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正直、時代が違うかなと。
細かい描写力とさくさくと読ませる筆力はサスガかもしれない。
でも、のめり込ませる何かがなくて。
旅ものにありがちな、この手の話は、
時代背景的な前提の共有か、それに対する憧れがないと難しいかも。
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グレート・ギャツビーにそっくり、と思ったら、
作者がお友だちなんだね。
何事も起こらず、
飲んで、食べて、
喧嘩して、赦して。
ちょっと場所をかえてみたりして、
ぐるぐる同じことを繰り返す。
ただ、終わったときには、
螺旋のちょっとだけ高いところにいるような。
こういうストーリーを描くのって、すごく難しいのだろう。
とりとめもない他人の日常を、最後まで読ませたんだから。
こんな日常に共感し、あるいは憧れる時代に生まれたかった。
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ヘミングウェイ自身が「失われた時代」と言われたことから起因した小説。フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」を読んでいたので、多くの方が指摘するように、作風などが似ていると感じました。
「6人もの人間が欠けてしまったような感じがした。」
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「これでなんとかなるだろう。こういうものなのだ。女を、ある男といっしょに旅に行かせる。女にまた別の男を紹介し、そいつと駆落ちさせる。今度は、こっちが出かけていって女をつれもどす。電報には「愛をこめて」などと書く。こういうものなんだ。ぼくは昼食に行った」
おもしろい小説である。会話が小気味よく続き、またよく飲み、祭りの騒ぎを眺め、彼ら自身もまたほどよく騒ぎを起こす。なによりみんな酔ってばかりだ。
キャラクターの中でロバート・コーンという人物はだれからも疎んじられていて、本人はそれをあまり気にしていないようで、まわりはまたそれを厄介がる。こういう友人関係の好き嫌いの機微を山崎ナオコーラの『カツラ美容室別室』で書いていたような覚えがあるのだけど、そちらが屈託はあるにせよそれをきちんと向き合っていなかったのに対して、この作品では喧嘩という現れたものとして描いていて、だから僕には消化しやすかった。作中で、誰が誰を殴った、誰が泣いた、去ったなどと書かれているともやもやはそんなに残らないからである。
そして、この小説の最大の魅力はスポーツ、釣り、闘牛を書いているところでもあり、『老人と海』とはまた違ったものが見えるのだった。
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上流階級の女・ブレットは奔放そうでいて奔放になれない。主人公は女を抱けなくて、アフィシオン(情熱)のない祖国・アメリカを捨てて、ヨーロッパ的価値観の中、傍観者にしかなれない。闘牛の場面が面白かった。
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読みきったーーー!初めて挫折せずに海外の純?文学読み終わった笑
理解できたかは別で。
最近の若いモンは、ってきっといつの時代にも言ってるんだろうな。
若いのは若いなりに、かっこわるくてもかっこつけても頑張ってるんだよ。
ブレットをずっと二コールキッドマン風な女性を想像しながら読んでたのに、ラストで え、髪短いの?!ってショックだった笑
旅の描写が素敵。ずーーーっとジェイクが見てたもの、きっとそのうち断片的にしか思い出せなくなるものがしっかり書いてある。
あと旅での羽振りの良さがお金ない学生には恐ろしくてしょうがなかったよ…
名作に触れられただけで満足しちゃいました☆
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友人達と連日酒を飲みながら釣りしたりフィエスタを楽しんだり、カフェに浸ったりと、読んでて途中から俺も混ざりたくなったよ(笑)
小気味良い会話のテンポが素晴らしいね。
読み終えた後に、自分も一緒に旅に参加したような充実感が残った、これも表現力の凄さなのかな。
この本でスペインに興味を持ったよ。
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フィエスタ!フィエスタ!フィエスタ!
劇中の喧騒の感じと、実際に見たパンプローナでの夜の賑わいと、テレビで見た牛追いの様子とが重なって、本を読んでる間少しドキドキした。
ところどころに出てくる地名やカフェの名前
パンプローナ
バイヨンヌ
サンジャン•ピエ•ド•ポー
カフェ•イルーニャ
ボティン
これらの単語が、特別な響きで私を揺さぶった。
多分、この話の舞台に実際行ったあとだからこそ読めた。
あとはThe sun also risesという題名の響きが気に入った。
それだけ。
"いい事も悪い事も流されるように過ぎていって、生きてるって感じ"
誰かの感想にこうあった。
あ、この感じなるほど、ロストジェネレーションってこういう事?としっくりきた。
そして自分にそれを重ねてみる。
2012.11.29
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まったくわからなかった。
ジェイクに感情移入できかなったというか、登場人物も全員好きになれなかった。
パンプローナの熱狂も読んでいてまったく伝わって来なかった。
たぶん読む時期が悪かったのだと思うで(まだ読むレベルに達していない)、
いずれまた読みたい。
草食系にはウケが悪いかもしれない?いや変に真面目でつまらない男に
はわからない小説なのかも。
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コーンの無様さをひたすら語る話かと思ったら、ブレットを巡る男たちの話だった。自分の本能のままに生きる彼女の姿が印象的。
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ヘミングウェイの処女長編。
パンプローナの祝祭とロストジェネレーション―失われた世代。
現代の失われた世代である我々からすれば多少の違和感があるのだけれど、それぞれに何かが「欠けている」という思い、その思いを酒やそのほかの享楽で埋めようとするさまは時代を越え我々に訴えかける。
ああ、祭りのあとの虚しさよ。
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アメリカ文学史の課題図書。アメリカの理想ともいえる?あまりおもしろくなくてパラパラ飛ばし飛ばしに読んだ。
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これまで出会った中で、1番好きな小説。
主人公ジェイクの絶望感がすげーヒシヒシと伝わってくる。
ブレットとの、どうすることもできない関係がせつなくて心が苦しくなる。
パリの華やかな喧騒、パリのアメリカ人たち、フィエスタに湧く灼熱のスペイン、祝祭のパンプローナ・・・どれも情景が浮かんでくる。
まず、冒頭の聖書の言葉にグッときた。
一代過ぎればまた一代が起こり
永遠に耐えるのは大地。
日は昇り、日は沈み
あえぎ戻り、また昇る。
風は南に向かい北へ巡り、めぐり巡って吹き
風はただ巡りつつ、吹き続ける。
川はみな海に注ぐが海は満ちることなく
どの川も、繰り返しその道程を流れる。
コヘレトの言葉(伝道の書) 1.4-7
「日はまた昇る」という訳は、正確な訳ではないらしく、正しくは「日も昇る」ということらしい。
実際、オレもはじめてこの小説を読んだとき、「日はまた昇る」という日本語の響きから、ポジティヴな、希望を示す言葉として受け止めていたんだけど、この小説をよく読んでみると、それは間違いで、むしろ旧約聖書の言葉のように、希望ではなく、絶望を示している。
ヘミングウェイは、ジェイクとブレットの、どうすることもできない関係を、そこには何ら希望は無いんだけど、それでもなお、繰り返されてゆく、という意味で使っている。
投げやりだけど、それでも、人は、生きていく・・・というように。
この本を読んでから旅にでるようになった。
あちこちの街で、酒飲んだくれ、メシ食いまくり、ケンカして、時々祈った。
旅から帰ってくると、また読みたくなる。
何度も読み返した。
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スペインのパンプローナで行われた、サン・フェルミンという牛追い祭りで、どんちゃん騒ぎをする男達と女の話。
そしてとにかく毎日飲んでばかり。
「失われた世代」と呼ばれることになった発端の小説のようだ。
途中、男二人でマス釣りに出かけるシーンがあるが、私にはそのシーンこそが一番印象的だった。
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なんとも言えないさわやかな読後感。
若干のもやもや感は残っており
もう一度時間をおいていつか再読してみたい。