紙の本
正解が無いのに「正しさ」を求めてしまう主人公のもどかしさ
2022/10/27 15:24
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投稿者:オオバロニア - この投稿者のレビュー一覧を見る
編集者の男性に翻弄された女性作家が鎌倉の実家で過ごしながら、様々な男性との交流の中で少しずつ自分を取り戻していく物語。療養のために作家業を中断し東京を離れ、夏の古民家で紙書籍のデータ化(自炊)をするっていう文字通り身を切られる行為の中で自省する様が描かれる。
私は彼に何をして欲しかったのか、私は自分に何を求めていたのか、正解が無いのに「正しさ」を求めてしまう主人公の千紘のもどかしさが伝わってくるじめっとした表題作に始まり、書籍化された本作ではそれに続く「秋の通り雨」「冬の沈黙」「春の結論」が追加されている。文庫本の表紙の淡い初夏の雰囲気も良い。
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選考委員さん、遅すぎる
2019/06/16 17:33
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投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
最近の小説を読むとき、気にいっている小説を思い出してみると女性の作家のものが多い。村田沙耶香、川上弘美、綿矢りさ、西加奈子、宮下奈緒、森絵都、窪美澄、辻村深月、原田マハ、津村記久子。どうしてなのかと思っていたが、この作品の次のような表現が男にはどうしても無理だからというのも一因だと感じた、「勢いで、好き、と口にした瞬間、目を開くほどの違和感が立ち上がった。その一瞬の自覚だけで、子宮の底が泥のような水で満たされていく気がした」。2003年、高校生の時に芥川賞候補になって以来、芥川賞、直木賞の候補に何度もなりながら受賞できなかったが(この作品も153回の芥川賞候補作だった)、やっと。2018年、『ファーストラヴ』で第159回直木三十五賞を受賞した、選考委員さん、遅すぎる
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過去をバッサリと
2022/05/09 15:08
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投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
心と身体に傷を持つ女流作家・千紘と、支配的な編集者・柴田との関係性が異様です。鎌倉の家でデジタル化されていく祖父の古本が、何とも意味深でした。
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タイトルまんまだった。本を裁断する女。
作家とか本が好きな人にとって、本を裁断するっていう行為は自分自身を切り刻んでる気がして、それが千紘の心とリンクしてなんとも痛々しく、息苦しい。でもこの息苦しさが島本理生だなあって思う。母親との関係もしかり。
季節が変わると交わる男も変わり、千尋の心にも少し変化が。少しほっとした。
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あの男の気持ちが、主人公の気持ちが
両方を考えると身体が疼いてしまうのを覚えた。
セクシャリティの無い世界で歪んだ主従関係があり、またそれに囚われている。
最終章では、鳥籠から飛びたつかのようして静かに終わったけれど。どこか不安や寂しさを抱えざるをえないように感じた。
良書、またいつかよみたい。
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【あらすじ】
小説家の千紘は、編集者の柴田に翻弄され苦しんだ末、ある日、パーティ会場で彼の手にフォークを突き立てる。休養のため、祖父の残した鎌倉の古民家で、蔵書を裁断し「自炊」をする。四季それぞれに現れる男たちとの交流を通し、抱えた苦悩から解放され、変化していく女性を描く。書き下ろし三篇を加えた文庫オリジナル。
【感想】
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久しぶりに好きな恋愛小説を読みました。
最初の話だけだと、どこかざらざらした不快感が残ったと思うけど、秋以降の話が救われる。
新しい形を見つけて、千紘は大丈夫と思える、そんな素敵な話でした。
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人を傷つけることに罪悪感をもたない男に翻弄される女性作家を主人公とした表題作と、その後を描いた3編を収録。
芥川賞候補にもなった表題作は、吐き気のするような男の残忍性と、混乱しながらも惹かれてしまう主人公の苦しみとで、読むのがつらかった。
さらに、行きつ戻りつする時制はやや整理不足でわかりにくい。
続く3編は書き下ろしだが、作者は主人公に救いの手を差しのべ完結させたかったのかな。秋冬春で少しずつ変わっていく様を加えてくれて、読み手も救われる。
新しく登場する男性もまた、欠落したものを抱えて一筋縄ではいかないタイプではあるが、主人公自身の性格からすれば健康的でシンプルな思考回路の男よりも、似合いの相手なのだろう。
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本を裁断する小説家の話。
表題作は最初から最後まで息苦しいままだった。
深く考えない男に惹かれてしまうのはわからなくないけど
もう2度と味わいたくない。
3篇の書き下ろしがなかったら読後辛かったかも。
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「ああ、この世にはまだこんなに人を傷つける方法があったのか」
この帯に惹かれて、手に取りました。
表題作の『夏の裁断』は、洗脳のように緊密さと拒絶を繰り返す編集者の柴田さんとの関係に疲弊し、休養として訪れた祖父の鎌倉の家で本の自炊を行いながら柴田さんとの日々を振り返る女性小説家のお話です。
主人公の千紘は、幼い頃に大人に性暴力を受けた過去があるゆえ、主体性がないうえに自己肯定感が低く、柴田さんの一挙一動に振り回されてしまいます。しかし、自分を好いてくれている猪俣君に対しては煮え切らない態度で、逆に振り回してしまう。そして、それらを断ち切るように行う自炊。
自炊とは、紙の書籍をスキャンして電子データにすることを指します。そして、データ化する上で必要なのは、本を裁断すること。作家にとって本をばらすということは、「自分を手足を切り取られるようなもの」と千紘は生理的嫌悪を抱きます。しかし、いざ実際に行うと湧き上がるのは酷い高揚感。それは、自傷行為のように見えました。
そして季節は『秋の通り雨』『冬の沈黙』『春の結論』と流れ、その間にさまざまな男性と出会い、清野さんという男性に恋をします。掴み所がなくどことなく柴田さんと似ている清野さんの言動に傷つきながらも、少しずつ自由を取り戻していきます。
表題作だけだと息苦しいままでしたが、この書き下ろしがあることによってやっと深呼吸できたような気がしました。個人的には、折々に現れる教授の言葉がとても好きです。
「誰にも自分を明け渡さないこと。選別されたり否定される感覚を抱かせる相手は、あなたにとって対等じゃない。自分にとって本当に心地よいものだけを掴むこと」(p.120)
裏切らない、絶対的な安心できるものが欲しい。自分のために傷ついてほしい。必要とされなければ、自分がいる意味がないーー。愛に飢えた人たちのお話でした。
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あまり好きなタイプの話ではない。
主人公は女性作家でそれなりの評価を受けていながら、周囲の男たちに翻弄されるままになっている。抵抗するわけでもなく、逃げもしない。冒頭の暴挙も結局はうやむやになって発展しない。
話の背景に本を自炊のために裁断する話がある。作家という職にありながら本を裁断してバラバラにしていく。始めはそれに抵抗感があるが次第に麻痺していく。それが主人公の人間関係を象徴する話になっているのだ。
救われない結末に読者は突き放されてしまう。実に後味が悪い。続編とも言える短編を読み合わせると、そのざらつきは少しおさまる。主人公の考え方や行動様式の種明かしのように読むことができるからだ。
ほとんど感情移入ができない話だが、独特の空気感とかやりきれない思いが心を曇らせることそれ自体がこの小説の持ち味なのだろう。
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なんだか心が沈む小説。だけど面白くない訳じゃなくてむしろ一気読みしてしまった。女性が弱さに流されてとか苦境に立たされてとかで体の関係を持ってしまう系の話が苦手。だけど読み始めると止まらない。全然違うけどひと昔前のDeep Love的な沈む感じと読んじゃう感じを思い出させていただきました。
酒を飲む描写は普通に好き。陽気になって両手を上げて心の中でわーい。それからテーブルに突っ伏すとか。病んでるね笑
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3.8
内容はかなり強烈!
痛々しい気持ちで読みました。
読後の睡眠でも強烈な夢を見ました。
夢の内容としても本の影響をモロに受けたようなものでした。
でも、面白い。
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ーああ、この世にはまだこんなに人を傷つける方法があったのか
芥川賞候補作にもなった「夏の裁断」文庫化時の帯コピーである。誰が考えたのだろう、本編に添いすぎていて秀逸。
親本はもちろん読んでいますが、書き下ろし三篇が追加されると聞いて購入。小説家の主人公が編集者の柴田に翻弄され、見えない精神的な支配を受け、苦しんだ末、休養のため祖父の残した鎌倉の古民家で本を「自炊」しながら、少しずつ再生していく話。
抱えた苦悩からほんの少し解放されるところで終った本編、書き下ろし三篇では新たに登場したひとたちとの交流を通し、優しく、でもしなやかに再生していく姿が見事。個人的にとても辛いお話だと思っていたので、書き下ろしが追加されて、本当の意味で千紘が再出発できて、心から良かった。
「答え、出ないよ」「答えを求めてもない。彼らはなにも考えてない。ただ、あなたを刺激して、自分のほうに意識を向けたら満足して気分で突き放すだけ」
でも、それでも。「意味があるかもしれないって」「思いたいよね。でも、そんなもんないよ」
ここ、ほんとうに、生涯忘れられないだろうな。
ーー忘れてる、と。あれほど痛かったこと。震える手でフォークなど握りしめるくらい悲しかったこと。もう思い出せない夏の湿度のように。
***
・間違えていると気づいているのに抗えぬ弱さを嫌悪するほど、奪われたものを取り戻そうと必死になった。奪われたと思ったものなど、本当は、とっくの昔に失くしていたのに。
・「でも、好きなんでしょう」
・必要とされないと、上手く、自分のいる意味がわからないんです。
・だけど本当に取り返したいものは過去の中にしかない。
・過去なんて、しょせん、藪の中でしょう?でも、そんなの、もう誰にも確かめられない。
・経済的にも文化的にも恵まれた家庭で育った雰囲気に、一瞬だけ、どんなに洗っても漂白できない柴田さんの影を思い出した
・以前観た映画で恋人とひどい別れ方をした女性が数年後に別人のように派手な遊び人になっていた場面を思い出した。あの時は意味がわからなかったが、今では理解できる。傷つきすぎて空いてしまった場所を埋めるには、質より量なのだ。そして性別のアイデンティティを無理やり取り戻そうとして、元からかけ離れた形になっていく。
・私は馬鹿なのだろうか、と考えた。また期待できぬものを掴んでしまったのか。
・そういうのは、言葉にしないでおきたいんです。
・口先だけでも好きだって言われたほうがいいですか?
・自分の中にもきっと、変わりたい、とか、壊したい、とか、そういうものが限界まで煮詰まっていた時期だったんだと思います。
・なんの約束もない、関係性の定義づけもない。二人でどこへ行くわけでもない。私はあなたのことを何も知らない。そんな状態がずっと続いて、それでも私はあなたのことを理解したくて、でも、限界です。あなたにとって自分の存在に肉体関係以上の意味があるとは思えない。
・「じゃあ、どんな約束が欲しいですか」「関係性を定義付けたら離れていかないものですか?人は」手のひらを握りしめる。わかっている。どんな誓いだって裏切られることはある。だからこそ私はないと分かっていても完璧で永遠なものが欲しい。
・たしかに私は回復したのだ、と実感した。だから終って良かった。そう言い聞かせて、眠った。
・それでも時々は、ひどく、切ない。溺れそうな夕焼けに染まった遊園地や、近所のスーパーマーケットのビール売り場、もつ煮込みが美味しい小さな二階建ての居酒屋の前を通り過ぎるときに。
・「あんな乱暴なことを人前でされて、どうして彼女は怒らないの?」つかの間、私の方が驚いて、言葉を失くした。今まで自分がその視点をまったく持っていなかったことに。大げさかもしれないけれど、世界は変わったようだった。
・幼いころから、これぐらいは普通だ、当たり前だと思い込もうとして、だけど何度も違和感や不快や恐怖を覚えたことは、やはり、間違っていなかった。そう言っていいのだということを教えてもらった気がした。
・「でも全然、忘れてるみたいですね。びっくりしました」だから私は返した。母に。そして磯和さんに。たとえ報われなくても。自分の求めている答えが、かえってこなくても。
・ただ、私には理想があったんです。誰にも変に依存せずに、正しくならないと、いけないって。でもなれなくて、弱かったり不安定な自分が前に出るのを、つねに抑え込んだり、抱えたりしていることに疲れてしまって
・その区切りは千紘さんに必要ですか?
・自由になりたいと願いながら、ずっと臆していた。その準備が、多少はできた気がした。正しくも完璧でもない自分のままで。
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これはなかなか読み手を選ぶ話だなと思った。夏の鎌倉の瑞々しさのある描写と登場人物の精神的なやりとりの描写の対比が大きくて、読みやすいのにどっしりと重いなという感じ。
個人的に、登場人物みんな自分の軸を簡単に人に預けすぎなのではと思った。清野さんだけは少しわかる気がした。