紙の本
新三河物語 下巻
2021/01/06 18:37
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投稿者:雨読 - この投稿者のレビュー一覧を見る
三河徳川家に関する歴史に興味があり、宮城谷昌光氏の長編小説ですが大変面白く拝読できました
紙の本
「一将功成りて、万骨枯る」
2009/01/20 19:15
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:安之助 - この投稿者のレビュー一覧を見る
大久保彦左衛門といったら、小さいときに見た東映映画の「一心太助」のわき役が最初の印象で、次いでは山本周五郎の『彦左衛門外記』の主人公もろくなものではない。どちらも、頑固または偏屈な年寄りという印象だった。後になって『三河物語』を著者だと知ったが、自分では原書を読む気はないから、おそらく『三河物語』に書いてあるのも「彦左衛門の愚痴が詰まった」ものだと思い込んでいた。それを宮城谷昌光が、本書で修正してくれた。
宮城谷の著書は、おおむね“タネ本”となる史書がある。得意の古代中国を舞台にしたものがそうであり、その“タネ”を膨らまし、肉付けして、ときには想像で補う。本書は彦左衛門が『三河物語』を執筆するまでを記した作品である。
徳川家康の天下取りに、大きな寄与をした大久保党(一族)の忠誠心と活躍。それが、『新三河物語』の主題であり、彦左衛門が主人公。ただし、彦左衛門が活躍するのはかなりの後半。ちょうど同じ宮城谷昌光の『晏子』(新潮社)が、主人公は晏嬰にもかかわらず、父の晏弱にかなりの筆を割いていたように、最初に活躍するのは大久保党の一世代前の面々。最初の章の桶狭間の合戦では彦左衛門(幼名・平助)は、生まれてすらいない。
彦左衛門は案に相違して文化面ですぐれていたようだ。それは『三河物語』を著したことでも分かる。ただし、文人一辺倒というわけではなく、16歳で初陣を飾って大阪夏の陣まで、戦いに臨んでいたのだから、「文武両道」と言ってもいい。夏の陣の際には槍奉行を仰せつかって、使命を全うしているのだ。
「忠」とは何だろう。大久保党は一族を挙げ一途に、徳川家康の天下取りに、従ったのに、それが果たして報われたといえるのだろうか。「一将功成りて、万骨枯る」-彦左衛門のような才人がいないために、人知れず歴史に埋もれた旗本は、結構いるのだろう。
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一心太助は出てこないものだと思っていたのでちょっと驚いた(笑)
家康が大久保忠隣を斥けさせたのは絶大な力を持つ権臣を排除したかったという面もあると思うけどね。
まあ、どちらにしろ家康も天下を獲ってからは秀吉と変わらんのよ。
だから、信長、秀吉、家康の三人は好きになれないのだよなあ。
あと、真田昌幸には沼田は絶対に必要な地だったのだと思う。
そうでなければ昌幸ほどの者があそこまで土地に固執するなんてことは考えにくい。
ともかく、大久保一族という視点でみる徳川の歴史というのは面白かった。
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「テンペスト」酷評しましたが口直しに宮城谷ワールド。
宮城谷氏の小説は浄化作用があります(笑)
2008年を締めくくるのにふさわしい読書となりました。
宮城谷氏は常に信義と倫理を重んずる主人公を書かれます。
今回は『風は山河より』に続く日本を題材にした歴史小説の第2弾で、
主人公は大久保彦左衛門です。
宮城谷氏の小説を読むといつも清新な気持ちで自己を振り返ることができます。
「おごらず誇らず寡欲であれ」
なかなか難しいことですがそうありたいと思っています。
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大久保一門が余り報われなくて悲しかったです。
介子推を思い出しました。
天下統一を果たした頃からの家康はちょっと好きではありません。
それまでの家康がとても好きだったので。
平助の『三河物語』を読んで、秀忠と家光は何を思ったのでしょうか。
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中国歴史小説の第一人者である、宮城谷昌光が、日本の戦国ものに挑戦した傑作です。
家康の三河時代からの譜代の家臣団を大久保家の立場から描いています。
謀臣・本多正信が三河一揆に加担し、諸国を行脚してまた復帰する際、大久保忠隣に世話になりながら、後年、政敵として対峙します。
もちろん、大久保彦左衛門も登場しますよ。
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“大久保彦左衛門”
宮城谷ワールドの中では珍しい日本史。徳川家譜代の大久保家を中心に書いてある。彼らしい切り口だと思う。大久保家の忠義。自ら夢を立てるものと、人の夢に共感しついていくもの。彦左の生き方は後者だ。美しい生き方だと感じた。
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あとがきに「『三河物語』をよく読めばわかるが、それは自己顕示の書ではない。むしろそれは忠世、忠佐などの兄たちをまえにだして、自身がうしろに退いている書である」と書かれているのを読んで、主人公・大久保彦左衛門忠教(平助)の書かれ方が腑に落ちた。ただ、とはいえ下巻までくると、平助の颯爽たる人格が、抑えがちとはいえ表舞台に出てきて小気味良い。
日本を舞台にした、作者のもう一つの長編『風は山河より』も読んでみたい。
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晩年の家康に大久保家が潰されそうになってから、三河物語を書く事になるまで~信州平定を任された忠世が秀吉と結んだ真田と上田で対峙し、小諸を巡る争いと信康に関する信長への讒言を巡る恨みから来る徳川方の内紛、秀吉との決戦を意識し始めた家康が忠世を呼び戻し、依田が籠もる小諸城に残った平助は、一枚の立て札で真田の攻撃を避け続ける中、地震の影響から徳川と豊臣の講和がなる。秀吉の風下に居たくない北条は総武事令が出されている中、沼田を求め続け、上洛を拒否し、真田の持つ名胡桃城を攻め、遂に秀吉を小田原に引き出してしまう。家康は江戸に移住し、忠世は4万5千石の小田原の復興に奔走し、忠隣に与えられた2万石の内の2千石が忠教に与えられた。秀忠に付けられた忠隣は関ヶ原への遅参の責を問われ、本多佐渡守正信からの嫌がらせも本格する。大御所として権を震う家康は耶蘇取り締まりという口実で忠隣を京へやり、謀反の疑いを掛けて小田原大久保家を取り潰した。彦左衛門も領地を千石に減らされたが、知行地で三河物語を書き始める。大坂では窮地に陥った家康の元に駆け参じ、知行を倍増させ、江戸の大久保屋敷には大御所となった秀忠と将軍となった家光もこれを読みに来た~新聞への連載終了直後に新潮社から単行本になる!下書き用の原稿用紙が作られなくなって清書用の原稿用紙に書かざるを得なくなった2008年の作。秀吉の唐入りには全く触れていなくて、少なくとも大久保党は関係ないってことなのだろうか?
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2023.6.10 読了
とうとう読み終わりました!
長かったし、なんか文体が
自分と合わなくて、ちょっと読みにくく
なかなか進まなかったけど、
終わりました。
家康の重臣の大久保一族の話ですが、
これは 違う重臣、もしくは家康の
別の話を読んで比べてみたい。