ブックキュレーター楽工社 営業部 長至巳
それでも心揺さぶられ続ける「昭和の大江健三郎」
高名なノーベル文学賞受賞作家でありながら、というより、あるがゆえか? もしくは難解な文体、社会的発言や家族問題が前のめりでクローズアップされ過ぎるゆえか? あまたの読書人たちから大江健三郎は「何となく過小評価され、何となく読むのをためらわせる」書き手に位置付けられているように思えます。そこで、いったんは先入観を脇に置いて、シンプルに作品そのものと向き合うことをお薦めします。かつて僕がむさぼり読んで、今なお心揺さぶられ続ける小説五編を、あえて「昭和」シバリで「令和」のあなたに。
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まさか「昭和の大江」はエンタメ小説も凄いだなんて、考えてもみなかったでしょ? 初版刊行から半世紀。核シェルターでの隠棲生活を選び取ったはずの勇魚父子を、ド派手な籠城銃撃戦へと巻き込む「自由航海団」。二癖三癖ありのメンバー陣の中でもとびっきりの怪物キャラ「縮む男」。山田風太郎作品のような魁偉な造型、かつ奇天烈過ぎる台詞まわし。衝撃的リンチ殺人事件でさっさと逝っちまったかと思いきや、一貫して喰えないトリックスターのままエンディングまで影の舞台演出家として暗躍することに・・・
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私ごとで恐縮ですが、以前の勤務先で深夜残業後に拾ったタクシーの運転手さんがたまたま松山市出身のおっちゃんで、乗車直後にご挨拶程度に「愛媛といえば野球っすよねえ」と話をふってみると、待ってました! とばかりに、目的地までの小一時間ほど途切れることなく延々と「愛媛のベースボール」愛を喋り通してきたのでした。市外局番も089(ヤキュウ)である王国出身作家ならではの、草野球の「ピンチランナー」少年の恍惚と不安が通奏低音となっている快作。
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音楽小説としても読めます。この連作短編第一作にインスパイアされて、武満徹の代表曲『雨の樹』が現実世界に誕生。すると、そちらの影響下でこちらの第二作以降も急展開。旧知の高安カッチャンが嵐の如くに顕れて嵐の如くに退場するも、彼の義理の息子でロックバンド地獄機械(マキーナ・インフェルナル)リーダーのザッカリー高安・Kは、亡父が遺した草稿に曲を乗っけて世界じゅうを驚天動地に陥れます。こちらは虚構上の楽曲なのに、ページをめくると凄絶な旋律とリズムと振動とがやむことなく・・・
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さながら「昭和の大江」による『遠野物語』の如き大仕掛けな長編。もしかすると「明治の柳田國男」と「昭和の柳田國男」に同時に読ませたら、両者の評価に微妙な温度差が生じているかもしれません。高尚にしてお下劣。四国の谷間の森の「村=国家=小宇宙」の始源のときから現在、未来に到るまでの虚実混交の歴史と神話は、死者も生者も新世代も入り乱れて円環状に結ばれる! 国民学校時代の「僕」が森全体を時間も空間もクロスオーバーしながら彷徨する最終章は、オール大江作品のなかでも出色の美しさです。
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初読時から四十年が経ち間もなく還暦を迎える自分が、大江健三郎の訃報に予想以上にうろたえながら本作を再読してみたとき、前述の長編とも地続きだったんだな、としみじみ感じ入りました。幻想小説の『同時代ゲーム』に対してリアリズム小説の『万延元年のフットボール』、という形態上の違いはあるけれど、いずれも四国の谷間の森の過去と今とこれからをつなぐ祈りのモノガタリ。「本当のこと」を実兄・蜜三郎だけに告げた鷹四の悲劇的決断と並行して、新たな種子はあなたの世にも蒔かれていた・・・
ブックキュレーター
楽工社 営業部 長至巳1963年生まれ。出版と書店に関わる仕事を始めて四半世紀を超えました。ちょっと長い無職期間を抜け出し昨春(2017年)より業界復帰、現在は飲食に関わる翻訳書の出版社に勤めております。出身が茨城県で、大学が京都市で、地方出張も多い仕事のおかげで、日本の中で未踏の都道府県は宮崎県のみになりました。好きな作家・山田風太郎。別名で『1985』という小説を上梓したことがあります。あの『1Q84』より10年前に。
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