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みんなのレビュー81件

みんなの評価4.2

評価内訳

6 件中 1 件~ 6 件を表示

紙の本

未完の六月 - 文庫《新装版》あとがきのついての書評

2008/11/12 12:33

12人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 名前を見たり、聞いたりするだけで、どきどきというかそわそわというか、心がときめく書き手が何人かいる。ついネット書店を彷徨い、リアル書店に出かけてしまう、書き手である。
 沢木耕太郎は、私にとって、そんな書き手の一人である。
 沢木が同時期に描いた「1960」をテーマにした三部作(そして、それはいまだに完成しない三部作であるが)のうち、『危機の宰相』と『テロルの決算』が文庫本として今秋同時に刊行された。そのうち『テロルの決算』はすでに文庫本として出版されていたから、今回装丁も一新され、<新装版>ということになる。
 そして、沢木はその《新装版》のための<あとがき>を新たに書き加えている。

 『テロルの決算』自体は1978年に沢木の初めての長編ノンフィクションとして出版されたものである。
 1960年に起きた、当時の社会党委員長であった浅沼稲次郎が十七歳の右翼の少年山口二矢(おとや)に刺殺された事件を描いたもので、単行本の<あとがき>に沢木はこう記し、それはそのまま単行本の帯にも使用された。
 「ひたすら歩むことでようやく辿り着いた晴れの舞台で、六十一歳の野党政治家は、生き急ぎ死に急ぎ閃光のように駆け抜けてきた十七歳のテロリストと、激しく交錯する。その一瞬を描き切ることさえできれば、と私は思った」。
 この時、昭和22年生まれの沢木はまだ二十代の若い書き手であり、作品以上に単行本の<あとがき>には青春の昂揚が感じられる。そして、その作者の昂揚はそのまま二十歳を過ぎたばかりの読み手であった私に熱く伝播した。

 青春期には漫画『あしたのジョー』に代表されるような、燃え尽きたいという思いが強いのかもしれない。
 今ここでこうしている自分ではない、そういうものへの憧れのような思い。若い沢木にもあったし、若い私にもあった。そして、沢木は常にそういう書き手として、私たちに多くの作品を提供してくれたからこそ、今もときめき書き手なのだ。
 本作品が文庫本として収められた1982年時の<あとがき>で、沢木はこう書いた。
 「私の「内部」とやらで、決着がついたものなど実はひとつもありはしなかったのだ。(中略)私は、私自身を検証するためにも、もう一度、この『テロルの決算』を読み返す必要があるのかもしれない」と。
 沢木が三十五歳の時の文章である。

 そして、今回《新装版》として出版された文庫本の<あとがき>に、六十歳になる沢木はこう書いている。
 「私が何人かの夭逝者に心を動かされていたのは、必ずしも彼らが「若くして死んだ」からではなく、彼らが「完璧な瞬間」を味わったことがあるからだったのでないか。(中略)私の内部には、依然として「完璧な瞬間」の幻を追い求める衝動が蠢いているような気がする」
 六十歳になった沢木耕太郎にとって、「1960」をテーマにした最後の作品『未完の六月』が多分永遠にやって来ない六月であるように、沢木の中ではまだ終わりきらないものがある。
 そして、それは読み手である私にもある。もしかすれば、その「時」などけっして訪れないのかもしれないが、それを求めようとする沢木に、やはり読み手としてこれからもつきあっていきたい。
 いずれくる、六月を信じて。

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紙の本

17歳の少年が老政治家に刃を向けたその一瞬と、そこに至るまでを丁寧に描き出す傑作ノンフィクション

2009/10/31 00:00

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Skywriter - この投稿者のレビュー一覧を見る

 1960年10月12日、社会党の党委員長・浅沼稲次郎が、演説中に右翼で17歳の少年・山口二矢(おとや)に刺殺された。

 なぜ少年は老政治家に、それも個人としては善人と評するしかない老人に、刃を向けたのか。一方にその問いかけがあれば、もう一方の問いかけはこうならざるを得ない。即ち、なぜ善人の老政治家は、少年から命を狙われることになったのか。

 本書はその二つの問いの間を行きつ戻りつしながら、刺殺事件の全貌に迫っている。生き急ぎ、死に急いだ少年へ過度な思い入れをせず、老政治家を無意味に称揚しない。あくまでも冷静に、しかし激しく、二人の人生が交錯したその一瞬と、そこに至るまでの二人の人生を描き出すことに成功している。

 本書を手に取らなければ、私の中で山口少年は自分の意見と相容れない政党のトップをテロルによって排除した、粗雑な人物としての姿しかなかっただろう。殺された側の浅沼委員長も、悲劇の主人公としてしか思わなかったはずだ。

 それが、二人の人生を丹念に追いかけたこの秀逸なノンフィクションを手にしたことで、褒められたものではないとしても純粋で、一途な少年の姿を知ることができた。もう一人の主人公、浅沼委員長にしても、なぜ彼が滅私奉公という言葉以外が思い浮かばないほど、党を守り立てようとしたのかも伝わってくる。

 私個人としては、二人の、どちらの立場も首肯し得ない。それでも本書によって生きた二人の姿が脳裏に刻まれることになったのは否定しがたいのだ。そう思ったとき、本書が”ノンフィクションの金字塔”と称される理由が分かった気がした。人間をしっかりと描き出した傑作だと思う。

評者のブログはこちら

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紙の本

最高の良質ノンフィクションだと断言できる

2019/02/04 09:55

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

沢木さんといえば、「深夜特急」とこの「テロルの決算」、山口二矢は少年鑑別所で自殺することになるのだが、彼がどのようにしてあそこまで右翼思想を持つ人物になったのかがよくわかった。最高の良質ノンフィクションだと断言できる

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電子書籍

交錯する運命

2017/08/11 07:52

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る

野党の指導者と右翼の少年が、それぞれ辿ってきた道が対照的に描かれている本です。運命のいたずらには驚かされました。

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紙の本

2016/01/10 22:57

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:テラちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

公開の演説会場で、しかもテレビの生中継の場で起きたテロ。社会党委員長の浅沼稲次郎氏が右翼の少年に視察された事件は、前項区民を震撼させた。団塊の世代以上は、何度も視ている映像でもあり、沢木氏もまた、この年代のライターである。それだけに”歩く取材”ぶりが窺われ、ノンフィクションの基礎を改めて知らされた。浅沼氏が、巨体に似合わず繊細な神経の持ち主だったことなど、実にきめ細かい。今、テロの時代に再読してみた。

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紙の本

浅沼稲次郎暗殺事件

2023/11/30 16:11

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:うさぎのみみ - この投稿者のレビュー一覧を見る

ネタバレあり。社会党の浅沼稲次郎が演説中に右翼学生山口二矢に暗殺される事件です。二人の生い立ちから綿密に描かれていて読み応えあります。二矢少年は思い込みの激しい性格だったようでちょくちょく問題を起こして預かっていた党も扱いに困っていた感じ。狭い視野の中で若さと思想を持て余しているように見えました。一方浅沼氏の方は幼いころ庶子として苦労されていたようで、名士である父親と反発もありつつ立派に育っていました。庶民や党の人々だけでなくマスコミからも好かれていて、なぜこの人が殺されなければならなかったのかと残念に思いました。沢木耕太郎氏が20代後半で執筆されたというのも驚きです。

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