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投稿者:ニッキー - この投稿者のレビュー一覧を見る
現代は大衆社会である。ポピュリズムを利用しようとする政治家、中国のように大衆をコントロールしようとする共産党。大衆は非理性的な性格を持つが、自己の利益について敏感である。一歩間違えると権力者の座も奪いかねない。本書は、そういう大衆についての古典的名著である。
欲望とか無意識的行動とか。
2021/08/02 16:49
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投稿者:L療法 - この投稿者のレビュー一覧を見る
大衆や、貴族という単語を用いたことと、少しきつめの物言いによって、誤解を受けやすいであろう本の新訳。
ここで指摘されていることは、第二次大戦前、スペイン内戦前夜のヨーロッパなのだが、解説にもあるように、今の日本や、そのほかの国々、ネット社会に蔓延している物事を、明確に捉え、驚くほどリアルである。
満足しきったお坊ちゃんたちの中で、満足しきったお坊ちゃんとして、私たちは生活している。
私たちは現実を見て、歴史を知らなければならない。
原著にもあたらずに、数頁の解説を読んだだけで理解できてしまうほど易しくも甘くもない本
2022/09/13 17:02
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投稿者:719h - この投稿者のレビュー一覧を見る
ちくま学芸文庫でも、中公クラシックスでも
白水Uブックスでも出ているこの作品の新訳を、
敢えて出そうとしたことに、訳者の佐々木氏の
強い意気込みを感じます。
スペイン語文献の邦訳書が充実しているとは
言い難い岩波文庫の収録書目の中で、
きらりと光る一冊。
日本のリベラルがんばれ
2020/07/26 11:26
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投稿者:Ottoさん - この投稿者のレビュー一覧を見る
オルテガの定義は以下のとおり
庶民:地域に密着、根がある。
大衆:根なし草、鰯の群れ、慢心した坊ちゃん、
他人と自分が同一だと思うことに苦痛を感じない⇒平均人
逆に異質な人に対する嫌悪感、排他性がある。
リベラル(寛容)多数の異質な他者を認める、敵と共に生きる、反対者と共に統治する。
近代化は工場労働者として大衆が現れることにより始まった。大衆の本質は変わらないが、日本のリベラルの人たちはこの定義からすると変質してしまったようだ。だから自称リベラルとよばれるらしい。
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この岩波文庫版は、プロローグ及びエピローグが併せ訳されており、著者オルテガが、いかなる時代状況の下で本書を著したかを窺わせるものであり、著者の思想を考える上でも大変参考になる。
また、ご遺族が書かれた「訳者あとがきにかえて」は、訳者の人生を垣間見せてもらったが、母国語以外の著作に翻訳を通して触れる一般読者の胸を、強く打つものである。
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無知無能な人間が外部に開かれた目的に向かって、ーー何の介入も受けずにーー 努力できることが自由の意味であったが、内なる欲望のままに活動できることが自由の意味にすり替えられた結果、能力を過信した人間が他者の影響を排除しながらやりたいことをやりたいようにやる権利を持っていると"勘違い"人間をたくさん生み出してしまった、、
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どこかの新聞の評論で「新聞記者になる人の必読の本」のようなことが書いてあったので、読んでみたがあまり身が入らずに途中で断念。要は愚鈍な大衆が産業革命と政治革命によって力を持ったために世界がダメになったというようなことが書いてある。書かれたのだ20世紀初頭のスペインのようなので、そのような考え方になったのか分からないが、政治は一部のエリートが担うべきというような思想。最後まで読んでいないのでもしかしたら最終的には違う結論なのかも知れないが。。。とは言え、昨今のアメリカや日本の政治的堕落がポピュリズムによるものと思っている私としては多少は得心がいくところもある。しかしながらやはり、民主主義が堕落だというような考え方にはついていけなかった。
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新しい訳であり、さすがに読みやすい。日本や中国は鼻を突き合わせて住んでいる、という言及はあったものの、やはりヨーロッパ中心、しかもスペインとフランス、イギリス中心の思想である。
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まだ読めてないのだが、あとがきが感動的だった。
言葉を新たに訳すというのは、時代を反映させるということだと思った。オルテガのこの本は決して新しい本ではないが、訳者が感じる肌感覚や蓄積した経験から、より理解しやすい言葉を選んで、今の言語に訳す。その真摯な人生を目にしていたご子息が書かれたあとがきです。
まだ読了もしてないにも関わらず、絶対に感動できると確信できる本です。
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熱狂を疑え。炎上をして、すぐに忘れるということが起こりがち。
カーニバル的熱狂は超民主主義となり、保守ではない。
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和訳がこなれているとはいえ、自分には難しく、読むのに約1ヶ月かかってしまった。
前半は、衆愚化に関する考察が長く、やや退屈であったが、社会や国家に関するくだりを読んで、著者が伝えたいことが、ようやく納得出来た。
国家とは共通の未来を共有するもの、というフレーズが特に印象に残った。
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原著1930年。
このあちこちでやたらと言及される本について、かつて読んだと思っていたが、所有はしていなかったのでこの岩波文庫の「新訳」を購入してみた。が、読んでみると、どうやら読んだことが無かったようだ。何故か読んだと思い込んでいただけらしい。
解説によると著者のオルテガは観念論的な哲学者のようで、社会学者でも歴史学者でもない。本書は本格的哲学のおもかげはなく、多分にエッセイ的な文明批評である。もともとスペインの新聞に連載された文章なので、こういう書き方になったのだろう。
ヨーロッパに台頭し街に溢れかえるようになった「大衆」について、自分だけは正しく、確実であると信じ込んでいて、遠い未来のことについては考えず、モラルも理想も欠如している、とする指摘は、なるほど、現在の日本のヤフーニュースのコメント欄や2ちゃんねるのようなところに巣くっている連中に当てはまるように思えて興味を惹かれた。
しかし、本書は社会学的な確かさを持っていないので、実際にどういう言動が見られたとかいうデータは全然なく、著者のおおざっぱな感想を延々と開陳しているだけである。ヨーロッパの歴史に関する意識も、なんだか思い込みで書いているような気がした。
読み進めていくと、だんだんこの著者が頑迷なオッサンで、巷の若者批判の持論をぐだぐだとまくしたてているように思えてきて、次第にウンザリしてしまった。
哲学者なら、もっと厳密な概念定義を行い、自らの思考をも深く考究していくべきではないのか。
そんな印象が強くなり、面白い読書体験とは感じられずに終わってしまった。
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どうも、この本は「大衆」の存在や生き方を批判した本ではないように感じた。
大衆をキーワードにヨーロッパの歴史の紐解きや社会の在り方を説いた書であるように感じた。
そうだ、社会や歴史に関する本なのだ。この本は。
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1930年にスペインで出版された、当時の政治・社会に占める「大衆」に対する批判本。正直読みにくいし、あまり頭に入って来ない箇所も多いが、本書が単なる大衆批判の裏返しとしてエリートを賛美している訳ではないことが、分かった。むしろ、著者は専門家に無責任という大衆的な要素が蔓延っていることに批判的である。また、進歩史観に否定的な点もポピュリズムによる民主主義の後退が懸念される今日においては示唆的である。
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大衆社会論の名著。デモクラシーとテクノロジーの興隆によって誕生した大衆社会は、歴史を顧みず、自己満足した空虚な人々が前面に出てくる社会だ。
大衆とは階級のことではなく、いわば精神の持ちよう。専門家であっても、総合知へ向かわず、対話しないタコツボ知識人であれば、大衆と同じだ。大衆とはいわば甘やかされた子供、「満足しきったお坊ちゃん」である。
そんな大衆が支配する社会はかつてなく野蛮なものだ。発刊から1世紀たってもなお、その指摘は重要だ。特に現代、「1億総発信」の時代だからこそ、大衆への警戒は必要だ。