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何十年経っても忘れられない関係
2005/12/28 10:11
8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:タララン - この投稿者のレビュー一覧を見る
私は初めに映画を観て感動したので、この原作を読むようになりました。しかし、私の場合はそれで正解だったようです。
まさか原作が、このように抽象的で時間軸が捉えずらい作品だとは・・・それに、意外に中国人青年との交渉について描かれたページは少なく、フランス帰国後の事などについても描かれています。
私は、なぜ他人の体験にこんなに心惹かれるのだろうと、ずっと想っていましたが、最近ようやくわかったような気がします。
それは、とても少女と青年の絆が稀有なものに思えたからです。
たぶん二人が共に過ごした期間は二年くらいなのでしょうが、
でも、とても濃密で人種も年齢も立場の違いも越えた、二人にしかわからない関係で、何十年経ってもお互いに忘れられず、妻と共にパリを訪れた時に「あなたの声が聞きたかっただけでした」とデュラスに電話をかける「彼」、そしてそれに答えるデュラス、なんという絆なんだろう・・・と想ってしまいます。
たぶん、「彼」がデュラスに与えた影響は、とても大きなものではなかったのでしょうか? 「彼」が大作家デュラスの誕生に貢献したと言っても過言ではないのかもしれません。現に彼女はその後も「彼」との関係をモチーフにした「北の愛人」という作品を書いています。
私は、このような強い絆に憧れを感じるのですが、でもこのような絆は不幸なのかもしれません。特に、おそらく妻を娶ってからは良き夫として一生を終えたであろう彼の、おき火のように燻りつづけたであろう、デュラスへの想いを考えると・・・
イマージュとしての小説
2005/12/07 20:58
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:la_reprise - この投稿者のレビュー一覧を見る
フランスでは1984年に発表されるやいなや、そのスキャンダラスな内容のせいもあってか、たちまちベストセラーとなり、ゴンクール賞まで受賞した作品である。この作品はあるひとつの映像(イマージュ)、さらに複数の映像をめぐって書かれている。小説の冒頭でデュラスは次のように書く。
「わたしはあの映像のことを考える。いまでもわたしの眼にだけは見えるあの映像、その話をしたことはこれまで一度もない。いつもそれは同じ沈黙に包まれたまま、こちらをはっとさせる。自分のいろいろな像のなかでも気に入っている像だ。これがわたしだとわかる像、自分でもうっとりとしてしまう像。」
デュラスの心のなかに強く刻み込まれたこの映像をきっかけとしてこの作品は語られ始める。それはいったいどんな映像か? まだ15歳の彼女がメコン河の渡し舟に乗り、ひとり手すりに腕をかけて広大な河を静かに眺めている。その船上のすぐそばにはお仕着せを着た運転手つきの黒い大型リムジン。その中からヨーロッパ流の服装をした中国人が彼女をじっと見つめている。そうした映像、デュラスにとってかけがいのないものであるが決して写真に撮られることのなかった映像がこの作品の起源にある。
『愛人 ラマン』を読んでいると、デュラスはあたかも写真や映像を見ながらそれを描写しているような印象を受ける。訳者の清水徹氏によると、実際この小説は、デュラスの人生における写真と自分の映画からのスティルをアルバムにしてそこにデュラスが文章を加えるという企画がきっかけとなって構想されたということだ。この決して写真に撮られることのなかった映像のほかにも、母や兄弟と撮った写真についてデュラスはこの小説のなかで何回も言及している。現実に写真として記録されたどうかは問わず、様々な映像を描写するかのようにこの作品は書かれているのだ。
主人公の人称が一人称の「わたし」と三人称の「彼女」や「娘」との間で揺れ動くのもこのせいだろう。外部にある映像を描写するように書かれるときにはデュラスは他人に言及するように三人称を用い、その映像の内部に自分が入り込んでいるかのように描かれるときには一人称が用いられると言えるのではないか? それに加えて、この作品には現在と過去(そして未来)との間の往還もある。思い起こされる子供時代の出来事、印象的な女たちについての回想、母や兄弟との思い出などが小説内に散りばめられている。あたかも平面の上に時代を異にする映像を並べて、それを眺めながら文章が綴られていくような印象だ。
『愛人 ラマン』はまさに文章によって描かれた映像のアルバムだと言えるだろう。デュラスの心に刻まれた映像、実際に存在する映像がデュラスの流麗な文章によって展開され、「流れゆくエクリチュール」のなかへ注ぎ込まれていく。まるで映画を、それもデュラスの映画を見ているような感じさえしないだろうか? すでにこの作品はジャン=ジャック・アノーによって映画化されているが、デュラス自身によって監督された『愛人 ラマン』をぜひ見たかったというのはおそらく私だけではないだろう。デュラスが写真として存在しない映像を心に思い浮かべていたように、この小説を読みながら、存在しないデュラス監督作品『愛人 ラマン』を想像してみるのも一興ではないだろうか?
異国で父を失い、一家を支えた少女(著者自伝)
2022/10/23 03:29
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投稿者:M★ - この投稿者のレビュー一覧を見る
紙本で読んだけど、電子版が出たら購入したい。
表紙は当時の著者の写真。美少女。
学生時分に読んで、衝撃を受けた本。映画も観た。
異国で父が病死
その後、華僑の愛人になった少女の稼ぎで生計をたて、
愛人の結婚を機にベトナムから帰国する一家。
帰国後、ずっと年月を経て二人が再会する場面が、切ない。
毒家庭の毒親に育てられた少女=著者も、毒親になってしまった。
著者は、共産主義の活動家で、キリスト教の古い因習を壊したかったらしい。
複雑。
参考に読んだ記事;
幸運にも長生きした少女は、70才で作家デビュー。//マルグリット・デュラス “小児性愛”を肯定した仏大作家と長男至上主義の母【毒家族に生まれて】
仏領インドシナに生まれた今世紀最大の女流作家とも言われたマルグリット・デュラス氏の自伝的小説です!
2020/07/08 10:04
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投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、仏領インドシナに生れ、『モデラート・カンタービレ』や『インディア・ソング』などの多くの傑作を残し、今世紀最大の女流作家と言われたマルグリット・デュラス氏の作品です。実は、同書はフランスで最も権威のある文学賞のひとつであるゴンクール賞を受賞した名作です。同書は、「18歳でわたしは年老いた」という衝撃的な一言から始まります。主人公の「私」が、あの青年と出会ったのは、靄にけむる暑い光のなか、メコン河の渡し船のうえでした。すべてが、死ぬほどの欲情と悦楽の物語が、そのときから始まったのです。同書は、仏領インドシナを舞台に、15歳のときの、金持の中国人青年との最初の性愛経験を語った自伝的作品とも言われ、刊行当初、センセーションをまきおこしました。
ジャン・ジャック・アノー監督映画化原作
2017/03/03 09:45
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投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
フランスに支配されたインドシナのけだるい雰囲気が伝わってくる。ブラジヤックなど対独協力作家への鋭い批判も感じた。
愛人
2001/09/21 16:12
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投稿者:ゲップ6号 - この投稿者のレビュー一覧を見る
マルグリット・デュラスの自伝的な作品である。父親を早くになくし。母親と二人の兄とヴェトナムで暮していた白人の少女は中国人の男性に出会い。愛に目覚める。世界的にベストセラーになり、フランスではゴンクール賞まで受賞した作品。