクライナでは「アゾフ大隊」というネオナチの武装勢力が内務省傘下の部隊として表立って活動している。2014年の「ユーロマイダン革命」では、民主主義的手続きによらずに、ロシア寄りだったヤヌコビッチ政権が倒された。この革命を引き起こしたのはそうした親EUのネオナチである、西部ウクライナ極右勢力だ。一方で、中部ウクライナの人々はロシアとも西部ウクライナとも距離を保って���る。またクリミアやドンバス地方のロシア系住民にとってはこの出来事は完全なクーデター扱いであり、ヤヌコビッチ政権が倒されたことを認めなかった。だからこそ、ロシアは住民投票を経てクリミアを編入したのだ。
ロシアは、1990年代に危機の時代を迎えたが、国家の再建に成功した。「国家によって完全に制御された軍隊」の再建にも成功した。それに対してウクライナは、独立から30年以上経過しても、十分に機能する国家を建設できないでいる。西部、中部、東部・南部の間の文化や家族構造の違いを埋められず、「国家」という伝統が根付かなかったからだ。
ウクライナは独立以来、人口の15%を失い、5,200万人から4,500万人に激減した。しかも高等教育を受けた労働人口が大量に西欧諸国に流出した。本来は国家建設を担うべき優秀な若者が、よりよい人生を求めて国外(ヨーロッパ・カナダ・アメリカ)に出ることを選んだのだ。現在、大量の戦争難民が発生しているが、実はロシアの侵攻が始まる前から人口流出は起こっており、まさに「破綻国家」と呼べる状態だったのだ。
プーチンはそんなウクライナを母なるロシアに回帰させることで、破綻国家であるウクライナの秩序を立て直そうとしたのだろうが、むしろロシアが強硬に出るほど、反ロシアのアイデンティティが作られてしまった。これがプーチン最大の誤算だ。
3 西欧諸国のダブスタ
暴力的な軍事攻撃に対して、ロシアを糾弾するヨーロッパの「道徳的態度」は、自然なリアクションである。しかし、ヨーロッパが実際に起こした行動は、無責任で欺瞞に満ちている。たとえば、「最後の一人がロシア軍によって殺されるまでウクライナに武器を供給し続ける」ことは、道徳的なのか。ロシアからの天然ガスの供給路だけは確保しながら、ロシアに対して経済制裁を科すことも道徳的ではないだろう。
ロシアの侵攻が始まると、アメリカとイギリスの軍事顧問団はポーランドに逃げてしまった。ウクライナの人々は、大量の武器を手にしつつも、単独でロシアに立ち向かわなければならなくなったのだ。要するに、アメリカとイギリスは、ウクライナ人を「人間の盾」にしてロシアと戦っている。現在、アメリカとウクライナは、固い絆で結ばれているように見えるが、長期的に見て、この裏切りに対して、ウクライナ人の反米感情が高まる可能性は否定できない。
もはや戦争がアメリカ文化の一部になりつつある。第二次世界大戦後も常に戦争をしてきたアメリカは、他国に強力な軍事力を押し付けることで世界の安定を目指してきたからだ。そのように築いたアメリカ主導の国際秩序に真正面から歯向かってきたロシアに対して、アメリカ国内では混乱が起こっている。
ロシアもロシアで、ヨーロッパがこれほど強硬に出るとは思っても見なかっただろう。ロシアのエネルギー資源に依存するヨーロッパ経済の脆弱性を確信していたからだ。
ヨーロッパに目を向けると、こちらでは「ロシア恐怖症」が高まっている。これはヨーロッパにとっては損失以外の何物でもないが、アメリカにとっては、ヨーロッパとロシアが分断されることは国益に叶う。アメリカは世界各地からの供給に全面的に依存しているが、ロシアとの間で経済的な結びつきがほぼ��く、またユーラシアにおける影響力もロシアより小さい。ロシアからドイツへの天然ガスパイプラインが凍結されれば、資源輸出におけるアメリカのプレゼンスが高まるのだ。「世界の安定にアメリカが必要」というレトリックが真に言わんとするところは、「世界の不安定がアメリカには必要」ということなのだ。
西側のメディアでは、「これだけ強力な経済制裁にロシア経済はとても耐えられないだろう」と論じられていて、事実、ロシアは高インフレに見舞われている。しかしルーブルはいったん急落した後すぐに回復し、それどころか、西側の主要通貨に対してむしろルーブル高となっている。ロシア産の石炭・石油・天然ガスの禁輸措置にしても、窮地に追い込まれるのはロシアよりもヨーロッパの方だろう。戦争とは直接関係ないインフレが大衆を襲っていたタイミングで戦争が勃発したが、さらなるインフレにヨーロッパの社会システムはどれだけ持ちこたえられるのだろうか。
4 ウクライナ戦争から得られる教訓
この戦争から得られる教訓がいくつかある。
1つ目は、中国とロシアがますます接近することだ。中国は、ロシアが倒れたら、次はみずからが単独でアメリカに対峙しなければならないことを承知しているからだ。この「中露陣営」に対して、「西洋陣営」を固めることにアメリカは必死になっている。もしもロシアがこの戦争に耐えて生き延びるとすれば、それ自体が、世界の経済的支配力をアメリカが失うことを意味するからだ。アメリカの戦争の「真の目的」は、アメリカの通貨と財政を世界の中心に置き続けることにある。だからこそ、早期の停戦をめざすのではなく、この戦争にどんどん突き進んでいるのだ。
2つ目は、戦車と空母の脆弱性が明らかになったことだ。
3つ目は、ウクライナが事実上のNATO加盟国になっていたことが明るみに出たことだ。
この戦争で誰もが最初に驚いたのは、2014年以降、ウクライナ軍が、アメリカとイギリスによって見事に増強されていたことだ。アメリカの情報活動や衛星システムに支えられながら戦う姿を見ていると、「ウクライナ軍はすでにアメリカ軍の一部」とすら思えてくる。ウクライナ軍は、アメリカの優れた軍事技術を手にしつつ、逆にアメリカ軍兵士には欠けている「勇敢さ」も兼ね備えている。
5 日本の立ち位置
アメリカの行動の危うさや不確かさは、同盟国日本にとっては最大のリスクで、不必要な戦争に巻き込まれる恐れがある。実際、ウクライナ危機では、日本の国益に反する対ロシア制裁に巻き込まれている。当面、日本の安全保障に日米同盟は不可欠だとしても、アメリカに頼りきってよいのか。アメリカの行動はどこまで信頼できるのか。こうした疑いを拭えない以上、日本は核を持つべきだと私は考える。
核の保有は、パワーゲームの埒外にみずからを置くことを可能にするもので、「同盟」から抜け出し、真の「自律」を得るための手段だ。アメリカに対して自律することがリスク回避になる。
現在、日本も対ロシア制裁に加わっているが、この危機が去った後も、中国とロシアは同じ場所に存在し続ける。台頭する中国と均衡をとるためには、日本はロシアを必要とする、という地政学的条件に変わりはない���西側に追い込まれたロシアが中国と接近し、中国に軍事技術を提供することこそ、日本にとっての悪夢である。アメリカを喜ばせるために多少の制裁は加えるにしても、ロシアと良好な関係を維持することは、あらゆる面で、日本の国益に適うと言えるだろう。
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なぜロシアのウクライナ侵攻が始まったのか?ロシアとヨーロッパ、アメリカとの対立の構造、想定される未来が理解できた。目から鱗の内容で、一方的で感情的な世論動向の今、読むべき本だと思う。一時帰国で本屋で手にとって、上海の隔離ホテルで読み終えたので、読んで欲しかった娘に渡せないのが残念。
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エマニュエル氏の慧眼が光る文章で、なるほどなぁと。ロシアがプーチンがという論の前に、なぜかの国は彼はそのような行動をするに至ったかに視点を移し考察する事の大切さを唱えています。
世界の安定にアメリカが必要、というレトリックが真に言わんとするところは、世界の不安定がアメリカには必要ということなのです。
つまり核を持つことは、国家として自立することです。核を持たないことは、他国の思惑やその時々の状況という、偶然に身を任せることです。
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頭では理解しているとは思っていたものの、本書を読んでロシアが悪いのだと思い込んでいたことに気づかされた。
もとはNATOをこれ以上東側へ拡大しないという約束を保護にしたアメリカやイギリスに対して、ロシアが反抗したという構図だったよう。
世界全体では、ロシアの行動を奨励はしないとしても否定はしない国が数多く、大々的に避難しているのは西欧諸国のごく一部なのだということにも驚いた。
自分で確認したわけではないが、これが正しいとすると、自分自身が西欧諸国の情報に踊らされていただけなのかと改めて一次情報を取りにいく大切さを学んだ。
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エマニュエル・トッドの本を読むのはこれが初めてなので、その主張が信頼できるのか、未だ確信が持てないが、地政学や政治学ではなく、人類学と歴史の視点からウクライナ問題を語る視点は興味深い。たしかに、我々日本人が得るウクライナ関係の情報は大抵が欧米経由のもので、そこにバイアスが入っている可能性は否定できない。正しく判断するために様々な情報を得るという意味で、本書の視点も知っておいた方がよいもののように思う。まあ、アメリカが世界のどこかで戦争が起きていることを是としているという陰謀論的な主張には、少々身構えてしまうが。
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書店で平積みになっていたこと、タイトルがスルーできなかったことから、いつも読むジャンル枠を超えて一読してみた。
外国人、フランス人著者の視点から、日本向けに書かれたものでもある。人道的視点だけでなく、地政学的な背景を正しく知ることから始めなければと。
メディアばかりを鵜呑みにせず、きちんと勉強することの必要性を痛感する。
とはいえ、なかなかに難しい。
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一般市民に限らず大小に関わらず兵器による犠牲が出ることに強く反対する。その上で起こっていることの背景に何があるか知るのに大変役立つ一冊だった。
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武器供与でロシアを後方支援する中国。勝手に戦費と武器提供で弱体化するアメリカ。
長期化すればするほどその見方も正当性が増してくるのは間違いなさそう。
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ロシアとウクライナの間で起こっている戦争について、普段テレビのニュースを見ているだけではなかなか見えてこない視点を授けてくれる一冊。
情報にはそれを提供する側のバイアスが意図的にせよ無意図的にせよかかっている。
改めて、様々な意見をもつ人の意見に耳を傾けることの大切さ、議論することの大切さを感じる。
共通の敵をつくることこそが人々を団結させる一番の近道なのかも知れない。それは小学校の教室でも、国家でも…。おそろしいことではあるが。
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ほとんど西側からの情報にしか接していない我々には、何とも親ロシア的な内容(アメリカが仕掛けた戦争であり、ロシアはそう簡単に負けはしない)であったが、一々肯ける箇所は多くあった。
とはいえ、心情的には否定したい。