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  3. Leonさんのレビュー一覧

Leonさんのレビュー一覧

投稿者:Leon

85 件中 31 件~ 45 件を表示

紙の本勇猛なるジャレグ

2006/02/20 00:29

剣と魔法とハードボイルド!?

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

ドラゲイラ族の支配する帝国で、東方人という出自はタルトュに辛酸を舐めさせたが、父親が一生をかけて貯め込んだ金でドラゲイラとしての身分を購い<市民>となった後も色眼鏡で見られることは変えられない。
しかし、そのような生い立ちは彼に強みを与えもした。
ドラゲイラ族が<帝珠>を通じて使う妖術と、東方人に伝わる呪術の双方を学んだ者は少なく、更には武器の扱いなどにも積極的に取り組んだ結果、賭博場の用心棒を手始めに裏社会でのキャリア積み重ねて今やドラゲイラ貴族の間でも名の知れた暗殺者の一人となったのだ。
そんな彼の元に新たに舞い込んだ「仕事」の依頼主は、ジャレグ家全体を取り仕切る<評議会>の中でもナンバー2の地位にある大者”悪鬼(デーモン)”。
滅多に無い上客であり、報酬も帝国金貨6万五千枚と破格なのだが、その分だけ「仕事」も難しそうだ。
ターゲットはやはり<評議会>のメンバーであるメラーという男で、ジャレグ家の資金を着服して逃げ出したというのだが、そのような不始末が他家に知れ渡ればジャレグ家そのものの存続さえ危うい。
更にはそのような不始末を知ってしまったために、身の振り方を誤ればタルトシュ自身も口封じの対象になるのは間違いない。
行方知れずの男を僅かな期間のうちに探し出し、確実な死を遂げさせるため、ジャレグはあらゆる伝手に頼って作戦を練るのだが・・・
死線を幾度も掻い潜るうちに培われたタルトシュの言動や行動は、ハードボイルド調の雰囲気を醸し出しているが、彼の使い魔であるロイオシュとの遣り取りなどにはユーモラスな部分もあって、その双方が絶妙のバランスを保っている。
物語が展開するドラゲイラ帝国には17の<家>があって、数千年という長いサイクルの中でそれぞれが帝位を担う人物を順番に輩出するという制度となっており、各<家>の名前となっているのは帝国に存在する生き物たち。
「フェニックス」や「ドラゴン」など馴染みのある幻獣の他に、高い知性と猛毒を持つ小型の翼竜「ジャレグ」など独自のものも多い。
それぞれの<家>に属する者は、名前の由来となっている生き物と似た性質を持っているのだが、そのような「異世界の常識」については背景世界や歴史が大風呂敷であるが故に、少し詰め込み過ぎとなっているように感じる。
暗殺者が主人公ではあるが内容的には私立探偵ものに近く、プロットが良く練られていて謎解きを愉しめるものの、その一方で魔法による瞬間移動が日常茶飯事であるなどの世界観は幻想性を薄めているように感じられた。
魔法や幻獣のような存在を小道具として多用すると、言わば「幻想インフレ」とも言うべき状態となってしまうように思うのだが、本作にもそのような傾向があり、ファンタジーとしての特徴よりもミステリとしての印象が強く残ってしまった。

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紙の本世界の涯の物語

2006/02/14 00:19

幻想とユーモア

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

多数の作品に幻想性とユーモアが溢れている。
前者に関してはこれまでも散発的に紹介されてきたし、後者については「魔法の国の旅人」(早川文庫)でジョーキンズ氏の壮大な法螺話に触れることが出来るが、一見すると同じ作家の作品のようには見えないのではないだろうか。
しかし、本書に収録されている一連の作品を続けて読むと、幻想性とユーモアの両面は、ダンセイニの中に相反することなく存在していたことが判る。
また、彼が生み出した作品は、後の作家達に大なり小なり影響が見られる場合があるが、「宝石屋サンゴブリンド、並びに彼を見舞った凶運にまつわる悲惨な物語」の主人公サンゴブリンドは、彼を現代小説風のキャラクターとして考えると、一つの作品が自然と想起される。
「宝石屋」とは言うものの、サンゴブリンドが商うのは盗品であり、売り物は自ら調達している。
つまりは盗賊である。
彼の元に新たに舞い込んだのは「マウン・ガセ・リンの神殿におわす蜘蛛神像フロ・フロの膝に載っているダイア」の入手。
サンゴブリンドは陳列台の下から愛剣<鼠>を取り出し、一人夜の闇に紛れて神殿へ向かう・・・
フリッツ・ライバーの「ファファード&グレイマウザー」を読んだことのある人ならばサンゴブリンドの愛剣<鼠>や蜘蛛神像との戦いの場面に既視感めいたものを覚えずにはいられないだろう。
ライバーはキャラクターだけではなく、異世界ネーウォンを創造するにあたって「異教の神々」についてもダンセイニから影響を受けたようだ。
本書に収録された「チュー・ブとシューミッシュ」という卑小な神々同士の喧嘩騒動は、「瓶のイセク」という、その卑小さにおいては他に類を見ないライバーの創作神のベースになっているように思えるし、更に言えば、ダンセイニからの直接的なものなかライバーからの間接的なものなのかは不明ながら、テリー・プラチェットの「ディスクワールド」に登場する亀の姿形となった神「オム」にも同じようなユーモアが見て取れる。
なるほど、ことユーモアという点においては現代においてもダンセイニに引けを取らない作家・作品があるようだが、幻想性という点に関してはダンセイニを越えるものはなかなか見当たらない。
特異な世界を読者に馴染ませるために多くの文章を必要とするというのは、他ジャンルよりも長編化する傾向のある最近のファンタジーを書く人々の言い訳だろう。
ダンセイニは当初の1ページ目から有無を言わさず読者を幻想世界に放り込む。

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紙の本フィーヴァードリーム 上

2006/01/29 23:13

人間と吸血鬼の熱い友情

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

未だ鉄道網が整備されていない19世紀半ばのミシシッピ流域では、住民達の足として蒸気船が大活躍していた。
アブナー・マーシュはベテラン船長であり、今や定期航路会社を運営する身でもあるのだが、事故や河川の凍結で殆どの持ち船を失ってしまった。
マーシュには夢があった。
誰もが口を揃えてその美しさと速さを語り、ミシシッピ最速の名を欲しいままにしている蒸気船エクリプス号と自分の持ち船を競争させ、打ち破ることを夢見てきた彼だったが、その夢は費えたかに見えた。
しかし、そこへ突然の共同経営の話が持ちかけられる。
謎めいた男ジョシュア・ヨークが巨額出資の見返りとして共同経営者に求めたのは「口の固いこと」、「信用のおける人物であること」、「勇気があること」の3つで、マーシュに白羽の立ったというわけだ。
間もなく、ヨークの出資によってエクリプス号に負けるとも劣らぬ最新型の船側外輪船「フィーヴァー・ドリーム号」が就航し、二人の船長マーシュとヨークはミシシッピに乗り出した。
順調な滑り出しに見えたフィーヴァー・ドリームの船出だったが、やがてマーシュは、日没後にしか船室から出てこないヨークの奇行に疑いを持ち始めるのだった・・・
装丁は黒と白が半々に塗り分けられたシンプルなものだが、本書のテーマに実によくあっている。
南北戦争前夜が舞台となっているため、白人による黒人迫害の場面などが多々あると共に、本書は昼の種族である人間と夜の種族であるヴァンパイアの物語でもあるからだ。
人間の文明化に伴い次第にその数を減らしていたヴァンパイア達は、欧州を逃れて新大陸へ渡って来ていたという設定なのだが、ヨークもその末裔の一人であり、マーシュに夢があるようにヨークにも独自の夢がある。
彼の夢とは「血の渇望」から自由となって自分の一族が人間達と友好的な関係を築くこと。
次第に強められていく二人の友情の前に立ちふさがるのは、太古より存在を続けている狂気のヴァンパイアにして<血の支配者>ダモン・ジュリアン。
ジュリアンとの幾度かに亘る対決は当然のことながら見所になっているが、物語の殆どが展開する蒸気船上の描写がフィクションの世界にリアリティを与えていて、ボイラー室の熱気やデッキを吹き行く風が感じ取れるようだ。
最も本書を面白くしているのはマーシュとヨークという対照的な二人の男の熱い友情で、お互いの熱狂的な夢(フィーヴァードリーム)を叶えるために手を差し伸べあう様子が感動的である。

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紙の本ナイト・ウォッチ

2005/12/18 20:39

光と闇の密約

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

普通の人々には気付かれること無く、しかし遥か昔から活動している二つの勢力がある。
魔術師、治療師、預言者、変身術師、ヴァンパイア、etc...
超常的な能力や寿命を持つ彼ら「異人」は、光と闇とに分かれて反目し、何千年もの間に亘って人間界を巻き込んだ戦いを繰り返してきたが、半世紀ほど前に画期的な条約が締結された。
人間が進んだ科学力を持つに至った二十世紀後半、戦争の破壊力が地球的規模にまで拡大することは、光と闇双方の異人達にとっても避けなければならない至上の命題となったのだ。
光と闇のバランスを維持するため、異人による人間社会への干渉禁止を誓った条約からは、双方の勢力を監視しあう組織が生まれた。
主人公のアントンは、「ナイト・ウォッチ」モスクワ支局の一員で、闇の異人達の行動を監視するため、彼らの主な活動時間帯である夜間に仕事を行う。
これまで事務方として働いてきたアントンだったが、支局のボスに命じられて捜査活動の適性確認を兼ねたモスクワ市街のパトロールに赴くのだが・・・
光と闇、善と悪の対立構造が背景となっているファンタジー作品は多いが、本書のそれは安易な二元論ではない。
例えば、善の守護者であるはずのナイト・ウォッチはヴァンパイア達に許可証を発行している。
「条約」を実効のあるものとして保つため、一定の範囲内でヴァンパイアが人間を襲うことを合法化しているというわけだ。
それは果たして「善」と言えるのか?
生存のために人間の血を必要とするヴァンパイアは、ビーフ・ステーキに喰らいつく人間に較べてどの程度「悪」なのか?
連邦崩壊前後のロシア情勢に連動したストーリーと、モラル問題に揺れ動くアントンの様子に強く引き込まれた。
ナイト・ウォッチを率いるボリスは千年以上もの経験を積んだ異人「偉大なる魔術師」であり、これに対抗するデイ・ウォッチの首魁サヴロンもまた同様。
遠い未来まで見通す能力を持った二人の偉大なる魔術師は、「条約」に縛られながらも常に水面下での頭脳戦を繰り広げているのだが、チェスや将棋にも似て差し手を見ていてもその帰結するところを予測するのは困難であり、推理小説的な愉しみも得られる。
異人達がその能力を最大限に発揮する「薄闇」は、現実世界と重なった複数の層から成っており、能力の高い異人ほどより深い層に入り込めるのだが、深い層ほどに現実世界や浅い層に比して活動能力が上がるという設定がユニークだ。
例え低い層であっても、そこで活動する異人にとって現実世界は時間が停止しているも同じなのだが、更に深い層に居る異人には浅い層にいる異人の動きはやはり停止したように見えるのだ。
この「薄闇」に関わる設定は、異人同士の歴然とした力量の差となって現れるため、登場異人物達を特徴付ける効果を生み出している。
また、細かい章立てをせずに3つのエピソードとした構成は絶妙のスピード感を醸し出し、著者の職業作家としての高い技量を感じさせる。

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紙の本双頭の鷲

2005/11/03 22:27

英雄人を欺く

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

14世紀のフランスは、英仏百年戦争の真っ只中。
黒太子エドワード率いるイギリス軍は、破竹の勢いでフランスの諸都市を陥落させていき、とうとうフランス王ジャン二世も捕虜の憂き目に。
未曾有の危機を迎えたフランスでは、王太子シャルルが摂政に就任して巻き返しを図る。
シャルルは、周囲の反対を押し切る形で不例の人材登用を敢行。
一介の貧乏貴族に過ぎないベルトラン・デュ・ゲクランを大元帥に任命し、フランス軍の最高指揮権を与えた。
醜い風貌に膝まで届く長い腕。
異様な外見に加えて、その言動や行動は悪童そのもの。
出自に恵まれないながらも戦の天才を自任する彼は、先見的な戦術や奇策によってイギリス軍を追い詰めて行く・・・
主人公のデュ・ゲクランが未だ傭兵隊長であった頃、その才能に最初に気付いたのは他ならぬイギリス軍だ。
ブルターニュの森で、神出鬼没のゲリラ戦法を駆使するデュ・ゲクランは、イギリス軍の将兵をして”ブロセリアンドの黒犬”との二つ名で呼ばしめた。
デュ・ゲクランの主君は”賢明王”シャルル、対する英国には”黒太子”エドワードや彼を補佐する老将”鉄人”チャンドス、そんな「二つ名」の数々が脳内麻薬を生じさせる。
しかし、所謂「戦記もの」的な色合いは少なめとなっていて、戦いの様子はリアルタイムな描写ではなく、爾後にその経過の概要をまとめていて、人物を中心とした伝記的な性格が強い。
中心人物であるデュ・ゲクランの破天荒ぶりには理解しがたい部分が多いが、その辺りは彼に従って事務仕事をこなす従兄弟の修道士エマヌエルがプロファイリング的に読み取って解きほぐしていく。
戦の天才を自任するデュ・ゲクランが、唯一恐れるのはブーシュ小伯ジャン・ドゥ・グライー。
フィクション作品であれば両雄の才覚を存分に活かした対決の場面がありそうなものだが、天才故にチャンドスの老害によって退けられてしまうグライーの不遇が哀しい。

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紙の本リプレイ

2005/10/23 14:38

誰しもが考えたことのある「もしも」の結末とは!?

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

1:06 PM、 88.10.18
ニューヨークのラジオ局にニュースディレクターとして勤めるジェフは、自分のデスクにあるデジタル時計を見ながら突然の心臓発作で死んだ。
享年43才
いや、死んだはずだったのだが、意識が戻ると周囲の様子が一変して母校の寮に居る。
場所だけではない。
彼が今居るのは、1963年のエモリー大学の学生寮であり、体も18才の彼のもの。
始めのうちは戸惑いを隠せないジェフだったが、彼の「未来の知識」をもってすれば、この人生のリプレイを如何に有意義に生きることが出来るかに気付く。
ジェフは手始めとして1963年のケンタッキー・ダービーを制するはずの穴馬シャトーゲイへ、手持ちの金を全て注ぎ込むのだが・・・
未来の知識を活かして過去の時代を謳歌するという幻想は珍しくないと思うが、予想に違わずジェフも賭け事や投資で一財産を築き上げて行くものの、再びその日を迎えることになる。
1:06 PM、 88.10.18
ジェフは再び心臓発作によって死に、再び1963年に18才として蘇る。
人生をやり直すという幸運に恵まれたかに見えた彼が、同じサイクルを幾度も繰り返す様子を読むうちに、それが呪いであるかのように思えてくるから不思議だ。
この人生の繰り返しをジェフは「リプレイ」と呼ぶのだが、それが何故起きるのかということについては沢山の推測が立てられるものの、明確にはされない。
また、ジェフがリプレイから得た人生の生き方に関する教訓を考えれば、明確にされる必要もないのだろう。
小説の効果として「疑似体験」というものがあるが、本作は”限りある”と形容される人生そのものを、それも何度も疑似体験させてくれる。
巨額の私財を成したり、異性や麻薬に耽ったり、果ては世捨て人として山奥に隠遁するジェフの、人生のサイクル毎に異なるアプローチは確かな現実味があり、その全てを体験した彼が得た、自分の人生は自分のものであるという教訓には充分に説得力がある。
説得力が感じられる理由は、ジャーナリスト出身の著者の映し身と言える主人公が、積極的に関わろうとする実際の歴史的な事件の存在による部分もあるようだ。

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紙の本死神の精度

2005/08/08 13:20

死神の精度は極めてテキトー

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

調査部に所属する死神は、情報部が選定した対象者の死亡予定日8日前に人間の姿を纏って現れる。
7日以内で対象者を調査した後、「可」若しくは「見送り」の判断を下して情報部に報告し、もし「可」としたならば、その対象者の死に様を見届けるのも仕事のうちだ。
計6つの短編から成り、死神「千葉」が担当する6人の対象者達の年齢や性別は様々。
・「死神の精度」
藤木和江(22)は、大手の電気メーカーで苦情処理を担当しているが、ただでさえ幸薄いと感じている中、執拗なクレーマーに悩まされている。「もっと声を聞かせろ」と迫るクレーマーがとうとう和江の前に現れて・・・
・「死神と藤田」
藤田は四十代のヤクザ。といっても、古いタイプの任侠を重んじるタイプで、筋の通らないことは許せない。そんな性格を疎んじられた彼は、自らの組織に裏切られて絶対絶命のピンチに陥るのだが・・・
・「吹雪に死神」
吹雪に閉じ込められた山奥のペンションの宿泊客の中には千葉が担当している対象者のほかにも同僚の死神が担当している人間がいるという。宿泊客が次々と謎の死を遂げていく中で千葉は全体像の謎解きを試みるのだが・・・
・「恋愛で死神」
今回千葉が担当した青年荻原は、近所に住む古川朝美に片思いをしており、なんとか親しくなろうとしていた。最近ストーカーのような男に付きまとわれていた彼女は当初は強い警戒感を示すものの、やがて誤解も解けて互いの心は急接近するのだが・・・
・「旅路を死神」
喧嘩で人を刺し殺した森岡(20)は、千葉の運転する自動車に押し入って十和田湖へ向かえと指示する。六号、四号、ニ八ニ号と北上する中、子供の頃に誘拐されたという森岡のトラウマが明らかになっていくのだが・・・
・「死神対老女」
「人間じゃないでしょ」。一目で死神の正体に気付く人間も少ないながら存在する。今回の対象者である七十代の女性美容師は死神をそれと知った上で奇妙な依頼を持ちかけてきた。彼女の店に、若い男女の客を4人ほど連れてきてくれと言うのだが・・・
人間の死が、役所的な組織を持った死神たちによって取り仕切られているというアイデアが面白い。
死神たちは仕事をとてもドライに割り切っており、人間にもその生死にも殆ど興味を払っていないのだが、何故か皆一様に音楽好きという設定で、無感情・無表情という印象のある死神が、音楽を聴くときだけ頬を緩みっぱなしにさせるのは、想像すると笑ってしまう。
人間が頻繁に用いる言葉のレトリックが一切理解できないため、担当している、すなわち死期の迫っている人間との会話も滑稽なものになりがちで、テーマとして「死」を扱っているにもかかわらずかなりユーモラスな作品となっている。
表題となっている「死神の精度」とは、死神の調査結果、つまり不遇の死を「可」とするか「見送り」とするかの判断の確からしさを意味していると思うのだが、その基準はいい加減の一言に尽きる。
大抵は誰かが不遇の死を遂げる必要のあるミステリーを守備範囲とする著者にとって、行いの善悪を測りにかけて精査するような死神の存在は論外といったところか。

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実在のアーサー王

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

最後のローマ軍団が撤退した5世紀のブリテン島に、好機とばかりにサクソン人達が海を渡り大挙して侵入してきた。
これに対抗するため、複数の小国に分裂していたブリテンを纏め上げたアンブロシウス王だったが、彼はまた、サクソン人の侵攻は引きも切らぬ波のようなものであることに気付いていた。
ただ、ローマ=ブリテンの文明の灯を絶やさぬがためにという一念の想いは、彼の甥である<大熊>ことアルトスにも受け継がれる。
かつてのローマ軍団が保有していたような騎馬部隊こそ今のブリテンにとって最も必要であると考えたアルトスは、僅かな部下を引き連れてガリアに渡った。
重装備の騎兵を乗せ、かつ自らも戦える軍馬を育成するためには、大陸産の大型種の種馬が必要だったのだ。
セプティマニアで催されている馬市で所望の種馬を手に入れたアルトスは、それらの馬と同様に彼の<騎士団>にとって欠くことの出来ない存在となるペドウィルをも見出した。
ガリアの種馬を元として増える軍馬に併せて、アルトスの<騎士団>もまた次第に増強され、遂にはサクソン人に決定的な打撃を与えるべくバドン山の麓で決戦の火蓋が落とされるのだが・・・
本書は、アーサー王伝説の骨幹のみを残して、後の時代の修飾と思われる部分をそぎ落とした一部架空の歴史小説であり、マーリンや湖の貴婦人といった幻想的な登場人物などは排除されている。
伝説の中での英雄王アーサーは、バドン(ベイドン)山の戦いでサクソン人の侵略を退けブリテンに平和な時代もたらしたとされているが、本書の主人公アルトスもまた、一時的にではあるにせよ平和なブリテンを実現すべく遠征に次ぐ遠征に明け暮れる。
彼を突き動かすのは、キリスト教に影響を受けた騎士道精神などではなく、ローマ帝国領時代の繁栄を知る者として絶やしてはならじと考えている文明の灯を守る義務感なのだが、このような登場人物の造形以外にも著者の歴史に対する知識の深さが随所で見て取れるのが本書の面白みの一つだ。
例えば、<騎士団>はその習いとして、兜や鎧の留め金に徽章となる何らかの花を付けることになっているのだが、ベドン山の会戦に際してアーサーが選んだ花はフランスギク(マーガレット)だった。
著者はこの何気ない一場面にとても多くの意図を込めている。
フランスギクは聖母マリアに捧げられた花の一つとして象徴性を持つらしいのだが、後の史籍の中においてはベドン山の戦いに赴いたアーサーの甲冑に聖母マリアの意匠が施されていたとされている。
おそらくは修飾されているであろう現代に伝わる華美な装束を、歴史的な眼力で剥ぎ取ってリアルなアーサーの姿を現出させているばかりか、更にフランスギクが古い神々の一柱である<白い女神>の象徴であったことにも目をつけ、キリスト教化過渡期の複雑な時代に部族や宗教の差を越えてリーダーシップを発揮した”実在のアーサー像”に見事に迫っている。
未だに様々な翻案や映像化が試みられ続けているアーサー王伝説だが、それというのも、その中に物語のエッセンスが凝縮されており、時の変遷によっても変わることのない人間の魂の琴線に触れるものがあるからだろう。
そのような物語の命脈を損なうことなく、見事に歴史小説化した本書を読むと、著者のアーサー王伝説への愛着と、引いては自らの生国に対する強い愛情が感じられる。

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紙の本第九軍団のワシ

2005/07/23 16:55

諦めないことの大切さ

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

新任の百人隊長であるマーカス・フラビウス・アクイラは、ローマ軍人としての経歴を始めるにあたり、やはり軍人であった亡き父親が没したブリトンの地を選んだ。
ハドリアヌスの壁以北のバレンシア州やカレドニア州はローマの支配を退けていたが、マーカスと彼の部下が駐屯する南方は概ね住民達のローマ化に成功していた。
平穏な日々が続く中、マーカスが地元のブリトン人とも親交を暖めるようになった折、その襲撃は起こった。
ドルイド僧によって扇動された町の住民たちが、マーカス達の砦に狂信的な攻撃を仕掛けてきたのだ。
この島特有の雨がちな天候の隙をついて上げた狼煙に気付いて駆けつけた援軍の助けを得て、叛乱を鎮圧することは出来たものの、部下を救うために戦車に立ち向かったマーカスは足に大きな痛手を負い、赴任後1年と立たずに軍人としての経歴を終わらせることになってしまった。
ブリトンの南部、カレバ・アレバートゥムに暮らす退役軍人アクイラ叔父の元に身を寄せたマーカスは、叔父の友人である第六軍団総司令官クローディウスから意外な話を聞かされる。
彼の父が指揮していた第九軍団の象徴である<ワシ>が、北方の地で目撃されたというのだ。
第九軍団は北方の遠征に赴いたまま戻らず、壊滅したものと思われていたが、<ワシ>が見つかれば彼らの、更には自分の父親の消息をしることが出来るかも知れない。
そう考えたマーカスは、解放奴隷のブリトン人エスカと共に、危険な探索の旅に出発するのだが・・・
2世紀初頭、ブリテン島北部に向けて遠征の途についた第九軍団は、4千人もの兵員を擁していたにも関わらず丸ごと消息を絶ってしまったという。
更に20世紀になって、その軍団の象徴であった<ワシ>が、彼らが駐屯していた中部でも、失踪した北部でもなく、南部のシルチェスター(旧カレバ・アレバートゥム)で羽の部分が欠落した状態で発掘された。
この歴史的なミステリーを解く一つの答えとして、一人のローマ人青年を主人公とした探求の物語が展開されていく。
ストーリーそのものは架空であるが、歴史的な背景や史書に遺る古代の文化・風俗はとてもリアルで、更にローマ人、ローマ化した南部ブリトン人、ローマ化を拒んだ北部のブリトン人それぞれの心情に深く思いをはせて造形された登場人物達が実に活き活きと描かれているのが特徴で、惹き込まれずにはいられなかった。
主人公マーカスと彼が開放するブリトン人奴隷エスカとの間の絆は、物語の中で重要な役割を果たしている。
子供の頃から当たり前のように奴隷を使役していたであろうマーカスが、奴隷であるエスカに対して特別の友情を感じ、開放という異例の行いをするのはローマ人らしからぬという印象があるが、剣闘に敗北したエスカを救おうと、大多数の観衆が親指を下に向ける中、一人必至に親指を立て続ける姿は感動的だ。
エピローグとして描かれている口笛を吹くエスカの様子一つを取っても、この物語が単に歴史の隙間を想像で補っただけではなく、現代にも通じるメッセージ性を持っていることが判る。
多く登場するローマの軍人達の気質は、おそらく海軍軍人であった著者の父親から得たものと思われ、足に不自由を囲う主人公マーカスの不屈さは自身を重ねたものだろう。
歴史に関する知識のみならず、著者の全てをぶつけた渾身の力作と言える。

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紙の本折れた魔剣 新装版

2005/07/23 16:48

半世紀前には既にこんな素晴らしいファンタジーがあった!

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

郎党を引き連れて新たな土地を求め郷土を旅立ったヴァイキングのオルムは、イングランド北東部のデーンロー地方に豊かな土地を見つけ、先住民の一族を滅ぼして新たな領主として納まった。**

イングランド随一の美女と言われるイールフリーダを娶ったオルムは、彼女との間に一子を儲けるが、その幼子は生まれる前から呪いがかけられていた。
オルムの襲撃からたった一人生き残った先の地主の母親は魔女だと言われており、彼女の呪術によってオルムの長子は人間世界とはべつのところで育てられ、オルムは彼自信を八つ裂きにする狼を育てる運命にあったのだ。**

イールフリーダの腕から生まれたばかりの赤子を攫ったエルフ族の太守イムリックは、代わりに自らの居城に幽閉しているトロール族の女に無理やり孕ませた子を、オルムの子に似せる魔法を施して置いていく。
エルフ族など妖魅の者が住まう<仙境>で育った人間の子スカフロクと、人間の世界で育てられたトロールとエルフの混血児ヴァルガルドは、神々の定めた運命に弄ばれるままに対決の日を迎えるのだが・・・
長じるにつれて破壊的な衝動に突き動かされるようになったヴァルガルドは、育ての親であるオルムの血族を次々と殺害していく。
一方のスカフロクは、定命なれどイムリックに魔術の手ほどきを受けるなどして頭角をあらわし、エルフ族の中にあっても一目置かれるようになっていた。
容貌が瓜二つの彼らを、作者は安易な善悪二元論の土台には載せずにそれぞれの境遇を淡々と語ることによって人間性の深みを抉り出して行く。
古今東西に共通して存在する古い神々の伝承を、<仙境>という独自の次元で繋ぎ合わせたアイデアは面白く、二人の主人公の運命の糸を操る北欧神話の神々や巨人族に加えて、ケルト神話の半神や、果ては日本の鬼までその名が登場するが、決してごった煮になることはない。
取替え子、近親相姦、更にはタイトルともなっている「折れた魔剣」など、何れも伝承文学のキーワードとなっている要素を違和感なく融合させつつも、伝承の中でなら悪役に過ぎないであろうヴァルガルドの慟哭に共感を覚えさせるあたりは作者独自の技巧を感じる。
奇しくも本書の発表年はトールキンの「旅の仲間」と同じなのだが、指輪物語が現在のファンタジー作品に影響を与え続けているのと同様に、本作品の影響下にある作家・作品もまた容易に名前が思い浮かぶ。
その名から察せられるように、作者のルーツは北欧にあるようだが、ファンタジーというジャンルが確立していない50年代半ばに著された本書は、伝承文学の色合いを強く残しており、ジャンルを越えて永く読み継がれるだろう。

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紙の本ナーダ王女の憂鬱

2005/07/23 16:44

読者サービス?

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

16歳の少年ダグは学校の友人エドの薦めるコンピュータゲーム「コンパニオン・オブ・ザンス」を始めるにあって賭けをした。
1時間以内に厭きてしまったらダグの勝ちで、ダグはエドのオートバイを手に入れる。そして、もしダグがこのゲームにはまってしまったならエドにガールフレンドを渡すという条件だ。
「コンピュータゲームなんてくだらない!」
今までどんなゲームを試してみても5分もあれば厭きてしまっていたダグだったが、賭けに応じて取り敢えずパッケージからディスクを取り出し、そこに書かれたコマンドを投入する。
A:/XANTH ・・・
同じ頃、もう一人の人物が「コンパニオン・オブ・ザンス」のプレイを始めた。
ダグと同い年の少女キムは、ファンタジー・クイズ・コンテストの優勝賞品としてそのゲームを手に入れた根っからのザンス・ファンで、プレイの意欲は満々だ。
別々に「コンパニオン・オブ・ザンス」を始めたダグとキムは、魔法の国ザンスの世界を模したゲームをプレイするために、進行を手伝うコンパニオンとしてそれぞれナーガ族の王女ナーダとエルフ族の娘ジェニーを選択するのだが・・・
マンダニアではダグとキムがスクリーンを前にしているわけだが、ザンスの方では悪魔グロスクラウト教授の監督の下に出演者が様々な役割を与えられているという仕組みで、更にプレイヤーが魔法の存在を信じればザンスに実体を持つことが出来る。
大筋としてはこのシリーズのメイン・テーマである「A boy meets a girl」が踏襲されているだけだが、マンダニアの少年少女を主人公に据えたのは長年の読者へのサービスといったところか。
特にザンス読者であるキムの、「あれも見たいこれも試したい」という好奇心は、本シリーズのファンの気持ちを代弁しているようで馴染みやすい。
逆説的だが、巻を重ねて登場人物が増えたザンス・シリーズは、世代交代まで起こっているため本書だけ読んでも殆ど理解できないだろう。
ダグに同行することになるマンダニアからの黒人移住者のシャーロックは、その名前と「初歩的なことだ」とのセリフから、シャーロック・ホームズがモデルとなっているようだが、駄洒落的推理もザンスならではの面白さがある。
一件無関係と思える名探偵の名前を持ち出したのは、ドイルがその著作の中でマリー・セレスト号事件を黒人王国の建設に結び付けたことに起因するのだろう。

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紙の本帝王の陰謀 上

2005/07/23 16:42

暗殺者の初恋の行方は・・・

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

その身をもって六公国を窮地から救ったフィッツだったが、毒された体は重い後遺症に悩まされる。
すっかり弱気になってしまったフィッツを再び駆り立てたのは今や美しい女性に成長した”鼻血っ子”モリーだ。
山の王国で静養していたフィッツは、<技>によってシュルード王を通じ、六公庫沿岸の町シルトベイが赤い船団に襲撃されたことを知り、その遠視の中に逃げ惑うモリーの姿があったのだ。
フィッツが病んだ体を引きずるようにしてたどり着いたバックキープには、既に彼を頼ってモリーが訪れており、そのままペイシェンスの召使として雇われていた。
しかし、フィッツが庶子とは言えども王族であることを知ったモリーはよそよそしい態度を示し、結婚の許しを王に求めたが、こちらもきっぱりと断られ、逆に政略結婚を仄めかされるという始末。
王が次第に衰弱して行く中、赤い船団の襲撃に対抗する最後の手段として、伝説にのみその名を残す<旧き者>の支援を得ようと<継ぎの王>たるヴェリティは少数の兵とともに危険な探索行に旅立ち、その機に乗じた弟リーガルは、宮廷での支配力を強めていく。
自分の恋路と六公国の行く末に悩むフィッツだが、頼りの主君ヴェリティとは思うように連絡が取れず、自らが正しいと信じた道を選択するのだが・・・
王は病み、<継ぎの王>たるヴェリティは不在。
王位を狙ってリーガルが暗躍する中、遠い異国から嫁いだばかりの<継ぎの王妃>ケトリッケンを影ながら支えるフィッツの活躍が見所。
宮廷陰謀劇が展開する中で明かされた、登場人物達の意外な正体にはあっと驚かされた。
宮仕え故の葛藤に煩悶とするフィッツの様子に、幾度と無く何故自分の思うままに行動しないのかともどかしくもなるのだが、彼が幼少の頃にシュルード王と結んだ契約の重さに思い当たる。
フィッツと彼が動物商から買い取った狼「ナイトアイズ」との<気>による精神の交流も面白く、狼は人間社会も自分の価値観で「群」と考えているのだが、これが結構しっくり来るから不思議だ。
身寄りの無い少年であったフィッツだが、彼の六公国を救おうとする行為の動機は、命を購ってこの世への存在意義を持たせた王に対する義務感から、次第に自発的な使命感へと変遷していく。
信頼を寄せる叔父のヴェリティや、夫シヴァルリの不義の子であるにも関わらず保護者として発起してくれたペイシェンス、そして誰よりも愛情を注ぐモリー、更には長年関わりを持ってきたバックに住まう人々などの全てがナイトアイズの言うところの「群」として意識されたとき、無心の犠牲的な行為も可能となったのだろう。
目前の危機を逃れたところで終わっているが、やはり<旧き者>を訪ねたヴェリティが気がかり。
赤い船団の真の目的も未だ明らかにされておらず、<技>や<気>についてもその来歴は伝説の彼方という状態なので、最終巻には多くの答えが待っていそうだ。

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紙の本ランクマーの二剣士 定訳版

2005/07/23 16:39

最終巻は読み応えのある長編

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

今回ファファードとグレイマウザーが請け負ったのは輸送船団の護衛だ。
積荷はただの穀物なのだが、その行き先である<八都の国>に向かった他の船は原因不明のまま悉く失われしまっている。
ミンゴルに陸と海の双方から脅かされているランクマーの君主グリプケリオは、<八都の国>の助力を得なければ侵略の危機に晒されることから、その君主であるモヴァールに貢物の意味を含めた兵糧を送りたいのだが、差し向けた船は一隻も<八都の国>に辿りつかず、いつモヴァールからの支援打ち切りが通告されるか不安でならない。
悪名は高いものの、その手腕については折り紙付きの二人が穀物輸送船に乗り込んだのはそんな理由からである。
また、二人が<八都の国>に送り届けよう命じられたのは、穀物の外にもあった。
グリプケリオの諮問役を務める穀物商ヒスヴィンの娘ヒスヴェットと、彼女が飼いならし、見事を芸を見せるという1ダースほどの白いネズミ達がそれなのだが・・・・
最終巻にして唯一の長編はSFやミステリーなどの要素もふんだんに盛り込まれ、短編では味わえないプロットの妙も冴えている。
しかし、本書を一番面白くしているのは「どんな動物にも人間に似た知恵と技術も持ち、その種族全体を支配するものが13匹いる」という”13の伝説”なる背景だろう。
テリー・プラチェットはディスクワールド・シリーズの中でライバーへのオマージュ的な設定や登場人物を多く見せているが、「天才ネコ モーリスとその仲間たち」に登場する知恵のあるネズミ「ニュー・ラット」は明らかに本書の影響を受けているようだ。
体を自在に伸び縮みさせる魔法薬と組み合わせた異種交配という設定はグロテスクではあるものの、その体の中にネズミの血が入った妖女ヒスヴェットはエロティックでもある。
他の作品では二手に分かれた場合、やっかい事に巻き込まれるのはファファードの方で、グレイマウザーはそれを助け出す役割が多いのだが、本巻では<目無き顔のシールバ>から与えられた魔法薬でネズミ大となり、ランクマーを占領統治しようとする知恵のあるネズミ達の中で危険に巻き込まれるのはグレイマウザーだ。
最終巻ということもあって、その名の意味する「ネズミ捕り」の本領を発揮させようという作者の心遣いなのかも知れないが、箱庭的世界での彼の冒険は実にコミカルで、相棒のファファードには見られたくないところだろう。
ファファードの方はと言えば、<七つの目のニンゴブル>から与えられた笛で”13の伝説”の猫版を召還することになるのだが、密かに彼を助けてきた子猫が、最後にはちゃっかりと13匹の中の一匹として加わる様子が面白い。

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紙の本白い果実

2005/05/08 23:34

畳み掛ける幻想風景

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

天才ドクトラン・ビロウの脳内に築かれた都市の具現である理想形態市(ウェルビルトシティ)では観相学を修めた者に大きな権威が与えられている。
主人公クレイのように一級観相官ともなれば、人相や体格などからその人物の性向のみならず、過去の行動から未来の可能性までを看破してのけるのだ。
ビロウの命により理想形態市の繁栄を支える属領(テリトリー)の一つ、北方のアマナソビアへ赴いたクレイの任務は、この世の楽園に実り、それを食した者は永遠の生命を得ると言われる<白い果実>を盗んだ者の特定。
クレイの能力を持ってすれば容易な仕事に思われたが、住民を教会に集めていよいよ観相の技を振るう段になって、彼は突然に観相学の知識を喪失していることに気づいた。
<マスター>ビロウは無能な者に対して寛容であったためしはなく、クレイの目の前には失脚後の恐るべき運命が待ち構えていた。
保身のため、助手として雇ったアマナソビアの鉱夫の娘アーラに、自らの無能を隠したまま<白い果実>の犯人探しを任せたクレイだったが・・・
−傲慢な主人公クレイが、その拠り所である能力を失ったことから失脚・転落し、後悔の日々を経て贖罪のために独裁者ビロウに立ち向かう−
読了後に改めてあらすじを思い起こすと、ストーリーに特段の独創性は見受けられず、観相学にしても、まるでプロファイリング技術であるかのような極端な扱われ方をしてはいるが、アリストテレスの時代から今日の街角占い師に至るまでありふれたものである。
しかしながら、本書は一度手に取るとページを閉じ難く、ついつい読み進めさせてしまう魅力があった。
アマナソビアの特産物であるスパイア鉱石を長年採掘する間に鉱石の成分が体組織に染み込んで遂にはスパイア鉱石から削りだされたような青い人型彫像となってその人生を終える鉱夫たち。
<白い果実>をアマナソビアもたらした、<旅人>と呼ばれる異形の木乃伊。
日が沈んだ後の孤島の流刑地で、上手いカクテルを飲ませてくれるバーテン気取りのサル。
独裁者ビロウの脳内イメージと寸分違わず造られ、彼の心身とシンクロさえする理想形態市。
これらの奇想的な描写は、先に見たものの姿を咀嚼しかねるうちに次のものが現れるという、文字通り畳み掛ける感覚があり、眩暈を引き起こすほどだ。
読み手の眩暈は更に、クレイが麻薬<美薬>を頻繁に用いるために現れる幻覚によっても促されるようで、彼が流刑地のドラリス島に収監されてやっと薬と縁が切れたかと思えば、硫黄採掘場の地獄の如き熱気がやはり精神を惑しに掛かる。
「読む幻覚剤」というのは言い過ぎかも知れないが、ページを閉じ難い魅力は、ほぼ全てこの幻惑感に負うように感じた。
一方、登場人物達は思いのほかノーマル。
クレイは、その傲慢ぶりを存分に発揮している間は興味深い人物であったが、観相能力を失ってからの行動は「善良な主人公」はかくあるべきといった風で意外性は全くといって良いほど無い。
そのクレイの傲慢さは独裁者ビロウの威を借りることによって成り立っていたわけだが、こちらもステレオ・タイプな独裁者以上の性質を超えないばかりか、白い果実の影響を受けてからは妹の思い出を封じた小部屋の消失にうな垂れてみたり、一度は見限ったクレイを頼りにしたりと存外に卑小な様子を見せる。
二人共に権威の絶頂からどん底に落ち、裸の人間としての弱さをさらけ出してその性情に変化を見せるわけだが、その変化に伴って外見が劇的に変わったという様子はなく、作中信憑性を持たせるような描写を沢山設けている「観相学」ではあるものの、結局は「人は見かけでは判断できない」との帰結に至ったように思えてならない。
当初より三部構成であったらしいが、極めて完結性があるため、「観相学」を含めて次巻がどのように展開するのか気になるところだ。

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紙の本魔法

2005/02/26 18:19

問題:透明人間が存在しないことを立証せよ

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

記憶喪失というのは、例えそれが一次的なものであれ実に恐ろしいことだ。
我々はどんなに稀有な出来事であっても、それが記憶として残っているのであれば「あり得ざる出来事」ではなく単なる事実として認識する。

しかし、記憶を失っている期間に起こった出来事はどのように考えたら良いのだろう。

現実と虚構を区分しているのは、実際のところ記憶という個別的な認識でしかないのだろうか。

爆弾テロに巻き込まれ大怪我をした報道カメラマンのグレイは、事故のショックからか記憶喪失となった。

彼がリハビリを受けている病院に、知り合いだと言う女性が現れるのだが、グレイの記憶にある誰にもあてはまらず、見知らぬ人間としか思えない。

スーザンと名乗ったその女性は、グレイの恋人だったと言うのだが、それほどに親密な関係にあった人物を忘れるということがあり得るのだろうか。

スーザンとの親交を深めるうちに、次第に記憶を取り戻していくグレイだったが、彼の記憶とスーザンのそれとの間には大きな隔たりがあった…

先に邦訳の出た「奇術師」でもそうだが、プリーストの語りにはジワジワと常識を侵食してくるような感覚がある。

原題の“glamour”は、本書の中では「他人から見えなくなる不思議な能力」のことを指して使われているのだが、訳者あとがきによれば本書のタイトルは、恋に堕ちた男が恋人の姿を他人に見えなくするために"glamour" の魔法を魔女にかけてもらうという古譚がその根底にあるらしい。

「奇術師」で扱われた”瞬間移動”にしろ本書の“透明人間”にしろ、そのテーマは明々白々なフィクションに違いなく、ページを閉じれば本の中の出来事は現実とは一切の関わりを持たないはずなのだが、プリーストはそのフィクション性に対する確信を徐々に突き崩して来る。

フィクション小説というものは基本的に「何でもあり」が許されていると思うのだが、本書の主人公の記憶のない期間に起こった出来事もまた「何でもあり」であるため、読者はその後者に注意力を奪われるあまり前者に気づき難くなる。

作者は小説の構造自体に“glamour”の魔法を施すことにより、コールリッジの言う「不信の自発的停止」を読者に要求することなく虚構にのめり込ませることに成功しているわけだが、この巧妙な仕掛けに加えて、「透明人間」という存在否定し難いものを付き付けられるのだからたまらない。

「奇術師」が気に入った方なら、まず間違いなくそれ以上に評価するだろうし、SF、ファンタジー、ホラーの何れとも付かない話ではあるが、それらの半端な集合体ではないため、より多くの人にとって「面白い」と感じられるに違いない。

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