mayumiさんのレビュー一覧
投稿者:mayumi
紙の本浮世の画家
2009/05/07 20:28
現実を見失ってしまうということw
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戦時中名をなした画家小野だったが、戦後の今は屋敷にこもり隠遁生活をしている。戦中と戦後で、正反対に変わった価値観が、彼を翻弄する。
人は、なにを生きる拠り所とするのだろう。
そして、自分のそれが他者からは何も価値がないと、やんわりと否定された時、自我を保っていかれるものなのだろうか。
ここに描かれているのは、鬱々とした日々をすごす一人の老人の姿だ。
自分で語る自画像と、彼を取り巻く人が思っている彼の姿とが、まるでぶれた写真のように居心地悪く曖昧に、こちらに提示されてくる。
カズオ・イシグロは、読者をだます作家だ。
「日々の名残り」でも「私を離さないで」でも、こちらが見ていたと感じていた風景を、一瞬で虚無に返してしまった。
だから、ちょっと構えて読んでいたのに…。
人には生きる理由が、やはり必要なのだ。
たとえそれが身勝手な、ある意味妄想だといえるようなものだとしても。そして、特に「過去」しかない老人にとっては、過去を生きる理由にするしかないのだ。
小野の語る過去は、常に偽善的だ。
だが、だれがそれを責めることができるだろう。彼はそうやって自分を、「浮世の画家」が描く、行燈の光と闇の薄ぼんやんリとした境に自分を置くことで結局は、過去にも今にも上手く生きることができなくなっているのだから。
彼の哀しみは、戦争によって「リアル」を失ったことなのだろう。そして、彼はそれに気付いていない。
だから、物語は閉塞したままで終わるしかない。
紙の本黄泉路の犬
2009/01/20 21:23
闇は忍び寄り、心に巣食う
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強盗事件がおこる。犯人は2万円と、ペットであるチワワを奪っていった。
そのチワワの行方を追ううちに、主人公と上司はペットをめぐる闇の部分を知ることになる。
最近「代理(人)ミュンヒハウゼン」ではないかと疑われる事件があった。読後、まっさきにそれを思い出していた。
人の心の病には、さまざまな名前がつけられ、こういう特徴がありますよと、公表されている。なのに、たいていそれを知らない。それらは、対岸の火事であって自分には無関係だと思っている。信じている。
けれど実際にはそうではない。
闇は、忍び寄るから闇なのだ。
闇にとらわれてしまった者の末は哀れだ。
そしてその周囲の人間も、それに気付かず何もできなかった無力感にさいなまれる。
けれど、それを描く近藤史恵の視線は暖かい。
動物を、小さなものを慈しむ、そういうものをこのシリーズは強く感じる。愛しすぎたことは罪ではないのだと。ただ、その方法が、手段が間違っていたのだと。
「罪を憎んで人を憎まず」という言葉の意味が、胸にふわっと降りてくる感覚があった。
紙の本狼の寓話
2009/01/19 20:33
表紙で損をしているのが、ひたすら惜しい1冊
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とりあえず言いたい。
なんでこんな表紙にしちゃったんでしょうね。
近藤史恵の唯一の警察もので、強行犯係に配属された新人とちょっと変わった美人の上司のコンビで、謎をひもといていく話。で、2作目が「黄泉路の犬」…。こっちを先に買っちゃったよww
しかも「黄泉路の犬」のほうに、これはシリーズの2作目ですよ、1作目はこれですよ、っていう案内が少ない。つかわからん。
表紙も全然違うから、なんかこれ、このシリーズの1作目のような気がするんだけど、とかーなーりためらいながらクリックしたのであった。
出版社、もうちょっと考えろよ。
中身が、ものすごく面白いだけに、このダメージは大きいよ。(シリーズものの2作目を先に読むぐらい、興ざめすることはない)
ホテルで男が殺され、その妻が行方不明になる。状況から妻が夫を殺したようなのだが、動機がみつからない。
と、文字にしてしまうと簡単なんだが、これをきっちり少しずつ紐解いていく感じがとってもいい。キャラクター造詣が、相乗効果を出してるね。
主人公は、母子家庭に育った次男で、兄と一緒に警察の寮で暮らしている。兄は警官で、駐在所勤務。この二人がかけあい漫才やってるみたいで、文句なしに面白い。
そして上司は、すごい美人なんだけど署では変わり者として評判で、唯我独尊って感じ。家では、作家になるべく修行していて、主夫をやっている男がいる。ちょっとステレオになりそうなところで、ぴりっとスパイスが効いてる感じになってます。
そして、事件を探るうちに、人間の闇の部分が浮かび上がってくるんだが…。タイトル通り、寓話を挿入している意味がわかった瞬間は、ああってちょっと感動した。
でもって、全体を通して動物に対する愛情みたいなものがあって、すごく好感度が高いよ。
地味な作品といえると思うが、近藤史恵の良心みたいなものが見え隠れしている1作といえるんじゃないかと、私は思う。
2008/12/25 19:59
ピアノ、そして音楽の素晴らしさを実感させてくれるエッセイ集
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ピアニスト青柳いづみこ のエッセイ集。
演奏会のパンフ用や、CDの解説、音楽雑誌への寄稿などが多数で、「ボクたちクラシックつながり―ピアニストが読む音楽マンガ」などからすると、結構かたい。が、決して嫌な硬さではなく、むしろ硬さゆえの透明さを感じる。
それはピアノという楽器そのもののようだ。
指で鍵盤を叩き、ハンマーが弦を叩いて音をだすピアノは、硬さという呪縛からは逃げられない。だから、透明度という部分を求めていく。
青柳いづみこ、はその本質を文という媒体の中で的確についてくる。
それは、彼女のピアノに対する愛しさなのだ。
同時に、音楽をするということは、愛することなのだと、伝えてくる。
彼女の兄のことを書いた「感覚指数」に、心打たれるのは、その内容は勿論のことながら、透明できらめいている極上の音楽のような世界を築いているからだ。
ドビュッシーとラベルの水の音楽のことを比較してるくだりは興味深い。
また、お酒が好きなどの人間的な部分が描かれているのも微笑ましい。そして何よりも読後に無性にピアノが聞きたくなるところが、素晴らしくいいと思う。
紙の本賢者はベンチで思索する
2008/09/16 21:43
今を生きにくいと感じているのは、決して自分だけではない。
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ファミレスで働くフリーターの久里子は、気になる客がいた。それは、毎日同じ席で何時間もすごす老人。彼女の愛犬が巻き込まれた事件をきっかけに、彼女は老人と親しくなっていく。
いわゆる「日常のミステリー」という部類にはいるのだろう。で、謎を解くには老人で、久里子はその助手のようになって動く、といういわば王道。
しかしながら、それだけではないひっかかりがある。
主人公の久里子は、専門学校を卒業したものの上手く就職できずファミレスでアルバイトをしている。弟は、高校で挫折し、引きこもりのような浪人生活を送っている。そして、老人も…。誰もかれもが生きにくいとあがいている。
誰も特別ではない。
ミステリーといういわば非日常の世界を描きながら、そこにあるのは、同じように悩み同じように傷ついているという人の普遍的な姿なのだ。
そして、その閉塞から脱却することを、それは久里子だけに当てはまったことなのかもしれないけれど、特別なことは何もなく、ただきちんと前を向いて地道に生きていく彼女には光を感じる。
その光には、老人の力が少なからず関与しているのだけど。
彼女は、老人と出会うことで変わり、彼女が変わったことで弟も変わっていく。世界はビリヤードの玉のように、ぶつかり合うことで変わっていく。そこに光がある。
楽しく読んだ後、漠然と「優しい世界」を希求する自分がいた。
人は誰もが違う。けれど、誰も同じように悩み苦しんでいる。そういうことを皆がそれぞれに受け止められる、そんな優しい世界。
だから、非日常(ミステリー)なのだ。
紙の本虚空の旅人
2008/09/03 21:23
頭をしっかり上げて、真っ直ぐに生きようとする姿に熱くなる
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「精霊の守り人」シリーズ。
が「旅人」なので、バルサはでない。これは皇子チャグムの物語だ。
いやあ、いい子に育ってるなぁ、チャグム。
精霊の守り人で、バルサと同じようにすっかり「親」的気分になっているので、チャグムの真っ直ぐで、気高い成長に、それだけで涙腺が熱くなった。
…サンガル王国の新王即位の儀に南の国に招かれたチャグムは、その国を揺るがす大きなそして暗い陰謀に巻き込まれる…。
南の島々からなる国、サンガル王国を揺るがす陰謀と、伝承によって命を奪われそうになっている少女、そして「異世界(ナユグ)」、そういうものがちりばめられて、目くらませされている感じなのだが、軸はやはりチャグムの成長なのだ。
この軸は決してぶれないから、すごく安心して読める。安心して、はらはらしたり、涙したりできる。
「腹の中に一本の槍」とあったのは、尾田栄一郎の「ONE PIECE」だが、なぜかこれを読んでいる間ずっとその言葉を思い出していた。
バルサが短槍使いだからなのだとは思うが、バルサとその仲間との冒険の中で、チャグムはそれを手にいれ、それは確実に成長している。
この先、彼はどう成長していき、どういう王になるのだろう。
それを見届けたいと、強く願う。
紙の本殺人現場を歩く
2008/08/05 17:25
それは、見てはいけないものであり、見なければならないものでもある。
7人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
タイトル通りの本。
かつての殺人事件の現場を訪れたレポートと写真。
写真は、モノクロである。今の姿が主で、過去の写真も少しはいってる。モノクロ写真って、それだけで刹那的で殺伐としているなとやるせなく思うのであった。
取り上げている事件は、女子高生コンクリート詰め殺人事件や、世田谷の一家四人殺人事件、桶川女子大生ストーカー殺人事件、など、有名なものばかりだ。
だから、ニュースなどで見た覚えがたいていある。そうやって、知っているからこそ、写真が切り取ったその現場の空気にたじろぐ。ある現場は、さも事件がありそうに不気味である。反対に、全く普通の平穏な風景もある。
事件と場所に共通項はない。
ただその時間、その場所にいてしまった不幸。
不幸、とか不運とかで、カテゴライズするのは間違っていると思う。間違っているけれど、いつの間にかそういう囲い込みをしてしまう。
なぜなら、自分がその場にいたくないからだ。
私の今の平安は、この犠牲者達の命の上に成り立っている気がしてならない。
命はつながっている。
私がこれを読んで感じた悲しみや切なさや恐怖は、きっと誰かに伝わり、それはいつか大気を振るわせる。悲しみがこの地を覆う。
この切なさは、廃墟を見る、廃墟に惹かれるのと同じベクトルなんだと思う。
紙の本愛されすぎた女
2012/03/27 21:19
愛を知らない者がただ自分の欲望だけにつきすすむ話、です。
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
タレント崩れの女が、結婚相談所で紹介されたのは、4度の離婚歴はあるものの年収は1億を超える男だった。
とっても、大石圭らしい作品です。
なんで、痛いの苦手、って方はちょっとやめといたほうがいいかもww
にしても、この夫婦の人物造形が怖い。
タイトルに「愛」があるものの、虐待を繰り返す夫も、金に目がくらんでる妻も、まったく愛がわかってない。
そこにあるのは、お互いの欲望だけだ。
人の堕落を救うのは教養、だったか知性だったか、何かで読んだ記憶があるんだが、二人にかけているのはそれで、教養や知性は育まれるものなのだろう。そして、二人にはそれを育んでもらえる人も、環境もなかった。
…これは、悲劇なのだろう。
が、おそろしく同情できない。
同情を拒否する悲劇は、痛い。
とはいえ、やっぱり女はたくましかった。
紙の本鬼物語
2011/10/21 21:11
半端ものになってしまったものが語る半端な物語
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
吸血鬼、忍野忍が語る最初の眷属と、彼女でさえ恐れる怪異との対決。
タイトル「鬼物語」なので、忍が心情を吐露するとか、彼女をとりまく物語かと思ったら、さにあらず。
一応彼女は、語るけれどそれはあくまで傍観者なのだ。
平和な日常に突然現れた<くらやみ>
それは、かつて忍の平安な生活を奪ったモノだった。
もう、何をどう書いてもネタバレになりそうなので、極端に抽象的になりますが、ようするに怪異も、怪異であるということに存在理由を縛られているってことなんだろうな。
人間もなんだかんだと不自由だけど、怪異もまた不自由な存在なのだ。
しかも、怪異はその不自由さに気づくこともなく、それを打破することもしない。
ただ<くらやみ>に飲まれるだけなのだ。
多分それが怪異故なのだろう。
だから、哀れで悲しい。
そうだ。これは悲しい物語なのだ。
結局のところ、怪異と人間では<想う>ということの次元が違う、ベクトルが違うということを、つきつけられる物語なのだろう。
とりあえず半端な存在としてある阿良々木だが、どうしても選ばなければならない時がくるのだろうな。
それを思うと、すごく悲しい。
紙の本木洩れ日に泳ぐ魚
2010/12/17 20:28
女性的な現実把握能力と、禁忌への憧れをこれ以上ない的確さで描いてます。
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
翌朝には別々の人生を歩むことになっている男女が語る物語。
禁じられた愛の物語といえば、ネタばれになってしまうのだろうか。
あくまで現実的な女性と、どこか夢見がちな男の間で、愛は歪んでいく。その先にあるのは、一つの死と、過去の記憶。
現実的であるからこそ、タブーに惹かれている女の気持ち、苛立ちには共感するところが多かった。
紗のカーテンを一枚一枚はいでいくそんな感覚がって、舞台を見た気分にもさせられた。
面白かったよ。
紙の本ヴェロシティ 下
2010/11/17 21:25
今までのクーンツ的な読後の爽快感を期待しないでくださいね
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
バーテンダーのビリーの車にメモが挟まれていたのが、悪夢の始まりだった。「警察に届けなければ美人教師を殺す。警察に届けたら老婆を殺す。どちらを選ぶかは、おまえしだいだ」
どちらを選んでも犠牲者がでる。強迫してくる相手の姿は全く見えない。八方ふさがりの状況なのなかで、ビリーは一人戦い続ける。
彼の行動の根源には、昏睡状態で眠ったままになっている恋人の存在がある。
ビリーの戦いというか、選択は、必ずしも正義とはいえない。恋人のためと本人は信じているみたいだけど、絶対それだけとはいえない。目的も姿も見えてこない上に残虐この上ない犯人はもちろん怖いのだけど、ビリーのどこかものが見えてない、近視眼的な部分がもっと怖い。
物語は、平和に幕を下ろすけれど、ビリーの中には暗黒のタネが残っているように感じてならない。
ヴェロシティは、本文では<速度>と訳していたが、デジタル音楽においては音の<強さ>の単位を言う。
ビリーが、犯人によって揺さぶられた、その強さという意味合いもあるんじゃないかと思っている。
紙の本愛おしい骨
2010/10/20 21:01
歪んだ愛の物語
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まさに、歪んだ愛の物語である。
20年ぶりに兄が帰郷した。それは、15歳で失踪した弟の骨がひとつづつ家に戻ってきたからだ。
「クリスマスに少女は還る」のオコンネルのノンシリーズです。
「クリスマスに少女は還る」も、マロリーシリーズも、個性的というよりもっと強烈な人々が出てくるが、これはもっと偏っている。誰もかれもが、自分の世界をひたすら守ろうとしていて、そのための手段を選ばない。その一方で、狂おしいまでの他者への愛が行動の基盤になっている。
愛が歪む、その悲しい結末を見るようだった。
にしても、オコンネルの人物造形はすごい。
妻に死なれた判事の家に、突然現れ、家政婦として居ついてしまうハンナ。物語は、彼女ゆえに動きだし、帰結する。
そして、主人公を愛しながら歪んでしまっている隣家の娘。
歪んだ理由は、とてもまっとうで、歪んだヘンな人間ばっかりでてくる物語の中で、彼女と主人公の二人だけが妙にイノセントに見えるのである。
多分、それが作者の手だったんだろうと思うけどね。
ともあれ、オコンネルは最高に面白いです。
お願いですから、マロリーシリーズの続きをさくっと出して下さいm(__)m
紙の本赤朽葉家の伝説
2010/10/07 20:15
一気読み必至なので、時間の余裕をみて読み始めてくださいm(__)m
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山陰の旧家を舞台に、祖母、母、娘の三代にわたる物語。
面白かった。
続きが気になって気になって、手をとめることができなかった。
祖母は千里眼、母は漫画家、そして何者でもない孫、と孫は語るが、ようするに時代がそういう人物を望んでいたのだろうと、感じた。
そう、ただ女たちの三代を描いたのではなく、そこ根底には戦後から現代にいたるまでの社会があり、山陰の旧家であってもその荒波は容赦なく押し寄せてくるのだ。
と、同時に、祖母の悲しいまでに純粋な心の物語なのだと思った。
飛ぶ男を幻視したのが始まりで、結局は物語はそこに着地していく。
自分の気持ちも、相手の気持ちにも、気づくことも察することもできない程に純粋だった恋だったからこそ、祖母は孫娘にその結末を託したのだろう。
孫娘が自分で歩き始められるように…。
薄ら怖くて、優しくて、美しい物語だった。
紙の本罪・万華鏡
2010/08/02 21:30
真実という曖昧なもの
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罪をおかした正子と、被害者の魔作子(まさこ)
なぜ正子は、魔作子を殺したのか。
短編集です。
*異常心理
*嫉妬
*被害妄想
*予知
「館シリーズ」の吹原のもとを訪れた正子たちが、魔作子たちの悪意をあばいていく。
どの短編も吹原のもとを訪れる女性は正子であり、正世であり、正恵であるのに対して、被害者となる女性は魔作子であり、魔作世であり、魔作恵というかなり意図的なネーミングがされている。でもって、吹原は<正>の女性の話を聞くというか、彼女たちのためにカウンセリングをやっているので、正しいことが書かれているようで、実際のところは曖昧模糊なのだ。
芥川龍之介の「藪の中」のような、不確かさ。それが、名前を正し、吹原が事件を明確していけばいくほど、本当にそれでいいのかという思いが残る。
多分、この短編集で、佐々木丸美は日常の小さな悪意の積み重ねを描きあったのではなく、その奥にある人間の存在の不確かさを描きたかったんじゃないかと思う。
紙の本ヒー・イズ・レジェンド
2010/05/27 21:13
マシスンを読まずにいられなくなる珠玉の短編集
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リチャード・マシスンへのトリビュート短編集。
*「スロットル」ジョー・ヒル&スティーブン・キング(激突!)
*「リコール」F・ポール・ウィルソン(種子をまく男)
*「伝説の誕生」ミック・ギャリス(アイ・アム・レジェンド)
*「OK牧場の真実」ジョン・シャーリー(ある日どこかで)
*「ルイーズ・ケアリーの日記」トマス・F・モンテルオーニ(縮みゆく人間)
*「ヴァンチュリ」リチャード・クリスチャン・マシスン(陰謀者の群れ)
*「追われた獲物」ジョー・R・ランズデール(狙われた獲物)
*「地獄の家にもう一度」ナンシー・A・コリンズ(地獄の家)
トリビュートは、多々あるがこれほど愛にあふれたものはちょっとない気がする。
どれも、原作の世界が息づいている。決して、個々の作家のその世界に無理矢理してしまうことはない。マシスンが大好きだから、その世界に寄り添っていたい、その空気を体感したい、そういう気持ちにあふれている。
だからこそ、怖い。
どの作品も、底なし沼に落ちていくような、もがいてももがいても決し手助からない、そういう悲壮感や絶望がある。
なのに、どこか明るい。
きっと、この二面性がマシスンの魅力なんだろう、と想像するのであった。
トリビュートという面がなくても、傑作ぞろいです。
読まないと損する、短編集といえる。