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ナカムラマサルさんのレビュー一覧

投稿者:ナカムラマサル

170 件中 61 件~ 75 件を表示

紙の本

紙の本世界の果てのビートルズ

2006/04/27 22:07

北欧に対する見方が変わります

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 1960年代、フィンランドに限りなく近いスェーデンの小村が本書の舞台だ。主人公はちょうど思春期を迎えたばかりの少年。エルヴィス・プレスリーのレコードを彼が初めて聴いた時の感動が微笑ましい。「これが未来だ。未来っていうのは、こういう音がするんだ」。

 国境に位置する辺鄙な村に暮らすがゆえに、自らのアイデンティティについて悩まざるをえない少年の成長物語だが、ただの成長譚ではない。あまり鹿爪らしく捉えないほうがいいタイプの小説で、登場人物たちの奇人変人ぶりや、読者を煙に巻くような語り口には度肝を抜かれる。たとえば、読み始めてすぐに次のような表現が出てくる。
—「ぼくらの住む地区は、地元ではフィンランド語でヴィットライェンケと呼ばれていた。『おまんこの沼』というような意味だ」
ここを読んだだけでも本書がきれいなだけの少年小説でないことが少しはお分かりいただけるだろうか。たびたび表れるオゲレツなユーモアには北欧そのものに対する見方まで変わってしまうほどだ。

 本書の中で最も印象的なのは、春になって氷の河が解けて流れ出す場面だ。自然の偉大さを目の当たりにした少年の姿に愛しさがこみ上げてくる。

 変化球ではあるが極上の成長物語だ。

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紙の本

紙の本誰よりも美しい妻

2006/03/21 22:05

諦念と強さと悲しさと

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 誰よりも美しい妻を手に入れた男。結婚して12年経っても、妻は時々ぎょっとするほと美しい。妻に不満があるわけではないのだが、男は次々と新しい恋に落ちる。そして、妻は夫の浮気性にとっくに気付いている。
 このようにあらすじを書いてしまうと、よくある物語に思われてしまうかも知れないが、本書の展開には目が離せないものがある。夫の惣介や妻の園子の視点だけでなく、12歳の息子や惣介の前妻や惣介の浮気相手の視点から描かれている部分があるというのも大きいが、何と言っても、バカ丸出しの夫のキャラクター造型と妻の心理描写が巧みに描かれているからだろう。
 たとえば、ヴァイオリニストである惣介のもとに学生数人がグループレッスンを受けに自宅にやって来たある夏の日の午前中。惣介は園子に着物を着るように勧めたり、昼食には鰯を学生たちにふるまうように指示する。園子には学生のうちの1人が惣介の新しい恋人だとすぐに分かってしまう。なぜなら、「着物とか鰯とか。それは新しい恋を得たときの、惣介一流のはしゃぎようだ」からだ。
 その他にも、惣介の専制君主ぶりを表すエピソードは満載で、愛想を尽かしてもいいようなダメ夫っぷりなのだが、園子は絶対に別れようとしない。惣介を(正確に言えば“惣介の孤独”を)愛しているということももちろんあるのだが、それよりも、悲しいほどの意志の強さと深い諦念を園子が内に秘めていることが読み進めていくうちに分かる。そして、それを支えているのが、自分の美しさへの絶対的な信頼と浮気相手への優越感であることも。
 夫婦を描いた作品の中では、近年まれに見る傑作だと思う。

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紙の本

紙の本きいろいゾウ

2006/03/04 18:02

でっかい愛

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 主人公夫婦の名前は、無辜歩と妻利愛子。お互いを「ムコさん」「ツマ」と呼び合い、九州の田舎で暮らす風変わりな夫婦。この2人を取り巻く人たちもまたエキセントリックで、彼らのやりとりが本当におかしい。
 一言で言ってしまえば夫婦愛がテーマの小説だが、前半と後半で受ける印象が全く違う。前半は、とにかくおかしくて賑やかな夏の風景が象徴的で、愛することの幸せを感じさせてくれるエピソードに満ちている。コーヒーの匂いや「グッナイベイビー」などの逸話は本当に巧いと思う。それに対して後半は、冬の到来とともに物語全体に静けさが溢れ、ムコとツマ2人のしばしの別離を描いている。愛するあまりに相手がいつか自分の前からいなくなってしまうのではないかと不安に思うことは誰にでもあることだろうが、不安を持って毎日を生きるよりも相手がいてくれるだけで感謝すべきことなのだ、と気付かせてくれる内容になっている。
 愛する人が、ただ「大丈夫」と言ってくれるだけで人は生きていけるのだ、と本書を読んでつくづく思った。堂々として自信に満ちて優しくて楽しい小説。

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紙の本

紙の本ガール

2006/01/28 19:47

ララガール

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 30代の働く女性を主人公に据えた短編集。この年代の女性が避けて通れない、少子化や非婚社会といった問題はとりあえず脇に置いて、楽しく仕事するのは女の特権だ!と宣言しているかのように痛快な小説。
 各短編のヒロインたちを見ていくと、
会社初の30代女性管理職に任命され、男社会に辟易する不動産会社勤務36歳
マンション購入を思い立ちそれまで分からなかったファーストプライオリティに気付く生保広報課勤務34歳
年相応という言葉を知らない38歳の先輩の姿を見て、ガールの潮時を考え始める広告代理店勤務32歳
小1の息子を女手一つで育てつつ、念願の営業部に配属になった自動車メーカー勤務36歳
一回り年下のイケメン新入社員の指導係を命じられ、落ち着かない日々を送る文具メーカー勤務34歳
 業界や職種が異なる彼女たちの胸の内がそれぞれ鮮やかに描かれていて、それだけでも奥田英朗の巧さには舌を巻く。彼女たちは働く中で、自分を見下す男と闘ったり、女の敵は女と実感していくわけだが、その敵対する人間と最後には一応和解し、読んでいてホロリとさせられる。『ララピポ』を読んでも感じたことだが、「人はそれぞれだ。しあわせかどうかなんて、物差しを当てること自体が不遜」という奥田英朗の人生観は、生きにくさを感じている現代人に大いなる勇気を与えると思う。そういった意味で、本書は働く女性に是非読んでほしいが、その女性たちと一緒に働く男性方も読んでおくべき1冊だ。

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紙の本

紙の本リンさんの小さな子

2005/12/17 21:34

走れ、リンさん

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 故郷を捨て新しい国にやって来た難民のリンさん。荷物は、鞄一つと生まれたばかりの孫娘だけ。難民宿舎の同居人たちには冷たくあしらわれ、言葉の通じないとても寒い国で孤独な日々を送る彼の前に現れた、太った男・バルク。彼はリンさんのたった一人の友達になる。
 初めは淡々としたモノクローム映画のようなこの物語は、二人の友情が深まるにつれて次第に色づいてくる。2人の間に存在するのは、ただただ善意だけ。彼らを見ていると、友達になるのに理由はいらないのだ、とつくづく思う。友の声が哀しみに沈んでいたらそっと肩に手を置いて微笑みかけてあげればいい。友が喜んでくれそうな物をさりげなく差し出せばいい。こうした2人のやりとりから、たとえ言葉が通じなくても、与えるもの与えられるものがいかに多いかということに気付かされる。
 リンさんは養老院に入れられ、バルクさんと会えなくなるのだが、彼に会うためにリンさんは赤子を抱えて院を脱走する。「どうしてこの人生の終わりには、喪失と死と埋没しかないのだろう?」と感じるほど、その道のりは険しい。『走れメロス』さながらの展開に、神様お願いだから二人を再会させてください、と読みながら祈ってしまう。そして訪れる奇跡的なラスト。映像がまざまざと目に浮かんでくるほどの描写に、感動を覚える。本当に美しい小説だ。

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紙の本

紙の本凸凹デイズ

2005/12/03 20:42

仕事小説ホロリ系

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書の舞台は、デザイン事務所「凹組」。黒川と大滝という図体のでかい男たちと下っ端の凪海の3人でやっている小さな事務所だ。この凹組は、10年前に黒川と大滝が当時バイト仲間だった醐宮純子と3人で立ち上げたのだが、その後醐宮は独立して、現在はQQQというライバル事務所を経営している。
凪海の視点で語られる現在の章と、大滝の視点で語られる過去の章が交互に現れ、凹組がどういった経緯を辿って今に至っているか、章を追うごとに面白くなる。
特筆したいのは、登場人物たちのキャラクターが立っている点だ。天才肌の黒川、努力型の大滝、一生懸命な凪海はもちろんだが、醐宮純子がいい。嫌味な口調、居丈高な態度、女を武器にする狡猾さを持った女をこれほど魅力的に描けるのは、これまで平安寿子ぐらいしか思い浮かばなかったのだが。
本書を簡単に説明すると、「ホロリ系仕事小説」だ。手柄を横取りされた悔しさや、どんなに人間的に劣ったやつでも顧客であれば頭を下げなければならないやるせなさに、読んでいて一緒に憤りを覚えることもあれば、何も考えずにやっていた自分の仕事ぶりが誰かの起爆剤になっていた嬉しい驚きに、思わずホロリとしてしまう。前二作を読んでも、山本幸久はちょっとした「ホロリ」を描くのが上手いとは思っていたが、本書でそれが大きく開花した感がある。
読み終わった後、「仕事って楽しかねえ」(凪海の母の訛)という気分にさせてくれること請け合い。

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紙の本

紙の本告白

2005/06/15 13:08

思考と言葉の深い溝

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

初めて本書を手にした時、「人はなぜ人を殺すのか」という帯の文句が印象的だった。
「河内十人斬り」という実際にあった事件に想を得て、主人公の熊太郎がいかにして猟奇的殺人に走ったかを深く追究した小説だ。
主人公の熊太郎は、傍から見たらバカでヤクザで働きもしないで博打にかまけるうつけ者でしかも凶暴で、「あの人が人を殺すなんて信じられません」とは決して言われないような男だ。
が、熊太郎の内なる声を知っている読者には、彼が簡単に殺人を犯すような人間ではないということが分かっている。
熊太郎が、周囲の者にどうしようもない愚か者だと思われてしまうのは、彼が人の何倍も深く考える頭を持っているからであり、矛盾を抱えたまま生きていけない純粋さを持った人間だからである。
無論、町田康の小説であるから大いに笑えることには間違いないのだが、全編を通じて、熊太郎のもつ底知れぬ深い悲しみが感じられて仕方なった。
彼の悲しみとは、自分の言葉がけっして思ったとおり相手には伝わらないと知っている者の悲しみだ。
一歩間違えれば誰しもこの深い穴に嵌まってしまう恐れがある。
熊太郎が落ちた蛇穴のように。
おほんおほほんと笑いながらも感じていた虚無感は、読み終わって数日経ってもなお胸に残る。

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紙の本

紙の本優しい音楽

2005/05/13 20:27

美しい球体

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

マガジンハウスから出された最初の二作で、瀬尾まいこの大ファンになってしまった。
が、その後大手版元から出された二作に関しては、あざとさというか受け狙いのようなものを感じてしまい、正直言って残念だった。恐る恐るという感じで本書を読んでみて安心した。
地にしっかり足が着いた瀬尾まいこが戻ってきた.
本書には「優しい音楽」「タイムラグ」「がらくた効果」の三篇が収められている。
「優しい音楽」の主人公は、付き合っている女の子の亡くなった兄に自分がそっくりだと知ってしまった23歳の男性。
「タイムラグ」の主人公は、不倫相手の八歳になる娘を一日だけ預かることになった27歳の女性。
「がらくた効果」の主人公は、同棲している女が公園でホームレスのおじさんを拾ってきてしまった25歳の男性。
どの短編にも共通しているのは、主人公と相手とのぐらぐらした関係が、第三者の介入によってますます歪になる。それが善意からくる行動の積み重ねによって円満な結末を迎える過程を描いている点だ。
非常に頼りない一本の線が歪な三角形になり最後には美しい球体になっていく、そんな物語だ。
相手と自分の違いを良いものとして見られるようになるとか、二人の持つ一つ一つの物が意味を持ち始めるとか、他人として出会った二人が他人でなくなる過程の微笑ましさが、この一冊には満ち溢れている。
「地に足が着いた」という表現を使ったのは、日常に溢れるやさしさを切り取るのが、瀬尾まいこは非常に巧いという意味だ。
「生」の眩しさが感じられる物語をこれからも書き続けていってほしい。

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紙の本

紙の本古道具中野商店

2005/04/03 13:13

柔らかな空気

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本書の舞台は、中野商店という古道具屋。
骨董ではなく「古道具」というのが売りで、「昭和半ば以降の家庭の標準的な道具が店の中にところ狭しと並んでいる」店だ。
向田邦子のドラマのような、懐かしい匂いと、ちょっとセピアがかった空気と、穏やかでのんびりとした時間が感じられる。

どこか浮世離れして、すっとぼけた登場人物たちの、エロスに翻弄されているようで、そんな自分を面白がっている様子が、面白おかしく時にいじらしく描かれている。
3回の結婚を経て、今は愛人のサキ子に入れ込んでいる店主の中野ハルオは、サキ子が書いた超エロ小説に狼狽し、ハルオの姉のマサヨは、恋人の丸山のことを「文鎮みたい」と喩える。「男が上にのっかってくるときって、文鎮に押さえられてる紙に自分がなったみたいな気分」と。
本書の語り手であるヒトミは、同じ中野商店の従業員であるタケオの気持ちが掴めなくてもどかしい毎日。右手の小指の先がないタケオは、唐突にヒトミとキスしたりいきおいでセックスしたりはしたものの、人間ってこわいと心の底で思っている。
彼らの恋の顛末は、せつなくもあり、おかしくもあり、何歳になっても人は一つの恋の前では不器用なんだなあ、と思わせられる。
たとえ恋がうまくいかなくても、派手に悲嘆するのではなく、人生ってそういうもんよ、と軽く受け流している彼らに味があって、だからこそ切ない。いとおしい。

彼らを中心として、中野商店に出入りする人物たちの会話が実に生き生きとしていて、この味わいを堪能するのが本書を読む醍醐味だと言ってもいい。
読んでいるこちらも、あの輪の中に入りたいと切望してしまうくらいだ。

新しさよりも古いことに価値があるこの店の空気に一度触れてしまうと、日頃、時間がないと嘆き、齷齪した日々を送っている読者こそ、この本の世界にいつまでも浸っていたいと思うだろう。
読み終わってしまうのが本当に残念だった1冊だ。

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紙の本

紙の本グランド・フィナーレ

2005/02/02 13:10

さよならだけが人生だ

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

本作品が、芥川賞に決定した日のNHK夜のニュースで、「ロリコンが原因で妻に離婚を言い渡された男が、故郷の村で女子児童に演技指導をするうちに立ち直っていく」と、アナウンサーが鹿爪らしく本書の内容を説明しているのを聞いて、吹き出してしまった。
いや、笑ってはいけない。的を射た内容紹介なのだから。

主人公である37歳の男は、女児の裸体写真をコレクションしていることを妻に見つかり、離婚された上、8歳になる娘とも二度と会わせてもらえなくなり、勤めていた教育映画製作会社もクビになる。
故郷「神町」に戻り、鬱々と暮らしていたが、かつて同級生だった小学校教師からの依頼で、女子小学生2人が芸能祭で行う演劇の指導をすることになる。
彼女たちの演目「勿忘草」の内容を初めて聞いたときの主人公の心内描写が秀逸なので、是非ご一読いただきたい。
胸に響く人生論と言ってもいいだろう。

それにしても、著者の言語感覚には惚れ惚れする。
読者の中に眠る、最も鮮やかな想像力を喚起させるような言葉を、巧みに取捨選択しているのだ。
一例だが、
「わたしの心は遊園地にある振り子の海賊船みたいに大きく揺れ動いていた」。
凡庸な作家なら、「私の心は振り子のように大きく揺れ動いていた」とするところだろう。
本作では、ロリコン趣味の反動や娘に対する思慕の情を際立たせる装置として、メルヘンチックな比喩が多用されているのだろうが、それが見事なまでに功を奏している。

デジカメを捨てた男が、言葉のみを使いこなして意思伝達することの難しさを再認識するとともに、そのことに希望を見出す物語。
この著者によって書かれたことに、何より説得力がある。

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紙の本

紙の本夜のピクニック

2004/09/01 21:34

最後の…

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

北高の恒例行事「歩行祭」とは、朝の8時から翌朝の8時まで歩く、という体力の限界に挑戦するかのような行事。
最後の歩行祭に臨む三年生を中心に、この物語は進められる。

歩行祭の最中、生徒達はいろいろなことを考える。
何かしら「最後の○○」を経験したことのある人なら(もしくは「最後の春休み」という曲に涙したことのある人なら)、彼らの気持ちが痛いほど分かるだろう。
たとえば、「当たり前のようにやっていたことが、ある日を境に当たり前でなくなる。こんなふうにして、二度としない行為や、二度と足を踏み入れない場所が、いつのまにか自分の後ろに積み重なっていくのだ」−この考えに人生の縮図を感じたり、
「これからどれだけ『一生に一度』を繰り返していくのだろう。いったいどれだけ、二度と会うことのない人に出会うのだろう。なんだか空恐ろしい感じがした」−この思いに、大人になる前の不安を思い出したり…
彼らと自分の過去を重ねると、せつなさとか寂しさとかいったものの波に打ちのめされそうになる。
だが、「何かの終わりは、いつだって何かの始まり」という作者の思想が、読む者にそっと手をさしのべてくれる。荒波から救い出してくれるのだ。

人は、自分の今いる場所が愛しければ愛しいほど、このままでいたい、と思うものだ。
だが、生きている以上、一つの場所にずっと留まっていることは不可能だ。
「時間」という大きな力の前の無力な自分に気づいて、途方に暮れた迷子のように立ち尽くしたくなることもある。
そんなふうに自分を見失いそうになった時、何ができるか。
それは、ただただ「今」を感じて生きること。
今、見える景色、聞こえる音、感じる温度、手に触れた感触、胸に宿った思いを。
永遠と思える一瞬一瞬を確実に心の中に残していけるとしたら、変化していくことは悪いことじゃない。

「今は今なんだ。今を未来のためだけに使うべきじゃない」−このことに気づいた者だけが、世界の広さ、眩しさを感じることができる。
美しい生き方をこの本から教わった。

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紙の本

紙の本チルドレン

2004/07/06 22:13

HEYJINNNAI

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

陣内という家裁調査官が、この連作集のキーパーソン。彼のキャラクターが、なんというか実にいい!騒々しくて、屁理屈では彼の右に出るものはなく、常に自信に満ち溢れている(というよりも彼は「自信でできあがっている」らしい)。
陣内が、ビートルズの「ヘイ・ジュード」を、ポールさながらに歌う描写を読んだ瞬間に、「やられた」と思った。伊坂作品の魅力を、この曲がずばり表していると思ったからだ。仲間を懸命に励まし、鼓舞しようとする青年のやさしさ、さわやかさ、かっこよさ…それは、読んでいる者の胸を限りなくあたたかく、尚且つ、せつなくする。
本作の、一つ一つの短編は、大きな事件が起きるわけではないのだが、読後は異様なすがすがしさを感じる。そして、読者はこう思わせられる。自分の毎日も、何か特別なことが起きるわけではないけれど、これもすべて特別な一日なのだ、と。

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紙の本

紙の本配達あかずきん

2006/06/17 19:37

親切な本屋さん

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 駅ビルの6階にある書店で働く主人公・杏子。
 彼女の周りで起きる珍騒動を描いた日常ミステリー短編集。
 本書の中で起きる事件自体は大きなものではないが、本屋が舞台という設定の面白さで読ませる本だ。たとえば、冒頭から「ほしい本がみつけられなくって」「それが、タイトルも書いた人もわからないの」「でね、どういう内容かも、よくわからないのよね」と言う女性客が登場する。こういう困った客の探している本を、少ないヒントの中から杏子と同僚は鮮やかに見つけ出すのであるが、きっと似たようなことは全国の書店で日常茶飯事なのだろう。コミック「暴れん坊本屋さん」を思い出すエピソードだ。
 書店で働いている人や書店を愛する人は必読の1冊。
 個人的には、「六冊目のメッセージ」という短編は書店営業をされている方々にぜひ読んでほしい。

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紙の本

紙の本刑事の墓場

2006/06/15 22:10

能ある鷹は爪隠す

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 主人公・雨森が動坂署に異動になるところから物語は始まる。「刑事の墓場」と呼ばれる動坂署に転任させられることは干されることだと県内の警察官たちは思っている。まず動坂署には捜査本部が一度も置かれたことがない。また、不祥事を起こしたものの表立って処分できない刑事を収容しておくための施設とも言われている。出世への野心満々だった雨森は、このような警察署があること自体信じられないし、同僚のやる気のなさにもうんざりしている。
 ある日、管内で女性の殺人事件が起きた。動坂署に捜査本部が置かれることになったのだが、その目的が県警幹部による動坂署つぶしだと分かると、動坂署員たちは俄然本領を発揮しだす。
 殺人事件の謎解きも面白いが、本書の一番の魅力は、負け犬集団と思われていた刑事たちが隠していた実力を見せるところである。故あって動坂署で冷飯を食らっているものの、何せ元エリート揃いである。主人公の雨森ではないが、あまりの変容ぶりに呆然としてしまうほどだ。
 もう一つ付け加えると、それほど動坂署に愛着があるとは思えなかった彼らが、なぜ必死になって動坂署を存続させようとするのか?その理由が分かったとき、「お、お…」と声が出てしまうこと請け合いだ。

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紙の本

紙の本男は敵、女はもっと敵

2006/06/01 22:08

ハードボイルドな女

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 働く独身女の悲喜こもごもの日々を描いた連作短編集。
 ヒロインは高坂藍子36歳。第一章でこの女の境遇があらかた説明される。1年前に湯川宅という冴えない40男と結婚。半年前に離婚。結婚前から付き合っていた大手広告代理店部長で妻子持ちの西村とも離婚と同時に別れた。
 次の章からは、湯川の恋人や西村の前妻や藍子の仕事相手や西村が主人公になり、ちょっと惨めな彼らのちょっとした幸せが描かれている。面白いのは、高飛車で気の強い藍子が、不思議なことに彼らの目を通すと実に魅力的な女性に思えてくることだ。こういった女を書かせたら山本幸久は本当にうまい。
 女が一人で生きていく悲哀を感じさせる終わり方にはハードボイルドな匂いさえ感じた。

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