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9件
山月記・李陵 他九篇
著者 中島敦 (作)
三十三年余の短い一生に,珠玉の光を放つ典雅な作品を残した中島敦(一九〇九―四二).近代精神の屈折が,祖父伝来の儒家に育ったその漢学の血脈のうちに昇華された表題作をはじめ,『西遊記』に材を取って自我の問題を掘り下げた「悟浄出世」「悟浄歎異」,南洋への夢を紡いだ「環礁」など彼の真面目を伝える作十一篇. (解説 氷上英廣)
山月記・李陵 他九篇
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山月記・李陵 他九篇
2006/05/03 00:38
どうしてもやり遂げたいことがあるのです
9人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:くまくま - この投稿者のレビュー一覧を見る
高校の教科書に載っていた「山月記」が中島敦との初めての出会いでした。自分の理想といまある現実の間に生じる心の葛藤とやさしくも力強い描写が印象に残りました。
それから数年たって手にしたのがこの本です。もう一つの表題作である「李陵」は匈奴との戦いで捕虜となった漢の武官である李陵と、漢を裏切った(と思い込んだ)ことに対する怒りのあまり一族皆殺しを命じる武帝を諌めた司馬遷、それぞれの葛藤を描いた物語です。
それぞれが短編です。あっという間に読めます。ほんの少しでも興味を惹かれたなら、ご一読されてみてはいかがでしょうか。
山月記・李陵 他九篇
2009/09/26 02:10
常懐悲観(じょうえひかん) 心遂醒悟(しんすいしょうご)
8人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みどりのひかり - この投稿者のレビュー一覧を見る
この本の中の悟浄嘆異について
悟浄が師父・三蔵法師についてひとりつぶやくように語る。
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青白い大きな星のそばに、紅(あか)い小さな星がある。そのずっと下の方に、やや黄色味を帯びた暖かそうな星があるのだが、それは風が吹いて葉が揺れるたびに、見えたり隠れたりする。流れ星が尾を曳(ひ)いて、消える。なぜか知らないが、そのときふと俺は、三蔵法師の澄んだ寂しげな眼を思いだした。常に遠くを見つめているような、何物かに対する憫(あわ)れみをいつも湛えているような眼である。それが何に対する憫れみなのか、平生はいっこう見当が付かないでいたが、今、ひょいと、判ったような気がした。
師父はいつも永遠を見ていられる。それから、その永遠と対比された地上のなべてのものの運命(さだめ)をもはっきりと見ておられる。いつかは来る滅亡(ほろび)の前に、それでも可憐に花開こうとする叡智(ちえ)や愛情(なさけ)や、そうした数々の善きものの上に師父は絶えず凝乎(じっ)と愍(あわ)れみの眼差を注いでおられるのではなかろうか。星を見ていると、なんだかそんな気がしてきた。俺は起上がって、隣に寝ておられる師父の顔を覗き込む。しばらくその安らかな寝顔を見、静かな寝息を聞いているうちに、俺は、心の奥に何かポッと点火されたようなほの温かさを感じてきた。
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中島敦は、この世界のこと、いのちのこと、みんな分かっていたのではないかと思います。そしていつも心の奥に温かいものを灯している。この悟浄嘆異の文章を読むと涙が出て仕方がありません。
隆慶一郎と中島敦の本が読める時代に生まれたことは奇跡なような気がします。他にもこの昭和の時代は大変な人たちを生みました。紀野一義、吉田満、今西祐行。戦争の中に身を投じたこの方々の書はやはり涙が出て仕方がありません。
紹介したい本は他にもあります。
坂村真民
金子みすゞ
岩男潔
ただ、実際に戦地に赴いた紀野一義、隆慶一郎、吉田満、今西祐行 の文章は
常懐悲観(じょうえひかん) 心遂醒悟(しんすいしょうご)
という言葉を思いだします。
今、手元に資料がないので、うろ覚えで上の漢字は間違っているかもしれませんが、意味は、悲しみはふところにいだいて胸の奥底にしまっておきなさい。そうするといつかその悲しみがあなたの心を本当に深く素晴らしいものにする。というようなものだったと思います。
中島敦の「李陵」にも「山月記」にもそういうものがあって慟哭してしまうのです。
山月記・李陵 他九篇
2020/01/28 11:22
李陵・山月記以外にも沁みる作品が沢山あります
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
この文庫には、中国古典の歴史世界を題材にした作品「山月記」「李陵」「弟子」「名人伝」や、南洋庁に勤務していたころの思い出を基にした作品「環礁」、奇譚・寓意物(わが西遊記)、私小説的なもの「斗南先生」などが収録されている。「山月記」「李陵」等の作品は、よく”漢文調に基づいた硬質な文章の中に美しく響く叙情詩的な一節が印象的”と評されていて有名であり、私も好きな作品なのだが、南洋の島での思い出を綴った「環礁」や伯父のことを語った私小説「斗南先生」のような作品があることをこの文庫を読むまで知らなかったのだが、これらの作品も心地の良い余韻がありとても好きになった