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BH惺さんのレビュー一覧

投稿者:BH惺

49 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

紙の本双頭のバビロン

2012/05/17 22:37

華麗なる双子の運命譚

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

あまりの厚さに最初は戸惑っていましたが、読み始めたら面白くて俄然ページをめくる手が止まらず。皆川博子ワールド全開の重厚かつ豪華絢爛な世界観に圧倒されっぱなしでした。
 まずイントロが秀逸。汚穢の悪臭・腐乱した死体・鴉片中毒者等がうごめく上海の貧民窟で発見される華美な衣装をまとった役者の謎めいた屍骸──そこから一気に舞台はウィーンに飛んで運命的な双子のストーリーが展開。
 結合双生児であった彼らは分離手術を受けて、ゲオルクは貴族の嫡子として、ユリアンはその存在を抹殺され人知れず顛狂院に匿われる。光と影のように生きる2人の運命を交互に、さらに重要なサブキャラであるツヴェンゲルとパウロを交えた視点で進むストーリー。

 ゲオルクはその放蕩ぶりから廃嫡され新大陸・アメリカで映画監督として成功する。時代的に映画の黎明期を重ね合わせているところがかなり読み応えがあった。ゲオルクが創り出す映画の数々、プロデューサーとの対立・葛藤等こまごました内情がリアルに描写されていて一種の成功譚としても楽しく読める。
 平行して不幸な出生のためにやむを得ず影の存在となったユリアンの生い立ちもまた耽美的な語り口で酔わせる。彼の引き取り手となったヴァルターとの親子の情、幼馴染であるツヴェンゲルとの切っても切れない固い絆。それらを育んでゆくユリアンの姿は、華やかで豪胆なゲオルクとは対照的に哀切に満ちてはかなすぎる。特にユリアンの章はゲオルクとの感応力、ツヴェンゲルとの密接な関係等々、ミステリアス&耽美的なテイストが盛り込まれていて皆川博子の真骨頂かなと。

 しかしミステリーとして読むとかなり弱いなという印象が。
 さらにもう少しゲオルグとユリアンとの濃密な葛藤や苦悩が描かれるのかと思っていたら、意外にもあっさりとしていて個人的に物足りなさも。それにどちらかというとゲオルクの映画人としての成功譚と、ユリアン・ツヴェンゲルそしてヴァルター3人の運命譚が程よく絡み合った絢爛豪華な作品といった印象が強い。

 個人的に魅力的だったキャラは何と言ってもツヴェンゲル。ゲオルクとユリアンが肉体的な双生児ならば、彼はユリアンと精神的な双生児だったのだと解釈。さらに読んでいて思わず眉を顰め鼻をつまみたくなるような醜悪な上海の貧民窟の描写も極上かと。
 皆川作品を読むにつれ思うのは往年の少女マンガ。特に萩尾望都作品を彷彿させる。作品の根底に流れる優雅さ華麗さ切なさが類似しているせいなのかなと。
 まるで劇的な映画を観ているような作品。まさに映画的な上海貧民窟イントロの仕掛けにもやられました。ラストまで読んでわかる、こうきたか!と。期待に違わぬ自分的に大満足な1冊でした。

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紙の本

紙の本おじさん図鑑

2012/05/02 01:07

愛すべきおじさんたち

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 お、おじさんがいっぱい! 表紙に思わず一目ボレしてしまいました!
 さらに……なんかスゴイよ……自分的に帯の惹句にイチコロ……。

「すべての若者に捧ぐ。 おじさんになる前に、おじさんを知るべきだ」

 とか。いやー、自分は女子なので一生涯かけてもおじさんにはなれないんだけどね。ついついこの惹句につられて……。さらにカバーの帯の 本書の使い方 とかも……。

「おじさんの仕草や言葉には、長年社会を歩いてきた人生が詰まっています。それはくだらなかったり、おもしろかったり、為になったり…と千差万別。
その隠れた素晴らしさ、若者にはまだ備わっていない味わいを伝えるべく、取材し、観察して図鑑としてまとめました。今まで気にしていなかった「おじさん」を楽しむガイド。これからの人生を歩むヒントが見つかるかも知れません」

 とか。「おじさん」。この本に登場する数多の「おじさん」たちを写真に収め、分類して、イラストにし愉快なコメントを添える──というその発想に脱帽です。分類された「おじさん」カテゴリーはざっと数えただけでも50~60種。
「普通のスーツのおじさん」「偉いおじさん」「たそがれるおじさん」「仙人おじさん」……とか。うそでしょ? って思うかもしれないけれど、ホントにカテゴリーどおりの「おじさん」たちばっかりなんです……いるいる~こんなおじさん!! って思わず叫びそうになるくらいあてはまりすぎててビックリした。

 著者のなかむらるみサンが足掛け4年をかけて取材した「おじさん」達はもうもう圧巻です。その洞察力と地道な努力と好奇心&行動力は称賛に値すると思う。なんたって ~ドヤ街で炊き出し体験~ とかしちゃうし。とてもとても恐ろしげな世界かと思いきや、実はドヤ街で暮らす「おじさん」たちは超個性的で優しくて面白い。一度ボランティアで参加したらけっこうハマってしまう人もいるのだとか。著者サンもまぎれもなくその一人となったようで。

 もうもう自分がどんなに書いてもこの本の面白さ素晴らしさは伝えられない~! 興味持った方はぜひ読んでほしい~。超絶面白すぎるから! 自分は電車内で読んでて笑い堪えるのが正直つらかったし。
 著者サンの、「おじさん」に対する優しいまなざしとほっこりする愛情をじんわりと感じられる書籍。自分の勤務図書館も来館者は「おじさん」が多いのだけど、分類を参照するなら「うるさそうなおじさん」が圧倒的だなと。
「近づくと怒られそうとか、にらまれそうとか、文句を言われそうとか悪い結果が予想されるので近寄りたくないおじさん」
 ってまさにドンピシャだもんね。←コラコラ!鋭くて的確! 大変楽しませていただきました。大満足。脱力系のおじさんイラストがツボです。

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紙の本

紙の本バレエ・メカニック

2012/04/10 10:22

耽美・幻想のサイバーパンク

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 最初は耽美・幻想小説の類かと思っていた。しかし、帯の惹句や書評によると実はSFにカテゴライズされ、しかもサイバーパンクであるとのこと。さらにかなり難解であるとも。なのでとても手こずる作品なのだな、と理解して心して挑んだ。
 が、予想に反してとても読みやすかった。解説に冒頭、特に第一章は完全なるシュルレアリスム(超現実・不条理な世界、事物のありえない組み合わせなどを写実的書いたもの)なのだが、まさにその通りだなと。

 第一章のメインキャラは造形家・木根原。娘である理沙は9年前から大脳を損傷して昏睡状態にある。
 その木根原がある日突然あり得ない津波に遭い、さらに東京中が奇怪な物体からの襲撃に晒される。それらの現象は実は大脳を損傷している理沙の脳内で繰り広げられている「夢」=「理沙パニック」であり、東京自体が彼女の「脳」となる……というまさに「超現実」の世界が展開し、父である木根原はなんとかして娘・理沙に会おうとする。
 その手助けをするのが、もう一人のメインキャラである理沙の主治医・脳外科医である龍神。
 彼も溺愛していた自分の分身ともいえる姉・金糸雀を少年時代に亡くして以来、彼女を追い求め思慕を募らせているという複雑な人物設定。その2人が幻のような存在である理沙を追い求めてゆく──というのがメインストーリー。
 あり得ない現実とリアルな現実が巧妙に入り混じり混沌とし、見事なコラボで読んでいて幻惑させられてしまう。
 
 第二章は主に龍神の生い立ちが語られるのだけれど、彼と姉・義兄との淡く禁断の関係などは耽美小説を彷彿とさせる。そして一転して行方の知れない理沙の手掛かりを求めて木根原と龍神が奔走する後半ではまるでミステリー&サスペンス的な面白さ。父が最愛の娘の手掛かりを知る第二章ラスト部分では思わず感動で目頭が熱くなる。
 次々と登場するキャラたちはそれぞれ魅力的でありミステリアス。特に魅力的なのが少年たち。木根原と関係する謎多き少年・トキオに少年時代の龍神。憂いていながらも強靭な信念を抱き、けれどそれぞれが母に姉に深い思慕の情を抱いている。そんな複雑な魅力を醸しだしている少年達を男性作家が描いていることに少しばかり驚いた。いや、男性作家だからこそ描けるのか? けれど反対に女性キャラが少しばかり薄い感が否めなかったけれど。

 そして驚愕の第三章。これぞこの小説の真骨頂というべきか。まさにSF、しかもサイバーパンクなのだ。自分的には一番難解だった部分。
 設定としては「理沙パニック」から40年後。理体(体)とヴィラージュ(意識)を別個に切り離せるエレクトロキャップが使用されている世界。「理沙パニック以後」という言葉が出来るくらいに、理沙の存在は「不死」の象徴としてある意味神聖化されている。そんな世界にヴィラージュ・ドードーとして生きる龍神とヴィラージュ・エディスとして生きるトキオがメインとして活躍し、龍神に雇われたトキオに命じられたのは、なんと理沙の殺害。
 エレクトロキャップというガジェットを効果的に使用して自在にヴィラージュ(意識)を飛ばす2人の描写が圧巻。

 白眉なのが、各章のラスト数行。謎と共に次章への関連を思わせ、そして強烈なノスタルジーを感じさせる。
 耽美・幻想・禁断・不条理そしてSF。全てがぎっしりと詰まっていながらまったく破綻していない。そしてなによりこの作品の根底に流れているのは、物悲しさと愛情なのかなと。
 姉であり母であり娘である、最愛の人を失った哀しさが痛烈に行間から溢れてくるのが、この作品を無機質なSFにとどまらず、哀切に満ちた稀有なものとしているのだと思った。この作者の他の作品も是非読んでみたい。個人的に名作。

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紙の本

紙の本花のノートルダム

2012/03/24 22:48

好悪分かれる作品

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 読みながら、これはR-18指定にしなくて良いのだろうか……と思うことしばしば。かなり表現があからさまで刺激的。だけど中条省平氏の訳は過激でありながらワイルドで読みやすい。固有名詞などそのものズバリ登場したりしてあ然呆然の連続だった。
 語り手は一人称がジャンという、作者の名と同じ人物。なのでかなり自身を投影しているとみたので、これは一種の自伝的小説なのかなと。しかし、そうでもないらしい表現もあるので読者を幻惑させる。それも作者の構成のねらいなのだとしたら、かなり狙った緻密な構成なのかと。

 登場するのはすべて同性愛者ばかり。そのうちのメインキャラクターは女装する男娼・ディヴィーヌ。ほとんどヒロインと言ってもよいほどの心まで女性となっている繊細で心優しい人物。そしてその情夫となるイケメン・ミニョン。そしてその彼が拾ってきた、今作のタイトルロールでもある源氏名「花のノートルダム」という美少年。
 つまりはこの3人の愛憎劇、途中からミニョンは警察に捕まりストーリー上からは姿を消してしまうので、実質的にはディヴィーヌと「花のノートルダム」との物語となっている。

 1940年代。おそらく作者が若き頃のフランスを舞台にした、社会の底辺で生きる若者達を赤裸々に描いた一種の風俗小説なのだと個人的に理解。その描写は時に俗悪であり猥褻であり、嫌悪感を抱きそうになるほど。同性愛者達の生活を詳細に描写し、犯罪を重ね身を売り、裏切り裏切られ、刹那的に生きる彼等の青春(というには綺麗すぎるけど)が痛々しいまでに鮮烈。
 そんな俗社会に身を置き、男娼として生きながらもその精神はあくまで純粋で慈悲深いディヴィーヌの存在がひと際輝きを放っている。どんなに他人に蔑まれ裏切られながらも、プライドを捨てることは無いその姿は一種の崇高さを感じさせる。

 対して登場シーンから殺人者として華麗な印象を抱かせる「花のノートルダム」。この作品において同性愛者達は自ら決して本名を名乗ることはない。美少年「花のノートルダム」もそうなのだけれど、その個性はインパクトありすぎ。殺人・万引き・コカインの密売等悪事に手を染め、結局は警察に捕まり斬首刑に処せられる。
 短くもそのあまりにも強烈で鋭い生き方と、息を飲むような美しさの描写には圧倒された。一種の「悪の美学」なのだろうか、ピカレスクロマン(悪漢小説)と言っても良いくらいだと。

 巻末の解説にあったのだが、これはヒロイン・ディヴィーヌの成長物語でもあり、そのディヴィーヌと「花のノートルダム」との複雑な恋愛小説でもあるとのこと。そしてさらに、作者ジュネがこの「花のノートルダム」という小説をどう書いたかを語る「メタ小説」として読むこともできるという説に思わず納得。
 で、作中個人的に一番感動したのが、意外にも法廷劇となった「花のノートルダム」ことアドリアン・バイヨンの裁判シーン。
 殺人罪を問われている彼の裁判に証人として次々に同性愛仲間が証言台に立つ。公的な場での彼等は普段の虚飾をはぎ取られ別人のように委縮してしまった中、たった独りディヴィーヌだけは、堂々と立派にアドリアンにとって有利な証言をしてゆく。その精神的強さと成長に思わず涙腺崩壊。

 下品・低俗・猥雑な描写と崇高・静謐・技巧的な描写が混然一体となった独特の文体。俗と聖が混沌としながらも、心の深奥から湧きあがってくる静かな感動。
 受け付けない人はまったく駄目、耐性のある人にはとんでもない奇書であり、感動作。だからこそ、この時代まで読み継がれてきた作品なのだと思うと感慨深い。

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紙の本

紙の本ラピスラズリ

2012/03/07 23:37

死と生の物語

7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 初めての作家さん。しばらく休筆されていて最近復活されたとのこと。本質が幻想文学ということで興味津々で読了しました。
 「銅版」「閑日」「竈の秋」「トビアス」「青金石」の5つの短~中篇収録。

 かなり独特の作風です。難解と言った方がよいのかも。はっきり言って、すんなりとああ、感動した! という内容ではない。けれど精緻な構成・硬質な文体・濃密な描写等々すべてにおいて圧倒されました。
 とある女性が深夜、列車の到着を待つ間の時間潰しに立ち寄った画廊。そこで目にした3葉の銅版画。
 <人形狂いの奥方への使い><冬寝室><使用人の反乱>と題されたそれに女性はどういうわけか惹かれてゆく。そして遠く子供時代、女性の母親も銅版画を見ていたことを思い出す。そのタイトルは<痘瘡神><冬の花火><幼いラウダーテと姉>──。

 ここまでが本編の導入部といったところ。以下、「閑日」「竈の秋」と2篇続くのですが、まるでそれぞれの話がリンクするようでそうでない、まったく独立したエピソードなのかといえばそうでない……という不可思議な世界が展開されてゆく。
 
 冬になるとまるで動物のように冬眠するという「冬眠者」と呼ばれる奇妙な一族の物語。塔を備えた屋敷に住み、使用人を多数抱えたその一族。冬が近づき、冬眠用意の顛末を描いているのだけれど、もうその独特な世界観に圧倒される。
 使われていない部屋、ガラスケースに入った無数の古びた人形、屋敷の中を徘徊する幽霊(ゴースト)、突如として発生する痘瘡、襲いかかる地震、燃える大量の枯れ葉……。
 幻想的な素材は完璧。妖しげで幽霊と人間が何の違和感もなく共存している世界。ストーリーはまっすぐに「冬眠」=眠り・死・終わりの世界に向かって疾走してゆき、ある意味閉じた世界ともいえる。ラスト、塔内の喧騒をよそに庭師のような老人と荷担ぎの2人の語りも暗示的でミステリアス。

 「トビアス」は一転して和テイストの物語。しかし、前章と同様にストーリーの世界観は暗く、閉じている。
 登場する少女はとある廃市に住んでいるが、ふとしたきっかけで母親と共にそこから逃げ出すこととなる。少女は冬眠するがごとく深い眠りに陥ってしまうけれど、目覚めた時には母親の姿は既にない。やはり死と喪失の影がちらちらと見え隠れしている。

 「青金石」。タイトルでもあるラピスラズリの日本語名。聖フランチェスコをメインキャラにした、こちらは眩いほどの「生」の物語。ラスト数行の光輝くような描写が白眉。
 それまでの「死」モチーフから真逆の「生」をテーマにした作者の巧みな構成に唸った。
 途中挫折しそうになるけれど、最後まで読んでみてこの小説は実は救いと再生の話なのだなと実感。作者の鮮やかなテクニックに脱帽です。

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紙の本

まるでコラージュのような小説

5人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 なかなか読む人を選ぶ、もしくは好き嫌いの分かれる作品だなあ、というのが読了後の素直な感想。
 21の章から成るそれぞれのエピソード。この作品を小説と言っていいのかどうか? 内容にもあるとおり、それぞれの章がまさにコラージュされたような、つぎはぎ切り貼りしたような印象を与える作品。
 かろうじて根幹をなすストーリーというのが、とある男性作家(おそらく)の幼少期の回想録であるらしいこと。
 戦後間もない時代、ある日突然父親が失踪し、残された母親と男性は祖母と伯母と暮らすことになる。その多感な幼少期の生活での強い印象などが、濃密な描写と改行のほとんどない文章で綴られてゆくので最初はかなり違和感。
 主語がなく唐突に文が始まり、さらに一文が長く一体誰の語っている言葉なのか途中で判然としなくなる。まるで学生時代に習った古文のような感じ。

 父親が母と自分を捨てて愛人の許に走ってしまったという事実。父親が死に、語り手の男性の許に父親の愛人から手紙が届く。それを受け取った男性が意外にも愛人に対して負の感情を抱いていないのがまた男性心理の複雑なところ。父の失踪の原因は何だったのか? ほんの少しミステリーっぽい香りもしたりして。

 かなりアンニュイでノスタルジックで独特の雰囲気のある作風と文体。
 はっきり言って小説として明確なストーリーはありません。いや、小説として捉えちゃいけないのかな?
 この作者の他の作品を読んだことがないので、普段どのような作風なのか分からないのですが、実験小説のような印象受けました。
 万人受けする作品では決してないと思います。こんな作品もあるんだ! と目からウロコ状態で読了。
 読んでがっかりするか、未知の作品との出会いに感動するか。どちらかに分かれる作品かと思います。

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紙の本

読む度ごとに新たな発見

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 再読です。初読は子供の頃。偕成社ジュニア版日本文学名作選に収録されていたのを読んだ覚えが。
 その時は「わ! なんか古くさ!!」って、作品の価値も知らずにまったく気にもとめなかったのですが……大人になってからこの作品が単独で出版されていると知り、どこかで読んだことあるな……と思い出しました。
 まさかあの文豪がバリバリの少女小説を書いていたなんて! とやたら驚きました。

 文庫化になったと知り、即座に図書館に予約。2人の「お姉さま」に言い寄られて想い惑うような三千子チャンの悩ましげポーズがなんともはや。この中原淳一のジャケ画の素晴らしさには言うことありません。
 
 横浜のミッションスクールを舞台にした、新入生三千子と上級生の2人──儚げで美しい洋子と勝気で活発な克子。この3人の少女達が繰り広げる三角関係と友情を描いた作品。
 少女小説のある意味典型的なスタイルを踏襲した……というかベースとなっている名作。
 この作品の大前提である、当時の少女達間で流行ったという親密な関係「エス」。親友以上恋人未満──的な微妙な関係。上級生×下級生であったり、女教師×生徒であったり、同級生×同級生であったりとバリエーションは様々。男女交際などもってのほかの当時において、憧憬の念を抱く対象は必然的に身近にいる素敵な同性になるのはごく自然なこと……だったらしい。

 上級生の洋子からモーションをかけられた三千子は出逢った瞬間からお互いシンパシーを感じ合い、すぐさま仲の良い「エス」となる。まるで姉妹のような関係の2人はあくまで微笑ましく、三千子は無邪気で洋子はあくまで優しい。そんな2人の関係が少しずつ変化してゆくのが、夏休み。
 三千子は軽井沢へと避暑にゆき、そこで偶然出逢ったのが洋子のライバルというべき克子。以前から三千子を狙っていた彼女はここぞとばかりに三千子に猛アタック!
 三千子も洋子に申し訳なく思いながらも克子の活発で強引な魅力には抗えない──ここのエピソードはそのまま男女間の三角関係のようで、良く出来てるなあと。誘惑する克子に、いけないと思いつつも誘惑されてゆく三千子。特に洋子に対して後ろめたさを感じる三千子の葛藤がとても繊細に描写されていて秀逸。

 読んでいてこの先3人の少女の関係は一体どうなるの? ととっても気を揉んでやきもきさせられるのも、もう完全にこの作品の魅力にハマッてしまっている証拠。
 そしてクライマックスは運動会。思わぬハプニングで負傷する克子。その彼女に天使のような広い心でかいがいしく看護し接する洋子。克子は今まで三千子をめぐって洋子のことをライバル視していたけれど、その掛け値無い優しさにを目の当たりにしてついに心を開いてゆく──。

 とまあ、典型的な少女小説展開なのですが、少女達の心の流れが嘘臭くなくとても自然に描かれていて読ませます。さらに白眉はラスト。
 実は片親で没落しかかった家の娘である洋子。クリスマスを背景に、恵まれない子供達にボランティアとしてクリスマス会をセッティングする彼女の姿を生き生きと描き、学校卒業後もただ単なるかよわい女性──結婚という男性の庇護を受けて生きるのではなく、仕事を持ち生きがいを持って生きてゆこうとする、自立心に溢れた少女として描写しているエピソードがとても感動的だった。

 本編も大変面白かったのだけど、さらに興味深かったのが解説。
 実はこの作品には中里恒子さんという原作者が存在していたという事実。この方の原稿に川端康成がかなり手を加えて発表したとのこと。なるほど頷けるなと。男性で少女のこういう繊細な心の綾を描くのはなかなか至難の業だよね、と思いながら読んでいたし。
 さらに、三千子の「お姉さま」である洋子のモデルとなった方の写真も載っていたりと裏話にお腹いっぱい。
 当時の少女達の独特で儚い素敵な世界と文化を知る貴重な作品でもあり、資料だと思いますね。面白かったです!

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紙の本

紙の本あかねさす 新古今恋物語

2012/02/02 20:43

古典を華麗にアレンジ

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 素敵なジャケ画に一目ボレして購入。今このような超訳的な古典モノが流行っているんでしょうか? なかなか分かりづらい古典の世界にスムーズに入ることができるのでとてもありがたいなと。
 本作、内容もちょっと凝っていてる&洒落ていて一気に読んでしまいました。
 新古今和歌集の中から20の歌を元ネタにして、それを現代の短篇にアレンジ。ちゃんと和歌の意とテイストは残しつつ、ガラリと小説に変身させているところが面白かった。
 作者サン、自分はまったく知らなかったけれど、かなりお若いらしい。なので必然的に短篇の設定・世界観も若い。登場キャラも下は高学生から上は行っても40代まで。中でも20代前半の若者達の話が多い。和歌に託された恋の想い・詠み手の心情を巧みに切り取って小説にしている手腕はなかなかだと。
 中でも印象的だった作品をいくつか。

第二話 願っても桜は散ったし 素性法師
 高校1年の女子がメイン。イマイチ高校生活に馴染めなくて、中学時代を懐かしんでいる女子の話。その時はまったく気付いていなかったけれど、失ってみて初めてわかるものの大切さが痛いくらいよくわかる。
第四話 何かが不足している 寂連法師
 日記形式で展開する社会人女子の話。仕事も人間関係も可も無く不可も無く無難にこなして毎日を暮らしている。
 彼氏も作らず(作れず)、結婚の見通しもない。永遠に続くかと思われるこの虚無的で不毛な日々。将来に対する漠然とした不安に泣く女子の心理描写が巧いと思った。
第十一話 揺らしたら溢れてしまう 式子内親王
 姉の彼氏を好きになってしまった妹の複雑な心理。そんな妹の気持ちを知っている姉との微妙で、息詰まるような心理描写が読んでいてハラハラ。
第十四話 遠く深い場所まで 謙徳公
 お互いに不倫同士のカップルを描いた作品。ラストのオチになるほどなと。

 などなど書ききれないほど良作ばかり。もっとたくさん面白いハナシがあるんですよ!
 男女間の微妙な関係・思惑・心理などがさらりと、それでいて深く描かれていて最後まで飽きずに面白く読めた。
 作家であり歌人でもあるという、この作者サン。読み応え充分の20作でした。

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紙の本

紙の本野蛮な読書

2012/02/02 20:31

おいしそうな書評

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 平松洋子さんの作品は初めて読むのですが、主に本と食とちょこっと旅にまつわるとーっても内容の濃いエッセイでした。

第一章 贅沢してもいいですか
 能登とハンバーガーと風呂上がり
 贅沢してもいいですか
 わたしの断食一週間
 まずいスープはうまい
第二章 わたし、おののいたんです
 わたし、おののいたんです──宇能鴻一郎私論
 最後の銀幕スタア──池辺良賛江
 お獅子のまるかじり──獅子文六、ほんとうの味
 四日間の空白──沢村貞子の日記文学
第三章 すがれる
 春昼
 夏のしっぽ
 クリスティーネの眼差し
 雪国ではね
 すがれる

 著者・作品共に予備知識まったくなし! 著者の平松さんに関しては食に関するエッセイが多いとのプロフを読んで納得。食にまつわる描写がとてもお上手で美味しそう! 一瞬ホントに食に関するエッセイかと思ってしまった。そう思うほど楽しく美味しそうでスラスラと読めるのだけど、実はその中で登場する書籍がなんと100冊以上だと知ってあ然としました。小説ばかりではなく多彩なジャンルの書籍の紹介になるほどなるほど。軽妙な語り口で楽しく読ませて、ラストにはほんのりじんわりさせる──この落差というかギャップの妙が素晴らしいなと。

 自分的に楽しめたのが第一章・第二章・第三章の「すがれる」かな。
 第一章はすべて興味深くて引きこまれた。
 「能登とハンバーガーと風呂上がり」雪深い能登の風景となくてはならないお気に入りの書籍。そして美味しそうな地元の食事の描写に思わず羨望。
 「わたしの断食一週間」では、一体どこのセミナーなのか企画なのか皆目わからないのだけど、集団で絶食(もちろん無理なく)するというイベントに参加した著者。
 一週間の食事はほとんどスープと重湯とお味噌汁。その合間にひたすら歩いて体操してヨガをする。娯楽は持参した本のみ、というものすごい禁欲生活。著者が持参した本は「拳闘士の休息」と「墨汁一滴」「仰臥漫録」正岡子規。特に正岡子規の作品に自分を重ね、病床の子規を思い感慨に耽る件では思わず胸熱。

 第二章はひたすら面白い。官能小説家の宇能鴻一郎氏の作品と人柄に対する新たな発見で驚愕する著者。自分もつられてなんだか非常にその著作を読みたくなってしまったし。ナント、宇能鴻一郎氏、芥川賞作家だったのですね。その氏に対する著者の深く鋭い考察がとても面白かった。
 で、次の俳優・池辺良氏のエピソードにも爆笑というか、やはり絶賛されている「昭和残侠伝 死んで貰います」を観たくなったし! 池辺良さんの俳優としての魅力はもちろん、後の文筆家としての魅力もあますところなく語っていて興味津々。

 第三章は「すがれる」かな。山田風太郎氏の晩年のエッセイ「あと千回の晩餐」について語る内容がちょっと胸に迫った。
 などなどそれぞれのエピソードをさらっと愉快に語っているのに、紹介されている書籍の数は100冊超え。凄い読書量だなと改めて尊敬。小説もいいけど、たまにはこういう本格エッセイというか書評も良いなと思ってしまったのでした。

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紙の本

好きこそ物の上手なれ

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 期待せずに読み始めたのですが、意外や意外。最高に面白かったです。分厚いし、解剖医なんてまるっきり興味無い自分がのめり込むように一気に読了してしまいました。
 18世紀イギリスに実在した「近代外科学の開祖」とまで言われた人物ジョン・ハンターのバイオグラフィー。と言っても、従来の単なる偉人伝に終始するのではなく、とにかく一筋縄ではいかない、まるで小説のようにドラマティックなバイオグラフィーとなっていました。

 当時の宗教観から外科医師はとても低い身分とされていて、古来から伝わるなんの根拠も無い医療法がまかり通っていた18世紀。そんな時代に突如として現れた天才もしくは鬼才の外科医師・ジョン・ハンター。幼少時の彼は勉強が大嫌いでほとんど無学に近い。内科医として成功を収めている10歳上の兄・ウィリアムの援助を受け彼の医療助手を務めていくうちに、解剖医・外科医の学問に目覚め熱中し没頭。その天才的な能力を開花・発揮してゆきます。

 このジョン・ハンター、はっきり言ってとんでもない人物。田舎モノで下品。上流階級とは無縁だけれど、きさくで豪放磊落。ある意味自然児だった彼が実は医師として見事な変貌を遂げてゆく様に胸がすく思い。解剖技術向上のために、人間の死体を収拾するという裏稼業もこなすところがまたなんともブラックで、医師として患者の治療をする行為と真逆でギャップとともに魅力を感じさせます。
 王室とも繋がりを持つ兄やライバル達との嫉妬と確執。彼の愛すべきキャラクターと天才的技術を慕って訪れる多くの弟子たち。その人間ドラマも見事に描写されていてまるで小説のように読ませます。面白すぎてページをめくる手がとまらなかった。

 現在の外科医療のベースとなるあまりにも偉大&多大な功績を残していながら、その業績は彼の死後ライバルや身内によって殆ど消失させられてしまう。けれど、そんな状況下にあっても、偉大なる師を最後まで敬愛した助手クリフトによって細々と受け継がれ今も博物館や書籍として残っているとのこと。そしてなによりジョン・ハンターが教えた多大の弟子たちが各国に散らばり、彼の理念と教義を護りながら今日の外科医療の進歩に貢献したという事実に思わず涙。

 天然痘ワクチンを開発したエドワード・ジェンナーは彼の最愛の愛弟子だったということも初めて知りました。
 さらに彼の患者にはアダム・スミス、バイロン卿といった歴史的人物の他、「進化論」のダーウィン父子とも浅からぬ関係があったとか。有名な「ドリトル先生」のモデルも彼であり、古典「ジーキル博士とハイド氏」の家のモデルは彼の自宅であったとのこと。さらに、あの手塚治虫氏の名作「ブラック・ジャック」も実はジョン・ハンターがモデルだったのでは? という説もあるとか。なるほど、納得できます!
 外科技術だけでなく、歯科・病理学・動物学・解剖学など諸々の学問の基礎固めの他、人間の進化までを究めようとしていたという、その情熱に読んでいて胸が熱くなりました。

 好きこそ物の上手なれ。
 思わずこの言葉が思い浮かびましたね。
 残念なのは、ジョン・ハンターの思想と学問は18世紀の世界では先端を行きすぎて当時の社会から理解を得られなかったということ。外科医療を科学の地位まで引き上げた彼の偉業がもっと評価されてもいいんじゃないかなと、この作品を読んで歯噛みする思いを禁じ得ませんでした。

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この作品に出会えて光栄です

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 タイトルからして人を食ってます。
 最初一体どんな内容なのか想像もつかず。が、冒頭からいきなり解剖室での妊婦の死骸描写にあ然・呆然。ここでもう作者の術中にハマってしまいました。かなりグロテスクなはずなのに、ちっとも陰惨ではない。むしろカラッとしてユーモラス。なにより登場人物たちが個性的で魅力的だから。
 重要なキーパーソンである解剖専門の外科医・ダニエル。そして5人の才能ある助手たち。そのやりとりが面白い。師弟の絆は強く結束していて読んでいて羨ましいくらい。
 舞台設定が18世紀ロンドンなので解剖学がまだまだ認知されていない時代。そのため、技術向上のための死骸調達もままならず、危ない橋を渡ってようやく手に入れた死骸はなんと準男爵令嬢。しかも未婚でありながら妊婦だったという、いわくつきのもの。
 紆余曲折あって、なんと男爵令嬢の他に2体もあるはずのない死骸が発見されてしまう……。

 もうここからが本格ミステリーの始まり。探偵役は清廉潔白な法の番人サー・ジョン治安判事。彼は盲目であるけれど、その分雑多な周囲に惑わされることなく、しっかりと真実を見極めることができる。
 インパクトありすぎる脇キャラ・少年ネイサンの所有する稀覯本をめぐる陰謀にまきこまれるダニエルとその助手達。彼等は解剖技術を武器にして共にサー・ジョン治安判事とタッグを組んで数奇な殺人事件を解明してゆく。
 二転三転する事態。一体真犯人は誰なのか? ネイサンを主軸に置いた視点とサー・ジョン判事主軸の現在進行形視点。時系列が異なりながら進行し、ラストには見事に融合するという構成の巧みさ。裏に裏をかくトリックの鮮やかさ。そして毒々しいまでのユーモア。そしてほのかに漂う背徳と耽美。

 作者はとてもご高齢とのこと。ですが、その熟練の職人技に酔わされました。特に事件が解決したあとのあの寂寥感がたまらない。そして全編通してどこか突き放して達観しているような洒脱さ。助手たちが死者を送るために歌う「解剖ソング」をラストにもってきているところがなんともブラックユーモア溢れています。それに対する、特に作中最も魅力的なキャラ、エドとナイジェルの末路がこれまた切なく哀しい。
 
 解剖学とミステリーのコラボが白眉。元ネタ的作品「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯」も併せて読むと、より一層作品世界を理解できること請け合いです。

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紙の本

紙の本フランケンシュタイン

2011/11/14 12:45

真に恐ろしいのは人間と怪物、果たして一体どちらなのか

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 サブタイトルが「あるいは現代のプロメテウス」。
 個人的に好きなんです。ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」とか、ナボコフの「ロリータ」とか今作とか。後世に曲解・キワモノ扱いされて伝わってしまった作品てかなりの確率で名作である率が高いです。この「フランケンシュタイン」も感動の名作でした。

 自分は過去読了した澁澤作品中で初めて知ったんですが、フランケンシュタインというのは怪物の名前ではなくてそれを生み出した科学者の名前だそうで。
 自然科学に傾倒していた彼はとうとう人造人間を造り上げてしまうのだけれど──。
 そのあまりの醜悪さに恐れをなして怪物をおきざりにして逃げ出してしまう。その無責任さに少し腹立たしい思いが。

 何も知らずにこの世に生み出された怪物は、創造主であるフランケンシュタインに見捨てられ、何も知らずに人間社会に放りだされてしまう。出逢う人毎にその醜悪さを恐れられ虐待され傷つく心。孤独を友に、たった独り身を隠して生き延びる日々。
 唯一の救いは逃げ延びた隠れ家の隣人である善良な親子。父親と息子と娘・3人で暮らすその生活を見ながら、彼は言葉と知識と愛情と優しさを学び得てゆく。
 けれどその親子にも存在を拒絶され、彼の心は人間に対する、ひいては自分を造り出したフランケンシュタインへの憎悪と復讐へと向かってゆく。

 読んでいて恐ろしいのは人間と怪物、果たして一体どちらなのだろうとものすごく疑問に思った。
 怪物の心は純真で常に愛情を求めている生まれたての赤子そのもの。その彼の心を憎悪で満たし歪ませてしまった物は一体何なのか?
 中盤、怪物の独白によって痛烈に批判されている、うわべで人や物を判断してしまう人間の愚かさの描写が白眉。

 3人による書簡形式と独白という凝った3重構成がまた効果的。
 望んで生まれたわけではなかった怪物の、誰にもその存在を認められない悲痛な心の叫びが心に染みる。
 一般的には映画などで有名ですが、あまりにもキワモノ扱いされていて、原作の真のメッセージが伝わっていないような気が……。上質なゴシックホラーとして読みましたが、フランケンシュタインを身勝手な親に置き換え、怪物を愛情に飢えた子供として置き換えると、充分現代にも通じるテーマになるなと思ってしまいました。
 作者がこの作品を書いたのが若干19歳の頃。ビックリですね。サブタイトルの「あるいは現代のプロメテウス」というのは、土から人間をつくったという、古代ローマ時代の話に由来するそうです。

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紙の本

普通に生きる幸せ

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 あの中国清王朝最後の皇帝、映画「ラストエンペラー」でも有名な愛新覚羅溥儀の姪御さん、愛新覚羅こ生(福永こ生)さんの半生を描いた著作。以前から満州国関連の書籍は興味があり、こ生さんについてもあらかた知識はあったんですが、自分が知る限り単体として作品が出たのはこれが初めてなのではないでしょうか。

 母親は華族出身、父親は満州国皇帝・溥儀の弟。どちらに転んでもその出自は貴く、ある意味歴史的存在。そのような星の下に生まれてきたこ生さんの波乱万丈の一生を詳細に追ったのがこの著作。
 こ生さんが生まれる以前。清王朝の終焉から満州国建国までの歴史的背景から、母親である嵯峨浩さんと愛新覚羅溥傑さんとのなれそめ。そして日本の敗戦によって満州国が解体し、想像を絶する中国国内の放浪の旅──などなど、幼少時のこ生さんがいかに数奇な運命をたどって過酷な体験をしてきたのかがすんなりと理解できる。
 命からがら帰国できたけれど戦犯である父親とは離ればなれ、二歳年上の姉・慧生さんを不慮の事故で亡くしてしまうなど、帰国してからも数々の不運が襲いかかる。
 まるで小説を読んでいるようなその劇的人生。

 前半はどちらかというとこ生さんの周囲の人々の歴史を追うのに終始。後半からはやっと彼女自身の記述となってかなり興味深かった。
 父親である溥傑さんが、中国での思想改造教育を終えようやく親子が再会できると知った時の素直な感想。日本に住むか中国に住むか。迷い逡巡する姿。
 幼い頃に中国で過酷な体験をした苦い思い出が結局は日本国籍取得の動機となった──という心情の吐露が読んでいて辛かった。

「中国で歴史的な一族の末裔として生きる道ではなく、『普通に平凡に生きる幸せ』を求め……(以下略)」

 という一文がとても印象に残った。
 日本人と結婚して、結局は愛新覚羅姓を受け継ぐことのなかったこ生さん。しかしながら、正統な清王朝末裔としてその名を残したいという願いにとても共感できた。
 以前TVでこの方の番組を放送していて偶然それを観たのだけれど、ご本人はとてもおっとりした優しげな方。けれどその内面はとてもしっかりした芯の通った女性なのだなとこの書籍を読んで思いました。読み応えある1冊でした。

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紙の本

紙の本夏の夜の夢・あらし 改版

2011/10/01 21:46

ロマンティック・コメディー

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 シェイクスピアの喜劇は初めて読みましたが、やはり悲劇とはまったく違った印象でした。
 喜劇というと、ドタバタコメディーを連想するけれど、今作は2作とも幻想喜劇といった印象。なぜなら、「妖精」が重要キャラクターとなっているので。

「夏の夜の夢」
 とってもわかりやすかった! 妖精パックの魅力全開で。
 妖精王・オーベロンと女王・タイターニアの犬も食わない夫婦喧嘩のとばっちりを受けた、人間界の2組のカップル。
 妖精パックがオーベロンから依頼されて、2組のカップルのうちの一人にまちがって惚れ草を与えてしまったのだから、もう大変!!
 登場キャラたちの面白可笑しい受難?の数々が読んでいて楽しい。 恋人が惚れ草のせいで別のカップルの相手に浮気してしまったり……と、もう混戦状態!あわや決闘騒動となる……というところで、妖精王・オーベロンの機転で無事ハッピーエンド。

「あらし」
 「テンペスト」というタイトルが一般的ですよね。
 これは……人間関係が込み入っていてややこしくて、自分的に読むのが少し辛かったです。
 弟の陰謀で領地を奪われ島流しに遭ってしまった主人公・プロスペローの一種の復讐譚。
 冒頭の嵐に巻き込まれる船のシーンからして一気に作品世界に引き込まれる!! その嵐も実はプロスペローと、彼の大切な相棒である妖精エ―リアルが仕組んだもの。
 紆余曲折あって、プロスペローは自分に酷い仕打ちをした弟の罪を全て赦すのだけど、その時の心情を語る言葉が印象的。
「大事なのは道を行うことであって、怨みを霽らす事ではない」
 
 プロスペローの心に吹きすさび荒れ狂っていた嵐は今まさに静まり、穏やかさを取り戻す。この心情の吐露の描写が秀逸。
 で、このプロスペローとエ―リアルの固い絆で結ばれたコンビがまた最高です。なのでラスト、事を成就したプロスペローが、ようやくエ―リアルを自分から解放してあげるシーンが余計に悲しかった。

 シェイクスピア最後の作品ということで。最後の最後、「自分を自由にしてくれるのは観客の皆さまなので、たくさんの拍手をもってこの身の枷を取り除いて欲しい」と、彼の分身ともいえるプロスペローに語らせるエピローグがぐっと胸に迫りましたね。 
 演劇の世界から心おきなく引退したいというシェイクスピアの洒落た演出を見た思いがしました。

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紙の本

紙の本あさのあつこのマンガ大好き!

2011/09/04 20:30

最強マンガ論

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Vol.1 家族とマンガとわたし
Vol.2 少年マンガと少女マンガ、それぞれに思うこと
Vol.3 小説家から見たマンガ
Vol.4 わたしを虜にした二人のマンガ家
Vol.5 勝手にキャラクター論
Vol.6 最終回に望むこと
Vol.7 戦後のマンガブームの背景と海外における「MANGA」
あつコメ!付き マンガ紹介(36作品)
年表 ─あさのあつことマンガの歴史─

 目次を見ても俄然興味そそられる内容です。なんと出版社が「東京書籍」。確か教科書とか出版している会社だよね? さすがです、あさのセンセ。
 で、意外や意外、初の自伝的エッセイということで。もっと以前に出されているのかと思ってました。しかしフタを開けてみると自伝的要素は2割くらい? あとの8割はほとんどマンガのハナシです。ものすごいです。
 マンガオタクを自称されているだけあって、その読了数はハンパない!マンガの創世記(ちとオーバーか)に関わる作品から現在に至る話題作まで殆ど網羅されていて頭下がります。その作品数の多さもものスゴイですが、さらにその解説も詳細で丁寧で、はっきり言って語り尽くしちゃってます!そのアツすぎる語りに、こっちものめり込むのめり込む!

 特に興味惹いたのが、 Vol.4 わたしを虜にした二人のマンガ家 ですね。あさのセンセ、手塚治虫と吉田秋生を挙げてます。どちらも納得の偉大なマンガ家サン。特に吉田秋生を大絶賛されていて、「河よりも長くゆるやかに」が大のお気に入りとのこと。主要3キャラのあの、アホさ加減がなんともツボらしく、その感想もまた愉快すぎる!!
 「BANANA FISH」もお気に入りのようで…コレはやっぱりなー感がアリアリでした~! 自分的にNO.6のネズミは多少なりとも絶対アッシュの影響受けてるな!! と思っていたので。自分も読了済みの作品なのでものすごく楽しく読めたし。

 Vol.6 最終回に望むこと も爆笑モノ!
 なぜあのキャラクターがあんな死に方をしたのか!!! と憤慨気味且つマジメで語る様もなんだか愉快。
 「タイガーマスク」を例に挙げて、主人公があっけなく交通事故で死んでしまうことに不満タラタラで、「ダンプカーくらい、投げ飛ばしてほしかった」 との弁には超絶笑った!
 もちろんここでも「BANANA FISH」のアッシュの死ネタについて言及されてます。お気に入りキャラだったんですね。

 Vol.7 戦後のマンガブームの背景と海外における「MANGA はちょっと本格的なマンガ論というか、あさのセンセによる日本のマンガの歴史と鋭い考察が読めて貴重。
 あつコメ!付き マンガ紹介 はお気に入りの36作品にひと言コメントをつけて愉快に紹介! 「あつコメ」がおちゃめで正直笑えます!!
 ラストの年表も遊び心いっぱいでとてもよろし。
 カバーイラストもデザインもとってもホンワカして素敵です。そしてなにより冒頭の言葉がとても印象的。

 日本にはマンガがある。何も恐れることはない。そんな心境です。

 まさしく名言。恐れ入りました。

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