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  3. 祐樹一依さんのレビュー一覧

祐樹一依さんのレビュー一覧

投稿者:祐樹一依

54 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本手紙

2007/01/27 13:43

握り潰される手紙の行方

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 天涯孤独の兄弟であり、弟の就学費を作るために空き巣を試みようとするが、家人に見つかり、思わず殺してしまう。兄が殺人を犯してしまった弟、が主人公。「犯罪者の弟」という強烈にして執拗なレッテルが、人生の分岐点で常に付きまとう非情な命運。就学、就職、恋愛、家族、様々な場面で弾劾され、人生の道筋を見失いかける主人公。彼の元に届く、兄からの手紙。「受刑者」からの手紙を厭う思いと、そのそもそもの動機が自分にあることとのジレンマが、それに本心を書いた返信をさせない…。
 犯罪は、してはいけないこと。その罪を償うために、受刑者は刑務所で刑期を務める。では、犯罪者の近親者は、どうあるべきなのか…? それを描いたのが、本作。犯罪に直接自分は関係がないはずなのに、主人公には何の罪もないのに、犯罪受刑者の近親者だというだけで、弟の直貴は、ある意味では「檻の中」にいる受刑者本人よりも直截に社会的な制圧、抑圧、差別を受けざるを得ない(*)。そんな、本当は目を背けてはいけないはずの「事実」が何処までも描かれていることに目から鱗。これはたまたまそうであった、という「不幸の連鎖」ではなく、そうならざるを得ないという「社会悪」に対する制裁の延長なのですね。犯罪被害者の苦しみは勿論、犯罪加害者の苦しみも、また、多くの者が描き、追求してきたものです。けれども、犯罪者を身内に持つことで、犯罪者本人と同じく罪を背負わなくてはならないという論理には息を呑みました。人を殺すということ…、いや、犯罪を犯すということ、それが、一体、どんな意味合いを持つのかを、これまでずっと軽い認識でいたのだと、本書によって重く受け止めずにはいられません。
 数々の逆境を経験し、自分たちは一体、社会の中でどうあるべきなのかを悟り、弟が心からの思いを綴った手紙を書くとき、物語は終幕を迎えることになります。ラストシーンへの流れは、胸を打たれます。この衝撃は強いですよ。
*追記:制圧、弾圧、と書きましたが、それは直截的なものではないですね。作中にもそういった形での困難は書かれていません。実質的には遠回しの「非難」という程度のものと思われますが、それを受ける側の精神的負担はやはり、相当大きいはず。
(初出:CANARYCAGE)

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これはもう立派にミステリ作品

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 顔を知った者の名を書くことで死を操れる「デスノート」。区分すれば死神モノ、となるのだろうけれど、これは今までになかった角度から話作りがなされているぞ、と僕は相当楽しんでしまいました。現代ファンタジーなのだが、ミステリ的な趣向が沢山盛り込まれてて久々に漫画を「読んだ」気分です。世界各地で原因不明の大量殺人事件が起こったり、正体不明の探偵が「エル」だったりと、清涼院流水みたいだぞ、とニヤニヤしてましたが(笑)。

 死神のリュークが、いわゆる擬人化により美青年だったりしたら、この作品、もっと人気を呼んだに違いないのだろうが、それを安易にしてしまったらこれほど面白いものにはならなかったに違いないと確信する。何故なら、この物語において死神であるリュークは「死神」であるに他ならないのであり、そこに余計な装飾は必要ないからだ。彼(?)は傍観者であり、ただデスノートのもたらす死を待つだけなのだ。そういう存在なのだ。だからこそ、デスノートの現在の所持者であるライト(善悪の善は英語でライトと言うね。これは痛烈なイロニィ)は、「死神」の力を得たことによる支配を考えたのだ…、と思う。端緒としてね。

 なんだかリーダビリティを呼ぶ小畑氏の絵にも助力を得て、原作者の大場つぐみ…、女版乙一、って感じがしない? と相方と共感す。★5つにしてもいいと思ったのだが、ここでいきなり最高点にて評価してしまったら、今後どうなるのやらと楽しみで仕方ない自分の未来が不安なのと、ちょっと饒舌なネームを感じつつも、実際のところ満点です。

(初出:CANARYCAGE)

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紙の本クライマーズ・ハイ

2004/07/29 19:37

ジレンマティックな登山家

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 1985年、御巣鷹山の日航機墜落事故で北関東新聞社は湧き立った。それは浮き足立った、と紙一重の長い長い緊迫感。事故の全権デスクを命じられた悠木に次々に迫る問題は、己との戦いであり、組織との戦いともなった。それは事件に向かう己の姿勢の確立を迫る、つまり新聞を作る組織そのものとの戦いとなる。本来ならば組織の一部に過ぎない男の決断は英断となり得るか。

 実際の事故を題材に扱った、セミ・ノンフィクション。横山氏が元記者であった経験が最大限に生かされているであろう、記者世界のリアルさと、組織の中で揺れ動く人々の描写がとても巧い。横山秀夫の小説は「濃密」。この一言が切っても切れませんね。極限状況、とは少し違うけれど、「ここで自分はどうすればいい?」という苦悩は読んでいても息が詰まります。そして物語そのものは緩急を使い分け、最初から最後まで一気に読ませる。新聞の製作とは時間との戦いでもあるので、至極サスペンスフルでもあります。ミステリの枠に入るかは微妙なところですが、事件の様相のように移り変わる悠木の周囲の情勢は易々と読者の予感を寄せつけず、意外な展開へと導くのです。

 一方で、本書は「山登り」がテーマになっています。墜落現場が山中であることが勿論その一端なのだけれど、事故の直前にした登頂の約束を守れなかったことが原因で友人を一人失ってしまった、という悠木の苦悩も、また一つ描かれます。そしてそれは現在の彼の山への思いに繋がる。過去と現在を結びつけるのは「山」。そのあまりに大きな存在が、大き過ぎるが故に全てを一度に見ることが出来ない。小さな存在であるのに似たものである人間と対比され、無造作にも心に触れようとする。凄惨な事件の「傍ら」を描いた本書ですが、読後感も山の頂上を目指すかのよう。お勧めです。

(初出:CANARYCAGE)

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紙の本電車男

2004/11/28 17:16

「リアルタイム」な恋物語

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 巨大なネット上の掲示板、2ちゃんねるにて繰り広げられた、リアルタイムの恋物語。主人公は冴えない一介の青年。ほんの些細なことから始まった男女の繋がりは、彼一人では絶対的に手繰ることは不可能だった…、しかし。その小さな話が掲示板の上に持ち出されたとき、小さな奇跡は始まったのです。まさかあのような始まりからあのような結末を迎えることになるとは、発端時には誰が予想出来ただろうか…。「掲示板の書き込み」だけで構築された「恋愛物語」が成立すること自体が驚きですが、その内容の「純愛さ」には、今日、むやみに大量生産される「純愛」の薄っぺらい看板を打ち砕く感動に等しい興奮と、リアルな威力がありました。

 インターネット、そして2ちゃんねるの特性として一番に上げられるのは「匿名性」だと思われます。つまり、掲示板への発言のみで世界が作られることから、その発言自体に明確な信憑性と責任性を求めてはならない、というのが、ネット使用者の胸に留めなければならない鉄則。無論、そうであるからこそ、発言者本人が嘘でない書き込みをしたときにはその信頼性が浮き立って見えるものなのです。それは本書の一番の特徴でもあり、全登場人物…、言い換えれば掲示板参加者が匿名である、ということが最大の強みになっているように思われます。「電車男」の一連の物語は、彼本人が記述する「出来事の進展」によってのみ移り変わるので、何処から何処までが現実世界で起こったことなのかが曖昧なまま展開する。けれども、その真偽を問うのは野暮なのです。これは掲示板のテーマに即したネタなのだ、いや事実だ、と議論することは、創作であることが最初から分かっている多くの「恋愛物語」の存在を否定するに等しいことだから。
 これは「電車男」本人にとって真実の物語であれば、それ以上の意味付けは必要のないもの。それ以外の掲示板参加者、そして更にその周囲の存在である本書の読者にとってとなると、創作であろうと現実であろうと、「ある男の恋物語」を聞く、という姿勢に何の違いもないのだということは想像するに難くないでしょう。だからこそリアルタイムで情勢が変わる媒体を用いて展開することになったこの物語、恋愛をする青年をこれほど応援してあげたくなる臨場感にはそう恵まれるものではないでしょう。

 本書「電車男」は、先述のように掲示板のログ(書き込み)を編集したものであり、本来のスレッドから、本筋には関連性の薄いと思われるものの多くが削除された形になっており、とても読みやすいものになっています(とはいえ、2ちゃんねる発祥の変え字、当て字もあるので、少々の勉強は必要か)。これもまた、この「物語」の「綺麗さ」を押し出すことになっていますが、それはそれ。「電車男とその仲間たち」の言葉はどれもとても現実味を帯びていて、「感動する」という一言で表すには惜しいばかりの笑いと涙をもたらしてくれると確信します。

(初出:CANARYCAGE)

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紙の本暗黒館の殺人 下

2004/10/26 22:52

この「暗黒」に侵食されてください

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 綾辻行人といえば「館シリーズ」。と答える人は多いでしょう。氏のミステリはまさにそこから始まったのであり、本作はその集大成とも呼べる大作。上下巻、計1300ページにも及ぶ膨大な物語は、世にも奇妙な漆黒の館「暗黒館」にて繰り広げられる殺人事件が語られた巨編であります。
 手にとって見ればずしりと響く重さそのままに、長大な物語は隅から隅まで綾辻氏の「館」の雰囲気に満ち満ちています。雰囲気作りから物語が始まり、どの場面においても雰囲気が前面に押し出されている印象は拭えません。「普通ではない」ことが明らかである、どろどろとした、そしてもやもやとした不可思議な空気は、幻想綺談を思わせるものでもあるのだけれど、読者はまさに「暗黒館」の空気にどっぷりと浸かることから、物語を「体験」することになるのです。これは誇張ではなくて、この本に「侵食」される度合が大きければ大きいほど、後々の感慨は深くなること必至です。

 何せ「館シリーズ」ですから、用いられるメイントリックがどんな種類のものなのか、分かる人は分かると思われます。しかし、先述のように幻想ミステリの要素が色濃く主張されている本作においては、何処から何処までが明確に現実に起こっている事実なのか、読者の判断に惑いもさせる効力を持たせることによって、終盤までその正体をはっきりとさせません。それゆえに、動機が全く不明な殺人事件に科せられた「無意味の意味」には嘆息させられました(それは事件の動機とも繋がっていたので)。作中に起こるのは大まかに分けて「現在の事件」と「過去の事件」ということになると思いますが、その二者が微妙な…、接近とも拮抗とも呼べるような結びつきを持つことにより、本作そのものの安定性をもギリギリの状態で保つことに成功しているようです。
 最終的に示される、物語全体を生かした仕掛けは、人によっては受け入れがたい種類のものであるかもしれないけれど、これは読者の「視点」を作中にどう生かすか、を綾辻氏が吟味した形でしょうね、きっと。
 また、本作が「館シリーズ」の集大成であることを綾辻氏が一番意識したに違いない「ある真相」。これもまた、そういうことか、という驚きは大きいでしょう。その意味で、万人に勧めるには至らないのですが、これまでのシリーズ作を読んでいて、けれど本作はこの分量のせいで読むことを躊躇っている、という人は是非とも読んで頂きたい、と一押ししたい一冊です。

(初出:CANARYCAGE)

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紙の本原罪の庭

2004/09/05 18:32

少年は「原罪」を背負う

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 ガラスの柩を思わせる温室の中で惨殺された病院長一家。血塗れの密室にただ一人生き残った少年は、言葉を失い、他者との交流を完全に拒否していた…。未だ表の世界へと解放されない少年の魂を救うため、桜井京介は大きな謎「薬師寺家事件」に挑む。

 「原罪」。その言葉を聞いて真っ先に思い浮かぶのは、やはり永久の楽園であるエデンから追放されたアダムとイヴでしょう。人間の犯した最初の罪は…? 神が人を作るときに、果たして彼(或いは彼女)は人を愛するが故に作り出したのだろうか。個人的な観点で述べれば、それは異なるでしょう。それでは目的と行為が裏返しのものになってしまう。アダムとイヴが起こした罪は、楽園の内側で起こしたものと、彼らの子孫が起こすことになるであろう、楽園の外側で無限に生み出される「罪」と比べてどちらが重いのか、それに気付き、裁くことは出来なかったのか。つまり、人という生き物は、この地上に降りたときから既に「罪」を背負って生きていくことを宿命付けられた存在であるのです。

 しかし本書において、エデンであるはずの温室庭園は、外部の世界からまるでその存在を隔離するかのように少年を内側に閉じ込める作用をのみ持つ建築であります。ここでは「庭」という言葉の定義からして逆転している。そして、その中で展開する惨状。まるでそれが定めであったかのごとく、「罪」を背負って生きる少年。楽園は最早、地上には存在し得ないものなのか…?

 本作には様々な男女が登場します。けれども、誰がアダムで誰がイヴに当てはまるのかは、ここでは言わないことにしておきましょう。人間の感情の根源にある愛情。それがとても深く、とても切なく、とても悲しく物語に絡み合ってきます。人が幸せになるというのはどういうことなのか、それを信じる者の立場によって、こうも喜びと苦しみとがない交ぜになるのか。作品としての流れはシンプルでありながら、異色作であることは間違いない本書、その事件の真相は、「小説」を読む一読者として決して流し読みをしてはならないものだと思います。

 本書を読み終えた後に「建築探偵」シリーズの他作品を読むと、ある点において印象が大きく変わることでしょう。当シリーズは年代に合わせて登場人物が歳を取る、というミステリとしては異色とも言える流れを持つものなのですが、それが本書によって大きな意味合いを持たされることに誰もが頷くはず。シリーズ最高傑作と呼ぶに躊躇わない物語です。

(初出:CANARYCAGE)

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論理的な非現実サスペンス

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 前巻で満点をつけようかと少しだけ判断を保留した僕でしたが、全く、もう、期待を裏切ることなどありませんでした。満点です。文句言いたくなりません。

 全世界の人間が殺人のターゲット? というスケールの大きい話にもなり得た始まりだっただけに、その意味では多少勢いは緩やかになっていると言えそうです。しかし舞台背景が狭まって、関連人物の動きも静かなだけに、ロジックで背筋を震わせるサスペンスフルな展開は健在。キラとL、未だお互いの居場所を特定するには遠過ぎる位置にいる状況で、如何にしてその距離を縮めていくか、というのが、当面の筋道になりそう。そんな中で、攻めると同時に追われる立場であるキラ(夜神月)が、急浮上した野放しに出来ない「証人」の存在をどう隠滅していくか、という「静かな窮地」からの逆転劇が見所でしょう。

 「顔を知るものの名を書けば心臓麻痺で殺せる」なんて聞いて、つい「これは弱点がないだろう」と思ってしまいがちのデスノートだけれど、突破口とも言える新たな使い道や、意外性と呼べる細かい盲点を突いて現状を打開(新展)させていくやり口(ネーム)は見事。物語の側だけでなく、読む側の心境まで盛り上がってきます。あちこちでコッソリ見受けられる伏線が、どう回収されていくのかも期待出来そうですね。

 そして今回、探偵役であるLの実質的登場と相成りました。彼については、僕の見解は死神のリュークと同じ。まあ、ライトみたく明らかな秀才タイプの美形だったら、と期待に花を咲かせたに違いないファンには申し訳ないですけどね。逆に僕は、あれはあれでとても「らしい」と思うのだけれど。

 3巻も間違いなく必見です。

(初出:CANARYCAGE)

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紙の本ラッシュライフ

2004/05/24 19:35

伏線が鮮やかなモザイク・ミステリ

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 ゆらゆらと頼りない浮遊物のように並べられた5つの物語。それらが何らかの関連を抱いた断片であろうことには初期の段階で誰もが気付くはず。そしてそれらに緻密に張られた伏線が、終盤、鮮やかに結びついていく。伊坂幸太郎のミステリは、伏線の張られ方がとても鮮やかだと思うのですが、本作はまさに秀逸。伏線を追う再読も、とても楽しいだろうな。

 謎解き物語がミステリの真髄であるのならば、この物語は推理小説としてのミステリとは趣を異にするのでしょう。厳密に言えば、作中に解かれねばならない謎などというものは存在しないのかもしれない。無論、読者の前には「死体が突如バラバラ死体となり、更にはその死体がくっついて歩き出す」なんていう離れ業が披露されます。けれども、魅力的な読者の抱える謎を解くのは、作中の探偵ではなくて読者自身であるべきであるかのような構成。つまり、ミステリである必要はないんです、この物語は。

 実際、本書の読みどころは、ミステリとしての仕掛けを読み解くことではなくて、多彩な登場人物たちの「生き様」のような、人生観のような…、人生という一つの物語の断片がどう形を見せていくのか、だと思います。

 しかし、この物語を最も読者に印象を与えようとするためには、この形で描かれることが最良であるように思う。この本が「ミステリのための物語」ではなくて、「物語のためのミステリ」であるところに、僕は最大の評価をしたいと思います。

 全編に渡るテーマとなっているエッシャーの騙し絵と「ラッシュライフ」という曲、或いは言葉。それぞれがそれぞれの解釈に導かれ、時には切なく、時には暖かく、観客でしかない読者を、己の抱くことになる何かへと導くのかもしれません。

(初出:CANARYCAGE)

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紙の本フルーツバスケット 14

2004/05/09 13:18

血と呪いと解放への望みと

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 フルバも連載を長く続けてますが、僕はふと思うのです。高屋奈月は、それでもまだ「痛い」エピソードを棚に沢山仕舞い込んでいるのだろうな、と…。のっけから思い一言ですが、そういう「容赦のなさ」があるがゆえに、僕のフルバに対する評価はとても高いのです。そりゃあ、キャラクターに萌え萌えしたりもしますさ! 今巻だとて、ひろひろ登場にうきゃーw となりそうになりましたさ!(まあ嘘ですが)

 ファンタジーではあるが、血筋から逃れることの出来ないが故の恐怖、というものがあって。異性に触れると動物に変身してしまう、という制約(呪い)なんて、もはやおまけみたいなものなんです(と言ってしまっちゃ駄目だろうなあ)。むしろ、やはり、その血筋に生まれてしまったが故の、常人とは異なる「生き方」をしなければならない苦悩、を、どう描くか、ということ。そして高屋氏は実際に描いています。勿論、どんな「解決」が待っているかなんて、受け手である僕らには当面分かりようもないですが、しかし。

 しかし、これは描き切ってもらわないと、どうにも遣り切れませんよね。登場人物もいよいよあふれるほどに増えてきたし(笑)、しかもその殆どをフォローするかのようにエピソードが盛り込まれて、まるでキャラを立てるのに一生懸命みたい。主要人物の物語が横にやられ気味ですね(苦笑)。

(初出:CANARYCAGE)

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紙の本さまよう刃

2007/01/27 13:50

「反社会」は全てが悪か?

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 少年犯罪と、その犯罪被害者である者との対立の構図。殺人犯人への被害者家族の復讐は許されるものなのか、仇討ち行為は正当なものなのか、その者の苦渋と愚劣な犯人の生態と社会復帰、更正の不可能性を鑑みて過剰保護であることを認め、逆襲の殺人もまた赦さざるを得ないものなのか、どんな事情があっても、絶対的に、どうあっても、殺人は反社会行為としてあってはならないことなのか。では人道的なスタンスを取ろうとするのならば、甘っちょろい倫理観に縛られることなく、関係者の心の苦しみを解放し、救うことは、果たして出来るのだろうか。
 テーマは物凄く重く、本書に限らず、どんな媒体で「殺人への復讐」を扱ったところでも、それが赦されるか否か、という問いに関しては、「他人事」でしか捉えられないのが人情なのです。本書においても、被害者の父親である長峰の心情に同情すればするほど、読者は彼の行為を安易に批判出来なくなる。けれども賛成すれば「法律の異議がなくなる」となり、否定すれば「綺麗事」となるのが社会論なのです。マスメディアの報道のように、どうしても中間寄りにならざるを得ない意見が幅を占めてくる。理想論だけでは事実に対処しきれないし、感情論だけでは多くの人を割り切ることが出来ない。必ず、ジレンマは発生するものであるだけに、殺人と少年法が同時に絡んでいる本書は気軽な思いで読み切れるものではない。
 本書の趣旨は、誰かの行為が許されるか、というのではなく、その状況がそのまま自分に当てはまったときに、自分はどのようなことを思い、どのような行動を取るだろうか、ということを訴えることにあるのだと思います。報復行為を行おうとするときに、人は、殺されてしまった人のためではなくて、残された自分のために、何らかの理由をつけて(それが自己満足だと分かっていてもなお)、極北の行為に自らを駆り立てていこうとする。小説としての完成度を高めるために、やはりこうなるしかなかったのだろうか、と思わせる結末は、読者としては物足りないところもあるのですが、大筋のところで鬼気に迫る(胸の悪くなるような)リアリティがあって、東野氏が現代の「犯罪とそれを取り巻く状況の在り方」を、犯罪小説の在り方を模索することによって追求しているようにも思えたのでした。
(初出:CANARYCAGE)

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紙の本パプリカ

2007/01/27 13:30

夢と幻想の間のトリップ

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 現実と夢の融合、という素材は、割とそこかしこに溢れているものだったりします。夢は現実の象徴、現実は夢の延長戦、そんな描かれ方をする物語の一端は、人間の深層心理を描こうとする試みと共に、意外に誤謬を伴わない想像の産物として、物語の中に組み込もうとするときには、書きにくいものではない。けれども本作のように、全くもって、現実と夢が言葉通り「融合」してしまう様を描いた物語は、そうそう見つからないのでは、と思われます。今まさに進行している「物語」が、夢の中での出来事なのか、それとも夢を抜け出した現実でのことなのか、それとも「これは現実なのだ」と自覚している明晰夢の中での夢想に過ぎないのか…、一種のトリップ感は物凄いものがあって、その世界観はファンタジーに限りなく近いSF。
 無論、そう表現してみたものの、本作がSFであるのかファンタジーであるのか、という境界線は、非常に曖昧であると言えます。この物語での主要アイテム「DCミニ」は、精神治療を施そうとする患者の夢の中に治療者が潜り込み、患者の内面から直に治癒を試みる、というもので、如何にもな精神物理学に則った科学的機器の登場により、読者は現実感を損なうギリギリの位置で物語を読み進めることが出来る。しかしその機器の効力が使用者の意識を媒介して増大し、夢が現実に作用するに至り、読者は混乱を排除しきれなくなる。現実には存在しないはずの物質、人物、動物、といったものが無意識の夢から抜け出して現実を侵し始めるとき、それは果たして「現実に存在するもの」であると呼んでいいものかどうか、途惑わずにはいられないのです。そもそも混沌が基本的なスタイルである「夢」を、カオスのまま描き切る手腕は見事としか言いようがありません。トリップ、と称したくなる本作の感覚は、そういったところからくるもの。筒井氏の無駄な間を持たせない文章と絡み合い、冒頭から終盤まで間の読めぬ展開(「先の読めぬ」ではなく)が繰り広げられます。
(初出:CANARYCAGE)

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「ハードボイルド」なエッセイ集

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 エッセイ集「ミステリオーソ」を文庫化に際し増強二分刷されたうちの一冊。自伝的エッセイやジャズ、映画についての文章がふんだんに盛り込まれた本作は、唯諾々とはせず決して他者に媚びない、様々なものの考え方やその大元となる氏の「生き方」(生き様、とは言わないほうがいいでしょうね)が訥々と書かれています。ハードボイルド作家としてとても「らしい」と読者に頷かせるでしょう。真面目な性格で、でも不器用で、多少堅物で、自分の信じる観念は他者には譲らない。けれども、これを「如何にもハードボイルド作家らしい、男らしいな」などと安易に呼んでは氏に失礼に当たるでしょう。原氏の文章だけを読んで「ハードボイルド作家らしい」と言うのも間違いだし、そこに「男らしさ」を見出そうとするのもまたおかしい。そういう安っぽい形容でない、けれども氏の著作を読んだ者が「彼らしいな」と思うに当然たる文章が数多く、それはつまり、そこには「嘘がない」ということが読み取れる事実があり、「彼だからこそ」の数々の和製ハードボイルドの存在があるのだという感慨が一読、湧いてくるのです。
 彼の語るジャズや映画は、決して万人に共感出来る「通念」ではないでしょう。それらは氏の多少「お堅い」性格による個人の「好きなものに対する姿勢」であって、何が良い、良くない、という考えを「意見」以上のものとして読者が信じてはならない。けれども原氏が現在となっては「古典」である数々の小説や音楽に心酔したように、それを後から知った読者が興味を持ち、やがて共感を得るようになっても、それはまた悪くはないと思います。文学や音楽が芸術であるという事実は、(本物の「芸術」がその中のどれくらいを占めるのかはさておいたとしても)真実であることは確かだから。
 実際のところ、読了後、どうしてもとにかく「ジャズ」が聞きたくなって、手近なところでインディーズの音楽サイトを漁っている本日の僕。
(初出:CANARYCAGE)

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紙の本町長選挙

2007/01/27 13:54

「こんな選挙、見たことない!」だけじゃ、ありません

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 天然すっとぼけ滅茶苦茶トンデモ神経科医、伊良部一郎シリーズ、三冊目。誰が見ても幼児が変態を気取ったような単細胞な言動を繰り返し、彼を訪ねた患者は勿論、その周囲の人間を困らせることしかしないくせに、時折、唐突、心理を突いた発言をして彼らを驚かせ、頷かせるところも併せ持つ。これが伊良部の「天然」たる所以ですね。実のところ彼は何も考えていないのでしょう。近くにいると忌々しいことこの上ないのに憎めない、という「困ったさん」。それが(口にするのもおこがましいのですが)彼の一番の魅力、なのでしょう。…いや、やはり作中でも言及されているように現代では「珍しいもの」なのかな。常識の枠には到底収まりきれない、それも能天気な原動力があるから、敵を作らない。
 先頭から三作ある短編は、実在の人物が即座に脳裏に浮かぶ、ある意味ではこの上ないイロニィに満ちたものなのですが、伊良部が絡むと途端に面白くなるから不思議。誰もが所詮は「現代に生きる人」なのだな、と思わせられます。このシリーズの各々の物語の主人公…、つまり伊良部の患者となる者たちは、医学的な症例に照らし合わせると強迫神経症に当てはまるものが多いようです。現代社会の病理は肉体的なところよりも精神的なところを重きに見ることによって、「病は気から」という格言を根底から見直す逆算的な部分があって、こういうエンタメ系の本にも、実は奥深く観察され得る病魔の在り方が見えてくるようで面白いですね。
 表題作「町長選挙」は「いつもの」伊良部シリーズで、島の勢力を二分化して行われる町長選挙に伊良部が思わぬ形で参入する話で、はらはらしつつも最後には微笑ましく読み終えることが出来て、ついつい安堵してしまいました。切羽詰った状況で右往左往する人物の描写を書かせたら、奥田氏は凄く巧いと思うのです。読んでいるこっちも動悸がしてきそうな嫌な緊張感がたまりませんね(笑)。
(初出:CANARYCAGE)

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国から国へ、本から本へ

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 10作目に達したシリーズ作。国から国へと放浪する旅人、キノの話。そして、また別の世界、別の舞台で放浪する人々の話。ほんの数ページの短編や、口絵を用いて語られる掌編(併せて9話)も、如何にもなお約束を孕んだ国や、読者が想定するお約束を見事に裏切ってくれる時雨沢氏の手腕が見事な話しも幾つかあって楽しいのですが、やはり久しぶりの長編サイズの物語、「歌姫のいる国」がいい出来。これ単体だけで一冊の本にしても成立しそうなくらいに、意外なサスペンスとトリッキィなイロニーが収められていて、「キノの旅」らしいのにらしくない、という性質すらも楽しい。
 世界の中で、数多く存在する国々は、その多くが世界の中で独立して、孤立して存在する。これが現代社会における我々、人間の所有する小宇宙に無理矢理例えられなくもないのだけれど、そんな格好のいいことは、本書には似合わない。本書の主人公、キノは勿論、多くの旅人は、己が住まう国を離れ、未知の世界へと、未知の国へと自分の行き場を変えて動き、離れていく。そんな中で彼らが出会うのは、ただ「そこにあるだけ」の多くの国なのだ。多くの旅人が恐らく驚嘆し、驚愕し、または無反応を見せる国々の特色は、それらがそうであることが当たり前であるものでしかない。旅人たちが多くの性質に関わることをしないのは、自分たちには「それが当たり前である」ことに干渉することの無意味さを知っているからで、もしも旅人たちが「旅人」である以上の動きを見せようとするときは、最早平生の状態から移ろうというとき。何らかの形で国の性質が変わる…、変わらなければならないというときなのだ。
 一冊の本を読んで、読者が感想を抱く。
 とある国を訪れた旅人が、感想を抱く。
 似たようなものかもしれない。
(初出:CANARYCAGE)

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紙の本宇宙の声 改版

2007/01/27 13:32

これぞ「SF」ショートショート集

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 星氏は元から、SF小説の書き手で、数多くのショートショートの中でも、サイエンス・フィクションの占める割合は結構高い。その中でも本作は宇宙へ少年少女が飛び出していき、様々な冒険を経験する、という、ど真ん中のSF。「スペース・ファンタジー」という誤訳がまかり通ってしまいそうなくらいに、誰もが考え夢見る、ファンタジーたっぷりの科学と宇宙の物語。本書の世界観は、現代より科学が発展して、地球人が宇宙にどんどん進出して行っている時代、という架空のものなのですが、そこには科学を論理で解きほぐす必要などなく、そうだったらいいな、ということがまさにそうである世界が基盤として成り立っているために、すんなりと物語の中に進んでいくことが出来るのです。大人も子供も同じように考える、未知の未来の図がそこかしこにあるために、真っ白な気持ちで楽しむことが出来ます。
 星氏お得意、小さな話が積み重なって、大きな物語を形作っているという、ショートショート短編集でもあり、始終に盛り上がり先が読めない展開、意外な問題の発生、そして対処の方法、と楽しさてんこ盛り。これぞ星新一ショートの真骨頂と呼べる一冊。
(初出:CANARYCAGE)

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