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  3. 燕石さんのレビュー一覧

燕石さんのレビュー一覧

投稿者:燕石

46 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

紙の本奥のほそ道

2019/10/28 16:09

重い…しかし、間違いなく傑作!

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

重い小説だ。

 流れる時間は、現在から過去へ、そして再び現在へと行きつ戻りつする。決して読みやすくはない。しかし、途中から、文字通り「巻を措く能わず」、休日一昼夜で読み切った。日本語として、
全く違和感のない名訳ゆえかとも思う。

主人公はドリゴ・エヴァンス。七十七歳、医師、オーストラリア人。第二次世界大戦に軍医として出征し、捕虜となるが生還して英雄となり、テレビその他で顔が売れ、今は地元の名士である。妻と三人の子どもいるが、医師仲間の妻と不倫中。不倫歴は数知れず、正にとっかえひっかえ。
ドリゴは、20代の頃、日本軍の捕虜となり、「死の鉄道」として悪名高い泰緬鉄道建設に従事させられた。彼は、軍医として捕虜と強制連行された人たちを治療するとともに、捕虜中最上位官の大佐であったために、捕虜全体のリーダーとして日本人将校と交渉し、作業できる者とそうでない者を選別する役割も担わされていた。
念の為申し添えると、泰緬鉄道は、タイとビルマを結ぶ鉄道であり、その地形の複雑さと過酷な気候から、英国軍は「5年かかっても建設は無理だ」と建設を断念したが、日本軍は陸路確保のため、1942年から43年にかけて1年あまりで建設した。この狂った日程は、「スピードー」と呼ばれる昼夜ぶっとおしの苛烈な強制労働を捕虜やアジア人労働者に課し、何万もの人間を犠牲にして実現したものだが、戦後は、再びジャングルに埋もれている。
ドリゴは、期せずして部下たちから「理想の、強い指揮官である」との幻想を抱かれてしまい、自分自身が実際にそうした人物であるかどうかに関わらず、架空の強さを演じる必要に駆られていってしまう。彼に与えられたステーキが、喉から手が出るほど食べたくとも、部下に分け与える。無理な命令に対して、これまた無駄であると考えながらも抵抗してみせなければならない。

生還したドリゴは、身体は生きているが心は死んでいる状態で、戦争の英雄という役割を演じ、自罰的に行動する。そのことが、ますます彼の心を殺していく。戦争だけではなく、叶わなかった愛もドリゴを苦しめる。
従軍前に、エラという名家の婚約者がいる身で、自分の叔父の妻であるエイミーと熱狂的な恋に落ちてしまう。別れようという相手に、帰ったら結婚しようと電話で告げ出征したが、収容所で、叔父の所有する海辺のホテルが火事になり、その火事でエイミーが亡くなったとの報せをエラの手紙で知る。戦争が終わり、帰還したドリゴはエラと結婚するが、それから二十年後のある日、たまたまシドニーの街路でエイミーとすれ違い、彼女が生きていたことを確信し、彼女の死の報せが、今や妻となったエラの唯一の嘘であったことを知る。

こうして、『奥のほそ道』は、ドリゴ・エヴァンスの人生を、恋愛と戦争体験という二つの面から描くが、それのみでなく、収容中に死んだ多くの戦争捕虜たちの個性、俳句を吟じつつ、異様な興奮で斬首する日本軍将校の狂気、日本人からもオーストラリア人捕虜からも蔑まれ憎まれる朝鮮人軍曹等様々な異なる視点をも持ち込み、重層化している。

間違いなく傑作だ。

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紙の本

紙の本自転車泥棒

2019/09/17 15:41

台湾の激動の100年史が籠められた小説

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

一九九三年、中華商場が取り壊されたあと、「幸福」印の自転車に乗って失踪してしまった父親。ライターであり、小説も書いている「ぼく」に、二十年後その自転車が戻って来る。二十年の間の、その自転車の持ち主を辿っていくうちに「ぼく」は一つまた一つと様々な物語に関わり、巻き込まれていく。

 日本統治時代に受けた空襲、中華商場での庶民の生活、古物コレクターのライフストーリー、原住民青年カメラマンの兵役中の不可思議な異界経験、台湾の蝶の貼り絵の工芸史とそれに携わる女子工員の半生、台湾人も日本軍に徴兵された東南アジア戦線における銀輪部隊、ビルマのジャングルで起こった過酷な戦い、動物園で戦争を迎えた生きものたちの悲しい顛末、終戦間際輸送部隊に徴用されたビルマのゾウたち、戦後台湾の二・二八事件と白色テロ………そして、何よりも、自転車各部や部品の呼称と機能、ブランドの歴史など、自転車そのものに対する「ぼく」の熱い思い。

 一台の自転車の行方を追う物語が、こんなにも遠くて広くて深いところにまで読者を連れていってしまう。いわば、台湾の激動の百年史が一台の自転車の記憶を辿る旅に凝縮されているのである。そして、何と台湾の文化に旧宗主国「帝国日本」の影が潜んでいることかと、今更ながら驚く。

 この作家の力量は、並々ならぬものがある。ただ、単にtechniqueがすぐれているだけでなく、この作者には「時間への敬意」がある。それが根底にあるからこそ、著者が経験した時代と経験し得なかった時代の情景が一つ一つ丁寧に描き出されているのだと思う。

 本書の訳者 天野健太郎氏は、既に昨年11月に逝去されたという。
村上春樹を思わせる文体は、翻訳文学であることを全く感じさせないほどの流麗さであり、日本の読者が呉明益氏の作品を受入れるに際し、大きく貢献したものと思う。名翻訳者を失った痛手は非常に大きい。

 呉氏も自身のFacebookの中で「天野さんは自分の訳に絶対の自信を持っている人でもあった(それは彼が大変な手間を惜しまなかったからだ)。翻訳者は作家の黒子に過ぎず、どんなにいい訳をつけようが、読者はそれを作家自身の腕によるものとしか思わないと、彼はこぼした。」「僕は君が間違っていたと証明する。人々は、翻訳者を忘れはしない。」と追悼している。

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紙の本

「経済」とは「経世済民」であることを改めて思い出させる「熱い」本

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

今「最も熱い経済学者」井手英策 慶応大教授による、提言の書。一言で言えば、「この生きづらい分断社会を終わらせるためにどうするか?」を述べている。
この本では、まず、現在の日本で、なぜ「格差社会」が作られたのかを分析している。理由は、財政悪化の名のもとにサービスの削減ばかりが議論され、ムダ使いの犯人捜し、弱者の袋叩きを行う社会の風潮になっているから。余裕を失った社会では、格差是正への反発が大きくなる。「誰かが得をすれば、誰かが損をする」からだ。
一方、日本では、「税への抵抗」が他の先進国と比べても群を抜いて強いが、それは、殆どの人に「受益感」がないから。日本の政府は、世界でも最も「小さい政府」になっているため、生活に欠くべからざる必要なサービスについても、すべて自己負担で確保することが求められている。例えば、医療も介護も教育も、すべて「自己責任原則」。
では、どうすれば良いか?ここからが、井手さんのスゴいところ。「貧困層に限った救済ではなく、子育てや教育、医療など全ての人に共通して必要なサービスを、全ての人々に対して無償で保障する社会をつくるべき」と提言する。そして、その費用は、全員が所得に比例して負担するべきだ、と。
高所得者でも、医療費、介護費、子育ての費用が無料になるなら、公的サービスに対する「受益感」があるので、税金を払うことに抵抗がなくなる。そのかわり、低所得者にも、所得税を負担してもらい、また消費税の税率を欧州並みにアップして税収を大きく増やす。こうすれば、税は、政府から一方的に取られる負担から、暮らしのための分かち合いへと転換され、格差も縮小して、すべての人々が受益者となり、お互いが、いがみ合う必要はなくなる。
医療も介護も住宅も、公的サービスで殆どがまかなわれるならば、中間層も含めて、老後生活の将来不安がなくなる、と本書では主張している。
「経済」とは「経世済民」の略であり、「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」の意味である。この100ページ足らず(イラストが多いので、それを除くとせいぜい数十ページか?)の本には、その熱い思いが漲っている。
若者のみならず、将来の日本の社会の行く末に責任のある社会人こそが読むべき本だ。

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紙の本

大谷崎は、やはり大変態だ!!

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

森欧外の短篇小説「追儺」の冒頭に、作者自身の独白として「小説といふものは何をどんな風に書いても好いものだ」と書かれている。この「細雪」は、大谷崎が、自らの文学生活の集大成として、それを具体化した作品に思える。 
                        
ただし、「細雪」には劇的なエピソードはほとんどどなくー阪神大水害で、四女妙子が命を危険にさらす、妙子の恋人の板倉が中耳炎の手術の失敗で急逝する、妙子の妊娠と死産、といった程度-、物語の中心は、三女雪子のなかなか成立しない複数の見合い話の経過と、その成り行きや様々な世間体、本家との関係に盛んに気を働かせる次女幸子の内面独白であり、それに、(かつての)関西上流階級の生活ぶり―毎年一家総出が恒例の京都の花見旅行、五代目菊五郎をひいきにする歌舞伎見物、阪神間の和食・中華・洋食の会食風景等々―が華麗に描かれる。それら、どちらかと言うと平凡な日常の瑣事の長大な連なりを、なぜ読者に飽きもさせずに読み通させるのかと言うと、それこそは、大谷崎の名文ゆえとしか言いようがない。句点に辿りつくまで異様に長いセンテンス、にも関わらず、極めて明晰な文章。これこそが、大谷崎が若い時から原文で親しんだ英文の明晰性と、源氏物語の現代語訳で自家薬籠中のものとした伝統的な和文脈とを融合させた文体の特長だ。読者は、この大谷崎の芸-というと誤解を与えかねないので、芸術と言うべきか?―の心地良さに身を委ねるだけで、いつの間にやら物語の結末に至るのだ。

構成にも仕掛けがある。人見知りが強く・自分の意志を明確に言わない・典型的な「娘さん」タイプの三女雪子と旺盛な生活力を持ち・奔放に恋愛経験を重ね・時には自分を恋する男に金品を貢がせる・現代的な「こいさん」の四女妙子の対比。尚且つ、雪子は皆から祝福される華族の庶子との結婚が決まり、妙子はバーテンダとの間に出来た子供も死産し、密かに身の回りの品のみを纏めて芦屋の姉夫婦の家を出る。「しっかり」タイプの次女雪子と「おっとり」タイプの長女鶴子の対比―芦屋で優雅に暮らす雪子一家と、子沢山で(当時は場末の)渋谷でつつましい借家暮らしの鶴子一家-を鮮やかに書き分けることにより、物語に膨らみを持たせている。

そして、大谷崎らしいエピソードを、そっと忍び込ませている。 
一つは、幸子の夫の貞之助が、妙子が雪子の足の爪を切る光景を襖の陰から盗み見るシーン。一つは、大腸カタルに罹った妙子の執拗な排泄描写。そして、もう一つは、結婚を決意した雪子が挙式のために東京に向う際の描写。「下痢はとうとうその日も止まらず、汽車に乗ってからもまだ続いていた」。しかも、これが、400字詰め原稿用紙約1600枚に及ぶ大長篇小説の最後の一文なのだ!              

大谷崎は、やはり大変態だ!!

最後に、苦言を一つ。やはり、旧版全集のように「細雪」は一巻に収めてもらいたかった。

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紙の本

紙の本不滅

2019/09/25 17:16

存在するはずのないものが存在し始める瞬間の、繰り返し蘇る記憶の物語

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『彼女は水着のままプール沿いに立ちさってゆくところで、水泳の先生の位置を四メートルから五メートルほど通りこすと、先生のほうをふりかえり、微笑し、手で合図をした。私は胸がしめつけられた。その微笑、その仕草ははたちの女性のものだった! 彼女の手は魅惑的な軽やかさでひるがえったのだ。戯れに、色とりどりに塗りわけた風船を恋人めがけて投げたかのようだった。その微笑と仕草は魅力にみちていたが、それにたいして顔と身体にはもうそんな魅力はなかった。それは身体の非=魅力のなかに埋もれていた魅力だった。もっとも、自分がもう美しくないと知っているにちがいなかったとしても、彼女はその瞬間にはそれを忘れていた。われわれは誰しもすべて、われわれ自身のなかのある部分によって、時間を超えて生きている。たぶんわれわれはある例外的な瞬間にしか自分の年齢を意識してはいないし、たいていの時間は無年齢者でいるのだ。(……)その仕草のおかげで、ほんの一瞬のあいだ、時間に左右されたりするものではない彼女の魅力の本質がはっきり現われて、私を眩惑した。私は異様なほど感動した。そしてアニェスという単語が私の心に浮かんだ。アニェス。かつて私はその名前の女性と知りあったことはない。』

<私>がパリのプールサイドにいる。そこで<私>は六十歳か六十五歳に見える女性の一瞬の「仕草」を見て、アニェスという一人の空想上の人間を想起する。この「仕草」そのものが存在するような、存在するはずのないものが存在をし始める瞬間の、そして、いつか・今このときに目にし、忘れられない、繰り返し蘇る記憶の物語である。
あるいは、アニェスや彼女に関わる人々の人生が様々な角度から語られる愛の物語であり、ゲーテとゲーテの不滅に恋焦がれる女性を書いた歴史を「不滅」という観点から捉え直した物語である。  
そして、大きな事件が起こるわけでもなく、特定の目的も大団円すら見えない物語だ。

章ごとに時間も語り口も飛躍し、さらに唐突にエピソードが挿入される。第二部の主人公はあのゲーテであり、小説全体の主人公アニュスは全く出てこない。そして、第二部以降、ゲーテは後景に下がってしまう。
作者=〈私〉が出てきて、物語内の登場人物と話したりもする。たとえば、こんな風に。

『「それで、きみの小説の題はどうなるの?」
「《存在の耐えられない軽さ》だよ」
「でも、その題はもう使われているじゃないか」
「そう、ぼくによってね! しかし、あのときぼくは題をまちがえたんだよ。あれはいま書いている小説のものになるべきだったんだね」
 私たちは葡萄酒と鴨の味だけに注意を集中して、しばし沈黙を守った。 』

間違いなく、『存在の耐えられない軽さ』以上の傑作である!

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紙の本

紙の本胎児のはなし

2019/09/20 14:43

一読びっくり!

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とにかく、びっくりした。既に成人した息子がいるが、妊娠から出産まで母親のお腹の中で、胎児がこのような生活を送っていたとは(もちろん、私自身もその一人だったはずだが)。それでも、「今でも判っていることはわずか」だそう。
 胎児の排泄にしてから初耳。胎児は、だいたい60分に一度おしっこをする。そのままでは子宮が一杯になってしまうので、尿の大部分(一日700CC程度)は自分で飲んでしまう。ちなみに、大便の方は世に出るまで溜め込んでいる。「胎児は排泄を、どうしているのか?」疑問にすら思っていなかった己の不明を恥じるばかりだ。

 こういった、出産前の胎児の様子がわかるようになったのは、超音波検査という手法のお陰だ。もともとは日本の魚群探知機から始まったそうで、日本製の魚群探知機を、アメリカの脳外科医が脳検査に使い始め、その後、胎児に応用されるようになり、1970-80年代、超音波技術によってついに胎児の存在を認識できるようになった。ただ、このときは骨がうっすら見えるだけで、胎児の様子、まして表情など、とても把握出来なかった。
 今のように胎児の表情までわかるようになったのは3D技術が応用され始めた2000年頃から。従って、胎児が詳細に可視化できるようになったのは、ここ20年の話だという。今では4Dとして静止画ではなく動画で胎児を見ることができるようになり始めた。
 そして、わかった胎児の表情は、笑い、泣き、あくびをしたり、しゃっくりをしたり、鼻から水を出したりしているというもの。

 胎児を「見ること」ができるようになった後に目指したのは、「分析すること」だった。胎児の血球を遺伝子分析することにより、今では胎児の性別やダウン症スクリーニングも出来る。この分析手法を通じていろいろな発見があったが、特にビックリさせられたのは、父親のDNAに関するもの。遺伝子が母子・父子間でつながりがあることは当然だが、何と、父親のDNAが胎児を介して母親に入っている-父母間でもつながりがあることも明らかになって来たという。「子はかすがい」というが、例えでなく、遺伝子的には別個体とされていた夫婦が、子供により生物学的にも繋がっている、衝撃的な事実だ(妻は「気持ち悪う」と言っているが)。増崎先生は、「医学的に立証されてはいないが、長らく生活をともにした夫婦が似て来るということと関係があるかも知れない」とおっしゃっている。

 そして、胎児についてはわからないことが、まだまだ残っている。なぜ胎児は頭が下なのか?なぜ決まって3000g前後で生まれてくるのか?どうして陣痛は起きるのか?等々、これらの問いに、いずれも明確な答えがない。

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紙の本

紙の本冗談

2019/09/17 12:05

極めて「政治」的な小説

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みすず書房版の『冗談』には、「著者まえがき」と「著者あとがき」が付いていて、クンデラ自身がこの小説をどう読んでほしいか解説を書いている(「肉体と精神の乖離をめぐる悲しいラブストーリー」)。チェコ語版の刊行が1967年、プラハの春とそれに続くソ連の軍事介入が1968年ということを考えれば、たった一言の冗談が一人の男の人生を狂わせてしまうという『冗談』のストーリーが、当時の共産党体制に対する告発の書とみなされるのは当然と言えば、当然だ。その意味で、『冗談』は「政治」的な小説だ。
 各章は作中人物(ルドヴィーク、ヘレナ、ヤロスラフ、コストカ)の名前が付されており、章ごとに人物の視点が入れ替わり、一人称の語りになっている。
ルドヴィークは、大学生のとき思いを寄せていた女の子に興味を持ってほしくてはがきに書いた冗談によって、大学を退学処分になるだけでなく、炭鉱労働に従事させられる。彼は、自分に有罪判決を言い渡した党委員会のリーダー(ゼマーネク)への強い恨みをいつまでも持ち続けている。ゼマーネクへの恨みは内面化され、生きる動機にさえなっている。ヘレナは教条主義的な党員、ヤロスラフは地元に伝わる民謡の研究者、コストカはキリスト者といったぐあいに、それぞれの語り手は自分が拠り所とするものを持っている。彼らはそうした立ち位置から、自分中心の物語を作り上げ、その物語の枠組みでものを見たり、考えたりする。
 彼らの語りは、自分という物語を補強し守る言葉の鎧のようなものである。同じ出来事が、異なる視点・異なるコンテクストで語られるとき、同じ出来事でありながら、あるいは、同じ人物でありながら、まったく違った様相を呈する。
『冗談』が「政治」的だというのは、この小説が、複数の視点のぶつかり合いから成り立っており、時に自分の物語を他人に認めさせようとしたり、あるいは、他人を自分の物語の中に呑み込もうとしたり、呑み込まれないように、言葉という鎧で自らを守っているからだ。政治とは、結局のところ、同じ物語を共有する人々の範囲を広げていく-相手の物語の中に生きることを強いられることにほかならない。
 社会を言葉による物語のぶつかり合いとして描く、この小説が素晴らしいのは、実は言葉を持たない者、その出自を自分の物語として語り得ない者を言葉の奥に隠し持っているからだ。兵役時代のルドヴィークが恋し、地方の農場で働いていたコストカの前に浮浪者として現れるルツィエという女がそれである。ルツィエが自ら語ることはない。コストカやルドヴィークの語りの中に彼らの視点を通して描かれるルツィエは、その身ぶりで強い印象を残す。言葉という鎧を身にまといながら、結局は自ら作り上げた物語に裏切られる作中人物たちを尻目に、ルツィエは愚鈍なロバのように「物語」を横断する。
ルドヴィークにせよ、コストカにせよ、ルツィエを自らを映し出す鏡として、彼女に過剰に意味を見出そうとするが、それはいわば言葉にならないものへの不安が反映されているからだ。『冗談』の作中人物が多くの言葉を費やす一方で、ルツィエの沈黙はそのまま取り残されている。

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紙の本

哲学的な愛の小説

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舞台は「プラハの春」時代のチェコスロヴァキア。主人公は四人の男女だ。有能な外科医にして猟色家のトマーシュ。トマーシュをひたむきに愛する妻のテレザ。トマーシュの愛人の一人で、才能に恵まれた画家のサビナ。サビナを愛する大学教授のフランツ。
小説の題名の由来になっているのは、トマーシュの「一度のものは数に入らない」という言葉だ。「一度とは一度も、ということにひとしい。ただ一度かぎりの人生しか生きないとは、まったく生きないも同然なのだ」と。
そして、ニーチェの永劫回帰に反するかのように、「人生はただ一度しかない。だから、私たちはどの決心が正しく、どの決心が間違っているのか知ることはけっしてできない」と主張する。ただ一度きりの人生とは「重い」のか「軽い」のか、われわれ人間とは耐えられないほど軽い存在であるのか、これがこの小説の命題だ。

極めて哲学的な命題を扱いながら、この小説は紛れもなく愛の小説だ。男女の恋愛関係に潜む、弱い側(女)がその弱さのゆえに強い側(男)を制圧するという力の逆転を、そして、それ以上に、人間同士の愛情よりも人間と動物の間に生まれる愛情こそより純粋でより自由だと述べている。それは、動物に対する愛は見返りを求めないからだ。

テレザはなにひとつカレーニン[引用者注=「ちんくしゃな面」のため、トルストイの『アンナ・カレーニナ』のアンナの夫の名をつけた牝犬の名前]に求めない。彼女は愛さえも要求しない。彼女は一度も、人間たちのカップルを悩ます次のような質問を自分にしたことがなかった。彼はあたしを愛しているのだろうか? 彼はだれかをあたし以上に愛したのだろうか? あたしが彼を愛している以上に、彼はこのあたしを愛しているだろうか? 

テレザは弱く、トマーシュは強かった。しかし、テレザは自分の弱さを悪用してきたのかもしれないと、ぼんやり思う、自分の弱さが攻撃的な弱さだったために、とうとうトマーシュは強いままでいるのをやめて、野兎に変身してしまったのだと。自分が、トマーシュに何をしてきたのかを悟ったテレザは、正装用のドレスでいちばん美しい装いをして、一緒に踊り、そして謝る。

「トマーシュ、あなたの人生の、すべての悪の原因はあたしよ。あたしのせいで、あなたがここに来たのよ。このあたしが、これ以上下に行けないくらいの、こんな下にまであなたを引きずってきてしまったのよ」
「馬鹿なことを言うんじゃない」ととマーシュが反論した。(………)
「もしチューリヒに残っていたら、いまごろあなたは患者さんたちの手術をしていたでしょう」
「そして、きみは写真を撮っていただろう」
「そんな比較はできないわ」とテレザが言った。「あなたにとって仕事はこの世でいちばん大切なものだった。でも、あたしのほうはなんだってできるんだし、あんなものどうだってよかったのよ。あたしはなにも失わなかった。すべてを失ったのはあなただわ」
「テレザ」とマーシュが言った。「ぼくがここで幸福だってことに、きみは気づかなかったのかい?」
「あれはあなたの使命だったのよ、手術をするのは!」
「テレザ、使命なんてくだらないものだよ。ぼくには使命なんてものはない。だれにだって使命なんかないんだ。そして自分が自由で、使命なんかないと気づくのは、とてつもなく心が安らぐことなんだよ」

テレザはトマーシュの肩に頭をのせて、ピアノとバイオリンの音に合わせてダンスをしている。幸福で極めて美しい場面で小説の幕は閉じられる。

トマーシュとテレザにこのあとトラックの転落死が待っているのだが、その場面は描かれない。

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紙の本

マルクスの評価を覆す、渾身の歴史書

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カール・マルクスの代表作である『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』は、
「ヘーゲルはどこかで言っている。世界史的な大人物や大事件は二度あらわれる、と。しかし、こう付け加えるのを忘れていた。一度目は悲劇として、二度目は茶番として、と。」
の名言から始まる。
 一度目の「悲劇」はフランス大革命を終結させたナポレオン・ボナパルト(後のナポレオン1世)の“ブリュメール18日のクーデタ、「茶番」はフランス第2共和国大統領ルイ・ボナパルト(後のナポレオン3世)の帝政を準備するクーデタを指す。
 マルクスは、ボナパルトという取るに足らない小人物の政権奪取は、ブルジョワが政権を単独で担う力を失い、かつ労働者が政権を担うだけの力をつけていないという勢力均衡の間隙を縫って成功した、階級闘争の幕間劇だったとしている。
 本書は、このマルクス史観に真っ向から異を唱えた渾身の歴史書である。

 主人公のナポレオン3世はナポレオンの甥に当たる。ナポレオン没落後、共和制に戻ったフランスで稚拙な一揆を起こして鎮圧されるだけの、野心に燃えた若者は、監獄から脱出、やがて大統領の地位を得るに至る。立法府との対立からクーデターで実権を握ると、伯父の跡を襲うかのように、帝位に上った。1852年のことである。
 もっとも、彼の帝政のイメージは早くから独特のものだった。フランス革命のめざした民衆主権と自由の理念を守り、それを秩序のうちに実現するための権威が、彼の夢見る皇帝であった。皇帝と民衆が直接に手を結び、中間にある旧貴族やブルジョワの反動を排除する-これは典型的なポピュリズムの思想だといえる。
 「ナポレオン3世は、イデオロギーを持った唯一の君主だった」と、著者は言う。その思想基盤はサン・シモン主義である。ルイ・ナポレオン時代に『貧困の根絶』という著書をものした。彼の内政方針は,産業育成と社会福祉拡充であった。政府主導で、産業を興して富のパイを大きくし、そのうえで正しい徴税を徹底して、再配分を行う。これは、正に戦後日本の復興政策ではないか?
 第二帝政下においてフランスは鉄道大国となり,イギリスに次ぐ工業国・資本主義国となっていく。金融改革も進み,信用銀行が設立され、労働者住宅や共同浴場を整備して福祉政策を充実させた。そして、「パリの大改造」。現代のパリはこの時に創造され、世界有数の都市に変貌した。都市の近代化は産業育成の上でも社会福祉拡充の上でも至上命題であった。

 これほどの業績を上げた君主であれば、ナポレオン1世以上に、その功績を讃えられて然るべきだと思うが、然にあらず。この皇帝には二つの大きな「欠陥」があった。
 一つは経済重視を裏返した平和主義で、軍備の充実は二の次であり、伯父の1世に似ず、軍事的な才幹を全く欠いていた。おかげで二度の戦争で苦戦を重ね、最後の普仏戦争ではみずから捕囚の辱めを受け、帝政終焉が決定的となった。
 もう一つは後世にまで名を馳せた漁色家であって、高級娼婦から庶民の娘、果ては部下の夫人に至るまで、多くの女性に分け隔てなく愛を注いだ上に、贅沢な宮廷社交にうつつをぬかした。
 荒淫が過ぎたことで膀胱炎にかかり,晩年は終始体調不良で,政治的決断力が大きく鈍っていたとされる。

 「この皇帝がときに観念的な理想王義に走り、自分の利益を裏切る性癖があった」という著者の指摘は、特に、晩年、普仏戦争の直前に議会の民主化を進め、皇帝権力をわざと弱める政策をとった点、などに現れている(このため、議会の普仏戦争参戦決議を拒否しきれなかった)。これが、「怪帝」と呼ぶべきゆえんだという。

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紙の本

紙の本昭和史 下 1945−89

2017/02/01 16:00

政治・経済・産業・社会・文化などバランスのとれた昭和通史

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上巻では大正デモクラシー後から敗戦まで、下巻では1945年の敗戦から1989年の昭和天皇の崩御までを扱う。日本経済史の第一人者による通史だが、経済に偏らず政治・産業・社会・国民生活・文化などバランスの取れた記述となっている。
上巻から下巻途中(高成長前のいわゆる「戦後」)までが特に興味深い。

明治憲法のもとでは、内閣、陸海軍、帝国議会、枢密院などの機関は天皇と直接結びついて固有の権限を持っていたため、「最後の元老」西園寺公望亡き後、内閣は国家を運営する力を持ち得なかった。このため、権力が分散して統一的な意志決定力を欠き、なし崩し的な現状追認が勝ち目のない戦争突入を引き起こした。

戦後は、1955年が昭和史の大きな転換点だった、と著者は言う。戦後の荒廃から戦前レベルに復興するまでの間は、米ソ冷戦を背景にして政治的に混乱するが、55年体制が成立して以降、政治的な争いよりも経済成長が重視され、驚異的なスピードで成長していく。

また、こういった「通史」がとかく無味乾燥になりがちだが、さまざまなエピソードや自らの体験を交えることにより、飽きさせない。

平成以降バブル崩壊により、「日本経済の迷走」は未だ続き、国際情勢も混沌としている。今日、我々一人一人が過去の歴史を振り返る必要性は益々高くなっている。

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紙の本

紙の本唐牛伝 敗者の戦後漂流

2016/12/25 12:59

歴史が人を伝説にし、捨てる

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60年安保ブント系全学連で委員長を務め、華々しい「伝説」となった唐牛(かろうじ)健太郎の評伝。とかく、60年安保の対立構図を、当時の首相岸信介=右翼 対 全学連=左翼と単純化し勝ちだが、著者は、根本を米国駐留軍の力を借りない自国軍による防備を目指したナショナリスト岸信介と、当時のソ連に追随する日本共産党に反旗を翻したナショナリスト全学連の、「ナショナリスト同士の対立」と捉える。それゆえ、田中清玄等の右翼勢力が全学連に資金援助を行ったことも、ある意味必然だった。更には、経済界でも、レッドパージされた戦前のエスタブリッシュメント勢力が岸信介との結び付きて復活の兆しを見せ始めたことを背景に、これら旧勢力と、戦後の復興を目指して自信をつけつつあった新興勢力との対立が、あった。そして、彼らが、米国の軍事力の傘に入ることと引き換えに経済成長重視路線を志向し、岸内閣に替えて池田勇人内閣を誕生させ、高度経済成長を実現させるのだが、60年安保にも「すべての政治変動の背景には、必ず経済的な原理が働いている」と言える。こういった文脈の中で辿られる唐牛健太郎の人生の軌跡は、時代に押し上げられ、文字通り捨て去られ、忘れられた。そして、私生児という出自ゆえに、常に孤独であり、それゆえに人懐こく、男性・女性双方を魅了する好漢だった。橋本徹に対するヒステリックな誹謗中傷記事を書き、私を含め多くの佐野ファンを失望させ、ジャ-ナリストとしては葬り去られるはだった佐野眞一が、なぜ唐牛の評伝を書いたのか?その答えは、正に時代と真正面から向き合うことにより、もう一度歴史に誠実に立ち会うことを、佐野自身が宣言するために他ならないと、私には思える。

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紙の本鬼はもとより

2021/03/10 11:30

「武家だけにできること」とは

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主人公・奥脇抄一郎は、某藩の「藩札」(その藩内のみで通用する貨幣の代用品)掛だったが、宝暦の飢饉の際、藩札の乱発によって事態を収束しようという上役と、同役の親友を振り切り、藩札の版木を持って脱藩。今では江戸で万年青を売って暮らしを立てているが、一方で、財政に苦しむ様々な藩からの藩札に関する「コンサルタント業」に、旗本 深井藤兵衛の口利きで従事している。単なる身過ぎ世過ぎのためでなく、自らは失敗に終わった藩政改革を、必ず実現させるために。
宝暦年間は、「いき」「野暮」「通」と云う言葉が発生し、遊里社会での遊びのしきたりや知識が町人社会に流行するとともに、田沼意次が側用人・老中として絶大な権勢を誇った期間であり、商業資本を重視した経済政策が実行された時代と重なる。
米を租税の基本とした地方藩の財政は崩壊の危機にあり、「藩札」という実態経済の裏付けのない、文字通り「空手形」を用いた錬金術は、現代のバブル経済に繋がる。
北国の赤貧にあえぐ某藩を立ち直させるため藩札に賭ける執政梶原清明と抄一郎は、「3年」と期限を区切って、不退転の覚悟で藩政改革に取組む。「鬼」とは、藩政改革を断行するためには、自らに対してはもちろん、身内、他人に対しても「鬼になり切らなければならぬ」との執政梶原清明の覚悟を表している。
同士であるとともに、互いの人格と力量を認め合う二人は、口にこそ出さないが、ともに「心友」との思いを強くする。そして、見事、藩政改革を実現した二人は、梶原清明の招きで、国元の経済の立ち直りを象徴するかのように軒を連ねた小料理屋の一軒で、一夜祝盃を兼ねて痛飲する。信じる同志とも言うべき梶原清明という真の友人との一夕の思いを胸に、江戸に戻った抄一郎に梶原清明から書状が届くのだが……。
江戸開府から既に150年が経過し、既に武士が生き死にを賭ける場所は戦場(いくさば)ではない。真剣で立ち合うことすらなく、当然人を斬ったことのある武士も殆どいない。
平時の武士の役割は、主君の身辺警護、殿中・城門の守衛などを行う「番方」よりも、吏僚として政務や事務を執る「役方」が主流となる。その時、武士が商人や農民と何が違うのか?金を生み出すこと、作物を作ることに掛けては、当然、商人や農民にかなわない。
「武家にできて商人や百姓にできぬことが、一つだけ残る。死ぬことだ」。この一言が、本書を言い尽くしている。

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目からウロコ!鴎外「史伝」の読み方

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「第1章なぜ日本に政党政治が成立したのか」の中で、ハーバーマスの『公共性の構造転換』にある「市民的公共性」の中の「文芸的公共性」という言葉を引いて森鴎外の「史伝」を論じている。

「ヨーロッパにおける「政治的公共性」の前駆としての「文芸的公共性」は、日本では、一八世紀末の寛政期以降、幕府の漢学昌平黌が幕臣のみならず、諸藩の陪臣や庶民にも開放されるとともに、全国の藩に採用された昌平黌出身者を中心として横断的な知識人層が形成されました。彼ら相互間に儒教のみならず、文学、医学等を含めた広い意味の学芸を媒介とする自由なコミュニケーションのネットワークが成立したのです。それは非政治的な、ある種の公共性の概念を共有するコミュニケーションのネットワークでした。それは当時「社中」と呼ばれた、さまざまの地域的な知的共同体を結実させ、それら相互のコミュニケーションを発展させていったのです。
 そのような知的共同体の、あるいはそれら共同体相互間のコミュニケーションの実態を、驚くべき綿密さをもって、主として書簡によるコミュニケーションの追跡を通じて実証的に再現したのが、森鴎外晩年の「史伝」といわれる作品群です。
 鴎外の「史伝」には、澁江抽斎、伊澤蘭軒、北条霞亭などの個人が題名として冠されていますが、「史伝」の実質は、それら個人というよりも、それら個人によって象徴される知的共同体そのものなのです。(……)
 「史伝」の核心を偉大な個人に求めようとする者は、しばしば失望します。「史伝」の読者たらんとする者の多くが味わう失望感(あるいは退屈感)がそれです。」
「たとえ各個人の人格的価値(また学者的価値)の間に優劣があろうとも、それぞれが属する知的共同体そのものの間には必ずしも優劣があるとはいえません。それらはいずれも、身分や所属を超えた「文芸的公共性」を共有する成員間の平等性の強い知的共同体でした。そこでは身分制に基づく縦の形式的コミュニケーションではなく、学芸を媒介とする横の実質的コミュニケーションが行われていたのです。
(……)鴎外の『伊澤蘭軒』や『北条霞亭』は、廉塾という山陽道の一宿駅を拠点とする、ささやかな知的共同体が及ぼした全国的なコミュニケーションのネットワークを、飛躍を伴わない徹底した考証学的方法――これは鴎外が敬愛して止まなかった渋江抽斎の学問的方法ですが――によって描破したのです。(……)
(……)日本の場合もまた、ヨーロッパの場合と同じように「政治的公共性」は「文芸的公共性」に胚胎したのです。」

 鴎外の「史伝」を読んだことのある人間は、誰しもその退屈さに呆れると思う。私自身、『澁江抽斎』はまだ事件らしい話もあり、感動とともに読み終えたが、『伊澤蘭軒』は旅日記の長々とした引用に辟易して途中で挫折、『北条霞亭』に至っては「積ん読」状態に置かれたままだ。
作家の評価も、石川淳の「傑作」派と、松本清張のような「『渋江抽斎』は遺児の覚書の複写」(『両像・森鴎外』)との全否定派がいる。
ところが、これを社会科学の視点で読むと、江戸後期の読書階級の間に幅広い「文芸的公共性」が成立しており、その知的世界のありようを、明治以降の「近代化」過程を身をもって生きた晩年の鴎外が、大きな問題意識で眺めてこれを書いた、と考えられるという。そして、西洋世界とは全く別の知的伝統をもっていた日本が近代化に成功できた背景に、江戸後期の知識人ネットワークの創造性が脈々と流れていた、とも。
こういった視点で、鴎外の「史伝」を、きちんと読み直す必要がある。

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紙の本おどろきの中国

2019/09/11 17:00

3人の洞察力に、おどろき

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本書は、橋爪大三郎と大澤真幸、さらに宮台真司を加えた三人の社会学者が中国について語った鼎談。テーマは、帯にあるように「そもそも『国家』なのか? あの国を動かす原理は何か?」である。

まず、中国というのは近代的な意味での国家ではなく、2000年以上前にできたEUのようなもの、中華連合と考えるべきだという。EUの背後にはキリスト教というバックボーンがあるが、中国では王朝によって儒教だったり法家だったり、あるいは仏教や道教だったり、統治イデオロギーをさまざまに取捨選択してきた。「儒教を捨てて三民主義を採用したり、三民主義を捨ててマルクス主義を採用したり、マルクス主義を捨てて改革開放路線を採ったりできる。政治的統一が根本で、政策オプションは選択の対象、という順番は変わっていない…ここに中国の本質がある」(橋爪)。

中国ではどの王朝でも、安全保障の優先順位がきわめて高い。王朝(政府)が存在するのは安全保障のためと言ってもいいくらいだ。儒教にしろ法家にしろ、その選択は安全保障をどうするかという問いにどう答えるかに他ならなかった。

近代になってからも、国民党も中国共産党も伝統中国の支配のあり方を忠実になぞっている、と橋爪は言う。ならば毛沢東は皇帝なのか、という大澤の問いに、橋爪はイエスでもありノーでもあると答えている。毛沢東は歴世の皇帝イメージを最大限に利用したという点ではイエスだが、歴世の皇帝が及ばない力を持つに至った。「(皇帝と決定的に違うのは)毛沢東の中国共産党は、伝統中国の官僚制に比べ、はるかに社会の末端にまで支配の根を下ろしているという点。………農民も、都市生活者も、生活手段を握る共産党に首根っこを押さえられている。この共産党の頂点に立つ毛沢東の権力は、伝統中国の皇帝が及びもつかない、絶大なものである」(橋爪)。

橋爪は中国の社会組織の原則を、「自分は正しくて立派である」「しかし他人も自己主張している」「従って自己と他者が共存する枠組みが必要」とした上で「この枠組みは、しばしば順番です。誰がえらいか、一番から順番をふる。中国ではどんな組織でも、‥…必ず(非公式に)順番がついている。これは争いを避けるためです」。しかし、中国は年功序列を重んずる日本と違って能力社会だから、誰を上位のポストに抜擢するか(言い換えれば誰を排除するか)を正当化する根拠が必要になる。

その排除の根拠となるのが、清朝の制度を踏襲した「個人档案(とうあん)」といわれる個人の人事記録だ。档案は本人ではなく上司が書くもので、本人は見ることすらできない。すべての档案を見ることができるのは中国共産党のNo.1ただひとりである。「ソ連や東欧の社会主義政権は総崩れになったけれど、中国はビクともしなかった。それは、‥…党組織と人事システムがしっかり確立しているから」(橋爪)。

また、伝統的な「易姓革命」の思想について、橋本はこう述べている。「天が、政治の正しさの根源。でも天は、見えないし、観察もできない…。現実問題として天は何かというと、人民の評判なんです。人民の評判を失うと政権は崩壊する、というふうに実際は機能してきた」。
だから、中国共産党がマスコミの統制に必死になり、ツイッターの反応に必要以上に神経質になっているのは、強面の顔の裏側で、実は自らの合法性の乏しさと、その人民の支持の脆弱さを自覚しているために過ぎない。

三人はこんな議論を重ねながら、さらに日中の歴史問題をどう考えたらいいか、中国はこれからどうなるのか、日本は中国とどうつきあったらいいのか、といったテーマに進んでゆく。

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「もののあはれ」を覚える短篇集

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本書におさめられた「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」は、それぞれ独立した短編でありながらも、全て音楽家を語り手として音楽にゆかりのあること、そして、哀愁と抒情を基調としたものであること、この2点で調和と統一を持った短篇集となっている。
いずれも、若き日の野心や叶えられなかった夢という人生の哀しみを感じさせるとともに、その後の時間を想像させる膨らみをもった好短篇である。

 『老歌手』は、観光客相手にヴェニスの複数のバンドを助っ人として渡り歩くギタリストが語り手。ある日、往年のアメリカ人老歌手と偶然知り合い、彼が妻に向けて行うサプライズ演出に協力することになる。そのサプライズとは、老歌手が夜、彼らの宿泊するホテルの部屋に一人居る妻の窓の下にゴンドラで漕ぎ寄せ数曲を歌うので、その伴奏をしてくれというもの。六十男は五十女と離婚する予定でいる。彼らの旅行は、二十七年の結婚生活の果ての離婚旅行だったのだ。

『夜想曲』は、才能はあるものの、見た目が悪く、うだつの上がらないテナー・サックス奏者が、マネージャーと妻から顔の整形をすれば花形になれる、しかも、離婚した妻の再婚相手が費用を出すと言われ、手術を受けてビバリーヒルズの超一流ホテルに長期滞在する。隣室にいるのが同じ医師からやはり美容整形を受けている、同じように顔を包帯でぐるぐる巻きにしている一流の映画女優-『老歌手』でアメリカ人老歌手と離婚した五十女-で、暇つぶしの相手をするうちに、彼女の深夜のホテルの中での散歩の道連れとなって、奇妙な冒険に巻き込まれる。

 5作目の『チェリスト』の語り手は観光客相手のバンドのサキソフォン吹き。ある日、客のなかにかつての同僚、チェロ奏きのティボールを見かける。七年前、ハンガリー出身の彼は、「入り」は悪いものの、ヨーロッパ各地でリサイタルを開くほど有望で、バンド仲間皆が引立てようとした。ところが、ある日、彼の演奏を聞いたアメリカ人女性が、「あなたには可能性がある。しかし、私レベルの『大家』の指導者がいなければ駄目だ」と言われる。それ以降、ティボールは、その女性に師事を仰ぎ、確かに、その指導により、これまでにない音を出せるほど才能を開花させる。しかし、彼女は一向にチェロの手本を見せず、部屋にチェロのケースすら見掛けない。不信感を持ちつつも、レッスンに通い続けるが、ついに、彼女は真実を語る。「自分はチェロを弾くことはできないが、天才である。天才であるがゆえ、並みの指導を受けて才能を壊す訳にはいかず、11歳から今日までチェロを弾くことができずにいる。ティボールも同じレベルの才能があるので、自分が才能を壊さないように指導をしたのだ」と。アメリカの地方から、前々から彼女に求婚している実業家の男性が、彼女の居場所を突き止め、連れて帰ることにより、ティボールへの指導が終わりを告げる。ティボールは、一度は断ったバンド仲間の紹介で、アムステルダムのホテルの演奏チームの一員として流れて行った………。
ティボールらしい男が手を振ったので、サキソフォン吹きは自分への挨拶だと思ったが、ウェイターを呼んだに過ぎなかった。その呼び方には、以前のような遠慮深さも見えなかった。何よりも、可もなく不可もないスーツ姿が音楽家というよりは普通の勤め人を連想させ、何かの仕事の関係で出張に出た次いでに、かつて居たこの街に立ち寄ったとも思える。しばらくすると、その男はもういなくなっていた。(恐らくは)夢敗れたかつての若者と老楽士との、言葉を交わすこともない、苦い再会を描いて、そぞろ「もののあはれ」を覚える。

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