紙の本
長英逃亡
2012/01/24 12:31
3人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:焼酎王 - この投稿者のレビュー一覧を見る
小伝馬町の労屋敷に、労名主の長英がいる。
町奉行の鳥居との、海防論のくい違い、奉行としてのやり取り、
長英が脱獄までの467Pをさっと読みきってしまった。
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吉村昭さんの死と長英の死。二つの死の容に思うこと
2006/08/29 14:51
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
7月31日に他界された吉村昭さんの死の直前の模様が報道された。点滴の管と静脈に埋め込まれたカテーテルポートを自ら引き抜いた覚悟の死だった。病床に伏したときから延命治療を拒否していた。病院から自宅に戻っていたのだそうだ。夫人の津村節子さんは「家にいたからこそ、自分の死を決することができてよかったと思う」と述懐しておられた。
法と秩序と先例に縛られた閉塞の病棟から脱出し自由な空間で自らの死を決したところが吉村さんらしい。
『長英逃亡』を読み終えてこの報道を目にしたのだが、実はそれで、なるほど吉村さんが描きたかった長英の悲劇性はそこまで深いところがあったのかと思い至ったのだ。
長英の生きた時代は長英たちにとって社会の枠組みそのものがいわば獄舎であった。その閉塞空間を破獄し彼は視野を海外に広げようとした人物であった。しかし彼の生存中はこの閉塞空間からは逃亡できなかったのだと思う。
長英は脱獄して直後の友人宅で請うて脇差を譲り受けている。捕らわれる危険性は高く、そうなれば死罪は免れない。脇差は他人を殺傷するのではなく、捕らわれる直前に自刃するためのものであった。自ら死を決するために逃避行中の彼は脇差を片時も傍から離さなかった。危機が迫れば反射的に柄に手をかけた。死を選択する。運命に翻弄され続けてきた男が最終的に選択する死の容こそ、逆に運命を自ら切り開く唯一の行為だったはずだ。
通説は「捕吏に捕らわれ咽喉を突いて自刃した」で定着している。
ところが著者はあとがきでも触れているがこの通説をとらずに急襲した捕り方の十手による殴殺死をもってこの小説を締めくくっている。
このシーンはたいへんに凄惨な描きぶりである。
吉村さんの報道に接し、自らの死の容を決することができた人だ、よかったとの夫人の感慨はよく理解できた。一方、あえて通説を変えて表現したこの長英のみじめな死の容はどうであろう。長英にはやろうとしていた自決ができなかった。時代の先を行き過ぎた人物の悲劇性にやりきれなさがさらに加えられ、私は胸がふさがれるのをこらえられなくなった。
吉村さんのご冥福をあらためてお祈り申し上げます。
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終盤が面白い
2017/05/08 21:56
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投稿者:ME - この投稿者のレビュー一覧を見る
上下二巻の長い小説だが、高野長英の捕まり方と死んでからもなお処刑される場面の描き方がさすが吉村昭だと思わせる。
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投稿者:七無齋 - この投稿者のレビュー一覧を見る
長きに亘って逃亡を続けた長英。その結末は悲しき悲劇に見舞われる。天才的な才能を持ちながらそれを生かす機会が少なかった。
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2011.4.14(木)¥210。
2011.5.6(金)。
メモ:高野 長英(たかの ちょうえい)文化元年5月5日(1804年6月12日) - 嘉永3年10月30日(1850年12月3日)、江戸時代後期の医者・蘭学者。wiki http://goo.gl/yUlfg
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いやはやこれは力作でした。人間長英の逃亡劇。史実に忠実に、硬質なタッチで描く。
わたしも一緒に逃亡している気分になった。
彼を獄に投じた目付鳥居耀蔵が、彼の脱獄後失脚したことを知ったときの身もだえするような後悔。
「長英は、自分が早まったことを強く悔いた。わずか2ヶ月余の差が、運命を大きく狂わせたことを知った。」(p.268)
「悔いても悔いきれぬことであった。2ヶ月余牢にとどまってさえいれば追われる身にならずにすんだと思うと、胸の中が焼けただれる思いであった。」(p.269)
「過ぎ去ったことを悔いても仕方がない、と自分に言いきかせた。運命というものは人智でははかり知れぬもので、自分が負わされたかぎりそれを素直にうけとめ、新しい活路を見出すべきなのだ、と思った。」(p.270)
こんなふうに、とても人間らしい面が描かれる。
赤松氏の解説が的確で素晴らしい。「自身の語学力、医師としての技量、西洋事情に関する学識などに絶大な自負をもつ長英は、ややもすれば倣岸不遜な振る舞いがあったらしい。しかし脱獄後、追われる身の罪人をどこまでも救援してくれる人びとの親切に接して、謙虚に反省する姿や、……」」。
そう、これがまたとても人間らしいと思った。
長い長い逃亡劇の果てに、手に汗握るようなクライマックスが待っているという構成。
江戸に戻り、顔を焼いて町医者として生計を立てるも最後は捕らわれの身に。十手で半殺し状態にされ、護送される途中で息絶える……。
じつに、時代に早すぎた者の悲運…日本には、鎖国を批判してこんな目にあった人がいた。胸を打たれる。
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奇しくも、オウム逃走犯平田が自首してきたタイミングと近い。もっとも、長英は捉えられてすぐさま殺されたのであるが。
それにしても人望が厚かったのと、類まれなる才能を持っていたのは間違いないようだ。
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上巻は逃亡生活を克明に描くところが中心で高野長英の当代への影響については余り触れられていなかったが、下巻に入り島津斉彬や伊達宗城から評価を受け、彼の兵学書の翻訳が当時の開明的指導者に多大な影響を与えていたことが記されている。
高野長英が幕末の思想的な中心人物であったことを今更ながら理解することができた。
また、本著では彼やそれを匿う多くの人々の人間味あふれる関係にも心を動かされる。単に長英の博学ゆえだけでなく、江戸時代にはあった功徳の精神からなのであろうか。
幕末維新からもっとも学ばなければならないことは、当時の人々の志の高さと、その志の高さを以ってのみ偉業を成し遂げることができる、ということである。
高野長英も逃亡する中で安全な場所に留まれば生き延びることができたのだが、世の中を正しい方向へ動かしたい、という強い志ゆえに自らを危険に晒し、自分の志を実現することを行動基軸とした。
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不運だった人には違いない。
しかし、この作品を通じて『偉大』と感じられるのは、高野長英本人ではなく
彼の才能を認め、庇い、手を差し伸べてくれた人々のほうだった。
あの時代の人々の器の大きさ、優しさに触れられたことのほうが、むしろ収穫だったな。
翻訳家として偉業をなしたことは事実だが
人間としては時代ゆえの理不尽さによる僅かな同情以外には
好きにはなれなかった。
奇しくも、これを読んでいる最中にオウムの逃走犯二人が捕まった。
高野長英は6年半。
彼らは17年。
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(「BOOK」データベースより)
放火・脱獄という前代未聞の大罪を犯した高野長英に、幕府は全国に人相書と手配書をくまなく送り大捜査網をしく。その中を門人や牢内で面倒をみた侠客らに助けられ、長英は陸奥水沢に住む母との再会を果たす。その後、念願であった兵書の翻訳をしながら、米沢・伊予字和島・広島・名古屋と転々とし、硝石精で顔を焼いて江戸に潜伏中を逮捕されるまで、6年4か月を緊迫の筆に描く大作。
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一方、下巻では長英に影響を受ける人たちが確かにいたこと、また「志士」という人たちがどんなものなのかと考えさせられた。やはり現代において、ここまで気高い志を保つ人にならねばと思って仕方がない。
しかし、不運。不運だが、気高い。
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再び江戸に戻った長英は妻子と共に生活を始めるが・・・。宇和島藩主の庇護を受け、伊予に入り、蘭書の翻訳、蘭学の教えに貢献する。漸く平和が来たかと思ったが、やはりそこも幕府の手が忍び寄る。極めて優秀な人材がこのような追われる身になることの惜しさ。そして本人の悔しさ。そして再び江戸で迎える最期の時。斉彬があと数か月早く薩摩藩主になっておれば、保護を受けられたのに・・・。運命の悪戯。長英亡き後の家族も悲惨である。吉村昭の詳細な調査により150年前の史実が忠実に再現されます。素晴らしいお奨め本です。
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これが史実に根ざしていなかったとしたら、まったく読む気にならないだろな。いくらフィクションだからって、こんな馬鹿な話を読んでられるか、って。
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綿密な調査で史実に基づいた作品。生涯のうちの僅か6年の短い期間の逃亡生活をスリルに満ちた長編に仕立てた。長英の強い意志はもとより、周囲の人が命懸けで支援する。友人はありがたい存在だ。追われる身で妻子と過ごせたのは信じ難いが、娘が吉原に売られる話は真実味があって暗澹たる気持ちになった。2019.1.22
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各所への逃亡を経て、江戸へ身を隠した長英は、自らの顔を焼き、ひとりの町医者として暮らすことを選ぶ。しかし逃げ続けることはついにできず、彼の家へ捕吏が踏み込み、殴殺されてしまうまでを描き切る下巻。
様々な史料、伝説を勘案し、取捨選択することで生まれている説得力と、抑制的な筆致によって、全編に緊張感が漲っている。読み終えた後は、充実感とともに、空を見つめるしかないような大きな虚脱感も覚える。