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  3. Leonさんのレビュー一覧

Leonさんのレビュー一覧

投稿者:Leon

85 件中 16 件~ 30 件を表示

紙の本ガラスのなかの少女

2007/03/11 23:00

いんちき霊媒師が本物の幽霊を呼び出した!?

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

舞台は大恐慌時代のアメリカ。

メキシコからの不法移民であった孤児ディエゴは、詐欺師のシェルに拾われ、その詐欺やトリックの手口を学びながら17歳まで成長した。
シェルは古馴染みの大男アントニーと組んでいんちき霊媒を専らとしており、デェエゴもまたインド人の僧侶「オンドゥー」として一役買っているのだが、ある日トラブルに見舞われる。
富豪パークスからの依頼を受けて降霊会を催した三人だったが、いつもは如才ないシェルが一人の少女のせいで集中力を欠き、危うくいんちきが露呈してしまいそうになったのだ。
6〜7歳と思しきその少女は、パークス邸の扉に嵌められたガラスの中に居るように見えたとシェルは言う。
三人は暫く休養を取るつもりでニューヨークに向かう列車に乗ったのだが、車中でアントニーが読んでいた新聞の中に件の少女の写真があった。
その記事は、著名な海運王ハロルド・バーンズの娘であるシャーロットの失踪を伝えており、記事の日付はバークス邸での降霊会の翌日だった・・・
すっかりシェル達を信用している名士達の推薦でバーンズとの接触に成功した三人はシャーロット探しを買って出るのだが、バーンズは既に一人の霊能者を雇っていた。
まずは、リディアと名乗る霊能者の女性の正体が読者を悩ませるだろう。
リディアは一度見たら忘れられないような極めつけの美女ではあるものの、頭の中にアメリカ中の詐欺師のリストが納められているシェルにもその正体が見抜けず、本物の霊能力者であることを匂わせるからだ。
また、リディアが先導する形で行われる捜索の中でシャーロットの遺体が見つかるとあっては、彼女が殺害に関わっている可能性も濃厚になる。
そうこうするうちにKKK団の影が見え隠れしたり、人とは思えぬ怪力の白い巨人が現れるなど冒険活劇の色合いを帯び始め、表題の「ガラスのなか少女」の件がより大きな背景の中に埋もれてしまうように思えるものの、計算された意外性の中で再び浮上してくる様子は見事。
アメリカ探偵作家クラブ賞を受賞しただけあって、全体的にはミステリとして読めるものだが、遺伝学に関する部分は舞台が1930年代であることを考えればSF的でもあり、「ガラスのなか少女」の正体が読者の想像に任せられることを考えるとファンタジー性もある。
一番の見所は囚われの身となったシェルを救出するためにディエゴの呼びかけに応じて集まった詐欺師や奇術師達が活躍する場面で、知恵と機転が暴力を制するのは痛快だ。
詐欺師を主人公にした映画「スティング」も1930年代のアメリカを舞台にしたものだが、大物を相手にする詐欺師は一種の義賊に見えて応援したくなる存在なのかも知れない。

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紙の本チャリオンの影 下

2007/03/04 21:38

お姫様を守れ!(感想編)

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

中世のイベリア半島におけるキリスト教勢力とイスラム教勢力の争いをモチーフにした異世界ファンタジー三部作の開幕。
かつては壮健であったと思われる主人公カザリルは、ガレー船の漕ぎ手としての心身ともにボロボロとなっており、次第に回復しつつはあるものの、特に精神面が脆くなってしまったようで、やたらに涙腺が緩むという体たらく。
未だ三十代半ばながら自分の残りの人生を余生のように思っているカザリルではあるが、主人イセーレ国姫の窮地に際して一命を賭すのは天晴れな家令根性だろう。
前半は殆ど宮廷陰謀劇としての展開に終始するのだが、イセーレが厭う相手との政略結婚を阻止するために命を賭けた呪術を用いたことから神と魔と霊を一つ身体の中に抱えることとなったカザリルを襲う深い苦悩が後半の見所になる。
「依代」を使ってではあるが神々が比較的簡単に顕現したり、ご都合主義的な複線など軽々しい面は異世界ファンタジーとしてはマイナスだと思うが、スピーディな展開と登場人物の元気の良さが気持ちよい。
「スピリット・リング」もそうたが、ビジョルドのファンタジーの中に少女漫画的な部分を感じる。
性別は逆転しているものの、コンプレックスを抱いているがために恋愛に積極的になれない主人公という設定は少女漫画の中ではありふれたものだろう。
三十代半ばのカザリルでは「晩熟」と表現することはできないけれども。
ところで、奴隷船に売られた後は仕方ないとして、それ以前にもカザリルに女の影がないのは極めて怪しいので、ベトリスには国主となったイセーレの力も借りるなどして根堀り葉堀り問いただして欲しいところだ。

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紙の本チャリオンの影 上

2007/03/04 21:37

お姫様を守れ!(あらすじ編)

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

かつてはチャリオン国の騎士として対ロクナル戦の前線の砦で城代まで勤めたルーペ・ディ・カザリルは、包囲戦の際に卑劣な裏切りによって奴隷に身を落としロクナル海賊のガレー船のオールに鎖で繋がれることとなった。

1年以上にも渡って死と隣り合わせの日々を送った挙句、カザリルはチャリオンと親交のあるイブラ国の艦隊に救われるのだが、心身ともに傷付いた彼には帰るところもなく、小姓時代に仕えていたバオシア藩の太后の元に身を寄せる。
バオシア藩太后の宮廷には彼女の孫であるテイデス国子とイセーレ国姫が滞在しており、皿洗いでもさせてもらえればと伺候したつもりのカザリルは、地理や語学などの学識と豊かな経験を買われてイセーレの教育係家令に任じられる。
しかし平穏な日々は長くは続かず、国主オリコは国妃との間に子供をもうけることを諦めたらしく、義理の弟で第一継承権を持つテイデスとその姉イセーレは共に首都カルテゴスの宮廷へ出仕を命じられた。
カルテゴスで権力を縦にしているジロナルこそは、かつてカザリルを奴隷の境遇に陥れた張本人であり、彼が生きていることを知れば再び手を打ってくるかも知れない。
カザリルは不安を抱えたままイセーレの家臣としてカルテゴスを訪れるのだが・・・

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紙の本アナンシの血脈 上

2006/12/26 07:04

父さんが神さまだって?

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

チャーリーはロージーとの結婚式を控えていたが、アメリカに住む父親を招かずに済めば良いのにと願っていた。
チャーリーの父親は、女性と見れば誰彼かまわず声をかけて自慢の歌声と妙なタップダンスを披露し近所中に浮名を流すという、息子としては恥ずかしいことこの上ない人物で、離婚した母親とイギリスで暮らすようになってからは音信不通となっていた。
しかし、ロージーは二人の結婚式こそ父子関係を修復する良い機会だと言い張り、仕方なく父親に連絡を取ろうとしたチャーリーは、突然に彼の死を知らされることになった。
父親の葬儀のために生まれ故郷のフロリダに戻ったチャーリーは、以前隣に住んでいたミセス・ヒグラーから意外な話を聞かされる。
バーでブロンド美人の観光客を相手にカラオケを熱唱しているときに心臓発作を起こし、ステージから落ちながらもブロンド女性のチューブトップを鷲掴みにしてその胸を露出させてしまったというのは、父のエピソードとしては意外でも何でもないのだが、ミセス・ヒグラーは彼の父が神さまだったと言うのだ。
西アフリカの神話に登場する知恵のある蜘蛛「アナンシ」が自分の父親だったって!?
更にチャーリーには兄弟が居て、父親の神の力はそちらが全て受け継いでいるという。
これ以上ないくらいに突拍子もない話だったが、イギリスの我が家に戻りバスルームに一匹の蜘蛛を見つけたチャーリーは、冗談で「ぼくの兄弟に会いに来てくれと伝えて」とメッセージを託してしまった・・・
再会した兄弟の名はスパイダーといい、冴えないという形容がぴったりのチャーリーとは外見も性格も全く正反対なのだが、神の力を受け継いでいつも美女に囲まれている身なのにチャーリーの婚約者であるロージーに恋してしまう。
複雑な三角関係になりそうなところだが、何しろスパイダーは神さまなので、ロージーに自分をチャーリーだと思い込ませるのも、チャーリーをロージーに近づかせないのも朝飯前。
更にチャーリーに成りすまして彼のオフィスに出勤したスパイダーは、会社のコンピューターシステムをハッキングして雇い主であるグレアムの巧妙な不正経理を見破るのだが、保身に走ったグレアムがデータを改ざんして全ての罪を負わせようとする相手はチャーリー本人。
神話に遡る復習劇と原題の不正経理事件が平行して語られていく中で、舞台もアメリカやイギリスのみならず西インド諸島にまで及び、主人公同様に翻弄されてしまうが、幾本もの糸が複雑に絡みあっていても全ては中心で繋がっている蜘蛛の巣のように、終盤では全てが一気に収束。
絶妙のスピード感にイギリス人作家らしいユーモアが織り込まれ、あっという間に愉しく読み終えてしまった。
ストーリーテリングも一流だが、架空を扱うのがフィクションとは言え、「父親が神さま」という意表のつき方は簡単に真似できるものではなく、そのセンスにも脱帽。

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紙の本ギフト

2006/12/24 20:20

「力」の使い方を問う

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

<西のはて>北方の高地には、<ギフト>と呼ばれる不思議な能力を持った人々が住んでいる。
オレックは<もどし>のギフトを持つカスプロ一族の族長(ブランター)を父に持つ少年だが、13歳になっても一向に力を示す気配がなかった。
<もどし>は作られたものを作られる前に戻す、即ち破壊の力で、領土や家畜を奪い合う高地の人々の生活の中では一族を庇護するために欠かせないもの。
強いプレッシャーがかかる中で必至の努力を続けるオレックは、ある日のこと父カノックと供の農夫アレックとともに領地の巡視のために赴いた牧草地で、父を襲おうとする蝮を「もどす」ことに成功する。
本来は祝うべき能力の発現だったが、オレックには「もどし」た自覚がなく、ようやく現れた<ギフト>が制御不能な<荒ぶるギフト>であることが判明する。
オレックは自分の<ギフト>を恐れ、父に頼んで目隠しをしたまま暮らすことになるのだが・・・
高地の氏族は、それぞれ異なった<ギフト>を持っていて、例えばオレックの幼馴染の少女グライが属するバーレ一族には動物達と心を通わせる<呼びかけ>が伝わっており、カスプロやバーレと敵対関係にあるドラム一族の<すり減らし>は、時間をかけて動植物を死へと向かわせる。
これらの<ギフト>は、より文化的な都市生活を送っている低地の人々の間では魔法として認識されており、著者の代表作「ゲド戦記」の中でも魔法が「姿かえ」や「手わざ」などに分類されていたことに思い当たった。
魔法の行使に様々な制約を与えて万能の力として描かないことはファンタジーの定石だと思うが、「ゲド戦記」シリーズの後半と同様に、あえて主人公から魔法の力を取り去ることによって逆に魔法の存在が際立つようだ。
力が強すぎて使えないという<荒ぶるギフト>は、まるで核抑止力ののようで、グライの語る「本来はどの<ギフト>も癒しのためにあった」という仮説も核エネルギーに代表される「力」の利用形態の両面性を示唆しているのだろう。
とは言え、一族の暮らしを守るという義務を果たすために<もどし>を行うカノックが否定的に描かれているわけではなく、個々人のレベルにおける生き方に選択肢があることを啓蒙的に示す止まっており、高齢の著者による悟りの境地のようなものが滲んでいるように感じた。
結末は意外なものだが、天性の<ギフト>を持たない低地出身の母親から受け継いだ能力を<ギフトのギフト>として携え旅立つオレックの成長した姿が爽やかな印象を残す。

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紙の本夢盗人の娘

2006/12/10 22:13

「第二サイクル」スタート

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

第2次世界大戦前夜のドイツ。
先祖伝来の城の中に篭り、読書と思索に明け暮れる静かな日々を過ごしていた白子のフォン・ベック伯ウルリックだったが、彼の従兄であるゲイナーの訪問を受けたことにより、静寂は打ち破られる。
ウルリックより遥かに政治的な従兄は、台頭著しいナチスに傾倒したらしく、SSの制服を一分の隙も無く着用に及んでおり、訪問の理由も単なる社交辞令のためではなかった。
ゲイナーはヒトラーからベック家に代々伝わる”黒い剣”レーヴンブランドを入手するよう指示されており、頑なにナチスへの協力を拒んだウルリックは捕えられて収容所に収監されてしまう。
決して「黒の剣」の隠し場所を明かさないウルリックは、執拗な拷問の前にその命の灯火も消えかかっていたが、ある夜に、自分の分身としか思えない白子の青年が寝台に座っているのを目撃する。
身体を引き摺るようにして寝台に辿り着くと、分身の姿は消えていたが、マットレスの上にはレーヴンブランドがあり、その柄を握ると剣から身体にエルネギーが流れ込んで来た。
翌朝、いつものように現れた看守の太った腹に切っ先を突き刺すと更なるエルルギーによって全身が満たされ、次々とナチス看守を屠るうちに、ウルリックの口からは異様な響きの言葉が発せられた。
「アリオッホ! アリオッホ!」
「ストームブリンガー」によって神話的な結末を迎えたこのシリーズだが、21世紀に入ってから本書を始めとした「第二サイクル」ともいうべきシリーズが始まった。
元より「永遠の戦士」は数多の次元において様々な名前で存在しているという前提があるので、これまでもエレコーゼやホークムーンなどが一同に会する「一なる四者」などの概念が織り込まれて来たが、本書は第一サイクルから見ると外伝的な存在になるようだ。
スパイ映画の「007」にも似て、本シリーズにはボンド・ガールならぬエルリック・ガールが毎巻登場していたわけだが、大抵は不幸な結末を迎える中で「真珠の砦」でエルリックの冒険を助けた夢盗人ウーンは数少ない生存者であるばかりか彼の子供を宿した。
本書ではウーンの娘ウーナが、それぞれが窮地にあるエルリックとウルリックという二人の永遠の戦士を引き合わせることによってお互いを助けることを可能にするのだが、そのような多元宇宙世界に特有の幻想的な物語構造に加えて、ヒトラーや聖杯伝説など「この次元」に纏わる要素が数多く登場するのも興味深い。
このシリーズには映画化の話もあるようだが、「竜 VS メッサーシュミット」のような場面は映像化を意識したものか、これまでにはない派手な演出も目立つようだ。

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紙の本黒い海岸の女王

2006/12/05 22:19

粗にして野なれど卑に非ず

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

屍が散乱する雪原の戦場で、今、最後に生き残った二人の男が対峙している。
凄絶な戦いの中で生き残っただけあって、両者は共に負けるとも劣らぬ異偉丈夫だったが、天は北方のヴァナヘイムのヘイムドゥルではなく、キンメリアの蛮人コナンに味方した。
唯一の生き残りとなったコナンは、疲労のあまりそのまま気を失ってしまうのだが、夢か幻か眼前に薄絹一枚を纏っただけの美女が現れる。
挑発的な女の態度に煽られるようにして残る力を振り絞り、逃げる女を追うコナンは、次第に山がちとなって行く地勢の変化にも気付かぬまま、姦計に嵌って二人の巨人が待ち受ける場所へと誘き出されてしまうのだが・・・
これまでも幾つか邦訳の出ているシリーズだが、今回新たに出版された新訂版コナン全集は、ハワード・オリジナルに拘ったほか、刊行順ではなく年代順に並べられており、初刊にあたる本書は傭兵や盗賊としてのコナンの冒険が表題作を含めて6編収められている。
コナンの活躍するハイボリア時代は、アトランティスが海に没してから数千年後の地球だが、刊行順と年代順が一致しないのも、ハイボリア時代という架空の歴史を相当に練りこんでいた証左と言えるだろう。
美女、妖術、更には異星からの来訪者まで、妖しい魅力が一杯詰め込まれた舞台の中で活躍するコナンは、蛮人ではあるが、その蛮人であることを誇りとしている。
野獣のような腕力と特有の賢さで文明社会を罷り通る様子は何よりも痛快であり、運の良さや魔術に対する免疫も理屈を超えた英雄性として違和感がなく、逆に安心して愉しめる要素になっている。
狙ったユーモアは少ないが、コナンの朴訥さを周囲と対比すると不思議と笑いがこみ上げ、小説でさえ滅多に見られない主人公の自由さが爽快な印象を残す。

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紙の本暁の女王マイシェラ

2006/08/26 09:14

今週の「くいしん坊!万才」は<新王国>からお届けします

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

エルリックは宿敵である魔術師セレブ・カーナを追って<新王国>の一つロルミールに上陸したが、待ち受けていたキマイラの群れに襲われて盟友のムーングラムともども拉致されてしまう。
キマイラに抱えられた意図せぬ空の旅の途中、エルリックは祖先交わした鳥族の女王フィリートとの契約に基づく呪文を思い出してキマイラの撃退に成功するものの、不案内な土地に取り残される結果となってしまった。
真っ白な雪原の中で方向感覚を失った二人は、草原の只中にぽつんと建つ古い城にたどり着くのだが誰の出迎えもない。
暖炉には勢いよく火が燃え、食料などもふんだんにあるものの、召使はおろか主人の姿も見当たらず、休息も束の間二人は城の探索を始めた。
無数の部屋部屋の探索は成果なく終わるものと思われたが、最も高い塔の中で城の住人を見つける。
寝台の上で静かに眠る女性の美しさは、エルリックをして従妹サイモリルを思い起こさせたが、如何なる偶然かその女城主もまた魔法の眠りに囚われていた。
己の無力さに再び向き合うこととなったエルリックは、逃げるように城を後にして交易都市アロラサズに投宿するが、そこで女城主と意外な再会をする。
マイシェラと名乗った彼女は、セレブ・カーナと抗争中であり、かの魔術師の呪いによって僅かな時間しか起きていられないと語り、エルリックの助力を求めるのだが・・・
従兄弟イイルクーン皇子を倒したエルリックに新たなライバルが登場。
セレブ・カーナは、衰退するメルニボネ帝国に替わって台頭してきた<魔術師の島>パン・タンの出身で、中々の策士でもあり一時はエルリックを生け捕ることに成功する。
ジャーコルの女王イシャーナに岡惚れするセレブ・カーナは、女王の想いがエルリックにあることを知って嫉妬の炎を燃やしているのだが、エルリックはと言えば、例によって「くいしん坊!万歳」的に土地土地で美女を食べ歩く悪い癖が直らない。
イシャーナに良いところを見せようとする魔術師と、既に「それって誰だっけ?」状態になっている白子の、どこかズレていながら壮絶な戦いの末に、やはり今回も美女の犠牲が。
後半に収録されている「薔薇の復讐」では、かつての騎竜であったスカースナウト(傷鼻)に運ばれて故郷のメルニボネに降り立ったエルリックが亡父の幽霊と出会う。
父サドリックの魂は、その死後忠誠を誓っていた<混沌>に捧げられるべきものなのだが、彼の願いは先立った妻とともにあること。
父の願いを叶えるために、エルリックは<上方世界の神々>の裏をかかなければならないが・・・
多元宇宙(マルチ・ユニバース)という独自の世界観も、北欧の伝承が絡められるなどしてより身近に感じられるようになってきた。
また、無数の巨大な台車の車列で永遠に移動を続ける風変わりなジプシーの街の様子などは著者特有の幻想味があって愉しい。
特筆すべきは、ヒロインとなっている時間流を旅する女戦士<薔薇>が白子の御手付きにならなかったことだろう。

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紙の本黒いカクテル

2006/08/15 23:42

混ぜるな、危険!

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

原著を二分冊したその後編。
・卒業生(Postgraduate): ルイス・ケントは今、仕事は順調で円満な家庭も築き幸せを感じているが、ある朝目覚めると15年前そのままの様子の高校の寮にいた。しかし体や容貌は眠りにつく前と同様に32歳のまま。夢だと思いつつ授業には出たものの、微積分の公式などとうに忘れており、体の方も若者相手のフットボールの練習にはついて行けるわけもなく・・・
夢がなかなか覚めないためルイスは妻に電話をするのだが、そこでの会話が予想を裏切ってくれて愉しい。若い頃に戻って人生をやり直すという夢想は他の作品にも見られるモチーフだが、ここでは「悪夢」として描かれている。
・くたびれた天使(Tired Angel): トニーはスーパーで買い物をしている時に偶然知り合った男性と恋に落ちる。しかし、その男はトニーを以前から知っており、出会いも偶然を装った計画的なものだった・・・
偏執的ではあるが冷徹なストーカーによる一人称形式の作品。彼に狙われた女性トニーは、掌の上で踊らされるように彼と恋に落ちて最後にはビルから身投げしてしまう。盲目的でない怜悧なストーカーの語りに背筋が寒くなる。
・我が罪の生(The Life of My Crime): ハリー・ラドクリフは学生時代の知り合いであるゴードン・エプスタインと再会する。25年前、ハリーは冴えない一学生に過ぎなかったが、ゴードンの方は常に注目を浴びる存在だった。しかし、ゴードンが得ていた名声は須らく嘘によって慎重に築かれたもの。大人になったゴードンは、ハリーに対して自分は変わったと言うのだが・・・
嘘で人生を渡り切れるものではないと思うが、少なくとも学生の頃のゴードンは上手くやっていた。死ななきゃ直らないというタイプの虚言癖を持つ彼が、嘘を付けなくなった理由が御伽噺めいていて愉しく、ゴードンのようなタイプの知り合いがいるのであればほくそ笑まずには居られないだろう。
・砂漠の車輪、ぶらんこの月(A Wheel in the Desert、 the Moon on Some Swings): 医者から残り三ヶ月で完全に失明すると宣告を受けたノーマン・バイザーは、カメラを買うことにした。彼は様々なものをフィルムに収めていくのだが、失われる視力を補うような記憶に残る写真が撮れない。試行錯誤の結果、ノーマンは最も良い写真の撮り方を思い付くのだが・・・
ノーマンの思い付きとは、特殊メーキャップ・アーチストと肖像写真の専門家にコンタクトし、今後自分が老いて行くに連れてこのように変わるであろうと思われる容貌を予め撮影しておくというもの。失明後の将来、自分がどのような顔で人と対面することになるのか知っておくというのは良いアイデアに思われるが、結局は視力以上の第六感感の存在に気付くというスピリチュアルな結末に安堵感を得られる。
・黒いカクテル(Black Cocktail): イングラムは、最近の大地震でパートナーを失った彼のことを気遣う妹から、マイケル・ビラという男性を紹介されて付き合い始めた。マイケルは相手を愉しませる話術の才能の持ち主なのだが、ある日マイケルの学生時代の思い出話に登場する同級生のクリントンが、未だ15歳のままの姿で現れ・・・
話は二転三転するものの結末はあっけない。男性と女性は一つの完全な状態が分割されたものとする「赤い糸」の話があるが、本作では人間という存在は5つに分割されて生まれ来るという。性は確かに2種類しかないため魂二分割説には一定の説得力があると思うのだが、本作における「5つ」の根拠めいたものは手足の指の本数ぐらいで真実味が希薄。タイトルの意味に途中で気付くか読後に気付くかで面白さは異なるかも知れない。

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起伏を付けるために「死」を用いるのは病みつきになるのかも知れない

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ダーズリー家で休暇を過ごしているハリーのもとへ、ダンブルドアから嬉しい報せが届けられた。
休暇の残りを「隠れ穴」に招待されたハリーは、ダンブルドアと共に出発するのだが、途中で寂れた村に立ち寄り、そこに住むスラグホーンという魔法使いを説得してホグワーツの新しい教授として向かえることとなった。
不死鳥の騎士団のメンバーなどとは異なり、無闇にヴォルデモートを恐れる老スラグホーンにダンブルドアが執着するのは不可解に思われたが、ハリーに対する個人授業を始めた校長はヴォルデモートの過去を知る上で、スラグホーンがひた隠しにしている記憶が必要だと言い、それを引き出す役目をハリーに与えた。
そんな困難な課題のみならず、普通魔法レベル(O.W.L)試験に合格したハリーはますます難しくなっていく授業にも悪戦苦闘するのだが、思いがけない助けを得る。
スラグホーンから借りた昔の生徒の「魔法薬学」のお下がりの教科書には、余白が無くなるほどに細かい書き込みがあり、そこに書かれた秘訣に従うと「魔法薬学」が苦手なハリーでも、秀才であるハーマイオニー以上に優れた結果が出せるのだ。
教科書にプリンスと署名した元の持ち主は、勉強熱心であるばかりか創意にも富んでいたらしく、ハリーの全く知らない呪文なども書きとめていたのだが・・・
ダンブルドアによる個人授業が進む中でヴォルデモートの過去が明らかにされていくが、中でも鍵となるのはスラグホーンが過去の汚点として隠している古い記憶。
トム・リドルは、過去にホグワーツで教鞭を取っていたスラグホーンの教え子であったことがあり、後に悪を為す人物に目をかけていたという事実は、虚栄心の一際強いスラグホーンにとっては消してしまいたい思い出なのだ。
しかし、そうしてヴォルデモートの過去を探っている間に、敵は万全と思われていたホグワーツの守りの綻びを発見し、ダンブルドアとハリーの不在中に大規模な攻勢に出る。
また、前々巻あたりから登場人物達の成長に併せて仄かな恋愛感情を描いてきたが、本巻ではハリー、ロン、ハーマイオニーそれぞれの恋愛を描いてローティーンからハイティーンへの変化を明確にしようとしたようだ。
次第に陰惨となってくるストーリーの中で彼らの恋の鞘当ては一服の清涼剤になっているものの、流れた血までは拭いきれない。
「死」とバランスを取るなら「恋愛」ではなく「生命の誕生」が欲しいところだが、そのような物語のセオリーに対する配慮は無く、心地の悪い読後感だ。

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紙の本パニックの手

2006/06/12 00:34

これが面白い?キャロルの長編はもっと面白いぞ!(その1)

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

フィドルヘッド氏(Mr. Fiddlehhead): ジュリエットはエリックと離婚した後も義妹夫婦とは親交を保っている。40歳の誕生日も、彼らの家でささやかなパーティを催してくれた。義妹のレナからは美しい金のイヤリングのプレゼント。しかし、そのイヤリングはレナが贈るにはあまりにも高価な品だった。ジュリエットはその出所を探すうちに、義妹夫婦の家に住まう奇妙な同居人の存在を知るのだが・・・
「空に浮かぶ子供」の作中作だが、1つの作品として充分な構成であり、それだけに「空に浮かぶ子供」の小説としての贅沢さが改めて認識させられた。
 おやおや町(Uh-Oh City): 大学教授のスコットは、子供も成人して愛する妻のロバータと二人暮らし。比較的金銭に余裕もあり、前に雇っていた家政婦の替わりを求めていた。求人に応募してきたビーニィ・ラッシュフォースは中肉中背に白髪交じりのショートカットという何の変哲もない中年の婦人だったが、その働きぶりは驚くべきもの。地下室やガレージまでピカピカに磨き上げるのは良いのだが、家の住人達すら忘れ去っていた品々を持ってきては目の前に突き出して捨てても良いかと尋ねる。ある日ビーニィがスコットのところへ持ってきたのは古い原稿。以前スコットが受け持った学生の手によるそれは、彼の家にあるはずのないものだった・・・
 本書中最も長い作品で、日常から異常への急転直下が愉しめる。普通の暮らしの中に、突如死人が蘇って悪態をつき、神様まで登場するが、自分の人生が概ね順調だったと考えていた主人公が、その裏にあった家族の真実の姿を突きつけられる様子の方が生々しくて急転直下の度合いは高い。
 秋物コレクション(The Fall Collection): 男は死にかけていた。癌の告知を受けたとき、自分の精彩を欠く人生を振り返った彼は仕事を止めて口座から有り金を引き出しニューヨークへ向かった。街で彼の気を引いたのは、普段なら決して立ち寄ることのないであろう最高級のイタリア紳士服店。二ヶ月分の給料に相当する衣装に身を固めた彼は、あても無く街をさ迷い、ぶらりと立ち寄ったバーで美しい女性と出合うのだが・・・
奮発して買ったスーツを美しい女性に褒められ、短い人生に生き甲斐を見出した男の物語。男の残り少ないエネルギーはその女性ではなく、ファッションに向かってしまうのだが、間もなく死ぬ身とあって告白することは思いも寄らなかったのだろう。ちょっとした贅沢は心理的なストレスを解消させる効果があるので、多少は宵越しの金も必要そうだ。
 友の最良の人間(Friend’s Best Man): イーガンの足は、愛犬フレンドを助けるために電車の車輪に切断されてしまった。入院先の病院で、イーガンは7歳の少女ジャズと知り合う。年の差はあるものの、病人同士のよしみで親交を暖めていくうちに、ジャズは妙な事を言うようになった。彼女に言わせれば、フレンドの言ったことを代弁しているらしいのだが・・・
 フレンドを代弁しているというジャズの態度自体は「子供にはままあること」で片付けられる種類のものだが、一つまた一つとそれが事実であるように思える証拠が出てくる部分が面白い。大筋は使い古されたパターンで、もう一捻り欲しいところだ。

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紙の本アヴァロンの銃

2006/06/11 15:58

妖精郷=天動説

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

目を潰されてアンバーの地下牢に監禁されたコーウィンだったが、四年近い暗黒の生活を送った末、身に備わった驚異的な回復力によってとうとう眼球を再生させ、失踪したと思われていた父王オベロンお抱えの学者ドワーキンの助力を得て脱出に成功した。
獄中で温めてきた復讐計画を実現するため、「影」の一つであるアヴァロンへと赴く途中で窮地に陥っていた一人の騎士を助けたことから、コーウィンは思わぬ戦いに巻き込まれる。
アヴァロンに似たその「影」は、以前にアヴァロンでコーウィンの腹心の部下として仕えたが裏切りによって追放されたガネロンが支配していたが、彼の支配する領土は、突然現れた生命を奪う「輪」に侵食されつつあり、無尽蔵であるかのように「輪」から飛び出してくる魔物の軍勢に悩まされていた。
ガネロンに助太刀して「輪」の勢力と戦ううち、コーウィンは「輪」もそこから出てくる魔物も、先に兄エリックとの対決に敗れた際にアンバーに掛けた呪いの反映であることを知る。
真の世界であるアンバーの森羅万象は、その「影」である全ての世界に多かれ少なかれ影響を及ぼさずにはおかないのだ。
過去を水に流してガネロンと和解したコーウィンは、秘密兵器を用意して再びアンバーに戻り、エリックとの対決に挑むのだが、コーウィンの掛けた呪いは、真世界アンバーに重く圧し掛かり、今にも屈服させようとしていた・・・
前巻からアンバーを中心とした様々な「影」の世界があることが示唆されていたが、タイトルにもあるとおり本書では<アヴァロン>という地名が登場する。
<アヴァロン>はケルト伝説においてアーサー王が死後に運ばれ復活の時を待っているという(「影」である地球では)架空の土地で、コーウィンが旅の途中で助け出した騎士の名は<湖の騎士>ランスロットだ。
しかし、それ以外にアーサー王伝説と絡ませている部分は殆ど無く、ファンタジーの源流と言われる古典に対して、ちょっとした敬意を表したというところだろうか。
平行して存在する多次元世界という概念はよく見かけるものの、たった一つの「真世界」とその無数の「影」という世界観はフィクションとはいえかなり特殊だろう。
考えてみれば、失踪中のアンバー王の<オベロン>という名前はゲルマンの伝説に登場する妖精の王と同名だが、これはアンバーを中心とした特殊な世界観を認識するための鍵になるかも知れない。
「影」である地球の住人が、自分達の限られた認識力で「妖精郷」を語ることは、アンバーの貴族からすれば天動説的なもので笑止千万ということにもなるのだろう。
巻末、コーウィンは意外な形でアンバーの実権を掌握することになるが、自らが招いた災厄はアンバーを浸食しつつあり、今後の展開にも目が離せない。

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紙の本メルニボネの皇子

2006/04/16 20:56

悲劇の中でこそ輝く英雄の勲!

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かつて大艦隊と竜によって得たメルニボネ帝国の広大な版図は、今や僅かに竜の島を残すのみ。
その衰退を暗示するものか、今<ルビーの玉座>を占めるのは生まれながらにして虚弱な白子(アルビノ)の皇帝エルリック。
新興の<新王国>諸国は、半ば伝説と化しているメルニボネ人を恐れつつも次第にその勢力を伸ばし、艦隊を組んでは竜の島の財宝を奪わんものと襲撃を繰り返していた。
現状に甘んじる平和主義者のエルリックの態度に我慢ならないのは、皇帝の従兄弟イイルクーン皇子。
野心家の彼は、メルニボネに過ぎ去りし日の繁栄を取り戻そうと画策しており、更には<ルビーの玉座>には自分こそが相応しいと考えている。
南方からの侵略者の艦隊を、自ら指揮して打ち破ったエルリックだったが、逃走に成功した船も幾つかあった。
当初は追撃を拒むエルリックだったが、従兄弟に腰抜けと揶揄されて艦隊を外洋へと率いることに。
それこそイイルクーンの策略だった。
脆弱な体力を補うために採っていた薬の効能は追撃の間に薄まり、立ち上がることすら侭ならなくなったエルリックの前で、イイルクーンがその叛心を明らかにしたのだ。
甲冑の重みによって水中深くに引きずり込まれるエルリックだったが・・・
虚弱ではあるが、初代の魔術皇帝より綿々と受け継がれてきた魔法の力こそはエルリックを皇帝たらしめるもの。
古代に父祖が精霊などと交わした契約は今も生きており、エルリックは彼らの助力を得てイイルクーンを追い詰めていく。
しかし、混沌の神々の一柱であるアリオッホを召還したときから、彼の運命は大きく狂い始めてしまうのだ。
物語の舞台は神々の時代から人間の時代への過渡期にあたり、英雄が活躍するには打ってつけと言え、巻頭で献辞を贈っているポール・アンダーソンの「折れた魔剣」などと同様に叙事詩的な味わいがある。
メルニボネ人は厳密には「人」ではなく半神に近しいものだが、その品性は根本的に邪悪で、トールキンのエルフとは逆に新興の人類を蹂躙する血も涙も無い種族。
代表的なメルニボネ人であることを期待されるのは、皇帝にとっては当然なことではあろうが、白子であること以上に情け深いエルリックの心根こそはメルニボネ人としては奇形なのである。
<黒の剣>ストームブリンガーを始め、混沌の助力に頼らざるを得ないエルリックの葛藤が醸しだす悲劇性は物語に暗い影を落とし、暗く逃れられぬ運命を暗示するが、旅の折々で道連れとなる個性的な人々がエルリックの、そして読者の救いとなる。
栄枯盛衰、何れは滅び失われる世界が暗示されつつも、いや暗示されているからこそ、その中で必死の努力をする英雄の勲は一際輝くのだろう。

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紙の本真実の帰還 上

2006/03/26 23:50

最後まで波乱万丈

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ブリッチ達の機転によって辛くも一命を取り留めたフィッツだが、体は回復したものの、結局はモリーを裏切ってまで守ろうとした六公国の実権は完全にリーガルが掌握してしまった。
真の王たるヴェリテイは<技>によって生存していることだけは伝えてきたものの、その行方は洋として知れないまま。
フィッツはリーガルの暗殺を決心し、<絆の友>ナイトアイズのみを道連れに新たに六公国の首府となった内陸の街トレイドフォードへ向かった。
旅の祐筆を装ってはいたが、リーガル配下の術者達の<技>を欺くことは出来ずに生きながらえていることを知られ、追っ手がかけられることに。
厳しい旅の中でナイトアイズとの絆はますます深まり、<気>に関する知識を持つ<古き血族>とも出会って助けられるが、リーガルの居城であるトレイドフォード館を目前にして頼りに出来るのは自分一人。
幼い頃から暗殺者として育てられたフィッツは、習い覚えた知識と技術を用いてリーガルの寝室へと迫るのだが・・・
精神をナイトアイズに移すことによって仮死状態となり、リーガルの目を欺くことに成功はしたが、本巻冒頭のフィッツはその後遺症とも言える状態で、立ち居振る舞いは狼そのもの。
ゆっくりと回復して人間性を取り戻していく様子は、ダウンしたボクシングの選手が、何とか立ち上がって再びファイティング・ポーズを取る様子にも似ている。
普通であれば勝つ為に立ち上がるのだろうが、フィッツの場合は今までが今までなだけに、「嗚呼、また殴られる為に立ち上がるのか・・・」と同情してしまった。
そして、やはりそのとおりになるのだが・・・
<古き血族>や昔の<連>の生き残りによって、<気>と<技>という二種類の魔法がかなり明らかにされたが、どちらも古い時代に比べると先細りのようで、物語の世界は神代から人間の時代へと向かう流れの最終段階にあるのだろう。
それだけに、人によっては御伽噺扱いしていたりもする<旧きもの>が最後の最後になって復活する場面は圧巻だ。
ここに至るまで幻想性を抑え気味にしてきたのも、クライマックスのの効果を高めるためだったのかも知れない。
また、初刊「騎士(シヴァルリ)の息子」では老貴婦人レディ・タイム、次巻「帝王(リーガル)の陰謀」では幼い侍女ローズ・マリーが意外な正体を現して驚かせてくれたが、本巻ではこれまて謎めいた言動をしてきた道化の正体が明らかにされ、伏線の長さと併せて驚かされた。
普通、物語の結末に期待されるハッピーエンドにはなっていないが、特に後味が悪いという印象はなく、無常観を思わせる結末は静かな余韻を残すだろう。

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紙の本ヒストリアン 1

2006/03/19 15:20

拍子抜けのドラキュラ小説

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

少女は、父親の書斎で皮表紙の古い本と手紙の束を見つけた。
本の中ほどに竜の挿絵があるだけで、残りのページは全て白紙。
手紙の方も「親愛なる、そして不運なるわが後継者へ」との書き出しで始まる不可解なもので、差出人は不明ながら1930年に書かれたものらしい。
それらの来歴を問われた父ポールの話は、彼がオックスフォードで歴史を学んでいた頃にまで遡って行く。
図書館で彼が使っていた閲覧席に、いつの間にか紛れ込んでいた古い本には中ほどに竜の挿絵があるだけだったが、竜はその鉤爪に「ドラクリア(DRAKULYA)」と書かれた旗を掴んでいた。
ポールが何気なくその本のことを彼の指導教官である歴史学者のロッシ教授に話すと、教授は意外な反応を示した。
教授もまた若い頃に同様の竜の本を手にしており、その来歴を調べるために遥かイスタンブールまで旅をし、一つの結論に達したと語ったのだ。
「ドラキュラは−ヴラド・ツェペシュはいまも生きている。」
ドラキュラについて調査を進めていたロッシ教授は、その経過を誰に宛てるというわけでもなく手紙にしたためており、それは結局ポールの手に渡ることになったが、そんな遣り取りから間もなく教授が失踪してしまう。
ポールは、教授の失踪後ドラキュラについて調べて行く中でハンガリーからの留学生と出会った。
その留学生、人類学者のヘレン・ロッシはロッシ教授の娘だと言うのだが・・・
手紙から読み取るロッシ教授の1930年代の旅、記憶として語られるポールとヘレンによるロッシ教授の消息を求める1950年代の旅、そしてポールの娘が両親を探す1970年代の旅は、中世西洋の西端であるイギリスから東端のコンスタンティノーブル(イスタンブール)にまで及び、四次元的な壮大さがイマジネーションを拡大させる。
更に、長い歴史を持つヨーロッパ諸都市の描写なども素晴らしく、仮想旅行を愉しんでいるような気分にさせてくれる。
帯には「歴史ミステリー・グランドツアー小説」とあり、”グランドツアー”の部分は確かに素晴らしいのだが、”ミステリー”として読むとかなりの拍子抜けとなるだろう。
証拠・証言から犯人を追い求める通常のミステリーとは異なり、古文書などを手がかりにするところはオカルト的な要素もあって愉しませてくれるのだが、ドラキュラに辿りついたところで愕然とさせられる。
ロッシやポールを脅かしたドラキュラの動機が、単に好事家的な満足のためであるというのは、ミステリーとしては読者に対する裏切りではないだろうか。
また、ドラキュラの異常な長命についての理屈を「とある秘法」で片付けてしまっているのも問題だ。
最後まで読むと、ヨーロッパの風土描写などのリアルさも「ヴラド・ツェペシュはいまも生きている」という非現実的な前提を補完するためだけにあったかのようにすら思えてくるが、結果としてドラキュラという存在の説得力の欠如を補いきれてはいない。
一方、邦訳と異なり原著はミステリーではなくファンタジーとしてカテゴライズされているようだ。
幻想的な要素に極めて寛容なファンタジーとして読んでも本作のドラキュラは陳腐で魅力に欠け、作中でブラム・ストーカーの「ドラキュラ」を作り話として片付けている割には、「3回襲われるとドラキュラの眷属になる」という設定を平然と踏襲している。
伝承に対して自らの想像力を働かせるという点が不充分で、ファンタジーとしても物足りないと言わざるを得ない。
本作は執筆中の段階でミシガン大学が主催する文学賞を獲得したとのことであるが、結末まで書かれていない段階であったからこその受賞だったのではないだろうか。

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