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紙の本
ああ、そうだった、ちょっと観念的な印象はあるけど、実は稀代のストーリー・テラーだったんだ、この作家は
2010/11/10 23:56
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yama-a - この投稿者のレビュー一覧を見る
ポール・オースターを読み始めるといつも途中で、「あれ、オースターってこんなにストーリーが面白い作家だったっけ?」と思ってしまう。それは多分デビュー作の『孤独の発明』や2作目の『ガラスの街』(もっとも僕が読んだのは柴田元幸訳の『ガラスの街』ではなく、山本楡美子・郷原宏訳の『シティ・オブ・グラス』だったが)あたりの作品の「観念的な」印象が強いからである。
「観念的な」と言うのは、もちろん文体のこともあるが、必ずしも扱うネタが写実的・日常的ではないということである。彼の作品には必ず少し幻想的・非日常的な影が差している。空想小説と言うまでのことはないのだが、何か少し不思議なことが起こるのである。そして、そこがオースターの巧さであると言えるのだが、読者はそれを決して「そんな馬鹿な」という感じで受け止めたりはしないのである。読者は素直に「ああ、不思議なこともあるもんだ」と感じてしまう。
そして、オースターは実はとてもストーリー回しの巧い作家でもある。この小説の主人公の作家シドニー・オアとは違って実際にいくつか映画の仕事もしているということが関係あるのかないのか判らないが、終盤に急展開してたくさんのいろんなことが畳み掛けるように起こって来るさまは正に映画的である。こういうことを僕らは読みながら思い出すのである。──ああ、そうだった、ちょっと観念的な印象はあるけど、実は稀代のストーリー・テラーだったんだ、この作家は、と。
また、今回の作品は非常に入り組んでいる。死に至る病から奇跡的に回復した主人公の話を一番外側にして、作中作がいくつも入れ子になっているのである。
小説内小説の最たるものと言えば、僕はジョン・アーヴィングが『ガープの世界』の中で披露した『ベンセンヘイバーの世界』だと思うのだが、オースターのこの小説の中で、シドニーが不思議な中国人M.R.チャンの文具店で買った青いノートに書きつける作中作は、もっと断片的で、それ故に読んでいる者の空想が広がる。そしてその、「電話帳図書館」をめぐる作中作の中に、主人公の編集者に送られてくる『オラクル・ナイト』という小説の原稿があり、さらにシドニーが金のために書いた(けれども採用されなかった)タイムトラベラーものの映画脚本があり、そしてさらにシドニーの年長の友人であり名のある作家でもあるジョン・トラウズの小説も出てくる。
そう書くとなんだか七面倒臭いだけのこんがらがった小説を連想するだろうが、全くそんなことはない。結局話は一番外側の、病気から回復したシドニーとその妻グレース、そしてトラウズとその家族の話に戻って行く。戻って行って大きな展開がある。
夫婦の話に展開して行ったところで、とても陳腐な倫理的な寓話に落ち着いてしまうのではないかという懸念を持ったが、もちろんそんなところには落ち着かない。言葉というものを捉えた非常に深いところに入って行って物語は終わる。
それはやはりある意味で「寓話」と称するべきものなのかもしれないが、僕は必要以上に寓話として読まずに、この不思議で面白いストーリーをそのまま楽しめば良いのではないかと思う。
そして今回もまた、最後に柴田元幸の「訳者あとがき」を読んで、「なるほど!」と膝を打つことになるのではないかな? もちろん、この究極の愉しみは小説を全部読み終えるまで取っておくのが良いと思うが。
by yama-a 賢い言葉のWeb
紙の本
重層的な物語
2016/09/04 15:39
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ルイージ - この投稿者のレビュー一覧を見る
オースター作品に特有の劇中劇である。最初のうちはやや静かに始まったが、読み進むうちにどんどん引き込まれ、一気に読みきった。
紙の本
病み上がり作家の実人生
2012/01/22 07:01
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:羊男 - この投稿者のレビュー一覧を見る
オースターの小説はどれも素晴らしいと思う。
それは嘘ではないのだけれど、この小説に限っては、オースターを読んだことのない読者がはじめて手に取る本ではないと思う。
いや、オースターの小説はどれも人生に悩むような人々のように複雑で、見通しが悪いのだけれど、この小説はそれが顕著に表れ過ぎている。
あとがきで訳者が、オースター本人にから聞いた話が載っていて、この小説は「弦楽四重奏」のようだという。
その例えのとおりで、この小説の中には物語内物語がいくつも語られている。
それは「ドン・キホーテ」を偏愛するオースターにとって、物語内物語は彼のほとんど全作品の欠かせない要素だと、訳者である柴田元幸の言うように。
たしかにそれがオースターの小説の魅力のひとつではある。
しかしこの作品はその魅力があまりに謎に包まれていて、それを解く鍵を見つけるのが一読では難しいからだ。
さらにこの物語の終わりがあまりに唐突すぎるのもその謎解きに拍車をかけている。
あるいは加藤有紀のように「謎はとかないで」、読み進めるとしたら、とてもよくできたハーレクィン小説として読まれるものなのかもしれない。
だからこそこの小説だけは、はじめてオースターを読む者には薦められないのだ。
それを別とすれば、この小説はとても現在的で興味深い。
世界中の電話帳を集める男がドイツで地獄の底に降りていって、世界の終わりを見たという話や核シェルターに閉じ込められる話など、村上春樹の「ねじまき鳥」を連想させる話の流れがいくつもでてくる。
オースターが村上春樹を読んでいないことはありえないけれど、「ねじまき鳥」の影響からこの小説が生まれたとも思えない。
そういった作品どうしの影響というより、現代社会を語ることの同一性からそんな既視感を覚えるのだろう。
それは、病み上がり作家が青いポルトガルの本で小説書いていたときに妻が語る、
「返事がないから、ドアを開けて覗いてみたのよ。でもあなたはいなかった」
という、今を生きる人間の根底的な存在への不条理を表すかのような不安が、この本のすべてを言い当てている。
紙の本
巻を措く能わざるプロットの面白さと思いがけない展開
2010/10/20 10:40
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:あまでうす - この投稿者のレビュー一覧を見る
1990年の「偶然の音楽」、2002年の「幻影の書」と、作者の力量はますます上昇し成熟の度を強めてきたようです。ともかくどんな作品でもいっときも巻を措く能わざるプロットの面白さと思いがけない展開、そしてきわめて知的で上品で抑制された語り口、幅広い芸術と文化全般にわたる教養、ニューヨーカー風のユーモアとウイット、そして「いま、ここ」を常に感じさせるコンテンポラリーな共生感覚こそ、この1947年生まれのアメリカ人らしからぬアメリカ人作家の特徴といえましょう。
オラクル・ナイトとは「神のお告げの夜」というような意味で、この小説はあちこちでただならぬ神託や神意の降臨の予感がうまく降って湧いてくるように仕掛けられています。
例によって内容に深く立ち入ることはしませんが、本作の主人公は、作者本人を思わせる作家です。そして第1の物語は当然この主人公の愛と仕事と生活をめぐって展開されていくわけですが、ここに主人公がポルトガル製の青いノートに書こうとする第2の物語が入れ子になって交錯し、読者は2つの物語をどうじに並行して享楽することができます。
第2の物語の主人公は、ニューヨークの一流編集者に設定されていて、彼の元に届いた「オラクル・ナイト」という知られざる作家の作品が、第3の物語として他の2つの物語の基底に大きな影響を与えるとともに、本書の題名にもなっているのです。
そしてこの都合3つの物語の中に登場するのは、アメリカの有名作家や魔法の青いノートを売っている文房具屋ペーパーパレスの不思議な中国人、美しく知的なキャリアガール、薬にまみれた明日なきジャンキー、どんなインポも5秒でいかせてくれるハイチ生まれの絶世の美女等々。さらに頭上からなだれ落ちるコンクリート片、突然の愛、セックス、失踪、逃走、暴行、死そして詩等々。
この小説世界では、ないものがない、のです。
バリウムを呑まされた蝙蝠の如く必死で鉄棒にしがみついている
あと何年こんな芸当に堪えられるのだろう 茫洋