正岡子規って、面白くて怖い人
2019/01/26 23:31
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投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
新聞「日本」に連載された子規の随筆集。誤った漢字を使う人が多いことを嘆いたり(読者にその誤りの指摘が誤りであることを指摘されたこともあったようだ)、季語というのは太陰暦と太陽暦のどちらで決めればいいのか判らないと嘆いたりといった日本語を大切にする人らしいことから、漱石は稲から米ができることを知らなかったたんだよとかいったこぼれ話や、「だらだらくだらない句をたくさん送りつけるな、初めの2、3句でこいつはだめだとすぐ判断できるから」という辛口コメントが面白い。なかでも歌人・落合直文の短歌を立て続けに添削しまくる(コテンパンに貶しまくる)ところは笑える。この時、落合氏はどう思っていたのだろうか
子規三大随筆はここからはじまる
2017/04/27 05:49
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投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
今年(2017年)生誕150年を迎える正岡子規。
友人夏目漱石の方が有名なので、同じ年の生まれながら、漱石に比して大きく取り上げられることも少ない。
けれど、子規が残した功績は漱石よりも大きいかもしれない。
俳句という世界において。短歌という世界において。そして、何よりも近代の日本語という世界において。
子規には三大随筆と呼ばれる作品がある。
最初に書かれたのがこの作品(1901年)で、続けざまに『仰臥漫録』を発表、次の年に『病床六尺』を書いた。
もっとも、子規の命はそこで尽きる。
1902年9月19日。34年の短くも濃い人生であった。
この作品の執筆時にはすでに病魔は深く入り込んで、しばしばその苦痛を綴っている。
連載始まって間もない1月23日に「病床苦痛の堪へずあがきつうめきつ身も世もあらぬ心地なり」とある。
4月23日には「盛んにうめき、盛んに叫び、盛んに泣くと少しく痛が減じる」と綴る。
この日の記述は短いから苦痛は余程であったのだろうが、短いながらも文章のリズムがすこぶるいい。
子規にはその病ながら妙に明るいところがある。そして、そのあたりが漱石とは違う、人気の源泉だと思う。
その漱石のことをこの随筆の中で何度か綴っている。
1月30日には漱石の滑稽趣味を褒め、それは真面目な性格に起因しているとしている。
あるいは、5月30日には漱石は米の苗を知らなかったと暴露している。
色々な読み方ができるのも、子規の随筆の特長でもあり、その萌芽はすでにここにある。
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投稿者:シエル - この投稿者のレビュー一覧を見る
子規の随筆。
先の仰臥漫録』と同様に病床での記録であり、随筆だ。
子規に当たっては舌鋒鋭く観察者としての目を持ち、句論については判断できないが非常に面白く読める。
随筆家家として充分に面白く読める一冊だ。
『仰臥漫録』では最晩年の病床にあってもがき苦しむ様が強調されていたけれど本書ではそれもかなりあるが旧を思い返しての試験でのカンニング行為など今では大いに問題になる文章もある。
逆にそれが本書の面白さを引き立てている感じもするが、所謂表の歴史には出てこない子規の人間味溢れる一面を見る気がする。
病状の悲惨さは確かに深刻で死の前年の文章だけにその惨たらしさも伝わってくるのだが若くして逝った俳人の(廃人ではない)生を伝える文章だと思う。
古い文章だから今時の人には少々読み難いかもしれないが二読三読すれば意は通じる。
そんなに難しい文章ではないし、随筆だから
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子規が病床で書いた随筆。かなり素直に病状をつづったり、詩の世界について語っている。個人的には子規の添削している投稿句が白眉。面白かった。警句っぽいのもいい感じでした。
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これは、時間がかかります。
子規が好きだと言う訳ではなく、
愛媛県民として、何気に過去に読んでいた本ですが、
改めて、開いてみようかなと。
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病床の正岡子規の随筆。ちょっと難しかったけど、やっぱりいいものはいい。
ここまで苦しみもがきながらも、彼の研ぎ澄まされた感性と、生きることへの喜び、美意識の高さには本当に感動しました。
表紙や本文の空白に埋まっている小鳥の挿絵などからそれが伝わってきます。
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子規の病床での随筆。というより今でいうならブログっぽいなと。
達観してるよなぁ。調べてみたら初めて喀血したの私より若い時だ。そりゃ達観もするか。死を思っていても湿っぽくならない子規。淡々と死を受け入れている。
そして何が面白いって同時代人の情報が。漱石が遊びにきたり明星が廃刊になったって書いたら与謝野さんから否定の手紙がきたり。交流がなくても噂程度で聞いてたりする人の話も。睦奥宗光や板垣退助。幕末好きだから幕末に活躍した彼らが明治の人にはどう見られてたかわかるのが楽しい。
病床から静かに世間を見ている子規さんは素敵。流石は漱石の友達だ。
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子規(1867‐1902)の場合、その随筆は、まさしく彼の「骨髄」と言っていい。晩年の随筆の一つであるこの『墨汁一滴』の場合もまた然り。そこでは観察と思考と回想と幻想が相集ってなまなましい批評的場を形成し、子規という人の全体が、実に自然にのびやかに立ち現われてくる。子規随筆の真骨頂を示す書。
2011年2月19日読了
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詩はユーモアがあるものも多くて、その場の光景が浮かぶよう。
俳句に対する批評は感情的で攻撃的、
日々の生活をつづった内容からはさびしがりで食べるのが大好きな正岡子規が思い浮かぶ。
この人、病気じゃなかったら全然作風ちがったんだろうなぁ。
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子規はもっともっと生きたかっただろう。悔しかっただろう。そして残りわずかな生を歯をくいしばってではなく、呻き、喚き、七転八倒(ほんとうは寝返りもできないのだが)しながらも作品を紡ぎ続けたのだ。「試に我枕もとに若干の毒薬を置け。而して余が之を飲むか飲まぬかを見よ。」のような激烈な意志を示す!これはどうだ!「一 人間一匹 右返上申候但時々幽霊となつて出られ得る様以特別御取計可被下候也 明治三十四年月日 何がし 地水火風御中」
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病牀六尺の前。
まだ体調がましだったせいか、文芸論がさらに活発。
子規の鑑賞文を多く読むうちに、俳句や短歌の面白みが段々にわかってきた気がする。
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正岡子規が新聞に連載していた随筆集。
いわゆる子規の随筆三部作では一番最初の巻であるため、病状もそこまでひどくないだろうと思っていたら、「座ることはともあれ、せめて1時間でも苦痛なく安らかに臥すことができればどんなに嬉しいだろう」と言っていて涙。
とはいえ、子規の創作に対する信念や頑固っぷりも十二分に楽しめる随筆だった。
中には、新聞連載なのにそこまで言っていいのか? と心配してしまうくらい、痛烈に個人を批評しているものもある。時代が違ったのだなぁ。今だったら炎上必須である(笑)。
この作品を読んで、私は子規の事を本当に大将気質だったのだな、と思った。融通が利かず、しかしマメで、志に燃えやすい。
子規が結核なのに日清戦争で従軍記者となり、案の定喀血して危篤状態で帰国したというエピソードは、ものすごく彼らしいと思う。誰も敵わない、まさに大将。
しかし私は、子規の短歌が非常に好きだ。彼の歌には彼が表に出そうとしない繊細さと、しっとりした情感がある。
皮肉屋だと言われていたそうだが、歌を読む限り、彼の視線には皮肉や厭世はあまり感じられない。クリアな目を持っていたというより、やはり根が素直な人だったのだろう。
松の葉の葉毎に結ぶ白露の置きてはこぼれこぼれては置く
ガラス戸のくもり拭へばあきらかに寝ながら見ゆる山吹の花
ーー正岡子規
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文字にしても絵にしても書くことが好きな人、筆を持つのが好きな人。痛い痛い、閻魔様にお迎えを頼んだりもするが、興味、探求心旺盛で病床にあることを忘れさせる光がある。病であってもちゃんと生きている。
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「墨汁一滴」と聞いて、漫画マニアがまず思い浮かべるのは石森章太郎主宰の肉筆回覧誌。復刻版を石ノ森章太郎ふるさと記念館で入手したものだ。
「病床六尺」「仰臥漫録」と読み進めてきた以上、「墨汁一滴」を読むしかあるまい。
闘病記より俳論・歌論の配分が大きい。
明治34年3月28日から4月3日まで7回に渡り、落合直文の短歌を激烈に批判している。新聞「日本」を開く落合にしてみれば「おいおい、今日もかよ⁉︎」と、気の休まらない日々であろう。相手は命旦夕に迫る子規だけに、反論もままならない。うたた同情を禁じ得ず。
同年4月5日の記事。見舞い客が子規の無聊を慰めようと蓄音機を運んでくる。レコード盤ではなく蠟管録音というのは驚きだ。
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墨汁一滴
(和書)2009年08月27日 15:27
1984 岩波書店 正岡 子規
正岡子規ってとてもいい。読んでいて救われる感じがします。「病床六尺」「仰臥慢録」と「墨汁一滴」と読みとても読後感が良い。内容的には、生きると言うことを意識しなくても考えてしまうような状況の中で作品を創作しそれを今、私は読んでいるわけです。その宇宙的拡がりが奇蹟を感じさせてくれます。