紙の本
相手の異常性に気づくには
2021/11/07 03:01
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:寺内町亭小天狗 - この投稿者のレビュー一覧を見る
自分と相手の価値観が違うのは、成熟した大人は理解できる。それぞれ発達課題の発達段階で課題を克服しているからだ。しかしながら、生活環境がそれぞれ違うにも拘わらず、誰が見ても“あの人は、どこか可笑しい”と判断をくだす。その判断は、言動行為に「異常性」があるからです。その相手=本人は自分の異常性に気づかない、【病識欠如】がある。本書は、【病識欠如】かある患者の事例を挙げています。また、なかなか読み応えがあります。[文庫版あとがき]に、《医学部や看護学部などの医療福祉系の学部を志望している若者に、ぜひこの本を手に取ってもらいたい》と述べています。私に云わせれば、心理学を学んでいる者も読んでもらいたい。
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この著者もどうだろうと思ったけれど、異常と正常を分けるのは難しいと思う
あと、題名には少々騙されたかも
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本屋で見つけ、図書館でリクエストした本です。
色々な精神疾患を例に挙げて「病識」に関して書かれています。統合失調症、うつ病、双極性障害、認知症、発達障害、自己愛性パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害について書かれています。
どれも典型的な分かりやすい例が上がっていて、読みやすく分かりやすい本でした。
私も双極性障害という精神疾患持ちなのですが、病識と言うと一応「脳の病気である。」という事は認めています。ですが、調子が良かったりすると「あれ?私、実は病気ではないのでは?」と思ってしまう事もあります。ですが、薬を飲んでいるからこそ保たれている現状と言う事実もあるので服薬通院は欠かせません。
メンタルを病んでいると自分がやんでいることを認めたくない気持ちの方もいらっしゃるし、逆に今の時代「私は発達障害なのでは?」と自分で調べて病院にかかる人もいるそうです。それに対して周囲や自分が困っていなければ、個性の一言で終わるでしょう。ですが、それらに困っていつつも「自分は病気ではない」と認めないと治療に結びつかないのです。
この本を読んで、私は本当に双極性障害なんだろうか。とも思いました。(最近調子がいいので)ですが、薬がないと眠れないことは確かなので寝る前の薬は飲んでいます。日中薬はもしかしたら辞められるのではないか?とか病気じゃないから飲まなくてはいいのでは?という考えも湧いてきますが、その思いに引きずられないようにしっかり病識を持っていきたいものです。
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まさに精神科臨床現場の声。
ドクターも人間だもの。
やっぱり手のかかる患者は手のかかる相手だし、苦労もひとしおなのだと思った。
「病識のない」=自分が病気だと気づいていない
というのがキーワードだが、心理学にまるで興味がない人にとっては予測もつかない事態なわけで、精神的に病んでいるという結論に達するまでは、周囲の助言がどれだけ大事かが分かった。
「あなたちょっとおかしいよ」って気づかせてあげることは勇気がいるが、それが本人の助けとなる場合もあるのだからそこはさらりと助言する思いやりも必要なんだなと感じた。
あと、環境と誰かの支えがどれだけ大事か。
薬以上の特効薬だと感じた。
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「病識」を持つことは、自分を客観的に見るためには思っていた以上に重要なことなんだな。この本に出てきた人たちが身近にいたらどうしたらいいのか…お手上げになりそう。
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自閉症スペクトラム症の範疇にアスペルガー障害(知識障害を伴わない)等の発達障害と、知識障害を伴うもの広汎性の発達障害が統合された問題点の提起。
・空気が読めない
・不思議ちゃん
等はの本来個性の範疇であるべきケースを闇雲に精神科医療の世界に組込み兼ねないお節介と著者は考える。
『憂慮すべきは、アスペルガー障害とは診断できないレベルの人が、社会復帰との摩擦から、自分の大切な個性を異常と見なしてしまうことである。』...第7章「悪気がない」という異常性より
統合失調症、認知症等、脳神経細胞の発達、萎縮により通常と違っている症例について、DSMにあてはめて少々アカデミックな内容であるも実例を挙げてわかりやすく解説されている。
重症軽症にかかわらず自分でその行動の異常性を認識しているかどうかという視点に基づいて記述されており、認知症等は寧ろ認識していない方が本人にとっては余生を考える上では非常に大切なことと綴る。
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分かりやすく、興味深かった。
自分には理解できない言動をとる人に対して、理解できない不満があったとしても、「もしかしたらこういった精神的な問題を抱えているのかもしれない」と考える材料を得ることで、相手への考え方や接し方も変わるように思う。
ただ、安易にレッテルを貼って決めつけてしまうと、当然、素人判断でしかなく、また弊害もあるため、参考程度に留めるようにしたい。
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面白い。
論調が一貫して断定でなく問いかけなのが、精神医療という他者の内面へ働きかけを行うことの難しさと危うさを感じさせてくる。
ヤバいやつに酷い目にあわされた時に、一周回って自分のほうが異常なのかと悩んだりしてたけど、本書を読み終わって、全ては心の持ちよう…みたいな悟った気持ちになりました。
正常と異常は結局、マジョリティかマイノリティかに過ぎないのだとも思う。
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楽天ブックス
マインドマップ
8症例のケースがDr視線、患者視線。
トレーニングの材料になる。
これを元に、ケースカンファレンスの練習してもいいかも。
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実体験をもとにして病例を読むことができ、堅苦しい専門書に比べ気楽に読むことができました。精神科医療に携わる端くれとして、患者さん一人一人にどう対応するかの難しさを改めて感じました。
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実際の事例を取り上げている本。
特に8章の 「死にたい」は狂言か、本気か ( 境界性パーソナリティ障害)
が印象に残った。
自分も当てはまる部分があるなと思った。
依存されたり、嫌悪感を抱かれたりし、感情的なやり取りにならないようにバランスを考えながら診察するのは容易ではないことを知れた。
読んでいて、重い内容だったけど
医師目線での診療についてあまり知れる機会が無いから知れてよかった。
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精神病院の日常について、患者の類型別に記述されている。
こういうタイプの人いるなー、確かにそうだよなーって思いながら、実感を持って楽しく読めた。
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精神病(障害)なのか個性なのか、精神科はなかなかに繊細で慎重な判断と対処を求められるところだが、実際の患者とのやりとりを具体的に書いており、あっという間に読み終えた。精神科への受診は一昔前に比べれば随分ハードルが下がったが、それでも何かしら抵抗感を持つ人が多いのもまた事実。だが、精神の病気と思わず脳の病気と思えばより早く受診でき、回復も容易になるだろう。早めの受診や薬の服用の重要性も分かりやすかった。
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精神科医の著者が、臨床現場で経験したことをもとに「自分の異常性についての知覚(=病識)」のない患者について考える一冊。
引き込まれるような描写の文体で書かれていて、医学的な知識を全く持たない私でもするすると読み進めることができました。
誰もが一度は名前を聞いたことのあるものから、実は誤解していたなと感じるものまで多種にわたって記述されていますが、個人的に最も印象に残ったのは冒頭のカレー事件のお話です。
カレー事件とは言っても、毒物を投入されたカレーで多数の人が亡くなったあの事件ではありません。
正直、この冒頭の話だけでかなり心を引き込まれたと言えると思います。このエピソードはどこにでもありそうで正常と異常の狭間を見事に突いたものだと感じました。
専門的知識のない一般人が見ていると「ちょっと不思議な人だな」と思う(でも見過ごしてしまう)ような人が、実はとても重度の精神疾患を抱えているということもありうるのだろうなと考えると、本当に現代は精神病と隣り合わせなんだなと思います。
認知症の項目では、情報化社会の弊害であったり、行政の努力次第で変えていけるところもあるのではないかという思いがあるだけに、あと一歩なのにと思わざるをえませんでした。
現代は「コスパ」「タイパ」と、何でも効率を求めて不要なものを切り捨てようとする時代だと思います。しかし、人はコストや時間と違って簡単には切り捨てることができません。この辺りのところが、今後焦点となってくるのではないかな、とも同時に考えさせられました。
こうしてこの本の感想を書いている私をはじめとして、誰もが「自分の異常性」というものには気づきにくい中で生きています。
ネットや報道で広がることが必ずしも良い結果を招かないことは知りつつも、「ひょっとして」と思うきっかけになるのであれば、今後こういった精神疾患の分野について、人々に広く知れ渡ることが、一人でも多くの方を救う助けとなるのではないか、それと同時に、一般の人が「知り合いが困っている」と感じた際に、スムースに医療に繋げられる仕組みが求められていると思いました。
著者あとがきにもありましたが、医療に携わる方、そしてその親世代にも(勿論、私のような一般人にも)読んで頂きたい一冊です。
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精神科として関わる患者さんのエピソードをいくつか紹介しながら、正常とはなにか異常とは何かを考える本だった。
個人的には精神科の先生の治療の仕方や大学病院での様子など垣間見れて勉強になった。
自分が異常であることに気づかない、いわゆる病識のない人たちにどうすれば治療を受けてもらえるのか?そもそも異常だから何が悪いのか?すごく考えさせられた。
異常だとしても、周りが理解してくれて、生活ができていれば治療の必要性はないだろうし、本人が異常とは思っていなくても周囲が困っていて社会が異常と判断すれば治療もしくは自由刑の対象になることもある。
産業医をしていて、会社をやすみがちになり、仕事も全然手がつかないにも関わらず病院に行きたがらない人がたまにいる。
ほとんどは病識がないというよりも、自分の調子の悪さを自覚したくないという否定の気持ちが強いことが多い。
この否定の気持ちは、ある意味社会で生きていくための鈍感力であり、なくてはならないのだけれど周りが困るほど強い鈍感さになってしまうとそれは一度病識がない人という扱いになるのだろう。
なにごともバランスが大事だけれも、自分自身もいつそうなるのかわからないから恐ろしい…