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宇野重規ブックキュレーター宇野重規

宇野重規の推薦する名著5冊

宇野重規の「推薦図書」はこの5冊! ※こちらの推薦文は、クーリエ・ジャポン読者のために寄稿いただいたものを転載したものです。

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    思えば、僕が政治学者になったのは、この本の影響が大きい。今どきの「科学的」な政治学とはだいぶ違う、もっともっと昔の政治学の教科書だ。日本の戦後社会、特に市民運動や住民運動の盛んだった時代の空気感が感じられる、歴史の証言のような教科書だ。

    「政治学は何の役に立つのか」という問いに、そもそも「役に立つ」とは何かを問い返す本書には、「やさしい心」という一節がある。アナーキスト詩人を引きながら、暴力にくじかれた人がそれでも立ち上がり、新たな政治や社会へと向かう意義を説く著者が、それを「やさしい心」と呼んでいるのが印象に残る。

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    小熊英二の本といえば、『単一民族神話の起源』にせよ、『<民主>と<愛国>』にせよ、ともかく分厚い。徹底して文献や史料を読み込み、独自の文体で語る。気づいてみると、いつの間にか大部の本を読み終えていたという経験のある読者も少なくないはずだ。

    近年の本はそこまで厚くないが(とはいえ、本書も新書としてかなりボリュームがある)、テーマを広く渉猟し、魅力的なストーリーにまとめる力技は変わらない。この本はポスト産業化社会における社会運動という視点から、「社会を変える」ことの可能性を説く。コロナ後の社会においてこそ意味を持つ本だ。

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    網野善彦は今日、論じることが難しい存在かもしれない。中世日本におけるアジールを論じ、「自由」を考えた『無縁・公界・楽』の輝きは今なお失われない。その一方、実証的な歴史研究者からは、網野の研究の修正や見直しの声もある。

    それでもこの本を読むと、彼の問題提起の射程の大きさをあらためて感じる。皇国史観はもちろんマルクス主義史観とも内在的に対決したこと、「百姓」といえば「農民」と考える思い込みをただし、海民や山民などの存在を強調したこと、日本列島の東西の根源的な違いを探ったことなど、日本史を考えるヒントに満ちている。

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    中沢新一の著書は数多いが、選書メチエの「カイエ・ソバージュ」のシリーズも魅力的だ。実際の講義をもとにしているだけに、懇切で具体例が多く、語り口も平易だ。本書はそのシリーズの最初の巻であり、いわば連続講義の開講の言にあたる。

    神話とは「人類最古の哲学」であると考える中沢は、一見非合理に見える神話的世界の中に、人間の思考の力を見る。それは国家が出現する前の、人々がまだ自分たちの社会のかかえる不条理を、思考の力で解決できると思っていた時代の「はじまりの哲学」だった。日本や中国を含む世界の神話で見られる「シンデレラ」物語に着目する本書は、不条理を神話によって理解しようとした人類の世界的な連関を想像させる。

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    平野啓一郎は、中世フランスの神学僧を主人公とする神秘的な世界を、森鴎外を思わせる擬古的な文体で描いた小説『日蝕』でデビューした。その後は現代を舞台とする小説も多く、『マチネの終わりに』なども話題になっている。

    しかし、大学時代に平野が入っていたのは、政治思想史家の小野紀明のゼミであった。実を言うと、平野は「政治」について持続的な関心を持った作家なのである。人間は本当に個人(individual)なのか、実は一人に見える人間はなおも分割可能な分人(dividual)なのではないか。政治学でもホットなテーマを小説家独自の視点で描いた傑作である。

宇野重規

ブックキュレーター

宇野重規

1967年、東京都生まれ。東京大学法学部卒業。同大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。現在、東京大学社会科学研究所教授。専攻は政治思想史、政治哲学。主な著書に『政治哲学へ 現代フランスとの対話』(2004年渋沢・クローデル賞LVJ特別賞受賞)、『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社学術文庫、2007年サントリー学芸賞受賞)、『民主主義とは何か』(講談社現代新書)など。

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