心臓の近くに置いておきたい本
2020/01/20 21:21
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投稿者:ゆず - この投稿者のレビュー一覧を見る
正直読みやすいかと問われると私は読みにくいと答えると思う。話も終始重い。でも読んだら分かる、たわいもない描写で自分の気持ちをすっと言語化されて驚く間もなく心が軽くなる瞬間を味わう事が出来る。この本は紙で持ちたいと思ったので買いました。宇佐見さん受賞おめでとう。
独創的な「語り」の文学
2022/04/23 08:08
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投稿者:hachiroeto - この投稿者のレビュー一覧を見る
全体が、「おまい」(お前)に向けた語りかけからなっている。『推し、燃ゆ』の畳みかけるような怒濤の一人語りとは違う、ゆったりとして落ち着いたテンポだが、やはり読み手を巻き込んでいくような独特のパワーがある。
舌足らずの語り口だが、その中に突然「うーちゃんには昔から自分のなかにだけ通じる不文律があって、そいは法律や世間にある倫理観なんかとはぜんぜんべつの規則性をもって自分自身を支配しています」のように硬い言葉が放り込まれる。ある種のアクセントのようになっているのだが、全体としてはシームレスにつながっている。このあたりの文体感覚は天才的です。全体のトーンは、初期の頃の川上未映子、あるいは町田康あたりを思わせる。読むうちにだんだんトランス感覚に支配されていくような。
内容はたいへん現代的で、切実。両親は父の浮気で離婚、母(かか)は酒を飲むと大暴れ。主人公は、ないがしろにされてもなお母と離れられない19歳の「うーちゃん」。そこで突然、家を出て熊野に行くことを思い立つというところに、新旧渾然としたおもしろさがある。もちろんSNSも登場。「推し」の話題も出てきて、このあたりは次回につながる要素を感じた。
すごい作家が出てきた
2021/09/20 17:00
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投稿者:BB - この投稿者のレビュー一覧を見る
購入は昨秋。
『推し、燃ゆ』が、話題になる中、2冊を同時購入した。その後、著者は芥川賞を受賞。やっぱりね、といった印象だった。
『推し~』もなかなかのものだが、この『かか』の方が個人的にはクオリティの高さを感じた。登場する人物(家族)の異様さゆえだろうか。今村夏子ワールドともまた違った独特な世界。
今後の作品が楽しみである。
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投稿者:れい - この投稿者のレビュー一覧を見る
『推し、燃ゆ』から入ったので、驚きの連続でした。描写は非常に生々しく、読んでいると息が詰まるように胸が苦しくなります。苦しい、汚い、醜い…。しかしそんな息苦しさの中にたしかにあるのは「生」の感覚。『推し、燃ゆ』よりも荒削りな感じがしますが、一気に読ませてしまう文章には脱帽でした。
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投稿者:岸谷 - この投稿者のレビュー一覧を見る
婚約者の母がこの本の「かか」と似ており、他人事ではないと一気に読み進められました。
会話だけでなく地の文も独特な方言口調で語られており、少し読みにくくはありますが、だからこそうーちゃんの苦しいという思いに寄り添えるのではないかと思います。
非常に個人的な解釈ですが、この本自体がみっくんに向けた遺書のような気がしており、うーちゃんは自殺してしまったのではないのかなぁ…とも考えてしまいました…
若いって素晴らしい
2020/11/14 07:56
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投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
第33回三島由紀夫賞受賞作。(2020年)
三島賞としては最年少の受賞、作者の宇佐見りんさんは21歳でこの作品を書いた時はまだ19歳だったという、で話題となった作品。
しかも、昨年第56回文藝賞を受賞しているから、W受賞となった。
三島賞の選考委員の一人、高橋源一郎氏はこの作品が「かか弁」と呼ばれることになった独特の文体を「極めて評価が高かった。女性の一人称の語りは現代文学の潮流」と評価しているが、決して読みやすいものではない。
うさぎ年に生まれたからうさぎと名付けられた19歳の女性はまだ自身のことを「うーちゃん」といい、その名前で弟に語りかけるようにして書かれているが、どこの方言なのか、方言にもならない未熟な幼児語なのか、「かか弁」で全体が描かれているが、読む側にはかなり苦痛を伴うものではないだろうか。
文藝賞の選考委員の磯崎憲一郎氏はそれを「完全に失敗」としている。
それでも、心を病んだ母と娘、あるいは祖母と母との関係といった最近の女性作家たちがよく描く物語が新人賞に次々と選ばれるのは、なんといっても「書く力」だと思う。
139枚の中編ともいえない長さながら、びっしり書き込まれた文字を目の前にすると、しかもそれが理解しがたい「かか弁」であればなおさら、これだけの作品を書ける人はそんなにいないことを実感するだろう。
まさにそれは若い書き手だけが手にできる特権のような気がする。
中上健次に魅かれて熊野に行ってそこでこの作品を書く力を得たという宇佐見さんが、「かか弁」を離れてこれからどんな物語を書くのか楽しみだ。
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いろいろあってやっと読了。
圧倒的。文体もテンポも浮かぶ色彩も沸き立つ感情も、そのすべてが心のずっとずっと奥底から引っ張り出されるような感覚。
よくも悪しくも引きずります。
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二十歳の作者のデビュー小説ということで、読み終わった率直な感想をいうと、そうとは思えないような、作品の世界観や作者自身の主張が濃密に感じられました。
19歳の浪人生「うーちゃん」が、主に、母親に対する気持ちを、「みっくん(おそらく弟だと思う)」に、独特な方言めいた口調で語りかける形式で終始、展開される文体は、本来なら、ものすごくシリアスで、痛々しい話になりそうなところを、少し、ユーモラスで、つつましやかな感じにしてくれるのが、まず、興味深いなと思いました。
また、「うーちゃん」の個性が、とても細かく、繊細に描かれているのが素晴らしく、現代っ子らしいケータイのSNSに依存しながらも、実は、横浜から熊野に、神様に会いに行って、母親の死と引き換えに、新たに身籠って母を生むという、この発想がすごい。
現代っぽいのに、古式めいた感覚を取り入れていて、家族という血縁ゆえの悩み、苦しみ、ちょっとした喜びに加え、性の目覚め、自己を見つめ直して、色々、考えながら成長していく感じが、瑞々しく描かれていると思います。ひとつの考えに固執しているようで、そうでないところとか。
それから、最後の「うーちゃん」の母への叫びが圧巻で、印象的だったのですが、ラストの終わり方の、ややあっさりしたような、でも、なんともいえない感じが、また印象的でした。
最後の展開への繋ぎや、途中、冗長に感じて、気になった部分もありましたが、村田沙耶香さんが評価したのも、すごく分かる気がしました。次回作も、是非、読んでみたいと思います。
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母親と皮膚がつながってるように感じていた娘が胸のうちを絞り出すような内容だった。こういう、ぐちゃぐちゃになった家族の話を読むと、改めて自分の足元を見つめられるようになれて良い。表紙をめくっても赤、しおりも赤で、本作に繰り返し出てくる経血や生まれてくる時に誰しもが浴びる血潮、かかの自傷による血などなどのイメージと一致する。みっくんという弟に独特の口調で独白する形で物語が進んだが、女流文学(古い言葉かもしれないが)感があった。この作者が今後はどんな話を書き続けるのか分からない。
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言葉そのものが伝える力はすごい、と思った。自分の言葉をもつ、ということは、いろんなことやものから身を守れるかもしれない、とも。誰かに聴いてほしい、と訴えるような、歌をうたっているような。そんなふうに読んだ。
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浪人生のうーちゃんが、高校生の弟・おまい(みっくん)に語り聞かせるような文体。うーちゃんとおまいの、かかについて。
語り口は独特で、慣れるまでに時間がかかるが、以降はとても小気味良く感じられた。ありがとさんすん。
ババとジジとかか、うーちゃんとおまい、そして従姉の明子の6人暮らし。明子の母であり、かかの姉である夕子ちゃんは既に亡くなっている。
かかは、幼いときから「おまえは夕子が退屈しないようにおまけで産んだんだよ」と言われて育ち、愛に飢えたまま大人になってしまったようだ。娘のうーちゃんにそれこそ赤ちゃんのように甘え、二人は共依存母娘であるように読める。
かかの子宮摘出手術の日にうーちゃんは巡礼の旅に出る。その旅で唯一うーちゃんが感情を吐き出せるツイッターの描写が、物語のバランスをちょうど良くしていた。作者はきっと常日頃からツイッターを使っているんだろうな、と思わせるこなれたつぶやきの応酬。
手術成功して、お土産のアレルギーの問題もなんともなくて、良かったね。
メンヘラ母とDV父のもとに生まれたうーちゃんには反出生主義的な雰囲気があったりして、なんだか乳と卵や夏物語を彷彿とさせる話だった。
ちなみに文藝賞受賞作。作者は現役の大学生なんだそう。
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最初の一文、「そいはするんとうーちゃんの白いゆびのあいだを抜けてゆきました。」からして頭に入るのに少し時間がかかりました。
独特の雰囲気のある言葉づかいで、作者の世界を築いています。
この感性にはついていけませんでした。
でも、次作がどうなるかは楽しみです。
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方言のような独特の言葉遣い、その言い回しが物語を覆い,少し現実からずれた雰囲気を作っている.愛されずに育ち今も愛に飢えた母親かかをかわいそうに思ううーちゃん.家出して,青岸渡寺に向かいながらもそれでもSSには繋がって,そして,うーちゃんは願う,かかを産んで育ててあげたいと.そんな親子関係が悲しい.
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「かか弁」という家庭内でのみ通じる方言のような独特の言い回し、音読したくなる音楽性のある文体で生々しい愛憎や嫉妬を語る。
文体や表現に驚きはするものの、こういう母親とこじれた関係の若い女性が主人公の物語を読むには、わたしは年をとったんだなという気もした。
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“おそらく誰にもあるでしょう。つけられた傷を何度も自分でなぞることで傷つけてしまい、自分ではもうどうにものがれ難い溝をつくってしまうということが、そいしてその溝に針を落としてひきずりだされる一つの音楽を繰り返し聴いては自分のために泣いているということが。”
はあ、待ってくださいよ。
傷をレコードの溝にたとえ、そこに針を落として自分の不幸を流して酔いしれるという表現。天才なのでしょうか。はい、間違いなく天才ですよね。
ただただ作者の感性と表現に嫉妬を覚えてしまう。若干二十歳にしてこれは恐ろしすぎる。
内容は主にひとり語りで、「うーちゃん」なる主人公が自分をとりまく環境について語っていくのだが、その主軸となるのが「かか」つまり母親の存在だ。
主人公は母を愛している。でも、愛するがあまり、自分が産み落ちてしまったことが母にとって最大の不幸であり、「母が処女であったころ」に戻ってほしいと強く願ってやまない。そんな母を、自分が妊娠して大切に育みたいとすら思う。
川上未映子の『乳と卵』を彷彿させるというか、やはり女性にとって母親というのは「母」であり「女」であり「子ども」という特殊な存在だというのを改めて再認識させられる。
まるで自分の一部のようで、守られていると思ったら守るべきものだったりして、強いと思っていたら壊れそうに弱くて、気持ち悪くて愛おしい。
“不幸に耐えるには、周囲の数人で自分がいっとう不幸だという思い違いのなかに浸るしかないんに、その悲劇をぶんどられてしまってはなすすべがないんです。”
この一節もひどく心に響いた。
自ら悲劇のヒロインになることで与えられる特別な免罪符。それを人は過去に見出すのではないだろうか。「わたしいじめられていたからさ」「わたし片親だからさ」「わたし不幸でしょう」そんな聞いてもないのに吐露される思いには寂しさと恍惚なる思いが入り混じってるのではないだろうか。
これには少しギクリとする。わたしは中高親の転勤で渡米をしていたが、それをあたかも「不幸」な話として周囲に吹聴していたからだ。ねぇ、思春期に異国の地でひとりぼっちで過ごした人間が捻くれないわけないじゃない、なんて。
とても愚かでした。
目を瞑りたくなるような現実を突きつけられるような赤裸々に綴られた言葉ひとつひとつが胸に痛切に響いて読みながら何度も本を閉じたいと思ったし、読後感は最悪。でもこれがリアル。それを描ける筆者の未来の作品が楽しみでならない。
これが私小説でも何でもないフィクションなら、本当にわたしは作者の才能に嫉妬してしまうよ。