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  3. みち秋さんのレビュー一覧

レビューアーランキング
先月(2017年1月)

みち秋さんのレビュー一覧

投稿者:みち秋

52 件中 1 件~ 15 件を表示

モノづくりの精神と技術が消えた「SONY」を暴く

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

超優良企業であったソニーが、巨大化した組織の硬直化と経営戦略の失敗(ITビジネスの不成功、次世代TVの出遅れなど)で、世界的巨大企業の凋落してゆく様を鋭く抉る元社員の内部告発書。
モノづくりの中枢である開発設計部門からの告発は、他山の石として多くの教訓と忠告を示唆、ソニーが抱える問題は、同じモノづくりに携わるものとして共感、自戒させられる。
書かれている内容は、第三者から見れば憤まん、怨言など偏見や感情的な面も見受けられるが、世界のソニーがどのような経過を辿り、モノづくりの精神と技術を失って行ったか、経営・開発戦略、組織など広範囲に亘り克明に暴いている。その中には重要な証言も見えてくる。
中でも高い技術と先進性イメージの開発設計部門がハイモデルVAIO(パソコン)で市場制圧すると廉価PCにシフト、売上至上主義に陥り、次世代PCの開発を中止してしまった話、次々と凍結される研究開発の話は驚きである。
これが本当ならば、危機感、チャレンジ精神と技術力を失くしたエレクトロニクスのモノづくり企業としての復活はありえないであろう。
ソニー不振の原因は環境の変化に対応できずにビジネスチャンスを逸したという単純なものではなく、優れた技術力を持ちながら、経営陣がモノづくりのイロハを理解していない事が、経営理念・戦略においてスタッフとの間に深刻な対立が生じ、会社への求心力が失墜していったようだ。しかし本質はもっと深層部にありそうで、自らの職場と照し合わせながらじっくり読んでみたい。
ソニーの現状を見れば、確かに著者の指摘する経営・開発戦略の失敗、社員の士気の低下、自己保身など組織のゆるみが、衰退の主要因のようであるが内部に向けた批判ばかりでなく、家電業界を取巻く国内外の経営環境についても切り込んで欲しかった。
別視点で見ると更に高いハードルが見えてくると思う。
情報・家電製品は開発、設計、生産のノウハウの蓄積なしで商品化できる製品であり熾烈なコスト競争が繰り広げられている。製品の開発は革新的な開発よりも、目の前の開発競争に全力集中して勝ち抜いてゆくことであり、ソニーの企業体質である「自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場」では熾烈な開発競争には勝てない時代になっている。果たしてソニーの企業体質でコスト競争に勝つ商品が生産できるかどうか見直しが必要であろう。
今まであまりにも自由闊達な企業風土により、個人の自由と組織の秩序とのバランスが崩れており、自らの個性を殺してまで会社に忠誠を尽くす社風がなくなっていることに企業経営者も著者も気付いていないようだ。そこに大きな矛盾が生じているように思う。
本書の信頼度50%と仮定してもソニーの大企業病はかなり深刻化しており、復活するには技術依存体質の企業文化を変える程の大変革が必要であろう。
企業風土は創業理念に固執することなく、時代に合わせて変革してゆくことが重要であると思う。ソニーユーザーとして一刻も早い復活を願っている。

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ソメイヨシノは明治維新と共に表れ、日本中の桜と春を一変した「革命の花」である

10人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

寒い冬が去り、待ちに待った春が来ると突然パット桜が咲き出す。私たちは満開の桜の美しさだけでなく、その短命さに心動かされる。このような時節になかなか面白い本が出版されている。
明治初期ソメイヨシノは染井を出て、日本中を席巻し、桜と春の景色を一変した。
本書はこの革命ともいえる足跡を辿りながら印象的な痕跡を探してゆく。もろもろの説話、伝承を踏まえて、ソメイヨシノが全国に普及して行った理由と時代背景を描いている。
安直に桜に深い意味、特別な観念を持込まず、桜を語る言葉を自らの視点で冷静に見つめようとする基本姿勢が貫かれている。そして先人の語りを参考にしながら桜の歴史を見直そうとしている。
まず圧倒されるのは、膨大な史料の活用、引用である。しかもその引用も要所に実に的確にはめ込まれており、著者の努力と執念には驚かされる。
桜の流れを簡単に説明しておこう。明治期はソメイヨシノは只の花であったが、目新しさで拡大していった。日清日露戦争は拡大の契機にはなったが、戦争や軍隊とのナショナリティにはつながらなかった。大正期に入ると桜はナショナリズムの表象になり、昭和ゼロ年代後年から桜は急激に観念化されてゆく。それは軍国主義の圧力だけでなく、桜そのものに強い観念、精神を見出そうとする風潮からであった。そして戦後桜の歴史、文化、思想が思い思いに語られナショナリティとの関係が論じられ、観念が肥大化し桜の精神論のみが語られるようになった。
著者は戦後の個人化された桜語りを厳しく批判している。「記憶・感情の個人化が進み、桜語りは一人ひとりが思い思いに桜に深い意味を見出すようになり、植物学、史料と無関係に思い付きや、想像で歴史を語り、桜に対する明確な観念や思想がない中で言葉だけ空転して感傷的な語りに陥っている 」。著者の桜に対する博識からすれば先人たちの作品に対する批判精神が出るのは当然と思われる。更に続けて「桜、それ自体意味を持たない曖昧な物であるが、私たちはそこに何かの意味を見出すことをやめることが出来ない」と自ら桜の妖艶に心奪われ空虚さの中を彷徨している。
「花より団子」派の評者が、卑見を述べるのは恐縮ですがあえて一言。
桜=戦争が直感的に脳裏に浮かぶのは年を重ねたせいかもしれないが、戦死者250万とも言われる人々が、桜のように散っていた太平洋戦争と桜の拘わりを語らずに真の桜語りは出来ないと思う。これに言及していないのは1963年生まれの著者の心にはあの戦争は風化してしまったのだろうか。それともこれが著者の言う「新しい桜語りの創出であり、ソメイヨシノの革命」だろうか。
染井から出てわずか150年でこれほど多くのソメイヨシノが日本全国に咲くようになったのは、著者が言う「空虚さは半ば見えつつもそこに何かの意味を見出そうとする」人々がこの桜にいかに強く心を動かされたかを示していると思われる。
いま日本らしさの象徴である自然が徐々に失われてゆくのと同様に、桜も自然=日本らしさと言うナショナリティーの表象として位置づけられてきたが、この図式が揺らぎ始めているらしい。
今後バイオ技術の発達で新たな桜が出現するかもしれないが、ソメイヨシノは桜らしい桜であり続けるだろうし、又そうあって欲しいと思う。

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少子高齢社会での快適な老後はもはや幻想である。でも前向きに自信と誇りを持って生きたい。

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

「世界人口時計」が65億人を突破した。先進国の少子化より発展途上国の増加分は遥かに大きく2050年には92億人に達する予定だ。一方わが国を含め欧米先進国には将来の少子高齢社会に対して悲観的な見方が広がっている。わが国も50年には老年人口比が35%、総人口9200万人と国家基盤を揺るがすほどの急速な人口収縮を迎える。地球上の人口が増加する反面、先進国の人口減少は過去とは異次元の未体験ゾーンであり楽観は許されない。
少子高齢社会は経済成長の低下、公的諸制度(年金、医療、介護)の崩壊などが強調されているが、更に加えて著者指摘の「経済、政治システムが老化し流入する移民との統合・共生を図るという難題」など一つ取上げても事態は深刻であることが解る。
少子高齢化で社会はどのように変貌するか、その中で生きる老人はどのように扱われ、どのような気持で生きることになるのか。本書は「老いの問題」を明確に提示し、議論を喚起しようとしている。
訳者によれば、本書の評価はドイツでは二分されているようだ。 仰々しい文体、驚かすようなたとえ話、解決策が見えてこないなどと厳しく非難される一方で、現在進行中の深刻な問題の全体像を明確にした本として高く評価されているとの事。
全体として受ける印象は、重いテーマなので少々堅苦しく緩やかなものではない。
ショッキングな予測は単なる人口統計学的ではなく、過去の文学作品と照合させながら噛み砕き、著者自身の考えに同化して深く掘り下げている。
内容は少々誇大で、文化背景(宗教、死生観)の違いもあり首をかしげる予測もあるが、参考になる部分もかなり多い。
「老い」は悲観的で常に暗く陰湿なイメージがあり、誰も覗きたくない世界である。
できればいつまでも無関心でいたいと思うのが人の常であるが、必ず訪れる「老い」に我々は果敢に立ち向かわねばならない。
「残された時間が何を意味するか、決めるのは社会でなく自分自身である。・・・若いままでいようとする意志は生きようとする意志である。・・・社会の老人に対する悪いイメージは高齢者自らが変えていかなければならない」との提言に読者は共感できると思う。
この本を通読した読者は少子高齢社会では快適な老後は幻想であると来たるべき事実の深刻さを認識すると同時に、老人問題の背景にあるものと、将来の自分自身の心の持ち方を学び、今からでも始められるヒントを見つけ出すことができるだろう。
今まで「老い」について日々無関心に暮らしていた読者は「老い」と真剣に向かい合おうとする気持がこみ上げてくるだろう。
「老い」をいかに生きるかはその時代背景と個人の人生観で決まるものであり、時代の流れに合わせながら世間の都合に惑わされることなくポジティブに自信と誇りを持って暮らしたいものである。
ダーウィンの呟きが聞こえる。「強い種、賢い種が生き残るのではなく、変化に対応できる種しか生き残れない」

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紙の本会社は誰のために

2006/12/03 22:58

大企業の経営戦略が社会のしくみを変える時代

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

日本経済においてバブル崩壊後の「失われた10年」は経営トップが経営改革に積極的に取り組まなかった事が主な要因であるとの見方が一般的のようだ。
しかしこのような状況でも思い切った経営改革を断行し、成果を挙げている企業がある。今注目されているキャノンと伊藤忠商事である。
本書からその経営トップの御手洗会長と丹羽会長の経営手法、哲学は勿論のこと、私たちが仕事をしてゆくうえで必要なことは何かを学ぶ事ができる。
両氏は米国駐在で学んだ経営手法を日本に導入して、『企業の目的は売上でなく利益にある』(御手洗会長)、『3年間赤字の会社は全て整理する』(丹羽会長)と明解な経営信念を掲げ、全員に危機意識を持たせて組織の大改革を断行した。終身雇用制を維持しながら実力主義を導入し、社員のモチベーション向上で業績を上げている。中でも注目されるのは、国際感覚を有する真のエリートづくりをトップ自ら取組んでいることである。激化する国際競争の中で成長を持続してゆくにはトップ後継者づくりが重要課題であることを感じる。
両氏の経営から現在の経営者に求められる技量が浮かび上がる。
明確な目標を設定し、組織の大変革に対する社内外の抵抗にトップダウンで進める強いリーダーシップと果断で機敏な意思決定力と実行力が求められる。
大手企業のソニー、日立、東芝が未だに業績回復がはかばかしくないのは、トップが激変する環境に対応する経営戦略を打出せなかったことが大きな要因といわれている。
これらの事例からも今ほど経営トップの技量が問われる時代はないだろう。
メーカーと総合商社の立ち位置の違いから、御手洗氏は政財界寄り、丹羽氏は一般市民寄りの考え方に基いて議論が展開されているように思われる。
たとえば経済、社会格差に関しては市場経済では多少の格差も仕方ないと容認派の御手洗氏、中間所得層を厚くしなければ高付加価値経済は発展しないと格差の広がるのは望ましくないと懐疑派の丹羽氏。両氏が語る「改革力、組織とひとづくり、日本の将来」は納得、賛同でき仕事を進める上で参考になる部分も多いが、一歩間違うと社会に「分裂」「不和」が生じ、築き上げてきた「高度な文化、豊かな生活」の崩壊は免れないであろう。
企業が生き残りを賭けた経営戦略が繰り出される中で、今製造現場では「企業目的の利益確保」を求めすぎた結果、労働ダンピングが起こり、労働の尊重が無視されている。
多様性、独創性が求められる時代になり、努力のしがいのない社会は成長がないと経済、社会的格差も容認されつつある。私たちは成果を求められるようになり、安い労働力を提供する単なるツールに変化しつつある。愛社、帰属精神は希薄になり品質低下、技術伝承などの問題が表面化し始めた。経済(企業)は繁栄し、社会(個人)が疲弊してゆく中で、日本が誇るモノづくりに暗雲が漂い土台から揺るぎ始めた感がする。

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海洋資源も石油資源同様採り尽くせば枯渇する

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

日本の食文化の象徴は海の幸、山の幸である。我々は資源的に貴重な海の幸をためらう事なく日常的に食している。しかし一見飽食に見える今日の海洋事情も想像しえないほどの多くの問題を抱えているようである。
本書は「ディリー・テレグラフ」の記者である著者が、7年間かけて世界の海、漁港、水産業者、科学者、漁師を訪れて取材し、今漁業資源に何が起きているかを告発、資源が持続不可能になる要因を様々な切り口で内容と対処法を提言し、漁業関係者並びに一般消費者に猛省を促している名著である。
ホンマグロはエサとなる小魚を乱獲してイケスで肥育/蓄育されている現状と世界中で捕獲された海洋生物のうち、食になるのは全重量の10%位であとは廃棄されている事実、さらに良心の欠如と監視なき市場で海洋法を無視して世界的にすすむ乱獲や違法漁業の実態などを突きつけられ、海洋資源に問題があることを全く認識していなかったことに愕然とする。
健康志向とBSE問題で魚食ブームが経済発展の著しい中国はじめ世界中に広がり、富める国が自国の食材を得る為の乱獲は途上国の食料を奪う結果になり、漁業にも及んでいる南北問題の暗い影に複雑な思いがする。
漁獲テクノロジーの進歩は漁獲量アップに貢献できた反面、科学技術には負の部分も有る事を明らかにし、乱獲により次世代の食を奪っていると警告を発する。
現在の乱獲傾向、養殖事業の拡大で海の生態系維持には多くの問題があり憂鬱になるが、著者は楽観的である。
世界の海洋における営利漁法の実態と漁獲管理制度を検証しながら、漁業が抱える問題と解決方法を探ってゆく。
生態系維持に営利漁業関係者の危うさを見出し、漁獲量の削減、資源を枯渇させない資源管理、海洋法などの法制度遵守を義務付け、海洋保護区を設け絶滅危惧種を禁漁にする漁業システムの改革案を提起する。一方消費者には食べる魚の量を減らし、魚種、製品を賢明に選ぶ知識を身につけるべきであると厳しい提言を投げかける。
これらの結果を統合すると問題は想像する以上に広範囲にしかも複雑かつ深刻であり、国家の既得権、領海権、業者の利権、食文化などが複雑に絡み、検討・実行の段階で激論を呼ぶのは必至であり、実現に至るには多くの難局を打開しなければならないだろう。
本書は世界のマグロ漁獲量の60%を消費しているわが国に対するバッシングも多く、今までのように日本だけが魚介類を買い集められる時代は去ったことを暗に仄めかす。
スーパーの売り場に並んでいる魚介類は無尽蔵ではないことを再認識する共に、養生訓(貝原益軒)の五思(食への慈愛と感謝、食する喜びなど)を思い起こし、「食」の原点に立ち返り「食育」も緊急の課題である事を実感した。
海から魚の姿が消える日が来ないように漁業のあり方及び消費者の認識を考える時期に来ていることは確かな様である。

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身近な環境問題を科学的に解明し、保全再生の方法を説く

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岩波書店「科学」雑誌に99年から05年まで隔月に連載された環境問題に関するエッセーを一冊にまとめたのが本書。
環境危機の克服の切望などで環境と経済の調和が重要視され、環境にかかわる科学と社会との関係が密接になってきた今、時代通念に適合した著書である。
私たちにとって極めて身近な問題を取上げ、自然と人との繋がりを仰々しく論ずるのではなく、オーソドックスで説得力があり信頼感が持てる。
著者は植物・保全生態学者で絶滅危惧種の保全や外来種の生態系に及ぼす影響、更に農業などの一次産業と環境保全の問題、など生物多様性の実態を科学的に解明し、保全再生のための科学的方法・技術の研究をしている。並々ならぬフィールド活動と精神には頭が下がる。
第一章は自然界の神秘と深さを味わうことが出来る。「システムとして計り知れない潜在力を秘めている土」と、「水草が揺らめく清い水」から生物多様性の持続は自然界の微妙なバランスで保たれていることをうかがい知る事が出来る。
第二章は現在起きている自然界の異変の実態と取組みについて叙述している。
鹿の異常繁殖、クマの居住区への侵入、花粉症の慢性化、侵略的外来種増加などは環境保全より経済効果を優先させて自然をないがしろにした結果である事を検証する。
第三章は生態系の未来に思いを巡らす。環境的には決して明るい未来ではないことは誰もが肌で感じている。数々の試練を乗り越えるには生態学だけでなく各分野の専門家が協働で研究し、環境問題解決を目指す市民、行政、専門家と一体となって解決する方策を訴える。さらに生物多様性の保全に寄与する農業生態系の復元、維持を打ち出しているのも印象的である。
21世紀は自然と人間との間のほころびを繕う時代である。従来の自然征服型科学と生活様式ではいずれの日にか行き詰まる可能性がある。
その時モンスター化した科学ではなく、環境を見直すために「身の丈科学」の生態系科学の環境保全再生の科学的方法・技術が重要視されるだろう。
けれども、ローテクとも言われる生態系科学は研究者も研究費も少なく苦慮している。
大学の成果が問われる今、環境問題に関しては目先の成果ではなく長期展望に立った国是が求められていると思う。
環境保全のヒントは昨年開催された愛知万博において、市民を巻き込んだ活動で行政、企業の思惑から里山の豊かな自然を守った事例にあるような気がする。
近い将来このエッセー中のフィールド活動と数々の貴重な提言は環境保全再生のヒントになるように思える。
みどりの日(4/29)に環境問題を報じたメディアは皆無に近かった。関心が薄れ行く中で環境問題を考える時、このエッセーは一読に値する一冊である。

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巧妙に仕組まれた詐欺の手口を見破れますか?

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

今週「1夫11妻」男が逮捕された。呪文によるマインド・コントロールで集団生活をする奇妙なカルトです。このような破壊的カルトや詐欺を含めた悪質商法は昔からエンドレスに続いています。
平成十七年度の詐欺被害状況を警視庁のH/Pで調べると、被害総額はなんと226億円、件数は19、703件、 こんなに多くの人が騙されているとは驚きです。
被害者の多くは女性、高齢者ですが、最近はインターネット詐欺に三十代男性も遭っており、年令、性別問わず被害者になっています。
このような社会で騙されずに暮らすことは大変です。だから生活の知恵として人に騙されない学習をすることは大切なことです。
著者の西田先生は大学で社会心理学を教える傍ら、マスコミでも活躍中の犯罪心理学の専門家です。本書は専門の社会心理学を用い、実例で解りやすく書かれています。
最近の様々な詐欺、悪徳商法、マインド・コントロールによるカルトなどの種類と手口を事例で紹介し、社会心理学の立場から見た共通の騙しのテクニックを暴いてゆきます。
ターゲットにされた人間の心理状態と騙しの関係を解き明かし、その騙しテクニックを練習課題で見抜き、騙しに強くなる方法を説きます。
本書によれば騙されやすい人は社会通念を守る真面目で誠実な人で、騙す人は一見社会的地位の高そうな専門家、権威者等の肩書きで迫ったり、美男美女が甘い言葉で勧誘すると言う。 詐欺事件頻発の折、一読をおススメ。・・・・・(これは詐欺ではありません)
読み進むうちに、「私は絶対に騙されない」との思いが揺らぎ始めます。
今まで騙されなかったのは幸運にも詐欺のターゲットにされなかっただけで、ターゲットにされていたら騙されていたかもしれないという不安に駆られます。
騙す側が本書を読めば有力なマニュアル本になりそうで、そうならないことを願うばかりです。
金融機関の商品説明、有名タレントのテレビCM、通販カタログ、テレビショッピングなどは、犯罪にはならないがいかに買わせるかの手法は詐欺と根っこは同じではないかと思います。
要するに私たちは騙されないチエを学び賢くなり、自己防衛するしかないのです。

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老舗製造業は、意外にも「頑固一徹、この道一筋」ではなかった

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

日本が世界的経済大国として生きていく上で重要な産業は、「製造業」であることに異論を唱える人はいないだろう。その製造業を支えてきたのは大企業ばかりでなく、100年以上もの間、幾多の障害を乗り越えてきた老舗製造業を含めた中小企業にも支えられてきたことも誰も否定しないだろう。その結果として科学技術が発展し先端技術の粋を集めた製品がどんどん開発されて、私たちの生活は豊かになってきた。私たちは溢れかえる生活用品の中に、さまざまな老舗の技術が詰め込まれていることに気づかずに生活している。
著者は日本になぜ100年以上続く老舗企業が多いのかという素朴な疑問を抱き、調査するうちに老舗の技術(ケータイ表面の金箔技術、着信を知らせる機能、心臓部に使われている人口水晶、パソコンのプリンター用トナー素材など)の高さと進化の過程に興味を抱いたという。
ある企業は徳川家康が江戸に幕府を開いた頃(400年以上) からの伝統的老舗技術の金箔技術を転写箔といわれる品物の表面に印刷する技術までに進化させている。
紹介されている19社の企業は創業数百年以上という歴史の中で、創業以来の家業は頑固に守りながら飽くなき革新を続け、誰もまねできない独創的なものを創る努力を怠らず働き続けてきたエネルギーを感じ取ることができる。老舗のイメージである頑固一徹、この道一筋ではなかったのである。
そして大部分の経営者から語られる家訓、社訓は、「企業が存続するには、大きな倫理と理念が必要」「本業で社会に貢献、それに反するものをやったら長続きしない」「不義にして富まず」などで実践に裏打ちされており、苦境を耐え抜いてきた人々の言葉には圧倒される。米国流経営方式導入で労働の尊厳を無視したり、粉飾決算、製品欠陥事故などの不祥事を起こしている経営者にとってこれらの話は呵責に耐えられないであろう。
中国大陸、朝鮮半島を往還する文化循環と揺れ動く歴史の中で生き抜いてきた老舗企業の経営倫理、理念などを通して、今の企業のあり方を突き止めようとする著者の視点が斬新で興味深く読むことができる。
本書が単なるウンチク本に成り下がっていないのは、モノづくり現場を精察し経営者との対話を通して老舗の生き抜いてきた核心部分を探り当てようとする著者の気概によるところが大きい。
ここ数年企業業績が持ち直している中で、老舗企業の倒産は逆に増えており、老舗の看板で企業活動ができる時代は終焉したようだ。しかし今後いくらコンピューター化が進んでも、人の五感に頼るわずかな余地は残るはずであり、そこに老舗の生きる道は残されており、伝統的価値は生かされると思う。
今日まで時代を乗り越えてきた老舗製造業のあり方は、こだわりと丹精を込めて愚直にモノづくりすることの大切さと、仕事や会社の持つ意味を今一度噛みしめてみる必要性を感じる。

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中国大国の虚実

2007/02/23 10:47

揺れ動く新たな経済圏中国を、多角的に取材分析

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

北京での六カ国協議は中国の粘り強い調整で共同文書を採決した。議長国として中国の存在感を世界に示し、「ポスト冷戦時代」をにらんでしたたかな外交を展開した。
外交だけでなく経済においても国際金融市場で中国政策が影響するようになり、国際的にも重要な地位を占めるようになってきた。
一方で躍進した経済にも景気変調、社会不安、米中の通商摩擦などさまざまなカゲリが出始めているようだ。本書は2005/3から2006/5まで日経新聞に連載されたもので、中国が世界に及ぼす影響と国内の社会ひずみなど、明暗両面の変化を明確にすることで揺れ動く中国の実態を多角的に分析している。
本書は今後の中国を見るポイントの一つとして、格差拡大が深まる中、一党独裁下で社会の安定と高度成長維持の難しさをあげている。それ以外に資源確保のための猛烈な対外攻勢で、周辺国と関係強化を図り海外に脅威を抱かせていること。最近中国は外資に対する態度を硬化させ、外資優遇税制の見直しを始めたこと。メデァ産業に対する厳格化、特にインターネットへの統制の強化を打ち出したことなどなど・・・中国経済が転換期に近づいていることを仄めかす。
まだまだ政治の影が付きまとい、「進出するのもリスク、しないのもリスク」の考え方をする日本企業が多いようだ。拝金主義と狡知で詐略に長けた中国人とのビジネスの難しさが読み取れる。
世界の下請工場としての廉価な労働力の提供国であり、独自開発能力向上の研究機関のインフラが脆弱であること。また社会制度も未整備で中流階級層の広がりがなく、環境問題も表面化してきたことなど。中国経済はまだまだ発展途上であることが浮き彫りにされる。
歴史教科書・靖国神社問題、政府関係者の発言に対するクレーム、領土問題、反日デモなど厳しい対応を迫る中国に対して、中国政府、党との距離をとりながらの記事に少しもどかしさを感じる。中国報道に関しては今もマスコミへの規制があり、中国偏向に陥りやすいことは理解できるがもう少し主張してもよかったと思う。 しかし厳しいマスコミ規制の中で、現在の中国事情を忠実に知らせようとするジャーナリズムの心は感じ取れる。
通読して、中国経済はまだ発展途上であるが、近い将来肥大化した経済力をバックに、近隣諸国並びに反米国家を経済的融合により欧米と対峙する「ポスト冷戦時代」を予感、
真の脅威は経済的脅威ではなく軍拡の脅威であることを感じる。
インタビュー記事でのユーリー・ガレノビッチ(ロシア科学アカデミー)氏の発言はやや情緒的であるが重い課題であり、進む方向に間違いはなく評者も同感である。
「・・・・まず紛争を回避し緊急な課題の解決に専念する一方、並行して学者間で互いの歴史認識を深く議論することが大切。・・・・・国民同士が相互理解する重要性が益々高まっている。」

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反証と確証のシステムが機能しない社会は、真の民主主義国家ではない

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国内外で科学の信頼性を失墜させる論文捏造事件が止まる所を知らない。
2005年科学誌「サイエンス」に難病患者の再生医療への応用が期待されている患者適応型ES細胞の生成にソウル大黄禹錫教授が成功したとの論文が発表された。しかし昨年この論文は捏造であることが発覚して、日本でも大きく報道されたことはまだ記憶に新しい。
本書によるとこの事件は最初からES細胞の存在はなく、単なる詐欺事件であったにもかかわらず肥大化したのは、政府とマスコミの煽動により黄教授が偶像化され、国民が常軌を逸した行動に出た事件との事。
著者は今回の恥辱的な事件の背景にある政府、マスコミ、国民がなぜあれほど熱狂し、予期せぬ行動に出たかに着目して、さまざまな事象を捉えながら韓国社会と国民の本性を浮き彫りにする。愛国の全体主義も垣間見ることができ、現在の韓国社会と国民性を知る上で貴重な手掛りを得ることができる。
この事件を肥大化させた最大責任者はマスコミであり、民主主義を唱えているマスコミが誤謬を正すべきシステムを自ら放棄して、思いも寄らない方向に国民を扇動した責任は大きいと厳しく糾弾する。
今回起きた国民の特異な行動は典型的な集団ヒステリーでありその要因に資本主義の急激な発展による疎外感をあげている。
近代文化と儒教文化が融合している特殊な抑圧文化と疎外感とが相乗して特異な行動を起こさせたと分析する。卑近な例では盧武鉉政権が領土・教科書問題で反日感情を煽ることにより国民の抑圧された憤怒の感情、攻撃性を分散させていることは知られている。
翻ってわが国はどうか。昨年東大でがん細胞を消滅させる「SIRNA」に関する論文で捏造事件が発覚している。この事件で大学および研究機関の研究体制のお粗末さが露呈され、科学に対する不信感が強まっている。
今科学者は国威発揚、企業発展の下、市場原理が導入され研究費獲得のために、論文数の競い合いで、倫理規範を無視して不本意ながら論文を捏造してしまい、科学の信頼性を失くしかねない状況にあるようだ。一方政治では先の小泉政権下で演じられた「小泉劇場」でのマスコミの行動、大衆の狂気ぶりが酷似している事に危惧の念を抱く。
本書は「マスコミが扇動すれば、いつどこの国でも危機的状況が作り出される」事と、「その社会が真理だと確信している事象であっても、常に反証と確証の機会が与えられなくては真の民主主義ではない」 ということを私たちに示唆している。

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90分の死闘よりも、ピッチ外の方がもっと大切である

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

06年サッカーW杯はイタリア代表の優勝で幕を閉じた。スーパースター達の華麗なプレーとサポーターの熱狂の余韻が残る中、本書に出合った。遅きに失した感は否めないが、選手たちのドイツ大会への思いがより一層鮮明に蘇る。
本書は今日のスーパースター達のピッチ内外の人間ドラマを通してサッカーの魅力を語る。そして華麗なピッチのプレーばかりでなく、闇の部分にもスポットを当て、より濃い内容に仕上がっている。とにかくW杯の情報は豊富であり彼らの生き様を知ることで、我々にも生きるヒントになることは間違いない。
スーパースターの個性を象徴的な出来事の掘り下げで引き出している。
「悪夢の98年」と言われたブラジル敗退でロナウドへの風当たりは強く、怪我による長期離脱でお荷物呼ばわりされたが復帰。「行きたい場所で生きたいように生きる。それを信条にしよう」と這い上がった、打たれ強い精神力には感銘する。
ピッチの外で広げられるビジネス(移籍、マスコミ)の実態とそれに翻弄される選手たち、中でもフィーゴ、ジダン、ベッカムに注目する。
クラブ間の移籍に伴うビジネス上の駆引きは、選手をビジネスの拡大ツールとしか見ないオーナーの経営姿勢にスポーツビジネスの本質が見え複雑な思いがする。
一方選手達のサッカー感は「俺は自分の居場所よりも、自分自身の生き方にこだわりたい」と達観しているフィーゴと相通じるものを感じる。
サッカーがビジネス化して、南米サッカーが持つ希望とプライドの熱い思いは過去のものとなりつつあるようだ。戦争も辞さなかった程のプライドは今の南米にはなく、単に「金銭的な希望のみ」と著者は嘆く。

サッカー界の闇は人身売買の世界だと言われ、途上国の10代の少年たちがビッグクラブの思惑でクラブを転々と移籍させられ、その才能を磨り減らしてゆく少年たちの心情を思うと胸が一杯になる。
本書の真骨頂はスターの名言と「頭突き事件」のジダンとのロングインタビューである。
随所から読み取れる彼らの言葉には海外の過酷なサッカー界で、国を背負う重責と重圧に耐えながら、サッカーに対する強い情熱が込められており、読む者の胸を熱くする。
代表引退から一転、戻ってきたジダンのドイツ大会直前の出場への思い、意気込みなどが聞かれるのもうれしい。
「優勝することの過酷さは充分知っている。残る最高のパフォーマンスを一秒一秒最大限に楽しみ、ピッチに別れたい。優勝以上に大切なことは未来を担う少年少女たちに、サッカーを通じて希望や夢を伝えたい」と心中を語る。
それにしても決勝戦の「頭突き事件」は同情の余地はあるものの、彼の熱い思いと華麗な戦績に傷が付いたのは事実であり残念である。
早くもこころは南アフリカ大会へ・・・。 どんなドラマが展開されるか夢が膨らむ。

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人類は技術向上に固執するあまり、自らロボット化していることに気付かねばならない

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「宇宙から地球が見たい」との思いをかなえて、昨年8月9日宇宙飛行士の野口聡一さんが無事帰還された。
コロンビア号の事故後4年の時を経て、このたびのミッションに参加。私たちに夢と希望と感動を与えてくれた。
日記は宇宙空間15日間の生活及びそのBefore/Afterの日々を淡々と記録してあり、野口さんの熱い思いが伝わってくる。
苛酷な訓練に耐え、稀有な体験をした一人の宇宙飛行士の生き様と魂を見る思いがする。
類書は多いが宇宙飛行の記録をこれだけ忠実に写真と文章で綴られた例はない。
轟音と振動の離陸、無重力状態での生活、宇宙ステーションとのドッキング、史上初の船外活動など、一部始終が克明に記録されている。写真と日記は虚空の宇宙に漂いながら地球と対峙する宇宙旅行を疑似体験させてくれる。
宇宙ステーションとのドッキングは大型タンカーの入港時の迫力で、又船外活動時のハッチ開放の瞬間、漆黒の闇を通して見える、「生命の輝きに満ち溢れた地球」が紙面一杯に広がる写真は野口さんをして「人生観が変わった」と言わしめた感動を分かち合うことが出来る。そして「閉塞感漂う現在、若い世代から夢を奪ってはいけない。次世代に夢をつなぎ、宇宙を目指す人達のために、シャトル飛行を成功させなければならない」との熱いメッセージを次世代の子供たちへ送る。
しかし大成功にもかかわらず、有人宇宙飛行に少々首を傾げたくなる点もある。
「宇宙空間の人間は機械に組込まれた存在であり、脳を有するロボットではないのか」との思いが過ぎる。
複雑作業のマニュアルを人間の頭脳にインプットして、動作を完璧に覚える迄繰り返し訓練を重ねる。そして宇宙空間で地上の指示によりマニュアルに従って勧める作業は、まさにロボットそのものではないのかと思えて仕方ない。
人類は知らない間に自らをロボット化しているのではないだろうか。
宇宙開発にどんな価値を見出すのか。学術調査か夢を追う飛行か、今考え直す時期に来ていると思う。学術調査ならば無人飛行で十分であり、打ち上げ費用も安価で済む。
宇宙開発に莫大な投資をするよりも、足元の地球環境を改善する方向に転換したほうが人類にとって有益に思われる。
一方で宇宙観光を目指す動きもあるが、大金を叩いて、命の保障もない旅行に出かける価値があるのか。しかし神秘的な宇宙への夢は追い続けたほうが良いと思う。

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クラウディア奇蹟の愛

2004/09/07 12:09

戦争という最悪の人生を課せられながらも、国境を越えた最高の愛と友情で結ばれた人達を描いた実話。

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表紙を開くと突然手紙が出てきた。過ぎ去った二人の思い出をたどりながら、相手を思いやる崇高な愛情と優しさに溢れた手紙である。

『時々、思い出して下さい。ロシアを、プログレス村を…。     …私たちは、思いもよらない人生での出会いをしました。…      …一切の責任は、戦争にあるのです。……
貴方が再び肉親の愛情に包まれて、祖国にいるという嬉しい思い出で、私は生きていきます。…三十七年余りの年月をあなたと共に暮らせたこと、捧げた愛が無駄でなかったこと、私はこの喜びで生きていきます。…』

この著書はTV局と共同で国内とロシアでの現地取材と、関係者の手紙で構成された実話である。戦争という最悪の人生を課せられながらも、国境を越えた最高の愛と友情で結ばれた人達の生き様を描いた著書である。蜂谷彌三郎(人名敬称略)は太平洋戦争終結後、帰国を待つ北朝鮮でソ連軍に突然スパイ容疑で、妻子を残して極寒の地シベリアへ強制連行された。 厳しい取調べと一方的な裁判で懲役10年の刑を受け強制労働収容所に送られた。収容所生活は想像を絶する環境下と処遇で生死の境を彷徨する毎日であった。
そこで生還できたのは、不条理な罪と妻子への熱い思慕が強烈な生への執念となり耐え抜いたからであろう。収容所を出てからも帰国許可は出ず、その間に無実を信じたロシア人女性クラウディアと出会い、お互い支え合いながら三十七年間の人生を送った。ソ連邦崩壊後の一九九六年に彌三郎は家族の安否を人づてに確認し、日本では家族妻子が半世紀もの間、彌三郎の帰国を待ち続けていることが分かった。この朗報に喜んだのは以外にもクラウディアであり、彌三郎は改めて感謝の念が湧き、涙がやたら流れ言葉で気持を表すことができなかった。
クラウディアは《他人の不幸の上に自分の幸福を築き上げることは、人道上決して許されるべきでない》という固い信念を持っており、尊大で崇高とも思える自己犠牲の愛が彌三郎に対する愛だった。そして彌三郎は帰国。……クラウディアはプログレス村に一人残り今も忍耐強く、勇敢に生きている。
彌三郎帰国後もクラウディアから常に相手を思いやる優しさに溢れた手紙が届いている。

終戦から六十年経ち日本は高度成長を遂げ、熾烈な競争社会になり自己中心主義が今日の社会。クラウディアの彌三郎とその家族に捧げた自己犠牲の愛、妻久子の半世紀に渡り彌三郎を待ち続けた愛、この二人の愛を通して真実の愛とは何か?……考えさせられた著書である。

最後に著者は《信頼しあう人々の心の中に国境はない。クラウディアは、どんな状況下でも人間の真実の愛は貫けるのだと教えてくれた》と記述している。
又クラウディアは《人間はこんなに知恵を持っているのに、どうして愚かなことを繰り返すのでしょうね》と人生を狂わせた戦争について述べている。
読み終わりふと装丁に目をやるとそこには雪を被った『ひまわり』が描かれていた。
イタリア映画『ひまわり』の列車の別れのラストシーンが浮かび上がってきた。 
クラウディアさん、感動をありがとう。過去は戻らないけれど残された人生が十分幸せでありますように。又彌三郎さん久子さんお二人のお幸せとご健康をお祈り申し上げます。

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科学で創出された標準は世界の政治経済を制覇できる

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物語は1792年フランス王政末期、フランス科学アカデミーが世界共通の度量衡単位「1メートル」を地球上の子午線全周の4千万分の1と決めた事から始まる。
時はフランス革命下、苦難の測量事業は政情不安などで出発から6年経過後の1798年に終了する。「全ての人々のために、全ての時代のために」という啓蒙思想を大義に、メートル法は紆余曲折しながら米国を除いて全世界に受入られてゆく。二人の天文学者(ドゥランブルとメシェン)が敢行した「子午線(ダンケルクからバルセロナまでの距離)測量」と言う大事業を描いた壮大な科学史ドキュメントである。
著者ケン・オールダーはハーバード大学で物理学を学び、歴史学の博士号を獲得、ノースウエスタン大学で歴史を講じる。
本書はフランス革命下の政治の激流に翻弄されながらメートル法に拘わった科学者達とその周辺の人々の多様な人間模様とその時代のしがらみが見事に描かれており単なる歴史小説ではない。学問的且つ問題提起的で魅力に溢れた科学史である。
またメートル法の創設に絡む時代のヨーロッパ、アメリカ、イギリスの歴史的背景と動き、予想もしない史実が書かれておりメートル法が普及してゆく様がありありと浮かんでくる。
本書の面白さは複雑な時代の潮流の中で、対照的な二人の学者がどのように生き抜いたかをダイナミックに描き出していることであろう。科学の発展には社会的要因と権威者の役割が重要であり、彼らが成し遂げた色々な業績は時代の要請であり、時の流れに翻弄されながら自らの選択を余儀なくされた事が見えてくる。
今を生きる私たちも彼ら同様に、時代の荒波にもまれながら社会の中で認められ、自分の存在意味を求め、自分だけでなく人々のためになるような生き方をしようとしている。
本書はヒューマン・ドキュメントだけでなく科学の誤りとその意味についても深く考えさせられる。著者は測定値の改ざん/隠匿を犯しながらも彼らの事業は成功したと言う。
なぜなら彼らの偉功は時空をはるかに超え、現在進行中の経済交流のグローバル化に見ることが出来るからだと言う。 当時改ざんを公表していたなら彼らの事業は歴史から抹消されており、改ざん/隠匿も時には必要悪かもしれないと奇妙な発想をしてしまう。
このミッションには色々疑問点が多い。なぜ戦乱期に測量を遂行し成功したのか、なぜメートル原器が測量完了前に作られたのか、など。時の政権が疑惑に関与していた可能性を感じさせる謎を秘めたミッションである。このような観点で読むのもまた興味深い。
科学が専門分化、高度化した今、科学者が真実を追及することは使命であると同時に科学倫理でもある。しかしこのような視点で現状を見ると理性的な判断で科学的事業、経済活動が行われているかと言えば、ノーである。なぜなら科学に起因する社会問題が多発する一方で科学者の捏造疑惑は後を絶たないからである。
本書の原題になっている2500年前のプロタゴラスの格言「人間は万物の尺度である」という意味は、時代に合った価値観を作り上げるのは私たち自身であることに思い当たる。
本書は分厚い書である(P512)。途中難解な部分で立ち往生したり、単調で退屈する場面もあるが、それでも尚字面を追わせる魅力を持った名著である。
今回タイミングよく「心に残る一冊」に出会えた幸運に感激している。

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黄砂 その謎を追う

2006/07/03 11:27

厄介者扱いされているが実は地球環境保全に貢献しているかもしれない

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春一番と共に訪れ、春の到来を告げる「黄砂」は、日本ではあまり環境問題として注目されて来なかった。 しかし近年大気中に浮遊している黄砂は、健康被害、地球環境と日常生活へ悪影響を及ぼすと考えられ、黄砂粒子の化学成分分析が急がれている。
黄砂研究の流れは地球環境という枠組みの中で、多くの研究者が地球温暖化に対する影響を評価するという視点から黄砂研究をしているようだ。
今、黄砂が注目されているのは「自然を見る人間が、新しい視点を得て、自然が再び新しい側面を見せてくれた」からだという。
つまり近年黄砂は地球環境という側面から注目されるようになり、色々な環境問題とつながっていることが解り、今までの黄砂研究とは異なる大きなスケールで研究がされているのである。
大気中の微粒子(黄砂を含む)の分析は航空機、気球などを使い、大気を濾紙に通過させて粒子を収集し、電子顕微鏡で観察・分析が行われている。
この方法は分析までに時間が掛かり化学変化により大気状態と同一条件のデーターが得られない。また粒子に2種類の成分が含まれている場合、成分か別粒子かの判別が困難などの欠点がある。現状ではこれらの欠点を克服するのに研究者の豊富な経験と知恵、時間と労力に頼っているようだ。(※本書は触れていないが最近大気中の粒子に直接レーザーを照射し気化成分を計測してデーターをリアルタイムで得られる新計測装置が開発され欠点は解消されているようだ)
科学書を読むときに著者の人物像を見るのも読書の楽しさを倍増させる。
本書の著者も常に創意と工夫でオリジナリティーのあるアイデァと視点を獲得し、挫折をテコに新たなアイデァを生み出し、挑戦と好奇の精神で次のステップへ踏み出している。同時に自分の研究を国際的な場で高めてゆくセンスも持ち合わせていることが見えてくる。
黄砂は中国の砂漠、乾燥地帯から舞い上がり、朝鮮半島、日本海を経て日本列島に到達、時には太平洋を渡り、北米まで飛んでゆくこともあるという。これらのプロセスについて考えるとエキサイティングな自然の神秘さに様々な想像力を掻き立てられる。
中でも興味を引くのは「黄砂が日本列島に飛来する途中(中国韓国都市部、工業地帯)で酸性雨の原因となる大気汚染物質(硫黄化合物など)を多く吸着しており、これが酸性雨を緩和して環境への影響を低減している」と見ていることである。
厄介者扱いしてきた黄砂が意外にも地球環境保全に貢献していたとの論には驚かされる。
本書には黄砂の正体、発生のメカニズム、飛来ルート、環境への影響などを解こうと繰り広げられる研究現場の様子が手に取るように書かれており、日常気にしてない空気中で起きている知らない不思議で面白い現象に遭遇し、わくわくする。
近年異常気象の頻発で環境問題が身近に迫っているだけに時勢に適した本である。
科学書であるが一般向けに書かれており、気楽に読めて科学的好奇心を満たしてくれる一冊である。一貫して流れている現地現物主義のフィールド精神は読者に感銘を与えるだろう。

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