紙の本
国家による人権侵害に国際社会がどこまで人権を守れるか
2022/05/09 21:09
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投稿者:雑多な本読み - この投稿者のレビュー一覧を見る
ロシアがウクライナに侵略を行い、戦闘員間の戦いだけで終わらず、市民が次々と巻き込まれている。戦争は最大の人権侵害であるという言葉を現実に示している。この人権侵害に対し、国際連合や国際社会が無力と感じた人も多いであろう。
しかし、国際連合や国際社会は、人権侵害すべてに対して無力であると決めつけるのも早計であろう。
本書は、この問いに答えてくれるし、理論的にも現実面でも多くの示唆を与えてくれる。
もちろん、人権侵害は国家だけでなく、企業を始めとする組織体や個人でも発生しているが、大規模で、かつ犯罪に問われにくい人権侵害は国家が引き起こした事例は多い。
本書の構成をみると、
第1章 普遍的人権のルーツ を探る。過去、人権という概念が乏しい時代があり、第一次世界大戦、第二次世界大戦を経て、人権理念や制度が明確になってきたことを示す。このあたりは、多くの人が感じていることだろう。特に第二次世界大戦でで、反ファシズムで連合国軍が結束し、多くの人の支持を得て、枢軸国が敗北していく。それだけでなく、世界中の植民地では、権利意識に目覚め、独立していく国家が増える。まさに人権の世紀が始まったといえる。
第2章 国家の計算違い で、第二次大戦後の国家が構想していたことと違う事態が発生する。偶然ではなく、必然として。国家は他国や国際社会からの人権侵害という批判に対し、内政不干渉と反発し、受け付けようとしなかったが、この理屈が通用しない時代を生み出しつつある。欧米の考え方の押し付けという反発がありながらも、内政干渉を肯定する原理が確立してきた。
第3章 国際人権の実効性 という人権を擁護すべきという理念と現実のギャップがある。ウクライナ侵略で人権を守れていない現実があるが、これまでの歴史を見ると国際連合や国際社会が動くことで、人権擁護が進んだ例も多い。現実にできたことや出来ていないことが明らかにされる。当然、現在の課題も明らかにされる。
第4章 国際人権と日本の歩み で、日本は人権に鈍感な社会と言われるが、ご指摘通りという面と日本国内での先進的な取り組みを紹介し、内政や外交での人権力アップを呼びかける。
社会が経済的に低迷し、ポピュリズムが抬頭、国際的、国内的に逆風が吹いる時代があっても、歴史的な流れを筆者は読み込んでいる。
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人権につき 覚悟できるが 日本について 甘すぎる
2023/03/23 21:43
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投稿者:清高 - この投稿者のレビュー一覧を見る
1.内容
現在において、国家において人権に問題があれば、国連人権理事会や人権条約を根拠とした機関による勧告がなされ、法的拘束力はないとされるものの一定程度の影響を与えている(筒井の言葉によれば「内政干渉を認める」(はしがき3ページ))。いかにしてこのようになったかを、人権思想から説明した本である。どこの国も自国が批判されることは嫌なので、冷戦期において東西陣営がお互いに人権状況を批判するということをし、その結果国際人権状況が高まるという「パラドックス」が起こる一方、いわゆる先進国の押し付けであるとして、いわゆる発展途上国が人権について反発するという状況も起きているし、いわゆる先進国におけるバックラッシュも起こっている。このような状況でも、国際人権は漸進的に発展しておくと筒井は総括する。
2.評価
(1)まず、本書は全ての人に必読と思われるので、5点を基準とする。自国のみならず、他国の人権状況に関心を持つことが大事であることを、数ページ読んだだけで筆者が体感できたからである。本書読後は、他国の人権状況に無関心ということは許されない(もちろん自国もだが)。
(2)しかし、以下2点を批判することによって1点減らし4点とする。
ア. 俗にいう「民主主義」や「リベラル」と「権威主義」に分けているが、筆者が、例えば「コトバンク」で調べた限りではよく分からなかった。
イ. こちらの方が肝心だが、日本について甘すぎる。第4章において筒井は日本を概ね肯定的に評価するが、例えば、筆者が関心を持っている慰安婦問題についていえば、日本が国際人権を尊重しない状態なので(2016年の女性差別撤廃員会の見解に従った形跡はない(だから日本の報道では韓国が約束を守らないとされている)。藤田早苗『武器としての国際人権(略)』p.243)。それのみならず、日本が国際人権に関して不誠実なことが、藤田の本にいくつか書かれている。藤田の本レベルのことを筒井が調べていない、または、知見を得ていないとすれば問題である。
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外集団に対する共感
2023/02/07 16:11
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投稿者:とめ - この投稿者のレビュー一覧を見る
人権の普遍性原理の発展と内政干渉肯定原理の展開の歴史を、空虚な約束のパラドックス、違法だが正義の介入、安保理常任理事国の拒否権などの現状を踏まえ、哲学的・倫理学的議論が展開されている。
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人権理念の現実
2023/01/30 15:23
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投稿者:見張りを見張るのが私の仕事 - この投稿者のレビュー一覧を見る
普遍的人権の観念の成立から国際政治の中でどのように人権システムが発達していったのかを説明している。
普遍的人権のルーツは他者への共感から始まっているという。奴隷貿易撤廃運動、女性の権利運動、遠く離れた異国の地の他者への苦しみへの共感が社会を動かす運動になっていった。労働運動はマルクス主義の文脈で語られることが多かったが、経済的に困窮する他者への苦しみの共感と言う点で通じるるものがあると言う。
世界人権宣言として人権の理念は一つの結果を結ぶのだが、では国際政治の中での取り組まれ方はどのようなものであったか。人権と一口に言ってもその意味する領域は多岐にわたる。結論から言えば各国は自国に都合のいい人権理念には賛同するものの都合の悪い部分は無視する態度を取った。アジア、アフリカ諸国は白人中心主義やヨーロッパ帝国主義への反発から、民族自決権や人種の平等については人権の名の下に支持したが、民主主義が未発達な中での独裁的な政治体制による人権侵害については内政干渉だとした。
冷戦期では米ソの対立においては互いに相手を人権の名の下に批判するという応酬が見られた。ソ連はアメリカの人種差別、経済格差を批判し、アメリカは市民権、政治権の抑圧を批判するといった構図である。人権は大国間政治の批判の道具として使われていたのだが、高次の理念としての人権は尊重すべきものとして扱われており、反って国際規範としての人権の地位は高まっていった。
国際人権の取り組みがどれほど人権侵害を防げたのかについて、天安門事件やコソボ紛争、ルワンダのジェノサイドなど、防げなかった部分もある一方で、東ティモール等の成功例も挙げられている。
人権実践も外からの押し付けでは成功しない例としてFGMが挙げられている。先進国の視点から後進国の風習を野蛮で遅れたものと一方的に見做す視点では現地の反発を招きうまくいいかないと言う。植民地時代のケニアではイギリス人がFGM撤廃運動を行ったが、遅れた現地人の野蛮な風習を上から矯正するという態度でのぞんだためにこれが現地人のナショナリズムに油を注いで独立運動につながったとされる。一方で中国の纏足撤廃運動では域共同体のリーダー自身が改革の必要性を痛感して多くの賛同者が得られた。地域住民の全体を味方につけるような根回しが必要で、人権実践は根気強くやっていく必要があるのだとうかがえる。
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このタイミングでこの書籍が刊行されるか。
21日に発売された岩波新書の新刊。ロシア、中国が…というたらればの記載が随所に見受けられるが、それがこのタイミングで現実になるとは。
まだ途中ではあるが、国際社会の中で、大国が主導を握るために半ば政治利用し、その中で育まれてきた人権という概念を知ることができるし、とてもよくまとまっているので、今読むべき一冊だと思います。
今日テレビの解説の中でソ連解体後、共に民主化を目指したロシアとウクライナ。その行き着いた先が専制政治と、ある種のポピュリズムとなっている可能性を踏まえ今後の民主主義が試されているという指摘には、歴史の皮肉さを踏まえ共に深く考えさせられるものがあった。
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タイトルには構えてしまいがちだが、非常にわかりやすく、歴史的な経緯、事実を踏まえて、現代社会においてどのような問題があるのか?その問題がどのように取り組まれているのかがわかりやすく解説してある。
改めて、「人権」という少し距離の感じる言葉、概念を自分事として考えることが出来るようになった。
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ホロコーストの衝撃が冷めやらない時期、同じ様な悲劇の再発を防ぐ手立てとしてジェノサイド条約への支持は広がり、1951年には必要な批准国数を集めて発効した。この条約は締約国に対して行動義務を課しており、国家主権の制限を超えると受け取れる様々な条文を含んでいる。条文は国家主権の壁を超えてジェノサイドを防ぎ、主謀者を処罰できるという点で、内政干渉を肯定していると理解できるものである。実際にこの条約に基づいてジェノサイドを止めるために介入したり、その責任者を処罰したりするケースは1990年代後半まで現れず、その後も各国政府および国際社会のジェノサイドに対する対応はほとんどの場合後手後手に回ってきた。それでも締約国に何等かの行動をとることを義務付けた人権条約としてジェノサイド条約は今でも国際人権法の中で重要な位置を占めている。例えばスーダンのダルフールで、あるいは新疆ウイグル民族に関する状況で「ジェノサイド」という言葉が使われるかどうかに多くの注目が集まること自体、この条約がジェノサイドが認定された場合に加盟国に行動を義務づけていることの重みを示している。
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人権について基本的なところから考えてみたいと思っていたところに良いテキストが出版された。
とても勉強になった。
1人権理念や制度はいつ生まれたものなのか?
2なぜ国家は自らの権力を制約する人権システムの発展を許したのか?
3国際人権システムは世界中での人権の実践の向上にどの程度貢献したのか?
4日本は国際人権とどのように関わり合ってきたのか?
という4つの問いを考える形で人権と国家の関係について論じている。
「理念の力と国際政治の現実」がサブタイトルだが、やはり理念と現実のせめぎ合いなのだな。
知らなかった事実も多い。まだまだ勉強しなくては。
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国際人権は、普遍性原理と内政干渉肯定原理の2つによって特徴付けられる。
国際人権は、かつての米ソ対立などの大国の状況に左右されてきた(現下ではアメリカ、中国、ロシアの状況)。これからも。
加えて、欧米諸国の人権思想を由来とするため、文化的または制度的に国際人権を受け入れにくい国もある。
色々な困難があるなかで、様々な主体の努力により少しずつでも国際人権の実践が行われてきた。
国際人権の理念の重要性を説きつつ、実践面での限界を指摘する著者の姿勢に好感を持った。
日本や海外の人権の状況をまだまだわかってないから、勉強し続けたい。「人権理念の長い歴史を学び、現在の国際人権が、圧政と戦い、差別を克服し、自由を勝ち取るための世界中での多くの人々の闘いの中で勝ち取られてきたものであり、市民による不断の努力で支え続けなければ、いとも簡単に崩れてしまうものであることを認識しなければならない。」(208ページ)という著者の言葉を意識しつつ。
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目次
はじめに
第1章 普遍的人権のルーツ(18世紀から20世紀半ばまで)――普遍性原理の発展史
Q.人権理念や制度はいつ生まれたものなのか?
1 他者への共感と人権運動の広がり
2 二つの世界大戦と普遍的人権の理念
第2章 国家の計算違い(1940年代から1980年代まで)――内政干渉肯定の原理の確立
Q.なぜ国家は自らの権力を制約する人権システムの発展を許したのか?
1 国際政治のパラドックス
2 冷戦下の新しい人権運動
第3章 国際人権の実効性(1990年代以降)――理念と現実の距離
Q.国際人権システムは世界中での人権の実践の向上にどの程度貢献したのか?
1 冷戦崩壊後の期待と現実
2 21世紀の国際人権
3 人権実践の漸進的な向上
第4章 国際人権と日本の歩み――人権運動と人権外交
Q.日本は国際人権とどのように関わり合ってきたのか?
1 日本国内の人権運動の歩み
2 同化から覚醒へ
3 日本の人権外交と試される「人権力」
おわりに
あとがき
参考文献
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やっと読みきった。淡々とした歴史記述って感じであんまり読みなれない文体でけっこう苦労した。国際関係となるとやっぱりジェノサイド中心だけど、FGMの話も何度かとりあげられてる。90年代あたりの旧ユーゴやルワンダあたりの話は勉強になった。同時代生きてたのによくわからなかったからねえ。
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現代の人権理念の特徴として
①普遍性
②内政干渉の肯定
の2つがある。
人権はそもそも国家主権を制限する対立した概念であるが、第二次世界大戦や冷戦下においてこの人権が、対立陣営を批判するためのイデオロギーとして利用されることで結果的に力を持つようになってきた、というのは逆説的で面白いと思った。
人権は進歩・拡大を続けているものの、ジェノサイドのような短期間で大規模に広がる人権侵害に対しては無力であることが多かった。今後の国際社会において、一市民としてどのような声をあげていけるかを考えながら生活したいと思った。
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2023年5月「眼横鼻直」
https://www.komazawa-u.ac.jp/facilities/library/plan-special-feature/gannoubichoku/2023/0501-14243.html
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人権という規範がどのように広まり、国家の主権を乗り越えるまでにいたったかを丁寧に紐解く良書。ポピュリズムが蔓延る現代も、人権という規範が弱まることはないので、悲観的にはならずに、それぞれが人権力を磨き続けることの重要性を説く。
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最近の興味の一つ人権について、新書でざっと把握しようと思って読んでみた。
全体の構成としては、
・人権という思想が「普遍的な価値」として誕生し、国際政治の重要テーマとなるまでの歴史プロセス
・それが国際的なシステムとして設立する過程と内政不干渉の原理とのジレンマ
・人権が世界的システムとしてどこまで有効に機能したか
・それらを踏まえた日本における人権思想と運動の流れ
ということになっている。
これらが新書1冊に入っているので、重要なことも記述はコンパクト。だが、濃縮度が高く、集中を要する本だと思う。
しばしば、人権というのはキレイ事で、現実の政治においては機能しない、偽善的なもの、自国内の人権問題は置いて他国を批判するために戦略的に使われるダブルスタンダードなもの、という批判があるし、私もよくそう思う。
にもかかわらず、これは大切な概念だという思いが同時にある。
本書は、人権は理念で現実との差はあるが、長い目で見ていくと、その理念は少しづつ現実を変えていく力を持っているというスタンスに立っていて、元気が出た。
最終章での日本での人権についての記述は発見が多かった。私たちは、人権は戦後にアメリカから与えられて、自ら勝ち取ったものではないと考えがちだと思う。だが、このディスコースって、本当だろうか?という感覚は常にあった。
改めて、こういうテーマで日本における人権史を整理してみると、明治以降、少しづつではあるが、さまざまな活動を通じて、戦前においても人権が拡大していったし、国際的にも意味のある貢献をしているところもある。まずは、こうした日本における流れを学ぶ必要性を感じた。
また、人権に関連する運動は、社会的弱者、被害者というスタンスで行うと一般的な共感を得ることができないが、「普遍的な理念」として訴えることで、共感が進むというのも示唆に富む指摘だと思った。(一方では、その「普遍性」が軋轢を生むこともあるのだが)
そして、国内における議論だけでなく、他国から見られるということが、人権への取り組みを促進するという視点も大事なことに思える。
例えば、第2次世界大戦時に、反全体主義の国は、人権や民主主義という高次の目的を掲げて、国家の総資源の動員を行なったのだが、戦後になると、それが自分に返ってきて、それぞれの国での人権拡大への要望を受け入れざる得なくなる。
また、冷戦時においては、アメリカはソ連の全体主義を批判するのだが、その批判は、自国内での黒人差別への批判として戻ってくる。当時は、民主主義と社会主義の戦いを理念の上でもしたわけなので、国の安全保障の問題として、黒人差別の改善に取り組まざるを得なくなる。アメリカにおける公民権運動の進展はこうした文脈も考える必要があると思う。
全ての人には生まれながらにして誰でも持つ権利があるという思想は、自然なものではなく、普遍的なものでもなく、18世紀くらいに誕生した言語による社会構築である。つまり「自然権」みたいなものはある種のフィ���ションである。
人権は社会構築であるという認識は、人権に関連して、ペシミスティックになったり、シニカルになったりする理由にもなる。
そう考えるのは簡単だけど、それがない世界に住むことは想像したくないこと。これまで、数世紀かけて人類が学び、育ててきた理念は脆いかもしれないけど、それゆえに大切にして、少しづつでもその成長を願っていたいと思った。