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森鴎外の中では、私にとっては「雁」がベスト
2019/01/16 22:07
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投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
森鴎外の今まで読んできた作品の中で、ベストの作品だと思う。「僕」からの視点で、高利貸しの妾「お玉」が帝大生「岡田」を慕うという話なのだが、やはりそこは「舞姫」でこれでもかと主人公(作者がモデル)の鬼畜ぶりを描き出した文豪の作品だけあって、「お玉」と「岡田」が結ばれることはない。しかも、二人を結ばせないアイテムがサバの味噌煮と雁にあったというのは、さすがだ。「僕」が岡田に聞いた話と、後日、お玉から聞いた話を合わせてまとめ上げたという設定もおもしろい。創作時期は、阿部一族や高瀬舟より前の作品で、雑誌に連載されていた小説ということで読みやすい
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かつての上野から湯島界隈の暮らしを楽しみつつ読む
2020/10/05 13:42
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投稿者:タオミチル - この投稿者のレビュー一覧を見る
「雁」の物語世界では、パッとした事件など何も起こらない。東大生かつ美男の岡田が散歩するコースが、無縁坂。暇つぶしに、その坂を通ってぶらぶらと上野のお山や湯島天神あたりへ。その坂の途中に、東大寮の小使いから、こつこつ金をため高利貸しにのし上がった男を旦那にもつ美しい妻妾のお玉が住んでいて...。
現代小説ならば、さしずめ、このふたりの間にコトが起こってドロドロすったもんだしたりしそうだが、何もおこらない。
にくからず思っている二人の仲を邪魔するのは、偶然のたわいない出来ごとで、それを象徴するものが、タイトルにされた「雁」。
しかし、物語はそれでも面白い。
お玉が囲われている家の様子とか、それぞれの登場人物の当時の暮らしとか、時代が時代だからこそ物事は遅々とすすまず、それがかえって人々の心象風景を充実させる。そこが面白いのだ。
今より刺激がずーっと少ない時代だからこそ、創りだすのが可能だった豊かな人間物語だ。
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湯上がり美女とすれ違い
2020/09/22 23:34
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投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
夕暮れ時の無縁坂を、銭湯帰りの火照った身体のままで歩くお玉が色っぽいです。モラトリアム気味な大学生・岡田との、つかの間の交流も心に残ります。
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池之端に住む美しいあのひとは、金貸しの囲われ者。
前近代的な設定と、鴎外先生ならではの心理学的解剖っぽい描写の冴えが絶妙なバランスでマッチングした佳品。
高利貸しの末造は、しかし、川越唐桟なんぞをさらりと着こなす小ざっぱりした旦那として描かれていて、なかなかどうしてただの俗物とも言い切れない魅力のあるひととして造形されているあたり、通俗小説に堕すまいとの鴎外先生の心意気が感じられる。
上野池之端あたりの描写、人々の暮らしぶりなど、明治の東京の様子を伺い知ることもできて面白い。
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心理描写も比較的平易であり、現代の若者でも理解できる部分が多いのでは。文章力もさすがは鴎外って感じ。暗い話を重厚な印象として残す力もさすが。
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鴎外てんてーは、かたい!!!!!!!!!!!
なんか必死で読んでた気がする。(そんな必死な内容ではなかった気がするけどどうだったろ)あのかたい文体が読みたくて。たしか好きだった気がする。(覚えてないのが多すぎて悲しくなって来た)
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書生の岡田と妾のお玉の言葉少なな交流を、傍観する「己」が語る。この第三者の介入がさっぱりさわやか、と感じる。
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文章的にちょっと敬遠していたのですが、読んでみたらとても素敵で驚きました。あの時代の恋愛って切ねぇなぁ。でもすごくわかるところもあって、悲しくなりながら頷きながら読んでいました。ただ、やっぱり言葉がわからなくて何度も辞書を引いたりってところで現実に引き摺りもどされてしまうんですよね。もちろんそれは私の頭の問題なんですけど。教科書には舞姫があったので、舞姫も読んでみたいと思います。
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お玉の自我の目覚めと淡い恋。
ひとりひとりの人物描写がきちんとされていて、細かなところまでキレイで悲しかった。
妾になって、主体性をあまり持たない女が窓の外を通る男を気にする。
2人の間にほとんど接点はなく、でもひたむきに見つめるお玉の視線を感じられるような作品。
叶わない恋も不毛ではない。
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物語に何か大きな展開があるわけではないですが…
ドラマティックさが無いのに運命の皮肉さを痛切に感じました。
頭がよく外面がよいが、高慢で金銭第一な高利貸しの「末造」
貧しいながら、老いた父を一人で支え続けた「お玉」
美男子な医学生「岡田」
ほぼこの3人で話は進みます。
性格も境遇もみな違うこの3人が
ある運命的なズレ、または偶然で、ある虚しさを持つように見えます。
偶然は逆らえないほど大きい力。そう思えた話でした。
主人公(僕)がいなければ、どうなってたんだか笑
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哀愁漂う、いやらしい切なさが不思議な質感を生み出している。
このいやらしさは、たぶん森鴎外のエリート的自意識過剰によるものだろう。
女性に人格を認めてないのが面白いな〜。お玉はそれなりに考えたり、行動したりするわけだが、その根本であるはずの「性格」というのが見えてこない。
まああんまりこういうことを考えずに、全体の寂しい雰囲気を味わうための作品なのかもしれない。
女性の自我の芽生え、エリートのあり方、運命の歯車、云々…
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投げた石が図らずも雁を殺してしまったように、鯖の味噌煮によって叶うことのなかった恋の話。
こういうことってあらゆるところで起こってるんだろうなぁ。
ただこの話は第三者によって書かれているから、鯖の味噌煮が回りまわって二人の出会いを妨げたことがわかったのであって、普通なら、何も気付かずにただ過ぎていくだけ。
こんな話を読むと、やっぱりタイミングがすべてなのかなって思ってしまう。
つい最近、親子でゴルフ場に来ていたら、突然大きな穴が開いて6m下へ転落し、命を落とした母親がいたけど、それも回りまわった偶然が起こした不幸ということで済ましてしまっていいのかな。
そんなのって辛いよなぁ。
タイミングですべてが決まるなら人はただ運命に身を任せよということですか。
答えはないけどね。
この話は森鴎外によって明治12年に書かれたものです。
解説に書かれていた時代背景がすごく参考になりました。
見てみると、これはいかにも明治13年の話らしい。民権運動などがそろそろ芽生え始めて、社会の一部には強く積極的に生きた女性などがあっても、一般的にはまだまだ正しい意味での自我の確立などあり得なかった時代の、極めて市井的な一女性の目覚めやその挫折がいかにもその頃のものらしい頼りなさと哀れさとを以て描き出されている。
そんなふうに、女がふみつけにされているところに、彼女の自我と個性の道が確立されるなどということが、どうして簡単にあり得よう。その意味で、この作品に描かれたお玉の運命と、それを包んでいた背景とは、いかにもしっくりと溶け合ったものになっているのである。
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人と人とのめぐり逢いの中で「縁」というものの不思議さは、
どこかに誰かが舞台を用意して、そこにわれわれはそれぞれの役割を演じてるだけなのかもしれないとすら感じることもある。
この物語の主演女優である、無縁坂のお玉は、類稀なる美女でありながら、その縁には見事に恵まれていない。
最初の夫は結婚詐欺師のような男であり、その後は高利貸の妾となって寂しい生活を送っている。
そこへ現れた性格も頭脳明晰で、見た目も好男子の大学生岡田へのほのかな恋心と、お玉にとっては千載一遇の恋の成就の好機における、運命のいたずら。。
まさに縁に恵まれない、無縁坂のお玉の哀しい運命に、読者はじんわりと涙してしまう。
縁な異なもの、味なもの。。といわれるが、お玉にとって、味なものであったかどうかは、最後に読者にさとすだけで終わっている。
やるせなく、男と女の不思議なさだめを感じさせてくれる傑作。
(さだまさしがこの作品から「無縁坂」を作ったのだろうと自然に想像した)
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鷗外先生というと「舞姫」を四苦八苦して読んだ記憶しかなかったんで、言文一致してて感動した。
たぶん今読めば舞姫ももうちょっと楽に読めるはずだけども…
さて、もう作品全体から明治時代のにおいがぷんぷんして、読んでて幸せ気分だったぜ。
福地桜痴がひっそり悪口言われてて笑った。
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学生である岡田と高利貸しの妾、お玉のすれ違う縁を、岡田の同級生「僕」を視点に描いた森鴎外の中編小説。
岡田の、雁を逃がすつもりで投げた石が偶然雁に当たり雁が死んでしまうシーンに象徴されるように、思惑に反した偶然が重なり、岡田とお玉はお互いを強く想いながらもまともに言葉も交わすことなく、二人は縁を断ってしまう。
このような人間のすれ違いはこの物語の中に限らず、現実世界でも珍しいものではないだろう。
岡田やお玉にしてもこのすれ違いは、一生を通してみれば、取るに足らないものかもしれない。
人生の一面は、このような様々な縁の集積によって作り上げられている。
この物語は、たった一つの縁だけを強調して取り上げることで、一生のうちに何百、何千とある縁の個々の貴重さを訴えかけているのではないだろうか。