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自分の弱さに顔を覆い立ち尽くす
2001/10/13 09:04
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:読ん太 - この投稿者のレビュー一覧を見る
ある精神病院の開放病棟に暮らす人びとを中心に扱ったお話。
開放病棟では比較的症状の軽い患者が入院生活を送っている。しかし文中にはこんな文章がある。「ここは開放病棟であっても、その実、社会からは拒絶された閉鎖病棟なのだ。」そして、本のタイトルは『閉鎖病棟』となっている。
開放病棟であるからこそ純粋に精神の病を治す目的からはずれた人達が多く存在している。入院以来家族や親戚から見放され、もはや帰る家も術も持たない人。戦後の中国から命からがら帰って来て、日本で苦労に苦労を重ねたが最後に行き着いた先は精神病院であった女性。死刑執行後に命が切れずに生き残り、戸籍も名前もないままに刑務所の外に放り出された男性。
人には一時の過ちというものがゆるされるのではないのだろうか? 感情を異常に昂ぶらせて見境のない行動を起こしたがゆえに入院を余儀無くされた人たちは、多くにそれ相応の理由があるにも関わらず、精神病院に入院した時点でまるで終身刑を言い渡された罪人のごとくの存在となる。30年40年と月日は流れ、病棟から棺おけが出て行くことはあっても退院患者が出ることはほとんどない。
覚せい剤中毒で人を刺し、牢屋の代わりに精神病院に送られた元やくざが患者達を震え上がらせる。暴行を受け、恐喝された患者達を救う者はいない。精神病院内で起こったことは、「精神病患者が起こした事」として警察も取り合ってくれない。
「掃き溜め」という言葉が頭に浮かんだ。そして、掃き溜めには皆寄り付かず、側を通るにも首をのけぞらしてなるたけ距離を置いて通ろうとする。
だれも手を差し伸べない掃き溜めから自力で這い出すのは容易なことではない。しかし、本書では虐げられた者同士で救いあいながら、血の出るような心の痛みに涙を流しながらも、本来自分達が在るべき場所へと向かっていく様子が描かれている。
読み進めるのが辛かった。特に異常な世界を描いたものでないがゆえによけいに辛かった。読んでいるうちに、特別養護老人ホームに入院している祖父のことを重ねて考えていた。私を見分けることもできない祖父を長い間見舞っていない。
最後に私的な文章を残そうとする私は、だれかにゆるしを請おうとでもしているのだろうか。「人でなし!」と、作中の、患者を見放した家族に対して発した私の言葉が、そのまま自分に跳ね返ってきた。
「閉鎖」している/させているのは何か
2023/08/26 23:15
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投稿者:BB - この投稿者のレビュー一覧を見る
山本周五郎賞を受賞した帚木蓬生さんの長編。何年か前に映画化されたのを機に再読。映画は時代を現代に近づけ、秀丸が軸に描かれていたが、本作では戦後そんなに時間の経っていない時期。チュウさんを主人公に「閉鎖病棟」の群像と事件を描いている。
戦争の傷、社会や人の心にあるさまざまな壁、法律、医療・・・。本書の問いかけは幅広く奥行きがある。精神の病としてひとくくりにされている側から見る世界、「境界」を作り、「閉鎖」しているのは何なのか、誰なのか、考えさせられる。
曖昧になる境界線
2022/01/10 22:32
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投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
果たして「異常」なのは病棟の中か、それとも外の世界の方なのか。患者たちへの真っ直ぐな視線と、鋭い問いかけが胸に刺さります。
非常に共感を覚えた
2017/09/26 16:18
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投稿者:koji - この投稿者のレビュー一覧を見る
初見の作家さんです。
書店でよく作品は目にしていたのですが今まで読まず嫌いしてました。
非常に共感を覚える作品でした。
精神を病んだ人を自分たちの社会から暮らしから遠ざけようとする気持ちは、障害者を見て見ぬ振りをするこの国に住む者たちの精神構造と同一でしょうね。
差別している自覚さえない者が許されるとは思いませんが、それを責めることのできる者もまた数少ないのが実情でしょうか?
この作品の中で作者は際立って精神病患者への差別を糾弾しているわけではありませんが、淡々と入院患者を一人の人間として描いておりそこに強い共感を覚えたのでした。
よく部落問題でも「知らなければ差別することもなかった」ということを主張する人がいるようですが、「知らない・知らなかった」ことが免罪符にはならないということを私たちは理解しておかなければならないのだと改めて考えた作品でした。
過去という傷
2001/05/19 11:03
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投稿者:春都 - この投稿者のレビュー一覧を見る
とある精神科病棟。重い過去を引きずり、家族や世間から疎まれ遠ざけられながらも、明るく生きようとする患者たち。その日常を破ったのは、ある殺人事件だった……。彼を犯行へと駆り立てたものは何か? その理由を知る者たちは——。
あらすじには「殺人事件」の文字があるが、この作品においてそれは中心ではない。事件が起こるのは物語も半ば以上過ぎたころであり、いわば転換点である。
では、『閉鎖病棟』の中心はどこにあるのか。淡々とした日常描写だ。それのみと言ってもよい。精神病院で生活する患者たちの、毎日の生活が淡々と描かれる。朝起きて、食事をし、思い思いの昼を過ごし、やがて眠りに就く。精神を病んでいるために、突飛な行動をする様子も描かれるものの、作者の視点はあくまで自然に、同情も憐憫も滑稽も込められず、患者たちのありのままをとらえている。とはいえ僕は実際に見たことがないから、ありのままをとらえようとしている、と言っておこうか。
しかし彼らは精神病患者である。精神病院にいるだけの理由が、それぞれにある。それはたとえば、自らの論理が周りと食い違っていることだったり、親兄弟が意識した世間体であったり、死刑執行が失敗したがゆえの行き場のなさであったりする。
彼らは病院の外に出ることを夢見つつ、けれども今の自分は様々な理由で出ることのかなわない身、それを充分すぎるほど知っている。なぜなら、我が身を持ってその理由を体感してきたからだ。それこそ物心つく前、ついてからも、彼らは常にその視線にさらされてきた。だから今、ここにいる。
理由とは、理由にせざるをえない過去のことである。彼らはその重い過去を引きずりつつ、どこまでも健気に生きている。いや、健気ではない。毎日を、ごくごく普通に生きている。帚木蓬生の筆は、同情ではなく、親しみを持って彼らを描く。現役精神科医であることを理由にあげても、そう外れてはいないだろう。
そうしてある日、事件が起きてしまう。患者が患者を殺し、彼らのよき友人であった犯人は、遠く刑務所の向こうへと連れてゆかれる。そこは「閉鎖病棟」よりももっと堅牢な場所。やがて独房から届けられた手紙によって、さらなる重き過去が引きずり出される。
閉じた生活空間でのんびりと過ごしていた人間を、閉鎖の外へと歩み出させたその手紙と過去は、あるいは救いであったのかもしれず、また試練であったのかもしれない。だが理由を知ることでさらなる「過去の傷」を負ってもなお、彼は「閉鎖病棟」から退院することを選んだ。友人を閉鎖から逃れさせるために。
その姿に、精神病患者や健常者といった別を越えた、傷を恐れぬ勇敢で真っ直ぐな人間を見た。障害者だから真っ直ぐな人間だ、などという偏見は持ちたくもないが、そのとき確かに僕は見た。
物語のラスト、裁判の席で彼が懸命に放った言葉は真っ直ぐに、彼の友人と、それから僕の胸を打ったのだった。