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どこかモヤのかかったような物語の中、やけに彩りを放つ人達が現れながら話は進んでいきます。
モヤの向こうに何があるのかはあまり気にしないのもよし、想像するのもよし、いつか月日が経ったらまた読み返したいと思います。
「書く」ことで残る何かについても考えさせられました。
自分も何か書いてみたくなりました。
できれば赤いノートに。
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あたかも探偵小説の様相で始まる物語。
人間は「思い込み」という卵の殻を破れないもので、見えない真実にやきもきせずにいられなかった。
『ムーン・パレス』の主人公が、物の形が文字どおり「目に浮かぶほど」詳細に述べようとしたのと同じくらいの精緻さで状況が描かれていてなお、最後まで分からないままだなんて…
それなのに、こんなに面白いなんて…
さすがポール・オースター。
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本日読了。
この街も人も世界も、少しずつ自分の知覚から冷たくはがされ、自分自身からは実存の証さえ希薄になっていく。
追い求めていたはずの誰かと自分との区別も曖昧になって、孤独を孤独とすら感じられぬ絶対的な孤独だけが残される。
そんな物語。
前半は探偵小説風の体裁がとられている。
謎解きの好奇心で物語に誘いこまれる。
しかし、読み進めるうちに、薄暗の出口無き迷路に閉じ込められてしまう。
村上春樹に比較される事も多い小説家で、強迫的なまでに孤独や喪失のモチーフを繰り返すなど、確かに共通点も多いと感じる。
でも、オースターの描く、否、抱える孤独は、もっと深遠で、感傷よりもずっと絶望に親しい。
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「そもそものはじまりは間違い電話だった。」
雑多な人々が暮らすニューヨーク。そこで孤独に生きる作家クインの身に起きた、まるで万華鏡のような物語です。出だしはハードボイルド・テイストと思いきや、次第にオカルト・ミステリー・テイストも加わって、これが映画ならぞくぞくするような展開なのですが、よほど上手く結末を持っていかないと、映画の観客には許してもらえないような・・・。(笑)
主人公のクインが様々な仮面を被り、幾重にもスライドする可能性がある個人という趣向はなかなか面白いです。また、人生を孤独に生きていると思いきや、お茶目ぶりや没頭していく様など性格設定的にもなかなか親しみが持てますね。(笑)それに登場してくる個性的な面々。破天荒な話ぶりの調査依頼主に加え、尾行対象の破天荒なふるまいにどんどんと物語に引き込まれていきます。そして深まる謎・謎・謎・・・。
繰り返される街の描写に、そこに行き交う人々、メシ屋の雰囲気にニューヨーク・メッツの話題など、書名のごとく透き通るように描かれる街・ニューヨークの片隅でクインが出くわした事件には、ジャズ・トランペットのBGMがよく似合っています。
物語の方はだんだんと錯綜の度合いを含めていき、ポール・オースター本人(?)が語るドン・キホーテ論とのパラレルな世界の中で、幾重にも施される主体の転回が読者を幻惑させ、一層、万華鏡の迷路の世界へ引きこまれていくかのようです。
世の中とそれまでの個から分離すると一体どこへ向っていけるのか・・・?謎なんてさして重要なものではないのかもしれない。
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ニューヨークに生きる作家クイン。彼のもとにかかってきた電話。彼を探偵のポール・オースターと信じてかかってくる電話。依頼人ピーター・スティルマンの語る生い立ち。ピーターの命を狙うというかピーターの父親スティルマン。小切手を受け取りスティルマンを
探すクイン。スティルマンとクインの会話。消えたスティルマン。本物のオースターに依頼するクイン。クインの世界。
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ピーターの語りはだめだよ。
読んでるうちに眠りに落ちたが、すごく混乱した嫌な眠りだった。じぶんが本当に狂ってしまったかと思った。
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訳書らしい、透明感のある綺麗な文章の作品。
最終的に何かが解決したり解明されたりする訳ではないが、後味の悪い読後感ではない。
不思議な話で、他のポール・オースターの話も読みたくなる。
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「鍵のかかった部屋」、「幽霊たち」、と「ニューヨーク三部作」を読み進めて(順番逆だけど)きて、本作。とても面白くてのめり込むように読んだ。主人公クインがそうであったように、読者である私もたびたび思考は彼方へと飛んでしばらく彷徨った。おかげで通勤電車はあっという間に目的地に着いてしまう日々。
はなから妻子を失っているクインがさらに全てを失っていくさまにぞっとしたが、不思議と彼は、失えば失っていくほど純化していくようだった。失っていくということは、変化していく過程であり、常に変化していく状態こそが本当の自分であるとしたら、彼は失っていった分獲得していったのだろうか。
クインの、そして私たちのいくつものエイリアス。それは不器用な人間の生きていく知恵だが、たまに、全てを捨ててしまいたくなる時もある。全てを失い、しかしどこか満足気に都市に溶けていった彼は本望だっただろうか。彼にはもう幸せなど意味が無いかもしれないけれど。
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そして、何より大事なこと-
自分が誰なのかを忘れないこと。
自分が誰だということになっているかを忘れないこと。これはゲームだとは思わない。とはいえ、はっきりしたことは何もない。
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柴田元幸の訳による、ポール・オースターのニューヨーク三部作の一作目。探偵小説、と言えるのかどうか。ある作家の元にかかってきた間違い電話から始まったある事件の捜査。果たして謎はとけたのか?事件は存在したのか?なんとも不思議な小説である。しかし面白いから困ってしまう。
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アメリカの著名な作家のNY3部作ということで購入。作家本人と登場人物、主人公が作家でその作品の登場人物などが複雑に絡み合う、探偵小説っぽいが不思議な読後感。
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ニューヨークという大都会に行き交う、何か不思議な縁。さりげなく、透明で、不思議な、ニューヨークの心象風景とでも言えばいいのか。赤いノートがクインの生きた証として、妙に心に残る。このノート、モレスキンの赤いノートかなあ、と、勝手な想像をした。
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何だったんだろう、この小説は。
一切の謎が解かれぬまま、最後のクインが感じていたであろう虚空の余韻と、“今まで綴ってきた私とは誰なの?”というまた新たな謎と共に消えていった。
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探偵小説の皮をかぶってるオオカミみたいな作品かなあ。オオカミまで行かなくても、我が強くて人なれしないネコが正体として皮をかぶっているようなイメージでも持ってもらうといいのかな。本性としては、探偵小説ではないです。では、なにかと問われると、もう、ポール・オースターというジャンルだとしか、僕のように現代小説を読んだ経験の浅い人には言えないですね。アメリカ的な純文学とでも言えばいいのか。時折出てくる内面描写が秀逸で、「そういう気持ちわかるわー」と思う箇所がいくらかありました。なかでも、とある作家の家族と主人公が逢う場面で、家族という温かさに疎遠な主人公が、その作家の家族愛の幸福さを目にして、「食中り」ならぬ、「幸せ中り」を起こすところが僕には共感できてしまった。何気ない描写も、すんなり気持ちに入ってきて、著者は詩人でもあるとのことなので、そのあたりのセンスなのかもしれないです。
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この小説、括りはミステリなのだろうか。著者はミステリにカテゴライズされることに不満を持っていたらしいけど。
不思議な物語だった。
問題が解決されないまま終わるのはミステリ的じゃないけれど、つくりというか、物語自体に大きな仕掛けがあって、それがすごく面白かった。
読み終えたあとの余韻。
空虚感?
空白感?
何にも残らないのに、しばらく引きずるような感覚。
…感想になってないけど今回はまぁいいか(笑)
この著者の他の小説も読んでみたい。