ブックキュレーター映画批評家 寺本郁夫
小説の傑作が映画の傑作になるなんてことが・・・
たまにはあるんです。そんなレアケースをご紹介します。小説の歴史のマイルストーンのような作品を映画にしちゃう豪胆さと周到さに映画作りの高い才能が加わると、時に映画史にその名を残す映画が作られてしまう。先に小説を読むか映画を見るか、なんていう議論とは別次元で、小説と映画の両者が互いの光で照らし出されるような経験を、ぜひ。
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仮借ない描写に目を背けたくなる。けれど、目が離せない・・・。「エンマ・ボヴァリーは私だ!」という作者の言葉は、そのまま私たちのものだ。19世紀プチブル主婦の欲望の悲劇がこんなに生々しいのは、ここに私たち現代人の魂の不幸の源泉があるからだ。これをもとに、ルノワール、ソクーロフ、シャブロル、オリヴェイラの4監督は、それぞれに生の深淵を覗き込む、底知れない映画を創り上げている。
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タフガイの私立探偵フィリップ・マーロウと、戦争で完膚なきまでに心を壊された優しい男との出会いが切ない。ここにも、私たちの文明の不幸の原型がある。登場人物一人一人の造形が繊細で深い彫琢を施されている。訳文の文体が村上春樹自身の小説そのままなので、村上文学はこれを継承して紡がれているようにも思えてくる。この物語を異形のハードボイルド映画に仕立てたのは、ロバート・アルトマン監督。
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ドストエフスキーのセリフがいつもあんなに長くなるのは、しばしば会話の相手だけじゃなく、語り手自身や神に語りかけてしまうからだ。でも、そうすることで、セリフには重層性と立体性とドラマが生まれる。『白夜』はそんな言葉の世界と、びっくりするくらい迅速な行動の交錯するラブストーリー。それをもとに、ルキノ・シスコンティとロベール・ブレッソン、ジェームズ・グレイの3監督がそれぞれに、全く違う映画世界を作っている(グレイの邦題は『トゥー・ラバーズ』)。
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これほど文章を読む陶酔を味わわせるSFもなく、そんな文章が読書を禁じられた世界を描くわけだから、本を読むことへの思いは憧憬に近いものに高まる。SNSの支配する現代にこそ読まれる小説と言えようか。ファイアマン(本を焼く係官)が本を愛する少女に出会う場面など、散文詩のように言葉が香り立ち、想像力は彼方まで飛翔する。フランソワ・トリュフォーの映画は、この物語に美しいラストシーンを添えている。
ブックキュレーター
映画批評家 寺本郁夫映画批評家。80年代の季刊『リュミエール』に映画批評を発表。以来、TOWER RECORDSの『intoxicate』、『映画芸術』に映画批評を寄稿。映画の批評とはその映画の独自性を発見すること、および、その批評を通して映画とは何かを発見することと信じる映画原理主義者。さらに、映画批評は単に映画を発見するのみでなく、映画を表す言葉を発見しなければならないと信じる批評原理主義者。座右の銘はメルロ=ポンティの次の言葉。「(『語る』という現象において)話し手は語るに先立って考えるのではない。話す間に考えるのですらない。語るということが考えることなのである。」映画も読書も雑食性。好き嫌いなく食べます。
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