紙の本
最後のリフティングシーンに込められた意味を考えると泣ける
2021/02/21 10:17
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オオバロニア - この投稿者のレビュー一覧を見る
中学入学直前のサッカー少女と小説家の叔父が徒歩で鹿島を目指す練習の旅。とある目的を果たすために川沿いを旅しながら、少女はリフティングを、叔父は情景描写を繰り返す。あまりにも読んでいて心地よくて、自分の大好きな堀江敏幸さんの作風に似ていることに気付いた。
風土自然(特に鳥の扱いが秀逸)に対する丁寧な文章、物と人とを自然に結び付ける温かさ、無意識に大人の感情を揺さぶる少女の言動に対する眼差し。「なずな」「未見坂」あたりの、老成しきってはいない堀江さんの魅力に近いものを乗代さんの文章から感じて、最近読んだ本の中でも特に良い純文学だった。
プロサッカー選手になる夢を持つ少女が、鹿島までの長い練習の旅を通して、少しずつ成長していく姿もやけに尊く感じられて、最後のリフティングシーンの描写は泣ける。それまでドライな態度を見せていた「私」が感傷的になる旅の終わりに、未来に向けた始まりを思わせるこのシーンがとても眩しく映る。
紙の本
私だったら、この作品に芥川賞を差し上げます
2021/03/06 08:19
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
第164回芥川賞候補作。
作品の好き嫌いは結局読んだ人の好みによるものだろう。例えば、第164回芥川賞候補作となったこの中編小説についていえば、受賞作であった、そしてその作品も面白く読んだ宇佐見りんさんの『推し。燃ゆ』よりも、私は好きだな。
こちらが受賞作でも不思議はないし、同時受賞ということもあったのではないか。
そう思える作品だった。
2020年春、コロナ禍の中、小学校を卒業したばかりのサッカー少女亜美(アビと読む。この名前の由来もいい挿話になっている)とその叔父である小説家とのサッカーの聖地鹿島を訪ねるロードノベルだ。
なんといっても、主人公の少女の造形がいい。彼女の個性をさらに際どらせるように、旅の途中で問題を抱える若い女性を登場させたり、鹿島をサッカー王国に作ったジーコの逸話など、物語として読みどころが多い。
もちろん、芥川賞の「選評」で山田詠美委員が「たくらみが過ぎてあざとく」見えることもあるだろうし、既視感のような感覚もないではない。
それでも、この作品にはこれらのことを凌駕する強さを感じる。
吉田修一委員は「非常に面白かった」とし、「コロナに対して極端に過敏でもなく、かといって露悪的に鈍感でもない、いわゆる平均的な人々がこの時期をどのように生きたかが、この小説にはあるように思う」と絶賛している。
この物語のラストは、ここには書けないけれど、結構衝撃的だったが、旅の終わり方としてそれもアリかなと思った。
誰か、この作品映画にしないかな。
紙の本
「歩く、書く、蹴る」の二人旅 読後もう一度読み直さずにはいられない
2021/04/16 08:14
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:佐々木 なおこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
この方のオススメなら!と手に取って読んでみることが多い。
夏の雨さんのレビューは、私にとって心に響くことが多い。
今回の『旅する練習』もそのうちの一冊です。
夏の雨さんは、「私だったら、この作品に芥川賞を差し上げます」と紹介されていました。
小説を読むのは久しぶりでした。
この小説を読んで、しみじみ良かったなぁと思いました。
やっぱり夏の雨さんのおススメは、いい。
毎度のことながらの感想です。
設定はコロナ禍、ちょうど去年の今頃も期間に入っています。
一言で言えば、小学校を卒業したサッカー少女が、春休みを使って、小説家である叔父さん(お母さんの弟)と一緒に歩いて旅する物語です。
利根川沿いに千葉の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地目指す
「歩く、書く、蹴る」の二人旅。
二人はそれぞれにこの旅に目的やら目標を決めます。
サッカー少女の亜美は宿題の日記と、リフティング、そして借りたままの本を返却する。
小説家の伯父さんは、亜美のお世話をしながら、自分も風景描写を書き溜める。
この二人の道中は
心が動く瞬間がたくさんで
忘れられない出会いや、そこから繋がるエピソードにいちいち感動します。
オムライス、
ジーコ、
カワウ、
柳田國男、
就活、
「のうまくさんまんだ ばざらだん せんだ まかろしやだ さはたや うんたらたたかまん!」
読み終わった後は、これらのフレーズに触れただけでも、心が動きます。
ラスト一ページ、読みながら「えええええ」と声が出ました。
思いもよらぬ結末に、心の持っていきようがありませんでした。
これはもう一度、最初から読み直さずにはいられません。
心にずしりと残る感動作でした。
紙の本
凛とした佇まいの本
2021/02/23 12:30
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:GORI - この投稿者のレビュー一覧を見る
芥川賞候補作と知り図書館へ予約。
忘れた頃に届いた本は白っぽくて真面目なフォントの題名。まるで堀江さんの本みたいと思ったら、読んでも堀江さんの小説を思わせる、侘しさ、静かな時の流れ、大切なものを慈しむ気持ちが感じられる。
レビューで堀江さんを思い浮かべて読まれていた方がいらっしゃって少し驚きました。
帯にはサッカー少女と小説家の叔父が我孫子から鹿島アントラーズのホームへ歩いて旅に出ると書かれている。
歩く、書く、蹴る
リフティング、利根川、水鳥、出会い
旅の中でサッカー少女の亜美はどんどん成長する。
そんな姿を愛おしく、かけがいのない存在として書かれた一文に涙する。
紙の本
どうしても読んでほしい作品
2021/02/15 11:19
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:なっとう - この投稿者のレビュー一覧を見る
素敵な装丁に惹かれ、芥川賞ノミネート作品ということで手に取りました。
読後の余韻がとてつもなくて、その日ふとした瞬間に登場人物たちのことを考えて過ごしました。
情景描写が巧みだからでしょうか、とても感情移入してしまいます。
私はこの旅を絶対に忘れないし、大好きです。
学びと、心を支える言葉にたくさん出会えました。
終盤は涙をこぼしながら読みました。
一つだけ、伝えたいのは「どうしても読んでほしい」という思いです。
紙の本
旅する練習
2022/06/20 17:48
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:雄ヤギ - この投稿者のレビュー一覧を見る
小説家の叔父とサッカー少女の姪が、鹿島まで互いに「練習」しながら旅をする。行く先々の風物や、それを描写した柳田国男や田山花袋の文章を引用している。「練習」の意味についても問われていて、作者の創作観のようなものがうかがえて、良かった。
事前に「泣ける小説」といわれていたが、最後にさらりと触れられていて、納得した。
投稿元:
レビューを見る
スケッチをするように丹念で静かな描写がいつの間にか心地よく
登場人物の輪郭が少しづつはっきりしてきます
それだけに残酷な終焉が作品にあっていないような読後感です
投稿元:
レビューを見る
この旅がずっと続けばいいのに、と思っていた。
サッカーのことはよくわからないけど、鳥のこともよく知らないけれど、ずっとずっと彼らと一緒に旅をしていたかった。目的のないままの私では彼らの旅の同行者にはなれないだろうか。でも、それでも私は彼らと一緒に歩きたいのだ。
大声で真言を唱えた後、リフティングをする亜美を、友だちのいない小説家の叔父さんがところどころで景色を書く姿を、少し離れたところで見ていたい。
彼らとの旅の中で、私は何の練習をするだろうか。途中で加わったみどりのように、何かを手に入れるために何かを捨てる練習をしようか。それとも叔父さんの真似をして言葉を連ねる練習をしようか。
そして、きっと最後に両手を広げて上を見て、次の旅のための準備をするんだ。
いや、本当に言いたいのはそういうことじゃない。
ずっと、悲しい予感から目をそらしていた。小学六年生の少女と、その叔父さんとのとある目的を持ったロードノベルは、淡々とそして鮮やかな色でもって描かれる。素直でまっすぐなサッカー少女のその小さくて大きな成長を目を細めながら眺めていた。でも、その、隙間から見え隠れする知りたくない未来から目をそらし続けてもいた。知りたくなかった。読みたくなかった。心の奥深いところから悲鳴が聞こえる。
形にならない約束が、来ることのない未来が、そしてかなうことのない夢が、私の中で、何かを生んだ。
私は今、どこに立っているのだろう。どこへ向かって歩いているのだろう。
彼女の、ちいさな物語を読んでしまった今、私は私の中で生まれた何かを探す旅に出るのだろう。
言葉にならなないこの思いを、自分の中で形にするための、練習の旅に。
投稿元:
レビューを見る
亜美と叔父さん、みどりさんの会話は面白かったけれど、叔父さんの書く文や道中の話は少し退屈に感じてしまった。知らない漢字や言葉が多すぎて逐一調べる気にもならず、なんとなく想像しながら読んだ。途中からはただ目を滑らせるだけになってしまっていたと思う。
たまにあれ?という描写があって、その悲しすぎる理由は最後に明かされる。
その背景を知ると、1度目と2度目では読み方に違いが現れ、2度目では叔父さんの複雑な心境を想像し胸が痛くなる。
後悔を全くしないなんて無理だろう。でも、後悔を少しでも減らす努力はしたい。訊きたいことは訊く、伝えたいことは伝える。それでも、そうすることで辛さが薄れるわけではないと思うけれど。
「自分の大切なものに自分の人生を合わせて生きる。そうすれば世の中の全てが好きなものに関係してくる。」
投稿元:
レビューを見る
芥川賞とってほしい作品でした。
作中に出てくる「大切なことを見つけて、それに自分を合わせて生きる!」って、いい言葉ですねー。
ぜひぜひ、読んでみてください
投稿元:
レビューを見る
「旅する練習」は、サッカー少女とその叔父が利根川沿いに、徒歩で千葉の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地を目指す旅に出るという話だ。コロナで予定がなくなるなどタイムリーな出来事が小説中に登場する。この小説の魅力は構成にある。
乗代雄介の小説は、書物の題名や引用、エピソードが読み込まれるのが特徴だ。その特徴は『旅する練習』でも健在で、柳田國男や小島信夫それに加えてサッカー選手のジーコの引用やエピソードが挿入される。さらにはおジャ魔女どれみや真言宗も重要なモチーフとなっている。
『旅する練習』は、叔父が語り手として亜美との「練習の旅」を描くという構造になっている。「練習の旅」の時点で描いた名所の描写に、後から当時の様子を細かく描いたという体裁だ。『旅する練習』はこの構造にちょっとした仕掛けがある。
語りの工夫によって、『旅する練習』は最初に読んだ時と2度目に読んだ時とでは印象が異なる小説に変貌する。僕は1度目に読んだときは衝撃を受けて、読み返したときは語りに隠された真実に心を揺さぶられた。
投稿元:
レビューを見る
亜美ちゃんが素直でポジティブで、とっても素敵な女の子!みどりさんは自分に自信が持てなくて、自分のための決断ができない大学生。
対照的な二人だけど、旅の途中で仲良くなって、色々なことを語り合う。
旅の様子を叔父さん目線で描かれて進むこのお話は、途中で不吉な未来を予感させるような言葉が出てきて、まさか…と思いながら、途中からはそうであってほしくない、と祈りながら、後半は一気に読み進めた。
予感は的中してしまい、うーん…と唸ってしまう。
この結末を知ってから、もう一度読んだら、世界がさらに美しく見えるだろう。
投稿元:
レビューを見る
芥川賞候補作だったこの作品は純文学らしさが強く、割と読者を選ぶかな。
自分は分かりやすいエンタメ性のある、大衆的な作品ばかり読んできたのだなぁと知ることになりました。
個人的にはサッカーのルールも知らなければ、歴史に造詣が深い訳でもなく。おジャ魔女どれみも微妙に世代ではないのでピンと来ず(作者と同世代ですが)。
この作品の要素として大きいのが風景描写ですが、これが正直キツかった。野鳥も全く分からないし、歴史などに関する聖地巡礼的な要素もからっきし。
風景描写に関しては教養がないと楽しめないですし、そもそも純文学を読み慣れていないとキツい。置いてきぼり感がありました。
教養と純文学を読む習慣、この2つの要素を持っている人なら、文章の美しさや情景を楽しめるのだろうなと思いました。出てくる言葉も読めない漢字や知らない言葉が多く…恥ずかしい。
ただ、本筋は亜美ちゃんというキャラクターの魅力があり、何とか読めました。
でも終盤から徐々に風向きが変わってきて、ラストは…。
作者は安易にこの結末にしたのかと読み終わった直後は思いました。
が、ネットのレビューで「著者はこの結末からストーリーの構想を逆算して練っていったのでは」と書いている人がいて、そう考えると腑に落ちました。
むしろこの結末が、主人公がこの旅の記録を残す動機の最たるものだったんだと思えました。
最後の方は内容に反して淡々としていて、どこか読者を突き放すような雰囲気です。
複雑ですが、決してこういった読後感は嫌いではないです。
投稿元:
レビューを見る
多くを語らず、風景を淡々と言葉で紡いでいく小説家の叔父と、リフティングやドリブルの特訓をし旅に色付けをするサッカー少女が鹿島を目指し「練習の旅」をする。旅の思い出としては何気ない、日々の幸福を描き続けている。
その土地の事実や柳田國男の小説、ジーコの自伝をも取り入れながら旅を進め、風景を描写、記録する小説家の叔父の考え方や、爛漫なサッカー少女、旅で出会う自信の持てないみどりさんを通して随所に散りばめられた学びや気付きを感じることができるが、今ひとつインパクトに欠けるままページと旅が進んでいく。
ただ、2ヶ月後の記録がいきなり語られる場面があったり、叔父にとって記録をする旅に中盤から「忍耐」という言葉が再三出てきたり。なにかを暗示させるような描写が増えていき、引っかかりが取れぬまま物語は大きな抑揚なく進む。
「私しか見なかったことを先々へ残すことに、私は少し焦っているかもしれないが本気である。」や、「書いたことは無くならない。」など序盤のあくまで記録や描写を優先してきた記し方からあからさまな感情が見え隠れする。
「本当は運命なんて考えることなく見たものを書き留めたいのに、私の怠惰がそれを許さない。心が動かなければ書き始めることはできない。そのくせ、感動を忍耐しなければ書くことはままならない。」
その何かを明かさないまま、明らかな葛藤と、幸せな日常の「記録」が混在をみせる。序盤の抑揚のなさも記録し続ける「平凡な幸せ」も本書においては大きなコントラストを生み出し、胸がダル痒くなってくる。
平凡なこと、そしてそれを長く記録すること、またそのことが誰かの気持ちや意識を変えること、これらがどれだけ難しいことなのか。最後の最後で思い知らされる羽目になった。
「大切なことに生きるのを合わせてみるよ、私も。」
大切なことは新たな環境で変わってしまうもの。それを変えない、忘れたくないというのは変化することよりも難しいことなのかもしれない。
「唯一読んだ本の題名を訊いておけばよかった。」「名前の由来を教えてやればよかった。」
一見、難しくも特別なことでもないような言葉たちがクライマックスを際立たせる。
総数170ページで半日で読めてしまうが、確実に2度読むことをお勧めする。
投稿元:
レビューを見る
書くこと、書かれたこと、書かれなかったこと。「書く」ことにまつわるそれら全てが、今ここで生きている自分と、目の前にいる人・過去を生きた人・その生活・思い・時間・自然、私の生きる場所にある(あった)全てをつないでくれる旅の小説。それは小説家である主人公が「本当に大切なもの」に「自分を合わせて生き」ている姿そのものでもあるように思いました。
主人公と一緒に「練習」をしながら旅をするサッカー少女・亜美ちゃんに、ジーコを敬愛し、自分に自信のないみどりさん、生涯文学を拒んで土地に残る伝承を集め続けた柳田國男。彼らが書いたこと、書かなかったこと、それらを丁寧に紐解きながら、彼らについて主人公が書く。
全ては「発願」から始まり、願いを叶えるため「忍耐」し、その「忍耐」を忘れぬよう「願」いを「記憶」し続けること。
ともすれば流され、忘れてしまう弱さを起点に、自分へ、憧れの誰かへ、強い想いを抱いたその瞬間を忘れず大切に(なにより大切だから感動に流されることなく忍耐)し続けたい想いが真っ直ぐに書かれていて、本当に乗代雄介の小説が大好きです。