紙の本
小さな夜行性草食動物の一心さ
2010/08/01 20:19
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:analog純 - この投稿者のレビュー一覧を見る
さて、今回の作品『おはん』ですが、一読、谷崎潤一郎の影響が明らかです。
例えば、こんな文章です。
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「ふん、いややて? 一しよになるの、いややて?」とあとさきもなう声たてて言ひますと、おはんは、
「あんさん、何いうて、」と言うたかと見る間に、いきなり私の胸もとへ跳びかかつてまゐりました。そのまま顔よせて、ひーいイ、ひーいイと声たてて泣きはじめたのでござります。
そのぬくとい、湯のやうな涙のわが内懐を伝うては流れるのが、なにやら肝にしみるやうに思はれてきましてなア、
「はあ? うれしいか? うれしいと言うてくれ。おオ、泣け、泣け、」と私はおはんの背を抱いたまま、気が違ふやうになつて申しました。
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この文体は、やはり谷崎潤一郎の諸作品、『卍』『芦刈』または『猫と庄造と二人のおんな』などに酷似しているように思うのですが、小説の場合は、文体・設定酷似だけでは、なかなか簡単に言い切れないでしょうかね。
事実本作は、途中までは谷崎諸作品の影響下にある感じのままに進んでいきますが、終盤思わぬ展開になり、私としては少しびっくりしました。
簡単にまとめますと、二人の女に愛されてその真ん中で全く無意志的に踏ん切りのつかない、男女関係にだらしない男を描いた作品です。
中盤から終盤にかけての話のポイントは、この男の「だらしなさ」「無意志さ」具合にあります。
それは誠に、徹底的なもので、二人の女に挟まれて、実際ここまでだらしなくいられるものだろうかとは思いつつ、しかし、そこには妙なリアリティがあったりします。
そのだらしなさが終盤に向かって加速度的に募っていって、果たしてどうなるものかと思う時、ふっと体の浮き上がるような浮遊感を覚えます。
あ、これは、シュールレアリズムだなと、筆者の意図がそこにあるかどうかは分からず、私は思いました。これは一種の、やはり、小気味のよいような心地よさの感覚でありましょう。
そして、本当の終盤、一つの大きな事件のあと、タイトルにもなっている「男」の別居中の妻「おはん」が、「男」に一通の手紙を送ります。
この手紙が、何といいますか、実に引き締まった最後の展開となってゆきます。
例えばこれは、小さな夜行性の草食動物の一生懸命さ、そんなイメージが浮かびます。
何か理にかなっていない、だからその分不思議で気味の悪い、しかしせっぱ詰まった懸命さ、真剣さが感じられます。
この感覚、あ、どこかで読んだ、と思い出しました。
太宰治『女の決闘』
あの、身も蓋もないような殺風景な、しかし神々しいという言葉でまとめても決して間違いではない「女の一生懸命さ」と同様のものが、本作読後私の心には残りました。
やはりこれは一種の深い感動であろうと、私は静かに思うのでありました。
紙の本
幸吉のことは、すきになれない
2019/01/28 12:30
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投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
1984年に、おはん(吉永小百合)、幸吉(石坂浩二)、お加代(大原麗子)という豪華キャストで映画化されている。この映画については未見であるが、配役を見ただけで「はいはい、そうゆうことなんでしょう」と想像できる。吉永小百合のおはんはとことん健気で、大原麗子のお加代はとことん気が強い、石坂浩二の幸吉はとことん情けない。幸吉の情けなさは、田山花袋の「蒲団」の先生や近松秋江の「別れたる妻に送る手紙」の男などのダメ男を主人公にした物語の系譜にあるものかもしれない。でも、幸吉のことは先生のようには好きにはなれない
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控えめなんて言葉が生ぬるいような女が主人公。愛人に心変わりした旦那を見て、妊娠中に実家に退いた。二人の女を揺れ動く優柔不断な男と女の物語。
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いいなああ!!
文章がうますぎる!!
ひきこまれます。
しかし、おはん。
貞淑すぎ!貞淑すぎでしょ〜!?
愛人に夫をとられた妻おはん。7年ぶりに再会した夫に恨み言一つ言わないで抱かれる。何ー?!
男が再びヨリをもどそうと言い始めると愛人に遠慮してみたり、どうにも押しが弱い・・・こんなダメ男になぜっ!
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文句なしに、大好きな本です。
10年もかけて書かれているのに、最初から最後までブレていないのがすごい!!
関西弁に似た独特の語り言葉も、とても美しいと思います。
男性の声で、朗読してもらいたいです。
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加納屋が“おはん”と“おかよ”へ揺れ動いた心情を語っている。
加納屋がおかよさんへ夢中になっている時、おはんは妊娠して子供を産んだ。
失ってから自分の気持ちに気づく。
わかったときにはもう遅い。
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読んでて途中イラってするんですが、人間だもの、っていう気分にもなる不思議な作品。10年の歳月が流れていると思えない破たんのない作品です。
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のらりくらりとした花屋の店の主人、前妻と今の妻への気持ちが、風のようにコロコロと変わっていく様の描き方・・・
すごいよぉ~。
男が誰かに告白しているような形式なんだけど、その文章はまるで散文で、川の流れのように、片流れの日本画の様。
もって回った京言葉も、なんだか雅やかです。
一人の優柔不断な男として、自分の気持ちに素直なんだけど、はたしてそれは世間や他人様に対してどうなのか・・・
まぁそこは置いといて、、
ハッと突然様変わりし、自分で自分の気持ちがわからない、そんな男の、、人間の不思議さ、心もとないいい加減さ、その気持ちに裏打ちされた無責任な行動が・・・なんだか悔しいけど愛しい、そんなお話でもあります。
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”(元)妻のおはん”と”愛人のおかよ”との間で揺れる、優柔不断なバカ男の話。
昔言葉なので多少読みにくさはあるが、男の語り言葉の柔らかさと美しさは秀逸。
こういうダメな男って、捨てられないんだよなぁ~と思いながら読む。おはんの気持ちはわからなくもないが、哀れでちょっと怖い。
子供のためと思ったことが、結局は死なせることになり、自らも男の前から姿を消してしまうことに。うそつき男を信じたばっかりに。
男もおはんも、おかよも欲深い人間だったが、一番欲が深かったのは、おはんだったのでは。
手紙だけ残し、姿を消すところも『私を忘れないで』と
念を押しているような感じで恐ろしい。
主人公の男も、おはんから男を奪ったおかよも、どうしようもなく業の深い人間なのですが、なぜだか私にはおはんが一番業深い女に感じられる。間接的とは言え、両親のごたごたのせいで小さな命を落とした息子についても、「亡うなりましたあの子供、死んで両親の切ない心を拭うてしもうてくれたのや思うてますのでござります」とさらっと言ってしまう怖さ。
どうしようもない人たちばかりなのに、なぜか感情移入できてしまう、宇野千代さんの名作だと思う。
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男のずるさにいらつきながらも何一つ捨てられない気持ちに共感し、おかよの強い自我にあざとさを感じながらも一途さにあこがれ、おはんの怨まぬ姿に哀しさを感じながらも美しく目に映る。傍にいることをあきらめて男の永遠の女性になるなど、私にはできそうにもないけど。
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昭和文学の古典的名作とうたわれた著者の代表作(らしい)。10年をかけて書き上げたとは思われない作品全体の統一感にも高い評価がなされている。
これは、もと女房の〈おはん〉と、芸妓の〈おかよ〉の間で、優柔不断に揺れる男の懺悔である。「しがない男でござります」と自虐的に語る男の独白に引きこまれ、ふんぎりの悪い男を責める気持ちがわいてこないのが不思議である。〈おかよ〉は芸者屋を切り盛りして男を養うたくましさと、「あては男がいるのや、男がほしいのや」という強い独占欲を持つ女。〈おはん〉は平凡な、しかし男の優柔不断に振り回されてもいやみなく「仕合せ」と言えるような、男にとって理想的な女として描かれていく。物語の中盤から徐々に現われる悲劇的終末の予感の描き方が、うまい、と感嘆。
☆野間文芸賞
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平成9年に重版されたものを読んだんだけど、旧仮名遣いだったり昔のままの難しい漢字だったりでびっくり。
こういうのって、現代風に直して出版するのかなぁなんて思っていたもので・・・。
題名は「おはん」だけど、んー、それだったらもっとおはんのことをたくさん知りたかったな。
男の優柔不断さはよくわかりました。
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文章・構成は上手いとは思うが、話自体に深みが感じられない。
男の生態を女性が男性主人公を使って描くということだろうけど、切り込みがあまりに不足している。
かといってストーリーテリングの妙があるのかと言われれば、そんな世界とは縁もゆかりもない。
これが浄瑠璃的・古典的世界というならそれで良し、当方と交わる世界ではないということでしょう。
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2013/02/10読了
岩国の女性作家 宇野千代による小説。
著者の遍歴が反映されている小説とも言えるだろうか。
読者が、男性か女性かで評価は大きく変わるかもしれない。
私の視点から見れば、まさに「女性」を体現するものであろう。
二人の女性の狭間で揺れ動く男の気持ちにはやはり共感しにくい。ただ、求めようとすること、女性らしさや生活とかよりも、自分(男)の尊厳を追求しようとすることは、まあ理解できる。
宇野千代のこうした、性別を介せず物語に昇華できるのは凄いことだろうな。
おはん、おかよ、翻弄された二者。
手記ではなく、語るという形式により、この男の人間くささ、もといヘタレ男具合が、ここぞとばかりに滲み出ている。
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広島山口旅行課題本その一
いくらなんでもこんな男には共感できないです。
妻と愛人との間で揺れ動く…というより、どっちも選んでなくて、結局自分可愛いだけ。
“浅ましくも、哀しい男の懺悔”とありましたが、いやいや、懺悔してないでしょあんた。
あとがき読んで気付いたことに、恐らく宇野千代自体が合わないのかもしれません。
宇野さん独自考案という方言は味があって良かったです。