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先月(2017年6月)

深爪さんのレビュー一覧

投稿者:深爪

33 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本ナショナリズムの克服

2003/02/23 00:49

特別なんだ(笑)

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

70年代の経済的成功以来、日本人になんとなく染み付いてしまっている「自分の国は特別なんだ」という思い。それはどういうわけだか、私のなかにも漠然としてあります。終盤、西欧近代の植民地主義・帝国主義が生んだ「民族」という概念の解体に至るに及んで、タイトルの意味、なぜ「克服」なのかが見えてきます。克服すべきは、多数者の側というか、全ての者なのです。

この重厚な内容を一見カジュアルに、かくも読みやすくまとめてあるなんて。全部を理解できているとは思いませんが、とにかく読めてしまう。読後、整理されて残るものがある。なんと巧みな構成、なかなかの仕事だと思います。
そんなに笑ってられない内容なんですけど、しかしまあ(笑)の多い対談です。

第一章の「日本ナショナリズム小史」だけで姜氏の著作『ナショナリズム』のダイジェスト版といってもいい内容だそうです。これだけ読むだけでも、もやもやしたきな臭いものがすっきり退治された感じです。
普段あまりなじみのない、難解な用語の解説も随所に施され、親切な本です。

半生の激白ともいってもいい内容を惜しげもなく語り尽くした姜氏には、激しく迷い悩みつつもそれを乗り越えていく尊厳のあるパーソナリティに大いにリスペクトを覚えるのに対し、謎の博打打ち・森巣氏は、その謎がさらに深まってしまい、他著への興味をしっかりそそられます。
異色のコラボレーションですが、討論の行き先は揺るぎなく定まっています。

敗戦後の日米談合による「経済ナショナリズム」の誕生論、福祉国家の限界によって見える一億総「在日」化論、「グローバリゼーションが国家を必要とする」論など、目から鱗の論説も数知れず。

何が正しくて何が正しくないか、容易に規定し得ないアンビバレントな世界情勢の中でなお、さえた見通しというか世界観をキープしている人たちがちゃんといます。あまたの情報、特にそのヴォリュームに惑わされることなく、何が真実かを選り分ける眼をもたなければ、と背筋を伸ばす今日このごろです。

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じっくり味わっておくべき。

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

長編、短編、エッセイ、紀行文、翻訳などなど、著者のあまたの仕事の中のささやかな一端なんでしょうが、相変わらず見事なもんです。

まえがきからあとがきまで、とにかくスキがなくてスムーズなんですよね。こうでなくちゃいけないっていう形に自然とすっきり収まっているっていう感じです。

スコットランドやアイルランドでウイスキーの蒸留所を訪ねてまわるなんて、あまりポピュラーな体験じゃないでしょうから、そりゃあ興味を引かれてしまいます。ふだん飲まない人でもたまにゃウイスキー飲みたくなるかも、ってそんなの言うまでもありません。
そしてウイスキーはもとより、そこにかかわる「人」についても、しっかりとイメージが浮かび上がってきます。

著者の長編を味わい深く読むためにも、こうした小品もじっくり味わっておくべきと思います。でも「カフカ」からファンになった人って、たいへんですよねきっと。

ついでながら写真も素敵です。ついでに語るには惜しい種類のものだと思います。

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紙の本日はまた昇る

2004/03/24 00:39

ロストジェネレーション、ロストラブ

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

この小説と、スコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」は、学生時代から折にふれて何度か読み返しています。書店に新訳で並んでいるのを見て、また何年かぶりに読んでみました。読み易いですね。古くさい表現にいちいちひっかかったりすることもないし。

巻末には訳者による丁寧な訳注と解説が付され、この小説の誕生した経緯が結構詳しく紹介されています。当時敬愛していたガートルード・スタインという女流作家に「あなたたちはロスト・ジェネレーションね」みたいなことを言われたのに反発したことが動機で編まれたらしいこの長編小説は、いわゆる「モデル小説」で、個性的な登場人物には全て身近なモデルがいて(主人公のジェイクはヘミングウェイ自身)、彼と彼の仲間たちによる休暇中の実際の出来事がベースになっているようです。
また、スコット・フィッツジェラルドの助言により、冒頭を16ページもカットしたそうです。この小説、「ロバート・コーンは〜」と、嫌味な脇役の紹介から始まるので、何でかなって思ってましたが。

素晴らしきスペインでの休暇。それは大自然の中での優雅な鱒釣り。フィエスタの喧噪、連夜のバカ騒ぎ。闘牛場での熱狂と興奮。そして休暇が終わり、去り行く人々。
主人公ジェイクの醒めたたたずまいに同じく、一夜の夢物語といった感じのストーリーは、緩く、クールに彷徨います。

学生のときにこれら2つの小説を読んで、「失われた世代」という言葉を知り、そんな時代からすでに我々は失われていたのかとちょっと唖然としたことを思い出し、何かを得ては何かを失い、人の世ではもうずいぶん前からそんなことが延々と繰り返されてきたのだろう、などときっと前に読んだときと同じようなことを考えつつも、私はすべてが泡と消えてしまうかのようなラストの主人公のセリフが好きで、やっぱりこれって恋愛小説じゃん、とあらためて思ったりもします。

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紙の本朗読者

2003/07/19 17:00

なだらかな坂を下る

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

実に巧妙な小説でした。決してネガティブな意味じゃなくてです。起伏の少ない静かなストーリーですが、しかし虚を衝くような展開もあり、なるほどと思わせる伏線と種明かしもあり、それでも全く無駄な部分がなく、長さも程良く…素材もさることながらその「練り方」にかなりの熟練を感じます。わりと大ベストセラーだったので、もっとドラマティックでキャッチーな話なのかと勝手に思ってました。こういう比較的地味な内容で売れてたなんて、なかなかどうして、ですね。

特に、本書の三部構成のあり方は白眉です。若々しく躍動的な第1部、停滞し、霧のヴェールに包まれたような第2部、そして静かに海の底に沈み込んでいくような第3部。
第2部から第3部にかけて、「過去」が長い年月を経て解き明かされていくんですが、なだらかな坂をゆっくりゆっくり下っていく、そんな趣があります。

主人公は、かつて愛した人の「過去」をどう捉えるべきか苦悩し、そこから逃れなくなり、「何も感じず、感情が麻痺してしまっている」自分に気付きます。それは、村上春樹著『ねじまき鳥クロニクル』に登場する間宮中尉の長い話を想起させます。というより重なり合います。外蒙古の砂漠にある深い井戸の中に突き落とされた彼は、そこで体験したことにより、「それ以来私は何を見にしても、何を経験しても、心の底では何も感じなくなってしまったのです。(中略)私の中のある何かはもう既に死んでいたのです」と語ります。

文学は戦争を、或いは戦争的なものを描くことを未だ終えませんが、私は本書を読んで遅まきながら、それは永遠に終わることなどない、と知ったのだと思います。著者はある雑誌のエッセイでこう語っているそうです。「(過去の)克服は存在しない。しかし、過去が現在においてどのような問いや感情を引き起こすのかを意識しつつ生きる生というものは存在する」。だとすれば、「過去」から自由になることもできず、更に同じことを繰り返す私たちとは、いったい何なのでしょうか? 

終章で主人公は、この物語についてこう語ります。「いまのぼくは、これが真実の物語なんだと思い、悲しいか幸福かなんてことにはまったく意味がないと考えている」。
私たちがそれでも私たちにできることをするのだとすれば、私たちは本に書き、書かれたものを読みます。時に声に出して読みます。

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紙の本疲れすぎて眠れぬ夜のために

2003/06/21 06:17

時代の人

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

うーむ。なるほどねえ。ウチダ先生の本、初めて読みました。で、ホームページも見てみました。いやー、いろいろとたくさん書き込んであります。仕事量の多い人なんですねえ。

まあとにかく語り口が自然体というかフレンドリーというかとても入っていきやすく、そこがまずウェルカム・サプライズですが、言ってることが結構すごい。フランス現代思想を確固たるベースに、合気道やら小津安二郎やらをミクスチャーした、骨太な内容です。
核心的なロジックがぎっしり詰め込まれていて、それが次から次へとよどみなく流れ、だんだん整理しきれなくなってきます。毎日少しずつ噛んで読むのが良いでしょう。

で、HPによると、読者は20代の女性が約半数なんだとか。決してそこだけをターゲットにしているわけじゃないんでしょうけど、自然とそこまで目線を下げてこの深い内容を説いているあたりが、この人の偉大なところです。
特筆すべきは最終章の内容で、詳述しませんが、すっかり感心させられてしまいました。

それにしても、例えば「人間はそういうのが好きだから」「人間は期待していたよりバカだった」みたいな真理を、ひょいって提示しちゃうあたり、なんというか、極めて痛快です。バブル最盛期、同窓会で株をやらない理由として、「お金は働いて稼ぐもんだろ」って言ったら満座の冷笑を浴びたってエピソードが語られていましたが、先生のお考えが身を持って受け入れられる、っていうか受け入れざるを得ない時代が来た、っていうことなんでしょうかね。

「無理をしない」ってこと、よく考えてみると金言ですね。現代の社会システムって、無理が祟ってここまで疲弊しているんでしょうから。それに携わっている私たちもまた然りです。無理を重ねて疲労し、生来の身体的機能を損なっています。でも景気もなかなか回復しそうにないしねえ。

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紙の本わたしたちが孤児だったころ

2003/06/12 05:15

世界に立ち向かえ

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

かつて、「日の名残り」には多大なる感銘を受けました。あの一作で、著者はわたしの中の最も信頼のおける現代作家のうちの一人となりました。本作も刊行後すぐにも読むつもりだったのがかなり遅延してしまいましたが、今回、一気に読み切り、なんだか「やり遂げた」って感じです。っていうのもへんですが、この人、やっぱり違います。
読み終わってしばらくしても、何ともいいようのないぼうっとした感じがずっと続いています。村上春樹著「ねじまき鳥クロニクル」の読後感に近いものを覚えます。

主人公が探偵ということもあり、(両親の失踪という)謎を解き明かすべく、ミステリーっぽい展開が特に中盤以降ぐいぐいと惹きつけます。が、この作品の本旨とするものは、それにとどまるものではありません。読み手にずしりと重いものを突きつけ、魂の奥深くに揺さぶりをかけるのです。
村上さんの言葉を借りていえば、「読み始める前と読み終えたあとで、自分の立っている場所が少しずれてしまっているような小説」だと思います。

とりわけ、幾度となく挿入される、子どもの頃のエピソードを主人公が回想する場面では、胸を締め付けられる思いがします。人生において今がいちばんいい時代とは知る由もなく過ごしていた、子どもの頃のなにげなくも美しい思い出。両親とともに楽しい時を過ごしながら、どこか「自分は本当に愛されているのか」という不安も在った日々。結末が結末だけに、余計に痛切に響くのです。どうしてこんなにも、と思えるほどに痛切です。

考えてみれば、「日の名残り」に同じく、「失われたものを取り戻すべく」物語はスリリングに進行し、同じく「Unreliable Narrator(信頼できない語り手)」の手法により物語の深みが形成されています。ただ、今作は痛切さの度合いがまるで違います。
それがゆえに、ラスト近く、主人公が意外な形で、自分が母親にずっと愛されていたことを知る場面は、さらっとはしていますが、この作品の良心というか、重みが凝縮されていると思います。

タイトルの「孤児」という言葉にこめられたものは何でしょう? 誰が「孤児」なのでしょう? 著者がいちばん読み手に問いかけたいところなのでしょう。

時代は変わっても、生きていくことの辛苦は形を変えて常に在ります。自分が何のために闘っているのかわからなくなったら、自分にこういってやることにしましょうか。わたしたちはみな「孤児」のように、失われてしまったものを取り戻すべく、世界に立ち向かっているんだと。わたしたちが世界に立ち向かう勇気を持っているのなら、その勇気はまだ幼い頃の、愛された記憶によってできているのだと。

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紙の本宮殿泥棒

2003/04/23 00:36

人生劇場

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

なんとも渋い一冊です。短編でも長編でもない「中編」ならではの魅力、というものがあるとしたら、そのすべてがここにあるのでは、といいたい。

4編それぞれが絶妙の味わい深さです。主人公がみな、いわゆる「グッド・グッド・ボーイ」っていうと聞こえは悪くないですが、要は決して頂点を極めることのない、何かひとつ突き抜けたところのない、圧倒的な魅力に欠けている「そこそこ」の男たちなのです。そして通底するテーマは、「人格は宿命である」。もう感情移入せずにはいられません。

訳者のあとがきで気づいたんですが、著者の「慈悲の天使、怒りの天使」という短編が村上春樹編・訳の「バースデイ・ストーリーズ」に収録されています。一人暮らしの寂しい老婆の話で、はっきりいって印象はあまりパッとしたものではなかったんです。が、この作品集は素晴らしい。
凡庸ながら、しかし懸命に生きてきた男の人生から、ふいにこぼれ落ちる決定的な哀しみ…が実に巧みに描かれています。この人の作家としての矜持はそこにあると思います。
「傷心の街」のラストは特にぐぐっと胸に迫るものがありました。ソフィスティケイトされた哀愁というべきか、人生における根源的な哀愁のようなものが静かに染み入ります。

どんな人でも、ふと振り返って、「自分のこれまでの人生っていったい何だったんだろう。自分は何をしてきたのだろう?」と思ってしまう瞬間があるんだと思います。それは結構怖いことです。
問いに対する答えが、たとえ「人は変われない。人は自分以上になれない」だったとしても、胸を張っていられたらいいですね。あのSMAPの唄のようにね。

タイトル作の「宮殿泥棒」は映画化されたとか。ケヴィン・クラインもいい役者ですが、個人的にはジェームス・アイボリー監督、アンソニー・ホプキンス主演で観てみたい気が。

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紙の本からくり民主主義

2003/04/11 00:15

「なんじゃそら」という癒し

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村上春樹さんが解説を書いてるんだから、と読み始めて、なるほど評判どおりの読後感を得ました。おもしろく読めるのは保証できるし、考えさせられるテーマばかりであることも間違いないです。それに加えて、癒されます。

著者は綿密な取材を行い、関連文献などを広範に当たり、いわゆる「しっかりした」仕事をしています。そして村上さんも書いているように「正当な弱りかた」をしたうえで文章化しています。感心し、納得しながら読み進められます。総じて結論のようなものがないからといって、だれも簡単に非難できる立場にありません。

私たちの日常というのは、そんなことどっちでもいいんだけど立場上仕方なく片方についたり、「こうするべきでしょう」なんてことを立場上言ってみたりと、やりきれぬ矛盾で溢れていますよね。私たちは物事にウラがあってもさしてびっくりもしないし、たいていのことはお金で解決するしかないことも知っています。「世の中なんて結構身もフタもなくて、いい加減なもんなんだ」ってことをちゃんと心得ていないと、恥をかいたりすることもしばしばです。
だからこうしてきちっと検証された「弱ったなあ」を、みんなで共有することで、矛盾にも慣れてしまった自分を、少し楽にしてやれるのではないでしょうか。

誰もが自分の立場というか役割を演じているだけです。それを伝えるメディアの側もそうです。「アメリカを支持する」と言わざるを得なかった某国の首相に心の底では同情する人も多いことでしょう。本書を読んでいて、どうせ演じるなら思いっきり演じることかな? と思ってしまいました。中途半端はきっと余計に矛盾を深めるだけです。思いっきりやることでふっ切れる何かもあると思います。
幸いマスメディアの普及により、私たちの演技力は磨かれてきたと言えます。私たちはふだん何気なくTVを見ながら、知らず知らずのうちにイメージトレーニングをしてしまっていますよね。

それでも例えば「諫早湾干拓問題」なんて、当時TVのニュースで見て、「うわあこれは本当に死活問題なんだ。どうするんだろう」って思ったもんです。まさかVTRをよく見ると「エイエイオー」ってやってない人がいたなんて。さすがに「なんじゃそら」と言わずにはいられません。

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紙の本コルシア書店の仲間たち

2003/02/12 22:39

癒しの原型

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コルシア・デイ・セルヴィ書店。ミラノの都心で修道院の軒を借りてひっそりとかまえられたこの小さな書店は、第二次大戦後に、共同体を理想とするカトリック左派の若者たちのグループが、その活動の拠り所としていました。
この書店にかかわった著者が、若き日々を回想し綴ったエッセイです。

珠玉の短篇小説集といってもいい、端正な美しさを湛えた散文集です。読点が(意識的に?)多く打たれた文章は、それゆえに堅さがほぐれ、懐の深さを感じさせます。

さまざまな職業や階級の人々との交流そして別れが、淡々と、しかし慈愛に満ちた言葉で語られます。簡素な暮し。理想。その終焉。あるいは夫との死別。繰り返された出会いと別れのなかで、刻み込まれた確かなぬくもりが、ぬくもりのままに伝わってきます。
帰国を決意した著者が、書店の中心人物だったダヴィデに別れを告げに行く場面の描写は、ことのほか美しく浮かび上がり、時空を越えて読む者の胸に響きます。

自分に厳しく向き合い、闘うべきものと闘ってきた人の人生は、序章に引かれた詩の一節のように、その人の人生の疲れをも癒しうるのでしょう。
型にはまった日常に流されるに甘んじず、少しでも、確かな生とおぼしきものを求めていきたいものですね。

昨今、ホームページで自分の日記を公開する方々が多いとか。書くことで自分を見つめ直したいと思っている人には、一読の価値ありでは。

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友情 改版

2004/04/16 23:23

それはまるで魔物のように

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いわずとしれた文豪・武者小路実篤の代表作にして、日本文学史にその名を残す不朽の名作。大正9年の作品ながら、いま読んでも充分に共感できる内容。とくに若い人は読むべし。

確かに「友情」についても書かれてはいるものの、この物語の本当のテーマは「恋愛」。もっというと「失恋」。

人を好きになる(なってしまう)とはどういうことか。結ばれる恋愛と結ばれない恋愛はどこが違うのか。恋愛の本質が露わにされ、それはまるで魔物のように描かれていて、結構痛々しい読後感です。
おそらくは著者自身の、辛く悲しい体験が描かれているのであろうことは、想像に難くありません。若いころによほど悲恋に苦しんだのでしょう。大いなる共感を禁じ得ません。

辛い失恋を通じて、私たちは成長していくのでしょうか? あるいは何かを学ぶのでしょうか? じゃなくて、ただ、「自分を知る」だけなんだと、あらためてそう再認識させられます。
世の中、何て辛いのでしょう。それでもまた、誰かを好きになってしまうんですけど。

ところで、この本を読んで、ついつい思い浮かべてしまうのが、ジョージ・ハリスン(元ビートルズ、2001年没)のことです。かつて彼は親友のエリック・クラプトンに自分の妻を奪いとられてしまいました。クラプトンはいけないと知りつつジョージの妻にどうしようもなく惹かれてしまい、その烈しい想いを曲にまでし(『いとしのレイラ』、ロック史に残る不滅の名曲)、やがてはそれを成就させます(その後、結局離婚してしまうんですけど)。
そんなことがありつつも、ジョージの人柄からか二人の親交は続き、彼の一周忌に盛大に催された追悼コンサートでは、クラプトンが音楽監督を務めています。それはいわゆる「ビジネス」のひとつなんでしょうけど、でもそこには「友情」と呼ぶことのできる感情が、確かに存在していたのだと思います。

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紙の本キャッチャー・イン・ザ・ライ

2003/05/07 00:27

回転木馬に乗る君を、ただ見ていたかった

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初訳は1964年だったのですか。実は私の生年です。で、これまで読む機会がなかったなんて。ていうか読まなかったなんて! ここに書評を寄せている方々の中では、どうやら稀有な例のようです。やはり不朽の名作なんですねえ。恥ずかしさを通り越してすがすがしく感心する次第です。

ですから村上さんの訳について、既訳と比較してうんぬんという感想も書けないですが、単に新しい読者の獲得という意味のみにおいても、意義ある試みと感じました。この作品の言わんとするところが、現代においても充分に通用しうることが実証された、そんな類の堅実な仕事ではないでしょうか。

私もですから40になろうかって歳の頃なんですけど、でもたとえば主人公と同じ16歳の時にこれを読んだとしたら、たぶん「なんじゃこら? これのがどこがいいんだ?」って思ったに違いありません。世の中はインチキや欺瞞に満ちていて、ろくなもんじゃないってことにはもう気づいていたかもしれない。でも、まだ自分はこれからだし、これからいろんなことが起こるわけだし、みたいなことを思っていました。学校ではそこそこだけど、別に学校がすべてじゃないし、自分もいつかは何かができるだろうって漠然と思っていました。ホールデンのように酒もタバコもデートも夜遊びもやりつくして、やれやれ何も見つからない、誰もわかってくれない、っていう状況とはずいぶん距離感を感じたことと思います。

大学生のとき、初めて海外へ出て一月ほど旅をしました。でたらめな旅で、でも旅先でさまざまなバックパッカーの人々に出会い、ともにいろんな経験をし、いろんな話をしました。大半は同じ「卒業旅行」に来てる学生でしたが、中にはずっと年輩の人も何人かいました。自分の父親ほどの歳の人もいました。それはちょっとした驚きでした。定職に就かず、旅をして、お金がなくなったら働いて、また旅をして。行きたいところ、見たいものはまだたくさんあるし…。そんな話を聞きながら、へえ、こういうのもありなんだ。その気になればどこへだって行けるし、どんなふうにも生きられるんだ。そんな人たちを実際に見たのは初めてだったので、新鮮な気持ちでそう感じました。と同時に、でもどこまで行っても、きっとどこにも行けないんだ、とも感じてしまっていました。初めて貧乏旅行のようなことをしてみて、この経験は自分の人生にとってきっと大いにプラスになるんだろうな、とか思っていたところだったので、ちょっと複雑なものがありました。

終章近く、ホールデンとフィービーのエピソードを読みながら、ふとそんなことを思い出しました。この美しく味わい深いエピソードに至って初めて、この小説は本物だ、と納得できた気がします。回転木馬に乗りたがるフィービー、それをただ見ていたいホールデン。そのどちらの心情も痛いほどわかる気がするのです。でもそう思えた私は、まさしく今の私です。「どこまで行っても、きっとどこにも行けないし、自分以外のものにもなれない」ってことを本当の意味で知ったのも、まだここ近年のことですから。

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アバウト・ア・ボーイ

2003/03/17 23:42

成長しよう

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前作「ハイ・フィディリティ」でブレイクしたニック・ホーンビー。前作よりも格段に深みのある、傑作だと思います。

主人公は二人。三十六歳の独身男性(キャラクター的には前作にも重なるモラトリアムな中年)と十二歳の少年。この二人がひょんなきっかけから知り合い、友だちになり、さまざまな騒動を通過してそれぞれが互いに成長していくというストーリーです。
シングル・ペアレントとその子どもたち、低レベルの鬱状態にある少年の母親など、まさしく現代の社会問題が浮き彫りにされ、本当は結構シリアスな内容ともいえるんですが、明るくユーモラスに描き切っています。

心理描写の素晴らしさは特筆ものです。働かずも親の遺産(クリスマス・ソングの印税(笑))で生活している情けない男と、やっかいな母親を抱え、学校でもいじめられる少年。それぞれの悩める胸の内を、それぞれ「なるほど、そうだよなあ、きっとこう思うよなあ」と納得し通しのリアリティで描いています。十二歳の少年のパートは、まるで十二歳の少年になって書かれているかのようです。
ドラマティックさがほとんどないにかかわらず、それでいて決して飽きることのない、先の読めない展開。このストーリーテリング力もあなどれません。
そしてあふれるユーモア。

現実社会のサバイバルに必要とされるタフネス&クールネス。でもそれがただ人を遠ざけているだけではダメで、人生で大切なものを得るためにはきちんとコミットメントしていないと。っていうテーマはわりと普遍的なものなんですが、コンテンツとしては最新ヴァージョンじゃないでしょうか。
今作ですっかりファンになってしまいました。著者はたぶん、「生まれてこのかたユーモラス」な人で、それが作風を大きく支配していると思います。ユーモラスさが生み出すアイディアとシリアスさが生み出すアイディアとは、根本的に違うんですよね。

しかし、働かなくても食っていけるなんて…やっぱりつまらんだろうな。

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紙の本マーティン・ドレスラーの夢

2003/02/09 23:35

豪華絢爛、自分探しの旅

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書き出しがいい。これほどのめくるめく物語が展開されるんですから、普通もっともったいぶったプロローグらしきがあって然りと思うんですが、超シンプルです。逆に著者の秘めた自信を感じます。
あのスティーヴン・ミルハウザーの、しかも長篇だからとしっかり気構えて読みにかかるや、意外にすいっと物語にはいり込んでいます。

19世紀末のニューヨークを舞台に、次々に夢を実現させていく主人公。人物像としてはさして魅力的ともいいがたいこの若者が、しかし抜け目なくしなやかに、友好的な力も引き寄せて成功を続けるさまは、結構オーセンティックな物語としての痛快さもあり惹きつけられてしまいます。
そして驚異的なホテル建設が始まる終盤の、圧倒的な展開のエスカレーション。物語の行方たるや一筋縄ではいかんだろうとは思っていましたが、いやはやここまでとは。

精緻で執拗ともいえる描写が押し極められる一方で、文体には無駄な装飾や仕掛けがなく、以外と直球勝負といった感じです。ですから決して読み辛い種類の小説ではないと思います。
シンプルにして過剰。コントラストの妙といえるでしょう。どうでもいいけどBGMにはアラン・パーソンズ・プロジェクトなどはまりそうです。

熱病にうなされ続けたような夢物語が、甘美なニュートラル感で括られた終章で静かに閉じられると、さてしかしいったいこれはなんだったんだ? という思いもよぎってしまうのも確か。成功譚というよりは豪華絢爛な自分探しの旅という気がしないでもない、 かくも壮大で、しかもつまるところ「昔、マーティン・ドレスラーという男がいた」ってだけの話、だったんでしょうか?

私には、まだ若輩の主人公が、精力的に街を見歩くシーンが印象に残っています。「歩きながら、あたりを見渡し、すべてを頭に刻み込み、ふくらはぎと太腿に心地よい緊張を覚えながら、活力が湧き上がってくるのを感じた。それは一種、静謐な落ち着かなさとも言うべき気分だった。何かをしたい、自分を試してみたいという欲求、何らかの意味で自分より大きくなりたいという願望だった。何になりたいのか、それはよくわからない」。おそらく、まさしく著者自身のことでしょう。

で、きっとこの人は、次はもっとすごいものを書くんですよこれが。

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紙の本「コメント力」を鍛える

2002/12/01 14:01

誠実と呼ぶにふさわしい。

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特別なことは何も書かれていない、と言ったら失礼かもしれませんが、TVの画面から伝わってくる筆者の誠実と呼ぶにふさわしい人柄から、奇をてらったいい加減なノウハウ本ではないことは読む前から推測できました。
そしてまさしく誠実と呼ぶにふさわしい内容でした。

「コメント力」というタイトルでちょっとしたインパクトを演出してはいますが、人とかかわって仕事をしていくにはどうあるべきか、ひいては人とかかわって生きていくにはどうあるべきか、筆者の伝えたい部分はそのあたりにあったと思います。とりわけ「教育」について、思いの強さが量れます。

TVというメディアを通して、多くの見えない人々とかかわっていくことへの筆者の苦悩は、それがゆえにごまかしは利かない、人間性の凝縮した言葉こそが人の心に届く、という信念に結ばれるのでしょう。

誰もが心無い言葉に傷ついたり、何気ない一言に救われた経験があるはずです。厳しい時代だからこそ、言葉の重みを感じて生きていなくてはならないのでしょう。

声高に語らず、多くを語らず、先人の著作や恩人の一言を丁寧に引く著者の姿勢にとても好感が持てました。誰かのおかげで生きているんだってことを、常々自覚してなくては、と身がひきしまります。

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紙の本海辺のカフカ 下

2002/11/28 18:30

潔い。

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 潔い小説だと思いました。複雑に絡み合うストーリー、暗示的な内容にもかかわらず、肝心なこと、著者の言いたいことはしっかり伝わってきました。

 すなわち、書きたいテーマがあって、そのテーマを伝えることにこそ意義がある。それが伝われば、「物語」は決して完璧なものでなくていい。一文一文から伝わってくるのは、著者のそんな凛とした姿勢です。
 ひとつひとつのエピソードがどう解釈されようが構わないんでしょうし、ましてやスタイリッシュかどうかなんてもうあまり重要でないのでしょう。
 常に変化していく著者の視線が注がれている先を、しっかりと感じ取ることができます。

 自分の人生を自分がどれだけがんばって生きてきたか、それは自分にしかわかりません。報われない日々を支えているものは、他人から見れば笑ってしまうほどの小さな喜びかもしれません。「物語」なんてもともとそういうものですよね。
 でも、だからこそ、自分のための物語が必要なんだと思います。とにかく自分で書こうとすることが大切なんだと思います。何度でも書き直せばいいんだし。そして物語は完結しなくても、それをきっと誰かがすくい取るんです。

 著者の初期の作品を読んでいたころは、自分もこういうかっこいい文章の書ける小説家になりたいと思ったもんですが、もうそんな低いレベルの小説家じゃなくなっちゃいました。自分にはやるべきことがあって、小説を書く必要なんてない、そう思わされてしまいます。


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