しんさんのレビュー一覧
投稿者:しん
2022/06/10 20:21
キャリアウーマンがんばる!
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デパートの売上の3割は富裕層の顧客がたたきだす。それを相手にするのが外商。へー、すごいおうちがあるんだな〜、この金銭感覚でお金を使う人がいるんだな〜とすごい世界を垣間見るが、本書はお金持ちのすごさを描いた本というわけではない。仕事に生きるキャリアウーマンの挫折と成長のお話。女性はいまだに、キャリアを取るか、家庭をとるか迫られがちだが、主人公は明らかにキャリアをとってきた。私生活には不器用だが、仕事への妥協のなさはすごい。まじめに仕事をしてきた女性たちを応援してくれる本。
2022/02/14 08:44
人の心の機微をとらえたメッセージ性のある怪談
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前2作と比較すると、比較的短い短編が多く、全6編が楽しめる。相変わらず、怖い話がある一方で、諭すような話、やさしい話も入っていて、緩急があって読んでいて心地よい。
1編目「魂取の池」は、これから嫁入りしようという娘さんに母親が語った、悋気を戒めるお話し。でも、悋気で大事な人などを失ってきたおばあさんも、結局は幸せになっているので、心の持ちようが大事、という、含蓄のあるお話しだった。
「くりから御殿」は、土砂崩れで一人生き残ってしまった後悔、死んでしまった家族や友達へのうしろめたさを抱えて生きる語り手を描いている。災害を経験することが多い日本なだけに、こういう気持ちがわかる人は多いのではないだろうか。
「泣き童子」は、悪い心を持った人を感じて泣いてしまう子供の話。悪いことをしたとき、普通の人間はびくびくしたり気に病んだりするものだが、それを他人から指摘され責められ続けるのは神経がおかしくなるくらいつらいことだろう。
「小雪舞う日の怪談語り」は、黒白の間が舞台ではなく、おちかが札差の井筒屋が開く怪談語りの会に参加するというもの。語られる話はなかなか怖いものであったが、それだけでなく、おちかの華やかさに嫉妬心を燃やしてお勝の悪口を言う母娘への皆の仕打ちのキレに関心し、青野先生との外出に心をときめかせるちかの心の回復に温かい気持ちになる作品だった。
「まぐる笛」は怖くてグロテスクなお話し。語り手の方言で少し和む部分がそれを和らげているところはさすが宮部みゆきの作品。
「節気顔」は家を飛び出した語り手のおじさんが、不思議な契約によって時々死者に顔を貸すお話。このおじさんがとてもやさしい人で、死者と別れて心に傷を負った残された家族や親しい人を探し当て、会って話を聞くことでその死者の死を受け止める手助けをしてあげる。顔が変わるなんて君が悪いけれど、死を受け入れるのは難しい場合もあるから、おじさんはいいことをしたのだろうな。
今回も人の感情というものの機微をとらえ、怪談の形を借りてメッセージを伝えてくれたすばらしい作品でした。
2022/02/07 07:30
にぎやかになるおちかの周りと人間の身勝手さを描いた作品
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宮部みゆきの三島屋シリーズ第2作目。4編の短編ホラーが収載されている。前作はおちかの境遇に多くを割いていたが、今回はおちかはすでに安定の聞き役となっている。
1作目の「逃げ水」はなんだかお旱さんと平太のほのほのした仲の良さがかわいい作品である一方、のどもと過ぎると熱さを忘れて神様を敬わなくなる人間の身勝手さを描いている。神様だって見捨てられたら寂しいよね。
2作目の「薮から千本」は、わかる、と妙に納得。張り合う二つの家族、相手が少し出すぎると気になってしょうがないけど、うまく付き合っていくために口に出せない。そんな大人たちの妙な張り合いの間に挟まれて犠牲になってしまっていたお梅さんがかわいそう。怪談というより、世の中にある怖い話。
このシリーズには家を取り上げた作品が多いようだ。3話目の暗獣も、打ち捨てられたさみしい家の思いと、その思いの塊に心を寄せる夫婦のお話。夫婦は暗獣に出会ってとても幸せそうに見えたが、やはり別の世界の生き物同士にとって、交流を深めることはお互いの負担となることだった。この交流を経て主人夫婦がまた新たな生活をスタートさせる前向きなお話で明るくなれる。
4話目の吼える仏はまた怖い話。他の村と隔絶された小さな里では、せまい世界の中で、常識とは異なる特異な風習や妙な結束ができていくのだろう。そういうせまい世界の人達が結束して動くときに行き過ぎてしまうことの怖さ。
こういう怖い話、重い話であっても、その背景で、おちかと越後屋の清太郎との間の縁談、そしてなんとなく青の利一郎が気になる様子のおちか、とおちかが立ち直ってきている様子が垣間見えるのがほっとさせる。青野先生に加え、お勝、金太、捨松、良介の3人組など、新たな登場人物が加わってますますにぎやかになったおちかの周り。続きも楽しみ。
2022/06/10 20:15
忍びの世界を堪能できます
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織田信雄の第一次伊賀攻めをしのび側の新たな視点から切り取った作品。忍びの技の売値を高めたい地侍たち、その人の心を操る術に操られ、自分でも知らないうちに戦争となるよう仕向けられていく信雄軍、伊賀軍。そんなずるがしこい地侍たちも予想できない事態が重なる戦争。本当にそんなことができるのか?と思うような忍びの技のバラエティに驚かされるとともに、ストーリーが巧妙で、最後まで一気に読める。
2022/05/31 05:22
麻之助にもついに後添いが!?
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最愛の妻お寿ずを亡くしてしばらくたち、親友清十郎には長男が生まれ、お寿ずの親戚のおこ乃にも縁談が決まった。周りが皆幸せになる中、そろそろ麻之助に後添いを世話しようと皆が動き出す。本編では、麻之助の後妻えらびの話を背景に、「きみならずして」「まちがい探し」「麻之助が捕まった」「はたらきもの」「娘四人」「かたわれどき」の6編の短編を収載。
「娘四人」では、麻之助に一目ぼれする娘さん、吉五郎のことを昔から好きだったというお嬢さんを目にして揺れるお雪と一葉。緒りつの困りごとの相談に対して、麻之助もよい仕事をしますが、仲良しのお雪を思って一葉がとった思い切った行動がすばらしい。本作に出てくる女性たちはみな肝が据わっていて行動力があって、しっかりした人達ばかり。麻之助に一目ぼれしたお嬢さんもどんどん押して、すぐに麻之助のところに正式な縁談となってやってくる。このテンポが江戸時代の活気を表しているようで小気味よいです。
2022/04/10 07:53
日本の社会・政治への強烈なメッセージ
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総理大臣武藤泰山とその息子・翔の人格が入れ替わってしまう、という設定の話。
入れ替わった息子は、国会答弁で原稿の漢字が読めずにバッシングにあう。翔も遊び歩いていて決して教養のある方ではないが、とはいえ、いかに国民の生活に影響を及ぼす政治が国民にわかるように説明されていないか、ということだろう。
その後、泰山の内閣で官房長官を務める狩屋が女性問題で週刊誌にスクープされた際には、任命責任を問うマスコミに対し、官房長官は政治家としての力量が重要で、私生活のことで騒ぐべきではないと毅然として言い放つ。軽妙なノリで描かれているこうしたエピソード一つ一つから放たれる日本の政治と政治報道の在り方へのメッセージが心に響く。
読み直してみても、日本の社会・政治へのみんなが感じているであろう疑問がしっかりと描かれているから、あとあじよく読み終われるのだろう。
2022/03/15 19:28
「ロケットから人体へ」佃製作所の新たな冒険
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下町ロケットシリーズ2作目の本作では、佃の前にNASA出身の椎名が社長を務めるサヤマ製作所がライバルとして立ちふさがる。帝国重工に納品しているロケットのバルブもサヤマ製作所とのコンペになり、新たな取引先として期待された医療機器メーカー日本クラインへの製品納入もサヤマ製作所に横取りされる。サヤマ製作所は法律違反・倫理違反なんでもありで佃製作所に攻勢をかけてくる。
そんな中で、佃製作所は医師の一村と株式会社サクラダの桜田社長と出会い、人工心臓弁という新たな領域に踏み出す決心をする。その不具合が患者の命に係わるため風評被害につながりやすく、臨床試験や厚労省の承認などがある故の開発期間が長期化するという、中小企業の体力で乗り切るのは困難なプロジェクトにも関わらず、佃は腹をくくって取組み、若手技術者もそれに応える。彼らのともすれば折れそうな心を支えてくれるのは、やはり子供が自分の作った医療機器で元気になれる、というその目的。
今回も医療界のドロドロした人間関係や、そこから手を回されたPMDAの審査担当者の敵対的態度、開発費用の問題から撤退の意思を固めた協力企業など、様々な困難が佃たちの前に立ちふさがる。それに対して熱い思いで取り組み、命を救う医療機器という、その目的の大切さをストレートに訴えてくれる本書に何度も感動の涙を流しました。
2022/03/15 18:45
夢に向かって信じて進む中小企業マンたちがかっこいい
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日本の中小企業ってすごいらしい。というのはよく聞くし、テレビなどでも中小企業の技術者の技術のすごさを紹介する番組がよくある。本作品は、そんな光る技術を持つがゆえに大企業にその技術や特許を狙われ、あくどい法廷闘争をしかけられたり、足元を見た特許の売却話を持ちかけられる。一生懸命モノづくりをしてきてもなかなか報われないこともある中、特許を売れば大金が入る、という状況に、会社の中も特許を売ってもうければよい、という雰囲気が生まれ、社長である佃と若手社員の軋轢も深まる・・・。
それでも、夢であったロケットを飛ばすことに自分の会社が貢献するという夢を見つけ、それに向かって信じて進む社長と、大企業の理論を振りかざす帝国重工への反発心から、社員たちは自らのつくるモノ・技術へのプライドを再確認し、一丸となって取組むことに。大企業に対して佃をはじめとして殿村や若手が放つ啖呵が涙が出るほどかっこいい。思わず保存してしまいたくなるほどいいセリフが次から次へと出てきて、それだけでも本書を読む価値がある。
2022/02/03 17:47
自分でもマーケティングができそうな気にさせてくれるわかりやすい本
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物語形式になっているので、マーケティングを勉強するぞ!という堅苦しさなしにさくさく読み進めることができる本。そして、著者のメッセージである、マーケティングは現場にある、ユーザー視点からの価値を追求することが何より大事、といったメッセージはしっかり伝わってくる。著者が何度も繰り返しているのが、そのユーザーに提供する価値が一貫していることが重要ということ。確かに、プロジェクトが大きくなって関係者が増えるほど、それぞれのパーツがばらばらに考えられて、全体として一貫性のない商品、サービスが世の中に出てくることは往々にしてあるのかもしれない。
著者もあとがきで述べているとおり、本書はマーケティングの入門であって、この後にさらに奥深い世界があるのだろうけれど、とりあえずまずスタートに立とうという意欲を持たせてくれる良著。
2022/01/22 04:19
江戸の人情の中にある怪談
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叔父夫婦が営む袋物屋「三島屋」に住まうことになったおちか。おちかはある事件をきっかけに自分を責め、心を閉ざしてしまっている。そんなおちかに叔父がふしぎな物語の聞き手をつとめるよう手筈をつける。
人と人は、ほんのかけ違いですれ違ってしまい、それが悲惨な事件や悲しい結末につながってしまうこともあるけれど、心に引っかかった思いを誰かに打ち明けることで、自分を見つめなおし、改めてその出来事について心の中にしまえるのだと思う。おちかに語ることで聞き手は満足し、おちかもまた自分のことを見つめなおすことができた。こうした効果があることを知っていたのであれば、叔父さんすごいな、と。
また、宮部先生の時代小説の素敵なところは、人々の人情。崖から落ちて木に引っかかっていた松太郎を宿場のみんなでひっぱりあげ、育て、大きくなったらその手に職をつけるべく、たくさんの人が名乗りを上げる。落ち込むおちかを心配してかつての奉公先のお嬢さんに来てもらうよう頼むおしま、奇妙な屋敷にひとり残された女の子おかつを引き取って面倒をみる越後屋夫妻。このほっこりした人々との生活の中にあるから、怪談だけれどどこか優しいのでしょうね、この話は。
2022/01/04 08:27
中国系ファンドとの手に汗握る闘い
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本作は、メガバンク宣戦布告 総務部・二瓶正平に続く2作目です。前作の事件を乗り越えた後にメガバンクTEFGの頭取となっていた桂は、本作では銀行を退職し、自らの投資顧問会社を設立しています。一方の二瓶は、総務部長となって引き続きTEFGで働くことを選んでいます。立場は違えどお互いの能力を認めあう二人は、TEFGを海外ファンドから守るため、共に戦います。
本シリーズを特に魅力的にしているのはキャラクターたちでしょう。二瓶は、葬儀など銀行の重要な行事をソツなく仕切る優秀な総務部長。本作冒頭で副頭取の不倫から発生した事件を秘密裡に処理します。コンプライアンスに反する事件を組織のために隠ぺいしたことで、自らの良心と組織への忠誠の板挟みになり葛藤します。サラリーマンであれば多かれ少なかれ感じることがあると思われるこの感覚に共感する読者も多いのではないでしょうか。
一方の桂は、相場師として生き続けるために惜しげもなく頭取の地位を捨てて銀行を退職。長期的な視点で本当に顧客のためになる投資を、という信念に忠実に生きる姿がとてもかっこいいです。そんな桂のまっすぐな姿勢が相場の世界に生きる仲間を引き付け、海外ファンドとの闘いにおいても心強い協力者になります。
また、敵味方含めて女性がかっこいいのも特徴ではないでしょうか。皆とても優秀で、自分の目的を達成するために冷静沈着に計画を練って着実に実現していきます。経済小説は男の世界として描かれる作品が多いように思われますが、時代の変化を反映しているのでしょうか。
敵の仕掛ける二重・三重の策に桂-二瓶は銀行を守り切れるのか、手に汗握る展開でラストまで一気に読み切ります。
2022/02/06 07:44
若宮と澄尾のなれそめ
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澄尾の素性はあまり描かれることがなかったのだが、本作で明らかになった。できた性格から、苦労してきた人なんだろうな、と思ったが、その通りだったようだ。しかし、若宮は変わった人だな。この変わっているけれども誠実なところに澄尾も信頼するに足る人だと思ったのだろうけれど、これからこの二人がどのように本編につながる信頼を醸成していったのか、気になって仕方ない。
2022/03/15 22:06
殺人の告白を記したノートと母が入れ替わった記憶
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ある日主人公が父の書斎で見つけたノート。そのノートには、人を殺すことが心のよりどころになっている人物の告白がつづられていた。その人物がどうなったのか、続きが気になってしかたなく、一気に最後まで読んでしまった。主人公の、入院から退院してみたら母が変わっていたという記憶、失踪した主人公の婚約者・・・こうした様々な事件が最後に解決に向かうたたみかけるような展開が飽きさせない。
2022/03/15 21:53
政治的混迷の中で最後の将軍となった慶喜の生涯
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最後の将軍として教科書にものっているにも関わらず、幕末の志士たちにばかりスポットライトが当たるためあまり描かれることがなかった徳川慶喜に焦点を当てて丁寧に描いた作品。本作は、徳川慶喜が非常に英明であるとしている。それまで徳川幕府は概ね老中などの役人の手によって運営されてきており、そうした役人たちには、将軍が政治に口を出さない方が都合がよかった。それが幕末の混乱の中で幕府としてどう判断するかのトップによる判断が必要な情勢となり、水戸徳川の出身で政治的立場からも就任の目がうすかった徳川慶喜に将軍となる依頼が来る。
慶喜が何度も将軍となることを固辞したのはよくわかる。このような難局の中で先がいいものではないことは先を見通す能力を持った慶喜には明らかだったろう。時代には止められない勢いというものがある。その中で、江戸が戦火に飲まれることなく大政奉還、江戸城の無血開城がなった際の慶喜の思いが意外にさばさばしていたというのがなかなか面白かった。
2022/03/02 08:30
銀行を舞台にした刑事ものも
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池井戸潤の短編小説。読み始めて驚いたのが、刑事ものだったということ。池井戸潤といえば、半沢直樹や花咲舞が銀行を舞台に活躍する小説をイメージしていたので、刑事ものも書くのか、とびっくりした。収載されている5編のうち、刑事を主役としているのが2編。いずれも殺人事件。とはいえ、この2編を含めた5編すべてが銀行を舞台としたもので、刑事ものであっても、銀行の業務が解決のカギになっていく。
池井戸潤の小説を読んでいていつも思うのが、銀行員が組織の中で人の出世の犠牲になって人生を狂わせていくことのほろ苦さ。そして、ノルマ達成のために顧客を犠牲にしていくことが正当化される組織への疑問。銀行でなくても会社という組織で働いている以上、同じような疑問を抱くことが多かれ少なかれあるから、著者の短編小説を読んでスカッとしたり、やりきれなさに共感したりできるのだろう。
本作も、トーンとしては半沢シリーズや花咲シリーズのように明るくはないけれど、そうした池井戸潤の持ち味を堪能できる作品。解説によると、本作は著者の短編第1作目だそう。別の短編で主役として取り上げられる指宿なども出てきており、この人があの話につながるのか、と作品間をつなげる楽しみもある。