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紙の本
教育ママ(パパ)に成り下がってしまった親権保有者には必読
2006/09/16 16:18
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:BCKT - この投稿者のレビュー一覧を見る
第1章 「バカの壁」とは何か
第2章 脳の中の係数
第3章 「個性を伸ばせ」という欺瞞
第4章 万物流転、情報不変
第5章 無意識・身体・共同体
第6章 バカの脳
第7章 教育の怪しさ
第8章 一元論を超えて
1937(昭和12)年(神奈川県鎌倉市)生まれ。62年東京大学医学部卒業後(25歳),解剖学教室に入る。95年東京大学医学部教授を退官し(58歳!),現在北里大学教授,東京大学名誉教授。著書に『唯脳論』『人間科学』『からだを読む』など(私は未読)。語りおろしの本書は著者66歳時の作品。手許のは2刷だが,バカ売れした。
最近流行の脳科学者,川島隆太(東北大学),澤口俊之(元北海道大学,セクハラで退職)らの代表格。
「バカの壁」とは,同著『形を読む』から採られたものらしい(3頁)。要するに,諸個人間意思疎通の難しさ(不可能性?)を論じたもの。楽観的意思疎通重視派からの反論はとうぜん予想される。私も養老派。諸個人間の利益調整さえ難しいのに,思想や考え方の一致は困難を極めて当然。もっとも,それでは社会が成り立たないので,ルールを決める。
第3章「『個性を伸ばせ』という欺瞞」と第7章「教育の怪しさ」は,最も同感できた。自分の学校成績は悪かったのに教育ママ(パパ)に成り下がってしまった親権保有者には必読と思う。英数国社理なんてできなくたって,生きていけますよ。人に迷惑をかけない,礼儀正しい,お友達の多い人になってくれれば,それで人格育成手段としての教育は成功と見るべき。僕もせいぜい頑張ってます! (652字)
紙の本
この本が売れて、講演会にひっぱりだことなると、きっと養老の目には会場にカボチャがいっぱいある、と見えるんだろうなあ。所得ウン千万じゃあ無理もないか
2003/10/24 20:05
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
これは、養老が独白を続け、新潮社編集部がそれを文章化したという、養老としては初めての試みの本だそうだ。対談、講演とも違い、一種の実験だとことわる「まえがき」、第一章「「バカの壁」とは何か」。以下、「脳の中の係数」、「「個性を伸ばせ」という欺瞞」、「万物流転、情報不変」、「無意識・身体・共同体」、「バカの脳」、「教育の怪しさ」、「一元論を超えて」と全八章の構成。
これくらい多くの人が読む本となると、正攻法の書評ってのは意味を失う。だから搦め手から攻める、それが個性だ、なんて書くと、この本の第三章「「個性を伸ばせ」という欺瞞」にバッティングする。要するに、そう目立ちたがりなさるな、個性なんてものは生まれついてのもので、むしろ他の人と同じ意見であることが重要らしい。でも、それじゃあやっぱり面白くない。
実は、私はこの本を完全に誤解していた。勿論、タイトル『バカの壁』が与える先入観。それには背景がある。カバーに載っている養老の顔が、やけに丸みを帯びていることに気づくだろうか。TVで見てもその印象は変わらなくて、それが目立つようになったのはこの数年だけれど、きっかけは著者の略歴にある1995年の東大教授退官にある、と私は思う。
で、体形だけでなく彼の発言の質も変わったのもこの頃。この本に従って云えば、養老自身が変化したことで、彼から発せられる情報が変化し、その変遷は、一度発せられることで固定化した情報の軌跡をたとれば分ることになる。私にとって、養老の変化は、立花隆、上野千鶴子のそれと同じく「傲慢化」の一言に尽きる。きっとこの本も、読者のことをバカ呼ばわりする、苛つくような話なんだろうなあ、と思い込んだのである。
とりあえず、私は「どうもなあ」と引っかかった項目についてを書く。それは、私の友人が褒める第三章「「個性を伸ばせ」という欺瞞」である。ここで著者は、他人の感情を無視し、殆ど会話が成り立たない時には英語だけで語るような行動を取る人間を、個性的というのだそうだ。それって、個性的ではなく、非常識、無節操、痴愚魯鈍ではない?
教育の現場やマスコミが望むのは、一つの解に拘らない、まさに著者が言う「バカの壁」の存在を認めた「世の役に立つ」範囲内での、個性的だろう。日本人にとっての個性とは、バカの一つ覚えのように言われる「一芸に秀づる人は百芸に秀づ」という役に立つものでしかない。むしろ、その範囲のあまりの狭さに呆れるのは、現実に教育を受けている側だろう。この章は、明らかにケチをつけるためのヤクザの議論である。養老が、個性的としてあげるのが松井秀喜、イチロー、中田英寿。あれ、彼らは確かに群を抜いた一流選手ではあるけれど、あれが個性的。それこそ、養老の視野の狭さの証明ではないか。
あるいはワーク・シェアリングについてだ。養老は、社会のあり方として誰もが職につくワーク・シェアリングがよい、とする。効率ではない、というのだ。しかし、外務省となると、その存在は実に無駄だと説く。無駄が嫌ならば、ワーク・シェアリングという言葉はないだろう。職場で働いていない人間がいるだけで労働意欲がなくなってしまう私にとっては、仕事の分け合いも、外務省も官僚も無用のものでしかないのだが、養老はそうは言わない。存在してもいいけれど、その評価を低くしろという。しかし、それは結局体制の温存にしか働かないであろうことには目を瞑る。全体として、脱帽と意義ありが半々といった感じ。
で、全体のトーンが最近の養老の本よりソフトである原因は、多分、著者の独白を出版社が文章化するというあたりにあると思うのだがどうだろう。編集者は、養老に遠慮し本当の言葉を美しいものに置き換え、養老は自分の言葉がこのように受け止められるのか、まいいか、自分の文章じゃないしと身をかわす。け、こんな本、ありがたがるなよ、日本人。
紙の本
自分を変えていこう!
2003/09/25 07:50
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Yostos - この投稿者のレビュー一覧を見る
この著者は有名な方らしいが、私は存じ上げなかった。この本を手に取ったのは、そのタイトルに惹かれたからだ。私自身、仕事やプライベートでまわりにいる簡単な正しい道理を理解できない「バカ」に翻弄されなんとかしたいと思っていたからだ。
本書は、簡単にいうと人の脳の働きをコンピュータのように捉え、人の思考とは入力に対して処理を行い出力をすることとする。処理の能力はほとんどの人が大きく変わるものではなく、バカと頭のよい人の違いとは入力をどれだけ有効に処理に回しているかだという。まさに私が回りに感じていたバカさ加減とはこの「入力(簡単な道理)」が通じていなかったのだ。
そして、この脳という処理装置は自己のソフトウェアを常に書き換えて処理を最適化しようとしているAIのようなものである。現代は多量な情報が入力として入ってくるが個々の情報は変化するものではなく、大量な情報に接して自分が変わっていくものなのだという。問題は情報は変化し自分は普遍であると逆の思いこみをしている場合が多いことであるという。目から鱗だった。そういえば、「仕事は楽しいかね」(ティム・バートン著)でも、常に自分を変えていこうということが提案されていた。自分は不変であるという思いこみもバカの壁の一つだと思う。変化しているという情報を正しく理解しそれに対処して変化を意識的に取り入れていくことは重要だと思った。
本書は著者の口述を編集者が文書にするという形で書かれているらしい。このためかときどき話が脇へそれていく。著者の著作になじんでいる読者であれば、楽しいかもしれない。私は初めてなので何度か読み返しが必要となった。
紙の本
教育関係者の方へ…
2004/09/09 18:45
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みzゆチー - この投稿者のレビュー一覧を見る
批判的な意見も多いこの本ですが私は読む価値は大いにあると思います。特に教育関係に携わる人には読んでほしいと思います。学生さんにもお勧めです。できれば高校生くらいから読むのが良いのではないかと思います。
初めのほうは難しいですがそこで断念せずよみつずけてみて下さい。最後のほうになると何か、答えというかヒントみたいなものが個個の頭の中に浮かんでくると思います。
バカな人はいないという人はいますが私はいると思います。
紙の本
思っていたよりも、気楽に読めました。
2004/01/22 00:48
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オレンジマリー - この投稿者のレビュー一覧を見る
人から聞いたりテレビで観たりしている限り、結構厳しいことをずばずば言っていて、ちょっと怖い印象を受ける、と思っていたが硬すぎず砕けすぎずで終始気楽に読んでいた。
まだ、人の考えだとか心だとか、そういう小難しいことを考えもしなかった時代を思い出す。ただ毎日が楽しくて、土にまみれて鉄棒にぶらさがっていたが、年を重ねていくうちにうまくいかないことも増え、悩むようにもなった。以前は嫌われるのが嫌だとか、理解し合える、なんて思っていたが今となっては平行線になった思考は重ならないと思っている。合わない人とは合わない。でも格別深く関わっていくとかではないし、気にすることないかと割り切っている。まっさらだった心は、辛いことや悩みを受けて頑強になっていく。
本書を読んでいて、日々疑問に思っていることがいくつも登場した。けれど私の場合、民族紛争や国家などについて疑問に思っても、疑問のまま終わる。自分が考えたところで答えなんて出せそうにないし、本音を言えばそれ以前にそんなことでアタマを抱えたくない。そんなことを悶々と悩むよりも自分の将来を案じる。
養老氏の考えは本当に興味深かった。ああ、なるほどねって思わず唸っていたり、それはひどい、と養老氏と共に呆れたりした。
日頃から知り合いに「自分が正しいと思うことは時には危険だよ」と言われている。最初、その意味をよく把握できなかったが最近ようやく理解し始めている。正しいとは、一体だれが決めたことなのだろうと不意に疑問が浮いた時、熟考した。正しいと思い、それが積み重なっていくと、たとえ思い違いをしたと気付いても、それを認めるのに時間がかかると思う。
久しぶりに考え方などについて思いを巡らせた。本書を手にしなければこんなこと考えなかったかもしれない。養老氏のような考え方の人もいるんだなと、ひどく客観的に読み終えました。短編のように短く区切られていて、読み易かったです。飽きずに読めてほっとしました。
本書は自分の考えと養老氏の考えを比較したりぶつけたりするよりも、うんうん、と頷いたり聞き手となって読んだ方が楽しめるだろう。
紙の本
真実はいつもひとつ…ではない
2003/06/26 14:41
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:べあとりーちぇ - この投稿者のレビュー一覧を見る
この世に絶対的な真理などありえない。100%の公平性も、文句なしに客観的なコメントも、未来永劫中立な立場もマボロシである。もしそれが「ある」と信じている人がいたとしたら、それは単なる思い込みなのだ。
養老先生はこの「思い込み」を「バカの壁」と表現していらっしゃる。人は何かを思い込むことで自分の思考に限界を作り、それ以上の展開や異なる視点の存在を否定する。まったく違う立場の人から見たら全然別な局面が現われるかも知れないなどということは想像すらできなくなってしまうのだと。
パレスチナ vs イスラエル問題といいイスラム vs 非イスラムといい、そもそもの根底に辛うじて存在した「普通人間ならこうでしょう」という常識さえもが揺らいでいる現代において、バカの壁を取り払う努力は欠かせないものである。どのような努力をすれば良いのかは、本書を読めば判る。養老先生の語りおろしという形を取っているために平易な言葉で書かれているから、するりと飲み込めるはずである。
ただし「この本こそが絶対に正しい」と思い込んだとしたら、それはすなわちバカの壁に囲まれてしまったことを意味するのである。ゆめゆめ忘れてはならない。
紙の本
壁の向こうを想う人になれるかな
2003/06/08 01:55
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:詠み人知らず一丁目 - この投稿者のレビュー一覧を見る
インパクトのある名前。
それに惹かれて新幹線の中で読むために購入。
楽に読める快適な本でした。
タイトルの「バカの壁」の話は最初と最後だけで、
真ん中は別の話(関係ないわけではないが)続くだけの様な気もしますが。
でも読んで良かった本です。
要約すると。
誰にだって壁があると。
そこで大事なのは壁の向こうの存在を認めること。
自分がぶつかった壁を「なるほどこれが世界の端か」なんて思わないこと。
そしてできるならばその壁の向こうの世界を想像してみようと。
そんな感じでしょうか。
別に世の中悪人ばかりでもないのに(人が生み出す)悲しいことがたくさん起こっているのは、
この壁の向こうを想えない頭の良くない人(俺もだ)ばかりだからなのでしょうかね。
あと、おもしろかったのが睡眠に関する見解。
人間は4分の1か3分の1は寝ている。そして寝ている間は自身は意識下にない。
ゆえに君の意識が「これが正しい!」と考えたとしても、それは自分の中ですら4分の3の認証しか得られていない意見にすぎない。
なるほどなぁと。
紙の本
著者の性格がでている本
2022/04/21 06:46
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:たっきい - この投稿者のレビュー一覧を見る
一言で言うと思考停止に陥ることの悪を書いた本。世界一受けたい授業で100刷本として紹介され、そういえば昔売れてたなぁと思って、今更読もうと思って読んだ本。今の時代に読むと、どうしてもこの作者の考え方が偉そうで差別的で、共感できないことが多いという印象。上から目線で、みんなこう思っているはず、と決めつけていて、良くも悪くも著者の性格がよく出ています。例えば、犯罪者の脳のCTをとって特徴を分析し、将来犯罪者になり得る人にはそれに応じた教育をすべきなど、結構人権問題になり得る考えも。この著者の考えは分かりましたが、自分には合いませんでした。
電子書籍
物事の根本知る道しるべ
2021/03/31 12:57
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投稿者:BenchAndBook - この投稿者のレビュー一覧を見る
ベストセラーになった時期耳にしていたが、本に向かい合う環境になく読んでなかった。
NHKの養老さんと愛猫まるとの生活を紹介したドラマを観て、あらためて同氏に関心を持ち読んでみた。 テーマのいくつかは(はなせば、、。知識と常識、、。科学には反証、、。)既に自分の見方や捉え方などに身についていると思うが、この本によってそれらが社会的に認知されて会社の中での教育や指導に反映されていたのかもしれない。
NHKについてはなるほど、それはそうだと思った。が、一方で民放の報道はどうかというと政権への批判一色、コメントも局間の差異なし。批判自体はOKなのだがどこも一緒というのはいかがなものかと。その舌の根も乾かないうちに、“個性が大事だと、、”???である。
意識と無意識は面白かった。
物事の根源的な捉え方に大変参考になる本だと思う。
時折、開いてみようと思う。
紙の本
考えさせられる
2018/10/15 16:47
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投稿者:ホノボン - この投稿者のレビュー一覧を見る
色々なバカの壁が立ちはだかって一つ一つのテーマについて考えさせられます。
とても勉強になりました。
紙の本
ベルリンの壁よりも厄介な存在
2003/06/07 21:57
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投稿者:佐々木 昇 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「バカの壁」という題名を見て、こんな人をコケにするような言葉を使っていいのか、と思いもしたが、日常生活の中で気付かずに「バカ」という言葉を自身が使っているのを指摘されると、好奇心からページをめくりたくもなろうというものだった。
「バカと言った人がバカ」と幼稚園や小学校では子供達に教えるが、この教えに従うと自身も他人からみれば相当なバカでしかない。そうであると解っていても、いつしか「バカ」と口にしている。フーテンの寅の無邪気な態度を見て、御前様やおいちゃんが「バカだねえ」とつぶやくが、そんな「バカ」は映画の世界だから笑ってすませられるが、現実は笑ってすませられないから腹立たしい。
先般も幼稚園を経営している知人が「今時の母親はバカじゃないか」と憤慨していた。話を聞いてみると、「暑くなってきたので水筒を持たせて下さい」と連絡帳に書いていたら、本当に空っぽの水筒を子供に持たせてきた母親がいたそうである。現代の母親には「水筒にお茶を入れて持たせて下さい」と指示をしなければ理解できないとの事であった。高学歴であっても母親には具体的なマニュアルとして連絡事項にしなければならないそうである。
冗談で「お茶の種類を聞いてきた母親がいたりして」と言うと、当たらずとも遠からずの問い合わせをしてきた母親がいたそうである。
口述したものを文章にしているためか、文章を目で追いながら自分の周囲で見たり聞いたりしたものを思い浮かべながら読み進むことになり、脱線したり読み返していた。できれば、論述として構成されていた方が内容的には更に印象が強く残ったのではないかと思った。人間関係や社会についての問題点や現状認識の良いヒントがたくさんあったので、更に加筆修正をして再出版しても良いのではと思える。
このような本が出て売れるということは物質的には特段の問題も無く平和な毎日を皆が送っているという証拠かもしれないが、精神的には「人生の意味」を考え始めたということだろうか。日常生活において、意味を見出せる場はまさに共同体でしかない、と本書に出ていたが、意識できる共同体すら先が見えないのだから自ら「壁」を立てて自分だけの共同体を作ってしまうのだろうか。
まずは自分自身の「壁」を破壊しなければ、他人の「壁」は破れないということか。
紙の本
一元論者がつくる、バカの壁。
2003/05/30 13:29
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ソネアキラ - この投稿者のレビュー一覧を見る
作者のいうバカとは通常のバカとは違い、「一元的」なものの見方しかできない、きわめて偏狭なオツムの持ち主を意味している。あっちこっちにバカが蔓延していて、にっちもさっちもいかなくなっている。
NHKの「モットーである『公平・客観・中立』な報道」なんてありえない。地球温暖化現象の根元を炭酸ガスと決めつけるのはおかしいなど、社会、教育、経済など、作者は世の中の「バカの壁」現象を取り上げ、バッサバッサと斬っていく。
子供に「個性を伸ばせ」「オリジナリティを発揮しろ」という前に、「常識」を備えた大人になるための教育をしろと作者はいう。「『常識』というのは知識があるのではなく『当たり前』のことを指す」。
「戦後(日本人は)身体を忘れて脳だけで動くようになってしまった」学習は知識をひたすらインプットすればいいのかというと、そうではなくてアウトプットも大切なのだそうだ。なのに「行動」すなわち身体を動かすことを忘れている。
また、作者は、最近の学生、医学生は「情報を処理する」のは上手だが、「臨床」−患者と接するのが苦手である。臨床の知とは、そこにある「現場から学ぶ」ことであり、まさしくリアル体験なのだが、ヴァーチャル体験ですまそうとしていると。
あと、興味をひかれたのが、「忘れられた無意識」の話。「都市に住んでいるということは、すなわち意識の世界に住んでいる」そして「意識の世界に完全に浸りきってしまうことによって無意識を忘れてしまう」。しかし、「人間は三分の一は寝ている」ので「三分の一は無意識」なのだ。睡眠障害により引き起こされるさまざまな症例は、無意識の世界を軽んじた現代人への報いなのだろうか。ここんところ、もう少し、詳しく知りたい。
本書は、書き下ろしならぬ語り下ろし。話し言葉がベースとなっているので、作者の「唯脳」論なども、それなりにわかるはず。さらさら読めて、あとからピリッとくる。養老ワールドのポータルサイト的一冊である。
紙の本
内容はおもしろいですが、これは養老先生のお説教というか、熱い思いだと思えばよいのでしょうか。
2003/05/24 12:44
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:piecemaker - この投稿者のレビュー一覧を見る
タイトルがかなりセンセーショナルなのですが、これは要は「その人の認識の限界」と申せましょうか。難しいこと、例えば高等数学に関しては、「あ、それ以上はもうわかんないや」という限界があるわけで、それを「バカの壁」と称しておられるものと思います。つまり、ひとりひとりにそういった限界があるために、養老先生の思いもきちんと伝わらないし、世間の常識やら、大人としてのわきまえるべき態度やらも、身につかないどころか意識さえ出来ない。そういった若者がいるのも、それを教育してきた(親や教師としての)団塊の世代にも責任あり、ということでしょうか。ここでも「自分探し」に関する、「間違った方法」への指摘があります(この課題は、哲学のお茶大・ツチヤ教授も指摘しておられました)。つまり「自己実現」にしてもそれが確認できるのはあくまでも他人との関係においてであって、ある日自分が何かに変身するのではなく、他人とか周囲から認められることにある、というお話です。なるほどですね。自分でいくら「わしはえらい」と威張っても何にもならず、人からの評価が大事ということですよね。この本、全体を通して、口語体というか説教調で、科学的に難解なところはほとんどないのですぐに読めました。
紙の本
養老孟司スピークスオン教育
2003/04/17 20:59
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投稿者:GG - この投稿者のレビュー一覧を見る
人間の行動を最も単純にモデル化すると次のようになる。
1. 見る聞くなどで入力
2. 入ってきた情報を処理
3. 動く話すなどの出力
これが人間行動の最単純モデルだが、ここで2の役割を担うのが脳である。
上の形式で考えると、1の部分でできるだけ沢山の良質な情報を得ることが大切という結論が導かれそうだが、それは違う。いくら沢山の情報を得ても、われわれは自分の頭に入ることしか理解しない。つまり、いくら大量に入力があっても、結局自分が知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまうのである。これを称してバカの壁という。このバカの壁を理論の中心に据えて現代社会の諸問題、とくに教育や原理主義について論じたものが本書である。
編集者相手の独白を文章化したつくりなので、少しくだけた場で養老先生の話を聞く趣がある。著者独得の論法に他の著作で慣れている読者にはとても読みやすいはずだ。養老孟司入門にもよいかもしれない。
こういう話は、話し手の興が乗ってきて話題が脇にに入ったところで面白くなることが多い。本書の場合、評者には不定冠詞と定冠詞の議論が非常に興味深く感じられた。