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  3. ドン・キホーテさんのレビュー一覧

ドン・キホーテさんのレビュー一覧

投稿者:ドン・キホーテ

816 件中 31 件~ 45 件を表示

紙の本

紙の本廃墟に乞う

2021/04/25 11:26

休職中の刑事の探偵活動

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佐々木譲の警察小説である。とはいうものの、どこかの警察署に属し、捜査本部で活躍する警察官が主人公ではない。事件後にPTSDに悩まされ、心療内科にかかって治療中、休職中の刑事が主人公である。構成は短編が6編で、6つのエピソードがその内容である。

主人公の仙道警部補は北海道警の警察官である。したがって、この6つの短編はいずれも北海道が舞台である。しかもそのほとんどが旧知の友人などからの依頼によって、仙道が手を貸すというものである。その場所と犯罪の模様を見ていると、現在の北海道が抱えている社会的な問題がにじみ出ているような気がする。

 警察小説にはこのような設定もあり得る。そこに佐々木の警察小説に対する深みが感じられるのである。単に捜査本部に属して足で稼ぐ捜査だけが警察小説ではない。そういう点で斬新さを感じる。

 休職中の仙道だが、最後のエピソードで復帰が近いことを匂わせているので、本編の続編は望むべくもないが、まるで私立探偵のような本物の刑事が活躍する姿がこれで終わりになるのは残念である。

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紙の本

紙の本半沢直樹 アルルカンと道化師

2021/04/24 22:28

大企業に共通する病

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半沢直樹が時代を遡って東京中央銀行大阪西支店融資課長の時代のエピソードである。まさに、将来の頭取候補の若き時代を描いている。それは良いのだが、時間的なズレがあるので、半沢自身の行動や考え方に違いが出てくる方が自然である。しかし、小説の文章からはそれが読み取れない。

 全く同じ人物が登場するのである。微妙な違い、異なる人物像、周囲の人々の半沢に対する評価なども大した違いはない。また、悪役もほぼ同じタイプで、銀行の論理を第一に維持し、顧客として見るのではなく、慇懃無礼で上から目線である。大手の銀行とはこんな人物が大勢いるところとみられてしまうであろう。

 そうはいっても小説としては面白いし、痛快である。あの半沢直樹が場所と時間を変えて登場してくるわけである。悪役も時代を遡るので、今まで登場した連中とは異なる。同類ではあるが。今回のエピソードは外部の企業や役者も豊富である。行内とは違ってより多様な人物が出てきてもよかったように思う。

 それにしても金融業界も競争が厳しい割には顧客の真のニーズを理解していないことがよく分かる。顧客の真のニーズよりも自行の利益を優先している。これでは顧客はついてこない。それが実によく理解できるストーリーである。行内などはごく内輪の集団であるので、うっかりするとそれを第一の目標にしかねない。あるいは、気づかない。少し離れてみれば当然のことなのだが、夢中になるといつの間にか逆転しているのである。

 金融業界出身の池井戸が書いたものなので、どの程度かは分からないが、多かれ少なかれこういう傾向が強いのであろう。こう言う企業の先行きは言うまでもなかろう。

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紙の本

紙の本地層捜査

2021/04/24 09:24

東京の古い街の古い事件

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佐々木譲の警察小説である。東京の代官山を舞台にした『代官山コールドケース』で登場した水戸部警部補が再登場である。今回はOBの相談員との共同作業である。とはいえ、当時の捜査に加わっていたという経歴がある。時間軸でいえば、こちらが先で、代官山はその続編ということのようだ。

 今回の舞台は四谷荒木町である。東京に住んでいても行ったことのある人は少ないかも知れない。昔は芸子が街を歩く夜の街だった。ここで元芸子で芸者置屋の女将が殺害された。代官山同様、地域の詳細な描写が巧である。しかも実名をうまく隠している。実際に地図を広げていくと、それらしい地名が確かに存在している。

 地図好きにはたまらない小説である。ストーリーもなかなか凝っており、怨恨がこの街には隠されていたということである。この水戸部警部補シリーズは代官山とこの四谷荒木町の2本だけのようだが、是非続編を読んでみたい。それだけ他者の作品とは趣が異なっている印象を受ける。

 相棒が前作は勘が鋭く、頭の回転の速い女性巡査部長であったが、本作ではOBの相談員であった。その違いは大きそうに見えるが、どちらもプロの警察官として、読者としても安心感がある。単なるアシスタントではなかったようだ。

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紙の本

紙の本代官山コールドケース

2021/04/12 22:34

特命捜査対策室の活躍

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本書は佐々木譲の濃密な警察小説である。代官山で発生した過去の事件に、捜査上の誤りがあったことが露見しそうになり、警視庁は慌てて再捜査することになった。事件処理は終わっているが、実際は未解決事件の状態にあった。ここに登場するのが警視庁捜査一課の水戸部警部補である。ただし、特命捜査対策室所属である。テレビでもドラマ化されて人物としても面白そうであったが、その後、続編は出されていない。

 まだ同潤会アパートがあった代官山が舞台である。そこに住む若い女性が何者かに殺害され、親しかったカメラマンが第一容疑者となる。しかし、すぐに多摩川で水死体が見つかった。このカメラマンであった。ここからが問題となる。捜査本部はカメラマンは女性を殺害し、それを苦にして自殺したというシナリオを描き、満足してしまった。シナリオに重点を置きすぎ、ろくな捜査を行っていなかった。

 ここで水戸部と新入りだが有能な女性巡査部長の2名で捜査をすることになった。同潤会アパートが解体され、その跡地の再開発が始まる。代官山にはこれに群がる利害関係者が集まってくる。

 佐々木の筆はかなり詳細に捜査の在り方を描いていく。関係者への聞き取り調査が中心となり、2人の捜査員は多くの人物を訪問する。かなり詳細な描き方なので、読者は実際にこの2人に加わったオブザーバーといってもよいほどの情報量を得ることになる。かなりの疲労感を伴うが、読むことをやめられないほどの吸引力がある。

 無駄を承知での訪問なので、得られる情報がない場合もあるが、そこまで書いているので、長編にならざるを得ない。捜査の組み立てから考えて、熱心に実行に移す姿は徐々に味方を増やしていく。犯人は捜査本部の見立てとはかなり様相が異なっていた。

 代官山の路地裏まで調べ回る刑事行動の実際を感じ取ることができる小説である。続編を願いたいが、水戸警部補シリーズを作ってもよいと思うのだが。

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紙の本

紙の本昭南島に蘭ありや

2021/04/11 22:10

戦時のシンガポールでは何が起きていたか?

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昭南島とは現在のシンガポールである。戦時中は英国の植民地であった。人口の構成比はおおよそ中国系が75%、マレー系が15%、インド系他10%と、今も当時も大きな変わりはない。本書は小説であるが、大戦中のシンガポールをリアルに描いていると思われる。戦時中もシンガポールは交通の要衝であり、アジアの中核都市であった。

 日本の陸軍は真珠湾攻撃以前から仏領インドシナに侵攻し、タイ、ビルマ、そしてマレーに資源を求めて英国軍を駆逐していった。その間、英国軍とは陸海で正面衝突し、プリンス・オブ・ウェールズ、レパルスなどの戦艦を撃沈し、その勢いを誇示していた。

 本小説の主人公はシンガポールに駐留する在留邦人を手伝う台湾人、梁光前である。日本人実業家桜井とその家族の付き人である光前の暮らしは、開戦前までは平穏であった。ところが、日米が開戦したとたん、英国は在留邦人を拘束した。桜井家の人々はチャンギ監獄に収容されてしまうのだ。

さらに、大半の華僑は抗日運動をおこし、光前もどういうわけか抗日運動に参加して、迫りくる日本軍と戦うことになった。この後小説は歴史の通りに展開していく。歴史の大きな流れの中で華僑、在留邦人、英国軍、日本軍はそれぞれの思惑に従って動いていく。

主人公、光前の描き方にはいささか疑問がある。この人物は歴史の流れに逆らわないという信条でもあれば理解できるのだが、その場その場の感情に流されて、抗日華僑の民兵組織に加わり、日本軍と戦うのである。やや強引であったように見える。

そして、ついには視察に来島した政府の最重要指導者となる人物の暗殺まで引き受けるという無茶ぶりである。上記の各プレイヤー相互をどう関係づけるかは重要であるが、よいアイデアがなかったかに見える。興味深い時代設定であったが、何か最後が残念な出来であったと思う。

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紙の本

紙の本犬の掟

2021/04/06 16:49

どんでん返しはお見事

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佐々木譲の警察小説である。警視庁蒲田署の2人の刑事が主人公である。さらにその脇役として本庁刑事部捜査一課の2人の刑事が別の指示を受けて行動する。暴力団の幹部が拳銃で殺された。この手の事件ではあっさりと犯人が判明し、逮捕に至るが、今回はなかなか分からない。捜査一課も蒲田署も捜査本部を設けていない。

捜査は不思議と難航して、膠着状態になる。一方で、蒲田署の若い刑事の同期生が最近警視庁捜査一課に抜擢された。その同期の同僚は先輩刑事とペアを組んでいるが、管理官から特命の指示を受ける。警察内部に不審な動きがあるという。通常はこういう場合には警の監察が内部調査を行うが、刑事に指示が出されたのである。

実際は暴力団幹部の殺害の他にも材料はいくつかあるのだが、それらが結び付かない。その結果、捜査はなかなか進展しない。蒲田署の若い刑事が奇妙な動きをする。膠着状態に陥って、捜査の進展がない状態は、読者にストレスを与える。そう思った途端に、ストーリーは一気に佳境に入る。

 あっと驚くどんでん返しである。あまりにあっさりしたクライマックスに戸惑いを覚えるくらいである。捜査が滞っている状況を細かく描き、やることはやっている刑事も描く。警察小説の面白さを丁寧に描き、読者は最後に佐々木の腕前に敬服する。さすがに読ませるストーリーである。

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紙の本

紙の本砂の街路図

2021/04/04 18:18

北海道の街の雰囲気を味わう

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本書は佐々木譲の小説であるが、一風変わった趣向である。架空の街である郡府(ぐんぶ)での出来事である。書籍の最初にこの郡府の地図が掲載されている。どうやら、これから展開される小説には地図があった方がわかりが早いということだと見当をつける。

 父親がこの郡府出身で、地元の大学の卒業生でもあった。しかし、随分前にこの郡府を訪れたのち、自殺してしまう。その頃は主人公はまだ幼く、なぜ、父親が亡くなったのか、なぜ郡府なのかは今でもよくわからなかった。それためにわざわざ訪れたわけである。

 そんなに長逗留はできなかったので、2,3日のうちに調べたかった。小説の中でもこの郡府という架空の街は、小樽、札幌などにほど近い街のようだ。ない手がかりを探して、その短期間の滞在を有効に利用する。大した時間もないのに父親が経験した昔の出来事を、知り合いを訪ねながら聞き出していく。まさに刑事のような行動だ。刑事のように警察権力があるわけでもないので、見込みは薄い。

 ここが小説なのだが、うまい具合に、しかも無駄なく父親の知り合いを訪ね出して、必要な情報を収集することができた。街の様子や風景などを的確に描写してあるが、読者は冒頭の地図を見ながら主人公の足跡をたどる。

 狭い街だからか、主人公の目論見がズバリとあたり、謎を解いていく。この辺りの描き方は読者を魅了する。小説の中に引き込まれてしまう。北海道出身の著者の北海道の街らしい雰囲気を味わうことができる。様々な小説の構成を試しているような気がする。楽しめた一冊であった。

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紙の本

紙の本ワシントン封印工作

2021/04/01 09:17

ワシントンDCでの戦争回避のもう一つの戦い

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ワシントンとは米国の首都ワシントンDCである。太平洋戦争開戦前、日米は駐米日本大使館を経由して戦争を回避するための政治的な交渉を必死に行っていた。日本は真珠湾攻撃を仕掛けて日米開戦となったが、宣戦布告を攻撃に間に合うように米国側に伝達する予定であった。しかし、理由は不明であるが、間に合わず開戦となってしまった。

 その結果、騙し討ちとの誹りを受けることとなった。本小説は開戦か和平かの交渉のありさまを小説として佐々木譲が著したものである。なかなかに迫力を感じることができる。1941年だから、今から80年前の出来事である。

 小説なので登場人物にも多少脚色が混じるし、架空の人物も登場しているのであろう。
日米の首脳あるいは大使と国務長官とのやり取りが面白い。勿論、ほぼ歴史上の出来事で、架空の出来事ではない。

 そのままでは小説としての面白さに欠け、第一読者がつかないという考えがあったのだと思われる。国務長官の補佐官とハーフの日系女性との恋愛話がかなりの頁を占めている。この日系女性はスパイとして大使館職員に潜り込んでいたのである。しかし、恐らく読者の関心は太平洋戦争開戦前のワシントンDC駐在の日本大使館での出来事ではなかったであろうか。

 そういう点では読者サービスよりも生々しい日米首脳の交渉や、当時の枢軸国、連合国との関係など、戦後70年以上も経ており、あの戦禍も風化しかねないほど時間が経過している。そこを生々しく描く方がよかったような気がする。ただし、交渉過程で大使館の大使、公使、参事官、書記官、一般外交官、事務職員などの動きはかなり詳細に描かれている。

 なお、主人公はコロンビア大学医学部の学生で、アルバイトで大使館の雑務を行う日本人である。開戦後に大使館員は収容所に送られるが、このアルバイト学生は行方をくらまし、戦後になって姿を現したとある。

 ワシントンDCは政治都市と言われているが、フランス人都市計画家が設計した街で、議会議事堂、ホワイトハウス、モール、リンカーン記念堂そして日本大使館など主要な建物は戦前も今も変わっていない。佐々木の小説は街の地図を片手に読んでいくと、街の性格や全容を楽しめるという特徴もある。地図が付されているのも有難い。

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紙の本

紙の本ベルリン飛行指令

2021/04/01 09:03

事実は小説より奇なり

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佐々木譲の第2次世界大戦時の3部作のうちの一話である。時間が現在と大戦中を行ったり来たりするので読者は混乱させられる。また、大戦中のエピソードがかなり終盤になってから登場するので、何を読んでいるのかがわからなくなる。

 戦後、航空ショーが開催されており、当時のゼロ戦の設計者がそのショーに来ていた。当時のドイツ人飛行少年がその設計者に、自分は戦時中にゼロ戦がドイツに来たことを覚えていると懐かしがったが、その設計者は戦時中にゼロ戦がドイツまで飛行したという話は聞いたことがなかった。

 その設計者は数人の関係者に聞いてみたが、断片的な情報しか掴めなかった。ドイツだけでなく、インド、イラクなどでも翼に日の丸をつけた戦闘機に空襲されたという話を聞くことができた。ドイツは三国同盟が締結され、航空戦力の強化に乗り出していたが、メッサーシュミット以上の戦闘機は見当たらず、苦慮していた。そこに中国戦線で日本のゼロ戦が大活躍しているという情報をつかんだ。

その結果、ドイツはライセンス生産を前提として、試験的にゼロ戦2機をドイツに派遣してその実現に手を貸すことになった。たまたま海軍航空隊のはみ出し将校と兵曹がパイロットに選ばれるわけだが、航続距離が問題である。戦闘機は通常単座で、これを日本から欧州のドイツに飛ばすことはかなりの問題があった。

 すなわち、戦闘機は航続距離が短い。したがって、欧州までの長距離では数か所の中継地点を設ける必要がある。本小説では現地駐在員が何とか探し、適地を見つける。それは東南アジア、インド、アラビア半島などである。しかも単に事務所を設置するのとはわけが違う。
滑走路、燃料、整備員などそれぞれ専門的な要員も必要であろう。

 その前作業、実際にゼロ戦が飛行してきた際にアテンドする案内人など、一つ一つの作業がすべて上首尾でない限り、このプロジェクトは成功しないことは想像に難くない。実際の飛行は2機のゼロ戦が飛行するのだが、各地で借りや貸しがあり、搭乗員は苦労する。

 実に面白い小説である。しかも、モデルのある実話である。面白くないわけがないのである。皆が知らない戦時のゼロ戦絡みの事実を語る傑作である。

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紙の本

冒険家という職業

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著者の高橋大輔は冒険家で、本格的な登山家ではない。新田次郎の小説『剱岳 点の記』に触発され、測量官、柴崎の前に剱岳を征服したのは誰か、どんな人たちなのかを知りたいと考えた。登山家ではない点を生かして、それを知るすべを専門家に聞きながら調査する。

 それにしても全く剱岳登山の経験がないという状態では、その本質に迫ることはできないと考えて、現在通常のルートと考えられている前剱、一服剱などから頂上に登ってみた。現在は難所といわれるカニの横バイ、縦バイなどには登山者を助ける仕掛けがされていることに気づく。たとえば、鎖がその典型であるが、奈良時代と考えられる当時には当然そんなものはない。

 その結果、様々な検討を加えた。柴崎隊は剱沢から尾根を登って登頂に成功したわけであるが、それほどの難ルートを通る必然性はない。それではどこからか? 実際に登ってみた結果、これに間違いないと確信する。

 それではどんな人々が登頂したのかと考え、残された錫杖等から判断すると、宗教上の理由であろうということで、修験者を候補に挙げる。もちろん、遠い過去の事例であるし、記録などを探そうにも残されていないと考える。

 もちろん、これは高橋が自分流に考えた第一登山者に関することで、確たる根拠があるわけではない。とはいえ全く根拠のない絵空事とも言えない。全くもって凄まじいエネルギーである。冒険家という職業は、他の人々が実現できないことを成し遂げ、世間の注目を浴びるものと考えていたが、その根拠を自ら調べて世間に突きつけることまでやるとは思っていなかった。恐れ入りました。

 現在、剱岳は山岳愛好家の間ではこれの登頂に成功したといえば、ある程度感心されて、登山者として認められる風潮がある。しかし、補助をする仕掛けがある現在のルートでさえ、その高度や環境に危険性が付きまとう。剱岳は難関峰という評価だけでなく、山岳界に多様な話題を提供してくれる山である。

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紙の本

紙の本屈折率

2021/03/17 18:21

虻蜂取らず

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佐々木譲の著した初期の長編小説である。初出は平成10年に新聞小説として各紙に掲載されたもの。その後単行本として発刊されている。概要を見てみると、大田区の町工場(ガラス製品の製造)の経営者である実兄の体調がすぐれず、叔父からの依頼で已む無く、商社勤めをやめて自分の会社を経営していた弟が主人公である。

 こうしてみると、如何にも中小企業の経営にまつわる小説のように見えるが、実際はガラス工場の炉を賃貸ししていた女性のガラス工芸作家との恋愛小説であった。中小企業の経営の話はつまらないかといえば、そんなことはない。中小企業の経営に関する小説としても面白く読めた。

 それならば、わざわざ恋愛小説にする必要はなかったと思う。諏訪の先端企業、スウェーデンの有名企業、真空管に特化した隙間産業など、顧客開拓の中身もなかなか読ませるものであった。すべてがうまく行くのは小説ならではのことであるが、恋愛小説と一緒にする意味がよく分からない。

 企業経営者、分けても中小企業であるならば、工場で働く社員の目を気にしないことはあり得ない。また、家庭を持っているのなら、それを壊してまで恋愛に入れあげる主人公には呆れてしまう。せっかくの素材はあるのに、雑音が大きくて、どちらにウェイトがかかっているのか分からない小説であった。

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紙の本

紙の本沈黙法廷

2021/02/25 18:05

重厚な描写の法廷モノ

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法廷モノはよく見かけるが、本書は大岡昇平の『事件』に類似しているという印象を受けた。法律事務所の弁護士が主役というわけではないが、殺害の被害者から始まり、それを捜査する警察、検察、弁護士、さらに被害者宅に出入りした人々の行いを警察の捜査を通じて丹念に描いていく。

 ストーリーはたまたま類似した被害例を扱う県警と、本件の担当である警視庁との牽制から始まり、結局本件を扱う警視庁に戻ってきた格好である。なかなかタイトルの法廷が出てこなかったが、法廷もさることながら警察、検察の捜査や行動に十点が置かれているようだ。

 容疑者がさしたる証拠もなく、逮捕、拘留され、さらに起訴されてしまう。素人読者の私が見ても起訴できるほどの証拠が足りないのではないかと思うほどである。作家がその証拠の内容を読者に隠しているのかも知れないと思ったが、やはりこれで起訴は無理なのではないかと思わせる。

 容疑者は正直な性格に描かれていて、法廷でも尋問には丁寧に回答しているので、これで有罪であれば、本書のリアリティが大きく棄損されそうな気がしてきた。この辺りの描き方も、弁護士の尋問もなかなか考えられた内容であったと思う。

 緻密な描写はなかなか読ませ、楽しませるものになっていた。これだけたっぷりと書かれていると、満足感も大きい。佐々木譲の作品は初めてであったが、いくつかの賞を受賞したデビュー作を読んでみようという気になった。

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紙の本

光る時代性と筋立ては東野の真骨頂か?

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東野圭吾の殺人事件に関する小説である。1991年7月にノベルズで出版されたのが初出である。東野の古い作品群は多作家であるだけに数は多い。しかし、初期だけに習作と類するものが多く、深味はない。本書もそうだと思いながら読んでみたが、必ずしも深みがないとは言えなかった。

 舞台が古い旅館ということもあり、温泉旅館の趣がその建物の構造にも表れていた。実業家の一ヶ原高顕が主人公だが、業病を患っており、余命幾ばくも無い。高顕には弟を始めとする親族が少なくない。それぞれが遺産に目を付けているという筋書きである。そして、高顕死後の遺言公表の場を迎える。場所は因縁の温泉旅館である。

 秘書を務めていた女性が、高顕から隠し子を探し出せという指示を受け、候補4人の中から探した結果、里中二郎という人物を探し当てた。ストーリー自体は随分古めかしい描写と筋立てで、かえってそれが読者の目を惹きつけるようだ。

 若い女性が老婆に変装するところも一つのポイントになっている。しかし、より大きな見どころは、どんでん返しではなかろうか? これも特段新しい試みとは言えないが、ストーリーの先が見えないところでの仕掛けなので、効果は満点であった。

 道具立てからいえば、かなり大仰ではあるし、時代的にも合っているとは言い難いが、最近ではあまりお目にかかれない古典的な殺人事件とその謎解きである。私は少なくとも大いに楽しめた。

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紙の本

紙の本浄土双六

2021/02/10 22:13

室町時代を象徴する人物の素描

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本書は奥山が描く室町幕府の主要メンバーに関する短編集である。登場人物は、願阿弥、足利義教、今参局、足利義政、日野富子、雛女というメンバーである。願阿弥と雛女は奥山が発想した架空の人物である。しかし、いずれも義政、富子夫妻に関連している。

 義教は義政の父、富子は義政の妻、今参局は義政の乳母という関係である。本書を読んでいると、随分前にNHKの大河ドラマで演じられた『花の乱』を想起させられた。室町時代は鎌倉に続いて武家政権であった。しかし、幕府が開かれるまでと、その後では征夷大将軍である足利家の勢い異なる。

 もちろん、鎌倉幕府も頼朝までとそれ以降では全く異なり、政治体制も人物も異種の集団となっていた。室町時代も相変わらず戦乱の世であった点では同じであった。とくに応仁の乱に至っては何のために戦っていたのか、目的がよく分からない乱であった。

 室町時代は精々義満までで実質は終わっていたと言っても過言ではない。その後は籤引きで将軍を決めたり(義教)、政にはほとんど興味がなく、屋敷や御殿の普請にのみ関心を持つ将軍(義政)、金勘定に才を発揮する(富子)、将軍に幼少から付き添い、最期には流されて自決する乳母(今参局)など時代として武家政権のらしい点が見当たらない時代であった。

 本書はそれぞれ相互に密接に関係があった人物に焦点を当てているせいか、重複するところが多い。奥山はそれぞれの立場からの主張を語らせるのではなく、ごく客観的にそれぞれの人物の姿を描いている。最初の願阿弥、最後の雛女は本編の幕開けと幕引きを象徴する人物として描かれているような気がする。

 考えてみれば、幕府の書代将軍であった足利尊氏も何とも統治力があるようで、集中力がなく、政に関しては弟に任せるというリーダーシップのなさが、すでに時代を象徴していたようだ。末期に戦国時代、下剋上など不穏な世情となったのも当然であろうか。

 短編集としては、なかなか上首尾であるし、あまり描かれることのない室町時代を選択した点は大変有難かったと思う。

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紙の本

紙の本希望の糸

2021/02/10 21:47

さすがだが、事件の鍵に引っかかる

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本編は多作家の東野のヒット作、加賀恭一郎シリーズの最新作である。加賀のシリーズは終了したと思っていたが、まだ続いていた。『祈りの時が幕を下ろす』は、加賀恭一郎の家族の秘密が表に出てきた。今回は従弟で警視庁捜査一課の松宮脩平の家族の秘密が表に出てきた。ということは、加賀恭一郎とも無関係ではない。

 それにしても東野の作品は多い。まさに多作作家である。しかし、時代の違いもあるが、作品の質にもかなりの差がある。このシリーズは初期には取るに足りないと思わせる作風であったが、ここ数作は大変魅力があり、次回作の発表が楽しみになってきた。もう終わりだと思っていたので、望外の喜びと言っても過言ではない。

 加賀もだが、松宮もきわめて頼もしい人柄に描かれており、キャラクターの魅力が全体を支配しているようだ。東野の人気はこういうところにあると思う。2人とも警視庁捜査一課に所属する刑事だが、加賀の方がキャリアがあって、松宮を指摘にも指導している。加賀は警視庁管内の所轄をいくつか経験している。

 事件の焦点になるテーマがやや安易だと感じた。人工授精とその操作にミスがあった点であるが、もちろん可能性がないわけではないが、それを事件の鍵にするのは興覚めであった。もっとも、殺人事件の鍵などはどこにでもあるわけではなく、極めてまれである。そうでなくてはこの社会は大変なことになろう。

 その点だけが心残りだが、それ以外は松宮の家族的なつながりを含めて、さすがに東野作品であった。次回もよろしくと言いたい。

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