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じゃりン子@チエさんのレビュー一覧

投稿者:じゃりン子@チエ

67 件中 1 件~ 15 件を表示

そのうちブックオフで100円!とかになるんだろうなあ…

4人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 世界というものの大きさを測りかね、TVの向こうで毎日のように死んでゆく自分より不幸な人々について想像し得ない私たちのために、世界の大きさを明確に示してくれる本です。まあ、中身はいいんです。
 でも、これものすごく売れましたね? はっきり言ってそんなに売れるべき本かあ?というのが私の疑問なんですが、どうですかね。
 いきなりとんでもないこと言い出しますけど、この本買ってるお金あったらそれ直接アフガンの人にでも寄付した方がいいわけでしょ。立ち読みできるし、ネット上で受け取れるものなのになんでこんなに売れる必要があるの?
 いや何が言いたいのかっつーと、マガジンハウスという消費社会の先導者の一つだった出版社が刊行しましたね。この本。「絵本」といういつのまにか「おしゃれ」とか「癒し」とか言う訳のわからん文脈で表現されるようになったジャンルにメッセージを取り込む形で。そのことで、この本は「世界の人々を思いやるこころやさしい私を確認するためのかわいくてためになる本」になっている気がするんですけど。
 本自体の良い悪いじゃなくて、読まれ方。偽善のための良書になってない? なってるよなあ、絶対。
 それで、マガジンハウスもその売れすぎた分寄付でもすればかっこいいと思うんですが。無茶言うなって? ううむ、確かに無茶ですね。会社だもんなあ。でもやる人もいるんですよ。「サブカルチャー反戦論」を見よ。
 そういえば5月に東京ブックフェアに行ったときに、「世界が100人」のテーマソングを歌ってる歌手のミニコンサートみたいなのがあって(記憶のみで書いているので詳細はあやふやですが)あれはちょっとしみじみかっこわるいなあと思いました。
 まあ、そんな感じで。             

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失礼いたしました

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 池田香代子氏がbk1でのインタビューに答えていらっしゃいました。それを読んだ後に自分がPart1に書いた書評を読み返すと、かなり的外れなことを平気で言っていて恥ずかしいです。寄付をしていることをあえて書かない、という編集の方の姿勢は格好いいなと思いました。でも、「世界が100人の村」に物足りない部分があるのは確かです。その足りない部分、メッセージ性を優先することで抜け落ちた数字の根拠や、先進国と発展途上国との関わり方をきちんと示したのがこの本です。コンパクトですが、密度はあります。Part1に物足りなさを感じた人は取りあえず読んでみて下さい。
 …ここに書いた文の中身はインタビューでの池田香代子氏の発言とだいたい一緒です。だから、本当は原典に当たっていただきたいのですが、もう読めなくなってしまったようなので個人的な謝罪とあわせてこの書評を書きました。
 初心者向けだけど、勉強後も読めるちゃんとした本です(買ってないけど…)。

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紙の本おしゃべり階段

2002/11/14 00:02

あなたが10代だったころ

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「はたちをすぎると人間ってほとんど変わらなくなるんだよ」
というようなことを両親が言った。いや、両親だけでなく、色々な人がこんなようなことを言っていた気がする。おそらくそれはある程度正しいのだろう。どうしたって10代の時のように変化して行くのは難しい、と想像できるからだ。
 「おしゃべり階段」は、徹底して10代の物語である。天然パーマがコンプレックスで自分に自身がない女の子が、中学を卒業し、大学にはいり、恋や友情を通して成長してゆく。まるで階段を一歩一歩上がるように。
「いつだって 今の悩みがいちばん」
 一浪を経た受験勉強のさなかに主人公が言う。名ゼリフだ。常に不安そうな目をして、その時々の悩みの重さと格闘する主人公の様子は、いじましくて、ちょっと甘ったれで、だからこそ強い共感を呼ぶ。間に挟まれるセリフはシンプルゆえに直球で、忘れがたい強さを残す。
「そうか新校舎で鉄筋だから(声が)ひびくんだ そうか…」
「あたし あのころとちっとも変わってないのよ でも…」「コンプレックスが減ったのかもしれない」
「その時むだだと思っても あとでけっこう役に立ってることもあるんだぜ」
「遠い未来に見つけるものが 今のあたしにわからないように」
 ひらがなを効果的に使った柔らかいセリフが、ふわふわした印象の絵とは対称的に、かっちり構成されたコマ割の中で響く。名作だと思う。
 しかし、20を越えてから読んだせいか、どーしても物語にのめり込めない。すでに階段を上がってしまったからなのか? それとも、それだけ作者が10代の限定的な時間を正確に描写していると言うことなんだろうか? ある年代以上の人間に、過去の記憶として物語を認識させてしまうほどに。いや、これは作品の質とは全く関係のない感情なのだが。そんなわけで評価保留に…。
 でも、悩み多き中学、高校生が身近に居たら、確信を持ってこの本を薦めると思う。平凡な日常の中から生まれる感情を、これだけの普遍性をもって描写しているマンガはなかなかお目にかかれないだろうし。うーん、勿体ない。10代のうちに読みたかった…。

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紙の本アディダスマンガフィーバー

2002/07/31 22:30

アディダスの広告だが、それゆえ国際的

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 CDショップ、映画館、書店等々にゆくと必ず何かしらのチラシや、ちょっと豪華なミニコミ形式の無料冊子、またはポストカードなどが置いてあるがこの本はそういったおまけ広告の集大成といって差し支えないだろう。作家全体に割り当てられたページ数は少なく、取り組み方もまちまちで、全体の印象は軽い。
 豪華なゲスト陣は多分「アディダスか、サッカーか、フィーバーで書いて下さい」とかなんとか注文を受けて執筆したのだろう。西村しのぶのイラストは相変わらずゴージャスなお姉さんがアディダスのシューズをはいているだけ、Dは直接サッカーとは関係ないミュージシャンの情熱を書き、井上雄彦もバスケをちょっともじったという感じの、片手仕事をしている。 
 中身を見ずに期待して買った読者にとってはかなり腹立たしい内容になるかも知れないが、見方を変えればなかなか面白い本ではある。
 日頃日本の読者の目に触れる機会の少ない海外の作家が、共通のテーマに対してどう取り組んだか。これが意外に刺激的なのだ。特に、マンガと言うよりはカトゥーンの進化系であるヨーロッパのコミックのあり方は、マンガを読み慣れた私の目には新鮮に映った。
 それは作品そのものに対しての感動と言うよりは「マンガというのは本当に日本独自の文化なのだなあ」という感慨だが。しかし、そのマンガ自体が成熟ゆえの行き詰まりを見せている現在、違った形でコミックにとり組み、成果を上げている作家の作品が広範にわたって読めるというのはなかなか価値あることだと思う。
 フレデリック・ポワレ、ニコラ・ド・クレシーら、ビジュアル面にこだわる作家たちの作品は、大量に消費されることによって発展を遂げてきた日本のマンガ(だから私たちはマンガに寄り添ってきたのだが)と違った面白みを教えてくれるし、これからの発展が大いに期待されている韓国の書き手の作品も読んでおいていいだろう。
 文字通りのタイアップ本で、作品の質にそのものに期待をしてはいけない。が、そうではなく2002年のマンガの断面を見せてくれた点については、アディダスに感謝してもいいかもしれない。
 880円、他の記念本と比べれば、お値段もお得。

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紙の本暗室

2002/08/20 17:56

せっかく暗室なんだからエロにしちゃった方がまだ潔いよ

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 小林紀晴の代表作である「アジアン・ジャパニーズ」を私は読んでいないし、話題になった「写真学生」も読んでいない。だから、この作者のことはよく知らないのだが、この本を読むと興味が失せる。小説はあまり読まないのだが、あまりにも適当じゃないか、これ。いいのか?
 突然だが、私も大学で写真部に所属していた。だから、この本にでてくる人間たちが、著者が何らかの形で見聞きし、経験したエピソードを元に作られているのは容易に想像できたし、実際そうらしい。この小説の特徴を人に伝えるときに多くの人は「作者自身の体験に基づいたリアルな人物像」という表現を使うだろう。
 確かにいそうな感じの人間ばっかりなのだ。屈折した人間関係とか、何者でもないことを自覚せざるをえなくてボーゼンとする人とか。しかし、
「だからなんなんだ」
 リアルな雰囲気はあるが、この本には主題がない。ただの情景描写だ。登場する人物たちは、本当に喋っているだけ、自分の感情を吐き出しているだけで、それ以上のものは何もない。ただ、暗室、写真展、という状況が少しばかりロマンチックなだけだ。下に掲載されている書評の方がテーマがある分面白い。
 一言で表すならば「小林紀晴、若気の至り」
 青春にありがちな失敗作。
 何だかな、せっかく暗室なんだからエロにしちゃった方がまだ潔いよ。「紅く染まった暗室の下で、僕らは…」とか。アホか、わたしゃ。でも、自慰的という意味ではそんなにこの本の在り方と変わらない気がするけどねえ。

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紙の本名作コミックを読む

2002/07/20 04:12

最低最悪

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 この本ほんと酷いなあ、と感じるの私だけじゃないと思うんですが。「ひどい」とか「ヒドイ」じゃなくて「酷い」ですよ、もう。
 だって、これ小学館のマンガ文庫の解説をまとめただけの本なんですよ。なんだか「馬鹿にされてる気がする本って、こういうのを言うのか」と思いましたよ、初めて見たとき。書き手はバラエティーに富んでるから文章自体がつまらない訳ではないんですが、だいたい解説は本文読んだあとに読むものでしょう。初めて読んだ人には何のことかわからん文がいっぱいになっちゃてます。
 マンガの批評って整理されてないから、結局同世代の人の印象評になりがちで、まあ作品読んだあとなら面白いけどそうでない人にはたいした意味のない文章寄せ集めただけの本です。これを買うならそのお金でマンガ買った方がお得です。

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紙の本三色ボールペンで読む日本語

2002/07/20 02:34

紙上信号機

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三色ボールペンを使い、本にバンバン線を引いて集中力を高めながら、有効に本を読もう。
 というのが主旨なんだろうが、しかし、本というのはそんなに「有効に読まねばならない」モノなのだろうか。それでは、郷ひろみの「ダディ」にも客観的に最重要、客観的にある程度大事、主観的に面白かった、が在るんだろうか。
 逆に夏目漱石の「夢十夜」も、線を引くと素晴らしく理解が高まって新しい読書経験が出来るのだろうか。あの、なんと表現してもその素晴らしさがあせてしまうスキのない小説の行間に、赤、青、緑が並んだら「信号機かいっ」とツッコミ入れそうだ。いや、「そういうことをしろ」と主張する本ではないか。
 そういえば、似たような手順の読み方を経験済みだったのだ。ほらあそこ、予備校だ。作者の主張が表現されているところを抜き出しなさい。この答えの根拠となる部分を抜き出しなさい。この発言から推測される作者の意見を書きなさい。質問文の形はいろいろ違うが、やり方は一緒。「重要そうな箇所」に線を入れ、「適切な解答」への準備をする。「作者の主張が読みとれる箇所」を抜き出すために、「読む」ではなく「分解する」。
 前著に引き続き著者が主張しているのは、肉体化することによって「じっくり本を読もう」ということなんだろう。しかし、「じっくり読むべき本はそんなにない」というのも皮肉でもなんでもない事実だし、「じっくり読みたい本は線を引かなくてもつき合っていける」というのも事実だ。実用書じゃあるまいし、そんなに有効性を重視しても読書の楽しみとずれるばかりではないだろうか。本やら文化やらはもともと人生のおまけみたいなものなんだから。
 だいたいそんなに気合い入れて本読んだら疲れないか? ためしに「ここ超重要!」「ちょっと重要」「ここは個人的にスキ」と考え、線を引きながら本を読む人の姿を想像してみたが、そこで連想されるのはやはり、テスト前に教科書に線を引きまくる一夜漬け学生の姿だった。
 それに人に貸せない。古本に出せない。貧乏学生には受け入れがたい方法でした…。

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紙の本岡崎京子 総特集

2002/07/17 04:44

未だに彼女について語ることが出来ません

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私は岡崎京子は面白い!と断言出来るのですが、「どこがどう面白いの?」と問われると全く切り返せません。そう言うわけで、逆に世間の人が彼女をいかに評するのか、が気になります。
 でも、世間にもあまりこの作家を的確な言葉で表現している人はいないと思います。評論している人も同じく。だから彼女に関する文章を見る度に「今度はどうか?」と少し緊張して読むのですが、未だに「これっ」という文章にあっていません。
 今回も同様。吉本ばなな、宮代真司、椹木野衣ら正確な話をしてくれそうなゲストなんですがなんだか発見の無いインタビューが続いているだけという気がするのは何故でしょう。あ、椹木氏のインタビューなんかはなかなか面白いんですが、どうにもインタビューという形式よりきちんと文章にした方がいいんじゃないか、感が。
 いや、これ評論の本じゃないんですね。「ユリイカ」みたいなぎちぎち文章!というのを期待したら、半分既出のインタビューと文章、あと単行本の後書きで。エッセイ、キーワード集、全作品レビューとか。うーん、充実してるって言うのかな、こういうの。ああ、ムックなんですかこれ。読みやすさ優先にしてるのかあ。だったら、それにしちゃあ濃い、かな。
 けど、やっぱり何かについて書いた文章を読むときは新しい発見がしたいわけでして、そう言う期待にはあまり応えてくれないと言う意味で辛めの評価にさせていただきます。 単行本未収録短編、岡崎京子自身の「思想の科学」での文章とかは面白いんじゃないですか。立ち読むですむ分量ですけど。

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紙の本秘密の花園

2002/07/22 19:26

少女マンガ好き元少女の挑戦

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 横浜中区では「丘の上」に住む人間は金持ちと相場が決まっています。で、丘の下の貧乏人は「上」を金持ち空間と表しています。本書に登場するカソリックの女子高も金持ち空間にあります。
 しかし、やってることはあんまり他の高校生モノと変わりません。人生がつまんない女の子が屋上に集まって語り合ったり、相手を思いやれなかったり、教師とつきあって家出したり、昼メロ並の典型的な展開です。でも、帰り道、自分の家からは少し遠くなるのに一駅分友人と一緒にいる、けどお互い何もしゃべらないシーンとか。高校時代に少し寂しかった人なら懐かしさと同時に共感できるであろう部分は少なくないです。
 逆に題名が持っているような淫靡さや深遠さはありません。明らかにイメージ先行掘り下げ不足だなあ。自らの感性に正直でいることによる自立や屹立を書こうとしているのかもしれませんが、それにしては彼らの行動範囲そのものが狭く囲われた空間である事実は否めない気がします。だって、結局屋上だもんなあ。マンガにおいて、この場所は少年少女の逡巡場所の典型ですが、同時にどうしようもなく何処へも行けないことを感じる場所だったのではないでしょうか。懐かしくて、しかも地元の地名駅名がばんばん出てくるのでとても楽しく読んでしまいましたが、作者の言う「記号でも消費物でもない誇り高い生き物である少女を書きたい」というのはいまいち達成されていないのでは。
 あ? でも、一応元少女の私が懐かしいと思ったんだからいいのか? するとそれが少女の限界なのか?
 閑話休題。私のお気に入りの場面、主人公の一人が電車の中で露出狂のち○ぽ切っちゃうとこは痛快です。そうそう、女としては本当はその位やりたいんですよー。そういう意味で拍手、どんどんやったれ!

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ロシアの「ひょっこりひょうたん島」?かな…?

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 ジャンルは児童文学なんですが、映画関連ありていに言えばキャラクター商品として流通されていると思います。元々ロシアの子供向けアニメーションなんですよ。一昨年、渋谷のミニシアターで公開されてシールブックまで作られる人気者になっちゃいました。公開当時「ロシア映画にこんなに人が…」とか思ったのを覚えてます。
 あらすじは、サルだかネコだかわからない奇妙な風体の動物が、オレンジの箱に入ってしまいロシアに着いてしまう。そんで、そこで友達を作るためにいろいろがんばるが…、というものです。映画のノベライズってつまんないんだよなあ…、と思いながら読んだら想像以上に面白くてびっくりでした。この本世界が広いんですね。出てくる人物がいろんな世界を背負って登場人物に関わってきます。うそつき新聞記者とか、チェブをショーウィンドウにおいて宣伝に使う店員さんとか。
 そんな本作にいかにもロシア的な人物が一人登場します。名前はシャパクリュク、ニックネーム(?)はいたずらいじわるばあさん。「いいことしたって有名にはなれない」という彼女は飼っているネズミとせっせといたずらします。うーん、活き活き老人。登場人物の誰よりパワフルな彼女はまさにバーブシュカです。人間いつまでもかくありたいものですね。
 でも、話はともかく絵が弱い…。新読書社からすでに出ているのは、映画とキャラクターの造形が違うんですよ。現地の書籍から取ったんでしょうけど。こっちは、映画の観客をターゲットにするために、アニメーターの女性に頼んで映画に合わせた絵を書き下ろしたみたいです。どこか遠慮が感じられて、迫力不足。原画者、レオニード・シュワルツマンはもうお年だから頼めなかったんでしょうか。残念です。

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この可愛さにひっぱりまわされたい

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この丸っこい子猫はもともと「TAMALA2010 punkcat in the space」という映画の主人公です。この猫は制作者「t.o.l」によると、「動機としては小難しいというか難解なコンセプトが底辺にあって、それを浮上させてみたら主役の座をタマラが奪ってしまった」(SWITCH10月号)そうです。
 映画本編は早くも「わからないけど、こういうの好きな人は好きだよね」と言う意見によって定義づけられ、カルト映画扱いされています。そのことは、私のように好意的にこの映画に接したものにとって腹立たしいことです。確かにたくさんの記号がちりばめられた映画の内容は、ちょっと見ややこしいかもしれません。しかし、“カルト”と定義づけることによって理解を放棄してしまうのは怠慢ではないか。「理解に努めるに値しない」と評価するのなら、それはそれで正しい姿勢であると思いますが、わからないからって“カルト”でくくるのは手抜きじゃないのか? そんなことを思いながら世間の映画評を読みました。
 ただ、私自身も映画のコンセプトとやらを理解できなかった、というより感じることは出来ませんでした。膨大な記号が物語の真意をぼやかし、結果、記号をいじくりまわすことによって遊び続けるゲーム好きの鑑賞者の遊園地になってしまう。最近さまざまな媒体でこういった例に出会います。例えば、「千と千尋の神隠し」。これは、そういった「充実した失敗作」の一番わかりやすい例であると思います。「すごいと思うけど感動しなかった」というのが「千と千尋」の一般的な意見なのは、「映画が難解な意味をはらんでいるから」ではなく、「細部に凝りすぎて根本が見えなくなっちゃた」からでしょう。  
 「TAMALA2010」もその例の一つなのでしょうか? 本音を言うと、そういった失敗を喚起させる悪い手応えは感じます。しかし、それでもなお、この映画がおもしろかったのはタマラのキャラクターが魅力的だったから、です。うっとりするくらい可愛い外見に反して彼女はとてつもなく放埒で、無自覚にいじわるです。絵本の中での最初の一言はこう。
「あーあ」
「眠いけど 起きちゃお クソいまいましい むかつくぜ」
 可愛い猫が暴言を吐いたり、残虐なふるまいをする、というマンガには元祖(?)にねこぢるがいます。けれどタマラが放埒である必然性はねこぢるとは異なっています。ねこぢるは解放という作用によって「癒し」になりました。が、タマラの暴力性が表現しているのは「癒し」ではなく、おそらく「反逆」である。t.o.l自身も前述のインタビューで、さまざまな情報のセレクトの基準に「パンク」を採用した、という主旨のことを言っていました。私はパンクを全く知らず、「反体制」という辞書的な知識しか持っていません。しかし、「反体制」がパンクであるならパンクって難しそう、と思いました。「反」する為の体制を作ることが昔ほど簡単ではないからです。
 「TAMALA2010」がパンクかどうか。パンクを知らない私には規定できません。ただ、タマラは確実に反逆する猫です。「カワイイ」という単語に包み込むことによって、なにもかもを同質化させる風潮に逆らうがごとく暴れ回ります。煙草を吸って、ナンパして、可愛いペルシャ猫に蹴りを入れる。攻撃的でクソ生意気なタマラ。彼女のキャラクターはなるほど、実にパンクな感じがします。そのデザインのちょっと他に類を見ない可愛さがもたらす逆説の痛快さは、こちらを興奮させます。それは一本の長編映画を支えるのに十分な魅力でした。
 本書はそんなタマラの魅力がつまったグラビア集です。「タマラの可愛さにならbk1ポイントだけど1000円出せる!」と思った私の感覚が一般的なのかそうでないのか(あんま一般でないと思う…)はよくわかりませんが、1000円でこの可愛さ。この魅力。いじわるで破壊的で、可愛い。後悔してません。

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書評家を嫉妬させる…?吉野朔美の読書日記

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 書評の機能の一つに「他人がどんな読み方をしているかを知ることができる」というのがある。この本は、そう言う機能満載の「書評コミック集」である。吉野朔実が楽しみながら読んでいる様子が、こちらに楽しい。ある回では、ソローキンの「何とも言い難い面白さ」を、人に伝えることが出来なくて悩む。本を抱えながらこちらに背中を見せ、視線をちろっとこちらに向けて、「でも、そういう面白さってあるよね」という作者。さりげないエピソードだが、シンプルな絵が心情を引き立ててくれて素直な共感を呼ぶ。この表現は世の書評家をちょっぴり悔しがらせるだろうな。こういうことを言いたくなるときはあるけれど、文章ではこういう形で読者に語りかけられない。マンガならではの方法をきっちり活用している様子がさすが。
 さて、彼女は少女マンガ家である。しかし、非常に湿度の低い絵を描く人なので、登場する本の雰囲気が余分な付加を伴うことなくこちらに伝わってきる。穂村弘との共作、「短歌の4コママンガ化」も楽しい。無理なく描かれた、無理なく薦められる本。

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紙の本ニュー・ワールド

2002/11/04 01:11

天気のいい日にゆっくり話したい友人のような…

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 私は友人が落ち込んでいるときに言葉をかけるのが苦手です。頑張っている人が多いので「元気出して」とか「がんばって」は言い辛い。昔は自分の力量も考えずにすごくリッパな話をしていたものですが、最近ちょっと年喰ってそうしらじらしいことも言えなくなりました。そうなって痛感したことは、人の心を前向きにさせるには、本人が前向きな気持ちを大事にしなければいけない、ということです。
 さて、大久保ニューです。彼のマンガは前向きです。しかも、とってもまっすぐ前向きで、読んでいると居心地の良い友達に悩みを聞いてもらっているような気分になります。舞台は美術専門学校。表現することに悩んだり、友達と話し合うことに悩んだりする青春まっ盛りの女の子達が主人公です。題材自体は新鮮味がありません。無駄な恋愛を経験して自嘲気味になったり、自分の描いている絵が全然好きになれなかったり、というこれまた描き尽くされたかと思われるテーマを、しかし、正面から描くことによって力強く印象づけています。私が好きな会話にこんなのがあります。
 上昇志向が強く前向きな花沢さんが「もっと世界の色んなことも知らなきゃだめだよ」という主旨の話をして、友人たちが落ち込んでしまったときのこと。相談相手の彼氏は、こう返します。
「落ち込んだ、ってことはこっちの言葉を受けとめてくれたってことだろ? 今時そんなに真剣になってくれるなんていい友達じゃない」(本体が手元にないのでちょっと違うはず…)
「そっか…」
 こういう考え方をすることは出来るし、このセリフを友人に話すことも出来るのですが、大久保ニューのマンガのように心地よく相手に伝えることはなかなか出来ないでしょうなあ。誠実に人と向かい合うことの大切さが、気負いなくあっさりした距離感で描かれているニュー・ワールドはとても気持ちがよい。
 投げやりなんじゃないかと思わせるほどよけいなものが描かれないあっさりした絵も、微量のウェットをふくませつつ、ポジティブな作品世界にあっています。肩をほぐしてくれるようなギャグもいい。
 「作家と作品は一致しない」というのが原則だと思っているのですが、この作品はいい意味で作者の人柄が伝わってくる本です。
 落ち込んでいるときに会いたい友人のような本でしょうか。今後に期待してあえて三ツ星にします。がんばってほしい人の一人。

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紙の本彼氏彼女の事情 14

2002/10/18 02:03

物語の正念場であり作者の挑戦の始まりでもある

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 優等生を装っていた有馬が自身のほころびに気付き始め、冷徹で残酷な自分を偽り続けることで宮沢と関わっていこう、と決意(やな決意だな)したのが13巻。だから、14巻はそんな生き方は無理だった、と有間が自覚する話です。
 14巻は、有間の生みの母親が彼の前に出現することで始まります。エゴの固まりのような母親を、確かに自分の母だ。と思い、自分にもあの卑怯な母親の血が流れているのだ。と、絶望する有間。そして、彼は宮沢を突き放し始める…。
 さあ、正念場です。作者にとって。あー、津田雅美のマンガって基本的に登場人物が「物わかりのいい人」なんですよね。「夢の城」も「天使の棲む部屋」も「魔法使いシリーズ」も、みんなトラウマを乗り越えたり、過去の間違いを正して幸福をつかんだりと言う話です(単行本に収録されている作品は全部読んだのに、どーしてファンタジックなものばかりきちんと覚えてるんでしょう)。で、少なくともここに挙げた作品に関しては同じ構造で描かれています。「天使の棲む部屋」を例に取りましょう。3年前に拾った少女ジェニファと共に生活する聡明な少年ルウイ。炭坑で一人で働きながらジェニファを養うルウイは、彼女のことを天使と呼んでいた。環境の悪い生活によりジェニファの病気にかかります。自分の非力さを知ったルウイは彼女と別れ二人は別々の道を歩み始めますが、偶然から再会し、物語はハッピーエンドへ。
 構造としては
1、登場人物たちの幸福の積み重ねが描かれる。
2、その幸福を揺るがす事件が起こって関係、もしくは世界が破綻する。
3、第三者、もしくは本人たちの発見によって過去の蓄積(努力や注いできた愛情)が肯定され、自分らしく生きる術にたどり着いてハッピーエンド。
 注目すべきは3、の表現方法。「天使の棲む部屋」では登場人物同士の語り合いによって、「魔法使いシリーズ」ではサービスのいい魔法使いが「もう一度」願いを叶えてくれることによって、物語はハッピーエンドへ収束します。これが非常によどみない。登場人物はすぐ、自らの願望や失敗の内実を理解します。
 学園モノでも物わかりの良さは物語の収束のために不可欠なようで、「オンナになった日」なんか主人公の女の子が、自分を侮辱した相手(兼初恋の人)にどこがどう自分に対する侮辱なのか丁寧に教えてあげて、相手がそれをしっかり理解したところで終わりだったりします。そんな物わかりのいい人ばっかのハッピーエンドが浮き上がらないのは、1、の段階できちんとエピソードを描き込んでいるからなのですが…(よしながふみもそういう意味で似てる)。
 幸福な過去によって物語が救済される、と言う構図は、幸福な一瞬より、生きるために記憶の底に鎮めていた過去が自分の内面を創り上げてきた自覚のある有間には通用しないんですな。だから、これからは今まで確実ではあるけれど手早く片づけられてきた過去との対峙とそれを乗り越える作業を、子細に描く必要が生じます。作者も当然そんなことはわかっているようで、その過程をものすごく丁寧に描いているのが分かります。
 ええと、しかし個人的結論から言うと「もっと速く進まないもんかな…」と言うのが本音だったりします。だってコマすごく大きいし…。前からか…。でも、これが終わったらきっと一皮むけるんだろうな、と思って楽しみにしてます。ただ一馬とつばさ編に対して、納得しつつも感動できなかった私としてはちょっと不安もあったり…。
 しかし、注目の展開であることには変わりありません。特に「コミックス6巻くらいから読んでない」人は必見。

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漫画嫌いとおっしゃいますが

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 「20才でようやく漫画を読み始めた」とか言ってるけど枡野浩一は多分相当なマンガ読みだ。本文、一人の作家につき、一冊の本を紹介、と言うスタイルで三原順には「X・day」だったり、おかざき真里には「シャッター・ラブ」。直球と思わせておきながら、実は…なセレクト。何より的外れなことが書いてない。じゃあなんでマンガ読み素人を装って書かれているんだろう。なんで「漫画嫌い」なんてタイトルなんだろう。それはきっと、この本に世間一般の「漫画好き」に対する皮肉がこめられているからだ。
 枡野浩一は全く難解な言葉を使わないし、自分の思ったこと、感じたことしか書かない。しかしだからこそ、彼が自分が面白いと思うものを自信を持ってセレクトしている実感が、こちらに明確に伝わってくる。つまらないレトリックを駆使せずに対象に向き合っている様子は真摯だ。まあ、どうでもいいようなことも書いてはあるが。南Q太(現在はこの二人夫婦に!! びっくりした)に愛故にイヤミを言ってしまった話とか。一方で、枡野浩一と感性が合致しない人にとっては彼の批評は意味がない、という気もする。しかし、この本に登場する作家の3人ぐらいあらかじめ知っていてなおかつ好き、な人は登場する他の作家に手を出しても損しないはずだ。
 で、なんでこの本が漫画好きに対する皮肉かというと、ここに出てくる描き手が、多く現場で第一線で活躍しながら、ほとんど論じられることのない作家だからだ。入江紀子、鴨居まさね、かわかみじゅんこなんてものすごく多くの読者の需要を満たしているのに、いわゆる識者やおたく(もちろん私もだけど)は取り上げない。最も、論じる技量がないというのが一番の理由かもしれないが。しかし、評論の存在価値のかなりの部分が「いいものを多くの人に届けるための案内」であることを考えると、多くの漫画評論はあまりに狭義だ。そういう意味で、この本は漫画批評の世界で論じることをサボられていた作家が集まっている、という面もあったりする。三原順とか山田芳裕とか小池田マヤとか、特に。
 「普段は活字本ばかり読んでいて、漫画本をここ数年手にしていないという人には、ぜひとも本書を参考にしてみてほしいと、祈るような呪うような気持ちで加筆訂正しました。買ってください」という言葉からは、自分のセレクトに関する自信と、漫画好きを標榜しているくせに、漫画をきちんと読んでいない人々への嫌味が込められているのではないか。のんびりとした文章と装丁の割になかなか挑戦的な本だと思う。もちろん漫画ガイドとしても有効。文章全体も読み応えがある。既知の作品が多くて、ガイドとしては個人的に高い評価をつけてないけど。
 気に入った人には「君の鳥は歌を歌える」もおすすめ。これも尊敬と悪ふざけに溢れた批評と、丁寧な文章だからこそ引き立つささやかな悪意がたまらない本
(あ、おかざき真里と枡野浩一は仕事仲間だった。そういえば、「シャッター・ラブ」には「ドレミふぁんくしょんドロップ」からの引用があった…。忘れてました)。

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