ブックキュレーター沼野恭子
沼野恭子の推薦する名著5冊
沼野恭子の「推薦図書」はこの5冊! ※こちらの推薦文は、クーリエ・ジャポン読者のために寄稿いただいたものを転載したものです。
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昨今の世界情勢を考えるうえで、ハンナ・アレントの『全体主義の起源』ほど重要な書物はないだろう。しばしばスターリン時代との類似が指摘される現代ロシアのプーチン体制。スターリニズムとナチズムという異なる歴史的背景を持つ全体主義に共通する特徴は何なのか。全体主義に陥らないようにするにはどうしたらよいのか。本書は、アレントのこの代表作を精緻な読みで丁寧に紹介し、これらアクチュアルな問題に答えたものだ。全体主義が静的な体制ではなく動的な運動であり、自己破壊にまでいたるものであることを本書はわかりやすく教示してくれている。「自分の頭で考える自律的な人間」こそ全体主義を阻止し得るものだという点が重要である。
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本書は、プーチン政権の掲げる「ロシア世界」の意味を考えるうえで重要な著作である。というのも、ロシア語が話されロシア正教が信奉されている地域は一体でなければならないというのが「ロシア世界」の理念で、これが戦争の大義名分を支えているからである。ロシアは、10世紀末にキリスト教を国教として受け入れた後、異教徒タタールの長い支配を経て、「第3のローマ」を自負する正教国家へと脱皮し、やがてソ連の無神論の時代を経験した後、再び宗教的な国家へと変貌した。この千年の歴史が、著者の経験を踏まえた現代との往還のなかで生き生きと描かれている。ロシア人の精神世界、正教とロシア社会の関係を理解するための恰好の書である。
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ちまたではよく「自分探し」という言葉を見かけるが、これはどこかに「本当の自分」があるはずだという確信が前提となっている。本書が画期的なのは、そんな本質主義的な「唯一の自分」など存在しないことを喝破し、「複数の自分」を認める「分人主義」を提唱したこと、そしてその複数の自分は他者との関わりの中で形作られるという相対主義を打ち出したことだ。さらに興味深いのは、『ドーン』以来さまざまな観点から小説の中で考えてきたとして、著者自身がこの問題を自己分析的に整理していること。これは、ほとんど一作ごとに作風の変わる平野啓一郎の作品を愛読してきたファンにとって、「読み」のヒントとして絶好の手引きとなっている。
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遊廓の見取り図、四季折々の行事、遊女たちの日常、しきたり、人となり等、吉原遊廓についての情報が満載の本である。遊女がたんに「身体」を提供していただけでなく、和歌をよみ、見事な手紙を書き、三味線や琴を弾き、唄や踊りを身につけ「芸術精神」を体現していたこと、遊廓が「日本文化の集積地」だったことが明らかにされている。もちろん著者は、遊廓文化をたんに称揚するのではなく、現代から見た問題点や歴史的背景を踏まえて「あってはならない場所」であるとも明言している。樋口一葉の『たけくらべ』について「吉原の明と暗の両方を、実に的確に描いた作品」であると述べられているが、これはそのまま本書にもあてはまる。
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色好みの文学的表象といえば、何と言ってもフランスが本家本元である。本書には、17世紀から現代にいたるフランス文学の名作において「アムール(愛)」がどのように描かれ、どのように社会と切り結んできたかが、さりげないユーモアと軽妙洒脱な文体で縦横無尽に語られている。読者は、情欲、ギャラントリー(洗練)、憧れ、幻滅、放蕩、束縛、純愛、禁欲などといった、驚くほど多様なアムールの様態に出会い、「恋愛は既成の秩序に挑戦し、それを乗り越える」ものであり「自由の概念」を伴うものだという著者の確信をなぞることになるだろう。恋愛という切り口でフランス文学史を再確認し味わいなおすことのできるじつに贅沢な一冊である。
ブックキュレーター
沼野恭子東京外国語大学名誉教授。 東京外国語大学卒業、東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。 NHKラジオやテレビのロシア語講座や「100分de名著 アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』」の講師を務めた。著書に、『ロシア万華鏡──社会・文学・芸術』(五柳書院)『ロシア文学の食卓』(ちくま文庫)など。訳書に、『ヌマヌマ──はまったら抜けだせない現代ロシア小説傑作選』(沼野充義と共編訳、河出書房新社)、リュドミラ・ウリツカヤ『ソーネチカ』(新潮社)など。
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