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電子書籍

1973年のピンボール みんなのレビュー

  • 村上春樹
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みんなのレビュー4件

みんなの評価3.9

評価内訳

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4 件中 1 件~ 4 件を表示

紙の本1973年のピンボール

2008/02/24 22:32

村上春樹、青春三部作の二作目

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:読み人 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 このたび、私、村上春樹、初読みです。
どうしてだろう、別に避けていたわけでは、ないのですが、
やっぱり避けていたのかなぁ、、。
村上春樹さんについては、勝手に周りからの情報で
翻訳調の文体で書かれた日本文学とか情報が入り、耳どしまになり
翻訳エンター大好き人間としては、なんかJ・アーヴィングとか
(といっても、アーヴィングも一冊しか読んでいない)
J・アップダイクみたいなのだろうって勝手に思っていて
翻訳ものを好きで読んでいるのに、なんで翻訳調の日本ものを
さらに読まないといけないんだ、とも頭の片隅に意識があったのですね。
で、さっき、wikiの村上春樹のページ見たら影響を受けた作家の名前すら
違っていたという、、、。
(チャンドラー、カポーティ、フィッツジェラルド、ヴォネガットあたりだそうです)
情けない始末です。

 前置きはこの辺にして、
本作は、村上さんの青春三部作の二作目にあたります。
大学を卒業しかけで翻訳の仕事をする僕と
ジェイというバーテンと会話する鼠のお話しが
パラレルに語られていて、僕がある意味、鼠なんだろうなぁ、、とも思わされます。
で、好きだった、ピンボール・マシーン話、
部屋に住み着いた、双子の女の子の話、
過去の女性(直子)の話しなんかも、語れていきます。
  
 先ず、私が、勝手に想像して避けていた、翻訳調の文体ですが、
これは、完全に外れ、。
翻訳調ではありますが、アーヴィングでも、アップダイクでもないです。
翻訳調でもないんじゃないかなとさえ、思えます。
文章が描くイメージなんかは、大変豊かで、この辺が村上文学と言われる所以でないかと
思います。(私が、認めるまでもないのですが)
 で、青春三部作、二作目という位置付けですが
書かれた80年代の雰囲気もあるのかもしれませんが、
全体的に、本当は、社会人とし自立しないといけないのに
もうちょっと学生でのんびりしたり遊びたいというモラトリアムの雰囲気たっぷりです。
一応、印刷所で翻訳の仕事をしているのは、自立のあらわれ、
過去の名作ピンボールマシーンを懐かしむのは、玩具への回帰で
 そのピンボールマシーンが大量に眠るピンボールマシーンの墓場みたいなところに
場所に終盤の大盛り上がりで行き着くのですが、
これは、終わった子ども時代のおもちゃのイメージじゃないでしょうか、
又、鼠のほうは、最後に、旅立つのですが、これも社会人への自立でしょうか。
 ちょっと単純にステレオタイプ的に読んじゃったかもしれませんが、

 こんな風に読みました。
80年代初期の作品なので、また最近の作風は違うのでしょうね、、、。

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紙の本1973年のピンボール

2008/06/02 18:47

断片化され迂回される青春

5人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:けんいち - この投稿者のレビュー一覧を見る

村上春樹自ら認めるように、本作はデビュー作の『風の歌を聴け』と『羊をめぐる冒険』にはさまれて、地味な位置に甘んじているといえば、確かに層なのかもしれない。しかし、ここには、『風の歌を聴け』より方法論的に洗練された「青春」が描かれているし、『ノルウェイの森』をはじめとする後の村上作品の展開の萌芽が偏在してもいる(例えば、「直子」の登場)。

その上で、描かれた「青春」が、断片化され、迂回されている、その方法論と意味作用については、特筆しておきたい。つまり、ここには、謎解き=ピンボール探しという明確なプロットが仕掛けられながら、その1つ1つの意味と連関とが読者に明かされることはない。つまり、徹底して断片化されているのであり、それでいて郷愁をたたえた文体で叙述されていく。また、象徴、比喩、あるいは寓意とも呼び得る形で、「青春」の「核」が直接的には描かれないことも本作の大きな特徴であり、それは後の春樹文学の常套手段とも成っていく。端的にはピンボールがそうなのだが、そこに何かが託されはするものの、何が託されたのか、明示されることはない。

そういった意味で、本作は、読者がそれぞれの「青春」の角度を投げかけることで完成していく、もう一つの、つまりは読者の「青春」小説でもあるのだ。そこに、読者を惹き付ける魅力のヒミツがあるのだろう。

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紙の本1973年のピンボール

2019/02/22 22:20

「僕」と「スペースシップ」の出会いと別れと再会は、ラブストーリーといっても言い過ぎではないような気がする

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

「僕」と「鼠」と「ジェイズ・バー」といえば、著者の群像新人賞受賞作「風の歌を聴け」と同じ登場人物と舞台だ。発表されたのが「風の・・・」が1979年で、この作品が1980年だ。ともに芥川賞の候補になっているが受賞はしていない。1970年代前半と言えば、ゲームセンターの花形機種は間違いなくピンボールだった。私は「僕」のような腕前は持ち合わせていなかったが一時かなりはまっていた記憶がある。その後、テーブルゲームが主流になっていって、ピンボールは主役の座から目立たないわき役へと転落していく。「僕」と「スペースシップ」の出会いと別れと再会は、ラブストーリーといっても言い過ぎではないような気がする

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紙の本1973年のピンボール

2016/05/14 04:10

この小説に埋め込まれた暗喩――私の解釈

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ピザとビール - この投稿者のレビュー一覧を見る

僕と鼠と双子の姉妹が「現在」の主な登場人物。そして「過去」に付き合っていた直子。彼女とは、1969年から1973年(大学2年から社会人2年目)の間付き合って、彼女が死んでしまったということを胸の内に抱え込みながら、現在通訳をやっている自分の生活を描いている。双子、ピンボール、バーテンダーのジェイ、親友の鼠、通訳の仕事と事務所の女の子という日常の情景を詩的な文章で綴っている。

この物語を一つの大きな暗喩の提示だとすると、「スペースシップ」というピンボールマシンは、付き合っていた直子という女性を表し、最後に50台のピンボールマシンを集めた倉庫に行くというのは、彼女が現在勤めている異質な世界(夜の稼業?)に会いに行ったという解釈ができる。「スペースシップ」でゲームを行うことは彼女との性行為のメタファーだ。そう解釈するなら彼女はもちろん現在も死んでおらず、15章に出てくる傍線が引いてある部分はそういう世界に行かざるを得なかった彼女に対して、無力(経済的に?)な自分は何もしてやることが出来なかったということを表現しているのではないか。双子の姉妹について人物造形が立ち上がって来ないように描いているのは、直子への思いが強く残っているからその後付き合った女の子はそのようにしか見えなかったことを表している。

というのが私の解釈です。

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