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桐矢さんのレビュー一覧

投稿者:桐矢

67 件中 16 件~ 30 件を表示

紙の本火怨 北の燿星アテルイ 上

2001/03/15 16:33

判官びいきのつぼ

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 時は平安時代、東の果てに住む蛮族、蝦夷(エミシ)は、長い闘いの末、征夷大将軍、坂上田村麻呂によって制圧される。そして、最後まで抵抗した頭領、阿弖流為(アテルイ)は都で斬首刑になる。…とここまでは史実として明らかになっているから、歴史物は、読み進んでいて感情移入するほどつらくなる。主人公の行く末が決まってしまっているのだから。
 ヤマトタケル、源義経などと同様の、志半ばで散った不遇の英雄への贔屓目…をぬかしても、主人公の阿弖流為(アテルイ)は魅力的だ。冒頭、まだ年若い阿弖流為は、蝦夷の決起を密告しようとして裏切った男を、身を賭してかばい、かけがえのない腹心を得る。読者を落とすつぼが、なんとも上手い。
 そして、かたい信頼で結ばれた仲間と共に、数の上では圧倒的に劣る蝦夷が、奇襲作戦で何度も勝利を手にする。
 本書は、制圧された蛮族側から描かれた戦の記録の物語でもある。

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悪を考える

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 この本は、副題にある通り、「虚偽と邪悪の心理学」の本である。「悪」に関しての心理学は、今までほとんど研究されていなかったという。人が生きていく上で、避けて通れない問題であるにもかかわらず。
 精神科医である著者が臨床の場で出会った、邪悪な人達についての、具体的な例が挙げられている。うそをつき、人を踏みにじり、己の欲を満たそうとだけする人々は確かに存在する。
 著者は、キリスト教信者としての立場を隠そうとしていない。悪が行き過ぎた利己心の行使であるとするならば、自由意志の意義について考えざるをえない。
 「私自身の見方にしたがえば、自由意志の問題は、(中略)パラドックスである。一方では自由意志という一つの選択がある。(中略)その一方ではわれわれは自由を選ぶことが出来ない。そこには、二つの状態があるのみである。神と善にしたがうか、それとも、自分の意志を超える何者に対しても服従を拒否するかである。この服従の拒否こそが、とりもなおさず、人間を悪魔の力に隷属させるものである。結局のところ、われわれは、神か悪魔のいずれかに帰依しなければならない。私は、善にも、また完全な利己心にもとらわれることなく、神と悪魔のまさに中間にあたる状態が真の自由な状態ではないかと考えている。しかし、この自由はばらばらに分断される。これは耐えることの出来ないことである。われわれは、いずれに隷属するかを選ばなければならないのである」
 この考えには、私自身は、そのまま賛成は出来ないが、キリスト教者として、ある種タブーであったはずの、悪を、真正面から、受け止めて、それを考えてみようとした著者の勇気をたたえたい。邪悪な者に対抗する手段として、著者は悩みつつも、「愛」しかないのではないかと言う。「醜悪な(中略)カエルが王女にキスされて王子に変身する神話は今も生きている。(中略)愛の基本原理はいかにして働くのか、いかにしてそれがいやしを起こすのか、私には正確なところはわからない」
 ここのところ、私の記憶によれば、王女は、カエルを壁に投げつけ、それで、カエルは王子に戻ったような気がするのだが、そうならば、話は、まったく逆になってしまう。邪悪なものに対して、われわれは、キスするべきなのか、投げ捨てるべきなのか?
 私にも、その答えは分からない。

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紙の本われらのゲーム

2001/03/15 16:26

孤独な男の慟哭

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 引退して悠々自適の生活を送っていた元英国諜報部員ティムがある日突然追われる身に。元部下でパブリックスクール時代からの旧友ラリーが、ロシア政府から大金を搾取して失踪し、警察はティムも共犯だと疑っているのだ。そして…ティムの愛人のエマも一緒に失踪していた。
 諜報部員…スパイ物なのだが、緊迫した機密情報のやり取りや派手な銃撃戦は全く出てこない。物語はラリーとエマを探すティムの一人称で回想をはさみつつ進む。
 ラリーは言った。
「あんたはおれの人生をぬすんだ。おれはあんたの女を盗んだ。それだけのことじゃないか」
 いつも作り物の笑みを顔にはりつけるようにして生きてきたティムの内面の、絞り出すような苦悩が全編を覆っている。ラリーのように民族紛争に身を投じることも出来ない。愛人は庇護を必要としなくなって飛び立っていってしまった。
 埋まらない穴をどうすればいい?
「だがラリーは嘘をついている。(中略)わたしにはわかるのだ。(中略)欺瞞を教え、どっぷり欺瞞づけにし、隠された狡知をうまく引き出して、それを使えるようにし、遠くへ送り出して敵と寝かせ、いらいら爪を噛みながら帰りを待ち、その愛憎、その絶望と理不尽な恨みと不断の退屈に付き合い」
ラリーはティムが仕立てた二重スパイだ。ラリーはティムの作品で、ティムの半身で、ティムの全てだった。
 民族紛争、情報部、兵器販売、独立戦争と緻密に組み立てられた舞台で語られるのは、大きな穴を抱えた孤独な男の魂の慟哭だ。

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紙の本寄り道ビアホール

2001/03/15 16:19

女のおじさんと、男のおばさん

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 朝日新聞の家庭面に連載していたエッセイ。
 さざえさんの時代から、会社帰りにビールを一杯、くだをまいて政治の話をぶつのは、オヤジと決まっている。寄り道カフェテリアではない。あくまでビアホール。
 巻末の重松清との対談が面白い。おとこのオバサンの代表、重松と、おんなのオヤジ篠田節子が対照的だ。オバサンの価値観を一言でいうと、「家内安全」。さてオヤジはというと、「大義という幻想」。芸術でも仕事でも我が社の利益でも、大義のために自分を犠牲にすることをいとわない価値観。なるほどなあ…とうなずかされる。
 なかでも、そうそうと思わされたのが、異世界の異なる感性の人とお茶を飲もう(ビールでもいいが)という薦め。同性、同年代からなるメンバーで構成されるグループには、理性を麻痺させる心地よさがある。その心地よさは、横並びの無言の圧力となり、あやしいマルチ商法や、いんちきにみんなでひっかかってしまったりする。そこで、「おかしいよ、それ」そう言ってくれる異質な感性を持つ友人がいたら、どんなに心強いことか。性別職業性格を超えて、茶飲み友達を作ろう!

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紙の本弥勒

2001/03/15 16:16

この世に救いはあるか

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 壮絶な作品だった。物語は贅沢できらびやかなパーティ会場から始まる。
 新聞社の事業部員、永岡は、貴重な仏教美術が散逸してしまうことを恐れて、政変のため鎖国状態になってしまったヒマラヤの小国パスキムに単身潜入する。
 同じ作者の「ゴサインタン」でもそうだったが、現地の描写が迫真を持ってせまってくる。革命政府にとらわれ、銃を構えた兵士に見張られながら、ぼろ小屋で寝起きし、やせた畑を耕す。ヒマラヤの空気、清涼感、飢えと貧しさがくっきりと描き出されている。
 パスキムの賢王サーカルは、ゆるやかなカースト制度に支えられた伝統的な社会を維持していくことで民族固有の伝統文化を守ろうとした。
 革命政府が掲げる理想の国家は、すべての人が自分の食べる分を汗して働き、身分も差別もない完全に平等な国家。革命政府は、余剰の生産物から生まれる豊かな文化も精神性も全て否定した。自ら働くことのない知識階級や踊り子、僧侶など必要ないのだと。
 人間の持つ根源的な矛盾だ。人間は欲を持つ。自分が生きていけるだけのささやかな収穫で満足することができない。富は集積し蓄積され、余剰生産物の上に初めて文化は生まれる。知識欲とて同様。科学が人間を幸福にするために存在していないのは明らかだ。
 まるでガン細胞だ。「際限なく増殖」していけばいつかは宿主の体ごと自滅するしかないのに、増殖をしなくなればもうそれは、ガン細胞ではなくなってしまう。欲望は人間を破滅させるかもしれない。けれど、欲望を完全に捨てることが出来たなら、もうそれは「人間」ではないのかもしれない。単なる「動物」になるか、それとも「仏」にでもなるか、そのどちらかは分からないが。

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紙の本わがままな脳

2001/03/15 15:54

ひざ突き合わせて最新の脳の話を

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 口語体で読みやすいし、面白かった。
 脳科学者で認知神経科学専門の著者が、脳と心にまつわる話を「大学生になりたての方や高校生を相手にひざを寄せつつ話す」ような感じ。大学の講義では脱線につぐ脱線ばかりという著者のキャラクターがうかがえて楽しい。
 読みやすいが、内容は今最新の研究が取り上げられている。絶対に再生しないといわれていた脳細胞が生後も増えることがあるというのもごく最近分かったことだ。
 著者は、自分とはなにものなのかという問いに取りつかれて以来、哲学にその答えがあるものと思って探しつづけた。だが、得た答えは、そんなことは誰にも分からないというニヒリズムの境地だけだった。本人いわく「哲学にずっと恋していたのに、ふられた」のだそうだ。
 そして、その情熱は、最新の脳科学に向けられることになる。
 まだ手探りの段階とはいえ、脳科学なら、「自分とは何か」「意識とは何か」「なぜ人を殺してはいけないのか」「愛とは? 」「宗教とは?」などの問いの答えになる手がかりがある。これは、驚くべき事だ。
 しかしこれをもって著者が唯物論者であるとは言いきれないと思う。「いまだに哲学にじくじくと未練を持ち続けている」そうだし。
 並外れて、好奇心が強く、問いへの答えを情熱をもって探しつづけている…その姿勢に共感した。

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紙の本絵の言葉

2001/03/03 11:16

絵は万国共通?ほんとうに?

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 外国語は知らない人には理解できないけれど、絵なら、万国共通。本当にそうだろうか? 日本語の分からない外国人でも、書道を絵としてその形を鑑賞することは出来る。同じようにたとえば日本人が17世紀の西洋の静物画を見るとき、その「意味」を知らずに形だけで鑑賞しているのではないだろうか。
 絵にもそれを「読み解くための言葉」がある。絵の言葉、アイコノロジー(イコノロジー)=描かれた図像の意味を研究する学問について、古今東西さまざまな実例をあげながら、軽く読みやすい対談形式で真相に迫る。
 たとえば、時間を表現するのに、西洋では左が過去、右が未来になるのに対して、日本では逆だ。
 哲学などという抽象的な概念さえも、それを表す表現がある。
 そのほか、さまざまな神話や文化に支えられたシンボル体系・アレゴリー。
 日本で絵とは「情景や情感」を鑑賞するものとしてやってこれたのは、背景(文化的・地理的)を共有しているからではないかという考察が興味深かった。世界を征服した西洋キリスト教的価値観は背景そのものも一緒に植民地に持ち込んだし、価値観を異なる者に伝えるための論理(ロゴス)による体系がしっかり作られていたのだ。
 あるイデアなりイメージなりを想起した芸術家がそれを作品に描き(書き)おこし、作品を見た(読んだ)鑑賞者の内面にイデア・イメージが想起される。そこまでを「芸術」の一つの流れと仮定すると、芸術家のイメージと鑑賞者のイメージは全くかけ離れたものにもなり得る。少なくともかけ離れている可能性があると、知って鑑賞することで、世界が違って見えてくる。
 本書は初版が25年前だが、少しも古びていない。

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紙の本羽根と翼

2001/03/03 11:13

不思議な読後感

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 とても不思議な読後感だった。
 六十五歳を過ぎた初老の男の一人称で物語は始まる。市役所から送られてきた「高齢者」アンケートに腹立たしさを感じつつも、自分の体と精神に忍び寄る老いのかげを無視できない。退職して二年たつのに、妻と平日の昼間にスーパーに行く気恥ずかしさに慣れることが出来ない。
 そんなわたしが、たまたまもと同級生と再会したことから、もう一度過去に向き合わざるを得なくなる。過去をたどって「共産党宣言」を読み返し、55年度卒業生の会に出席し、同級生の消息を訪ね歩く。妻は言う。「思い出ごっこ」にはまるのもいいかげんにしてね、と。
 点滴につながれた元同級生の老人は、共産党宣言はメルヘンだったんだろうか? と問い掛けてくる。
 歌声喫茶で出会った初老の女性は、あなたは嘘の重さを正当に背負ってきたの? と問い掛けてくる。
 単なる、老境にさしかかった主人公が過去を懐かしむ郷愁のストーリーではない。ストーリーはいつのまにか、ほぐれ、解体し、幻想と交じり合っていく。道程は終わりに近づいたのに、生はまだ生々しい。生々しいのに、えんえんと悩んでいる。読後の酩酊感が心地よい。

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紙の本小説を書きたがる人々

2001/03/03 11:10

あなたはどれ?

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 小説を書きたがり、かつ、小説家になれない典型的な10タイプが、小説仕立てで書かれている。読み物としても充分面白い。
 血液型占いに始まってエゴグラムだの何だの、人をタイプ別に分類するのは楽しいものだ。著者は、数々の新人賞の下読み、選考委員をした経験から、本人曰く「こと小説を書きたがる人達の実態について、私は、日本で一番と言わないまでも、現時点で、五本の指に入るくらい詳しい奴だと威張ってもいいのではないだろうか」だから実感がこもっている。
 救われるのは、著者が、そういう人々を糾弾するためにではなく、なんとかして、書ける人々になれる手伝いをしたいという人道的な見地で語っているということ。具体的なアドバイスも参考になる。
 私がおもしろかったのは、「書きたがらない人々」についての項。書く=自分という個性を表現する、ことを必要としない人々は、「個人」じゃない。
 著者があげている例は三つ。サラリーマン、おばあさん、体育会系。サラリーマンは会社に、おばあさんは若いときは親に結婚して夫に老いて子供に、体育会系は所属団体に、所属している「群体」であって、「個人」でないのだという。鋭くも耳の痛い話である。

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紙の本宇宙消失

2001/03/03 11:07

驚きのテクノロジー世界へ

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 ばりばりのナノテクと量子論のハードSF。
 2934年、地球の夜空から星が消えた。完璧な暗黒の球体が一瞬にして太陽系を包み込んだのだ。球体は「バブル」と呼ばれ、世界各地に恐慌がおこったが、その正体はわからないままいつしか人々は星空のない日常をとりもどしていく。物語は、その33年後にはじまる。元警察官の主人公は、行方不明の女性の捜索依頼を受ける。その女性は幾重にも厳重に警戒された病院から忽然と姿を消していた。
 著者が描き出す2068年のテクノロジー世界に驚く。データの送受信が頭の中で出来るだけでなく、手軽に脳を操作して五感を強化したり感情をコントロールしたり出来る。探索用の遺伝子改変「蚊」。紫外線を防ぐためのメラニン増強。どのアイデアもすきのない科学的な描写に支えられているからリアリティーがある。
 ラストは量子力学的世界観にもとづいた驚くような結末が待っている。

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紙の本祈りの海

2001/03/03 11:05

静かな夜明けのような読後感

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 ヒュ—ゴー賞・ローカス賞受賞の中・短編集。
 バックアップ用の宝石を頭の中に持つようになった人類の話、はるか遠くの惑星に暮らす人類の話、仮想現実における人類の可能性の話。多彩な11篇が収録されているが、前半の短編と後半の中編では、カラーが違うように思える。
 短編は、奇想天外な設定に頭がぐるぐるするようなアイデア、そしてきっちり落ちが用意されている。それに対し中編は、はっきりした落ちがない。うねるような流れにページをめくっているうちにその世界観にどっぷり漬かってしまう。ずっしりと重量のある長編を読み終えた気分になる。だが長編といっても『宇宙消失』のめくるめくようなトリッキーな感じとも違う。
 どちらにしろ共通しているのは、「自分とは何者か」という永遠に答えのない問いかけがテーマになっているという点だ。
 帯の文句通り、ここにSFの可能性と未来を見たような気がする。

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紙の本姑獲鳥の夏 文庫版

2001/03/03 10:59

強烈なキャラクターにはまります

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 いきなり持ち込みから出版されただけあって、抜群の面白さ。6時間一気に読んでしまった。31才の若さでこれだけのものを書き上げるとはやはり、ただ者ではない。
 雰囲気的には、金田一耕介の、おどろおどろしい推理もの。そういう感じ。旧家に伝わる禍禍しい伝説。岩下志麻が出てきそうな。
 京極堂の講釈、聞いていて楽しかった。広い知識と見識の持ち主でありながら独特の偏狭なキャラクター。その外にも個性はみ出るくらいの強烈なキャラクターの面々が楽しい。
 今回のトリック(たね?)そのものは、昭和の戦後しばらくという、この設定でなくては、使えないものだが、この設定自体、京極さんによると、妖怪的なものがまだそこらへんに存在していた当時、という意味でわざわざ選んだんだそうだ。
 というわけで、推理好きだけでなく、妖怪ファンにもお薦め。水木しげるのお墨付きだ。

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紙の本塗仏の宴 1 宴の支度

2001/03/03 10:55

ぎゅーーっと詰まった怖さ

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 京極堂シリーズ、今回は、この分厚さの上、二冊組ときた。もちろんものすごく、中身がぎゅーっと詰まっているのは今まで以上だ。いっきに読んだが、さすがに一日では読み切れず、一冊目を読み終わって寝る前、夜中にトイレに行くのがちょっと、恐かった。
 塗仏とは、聞きなれない名だが、この妖怪の正体が明らかになるにつれて、この事件の性質も明らかになってくる。
 いつもの通りの京極堂の「付き物落とし」が、宴のクライマックスになるわけだが、ここにいたるまでの、そうそうたる顔ぶれが豪華だ。前作までを読んでいなくても筋には支障がないが、前の事件の関係者がごろごろ出てくる。それに、京極堂を囲む奇天烈な面々も、今回はそれぞれたっぷり活躍する。…が。
 冒頭から、かの関口君が事件の容疑者として出てくるのだが、それからずっと惚けていて大した活躍もないまま、終ってしまう。まるで猿回し。猿なのだから猿回しでいいのかもしれないし、もともと惚けているのだからといえなくもないが、…関口ファンの私としては、ちょっと、不満。いたぶるのは、いいとしても、ここまでほっておかれてはかわいそう。
 次回はもっと、関口君を可愛がって(いじめて?)あげてください。
 そうそう、今回の最後には、ちゃんと、次へつながるような仕掛けがしてあるのだ。そっちのほうも、楽しみである。

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紙の本魍魎の匣 文庫版

2001/03/03 10:52

とにかく怖い「はこ」

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 京極堂シリーズの中でこれがいちばん恐かった。わたしにとって箱に手足を切って詰められた男(女)というイメージは文句無しに恐い。もっとも、知り合いは、そのイメージに「笑ってしまった」と言っていたから、何が恐いのかは人によってずいぶん違うようだ。
 4つの殺人事件が絡み合いながら、複線伏線で、一気に最後まで読ませてしまうパワーはやはりすごい。これだけの話の複雑さは、作者自身書いていて混乱したりしないのだろうか?
 今回は、しぶい木田が主人公。もちろんいつもの面々も登場している。占い師と、宗教家と、超能力者の違いについての講釈など、京極堂の話が興味深い。

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紙の本どすこい〈仮〉

2001/03/03 10:48

完璧なパロディ

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 げっぷ…。この厚さで、まるごと「でぶ」のオンパレードにやや食傷。
 京極ファンなら驚く、ベストセラー小説のでぶパロディ短編集。題名からして笑える。「パラサイト…デブ」「すべてがデブになる」「リング(土俵)」「脂鬼」…etc。全部通して読むと、きついが、それぞれはばからしくて笑える。
 例えば、脂鬼…「ここは今、でぶに包囲されているのよ。村は脂肪に囲まれている!」死者が太って蘇るという「膨れ上がり」。電車の中で読んで吹き出してしまった。
 ほとんどの作品に出て来る、美人だがきつい性格の編集の女性がいい感じのキャラだ。脂肪腹をヒールで踏みつけて…。実在するのかなあ…。

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