紙の本
「括弧の恋」に仰天
2018/05/28 05:03
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投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
ワープロが一般的だった当時の世相が思い浮かんできました。新しいタイプの文学を求めていた、著者の姿が微笑ましかったです。
紙の本
言葉の魔術師・井上ひさし
2012/04/19 14:02
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
井上ひさしさんが亡くなったのが2010年4月9日だから、もう2年経つ。
それでいて、こうして新しい本が刊行されるのだから、井上さんの人気が根強いことに今さらながら感服する。
もし、井上さんが生きておられたら、東日本大震災のことや原発事故について、どんな発言をしただろうか。広島の原爆の悲劇を戯曲化した『父と暮らせば』で生き残ったものの苦悩と悲しみを描いた井上さんだからこそ、被災地や被災された人々に寄り添った発言をしただろうと思う。
もしも、というのは歴史のなかで何度も繰り返される仮定だが、やはりあの震災のあとの井上さんの発言を聞きたかった。
本書には、日本語にも造詣が深かった井上ひさしさんの、言葉を題材にした短編7篇が収められている。
冒頭の「括弧の恋」は井上さんらしいユーモアにあふれた作品である。
ワープロ全盛期に書かれたものだが、文書作成がパソコン主体になった現在でも通用する。
キーボードの中の「「」と「」」が恋物語に、さまざまな記号たち(例えば「¶」や「!」や「?」)がそれぞれの個性? を発揮するドタバタ活劇である。
発想だけなら思いつきそうな人もいるだろうが、記号独自の個性を描きつつとなると至難の芸当だろう。
「言い損い」、「言語生涯」は言葉のいい間違いをコミカルに描いた作品。
誰にでもあるいい間違いをからかっているようなつくりになっているが、井上さんはそのことを蔑んでいるのではなく、いい間違いが起こる言葉の面白さを描いてみせたのだろう。その一方で、間違った日本語の使い方に警告を発しているともいえる。
「五十年ぶり」は方言研究者を主人公にして、方言の魅力を存分に描いた一篇。
こういう作品を読むと、やはり今回の大震災で被災された東北の人たちへの井上さんの熱いメッセージを読みたくなる。それが叶わぬこととわかっているが。
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言葉に関する短編集で、納得するようなしないような話ばかり。
最初の話はとにかく読みづらかったです、何せ登場人物(?)が
記号ばかりなので、記号として扱ってはいけない、と脳内大混乱。
耳鳴りに関しては、こういう医者いるな、という感じでしたし
方言の話はかなり面白かったです。
言語ってすごいな~と思わせるものがありましたが
物語として読む分には…何だか物足りない気もします。
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よくぞ
単行本化してくださいました
急逝されてから
もう二年が過ぎようとしています
今更ながら
「言葉の魔術師」であること
そして その博識と言語運用能力の凄さに
驚くばかりです
読めば読むほど
次なる作品を…
と 思ってしまいます
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言語に関する話が7つ。
だから『言語小説集』なのか…。
『言い損い』は誰にでもあるけれどこうも頻発すると笑って済ませるというわけにもいかなくなるのかも。わかってくれる人がひとりでもいると救われる。
『五十年ぶり』人の話し言葉を聞き分けて出身を言い当てる。方言の研究をしていれば普通のことなのか? 50年前に会った人をそれで思い出すなんてね〜。よほど気に入らなかったんだろう。
『見るな』マレー語の面影が残る言葉。本当にそんなことがあったら暗号みたいではあるな。
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2012.8.15読了。
珍妙なんだけど、そこまで奇天烈なことをしてないように見えるのは井上先生の人となり によるものなのか。
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一番新しいのが1995年じゃ古いお話になってしまう~「括弧の恋」括弧が出てくるまでに3秒掛かり,閉じ括弧は5秒掛かる・・・ワープロの中で記号同士が揉める:「極刑」小劇団で意味不明な台詞を憶えさせられた女優は正気を失って:「耳鳴り」バンドで作曲も担当する若者が人形劇のテーマソングを聴いてから耳鳴りがするようになり作詞家に報復を:「言い損い」女性を目の前にすると言い損ないをする男と母は特別な関係が:「五十年ぶり」戦時中に方言を調査に行って福岡で拷問に掛けた特高警察と料亭の雪隠で再会し小便を掛けて恨みを晴らす:「見るな」東北の山奥にマレー語起源の言葉があるのは:「言語障害」駅員がアナウンスで知らず知らずに駄洒落を語るのは母に逃げられ掛けた父親の駄洒落好きが影響しており,自分が父親になることを妻から知らされたからだった~ワープロの記号の話は面白かったが,ワープロ機なんてもう15年以上見ていないから懐かしさだけ・・・いい着想なんだけど,いかんせん話題が古い。遅筆が祟ったのではなかろうか
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小説家・劇作家・放送作家として活躍した著者の短編「括弧の恋」「極刑」「耳鳴り」「言い損い」「五十年ぶり」「見るな」「言語生涯」の七編が収録。
括弧の恋とは「」の恋・・・
一緒に言葉遊びがしたくなる1冊です。井上ひさしさんの集大成といえる作品をぜひ、大笑いで読んでみませんか?
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筒井康隆さんが絶賛した抱腹絶倒の「括弧の恋」を含む言語を題材にしたシュールな7話が納められた短編集。実験的なもの、寓話風なもの、そしてスラップスティック調のものとその形式は様々ですが、一貫しているのは言葉というものに対しての客観的な視点で、、まさに帯にある「言語による演劇」というコピー通りの作品集であると言えましょう。交遊があった筒井さんの断筆以前の作品群とも共通する要素があるので、筒井さんのファンも必読でしょうね。
取り上げられている題材は意味を持つ言語体系のあり方、また、音声と意味体系のねじれ、言語の普遍性、関連性といった言語学の根幹を為す問題でありながら、それを笑いに変えたり、民俗誌ぽく変換したり、あるいは臨床医学風に仕立てあげたりと、その手法もまさに井上さんの面目躍如たるところでしょう。そして笑いの中に何気なく織り込まれているのが言語の暴力性。それは個人にしろ権力にしろ言葉を使うという行為に対しては必ず付随するものであって、読了後は言葉あるいは表現というものにちょっと注意を払うようになりました(笑)。
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1990年代前半の小説集だから、かつて、読んだことのある作品であることは間違いないのです。だから、、すべて、再読ということになるのですが、改めて、井上さんの面白さ、奥の深さを堪能しました。
言語の持つ魔法、社会の基盤となる存在意義。言葉の素晴らしさと、それを操るものの素晴らしさと。
「言い損ない」はあまりに切なく、どうなるのかと……。この切なさの解決も、井上さんらしいな〜、と懐かしく思い出しました。
新作が読めないので、こうやって、過去の作品を読み直しては新しい感慨に浸るのですね。
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(図書館1月26日借出)
タイトルそのまま言語を素材とした7つの短編小説集。
文法、記号、言語障害、方言などいろいろな言語にかかわることを主役や味付けにした話ばかりで興味深い。
いまやすっかり過去の遺物になってしまったワープロの機械内を覗くような「括弧の恋」はワープロを使っていた当時をなつかしく思い出させる(ほんとうに、変換に時間のかかるキーがあったっけ、と)。人間から言葉をとりあげる非道を描いた「極刑」もすごい。日本語の起源に迫る「見るな」のどんでん返しにもおどろかされた。
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地味だが、井上ひさしらしい本という感じもする。ブンとフンなんかでも見られた言葉遊び、言い違いなど言葉をたくさん知ってる作家ならではという感じ。ちょっと野田秀樹も連想。
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短編「言い損ない」どう締めくくるのかと思ったが、ほのぼのした終わり方でGOOD。「五十年ぶり」味がある。「見るな」落ちが洒落てる。「言語生涯」言葉遊びが上質。