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BCKTさんのレビュー一覧

投稿者:BCKT

273 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

紙の本歴史をかえた誤訳

2008/07/06 15:30

通訳者としての職責を果たさんとする著者の強い自覚と覚悟

15人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

著者(町田玖美子)は東京都生まれ。69年学部卒業(上智大学外国語学部)という事実から引き算すると,1946年生まれ。高三のとき,英検1級特別賞(?)を受賞した。会議通訳は大学2年から。国広正雄とならんで,同時通訳者の草分けの一人。『同時通訳の女神』(命名はBCKTさん)。コロンビア大学大学院修士課程(ティーチャーズ・カレッジ,英語教授法専攻)修了(90年,44歳)。Ph.D(サウサンプトン大学,2006年,60歳)。『百万人の英語』講師(71-92年,25-46歳)。東洋英和女学院大学(89-97年),現在は立教大学(教授,97-年)。著書に『危うし!小学校英語』,『TOEFL・TOEICと日本人の英語力』など。本書は,『ことばが招く国際摩擦』(98年)の文庫化。


どこかでも述べたが,書く訓練を受けていないのか,エッセイ的な文章を出版社から求められているからか,ほかの通訳者・異文化コミュニケーター(胡散臭い・・・)の文章はダラダラである一方,鳥飼のは分析的で説得力を感じる。目次だけではわからないが,政治(経済)と文化までテーマを多岐に渡らせようとしている姿勢は感じられる(さすがに理系のはない)。参考文献一覧があり,翻訳・通訳の理論書とメディア(新聞・雑誌)から採られているところからして,理論と実践を意識しているところも模範的。素晴らしい。


通訳は,発言者の表現を重視すべきか,それとも受取り手の理解を援けるべきかで悩む。私には通訳の経験はないが,翻訳でも似たようなもんだ。原文の「幕藩体制」を“Bakuhu-Han System”とやって九州大学の日本史の研究者に提出したら,“Baku-Han System”に化けさせられて抜き刷りが送られてきた。古文書ばっかりやってると,英語までの距離観ってわからなくなるんだろうか? 僕なりに受取り手の理解を尊重した姿勢だったんだけどなぁ。


歴代の首相が斬られています。自称英語得意の中曽根やら宮沢やらも,斬られてます。東大法学部きってのスーパーエリートにして選民意識丸出しの宮沢は意外ですが,逆に言うと,東大出ててもこの程度なのかと少し安心いたします(いやいや安心はできないよ,むしろ不安だよ)。「黙殺」で原爆投下からはじまって,「善処」で日米繊維摩擦,「不沈空母」問題,「オーク」と楢,「白足袋」と白手袋など,単語一つでその後の展開がガラリと変わる事例を列挙しております。なかなかに面白いです。


ただこれは経済決定主義が叩かれるのと同じように,言語決定主義,コミュニケーション決定主義で,筋は通るが,これだけじゃあ歴史は変わってませんよ,という批判はあるでしょうね。


通訳者としての職責を果たさんとする著者の強い自覚と覚悟が感じられて,とても好印象です。(1172字)

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紙の本

若者を食い物にした!という著者の告発は間違いない

14人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

はじめに
第1章 高学歴ワーキングプアの生産工程
第2章 なぜか帳尻が合った学生数
第3章 なぜ博士はコンビニ店員になったのか
第4章 大学とそこで働くセンセの実態
第5章 どうする? ノラ博士
第6章 行くべきか、行かざるべきか、大学院
第7章 学校法人に期待すること
おわりに


みずきしょうどうは1967年(福岡県)生まれ。年齢だけで言うと新人類で,バブル入社組。しかし,「龍谷大学中退後、バイク便ライダーとなる。仕事で各地を転々とする・・・。97年、長崎総合科学大学卒業。2000年,九州大学大学院(人間環境学博士)。専門は、環境心理学・環境行動論。・・・。著書に『子どもの道くさ』など。現在、立命館大学衣笠総合研究機構研究員および、同志社大学非常勤講師。任期が切れる08年春以降の身分は未定」(本書著者奥付より)。


第1章(「高学歴ワーキングプアの生産工程」)では在学中の大学院生の実態,第2章(「なぜか帳尻が合った学生数」)では政府政策,第3章(「なぜ博士はコンビニ店員になったのか」)では卒業後の大学院生の実態,第4章では「大学とそこで働くセンセの実態」,第5章(「どうする? ノラ博士」)では無職博士の将来展望,第6章(「行くべきか、行かざるべきか、大学院」)では大学院の現状と魅力,第7章(「学校法人に期待すること」)では学校への要望を出していると解釈できる。展開としては穏当。


興味深かったのは,大学と大学院をそれぞれ一流とそれ以外(二流)に分け,一流から一流へという組合せから二流から二流へという組合せまで4つのルートを場合分けし,やっぱり大学院ではなく学部卒業大学のほうが重視されているじゃないか!という件。つまり,博士号保有が大学研究職への就職に結びついてないじゃないか!という現状告発。博士号を持たない(助)教授が博士号授与の手続き上の責任者(主査・副査)になっている!という現状糾弾。だって専門家同士だと関係が小さくて親密だから敵対関係を回避するだろうし,博士号を自分が請求する段になって拒否られたら困るでしょう? ああいうのは輪番制なんです。互選方式なんです。学会というのは,人数の少ない小さな集合体=ムラなんです。それに,私の知っている例で言うと,大学院を無理やり合格させたうえに,学会専門誌の編集委員時代に自分の弟子の論文を,説得した同僚にレフェリーさせて,弟子の就職に勢いを添えるという例もある。就職すれば,当然,師匠の勢力範囲は拡大する。もっと露骨な例で言うと,自分の子供の大学研究職就職に辣腕をふるう地方大学のボスもいる。


そもそも,理系ならともかく,文系では影響力のある論文の判定の仕方は明文化されにくい。引用回数っていっても,お仲間同士で互選方式で相互に引用し合えば,数は稼げるからあてにはならない。


本書の功績は,著者の憤懣に動機づけられたこの著作が,図らずも政府教育政策の無目的性=場当たり主義を暴露したことにある。大学の大学院化に予算をつければ,いかにバカ大学でも大学院を捏造する。悲しいことに,国立大学も大学院生を積極的に取り始めたから,三流大学院は閑古鳥が鳴いていたらしい。しかし,どっちにせよ国立大学最高責任者や私大経営者が若者を食い物にした!という著者の告発は間違いないと思う。


しかし,バブルが弾け,東大卒でも就職にあぶれていたあの時点で大学院生を急増させるというのは,若年層失業率を抑え込もうという当局の意図がミエミエだったはず。バブル期に地方の弱小大学を政府が叢生させた背景には,地方からの活性化政策の要請もあっただろうし,“ハイ,あとは自由競争ですからね”というオチが待っていたことは,少子化傾向も顕在化していたことからして明らかだ。たしかに二流大学生だと,そういった大局的な把握は難しかったのかもしれないけど,情報収集力のなさからきた選択の誤りだ。


本書の欠陥は,やっぱり“二流大学卒業とはいえ(関係者失礼),一流大学で(九大は一流なんでしょうか?)博士号までとったんだから,就職させろや!”という恨み節が本書のそこかしこに充満していることだ。もう一つ言えば,自分の仲のいい友人たちを成功例に仕立て上げているところなんかは,判官贔屓でなくてなんだろう? 文系なんだから,資料収集力を発揮して,たとえば,原丈人みたいな全国区的に顕著な転身例を挙げるべきだろう。鷲田小彌太『大学教授になる方法』に言及がないのも感心しない。(1809字)

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紙の本

紙の本砂糖の世界史

2007/11/27 01:15

ウォーラーステイン的視覚の砂糖的応用

13人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

プロローグ 砂糖のふしぎ
第1章 ヨーロッパの砂糖はどこからきたのか
第2章 カリブ海と砂糖
第3章 砂糖と茶の遭遇
第4章 コーヒー・ハウスが育んだ近代文化
第5章 茶・コーヒー・チョコレート
第6章 「砂糖のあるところに、奴隷あり」
第7章 イギリス風の朝食と「お茶の休み」―労働者のお茶
第8章 奴隷と砂糖をめぐる政治
第9章 砂糖きびの旅の終わり―ビートの挑戦
エピローグ モノをつうじてみる世界史―世界史をどう学ぶべきか

著者は,1940年(大阪府)生まれ。京大文学部卒,同大大学院文学研究科を修了し,阪大助手,同大(87-04年,教授)。定年退職後は,名古屋外国語大学を経て,京都産業大学へと天下り。文化庁文化審議会委員。同文化功労者選考分科会委員。彼の名を知らしめたのは,なんと言っても,『工業化の歴史的前提――帝国とジェントルマン』。これは早々に英訳されて“輸出”さるべき著作だ(なんなら私が請け負いましょうか?)。生産様式ではなく,消費や道徳規範・習慣などから資本主義を説く。『民衆の大英帝国』(90年)や角山栄との共著『路地裏の大英帝国』(82年)からわかるとおり,著者は反東大大塚史学=越智学派=京大反マルキスト歴史学派の領袖。本書は著者56歳の作品。余計な御世話だが,I・ウォーラーステイン『史的システムとしての資本主義』(85年)の翻訳でそうとう印税収入があったに違いない。本訳書が古本屋になかったためしはない。


砂糖という現代ではありふれた日常品に数世紀の世界史を読み込む(説き起こす)というお洒落な視角。羨ましいくらいカッコいい。もっと言うと,「砂糖のあるところに、奴隷あり」(第6章)という題名からわかるとおり,資本主義が歴史段階説的に一国史的に発展するのではなく,世界自体が一国の資本主義を後ろで支えていた,いやこの世界自体がシステムとしてイギリスに資本主義を産み落としたのだというウォーラーステイン的視覚の砂糖的応用(敢えて,シドニー・W・ミンツ『甘さと権力――砂糖が語る近代史』的翻案とは言うまい)。これを砂糖に凝縮しているのだ。じつにお洒落。


じつは,彼の指導教官=角山栄には『茶の世界史』と題する,けっこう売れた著作がある。とうぜん,「砂糖と茶」は「遭遇」する(第3章)。川北は恩師の作品を補完する形で,イギリス庶民の食卓史を描き出したことになる(といっても,モーツアルト=史上初の庶民音楽家という規定が難しいように,貧乏人には砂糖は高嶺の(高値の?)花だったが)。


ただ,私のイギリス人の友人たちに紅茶党はほとんどいない。私と同じで,みんなコーヒーばかり飲んでいる。職場の自称イギリス通(喋る英語は英検3級)が紅茶ばかり飲んでいたのを思い出すが,ありゃいったい何なんだろう。。。(1123字)

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紙の本

紙の本はじめての言語学

2010/09/12 16:58

言語学を知らない私のような素人向けに書かれている

10人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。



第1章 言語学をはじめる前に―ことばについて思い込んでいること
第2章 言語学の考え方―言語学にとって言語とは何か?
第3章 言語学の聴き方―音について
第4章 言語学の捉え方―文法と意味について
第5章 言語学の分け方―世界の言語をどう分類するか?
第6章 言語学の使い方―言語学がわかると何の得になるか?


著者は1964年(東京都)生まれ。上智大(外国語学部ロシア語)卒業。東大大学院(露文科)修了。東工大と明大を経て,退職(07年3月,43歳)。何故だろう。専攻は言語学(「スラブ諸語における両数の研究」(4頁))。最初は(地味に,失礼!)地道に『ウクライナ語基礎1500語』みたいなのを出しながら(著者31歳),たぶん,NHKテレビでロシア語会話の講師(01~02年度)をやったのが彼の人生の転機だったんだろう,以後ブレークしたようで,これ以降,外国語がらみの雑本が多い。新書で3冊も出している。08~09年度には,NHKロシア語講座の講師もやっている。ウクライナ語に始まってロシア語を経由し,退職以来,おもに雑本だが毎年著作を発表し続け,09年には英語にまで進出している。本書は著者が40歳の時の作品。著者近影を拝見すると,童顔ながら,女性好きのしそうな相貌。明大で女子学生に人気がありすぎて,周囲から嫉妬されていられなくなったのかなぁ。

本書趣旨は題名通り。言語学を知らない私のような素人向けに書かれている。実際,理解にストレスを感じない。ソシュールとかチョムスキーとか,ミーハーでも知ってる言語学者の名前も本文には出てこない。たぶん,当時勤務していた大学で,理工系の大学生に向けて教科書として売ろうとしたからだろう。ボヤキのような文章やシレっとギャグをかますあたり,面白い文章を書ける研究者だとお見受けした。

私は中学生のときに外国語大学進学を決意し,中高時代は英語やら通訳ものやら言語学関係やらを気の向くままに読んでいた。当時仕入れていた断片的知識にあった「ウラル・アルタイ語」などという分類は,言語学的にはもう妥当性がないということを知って驚いた。30年も昔だと知識が古くなってしまうんだねぇ。オジサンは悲しいよ。

(882字)

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紙の本

日本人全員が英語ができるようになるなど夢想すること自体,馬鹿げている。

9人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。


第1章 入塾心得
第2章 音読―新渡戸稲造に学ぶ
第3章 素読―長崎通詞に学ぶ
第4章 文法解析―斎藤秀三郎に学ぶ
第5章 辞書活用法―岩崎民平に学ぶ
第6章 暗唱―幣原喜重郎と岩崎民平に学ぶ
第7章 多読―新渡戸稲造と斎藤秀三郎に学ぶ
第8章 丸暗記―西脇順三郎に学ぶ
第9章 作文―岡倉天心と西脇順三郎に学ぶ
第10章 視聴覚教材活用法
第11章 その他の独習法
第12章 英語教材の選び方


斎藤兆史(よしふみ)は58年(栃木県)生まれ。栃木県立宇都宮高等学校,東大(文)卒,大学院修士課程修了。インディアナ大学(M.A.),東大教養学部(専任講師,90年,32歳),ノッティンガム大学(Ph.D.,39歳)。東京大学総合文化研究科(教授,09年,52歳)。専門は英語文体論。私が読んだのは,『これが正しい!英語学習法』,『英語達人列伝』,『日本語力と英語力』(齋藤孝との対談)など。翻訳書も多い。


趣旨は,“英会話程度でギャーギャー騒ぐな,しっかり正統派の勉強せぇ”。この著者には『努力論』という題名の著作もあり,そのスタンスは旧来的という表現に価値判断があるとすれば,保守的と言うべきか。著者には全く同意する。2011年から小学校5・6年生に対して英語を導入するという教育制度に見られるように,私も英語教育がおかしな方向に進んでいるという危惧がある。小学校のうちは,英語学習なんてどうせ不完全にしかできないだろうし,漢字や九九なんかが完全にできればそれでいいよ。と私は思うが,読者の皆さんはどう思われますか?


この本の特徴は,読者を「読者」と呼ばず,「入塾生」と呼んでいること。また,塾長を自称する著者は,自分を爆弾処理班と位置付け,花火ができるくらいの素人に“近寄るな!”とか言っている(183頁)。う~~ん,自分でも認めている通り,こりゃエリート意識丸出しだわ。,


英語教育の在り方に関しては,古典的著作と言える平泉渉・渡部昇一(共著・対談)『英語教育大論争』を読むべきだと思う。小学校英語の導入に伴い,茂木『文科省が英語を壊す』,鳥飼『危うし!小学校英語』,市川『英語を子どもに教えるな』,果ては津田『英語下手のすすめ』などのような反対論が湧きでてきた。一方で,楽天やユニクロなどの新興企業は社内言語を英語にしたし,在来大手企業の代表格としてパナソニックなどは雇用対象を日本人に限定しなくなった。なんだか,中央公論編集部・鈴木義里(共編著)『論争・英語が公用語になる日』に現実味が増してきた。


要するに,知的思考力を備えた日本人が英語をしゃべるようになれればよいのだ。ということであれば,これは私の私見(卑見?)だが,英語がろくすっぽ話せない官僚どもを解雇するというのはどうだろうか? 日本人全員が英語ができるようになるなど夢想すること自体,馬鹿げている。そういう意味で,やっぱり爆弾は「爆破処理班」に任せた方がいいと僕なら思う。


(1175字)

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紙の本

紙の本英語を子どもに教えるな

2007/09/02 14:44

早期英語教育の是非を真摯に考えるのなら,手始めとして本書は有益です。

8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

第1章 在米日本人子女と過ごした一三年
第2章 セミリンガル化する子どもたち―母語喪失の危機
第3章 バイリンガル幻想を検証する
第4章 日本で進む早期英語教育の実態
第5章 外国人との「対決」が育む国際感覚
終章 親が留意すべき10のポイント


著者は1963年(東京都)生まれ。あんま僕と変わんないんだね。学部卒業大学不明。学習院大学修士課程修了(心理学,88年)。売り手市場のバブル前期にもかかわらず,学習塾に就職。何故? コネチカット州に在米邦人子女のための学習塾を設立(96年)。Hamilton UniversityでPh.D(?年)。2003年春に帰国。著書刊行時は41歳。職業は何なんだろう。定収はあるのかなぁ。結婚してるのかなぁ。他人ながら心配です。


趣旨は本書題名に尽きている。大津由紀夫や鳥飼久美子,藤原正彦ら小学校英語導入反対派の一角を占める。しかし,著作としては同派の茂木『文科省が英語を壊す』よりは断然よい。なぜなら,市川の場合,その論証がとても手堅いから。本書題名が与える扇情的なイメージは本書を読むべき適切な読者を減らしてはいないかと危惧さえされるくらいだ。それは章別構成を見てもよくわかる。「バイリンガル幻想」の「検証」を中核に置き,前半に現状把握があり,5章と終章がその対策となっている。


はっきり言うが,文科省は日本人に英語力を本気でつけさせようなどとは思っていない。頼むから,一般人の親は早く目を覚ませ。小学校で英語を教えてくれるなら,英会話学校の月謝がうくなんて発想はよしてくれ。そもそも予算配分を見てみろ。何がシンガポールだ。こんな緩々の教育強度でシンガポールなんかに追いつけるか! 通常の頭脳を持っているのなら,かなり低レベルの私でも,意思疎通能力増強においては外国人との「対決」がいかに大事なのか,よくわかっている。


早期英語教育の是非を真摯に考えるのなら,手始めとして本書は有益です。(812字)

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紙の本

紙の本ユダヤ人

2006/08/25 01:25

差別はなくなりませんよ。

10人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

I なぜユダヤ人を嫌うのか
II ユダヤ人と「民主主義」
III ユダヤ人とはなにか
IV ユダヤ人問題はわれわれの問題だ
 Jean-Paul Sartreはパリ生まれ(1905-80年)。妻はシモーヌ・ド・ボーヴォワール。フッサール(現象学)とハイデッガー(存在論)に影響された。第2次世界大戦中には捕虜を経験し,脱走に成功(41年)。共産主義への傾斜が,アルベール・カミュやメルロ・ポンティと決別させた。構造主義の台頭とともに,サルトルの実存主義は思想的に退潮。なんだ,おフランス思想も流行なのか・・・。原著_Reflextion sure la Question Juive_は,53年刊行。著者49歳の作品。訳者は東京生まれ(27年)。早大文卒(51年)。ソルボンヌ大学文学部留学(52‐4年)。専攻はフランス演劇史。訳書刊行当時は,早稲田大学文学部教授。生きているなら,06年で79歳。
 趣旨は,ユダヤ人差別の現状への告発。共産主義にのめり込む哲学者らしく,理性的かつ論理的かつ実証的に,ユダヤ人差別がいかに無根拠かを論じている。ユダヤ人のあくどさって,捏造された虚像というのが現在の研究者たちの共通理解のよう。でも,サルトル先生,反差別論=理想的平等論が理念的であり,したがって唯物的ではありえない限り,妥当性は持ちえません。ユダヤ人が誰なんだか,僕の友人にもいるのかどうか,僕はわかりませんし,あんまり気にもなりません。でも,そういや,在日の朝鮮・韓国人に対する差別も似たようなもんだ。在日の奴とは付き合った経験はありますが,だからと言って,僕が理想的反差別論者だということにはならないでしょう。差別はなくなりませんよ。転職先である現職での僕の立場は,ドイツの不法滞在トルコ人とほぼ同じです。石こそぶつけられてはいませんが,同僚諸氏によるパワーハラスメントは強烈です。市場のイドラがいかに強烈か,まざまざと感じられる今日この頃です。(812字)

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紙の本

山田の英語知識がきわめて誠実

9人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 山田はオンライン検索しても,基本属性(生年,出身地,学職歴,職業)は不明。翻訳家との印象を受けている。ただし,ハーリー『コンピュータが子供の心を変える』を共訳するなど,注目すべき訳書が多い。Thayneは皆さんご存知(?)のセイン・カミュとは別人。「1959年生まれ。米国出身。カリフォルニア州アズサパシフィック大学で社会学修士号取得。日米会話学院、バベル翻訳外語学院などでの豊富な教授経験を活かし、数多くの英会話関係書籍を執筆」(ttp://www.php.co.jp/)。ただし,この人は少し仕事が雑です。『ビジネス版 これが英語で言えますか』を読んだが,職人としてよりもプロデューサーとしての才覚の方が優っている。
 通常なら,この種の例文は,標準的な場合は,辞書をひけば掲載されているようなものか,そうでなければ,(学術上不適切なために)辞書には決して載せられないようなものが多いが,山田詩津夫の英語知識がサブカル分野(「アメリカ」のテレビ番組などの流行語など)も含めて,きわめて誠実であることが本書を類書とは異彩を放つ作品としている。
 郡司利男『英語熟語笑辞典』同様,読める辞書として使えるのみならず,索引(和英,聖書からの引用句,シェークスピアからの引用句など)が充実しており,2、200円(税別)ならお買い得だ。(560字)

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紙の本

紙の本「学力低下」の実態 調査報告

2005/10/23 15:54

競争社会へ変わる社会への準備課程としての公教育の問題

8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

データのネタは,阪大『学力・生活総合実態調査』(01年,小学5年生2100余人と中学2年生2700余人)。政策変更の直前直後での変化を見るのに好都合という理由で選ばれたらしい(11頁)。
「実態」というほど統計データがあるわけではないが,「50円切手4まいと70円切手3まいをかいました。いくらはらえばいいですか。式を書いてときなさい」という算数の問題に,89年時点で81.2%が正答したのに,02年時点では62.7%しか正答できなかったということはわかる(21頁)。確かに,これでは御使いもできず,生活に支障が出るだろう。通塾の有無での格差は大きいが,それでも学力は落ちている。
“通塾すれば問題なし”という視角ではなく,旧来型日本社会から変化しつつある社会(競争社会)への準備課程としての公教育の問題として捉えるべきと著者は力説している。(627字)

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紙の本

紙の本戦争論争戦

2009/05/05 05:56

あなたが兵隊なら,子孫に不憫に思ってもらいたいですか? 尊敬してほしいですか?

15人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。



はじめに
第一幕 なぜいま「戦争論」なのか
第二幕 「戦争論」から戦後論へ・前編
第三幕 「戦争論」から戦後論へ・後編
対談を終えて(小林・田原)


小林よしのりは1953年(福岡県)生まれ。市立福岡商業高等学校(現福翔高等学校)卒業後,福岡大学人文学部(フランス語学科)卒業。76年に漫画家デビュー。代表作に,『東大一直線』,『おぼっちゃまくん』,『ゴーマニズム宣言』など。季刊誌『わしズム』責任編集長(02年以降)。日商簿記検定2級,珠算3級。小学館漫画賞(第34回,89年,36歳)。対談時46歳。
田原総一朗は1934年(滋賀県彦根市)生まれ。県立彦根東高等学校卒業後,JTB(日本交通公社)に入社。上田哲(日本社会党)は高校時代の恩師。翌年,早大(二文(夜間学部))に入学するも中退(55年,21歳)。その後,早大(一文,史学科)に再入学,60年卒業(26歳)。テレビ東京退職後(64-76年),フリー。不思議なことに,Wikiには受賞作の記述がない。あれだけのテレビ番組とあれだけの著作を刊行しておりながら,受賞が城戸又一賞(98年,64歳,本書見返しに明記)以外に見当たらないとはどういうことだろうか? 先妻存命中から交際していた再婚相手が元日本テレビアナウンサー田原節子(旧姓村上節子,故人)。今で言う“W不倫”だったらしい。田原は二人の女性と結婚し,二人とも死別している。下げチンだ。娘の田原敦子はテレビ朝日プロデューサー。マスコミ一家。対談時65歳。
本書は1998年10月ごろに,3回に分けて対談された内容を書籍化したもの。


本書は,目次を見てもわかるとおり,小林『戦争論』(第一巻98年,第二巻01年,第三巻03年)の第一巻の便乗企画。対談の主要議題も戦争。“上から読んでも下から読んでも山本山”みたいな書名(平成生まれどもは知らんだろう。ふっふっふ・・・。)。右翼の小林対左翼の田原という図式。大東亜戦争をめぐって,意義はあったとする小林に対して,なかったとする田原という対立軸。世界標準(“パワーポリティクス”)を意識する小林に対して日本(小沢民主党?)基準(国連支配)を打ち出そうとする田原という価値観・世界観のコントラスト。


田原も馬鹿じゃないので,中国が善良な国家だなんて考えてはいない。田原の言うとおり,中国人にはまともなのもいれば,まともでない者もいる。それは私に言わせれば,日本人だって米国人だって同じだ。しかし,大東亜戦争に従軍した兵隊を「英雄にしちゃあ,やっぱりまずいんじゃない?」と発言し,小林に「わしは絶対に英雄にしなければならないと思う」と発言させている(48頁)。従軍した同国民を“英雄視”することが「まずい」という純日本製の発想が僕には受け入れられない。戦場へ赴いた兵隊たちは例外なく強制されたのだから,被害者であって英雄ではないとする田原に対して,戦地へ行かされて行った兵隊もいるだろうが,戦地へ行く必然性に人生的意義を公的に引き受けた兵隊もいただろう,無理矢理でも納得して行ったのなら,英雄(英霊)として敬意を払うべきだという立場の小林。私が兵隊なら,明らかに小林のような子孫がいてほしい。


あなたが兵隊なら,子孫に不憫に思ってもらいたいですか? それとも尊敬してほしいですか?

(1315字)

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紙の本

紙の本美しい国へ

2008/06/23 02:20

書評になってない素人政治評論です

16人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

第一章 わたしの原点
第二章 自立する国家
第三章 ナショナリズムとはなにか
第四章 日米同盟の構図
第五章 日本とアジアそして中国
第六章 少子国家の未来
第七章 教育の再生

著者は1954年生まれ。著者については聡明なる拙評読者はご存じだとは思うが,いちお確認しておきたい。元内閣総理大臣(第90代、2006-7年)。妻(昭恵)は,森永製菓創業家の出身(6代目)。著者の兄(寛信)は三菱商事執行役員で,その妻はウシオ電機会長牛尾治朗の娘。弟(岸信夫(養子))は参議院議員。父方の祖父(安倍寛)は元衆議院議員(『メンズ・ノンノ』モデルとは別人)。母方の祖父(岸信介)は,第56・57代内閣総理大臣,大叔父(佐藤栄作)は第61-63代内閣総理大臣,父(晋太郎)は元外務大臣。成蹊学園(小学校・中学校・高等学校・大学法学部政治学科)を卒業。くわぁ,ところてんというより,エスカレーターというより・・・なんて言えばいいんだろう・・・少なくとも,受験生の経験はないんだなぁ。で,たぶん,成績はたいして良くはなかったと推測できる。内部進学者が大学入学者からバカにされるのは,慶応や早稲田には限らない。著者52歳時の初めての単著。


 本書要旨は“私=安倍晋三は保守本流の政治家です,さらに「闘う政治家」でありたいです!”です。大学で帝国主義を勉強したにも拘らず,友人から“右翼”呼ばわりされていた。偏差値が低い割には全国区で“左翼”大学としての知名度だけはある大学でのことだったので,“ああ僕は中道なんだ”と思った。小林よしのり『戦争論』(全三巻)はすべて読んだし,日本の外で外国人と口喧嘩もした経験もあって,自分の日本人性には自覚的な方だと思う。ああ,ってことは僕はどっちかというと保守的で右翼寄りなんだな,と悲しき結論。青春を費やして一生懸命マルクス『資本論』(大月書店版(国民文庫)で全8巻)を読んだのに・・・。


という立場の僕が本書を読めば,とうぜん評価は甘くなる。だって,言ってることは保守派の代弁とでも言えそうなくらい。ただね,「批判を覚悟で臨む」「闘う政治家」などと血気盛んな52歳だったのに,自分は総理職を途中で投げ出したよね? 腐れバカの村山富一(宇野宗佑と同程度の最低総理経験者)とどう違うの? “変人”小泉純一郎も,どっちかというと留年を留学(学位を取ってるわけではないので,正確には大学長期滞在)で誤魔化すくらいだから安倍と変わんないけど,それでもよっぽど「批判を覚悟で臨む」「闘う政治家」の台詞に相応しいよね。たしかに本書で述べているのは,間違いなく美しい“錦の御旗”だと思う。でも「闘う」意味をわかってなかった。小泉内閣で「スパコン」並の機動力を働いた官僚組織が,安倍内閣で素人の「そろばん」以下だったのは(小泉純一郎元秘書の表現),そういうところに原因があったんじゃないのかな?なんて思う。


そういう意味では,ちょっと悲しいですが・・・。ありゃ,こりゃ素人政治評論で,書評になってないや・・・。反省・・・。(1226字)

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「ゆくえ」,「危機」,「幻想」,そして「不毛」

8人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

序 教育の論じ方を変える
第1部 学力低下論争の次に来るもの
第2部 なぜ教育論争は不毛なのか―メディア篇
第3部 なぜ教育論争は不毛なのか―行政・政治篇
終章 隠された「新しい対立軸」をあぶり出す

 
 著者は1955年(東京)生まれ。東大卒後,大学院(教育学部)で修士号,ノースウェスタン大学でPh.D(社会学)取得後,同大で客員講師。放送教育開発センターを経て,東大勤務(教授)。『大衆教育社会のゆくえ』(95年),『階層化日本と教育危機』(01年,サントリー学芸賞と大佛次郎論壇賞を同時受賞),『教育改革の幻想』(02年)。本書は48歳時の作品。



 経年的に題名だけを追っていくと彼の教育に対する姿勢の変遷が分かる。つまり,教育の「ゆくえ」,「危機」,「幻想」ときて,本書の「不毛」。この「ゆくえ」はひらがなで書いてはいるが,“迷走”と読むべきだろうから,苅谷は現代日本教育の「ゆくえ」(迷走)を憂慮し,「危機」を言いたて,ついにその改革が「幻想」だと見抜き,改革論議が「不毛」と言い放ったと言える。起承転結(!?) 本書は,第1部の一部「もう学力論争は終わった」(中井浩一との対談)と終章(書き下ろし)以外は全て,『毎日新聞』『読売新聞』『論座』などの既出(記事)雑文を編纂したもの。学力低下論争との「決別」の書であり,これで一応の手仕舞いとする著者の態度を象徴する編集である。“起承転結”という私の一言まとめもあながちギャグだけではない(と思う)。

 
 しかし,彼の『階層化日本と教育危機』まで本当に教育統計を用いた本格的研究はなかったのだろうか? もしそうなら,驚かされる。いかに教育社会学が経済学的ウィリアム・ぺティ以前であったかが偲ばれる。経済学は経済実態にあんま効果を持たないが(持つのは経済制度の創出・改変に向けられた政府政策),教育学はそれ以下だったんだね。


 少なくとも苅谷は,自主的思考重視の寺脇研とは反対で,知力重視の齊藤孝,斉藤兆史,榊原英資,和田秀樹らの側に属すると思う。しかし,社会的なインフラとしての教育を考えており,保護者の経済格差がその子供たちの学習格差につながってはならないという強い思いが明白だ。宮台真司は「苅谷の立論は、経済決定論的であり、受験する側=児童・生徒の『動機付け』への考察が全く欠如しているとして批判している」らしいが(Wikipedia),宮台さん,なんで東大出てるのに,地方大学の研究者が地方新聞で書きそうな頭の悪そうな発言したんですか? それとも,Wikipediaに記事書いた人の要約が悪いのかなぁ。苅谷の姿勢は学者として至極当然で,人格的な正義さえ感じられる。


 いろいろ叩かれて悔しい思いをしたんだろうけど,バカに味方する奴なんかいません。自信を持って社会科学的手法で日本の教育をドンドン検証し尽してください。応援しているぞ。(1148字)

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ド素人向け入門書として好適

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第1章 文の構造を分析する
第2章 生成文法とは何か
第3章 深層構造と表層構造
第4章 普遍文法を追求する

著者は1957年(福岡県)生まれ。東大卒,同大で大学院単位取得退学。成城や北大で勤めたあと,本書刊行当時は名大(教授,49歳)。著書に『コトバの謎解き ソシュール入門』(光文社新書),『町田健のたのしい言語学』(ソフトバンククリエイティブ),『町田教授の英語のしくみがわかる言語学講義』『日本語のしくみがわかる本』(以上、研究社)、など。「日本語文法にも精通しており、文部省科学研究費で和仏機械翻訳のための基礎的研究に取り組む・・・[中略]。また最近ではタモリのジャポニカロゴス等のテレビ番組にも出演しているが、歴史的仮名遣いや漢字の音訓など彼自身の誤認に基づく誤った発言がそのまま放送されるケースもあった。[中略] 同番組で時東ぁみのファンであることを公表した。」(Wikipedia)。大先生の公表としては面白かろうし,名大受講生も増えただろうけど,これで授業はやりにくくなっただろうなぁ。教授会で吊るし上げられてるんじゃなかろうか・・・。

僕にとっては初めてのチョムスキー。好評の本書を耳にしていたので購入。世紀の大理論家チョムスキーの主張の粗筋とそれに対する町田の問題提起があり,まぁ革命的な大理論といえども,無理筋は含まれているというのが素人にもよくわかり,とてもよい。たとえば,「能動態と受動態の文が表す意味が『なぜ』等しいのか,ということは[チョムスキーの掲げる]生成理論の枠内ではどうやっても説明できない」(107頁)なんてことは,門外漢の素人にはとてもわかりやすいチョムスキーの問題点。「Xバー理論」とか「統率理論」とか,取っ付きにくそうな専門用語も簡単に触れられていて(172-8頁),文学部にいる一部の高飛車な修士課程の大学院生どもに教えを請わなくても済みそう(なんで文学部の連中はあそこまで学部入学偏差値がほぼ同じの経済学部をバカにするのだろう?)。

ド素人向け入門書として好適です。お勧めします。(807字)

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他人を見て我が振りを直すつもりなら読むのは有効

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

たぶん,扇情(による話題性を通じた売上げ増)を狙ったからだろうが,本書題名は内容の全貌を代表できていない。むしろ副題(「知的亡国論+現代教養論」)が内容を要約している。たとえば,東大生のなかには1円玉の直径が「2cm」だと答えたのが4人に1人いるとか(21頁),「単順明解[単純明快]」「熱帯林が抜採[伐採]される」「質量保存[質料保存]の法則」など誤字を書くとか(168-71頁),「珍論愚論」を答案に書いてくるとか(179-82頁),いろいろな「バカ」(立花)がいるということは確かに書いてある。天下の東大生のなかにでさえ,大学側はあんまり表には出したくないだろうなぁと思われる学生が実在するということで,それはどんな大学にでもいるだろうし,どんな有名な名門の中高校にでもいるだろうことは想像しなくてもわかる。問題はそれが「東京大学」(the University of Tokyo,×the Tokyo Universityは正規の表記ではない)だということで,本書はマイナスに表現された学歴優生論だ。しかしよく考えてみると,これは東大卒業生にしかできない批判(?叱咤!)で,アホ大卒の私がやったら冷笑されるか怒られるだろう。著者が文三卒なので,(“国家公務員試験に出ることしか知らないし知ろうとしない”といった)文一に対する無知批判は,就職面で不利な文学部が優遇される法学部(や経済学部)に対する嫉妬と絡んで,他大学でもうごめいているはずだ。大学生の学力・知力を判断する基準がない以上,文学部の批判には客観的根拠がない。人脈構築力とか情報収集力とか,実社会でつかえる技術もまた評価の対象となるべきだろう(尤も,これも私には欠落しているが)。
本書の副産物である「現代教養論」に私は興味を覚えた。著者が「現代の教養としての4つの知的能力」として挙げている,
「論を立てる能力」(論理力・表現力,誤論を見抜く力,説得力),
「計画を立てる能力」(計画遂行能力,組織力,チーム結成力,チーム運用力),
「情報能力」(情報を収集・評価・利用する力),
「発想力」(問題発見力,問題解決力)
という「教養」の定義は斬新だった(278頁)。手段としては,“調べて書く”訓練を徹底させること。まぁこれは米国の大学留学組が“レポート書くのに追いまくられた”とこぼす(自慢する?) のを見聞すれば納得もいく。田丸美寿々が “年間約500本の著作を読破してレポートを書かされた”と言ってるのをむかし読んだ記憶がある。非東大卒でも他人を見て我が振りを直すつもりなら読むのは有効。(1426字)

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僕たちは,死ぬまで日本人なんだ。

9人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

(1)大東亜戦争(太平洋戦争)の世界史的意義は,
有色人種=日本人がアジアで初めて白人の諸帝国
とりわけ米英に対して,緒戦に限定されるとはいえ,
勝利し,民族自決の意識を喚起したことにある。
(2)米国の世界攻略=「自由」「民主」の欺瞞と
マインドコントロール。(3)戦時中の日本人は「私」を捨て
「公」に就いた。

といった第二巻に底流してたテーマに加え,
第三巻では(4)アメリカの対イラク戦争を支持した保守派のサヨク性,
や,(5)ネオコンとは「過激なサヨクである」
というテーマが流れているように思われる。

第9章はなんだか小林の筆になるものではないような気もするが
(タッチの異質な漫画だけがね),
相変わらずブラックなユーモアもありながら,前2巻に比べ,
ギャグ的な要素が恐ろしく減っている。
「本書『戦争論3』の製作段階の苦悩は
かつてないものだった」(あとがき)事情を推察するに足る事実だ。

私は,小林のように,(たとえば勤勉さの点で)
日本人を世界的に異質だというふうに捉える見方に
俄かには同意できない。最近の日本は,
高度成長期とは違ってはっきりと世界と共通要素を帯びている。
キャッチーな言い方でいえば,国際化している。つぎに,
彼のように英米を一枚岩的なイメージで捉えることに
強い抵抗を感じるが,一枚岩的でなければ,
あそこまで単純化はできなかっただろうし,
読者のためにも無用な混乱を省けなかっただろう。
しかし,有色人種と白人人種との対立という単純化は
浮き彫りにされる。海外で生活した経験があれば,
人種差別がどの国でも消滅していないことは
縷々述べるまでもないだろう。

漫画だから議論は錯綜しているが,それなりに
(敵情も含めて)よく勉強している点はじゅうぶん推察できる。

厚生省を叩いてサヨクに歓迎されたあと,
大東亜戦争肯定論をぶちあげて「転向」したとか言われているが,
欧米諸国の帝国史を描き出す件は,その攻撃性において
左翼に“先祖帰り”しているかのよう(注1)。
20世紀前半までの帝国主義を批判しながら,
なぜ西洋のクラシック音楽を愛(め)で,
欧米に習うこと(倣うこと?)を公言してきた
(大学院まで出た)知識人たちよりは,
福岡大学という三流大卒の漫画家のほうが,
現在に歴史を学ぶ意義を訴える切実性がストレートに感じられる。

「趣味は?」と聞かれて「語学!」などと答える
ナイーブな層まで含めて,英語大好き少年少女たちに勧める。
世界で日本を語るつもりがあるんだったら,
過去の日本人をめぐる議論を避けては通るな。
貴方たちは,死ぬまで日本人なんだ。

(注1) 冗談だぜ。(^^)/ 俺に言わせりゃ,小林は右翼でも左翼でもない。頑固ジジイなだけだ。頑固さが抜きん出ている点では,僕のような凡人の比ではない。

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