空を飛ぶための翼
2021/01/23 08:15
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投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
人は何にでもわかりやすいように名前をつけることがあるが、時に残酷な名前をさもあるようにつけたりする。
「非正規歌人」、そんな風に呼ばれることもあった歌人萩原慎一郎はそのことを喜んだだろうか。
萩原がそう呼ばれるきっかけとなったのが、朝日新聞の歌壇欄で2015年に馬場あき子選で朝日歌壇賞を受賞した「ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる」という歌だろうが、実際その当時の萩原は非正規で働いていたとしても、あえて「非正規歌人」と呼ぶことはないと思う。
萩原が生涯たった一冊編まれた歌集となったこの本に載っている歌は「非正規」の歌ばかりではない。むしろ、青春期のナイーブな心を詠んだものが多い。
萩原が朝日歌壇に最初に取り上げられたのが、2003年のこの歌。
「屑籠(くずかご)に入れられていし鞄(かばん)があればすぐにわかりき僕のものだと」。
この歌でもわかるように、萩原は中高校といじめに合って、長年精神的な疾患に悩まされた。それでも懸命に生きんと、「非正規」として働き、歌を詠んだ。
しかし、最初の歌集の出版を目前にして、自ら命を絶つことになる。わずか32歳だった。
この歌集の中で私が選ぶとすれば、こんな歌だ。
「空を飛ぶための翼になるはずさ ぼくの愛する三十一文字が」
「引き寄せてそして言葉を抱きしめる三十一文字を愛するわれは」
「われを待つひとが未来にいることを願ってともすひとりの部屋を」
これらの歌を読む時、必死で詠もうとした萩原の声が聞こえるようだ。
生きにくい世の中だけど
2021/04/21 20:25
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投稿者:昼休み - この投稿者のレビュー一覧を見る
ちょうど、ホームレス女性の撲殺事件やホームレス達の取材記事が悪い意味で話題になっていた秋。
ツイッターでそれとははっきり言わずとも、一連の流れを受けて「非正規雇用」であることとこの歌集を絡めて書かれた記事を見つけ、読みたいと強く思った1冊。
報われない恋愛や、労働、非正規雇用、歌人としての自分、そしていじめ。
生きることの泥臭さ、日々の中できっと誰もが感じる孤独にそっと寄り添ってくれるような本だと感じた。
別に励ましの言葉が使われているわけじゃない。
あるのはただの作者の心の叫びで、自分の叫びを、自分で慰めるように綴られている。たった31音のごく短い言葉なのに。それがとても胸を打つ。
32歳という若さで亡くなった歌人・荻原慎一郎氏による真っすぐに読者の心を射抜く短歌集です!
2021/01/06 16:58
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投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、わずか32歳という若さでこの世を去った歌人であり、詩人であった荻原慎一郎氏の作品集です。同書は、平成時代に短歌の書籍としてベストセラーとなっただけでなく、亡くなった3年後の2020年には映画化もされました。同書では、いじめ、非正規雇用といった社会の逆境にも負けず、生きる希望を歌い続けた作者の思いがこもっています。同じく歌人の俵万智さんは、「ピュアな言葉に思う。短歌は彼の濾過装置。自在な表現に思う。短歌は彼の翼。真っすぐに心を射抜く短歌が、ここにある」とコメントを残されている読者の胸を打つ一冊です!
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投稿者:けんたん - この投稿者のレビュー一覧を見る
萩原慎一郎さんは、現代の石川啄木だと思う。
しかし、彼の短歌は、啄木のような陰湿さが無く、何となくスッキリしている印象を受けた。彼の心が美しいからだろう。
日本は、日本の文学界は、萩原慎一郎という至宝を得て、そして失った。
彼が生きて行けないような社会は、世の中は、何か大切なものが欠けていると言わざるを得ない。
あゝ、彼は分かっているんだなぁ
2021/07/05 21:41
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投稿者:帛門臣昂 - この投稿者のレビュー一覧を見る
他のレビューでも書いてあるだろうが、非正規雇用の人間が抱く様々な感情を見事に歌にされている。彼は分かっていたんだなぁ、と思う。
是非とも、歌壇で活躍されてほしかった。
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【解説:又吉直樹】
われを待つひとが未来にいることを願ってともすひとりの部屋を 「歌という鳥」
たとえば、その「われを待つ人」は私でもある。萩原さんが短歌で作った滑走路は彼だけのものではない。萩原さんが「ぼくたち」と言ってくれる限り、それは万人に開かれている。萩原さんは苦しい夜を何度も何度もくぐり抜けた。この歌集はその格闘のしるしでもある。私はどうしようもない夜にこの歌集をひらくだろう。その夜を乗り越える方法を萩原さんの短歌が教えてくれる。
(p.167)
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心が躍ったり、落ち込んだり、忙しい歌集でした。
恋の歌が好きだなー。おばちゃん、ときめいちゃったもの。
萩原さんの短歌は優しいだけじゃないと思う。(良い意味で)プライドが高く、向上心に溢れていて、創作への情熱が痛いほど伝わる。
こんなにストレートに心に入る短歌ははじめてかもしれない。今まで読んできた短歌はくすぐってきたり、引っ掛かりがあったりするものが多かった。(そんなに読んでいませんが)
文庫化に供なって追加された又吉さんの解説がすこぶる良くて、なんだか勝手に救われた気分になった。
この本は一時期ネット書店で軒並み売り切れで買えなかった。リアル書店に「あそこなら、あるかも」と期待と願をかけて赴き、平置きで一冊だけ置いてあったもの。
見つけたときキラキラ光って見えた。
そんな思い出とともに特別な本になった。
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映画から入る。
それはそれ。
仕事の辛さ、先の見えない生活、届かない想い、、、辛い歌たち。一方で色んなものに向ける優しいまなざしも感じられる歌たち。
短歌で飛び立ちたかった彼が、飛び立つことが決まった直後に命を絶つほど辛いことがあったのかと思うと胸が締め付けられる。
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遅ればせながら読みました。
読んで感じたことを最初全く言語化できなかったけれど、解説を読んでようやく少し言語化できるようになった気がします。
特に又吉さんの読み解きの深さに救われました。
ようやく、自分が感じていたものの正体や、それでいて自分の読み解きの浅さが浮き彫りになったから。
詠み手の優しさ、彼の目を通して見た世界を今こうして追体験出来る奇跡。
口語の短歌なので、すぐそばで語り掛けてくれているようであり、励ましの歌にこんな情勢だからこそより救われている。
自らの翼で滑走路から飛び立った彼の心が今も自由で優しく美しくあれと願ってやみません。
この境地に自分は到底たどり着けませんが、少しでも近づけるよう何度も読み込もうと思う一冊です。
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詩集というものをほとんど買ったことがなく、たしかNHKニュース9でも取り上げられていて、買って読みたいと思っていた。
写真を撮影するときにピントが合うような言葉の選び方が上手で、とても感動した。
著者には生きて言葉を紡いで欲しかった...
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NHKで特集された際ゲストの又吉直樹さんが、歌集から垣間見える作者の人間性について、【生きづらかったんだろうなと思うが】【大好きです】というような発言をしていて、思わず大きく頷いた。だって、この歌集、あまりに優しいから。
作者は、子どもの頃周囲に馴染めずつまずき、大人になってからは非正規雇用から抜け出せず自分の望んだ生活を送れていなかったようだ。それでも短歌からは、人間へのあたたかい眼差しが感じられて切なくなる。
短歌が生きる糧だった作者。こうしたい、こうなりたい、じゃあどうしたらいいんだ、と常に足掻いて模索していただろうことが読み取れる。多くの人と同じ、不条理な世間に呑み込まれながらも、必死に生きる努力をしていたのだと思う。
この本は私にとって、自分を鼓舞するとき、傷ついたときに読み返す大切な本。作者はもういないけれど、あなたが残した歌は今日も誰かを救っていると思う。
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小説を先に読んでしまっいて
その時に感じた「なぜいじめ? なぜ自殺?」という違和感
それが分かった
あとがきを読んで。
歌集はすばらしかった!
俵万智の歌を見て、これなら書けると勘違いして
短歌を始めた、と書いてあったけれど
その気持ちが分かる気がする。
というか、俵万智さんは恋の歌ばかりなので
「滑走路」の方がずっとずっと心に沁みる、私には
手元に置いておくね
また遭いにいくね
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おそらく、製作年が早いものから順に収録しているのだろう。
項が進むにつれ、焦燥感というか踠きたいけれど踠けない無力感のようなものが大きくなっているような気がする。
解説で働くことの苦しさについて、啄木との比較があるが成る程なと思った。萩原氏の歌からは達成感の無い労働への失望のような悲しみを感じた。
ただ、彼の人生には歌を詠むことによる喜びと救い。そして恋もあったことに安堵した。
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パルスのように響く歌がある。すべてではなく、普通の穏やかな優しく過ぎる歌、その間間に、強く響く歌がある。何度も読み返したい歌集だと思う。
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萩原慎一郎(1984~2017年)氏は、早大人間科学部卒の歌人。私立武蔵中・高校時代に苛烈ないじめにあう中、17歳のときに偶々イベントに来ていた俵万智に刺激を受けて短歌を詠み始め、現代歌人協会の全国短歌大会や全日本短歌大会等で各賞を受賞。短歌結社「塔」(永田和宏主宰)、未来短歌会(岡井隆主宰)、りとむ短歌会(三枝昂之主宰)などに参加。高校卒業後もいじめの後遺症が続いたが、早大人間科学部の通信制を卒業し、その後は非正規による仕事を続けながら短歌の創作を続け、角川全国短歌大会準賞、NHK全国短歌大会近藤芳美賞(選者賞)、朝日歌壇賞、全日本短歌大会毎日新聞社賞、NHK全国短歌大会特選等を受賞した。
本歌集は、第1歌集として2017年12月に出版(2020年文庫化)されたが、長期間に亘るいじめに起因する精神的な不調から、出版準備中の同年6月に自死(享年32歳)。歌集は、多くの受賞歴などで既に短歌界では知名度が高かったことや、弟でギタリストの萩原健也がSNS等で広報活動を行ったことなどから、発売当初から話題となり、NHKのニュースウォッチ9ほか、主要なテレビ、新聞、雑誌などで取り上げられ、短歌集としては異例のヒットなった。また、2020年11月には本歌集を原作とした映画(主演:浅香航大、水川あさみ)が公開され、各賞を受賞している。
私は50代の会社員で、最近短歌に興味を持ち始め、俵万智、穂村弘、東直子、若手の木下龍也等の歌集・短歌入門書などを読み(『サラダ記念日』だけは1987年の発表時に読んでいたが)、その流れで本書を手に取った。
ページを繰り終えてみると、萩原氏が極めて繊細な感性の持ち主だったことがわかる(歌人になる人はいずれもそうなのだろうが)。それは生来のものもあるだろうし、不幸にして過去にいじめを受けたことによる精神状態の変化や、そのために非正規労働者に甘んじざるを得なかった境遇などが、それを一層鋭利なものにしていったのかも知れない。本歌集の中に「アイデアがひとつふたつと雲のごと浮びて それを歌にしている」という歌があるのだが、まさに自身の心の底から湧き出てくる叫びのようなものを、シンプルな言葉で次々に歌にしていったということなのだろう。そうした意味では、とても私小説的、近代短歌的な作品が多く、同じ1980年代生まれの歌人でも、岡野大嗣や木下龍也とは対照的(岡野や木下が前衛的というべきなのかも知れないが)で、また、一般的に共感を抱きやすいと言えるように思う。
若干32歳にして命を絶った歌人の、第1歌集にして遺作となった珠玉の作品集である。
(2021年12月了)