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sheepさんのレビュー一覧

投稿者:sheep

106 件中 16 件~ 30 件を表示

紙の本NEXT 上

2007/09/07 20:46

読み出したら止まらない、遺伝子テクノロジー入門

9人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

大変な人気作家の本、読むのは初めて。映画「ジュラシック・パーク」は、さすがに何度かテレビで見たが荒唐無稽と思え、手っきり気楽な娯楽作品を書く人と考えていた。

遺伝子というキーワードで偶然読んだ本書、難しい最先端の遺伝子テクノロジー、遺伝子医療に関わる話題を、悪者が追いかけ善人が逃げるというどたばた喜劇に仕立ててあるので、読み始めたらもうとまらない。
ある患者が持つ特別な細胞を、大学病院が勝手に製薬会社へ売り、大学病院は莫大な利益を得る。当然その患者は、大学と製薬会社を相手取り、訴訟を起こす。遺伝子特許や、細胞、本来、一体誰のものなのだろう?

主人公の学者が、若いころ軽い気持ちで実験に参加した結果が、大変なことになる。まさかそんな人工的な生物作成が可能なのかといぶかる登場人物?の描写に驚かされる。登場人物?というのは、ヒトの遺伝子を導入して生み出されたチンパンジーとオウムだ。知能も高く、言葉を自由自在にあやつる彼らが起こす奇想天外な事件。

人類学と医学を学んだ作家だけのことはある。遺伝子治療・遺伝子にかかわる特許、学会、政治の問題が見事に浮き彫りにされる。マスコミ、研究者、政治家、医薬品会社に対してはかなり辛辣な描写をしている。奇妙な学説の登場も笑わせる。学会の政治、専門分野論文審査の難しさについても書いてある。時代の話題の、急速に発展している学問分野であっても、いや、そうであるがゆえに、「権力に迎合する学者たち」 や「業界と癒着した官僚」が、跋扈している現実のカリカチュアでもあろう。

主人公?のチンパンジー人間に、すっかり愛着がわいてしまった。素人には、そういうことは実際にありえるのでは、とさえ思えるほど。「ジュラシック・パーク」に負けない面白い映画になるに違いない。というより、もっと大きな社会的衝撃がありそうだ。恐竜再生とは異なり、こちらは日々の生活・医療にかかわるのだ。マイケル・ムーアが、アメリカの医療制度問題を取り上げた「シッコ」のような衝撃、一般人の関心を高める効用があるだろう。ムーアの「シッコ」は「美しい属国日本」に、やがて到来する宗主国並の過酷な医療制度の光景をかいま見せている。一方「NEXT」は、未来の遺伝子医療における大きな問題を警告している。

巻末には、参考文献だけでなく、遺伝子特許、遺伝子研究にまつわる提言もある。諸手を挙げて賛成とは言わないが、考えさせられる内容だ。現状の問題、そしてこれから起き得る様々な問題を含めて。

長い間、暇つぶしの娯楽作品を書く人と思い込んでいたのは大きな誤解だったようだ。大広告主=スポンサーである、製薬メーカーや、保険業界に有利なニュースや番組だけ垂れ流す、テレビとは大違い。
学会の人間でないからこそ、ここまで大胆に問題を描けるのだろう。はらはらさせながら、学問とは、政治とはを深く考えさせられる良質の娯楽作品だ。
同じ著者による「恐怖の存在」も読みたくなってきた。

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目からうろこのパソコン環境快適化法

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書、新聞連載記事をもとにしているが、大幅に追加・再構成されている。

著者も冒頭で語っているように、「(Windows)パソコンは、嫌いだ。」
個人的に、OSがDOSの時代は、コマンドの呪文がさっぱりわからず、DOSパソコンには全く手をだせずにいた。他にも選択肢はあるではないか。
Windowsが出てからは、必要性もあって、Windowsパソコンも使うようになった。あくまでも「何とか」使っていただけで、「快適に使えてい」たわけではない。使用中たえず苦役を強いられているようで不快だった。
新聞で著者のコラムを読んでいるうちに、紹介されているソフトを試すようになった。基本的に無料ソフトなのだから、気は楽だ。結果的に確かに使い勝手が良くなった。著者のWebや著書を参考にして、色々なフリー・ソフトを使うようになった。
『パソコンは買ったまま使うな』、『デジカメ写真はとったまま使うな』、『そんなパソコンファイルでは仕事ができない』 。
以来、いつもの作業がずっと楽になった。少なくとも、Windowsパソコンを使うのが、「苦役」ではなくなった、ような気がする。今はこれらフリー・ソフトなしで、Windowsパソコンを使う気にはなれない。(自分にあったユーティリティ・ソフトを導入した方が便利になるのは、他OSのパソコンも同じだろう。)

ローンチャー、余計な改行の削除(これは著者自身によるソフトが便利だ)、文字列の置き換え、ファイル作業ファイルの一括コピー、等々。(固有名詞は、あえてあげない。)
もちろん、それぞれのユーザーによって、好みや、日常の作業内容は当然違うので、同じソフトが、万人に便利とは限らないだろうけれど。

Windowsパソコンを買った時の初期設定のままで使うこと、特にメールソフトをそのままで使うことを、強く戒め、具体的にどう設定を変更すべきか説明してくれている。当たり前で、重要なことなのだが、「提灯持ち」評論家では書けない事実である。
著者の持論、「テキスト・エディターをつかおう」という話も、良いアドバイスだ。
「Wordを捨ててください。というのではなく、最初に文を書くときには、テキスト・エディターの方が便利ですよ」著者の真似をして、知人何人かに、テキスト・エディターをお勧めしたことがある。残念なことに、なかなか実行していただけない。人格の違いか。

著者が、記事に連動して、紹介したソフトを、Web上で気前良く公開してくれるのは、有り難かった。今でも公開されている。
パソコン作業は厄介、と感じながら、「何とか」使っておられる方には、著者のWeb、Freeソフ得!連動 Moreソフ得!をご覧になることをお勧めしたい。というよりは、著者による立ち読み版をご覧の上で、ご判断をどうぞ。

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紙の本明鏡国語辞典 携帯版

2004/01/13 00:16

「国語力が身につく!」のは宣伝文句だけではなさそうな、日本語を書くための基本辞書

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

意識してこの辞書の書評を読んだことはないが、書店にゆく度に目につき、昨年暮れ携帯版が出たので購入した。そのまま使わず放置していた。
広辞苑、岩波国語辞典をパソコン、電子辞書で、大辞林、明解を書籍で、使っているが、書籍版をひもとく頻度は激減した。英語辞書も同様だ。とはいえ昨年刊行された幾つかの英和、和英辞書には興味深いものもがあり、そうした辞書は書籍でも頻繁に使う。運用力の向上を目指した工夫をこらして作られているからだ。同じ発想が日本語辞書にも欲しいと考えていた。ひさしぶりにこの辞典のページを繰ってみて驚いた。欲しいものに近い辞書が、いつの間にか作られていたのだ!
英語学習が多少進んだ所で、学習者向け英英辞典を使うと力がつくと言われる。対象の言語で考えることがその理由の一つだろう。更に学習者を念頭においたかゆい所に手が届く具体的な用例、注記等も有効なのだろう。
「日本人が英語を学ぶ」道具という視点を逆転して、日本語を学ぶ外国人が、日本語を話し書く時に、誤りそうな、悩みそうな助詞、副詞、動詞類を想像して読んでみると非常に面白い。差異や微妙な使い方が説明してあるのに感心する。日本語学習者だけでなく、文章を書くことが多い日本人にも便利だろう。
留学生十万人計画という話題が昔あった。文化、学術、経済に魅力があれば、また住みやすければ、人は来る。徴兵などとは違い任意なので、魅力が先決だ。政府のスローガンの実効性は薄い。それより、学生が押し寄せても、それに見合うインフラとして、学習者用の日本語辞書は、なかったのではあるまいか。他の辞書に不満はないのだけれども。この辞書なら、多少進んだ日本語学習者、そして初歩の?日本語教師の方々にも「干天の慈雨」なのではと想像する。
「表現」「語法」解説が特に有り難い。同社英和、和英辞典にみられる、語法の○、×が表記が目立つ。例えば「たり」では、繰り返す形が規範的とある。×騒いだり器物を破壊した人は罰せられます。○騒いだり器物を破壊したりした人は罰せられます。と用例もあげている。
「言葉と表現」の囲み記事も便利だ。「挨拶のことば」「感謝のことば」では、様々な場面での表現が手際よく纏められている。
新しい辞典は新しい時代を写しとる。例えば「ため口」も用例で載っているが、それだけに限らない。「わ、よ、ね」といった終助詞、一昔前まで女性発言の標識のように思われていた。時代の流れで女性男性の発言が収斂しつつある傾向で、用法は大きくかわりつつある。そうした終助詞類の用法についても、他の辞書にはない詳しい解説がある。手元の他の辞書と比較すると、解説の行数が圧倒的に多い。例えば「ね」でみると、語義用例が明解(4)の倍(8)ある。例えば「今日は何日かね」質問、反問の意では、主として年輩の男性がつかう。「表現」で、「わね」や体言、形容動詞語幹に直接付く形は多く女性が使う。「来てくれるわね」「きれいね」等々。お手元の辞書と比べられたい。
若者の日本語の誤用について記事を見かけるが、誤用は若者に限るまい。理由には手軽な参考書が手元にない(読む意志がないといわれればそれまでだが)こともあるだろう。
帯にある通り「国語力が身につく!」のは宣伝文句ではなく、真実であるように思える。それは英語運用能力と同様、辞典使用の頻度に比例するだろう。もっとも人によって、こまかいところに詳しすぎる辞典と見えるかも知れない。足りないよりは良く、言葉の使い方に疑問をもった時に参照できる本がある方が便利と思うが、結局は趣味の問題だろうか?
他の辞書と変わらぬサイズのこの携帯版、日本語を書くための基本辞書、参考書になりそうな気がする。個人的には常用辞書になりつつある。ジーニアス英和和英も入ったCDも購入予定だ。同じ方向性をもった大型辞書の刊行も期待したい。

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中国のチベット文化圏における「坊っちゃん」のような活躍譚

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

数冊分の内容が押し込まれたような、中味の濃い本だ。実に面白いが、読むのに意外に時間がかかった。チベット語やらサンスクリット語文法・発音の知識が読者側に無い為だろう。チベット語、日本語と同じ膠着語というが、文字が複雑。発音も日本語のような乏しい数ではない。「てにをは」助詞があり、用法もきわめて日本語に似ているという。そうした言語を母語にする人々が、日本語学習に使う教科書、中国語でかかれた定番ものだ。中国語は孤立語、日本語と文法構造が全く異なる。そうした言語の話者対象の教科書で、チベット語話者が日本語を学ぶのは、日本人がハングルを、フランス語で書かれた教科書で学ぶようなものだと著者はいう。目的言語の学習以前に、媒介言語の学習が必要になってしまう。
世界を旅し、倍の時間をかけて大学を出、学習塾経営経験がある著者が、中国人の論文作成を手伝ったのをきっかけに、チベット語に関心を抱き、青海省の学校にチベット語アムド方言の語学留学をする。偶然のなりゆきでチベット語話者にチベット語で日本語教授をすることになり、ついに「坊っちゃん」のチベット語翻訳授業をするにいたる話だ。
素晴らしい本だが、出版社はどこかミスマッチ。旅行・観光物に強い出版社からの日本語教育論。舞台こそチベット語地域だが、冒険談ならぬ母語と文化修得の重要さがテーマなのだ。折角の良書、相応しい読者に届いて欲しい。しかし、こうした日本語教育論、日本語関係の出版社から刊行される可能性は少なかろう。思いつきのような留学生10万人政策やら、日本語教科書の構成・編集、教育方法の不十分さに対する意見は本質をついた根本的指摘だが、業界にあっては普通口には出せまい。
「坊っちゃん」主人公の言動、阿諛追従の塊のような教師が溢れる学校、チベット人社会で、一陣の春風のような物だったろう。「坊っちゃん」は生徒の琴線に触れ、全巻翻訳をしたいと懇願するようになる。日本語からチベット語への翻訳授業を通し、生徒は見事にチベット語の力を伸ばしてゆく。授業の終わり頃には、翻訳文のチベット語をチェックする教師が、文法の誤りが皆無になったと驚嘆する。著者の巧みな教育戦略には舌を巻く。「坊ちゃん」の主人公さながら、著者は一年契約を終え、訳を完成することなく現地を去る。著者、生徒達を感動させたのは「坊っちゃん」そのものの力だと認めている。著者が指導したクラスで、「坊っちゃん」は「ソフト・パワー」だった。
中国グローバリズム渦中にある青海省チベット語地域における、母語、そして固有文化の消滅の危機と、再復興への無謀とも思える著者の挑戦が描かれる。帝国は、植民地経営の為、当該国家の社会、言語を研究し、植民地に見合った社会政策、帝国言語普及策をあみ出す。日本は帝国主義時代に、帝国経営のための良い教科書、辞書、教育法を完成したとは言い難い。経済大国と言われた時代ですら、優れた教科書・辞書はできなかった。良い英和辞書はできたが。
チベット語話者の運命、日本語話者の運命と果たして無縁だろうか?
教え子の一人が手紙で言う。「漢語をいくら学んでも漢族には勝てません。チベット語が上達してもそれが役立つ仕事がありません。私はどうしたら良いのでしょう。でも先生のおっしゃった事は正しいと思って、日本語を努力して学びますから心配はありません。」
国語教科書から漱石など古典を排除し、一方で小学校での英語学習を導入する日本。殷鑑遠からず。
日本語教師を目指す人には得難い体験談だ。それに留まらず、語学学習と経済的利益、ODA、仏教、国語、英語教育に関心をお持ちなら、考え込まずにはいられなくなろう。NHKあたりでドラマにしても受けるに違いない。続編を期待したい。

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紙の本アメリカ・インディアン悲史

2004/01/06 22:34

黄色いアメリカ「日本」は果たして可能か

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

著者はカナダで教鞭をとった量子化学の研究者で、アメリカ史学者ではない。この組み合わせには奇異な感じを受ける。著者がカナダに移住した当時の、今は昔の「大学問題」に対する自分なりの「答案」だという。決して新しい本ではない。単行本は1972年刊行だ。しかし著者が描いた事実は、時を経て、ますます鮮やかになりつつあるようだ。しかも我々の暮らしの上に。
「はじめに」に、こういう言葉がある。
北米インディアンの悲史をたどることは、そのまま「アメリカ」の本質を、くもりのない目で見さだめることにほかならぬ。…黄色いアメリカ「日本」は果たして可能かどうかを、未来に向かて自らに問いただしてみることである。
本書は、ベトナム戦争当時の有名なソンミ虐殺事件から始まる。小村落の無辜の農民家族450人の虐殺だ。「兵士達こそアメリカ市場始めての汚い戦争の犠牲者である」といった声がアメリカではしきりだった。
「良いベトナム人は、死んだ奴だけ。」というあの頃の米兵の言葉、実は「良いインディアンは死んだインディアン」という昔の将軍の言葉の焼き直しだった。
土地所有の概念のないインディアンを詐欺同然の手口でだまし、農業、たばこ栽培用の土地を奪い取る。戦いとなれば、分割して統治だ。
「裏切り者に手引きさせて酋長を捕らえる」という手口は、最近も中近東でニュースになった。毛布で天然痘を伝染させるという生物兵器を活用したのも白人だ。
酒を知らなかった彼等をアルコール漬けし、借金だらけにして、土地を奪う。
自分に言い聞かせるために「神の思し召しに従って」という「正当な理由」をつける。「神が撃てと命じた」というセリフも最近きいたような気がする。
戦わず、より勤勉に働き、英語を身につけ、法に忠実に暮らしたインディアンはどうなったろう。チェロキー・ネーションの結末がそれを示している。彼等は明治憲法に先立つこと50年前に憲法まで作った。独立国家など作られてしまえば、土地が手にはいらなくなる連中は組織破壊に狂奔する。おりしもチェロキー国内で金が発見される。ジョージア州は、チェロキーによる金採掘を禁じる法律を可決する。チェロキー側元首ロスの留守を狙って、傀儡の手により詐欺的な契約が署名されてしまい、強制移住となる。武力抵抗をせず、あくまで文化に同化しようとした結果、強制移住だったというのは余りに悲しい。
かの国と軍事同盟を結び、国債を買い続け、英語を学び、今やはるかな異国で異教徒との戦いに血を流そうとしている我々の運命は、チェロキーの人々とどれだけ違っているのだろう。何か良い解はあるのだろうか? これからもあの国と同盟を続けてゆく上で、本書は冷厳な必読参考書であるように思えてならない。

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マスコミとは違う、現地からの報告は重く、滑稽で、悲しく、我々の生き方を考えなおさざるにはいられなくなるものだ

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

パソコンをより便利に活用するためのヒントや、適当な価格で良い写真がとれるデジカメの選び方など、ノウハウ本をいくつか拝読し、この著者のファンになっている。
ライター生活は都会でなくてもできるということで、山奥?の古家で暮らす様子をwebで拝見していた。(タヌパックスタジオ)中越地震のおかげで、折角作り上げた立派な住まい、すっかり破壊され、川口町は廃村になった。そこで、故郷福島の原発とほど遠からぬ川内村に住むことに。そして、今回の地震、原発事故に出くわすこととなり、のどかな生活は一転する
著者にしてみれば、踏んだり蹴ったりの山村生活が続くわけだが、おかげで、著者でなくては書けない、裸のフクシマの姿を、我々は読むことができる。
政府、福島県、東京電力の宣伝媒体そのものでしかないマスコミによる報道と違い、現場に暮している人々の苦難の実態を知ることができる。
著者は、もともと、風力発電反対運動を続けて来た人でもある。人里離れた僻地に建てられるはずの風力発電システムの問題点を、以前から的確に指摘してきた。
風力発電や太陽光発電、自然まかせで、まるであてにならない。安定した産業用電源としては、全く役にたたない。
風車は、風に対して直角になって初めて効率的に発電する。風に対して直角な位置に姿勢を保つのは、ほかならぬ電気の力が必要だ。深夜、人が寝静まって、電気不要になっても、強風が吹いていれば、風力発電機は発電を続ける。不要電力、蓄電池に蓄えるしかない。自然にやさしいエネルギー、経済にはやさしくない。税金でかろうじて維持できる。
いま称賛されている風力発電、かつて称賛された原発と同じように、税金の補助があってこそ成立する。
原発事故の影響、安全であるかのごとく事実を歪曲し続けている政府・県、気象庁の悪辣さについて、余すことなく語っている。何でも自分でやってみるライター、急きょ放射能検知器を購入し、川内村から仕事場の川崎まで往復する間、経路の放射能レベルやホット・スポットの存在を肌身で感じている。
全村をあげての避難を避けたがる首長と、生活基盤をすべて失うことも覚悟で、全村避難もやむなしとする若手住民の対立。善意の人々が対立させられる。
20キロ圏という区切り方の理不尽さの説明も詳しい。病院、自動車修理工場が、20キロ圏に組み込まれてしまうか否かで、近隣住民の生活の利便性、大きく変わってしまう。
一時帰宅の茶番に対する批判は辛辣。これも知人・友人から直接聞いてこそ書ける内容。
「除染」と気軽に言うが、放射能、人間の知恵で無害化できない。
ある場所から放射能を除く「除染」、なんのことはない、汚染放射能の移動・拡散に過ぎない。なんの解決にもならないのだ。原発で稼いだ「原発マフィア連中」が、そのまま移行し「除染マフィア連中」となる、とんでもない詐欺師の集団転職となりかねない。
原発が問題なのは自明。原発も、プルサーマルも、もんじゅも、核燃料再処理も、すべて、早急に廃絶すべきものだ。
とはいえ、無批判に再生エネルギーなるものに直ちに群がることは決して賢明な行動ではない。太陽光発電プロジェクトをうたい上げた若手財界人やら、彼を煽る人気再生エネルギー論者(著者は、孫の名はあげているが、最も著名な人物、飯田哲也の名前はあげていない。文脈上、飯田の論理を批判していることは明白だが。)のトリックにひっかかってはならない。税金で推進した原発に、利権政治家、企業が群がったのと全く同じ構造が、再生エネルギー発電システムを巡って完成してしまうだろう。
「発電事業は、税金による補助で産業をゆがめるのではなく、市場経済にまかせよ。」と著者は言う。とはいえ市場万能主義が真っ赤な嘘であることは明らかで、政府が介入しなければならないこともあるだろう。著者、やや市場万能主義に近いように見受けられるところが若干気掛かり。
適切な施策は、市場主義と、適切な政府介入の中間にあるだろう。そうした最適解を発見するには、十分な知識を得た、高度な判断が必要だろう。発電・配電分離については、伊東光晴京都大学名誉教授のような慎重かつマクロな視点が必要だろう。もちろん伊東名誉教授も、著者同様、再生エネルギーをぶちあげる孫、飯田両氏に対しては極めて手厳しい批判をしている。

チェルブイリ原発事故後、立ち入り禁止ゾーンにある自宅に戻り、暮している老人は多い。ロシア語でサマショール(самосел)と呼ばれている。ネットでは「我が儘な人々」という意味とあるが、誤りで、文字通り、「自らの判断で村に居ついている人」を意味する。本来格別悪い意味はない。
著者の住む川内村、原発からの距離のわりには、放射能レベルはさほど高くはない。そこで、著者は、川内村に限らず、汚染が軽度な阿武隈地域の梁山泊、阿武隈梁山泊を夢想している。無責任きわまりない政府・県・市町村といった自治体に依存しない、日本版理想のサマショールというべきか。構想の実現、成功を期待したい。

チェルノブイリ原発、事故後25年過ぎたいま、老朽化した石棺上に新たな石棺を建設する計画が進んでいる。フクシマ原発、事故後25年も深刻な状況はかわるまい。
日本、永久に極めて不幸な状況だが、著者が語り部として居合わせたのは不幸中の幸。
本書だけに終わらず、続編、続々編と書き次がれることになるのだろうか。

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紙の本ドリアン−果物の王 カラー版

2006/11/05 11:33

ドリアンはおいしい

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「ドリアン」という背表紙、思わず書棚に手が伸びた。
カラー画像をきれいに印刷するためだろう用紙は普通のものと異なり価格もやや高い。
この本の読者、つまりドリアン・ファンは沢山いるのだろうか?と余計な事も考えた。
冒頭、著者は「ドリアンは臭くない」と言う。
「熟しすぎると臭くなる」のだと。そうだったのかと今にして思う。
ドリアン好き派としては、さほど気にはならないのだが。
東南アジアに出かける際にたまたまドリアンの出回る時期にでくわして食べたことが何度かあるだけなので、そういうことは知らなかった。
子供の時から「果物の王」と聞かされていたので、うまさに感動しながら食べた。
「人によっては臭いをいやがる」とも聞いていたのだが。さすがに同行仲間で同じように喜んで食べる人物は少なかった。人の好みは様々のようだ。
ドリアン売りが町のあちこちに居るのを見ると、それだけで嬉しくなってしまう。
街路で食べただけではない。スーパーマーケットでビニール袋入りのものを購入し、こっそりホテルに持ち込んだこともある。翌日だったか食べ残しが発酵したのか、都市ガスのようなひどい臭いに辟易した。台北では天ぷら?のドリアンを食べた。
「ドリアンの果物史」では、戦前戦後の日本における熱帯果実の歴史が、小説からの引用などとともに簡潔に語られている。なかなか興味深いものがある。
「ドリアンの果物史」の部分には、日本のバナナのまずさを強調する章もある。驚きながら読んだ。そんなことを全く知らなかったので、東南アジアで、バナナを食べてみたことがなかった。残念無念だ。
戦争中にドリアンを食べた、占領にわだかまりのある世代から、戦争の記憶のない世代へと変わり、日本人の熱帯果物嗜好の復活につながった、という。
「5ドリアンのいろいろな食べ方」にはあのドリアン羊羹の話がある。
この章の冒頭にきちんとと書いてある。
「東南アジアの各所で土産物として売られているので、すでに試したことのある方も多いだろう。外国人の観光客相手に売られているドリアン羊羹の多くは、添加物が多いか、質の低いドリアンを使っているために、あまりおいしいものではない。(中略)怖いもの見たさの人向けの土産としては、それで良いのだろうが、本当のドリアンの味を知ってもらうには、これはあまりに不的確だ。」
現地駐在をしていた友人が、土産に外国人の観光客相手のドリアン羊羹をくれたことがある。袋から取り出しただけで、「ガス臭い!」と周囲は騒然となった。
自宅に持ち帰り、冷蔵庫に収めたが悪臭に耐えられず、食べてみた。
あれは土産になどすべきものではない。「冗談の材料」であっても食品ではない。と、著者に同意するものだ。
その一方、現地で現地用に作っているドリアン羊羹の写真や製法が載っている。これは美味だそうだ。100%ドリアンなのだから。
「食べ合わせ」の項で、「ドリアンを食べた後ではアルコールをとるな」という現地での伝承に触れている。どこでも、かならず同じことを言われたのだが。著者の言う通り、たしかにドリアンの甘い味香りは、さほどアルコールと合うものとも思われない。万一の危険を冒してまで、同時に口にすることはないだろう。
日本でも買えるようになっているというのだが、やはり現地で時期に食べるのが最善だろう。またいつか現地でたらふく食べて「本物のドリアン羊羹」を土産にしたいものだ。

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政府・マスコミのプロパガンダで歪められているマリファナの真実

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

いつだったか「大手新聞社社長の子弟がマリファナを吸って逮捕」というニュースを耳にして「犯罪たるマリファナ吸引」とは一体どういう害があるのか知りたくなった。
関連書籍を数冊読んでみた中で、専門的でないにせよ本書が最も詳しいように思える。とにかく知らないことばかりで説得力がある。
目次は以下のようなものだ。
1.環境、2.医療、3.宗教との関係、4.世界での大麻の歴史、5.アメリカ建国の父も育てた作物、そして6.マリファナ狂乱期つまり、人種差別と、政界、産業界の陰謀による禁止。最後は7.大麻合法化運動の現在。さらに原書にはない、著者による附録の「日本の大麻」
アメリカ占領まで、日本では長らく大麻を育て、主に繊維として利用していた。大麻は、繊維、食料、医薬として非常に古くから人類が便利に利用してきた植物なのだ。様々な宗教でも活用されてきた。名前にこそ麻薬と同じ「麻」の文字があるとはいえ、麻薬毒性と麻とは何の関係もなさそうだ。
6章を読んでゆくと、マリファナが多用されると、大手化学メーカーの化学繊維製品やら薬品、酒タバコ販売の邪魔になるがゆえに、禁じられているだけ、と思われてくる。人種差別というのもアメリカならではありうる理由だ。アメリカ独立宣言草案も、大麻から作った紙に書かれたという。ジャズ演奏家達とマリファナの深いつながりにも驚いた。害毒というより芸術性を増すのではないか。アメリカでこそ禁止されているが、オランダでは事実上合法化していてマリファナを販売する無数の喫茶店がある。
官公庁やら外郭団体のウエブで害の記述を捜して読んでみてもよく分からない。ケシと大麻の撲滅をうたうものもある。ケシ阿片が悪いだろうとは素人でも思うが。
麻実合法化をうたうwebの方が、役所や外郭団体のwebより詳しく説得力があって、ウエブを読めば読むほど大麻の悪さがどんどん分からなくなる不思議。
本書の言うとおり、政府のご都合主義ゆえというのが本当の理由と思えてくる。
マリファナは吸わなくとも、せめて健康と環境に良さそうな麻ファッションを試したくなる。webで見る限り生活に「かなり」余裕がないと買えない価格のものが多くて無理。
webで本書に似たものにでくわした。英語なのが残念だが、最新版の内容ではないにせよ、本を丸ごとwebに転載しているのだ。
Emperor Wears No Clothes つまり王様は裸だ
大麻にくわしい日本の弁護士のwebもある。麻と人類文化
喫煙が合法化されているオランダの喫茶店の光景は穏やかだという。鎮静作用がある大麻は、吸っても、アルコールのように酔って乱れ騒ぐことはないそうだ。
大麻取締法にはこの法律の目的が記載されていないという。本当だ!
アフガン、イラク侵略などに関する、政府・マスコミ宣伝には騙されまいと眉唾で読み聞きしているが、マリファナに関する限り、政府・マスコミの宣伝にはまっていたと反省。正しい理解を損なう政府マスコミの方が麻薬並に危険に思えてきた。
まずあり得ないことだが、万一宝くじにあたってお金がたっぷりできるようなことがあったら、オランダ美術館巡りだけでなく、マリファナ喫茶巡りをしたいものだ。
思いがけなく楽しい頭の体操に誘ってくれた新聞社社長のご子息に心から感謝。

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現代版鎖国という驚くべき妙案が提示されている

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書、戦争の吹き荒れる二十一世紀に、世界第二の経済力を持つ日本が、指導力としてアピールできる長所はなんですか?という問いかけから始まる。
答えの一つ目は、異質な物や文化を社会に平気で取り入れ、他の国からみればあきれるほどの混合文化を作ることだ。花より団子の実利主義精神。イスラーム、キリスト教のような一神教の不寛容さは世界平和の攪乱要因になることは間違いない。そうした精神領域においてすら、融通無碍、悪くいえばいい加減な日本のあり方こそ、異質な他者との共存原理としてアピールすべきだという。二つ目は、日本人の深層心理にある「アニミズム的な世界観」。非寛容な一神教の世界観とは全く異なっている。
日本は、こうした特徴を持つ世界に誇るべき立派な国であるのに、外国のほうが優れていると多くの日本人が思いこむのはなぜかを分析する。本来秀れた日本人に自分たちは駄目と思いこませる、アメリカによる日本人のマインド・コントロールを例証するものとして、江藤淳「閉された言語空間」を挙げている。半透膜効果・部品交換型文明・魚介型文明といった説明概念は秀逸だ。最後に危うい状況を乗り切るための対策を提案している。
平和的な手段として、日本語を武器として、日本の意見を通し、有利な状況をもたらすべきだということを、著書は「レコード・プレーヤー」(このたとえ著者に対する悪意は皆無)の様に繰り返してきた。
原田武夫が「NOといえる国家」で、在日外国人に日本語を普及させるための、標準的日本語の確立を語るのは、日本語を日本の利益の最大化のために使うように提言する「武器としてのことば」という鈴木の発想とまさに重なる。
著者は、日本がロシア、中国、アメリカなどに翻弄されないようにするための意外な策を提案する。なんと現代版「鎖国」だ。日本国民の体質を変えて、いわば日本人全体の国際化をはかるという方針を大転換し、皆が英語を勉強するのはやめて、ごく少数の「防人」に英語学習と対外交渉はまかせてしまうものだ。アメリカが内向き国家になった時、あるいは中国が大混乱に陥った時をのりきるための一時的撤退作戦だという。英語習得、うまくいったとして二流、三流のアメリカ人となるだけ。グローバリゼーションというアメリカ化政策により、日本固有の美点長所が無くなってしまう。これも、アメリカ留学し、奥の院の手先となって戻る日本人に注意すべきであり、同時に、日本語という自然の情報障壁を、中高での英会話強化の為といって、アメリカ青年を採用して破壊するような愚劣な政策は考え直すべきという、原田説と驚くほど一致する。
外交官として有効な政策を考えつづけた原田と、言語学者として日本語を外交に活用しようと長年思考を深めてきた鈴木、二人の考えが一致するのは当然かも知れない。
言語を使って、政策を実現するには、武力行使で他国を制覇するような短時間ではなく、気が遠くなるような長い時間、膨大な投資、人材養成が必要だ。簡単な提案ではない。似たようなプロジェクトに、韓国ドラマのアジア輸出という例がある。韓国は存在感、価値観、ハイテク商品、言葉の売り込みに成功している。
この二人の提言、奇抜なものに見えようと、広く読まれる価値があるはずだ。
国際紛争の解決手段として、武力闘争を放棄した現状を評価する鈴木には賛成だが、中山治「誇りを持って戦争から逃げろ!」による「武装中立」という別提案も検討に値しよう。良質な保守主義者によるいずれの名案も、惜しむらくは永久に採用されないことが本書との共通点、かもしれない。

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日本のデジタル・デモクラシー不在を浮かび上がらせる本

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

日本のマスコミ、広告収入によって成立している新聞、テレビのひどさ、ライブドアの元社長逮捕によって一層明らかとなっている。
勢いのある時は出演させ、自民党圧倒的勝利を助けておいて、彼が検察に追われるようになると、検察情報の垂れ流しばかり。小選挙区制なかりせば、911選挙の自民党の圧倒的多数という結果は起こりえなかった。
自民党の圧勝を報じても、自分たちがあおった歪んだ小選挙区制度結果だという事実は口をぬぐって触れない。
日本のマスコミは与党補完機関なのだ。
そうした事情は韓国も全く同じだった。今も基本的には変わっていまい。それでも、韓国では支持基盤はきわめて脆弱であるにせよ、既成体制に擁護されない大統領が生まれ、与党が生まれ、現在に至っている。
彼らが悪辣な既存メディアを乗り越えるために、ネットを活用して政治を変えていった姿は韓国のデジタル・デモクラシーが要領よくまとめている。学者がデジタル・デモクラシーの動き全体を一望したそれとことなり、当事者が書いたのが本書。
与党提灯もちでしかない大手マスコミに対処すべく、著者オーマイニュースをたちあげた。通常記者の他に、質の高いボランティア的「市民記者」を擁しているのが鍵か。
分からないところは先行する類似企業に聞きにゆく率直さ。獅子奮迅の活躍で仕事にのめりこみ体をこわしかけたりもする。活躍を評価され、海外に事業の発表にでかけるくだりも感動的だ。
特別なビジネス・モデルで成立したわけではないが、創始者である著者はベテランの記者だ。広告を貰わなければ成立しないようだ。既存メディアとの大きな違いは、利益追求を第一の目的とはしていないところだろうか。購読料を払ってくれるという人には払ってもらうというアイデアは異色だ。
韓国で体制を変えたメディアが実現しているのに、日本で類似現象が起きないのはなぜなのだろう? それに対するヒントは本書を読んでもわからなかった。
同じような機能を目指して立ち上げられたメディアも日本にあるが、残念ながら、オーマイニュースのようなめざましい活動を展開するには至っていない。
日本の既存メディアの低劣さ、韓国にひけは取るまい。
webやblogの隆盛を見れば、日本人にも市民記者として活躍する人々が多数いて不思議はないのだが。
インターネットのソフト、ハード技術上、日本が韓国に劣るわけはない。
第二次大戦中は、日本による言論弾圧は苛斂誅求を極めたが、戦後の韓国の言論弾圧の厳しさも、戦後日本のそれとは比べものにならないものだ。それに反発し、民主主義を勝ち取ろうという動きが出るのだろうか。
ヘア・メークを業とする女性が書いているといううたい文句のゲリラ的「ブログ」が大人気だったり、与党を攻めるはずの野党、ガセねたメールにひっかかって勢いをなくすという状況しか日本にはない。オーマイニュースのような市民的デジタル・メディア、まだ我々の社会には生まれていないのだ。
今日夕刊に衝撃的記事があった。オーマイニュース、なんとソフトバンクと提携して、日本版も立ち上げるのだという。ビジネスの要諦「もしも敵を倒せないのであれば、抱き込め」というのをとっさに思い出した。
ソフトバンクの検索エンジン「ヤフー」では反政府的書き込みの多い掲示板阿修羅は見つからない。「2チャンネル」はすぐに見つかるのに。一体なぜだろう。同紙の市民記者になろうと思っていたのだが。結局、韓国で輝ける「オーマイニュース」も、日本では翼賛メディアの一つでおわりそうだ。
本書を読んで韓国のメディア事情が「うらやましい」としか言えないのがなんとも残念だ。

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紙の本騙すアメリカ騙される日本

2006/01/10 19:30

「騙す著者、騙される読者」と読み替えるべきか?

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

一見、「拒否できない日本」を思わせる書名。実際、内容もアメリカが日本社会のいたるところに仕掛ける様々な植民地化政策を挙げている。森田実氏も大絶賛だ。
私たちが生きる戦後日本の「すべて」が、アメリカ合衆国の対日国家戦略の決定的な影響力の下にある。と著者は言う。
そうした環境の中、日本の知識人が見せる態度を、四種類にわけている。
A. 同一化、お馴染み竹中や、若手の池内恵が挙げられている。
B. 猜疑
C. 反発。例としていは「NOと言える日本」が
D. 陰謀論。例としては、副島隆彦が挙げられている。
副島のような意見を陰謀論として排除する動き自体、アメリカの世論工作戦術そのものであるにもかかわらず、人々はそれに気づかぬまま、陰謀論は陳腐化して消え去る。という。
著者は、仕事がらそうした対日戦略を立てるアメリカ奥の院と接触することがあり、外務省を退職した今も接触しているという。そして、先に分類したいずれでもないのだと主張する。評者とってはわかりにくい主張であるが、それは置こう。
何より驚かされたのは、ドコモのiモード立ち上げの背景だ。やはりヒロインとされている女性、システム基本構造を考えたのではなかった。米国のコンサルタントが核になるプランを提示したのだ。彼女は、そこに乗せるコンテンツのあり方等を考え、発展させただけだという。
日本の「非対称性」を打破すべく、つまりこのでは実態が把握しがたい日本人に広くインターネットを利用させ、ネット経由であらゆる情報をアメリカが覗けるようにするために、このアイデアを売り込んだというのが実態だ。コンサルタントとして、儲からなくとも、システムさえ日本に組んでしまえば、アメリカの作戦勝ち。
どう考えても、通信・コンピュータの基礎知識がない女性に、画期的システムを発想できるはずがない、とずっと考えていた。本書でようやく納得ゆく説明を得られた。想像以上に恐ろしい事実だったのは残念だが。
最近、ブッシュ大統領が、公的な承認なしに、通信盗聴を許していたということがあきらかになったが、このあたり、まさに著者の指摘する通りだ。
ところが、たまたま友人に本書概要を説明したところ、こういわれた。
「それ、健康器具販売と同じじゃないですか? 最初はもっともらしいことをいって、信用させておいて、最後にひどい物をつかませる手口。」
為になるだろう、参考になるだろうと思えばこそ、本書を手にとって読んだのだ。
それだけに、結論で「目覚めた日本人の逆襲策は、株式市場に参加することだ」という意見を読んで、失望した。それこそアメリカの思うつぼだろう。結論以外は説得力があるのに、残念なことだ。
著者が日本の知識人を分類しているのにならって、退職外交官を分類してみよう。
A. 功成り名遂げて退職後、米・日政府の提灯持ちをする人々
B. 途中で組織外に出て、教職や私企業から米・日政府の側面援助をする人々
C. 途中で組織外に出て、批判的活動を展開する人々
D. 途中で組織外に出されて、批判的活動を展開する人々
限りなくCに近く装いながら、著者、実はBではないかと想像してしまう。
郵便貯金はすでに奪われた。これから医療、保険が破壊されるのは必定だ。
庶民がアメリカの意志に唯一対抗できるものといえば、米政治家、軍、金融資本が持っていない日本の選挙権を行使して与党とまやかし対立勢力を弱める策以外にないのではと思う。
それとも著者は彼の『元外交官が教える24時間でお金持ちになる方法』を読めば、庶民が世界を牛耳る米金融資本に太刀打ちできるとでもいうのだろうか?
この感想、評者の誤読であって欲しいものだ。

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紙の本韓国のデジタル・デモクラシー

2005/07/17 20:28

もう一つの韓流を知ることができる

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

最近の目覚ましい韓国政治の変化と、背後にあるメディアつまり新聞、放送、インターネットの動き、それを動かす人々の姿を生き生きと説明している貴重な教訓に満ちた清々しい本だ。
第一章電子民主主義前史で、韓国現代政治概観が要領よくまとめられ、全体背景がわかる。
言論弾圧、民衆弾圧の苛烈な歴史は想像を絶する。61年、民主的な新聞を出していた社主が逮捕され、処刑される。以後、権力の懐柔によって次第に蜜月関係となった新聞、朝鮮日報、東亜日報、中央日報の三大紙およそ信用が低い。(羨ましいことだ)
ノムヒョン弾劾時には、弾劾反対派が20万人の、賛成派が2千人の集会を開いた。
自社の前で繰り広げられる反対派20万人集会に触れず、賛成派2千人を記事にする朝鮮日報。
テレビ・メディアは容共だとして、KBS、MBCを責める新聞大手三社。そして、反撃するテレビ・メディア。息の詰まるようなドラマ。
デジタルを駆使し、新しい自分たちの大統領を生みだした若者達。それに応戦しようとお手盛りで、デジタル世界への反撃・反攻を試みる既成政党。
日本ではあり得ない光景だ。
新聞大手三社の酷い振る舞いを読みながら連想されるのは「低劣な首相を支え、虚偽の二大政党を推進し、憲法を壊そうとしている」日本の新聞だ。二大政党も韓国の野党なみのひどさではあるが。
元韓国トーメン会長百瀬氏の本を最近読んだ。「韓国が死んでも日本に追いつけない18の理由」等だ。題はともかく内容は著者28年の滞在経験から導き出した暖かく厳しいアドバイスだ。
百瀬氏は経験的に韓国と日本の差を二十年程度と見る。98、9年頃に見た場合「産業上」はそうだったかもしれない。民衆の力を評価する記述もある。秀吉による侵略時、将官が逃げても地元の庶民は蜂起し、それで秀吉軍も撤退せざるを得なくなったという。歴史を変えてきたのは庶民の力だった。韓国の民主化を進めて歴史を変えたのは確かに庶民の力だろう、と本書を読んで思う。
「民主化」の点では日韓の差二十年どころではなさそうだ。いや完全逆転だ。
巻末で著者が日本の民主主義について触れている引用を挙げよう。
ニューヨーク・タイムズは、韓国の記者室撤廃をメディア革命と評したうえで、日本のメディアがその動きにまったくそっぽを向いていると指摘した。04/6/13。
ギャンブルと渡辺がフィナンシャル・タイムズに寄稿した連名記事は、日本のメディアが民主主義国家の中でもっとも独立性をかくニュース・メディアだとしている。こうした独立性を欠くメディアは世界で第二位の経済大国である日本の民主主義を弱めていると述べ、メディアを操る日本政府がとがめられないのであれば、報道の自由を世界的に浸食してゆくことになるだろうと警告を述べている。05/4/6
著書は言う。
03年、日本の衆議院選挙では、都知事の地盤を世襲した息子の、人気俳優たちによる全面的支援をバックにした選挙運動が話題となっていた。しかし韓国では、そもそも家柄のブランドだけで政党の公認を受けることはすでに非常識となっている。
片や、繰り返される既成権力、既成メディアの策動・妨害に対し、あらゆる手段で、論理的、平和的に反撃する若者がいる韓国。片や政治には全く関心をもたないようなニートか体制内上昇志向の若者達(ノンポリは若者に限るまい。)と、後ろ向きの掲示板かき込みしかないこの国。
海を隔てた二国の政治的差はあまりに大きい。
日本の保守政党と体制マスコミ、韓国民主化の様子をかたずをのんで見守っているのだろう。報道せずに。韓国と同じ、日本の権力政党も翼賛マスコミも、守旧派の命脈は本来は尽きている。
著者は最後に言う。「民主主義には、タダもなければ、一足飛びに段階を乗り越えることもない」
日本のマスコミが書こうとはしない、もう一つの大切な韓流を知ることができるだろう。

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紙の本群衆心理

2003/12/20 23:18

二大政党政治家御用達あんちょこ発見?

11人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

友人から本書外国語版が届いたのは昨年だったろうか。「古い本で、有名ではないが、たとえば今の政治状況をうまく説明していると思う」と書いていた。外国語で心理学本を読むのは面倒なので放置していたが、Web検索をしたところ翻訳があったので購入した。世界中で翻訳されかなり売れた本らしい。
まるでご本家属国双方の与党政治家のあんちょこだ。彼らが読まずとも広告代理店が教えるだろう。
下手な感想より、本文をそのまま引用するほうがわかりやすいだろう。

「どういう風にして群衆の想像力を刺戟するか? 知能や理性に働きかけるべき論証をもってしては、この目的を達することができないであろうことをいっておく。アントニウスは、民衆を煽動して、カエサルの殺害者たちに反抗させるために、衒学的な美辞麗句を要しなかった。
民衆にカエサルの遺言を読みきかせ、その遺骸を見せただけだ。
群衆の想像力を動かす事柄はすべて、付帯的な説明から離れた切実鮮明な心象、あるいは(中略)一大犯罪とかいうような、若干の奇異な事実のみを伴う心象の形で現われる。事柄を大雑把に示すことが肝要であって、決してその由来を示さない。」
「民衆の想像力を動かすのは、事実そのものではなくて、その事実の現われ方なのである。それらの事実がいわば凝縮して、人心を満たし、それにつきまとうほどの切実な心象を生じねばならない。群衆の想像力を刺戟する術を心得ることは、群衆を支配する術を心得ることだ。」
外交官事件と9/11!
「群衆の精神に思想や信念を沁みこませる場合、指導者たちの用いる方法は、種々様々である。指導者たちは、主として次の三つの手段にたよる。すなわち、断言と反覆と感染である。これらの作用は、かなり緩慢ではあるが、その効果には、永続性がある。
およそ推理や論証をまぬかれた無条件的な断言こそ、群衆の精神にある思想を沁みこませる確実な手段となる。断言は、証拠や論証を伴わない、簡潔なものであればあるほど、ますます威力を持つ。あらゆる時代の宗教書にせよ法典にせよ、常に単純な断言の方法を用いたのである。何らかの政治上の立場を擁護すべく求められる政治家とか、広告で製品を宣伝する産業家は、断言の価値を心得ているのだ。
しかしながら、この断言は、たえず、しかもできるだけ同じ言葉でくりかえされなければ、実際の影響力を持てないのである。真実の修辞形式はただ一つ、反覆ということがあるのみ、とナポレオンがいった。断言された事柄は、反覆によって、人々の頭のなかに固定して、遂にはあたかも論証ずみの真理のように、承認されるにいたる
これと同様に、広告の驚くべき力も説明される。われわれは、最上等のチョコレートはどこそこのチョコレートである、と百回も読んだときには、そういう噂を頻々と耳にしたような気がして、遂にはそれを固く信ずるようになるのだ。甲は不将極まる破廉恥漢であって、乙は極めて誠実な人であるということが、同じ新聞にくりかえし述べられているのを見ると、われわれは、いうまでもなく、この二つの形容語が逆に入れかわっているような、反対意見の他の新聞をしばしば読みさえしなければ、そのことを固く信ずるようになる。断言と反覆に対抗できるほど強力なものは、これまた断言と反覆あるのみである。」
首相常套手段の種本? 与党財界マスコミが計画的に続ければ何でも可能、というのが米英そして傀儡国の事情だろう。本書には教育問題も書いてある。
日本は昔、満州に傀儡政権を作った。満州は傀儡でないと世界と国内に強弁した。
アメリカに敗戦して以来、自ら傀儡国家になった。昔同様傀儡でないと強弁している。
人々が喜々として傀儡政党に投票し、マスコミの翼賛報道に怒らないでいるのが不思議だ、と長らく思っていたが、本書によればそれも当然なのだ。
といって対策など思いつけるわけでないのが実に困ったことではある。

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「不都合な真実」のトンデモな嘘を暴く、好都合な名著

9人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

クライメート・ゲートという言葉、お聞きになったことがあるだろうか?
ウォーター・ゲート事件という、ニクソン大統領が、任期中の辞任を強いられることになった有名なスキャンダル事件の名前をもじったものだ。そういう名前がつけられるほど胡散臭い事情が、気候温暖化問題にはあったのだ。
石油・石炭・薪等の使用のおかげで、大気中の二酸化炭素が激増し地球は温暖化してしまうと喧伝されてきた。その排出削減のため、日本は膨大な支出・努力を強いられている。
このクライメート・ゲート、大気中の二酸化炭素激増による、地球温暖化説を主張する国連機関IPCCの報告書に「科学的根拠」を提供してきたイギリスの研究所の内部資料が流出し、温暖化を示すデータの多くが意図的に作られたものであることがあきらかになった事件だ。世界的に、大々的に報じられた。その結果、外国では、「二酸化炭素の増加による地球温暖化」理論を支持する国が減り、各国の政策も、しかるべく転換されつつある。
ところが、このガラパゴス日本では、マスコミ、「二酸化炭素の増加による地球温暖化」という記事・報道はさんざん行ったのに、「二酸化炭素の増加による地球温暖化理論の崩壊」であるクライメート・ゲートについては全く報じない。
知らないのではない。意図的に歪曲しているのだ。「原発推進」国策を推進する為に。
以前、大評判になった『不都合な真実』というアル・ゴアの映画?の話を聞いて、瞬間、うさんくさく思ったものだ。
地球温暖化のすさまじい悪影響を避けるため、解決策として、2010年までに先進国が炭素排出量を30%削減することを目指す「京都議定書」に世界中が賛成すべきだと提案する。アル・ゴア、その功績で、ノーベル平和賞を得ている。
そもそもノーベル平和賞なるもの理不尽な侵略戦争を強化・続行しているオバマさえ受賞している。佐藤栄作も。意味のない子供だましの缶バッジ並の代物。本題に入ろう。

まず、序章、クライメートゲート事件─暴かれた二酸化炭素原因説の陰謀で、この「二酸化炭素の増加による地球温暖化」理論の嘘を、徹底的に暴露している。それは同時に、この嘘を嘘として、きちんと報じないマスコミへの、厳しい注文を伴っている。産業革命以来、温度が急上昇しているという、いわゆるホッケー・ステッキ曲線は、都合よく改編されたものだった。過去、気温が上昇している時期のことを隠している。
北極に、ワニのような動物がいた時期が、過去にはあったのだ。その当時、人類が、大量の石炭・石油を燃やしていたはずもないだろう。
続く、第一章、「気候変動はどうして起こるのか」、素人にとって本当に目からうろこ。
二酸化炭素と気温の関係は、例えば、氷河や、南極の氷をボーリングすれば、昔の大気の歴史はわかる。そして、多くの場合、温度の変化に追随して、二酸化炭素の濃度変動はおきていた。ここで、順序が、逆ではないところが重要だ。二酸化炭素の濃度変動に追随して、温度が変化していたのではない。二酸化炭素は、気候変化の原因であったとは言えない。
そして、地球の温度変化の要因。
低層雲が多くできれば、地球に入射するエネルギーが減少し、温度は低下する。
低層雲があまりできなければ、地球に入射するエネルギーが増加し、温度は上昇する。
地球を覆う雲の60%は低層雲だ。低層雲は、宇宙線強度が高まると増え、強度が下がれば減る。
そして、その宇宙線強度は、地球の、太陽系の、銀河系の渦状腕に対する位置によって、大きく変化する。地球・太陽系が渦状腕の中にある時には、超新星爆発に遭遇する可能性が高く、平均して宇宙線強度が高くなるので、この時、地球は寒冷化する。生物大絶滅の原因も、宇宙線強度だった。雲そのものの生成過程も興味深いものがある。
ともあれ、人間が使う燃料による二酸化炭素ではない原因・自然要因が主な理由で、平均気温は上昇・降下するということのようだ。
IPCCの説は、その点、そうした発見と、真っ向から対立する。IPCCの気温予測は、スーパー・コンピューターを用いて行われたものだという。しかし、コンピューター・シミュレーション、パラメーターの設定次第で、結果はどうにでもなるのだ。これは、今話題の原発稼働にかかわるストレス・テストも全く同じこと。また、都会の人々が感じている、急激な温暖化は、地球温暖化ではなく、ヒートアイランド現象によるものなのだ。
IPCCの人為的温暖化プロパガンダに対抗した人々、沢山おられる。「アメリカが京都議定書を批准しないのは、けしからん」のではなく、人為的温暖化論を是としない科学者・政治家達が、理論的に反対している結果だ。彼らの主張すべてを正しいとするものではないが、ひるがえって、日本では、全く逆の状態が続いている。二酸化炭素排出削減こそが、我々の至高の目的であるかのように宣伝・洗脳されている。
政官民一体となって「地球温暖化問題」を騒ぎ立てているのは、日本だけではないかと、赤祖父俊一氏は言う。「エネルギーの無駄を省き、化石燃料をできるだけ子孫に残しましょう」だけで、正確で、役に立つ、立派な大義名文になるのだ。地球温暖化問題で市民を脅かす必要はない、とも。
素晴らしいブログで、IPCCの人為的温暖化プロパガンダに対抗した方々のエピソードは、いかにも現代的で、ワクワクした。

後半の第二章「地球温暖化」から「エネルギー問題」へ
緑藻類によるバイオマス・エネルギーの話は面白かった。
第三章「未来のエネルギー源」では、現状の原子力発電方式とは異なる代案について論じられているが、この話題になると、いくらわかりやすく説明されても、素人に善し悪しの判断は到底不可能。豚に真珠。目を通すだけで精一杯。

第四章「これからどうするか」は、至極妥当な提案だ。
まず京都議定書から脱退すべきこと。脱退すれば、排出権というマヤカシの犠牲にならずにすむ。
そして、温暖化対策費をすべて、災害復興に向けるべきだとおっしゃる。
全くその通りだろう。
折角のお金、わけのわからない目的ではなく、目の前の災害復興にこそ向けるべきだ。
しかし日本は、これから、もう一つの巨大な「横文字」詐欺構造、TPPに、わざわざ飛び込み、永久植民地になろうとしている。著者の折角の提言、実現する可能性は極めて低そうだと思えてならない。

全体的に、「目からうろこ」を絵に描いたような体験をさせて貰った。

帯にある通り、本当に「時間がない。」原発推進という政府・財界・学界・マスコミを挙げての洗脳キャンペーンから脱出するためにも、著者の折角の提言を実現させるためにも、一人でも多くの方にお読みいただきたい名著だ。

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紙の本民意のつくられかた

2011/08/11 00:12

世論も、政治も、偽装され、捏造され、操作されている 世論操作あればこそ、人は自分の首をしめる政党・候補に進んで投票したり、棄権したりするのだろう

7人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

高校の頃から、「新聞、雑誌、テレビ等のマスコミ、本当の仕事は洗脳工作だろう」という疑問を抱いている。今では「確信」、いや「妄想」にまで高まっていると思っていたが、本書を読んで、「妄想」から、「確信」に戻った。
世の中、年々劣化していると感じているのだが、その劣化、為政者によって意図的に、着実に進められていたし、進められていると、確信した。
本書を読みながら、アメリカにおける世論操作の先駆者、バーネイズについて書かれた本を思い出した。スチュアート・ユーウェン著『PR!―世論操作の社会史』。
本書は、著者が、自分で動いて調べた情報をもとに書かれている。こういう主題、大手マスコミがあつかうわけがない。09年から10年『世界』に連載された記事をまとめたもの。

第1章 つくられた原子力神話1
09年11月、元福島県知事、佐藤栄佐久氏の自宅を訪問して、取材している。純正の素晴らしい保守政治家、国策の原発推進、プルサーマル推進に反対したがゆえに、国策捜査され、職を辞させられ「抹殺」された方だ。彼の物語、何度読んでも唖然とする。この国の劣化のひどさに。この国政府、検察、マスコミ
使用済み核燃料の埋設処分場候補地を募集するNUMOのキャンペーン活動のえげつなさも書かれている。多数の著名タレント、カメラマン、学者らが、金で雇われて、原発マフィア側の一方的な宣伝に肩入れする。庶民がいくら「反原発」運動を試みても、予算・動員規模が違いすぎる。マスコミ宣伝対、ローカルなデモ・集会・チラシ、勝負にならない。

第2章 つくられた原子力神話2
原子力推進の国策、一般向け、子供向け宣伝、教科書中で、強力に推進されている。有名な言葉「日米の間を飛行機で飛ぶ時の被ばく量とくらべ、原発の隣で一年暮らす方が少ない。」ちゃんと、盛りこまれている。若者にメディア批判の眼をもたせなくするのだろう。政府、電通他広告代理店、そして共同通信や新聞社が組んでしまえば、向かうところ敵なし。裁判員制度導入もそうだった。政府の莫大な予算が注がれた。裁判員制度、長年、問題点を指摘されてきた司法制度を改革するものとして導入されたわけではない。現状を積極的に肯定し、国民をよらしめるために導入された。やらせタウンミーティングもあった。

第3章 国策PR
郵政改革が推進されていた頃の、森田実氏のエピソードもある。アメリカの保険会社が、日本の巨大な宣伝会社に5000億円払って、日本国民の意識をかえようとしているということを聞いた森田氏、ホームページに書くと、テレビのレギュラーからおろされた。

第4章 事業仕分けの思想
政府側に煙たがられるような人物は、仕分人となるよう声をかけた後も、容赦なく切り捨てている。本書の為、有名な仕分人たちに、著者は話を聞こうとしたが断られている。川本裕子、福井秀雄の両氏。いずれも小泉・竹中路線の会議で活躍した御仁。
有名な民主党ブレーン山口二郎北大教授と話すうちに、教授の言葉から、著者が事業仕分けに感じていた違和感の大本に気がつく。「事業仕分けには思想がないんだ」
思想がないがゆえに、事業仕分けは「思いやり予算」やアメリカ軍駐留については決して触れない。高レベル核廃棄物処分についても同様だ。
事業仕分け、メディア・パフォーマンスとしての要素ばかり帯びてゆく。

第5章 道路とNPO
国土交通省に見捨てられたNPO、協働を謳いながら、実際には、業務委託に依存して組織を維持しているNPOの話。なんと冒頭に触れたバーネイズが書いた本から、映画の話が引用されている。

第6章 五輪招致という虚妄
IOC評価委員会が会場候補地を視察した09年4月17日、「夢の島公園」では「江東子どもスポーツデー」が開催され、幼稚園児、小・中学生、計6400人が動員されていた。これは、巧妙に仕組まれたオリンピック招致PR作戦の一部だったのではないか。「サクラ」として動員されたのではないか?と著者は言う。IOC評価委員会視察は記事になっても、こちらの「サクラ」動員、なぜか記事にならない。調べると、「江東子どもスポーツデー」の予算、最終的には五輪招致費用で処理したという。尻隠さず。
「異議あり!2016年石原オリンピック」集会が09年4月14日に開催されただが、東京都庁記者クラブに集会案内の電話をし、記者会見で説明したいと言ったところ、幹事社記者に断られた。招致関連委託事業の全額近くが、特定企業に独占されてきた事実も、都議会では明らかにされたのに、マスメディアは無視した。
「電通の電通による電通のためのオリンピックではありませんか」とある議員は言う。

第7章 仕組まれる選挙
完全無所属をうたいながら、自民党員だった森田千葉県知事の話。
著者は、森田知事や、石原都知事、松沢元神奈川県知事らの選挙もてがけた、選挙プランナー三浦博史氏の話も聞いている。三浦氏の悪びれない本音がすごい。「選挙戦略とはプロパガンダに他なりません」「その気のない人にも働きかけて、投票させるように持っていかなくてはならないのですから、宗教の布教と一緒です。他人や集団のエモーションに強く働きかけるわけです。」三浦氏は、次の都知事選挙で、渡邉美樹ワタミ会長の選挙プランナーをつとめた。著者は再度話を聞いている。

第8章 捕鯨国ニッポンの登場
著者は、日本の捕鯨推進派、環境保護団体の捕鯨反対派、それぞれの言い分、状況を見つめてきた学者の言い分を、それぞれ検討している。環境保護団体と連動しながら反捕鯨を進めてきたアメリカ政府の思惑についても触れている。「ベトナム戦争の枯れ葉剤作戦隠し」という説もある。枯れ葉剤作戦を強く批判した、オロフ・パルメ外相、14年後に暗殺されている。日本の代表団、ロンドンで、赤インキや、チョコレートをかけられた。ノルウェーも旧ソ連も、そういう目にはあっていない。
「海の靖国問題」という見出し以降に、考えさせられる記述がある。
ミスター捕鯨と呼ばれる小松正之教授の言葉だ。「アメリカやアングロサクソンの国々と対立したら戦わずして争いを避けてしまう。マイナーな分野だからこそ、毅然とした態度で主張すべきを主張することが、新しい日米関係の構築に繋がっていくんです。」
構造改革や安全保障のような、誰にとっても肝心要の分野では平身低頭の対米服従を喜んで受け入れる人々が、こと捕鯨問題についてだけは、アメリカやグリンピースの独善に怒ってみせる。すなわちガス抜き道具としての捕鯨問題。GPJの星川氏は「海の靖国問題」だと喝破した。

あとがきにこうある。
この国には政府や巨大資本の意向がまずあって、いわゆる民意はそれらに都合よく誘導されていくことが義務づけられているものでしかないとさえ思わされる場面を幾度も見せつけられた。
インターネット・メディアと民意の関係、不可欠のテーマと認識していたのだが、記事にすることは断念したのは残念だともある。読者としても残念なことだ。
原発大事故があっても、民意はつくられ続け、我々は進んで放射能食品を食べ続ける。

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