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紙の本
見つめて開く
2023/12/02 22:41
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:うみひこ: - この投稿者のレビュー一覧を見る
短歌と科学。この文系と理系のような対立すると思われているものが、それぞれ同時に、この世界をいかに見つめ、探求し、すくい上げてきたかが如実に感じられる本だ。
著者は歌人たちの歌を引用しつつ、エッセイの中で普通の読者が知らない科学的な言葉を解説してくれる。歌人の中には科学者や医学やそれを学んでいる人たちもいて、初めて聞く言葉も多いのだ。そして、その言葉を日常としている人の思いや、その言葉を知った喜びや驚きを教えてくれる。そして、気がつけば著者に手を引かれて、人間の赤ちゃんから始まって、いろいろな生物が生きている世界とその生物が見ているだろう世界を教えてもらったり、広大な宇宙を知る科学の営みを教えられたりしていくのだ。
考えてみれば、少し前まで、インフルエンザのワクチン注射の前ぐらいにしか気にしなかったA型とかB型とかのウィルスの変異というものが、コロナのおかげでこの三年あまりに日常的な関心事となってしまった。私たちが生き抜くために知らざるを得なかった科学的な知識や身につけた予防医学を思うと、私たちの日常がいかに科学に守られているのかと愕然とする。
さらに、東日本大震災と福島原子力発電所の事故を思うとき、知っていたのになぜ防げなかったのかという強い反省は、あのとき著者だけではなく日本中に吹き荒れたと思うのだが、現在の無反省な再稼働への様相をみると、暗い気持ちになる。そして、ここにある歌人たちがあのとき歌った忸怩たる思いを、これからも何度でも口にしていかなくてはならないだろうと思うのだ。
それにしても短歌というのは実に不思議なものだ。そんな日常を短歌が歌い上げるとき、悲しみや絶望に満ちたものになるかと思いきや、少しユーモアが漂うのはなぜだろう。言葉が歌い上げると、この世界が少し開かれていくのを感じてしまう。
ここには短歌約三百首が納められているのだが、あまり現代短歌になじみのない私でも、このエッセイを読むうちに、いつの間にかお気に入りの歌人を見つけることができて、そのことも実に楽しかった。最後に、暗澹とした思いから見事に新しい扉を開けて見せてくれた一首を記載して、この歌を教えてくれた著者に感謝したいと思う。
「マスクしてコロナウィルスに抗へば不要不急のものらかがやく」
驚きを持って世界の美しさを見つめていこうよと、このエッセイは誘いかけてくれている。
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