日本では・・・・
2021/02/05 17:29
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投稿者:RGOYAJI - この投稿者のレビュー一覧を見る
新型コロナウイルスに対して、中国ではロックダウンをして、徹底的に人と人の交流を防ぐため、買い物、ごみ捨てを政府の役人がやっている。こうして武漢ではコロナウイルスを抑制できたが、日本では不可能だろう!これ以上コロナが広がらないことを祈るだけです。
中国ロックダウン下における市民生活の実情を描くノンフィクション
2022/12/14 17:47
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投稿者:YK - この投稿者のレビュー一覧を見る
新型コロナウィルス感染が最初に拡大した武漢では、2020年の1月から約2か月にわたって都市全体をロックダウンする処置が執られました。当時、まだまだ対岸の火事という雰囲気であった日本から見ると、共産党一党独裁の国のやることはとんでもないな、という印象でした。
本書は武漢在住の中国人作家が、ロックダウンされた日常をブログを通じて日記のように毎日記録をアップし続けた内容をまとめたものです。
驚かされるのは、著者が中国政府、武漢の地方政府に対して全く遠慮なく、コロナウィルス感染が発生した当初の初動施策の失敗を指摘し続けていることです。本書にも何度も指摘されていますが、著者のブログはネットに掲載されても翌日には当局に削除され、そのわずかな間に志を同じくする人たちによって残されていったようです。ロックダウン後半には当局寄りのネットメディアが煽った誹謗中傷によってアカウントが炎上寸前まで追い込まれるなど、かなりの圧力を受け続けていた様子が描かれています。
都合の悪い事は隠ぺいするのが当たり前の中国で、ここまで当局の批判を上げ続ける勇気は並大抵ではないと感じました。
武漢のロックダウンは日本の緊急事態宣言と比較すると、個人の生活への制限は全くレベルが違います。それでも現在の日本の状況を連想させる描写が数多く見られました。ロックダウン初期には感染しても入院することもできず、医療処置が受けられずに次々と知人が亡くなる、まさに”医療崩壊”の状態が描かれています。少し間違えば、今の日本もこれと同じぐらいの状況になり得る事を強く感じた読後感でした。
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投稿者:怪人 - この投稿者のレビュー一覧を見る
新型コロナ感染症の発源地と言われる中国・武漢での都市封鎖事態下における市民の生活ぶりを克明に記録している。事情がよくわからないまま封鎖され、情報も不十分。知人の医師や友人達からの正しい情報を集めブログに公表しているが、当局から削除されたり、極左勢力からは激しい非難攻撃の集中砲火を浴びたりしている。新型コロナに関する中国政府の対応、特に初動対応については批判されることも多いが、自国民に対する対応をみても頷けるようだ。
この時期、中国、武漢でも湖北省の人民代表会議や政治協商会議が行われている。この会議の順調な開催を保証するために習慣的にメディアもマイナス情報を報じないそうだ。このコロナ禍でも変わらなかったという。2つの重要な会議のためコロナ対策を犠牲にしたともとれるようだが、感染発生初期の隠蔽には著者は憤りを隠せない。引責辞任するような市や党の幹部はいないことにも強く憤慨している。
世界中でコロナ禍は猛威を振るい、終息しそうもない一方で、力で押さえ込んだ中国の対策が賞賛されることになるのだろうか。
一年以上が過ぎて
2021/06/11 06:40
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投稿者:uruuduki - この投稿者のレビュー一覧を見る
一年以上が過ぎて、武漢で何が有ったかを読んだ。
春節の頃のことを読んでいて、多くの人が食事を共にすることに批判をされているのを、オリンピックを目前にして、不安を抱える日本の様子に投影した。
結局武漢から始まった新型コロナウィルスの感染は、世界中へ広がり、今や変異種を生みながら終息とは程遠い状態だ。
いったい昨年中国で、武漢で何が起こっていて、何故こうなったのか、少しでも知ることが出来るのかと思ったが、厳戒下の都市で閉じ込められた人たちがどうだったか、ひたすら個人に関するだけが書かれていた。
一年が過ぎても、原因が何だったかも知れず、終わりの見えない、ウィルスとの戦いは外へ外へと広がっただけだったのだろうか?
ブログを再編集しただけ
2021/09/12 21:41
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投稿者:key - この投稿者のレビュー一覧を見る
武漢の様子や著者の心情は知れた。だが、それ以上の発見や学びがなかったのは残念でした。
中国ロックダウン下における市民生活の実情を描くノンフィクション
2024/11/26 17:23
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投稿者:YK - この投稿者のレビュー一覧を見る
新型コロナウィルス感染が最初に拡大した武漢では、2020年の1月から約2か月にわたって都市全体をロックダウンする処置が執られました。当時、まだまだ対岸の火事という雰囲気であった日本から見ると、共産党一党独裁の国のやることはとんでもないな、という印象でした。
本書は武漢在住の中国人作家が、ロックダウンされた日常をブログを通じて日記のように毎日記録をアップし続けた内容をまとめたものです。
驚かされるのは、著者が中国政府、武漢の地方政府に対して全く遠慮なく、コロナウィルス感染が発生した当初の初動施策の失敗を指摘し続けていることです。本書にも何度も指摘されていますが、著者のブログはネットに掲載されても翌日には当局に削除され、そのわずかな間に志を同じくする人たちによって残されていったようです。ロックダウン後半には当局寄りのネットメディアが煽った誹謗中傷によってアカウントが炎上寸前まで追い込まれるなど、かなりの圧力を受け続けていた様子が描かれています。
都合の悪い事は隠ぺいするのが当たり前の中国で、ここまで当局の批判を上げ続ける勇気は並大抵ではないと感じました。
武漢のロックダウンは日本の緊急事態宣言と比較すると、個人の生活への制限は全くレベルが違います。それでも現在の日本の状況を連想させる描写が数多く見られました。ロックダウン初期には感染しても入院することもできず、医療処置が受けられずに次々と知人が亡くなる、まさに”医療崩壊”の状態が描かれています。少し間違えば、今の日本もこれと同じぐらいの状況になり得る事を強く感じた読後感でした。
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武漢が封鎖されている頃の日々の記録。
ようやく読むことが出来た。
見たり読んだりしたことを思い出しながら方方さんの日記を読むとさらに理解が深くなった。
どこの国も似たり寄ったりなんだなぁと思う。
日本もそうだ。誰も責任を取ろうとしない。
心に残った言葉は私の日記にメモとして残しました。
『ある国の文明度を知る唯一の基準は、弱者に対して国がどういう態度を取るかだ』
この言葉は特に心に響きました。
たくさんの人に読んでもらいたい本です。
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新型コロナウィルスの大規模発生により、都市封鎖された武漢の60日間の様子が描かれている。 ネットの検疫で何回もブログが削除されたと言うことですが、それでも書き続けた彼女の精神に脱帽する。 このように一市民としての生活の様子を知れたことは貴重なことだと思う。
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圧巻のボリュームで武漢の60日間を追体験。大物作家ならではの引用やレトリックなども散りばめられているけど、丁寧な注釈のついた翻訳で助かる。初めて武漢がどんな感じだったのか、空気感を理解できた気がする。
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コロナ発祥の武漢で封鎖時のリアルな生活。
著者が日々ブログに更新した内容がまとめられている。
至極真っ当かつ読者にも有益な内容だが、ネット検閲にあって大半が翌日には削除されるという状況が中国にはリアルに存在する。
ただ引きこもっているだけでなく、友人の医師から入手した感染状況なども記され、そういう伝手がない人には大いに参考となっただろう。
中国の体制に適応して暮らす中で、家族や友人とつながり、役人の不作為に憤るという当たり前の人々がここにはいる。
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前半は武漢の街の様子,知人の状況,生活の様々なことと共に友人の医者からもたらされる情報などがいろいろ書かれていて,コロナ騒動がまだ終わってない私にも共感できるところが多かった.また,街が封鎖されるということも怖いことだと改めて思うことだった.後半になってさすが中国の作家の舌鋒鋭く,責任問題を鋭く追及するところ、ネット左翼の妨害にも負けず頑張っているところなど感服しました.
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一言で言えば、たくましい。
65才、武漢で一人暮らしの女性作家が、コロナによるロックダウンの直後から、封鎖解除直前までネットに一日一編発表した記事の集成。
コロナに対する理解も今ほどは無く、先も見えず、いきなりで準備もなく、嘆いたり不安になったりしてもいいところだが、冷静に判断し、自分を守り、前を向いている。
武漢の人々もまた、たくましいのだ。外出が制限されて買物が難しければ、共同購入グループが作られ、代表が買い物に行き、分配が難しければ、時差やボランティアによる配布でなんとかする。多くがネットを駆使し、意見を交換し、行政府への批判もする。中国は、近現代の中では今が一番いい時期なのかも知れない。国力が充実し、平均的な人々の知識、生活水準が向上し、それでいて田舎めいた互助精神が残っている。
もちろん嘆きはする。しかし、ただ嘆くのではない。コロナの犠牲者を悼む時も、心の傷みを、哀悼を、歴史に刻みつけるように悼む。そうだ、彼女の言葉からは、現在の仲間への共感と同時に、後世への責任が感じられる。
仲間は直接には友人、知人、同じ団地の住人だったりするが、それを超えて武漢の人々、時間、空間の上で同じ災厄を共にすることになった人々を含む。そして自分たちの行動を歴史の法廷に証拠として差し出せるように語るのだ。
方方は、「極左」(ネトウヨみたいなもの)に絡まれるが、自説を曲げない。これは、文革を経験し、歴史的な眼を持つ人の強さかなと思う。
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途中で読み続けられないかと思ったが、少しずつ日記のように少しずつ読み終えることができた。
世界で五千万人もが感染しパンデミックが明らかな中で
も暢気な構えの無策日本の政治屋どもこそ読むべき本だ。メディアも併せて暢気だが、どうするのかコロナを。「神のみぞ知る」と投げ捨てて恥ずかしくないのか。
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世界を揺るがせている新型コロナウイルス禍は、2019年12月、中国・武漢に端を発する。原因不明の肺炎患者が発見されたのだ。コロナウイルスであるらしいとの情報が出てきたのはその月末だった。だが当局はこれをSNSで発信した医師らを処分した。加えて、当初は「ヒト-ヒト感染はない」とした。
初動が遅れ、年をまたいでそれは野火のように広がっていった。1月上旬には政治集会が開かれ、中旬には春節が始まった。大勢の人が料理を持ち寄る伝統的な大宴会も催された。
国家衛生健康委員会リーダーの医師が、当該疾患は「ヒト-ヒト感染する」と明言したのは1月20日のことだった。
1年で最も多く人が動くといってもよい時期を経て、感染は急拡大していた。
武漢は封鎖された。
1月23日、1100万都市は、交通網を断たれ、周囲との行き来を禁じられた。
4月8日、閉鎖が全面的に解除されるまで、市民の苦難の日々は続いた。
これはその封鎖下の日々を綴った作家の記録である。
著者・方方(ファンファン)は、現代中国を代表する女性作家の1人だという。
運搬工として働いた経験を持ち、武漢を舞台に社会の底辺で生きる人々の姿を書いた小説を多く発表してきた。湖北省作家協会の幹部も務めた人物である。
方方の日記はブログとして発信された。数多くの人々が日記を愛読したが、一方で、ブログは再三、削除されたり閉鎖されたりした。それでもなお、人々がコピーペーストしたものがネット上で拡散され続けた。
日記は全部で60篇。1月25日に始まり、武漢の閉鎖が解除されることが正式に決定した3月24日に終了した。
英語版、独語版が、4月、迅速に発刊されたことも話題になったが、邦訳版は中国語版から訳し起こされたもので、2020年9月に発行されている。
一読、なるほど当局を批判する部分は散見されるが、最初に胸を打つのは人々が助け合い、何とか苦難の日々を乗り越えようとする姿である。そしてまた、疫禍に斃れた人たちへの哀悼の意だ。
人々は共同購入で食物を分け合い、困窮する武漢には中国全土から新鮮な食材が送り届けられる。
一方で、封鎖の日々はやはりつらい。糖尿病を抱える方方は薬をもらいに行くのも躊躇うが出かけないわけにもいかない。料理をしてくれていた家政婦は武漢に戻ってこれない。飼い犬の皮膚病が悪化するが、なかなか医者にも見せてやれない。
方方は率直な人物のようで、当局の感染症対策や支援物資の分配に関して、歯に衣着せず改善すべきと思われる点はズバズバと指摘する。いわゆる「女傑」といった体である。武漢女性は言い争いに強いという。もめごとや交渉事を解決するのは往々にして女性たちだ。
武漢の女将(*引用者注:武漢での成人女性の呼称)は肝がすわっていて、声も大きい。
著者自身、おそらくこうした堂々たる”武漢女将”なのだろう。
時折挿入される漢詩の一節は、作家・方方の底力を感じさせる。
読んでいて改めて感じるのは、感染症というものの難しさだ。
人々は難事に当たり、手を取り合い、助け合おうとする。
だが、感染症下では���物理的な接触はすなわち、感染拡散の危険を意味する。
距離を取りながら、あるいはインターネットなどの技術を駆使して、私たちは心のつながりを得ようとし、何とか社会を維持しようとする。けれどもそれは本当にリアルなふれあいの代替物になりうるのだろうか?
コロナ禍は世界的にはなお収束が見えない。いわば、「手を取り合わずに手を取り合う」という課題は、まだこの先もしばらく私たちとともにある。
2ケ月余りの封鎖を、著者は多くの市民とともに耐え抜き、日記を書き上げる。最後はこう結ばれる。
私はうるわしい戦いを終えた。
私は走るべき道を走り終えた。
私は信じる道を守り通した。
女傑作家による封鎖都市の記録である。
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英会話を習っていた時、中国北京からの少女が同じ教室にいた。彼女が北京に帰る日、握手をしハグを交わしてこれからのお互いの健闘を祈った。
個人レベルでは素晴らしい人々が沢山いて、助け合う姿が見えてくる。その反面下衆な人間も多い。
インターネットが使えない人々は置き去りなのか?
まだコロナ禍は終わっていない。