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JOELさんのレビュー一覧

投稿者:JOEL

300 件中 31 件~ 45 件を表示

実践的かつ科学的でためになる処方箋がここにある

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「うーん、これはいい本だな。」 読み終えたときに、単純にそう形容できる本は意外に少ない。それが今回は、肩の力を抜いて、自然なつぶやきとして出た。
 これは書名のとおり「ストレスをなくす」ための指南書なので、ストレス軽減の効果が感じられなければ、良書としては薦められない。しかし、その点、本書は安心してお薦めできる。
 本書に書かれている「禅」に由来する呼吸法を、読了後2週間経った今も、時おり試してみる。さすがにそう簡単にはストレスはなくならないものの、慣れてくれば、そのうち効果が期待できそうな気がする。そう期待させるのは、著者の言う「心呼吸」が
科学的にも説明されているからだ。従来ならば、「黙って実践すればよろしい」で済ませられるところを、時代に合わせて科学的に説明しているのは好感できる。
 おへその下あたりにある丹田に意識を集中して呼吸することが、どのようにしてリラックス効果を生むのか、神経伝達物質の仕組みを用いて解き明かしている。古くからあるならわしに、科学的な裏付けが与えられると、ぐっと説得力が増す。本書はその典型例だ。
 また、禅の通りに座らなくても、いすに腰掛けていてもできるというところなど、いつでもどこでもできるという手軽さを感じさせる。
 足裏から大地のエネルギーを吸い込んで、もやもやを吐き出すという呼吸法は、特に効果を感じやすいと思う。
 絵が少しかわいらしすぎて、著者の丁寧な表現や科学的な説明といまひとつマッチしていないのだが、禅に関心のない人でも、手に取りやすいという利点はあるかも知れない。これによって、幅広い読者を獲得できるのではないだろうか。
 いずれにしても、効果がなければ本書の価値は下がるので、粘り強く著者の言うことを信じて実践してみたい。値段も手頃であるし、これは良心的ないい本ではないだろうか。

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なるほどセンスありの一冊!

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

経済学の本というと、解釈の難しいデータが並んでいたり、説明してもらわないと読みとれない図表がちりばめてあるという先入観がないだろうか。本書は実にやさしく経済学的なものの考え方を教えてくれる。先入観を見事に打破し、読みすすむに連れて経済学的な思考方法をマスターさせてくれるすぐれものの一冊である。
最初は、新書であるし、やさしい反面、手応えがないのではないかと思って手に取ったが、予想と違って実に面白かった。身近な出来事を経済学の視点から理解させてくれる手法は見事である。「イイ男は結婚しているのか?」「賞金とプロゴルファーのやる気」など、直感的に分かっていると思われることがらも、経済学的手法(主に労働経済学だが)で、鮮やかに描ききってみせるところは、感心した。
会社における成果主義の導入の是非についても、自分の職場に当てはめると、どうしてもバイアスのかかった見方(「成果主義なんかで自分の仕事は図れない」とか、「もっと成果を認めて若いうちから高給を得たい」など)をしてしまうが、経済学的手法で客観的に導入のメリット・デメリットを示してくれるので、「なるほど」と手を打ちたくなったほどだ。実際に会社の人事部などで、成果主義を取り入れたものの、運用がうまくいかず困っている人などは目からうろこが落ちるであろう。
そのほかにも、主観を交えずとも、労働経済学を中心とした経済学的思考によって解決できる問題が結構ありそうな気がしてくる。
書き方はやさしいものの、著者は専門分野の研究を相当積み重ねていることが分かる。有能な人ほど、物事をわかりやすく説明できるという好例である。
大学教授を任期制にすると、自分のポジションを奪われないように、自分より劣った人材を採用し、数年後の評価でたしかに業績がよくないので、採用者の任期をうち切りにし、自分は再任されるという戦略をとりがちなので、結局のところ仕事をしない大学教授に仕事させるという目論見ははずれる、という説明など普通の会社にも当てはまるであろう。率直に勉強になった。
速く読めてためになり、新書なので値段も手頃。これはお勧めできる。

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紙の本まだ科学で解けない13の謎

2011/02/03 07:12

科学で分からないことの紹介がこんなにも好奇心をくすぐるとは

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 科学といえば、日本人のノーベル化学賞受賞のニュースやiPS細胞をめぐる急速なテクノロジーの進展など、ますます勢いづいている感がある。
 しかし、実は科学がぶちあたっている、こんなにも大きな壁がたくさんあるとは思いもよらなかった。理系の研究者には当たり前なのかも知れないが、科学技術の恩恵を受けるだけの庶民には驚きを与えるに十分な内容になっている。

 ここにはいまだ科学が解き明かせない13の謎の詳細が分かりやすく書かれている。面白いのは何といっても第1章の「暗黒物質・暗黒エネルギー」だろう。宇宙は人類が検出できない暗黒物質で満ちている。教科書に載っている太陽系や銀河系、ほかの星団は、宇宙の構成要素としては、ごく一部に過ぎない。つまり、私たちは、宇宙の大部分が何なのかを知らないと言うのだ。

 「宇宙空間のほぼ全域が行方不明なのだ」と著者は言う。人類が正体を突き止められずにいる物質が宇宙の96%を占めるのだそうだ。暗黒物質と呼ぶのも、その実体が分からないから、仮にそう呼ばれている。

 宇宙が膨張を続けているというのは、たいていの人はどこかで聞いたことがあるはずだが、そうさせているエネルギーである”暗黒エネルギー”もまた正体不明である。「このエネルギーはどこから発生したのか、そもそも何なのか、宇宙の膨張を永遠に加速し続けるのか、それとも、いつかは尽きてしまうのか、知っている者はいない」のだという。

 学校でも教わる”原子”でできた世界は、宇宙の質量及びエネルギーのごく一部でしかなく、残る大部分は、いまだ解けぬ謎のまま。

 1933年にスイスの天文学者フリッツ・ツヴィッキーが、観測できる物質だけでは、銀河の回転速度の説明がつかないことを計算によって示した。この時点で、暗黒物質とでも呼ぶべきものが想定され始めた。このときから実に80年近くが経過しても、いまだに宇宙物理学は暗黒物質を突き止められない。この間、幾多の物理学の天才、秀才が取り組んでいるが、いまだ謎のまま。

 2010年12月27日付の新聞夕刊に、中国が地下2,000メートルを超える場所に観測所を設けて、暗黒物質を解明することに乗り出したと報じられている。日本では東京大学が神岡鉱山跡でこの春に観測を始めるとある。ちなみに、この新聞記事でも、正体不明の暗黒物質の謎を解けばノーベル賞級と書かれている。

 面白いのは謎そのものだけではなく、これをめぐる物理学者たちのふるまいだ。無視する人、謎と格闘する人、誤った理論を発表してしまう人などいろいろだ。ヒューマンドラマとしても面白く読める。

 科学は万能ではないし、世界のすべてが解明し尽くされたわけではないことを知って、むしろ安堵感を覚えた。まだまだ人類が進歩する余地がたくさん残されていることが分かったから。

 どの章も興味深いが、時間がない方でもプロローグ、第1章、第2章は十分楽しめますよ。

 第2章 パイオニア変則事象
 第3章 物理定数の不定
 第4章 常温核融合
 第5章 生命とは何か?
 第6章 火星の生命探査実験
 第7章 ”ワォ!信号”
 第8章 巨大ウイルス
 第9章 死
 第10章 セックス
 第11章 自由意志
 第12章 プラシボー効果
 第13章 ホメオパシー

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2010年に出版された本のベストではないだろうか。学ぶところ大。活用度大。

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 2010年も残すところ、あとわずかだが、年内に読んでおきたい本の筆頭に本書をあげることができる。スティーブ・ジョブズのプレゼン術を余すところなく解き明かしているからだ。

 効果的なプレゼンは、特別な才能を必要としない。ただ、いくつかのコツとたゆまない努力だけが求められる。本書を読みこなせば、だれでもジョブズのプレゼンに習うことができるはずだ。ここまでプレゼン術をきれいに整理して、コツを詳述している書もめずらしいのではないだろうか。

 話の要点は3つに絞る、文字だらけのスライドにはしない、シンプルを心がける、5分のプレゼンに数百時間の練習とリハーサルを行う、話のスピード・抑揚を工夫する・・・など、ジョブズのプレゼンのコツは、たいていの人が、どれもふだんできていないことだらけだ。

 悪いプレゼンの例をやってしまっている人は、読んでいて恥ずかしくなるが、一方で、その鮮やかさに圧倒されてしまう。とても綿密に構成されたプレゼンをジョブズは行う。たしかに、特別な才能は不要なので、だれしもやろうとすればできることである。教えられることの非常に多い本だ。

 ただひとつ、簡単ではないと思わせる点がある。本書は日本の武道の鍛錬にも似ているところだ。1万時間の練習で、達人の域に達する、と著者は述べる。どの分野の天才も、凡人にくらべれば圧倒的な努力を積み重ねているという。安直な方法で、プレゼン術が習得できるとは言わない。ストイックで、我慢強い努力だけが、あなたをジョブズのプレゼンの世界に導く、というのが本書を貫く基調だ。

 とはいえ、努力してプレゼンの巧みな人になったとき、気をつけないと、催眠商法や宗教講話になりかねない。実際、ジョブズを伝道師に例える部分もある。
 新製品の魅力を伝え、売り上げにつなげたい企業トップの実直なプレゼンなのか、人を引き込んで自分への信奉者を増やしたいのか、そのあたりは紙一重だ。
 ここで、絶妙のバランス感覚を働かせて、企業トップのプレゼンにとどまらせるのが、ジョブズの巧みさの根底にあると私は感じた。

 この辺のところを理解しないと、妙に力んだプレゼンになりかねないし、ジョブズの猿真似はもっと見苦しい。
 著者の言うとおり、辛い作業だが自分のプレゼンをビデオに収録して、冷静に自分の姿を自己分析する作業が必要になりそうだ。自分に厳しくあれ。やはり武道的である。

 著者は、とにかくものすごく丁寧にジョブズのプレゼンを分析している。もちろん、ジョブズのプレゼンがすばらしいから本書が生み出されているのだが、著者の分析力も、またすばらしい。

 買って手元に置いておいて、決して損はない。目からうろこが落ちるとは本書のためにある、といって差し支えないだろう。

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捨てたら部屋も頭もすっきり爽快に

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 「片づけられない女」といった言葉に出くわすことがある。ものぐさで、整理整頓ができない人といった意味だ。でも、これは男女を問わずいることだろう。

 あなたのデスクのまわりに資料が高く積まれてはいないだろうか。私も残念ながらその一人だ。捨てるに、捨てられない。捨てる前に資料を一読しておこうと思って読み始めたら、時間がかかり、捨てる前にくたびれ果ててしまう。

 そんな経験をお持ちの方には、おすすめできる本である。著者は捨てる技術に関する本を何冊も出している。ここでは極めて実践的な技術が惜しげもなく披露されている。

 「とりあえずとっておく、は禁句」、「いつか、なんてこない」、「聖域を作らない」、「持っているモノはどんどん使う」etc

 どれもドンピシャリで思い当たる。どうもすぐに捨てるに気になれなくて、あてもなくとりあえずとっておく。いつか使うことになるんじゃないかと思って、何年もとっておく。聖域とは”思い出のモノ”、”記念のモノ”などだが、これがけっこう踏ん切りを悪くさせる。そして、コンビニで買った弁当についてきたプラスチックのフォークを引き出しにしまっていませんかとくる。まるで、自分の生活を見られているようだ。

 だから自分の相談に乗ってもらえているかのような感じになる。簡単にいえば、自分の思いこみをきっぱり捨て去ることを勧められる。実際には捨ててしまってもほとんど困らない。捨てる作業中に、「ああ、こんなモノもあったのか」と思うのだが、逆に言えば、すぐに役立つことのないモノを大事に抱えていただけなのだ。限られた生活空間を息苦しくしてしまっている。

 そう、著者は単に捨てるだけでなく暮らし方の見直しを提案している。捨てる習慣・癖を身に付けようとある。そうでなければ、いったん捨てても、またモノがあふれる生活が戻るだけだから。

 「見ないで捨てる」、「一定量を超えたら捨てる」、「一定期間を過ぎたら捨てる」、「使い切らなくても捨てる」etc

 これまでできなかったことが、著者に後押しされてできてしまう。そして、何を捨てたのかさえ、思い出せない。
 快刀乱麻に、捨ててしまうシンプルライフの提案。読み終わって胸のすく思いさえする快著である。

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あなたの住んでいる町の財政はだいじょうぶですか

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 公立病院の危機を知ったのは、銚子市民病院の休止の話がきっかけだった。なぜ、地域医療の核となる市民病院をやめてしまわなければいけないのか、奇妙な印象を受けた。「いきなり病院ごと休止でなく、規模を縮小してでも続けてほしい」という銚子市民の声もテレビで放映されていた。(なお、2009年6月現在、銚子市は再開に向けて懸命に努力している)

 各地の公立病院が危機に陥っている理由は1点に絞られる。それは2007年6月に成立した「自治体財政健全化法」への対応だ。

 これまでは公営企業や第三セクターなどの特別会計は、一般会計と切り離しておくことができた。自治体の財政については、本体が健全なら、特別会計の赤字は問題視されなかったのだ。ところが、平成20年度決算からは、特別会計もあわせて連結決算とし、自治体の財政状況が評価されるようになる。評価制度の大幅な変更だ。

 大半が赤字といわれる公立病院の経営も、これまでのようには放っておかれなくなった。こうして、あまりにも巨額の赤字を累積させている病院は存続の淵に立たされることとなった。

 このあたりの事情は、NHKのディレクター、プロデューサーであった著者が、「クローズアップ現代」などの番組で明らかにしているので、すでにご存じの方もおられることだろう。しかし、追跡取材を重ね、書籍という形でものにしてある本書の価値も高い。

 公立病院は自治体の特別会計のひとつだが、本書でもっと大きく取り上げられているのは、80年代末の大規模リゾート開発の問題だ。

 東北のある町では、80年代終わりに成立したリゾート法に踊らされて、身の丈に合わない投資を行った。スキー場の拡張や温泉施設の建設など。

 自治体側が不安に思って、当時の国土庁に問い合わせると、「自治体には負担がありません」と言い切ったというのだから恐れ入る。また、地元選出の国会議員のねじ込みもあった。金融機関も、自治体ならば不良債権化しないだろうというので気前よく貸しこんだ。
 経営にあたったリゾート会社の無責任ぶりにも開いた口がふさがらない。「自分たちはプロだ」という言葉を、自治体の首長ならば信じるほかなかった。当時は、バブルで日本列島全体が浮かれてもいた。

 その後、90年代初頭にバブルがはじけ、各地のリゾートは見るも無惨に・・・。そして、こうなったあとは、国も国会議員も知らぬ顔を決め込む。今は地方分権の時代であり、自分たちのことは自分たちで決めて下さいという態度の変化。これでは、地方自治体が窮地に陥るのは当たり前というものだ。

 夕張市の破綻がひところ大きく報じられたが、これに続く事例がこれから続々と出てくる心配がある(自治体の前年度の決算発表は9月あたりから始まる)。国に踊らされたあげく、時代が変わったといっては突き放されて、後始末をやらされる自治体。
 無論、自治体にも甘さがあった。もっと厳しくリゾート計画を審査していなければならなかった。といっても、営利を追求するわけではない地方自治体に経営感覚を求めるのはそもそも無理があるのではないだろうか。

 つまるところ、自治体財政健全化法は、後出しじゃんけんになってしまっている。一般会計と特別会計を合わせて見ていく必要があるという趣旨は理解できるが。
 国は内需拡大を至上命題に、国内消費を喚起するため、第三セクターをいくつも作らせ、リゾート計画をどんどん立てさせた。地方自治体の立場からすれば、あとになってから、隠れ借金は許しませんといって連結決算を求められるのは理不尽ということになる。

 財政再建団体(新しい法律のもとでは、早期健全化団体もしくは財政再生団体)に陥らないように、あの手この手で救おうとする努力もなされているようだが、はたしてどこまで免れるか。
 自分が住んでいる市町村がだいじょうぶかどうか、財政状況のチェックをしてみることも、住民としては必要な時代になってしまったようだ。やれやれ。

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紙の本太宰治に聞く

2009/05/07 00:24

井上ひさしの太宰論となれば、期待が高まる、そしてその期待は裏切られない

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 井上ひさし編著であるから、よほど気の利いた見方で太宰を取り上げているのかと思った。しかし、いたって正統派の太宰論になっている。
 なぜなら、「人間合格」という演劇をものにするにあたって、徹底的に太宰の作品を読み、太宰論にも検討を加えているからだ。

 本書のすぐれた点は、太宰の生い立ちから入水までを時系列的に論じている点だ。何歳の段階で何をし、何を考えていたのか、当時を知る人に語らせながら、太宰の人となりを浮かび上がらせている。これは非常に分かりやすい。

 また、類書に比べて写真をふんだんに使っているので、その時々の太宰の吸った時代の空気を味わうこともできる。ビジュアル世代の私たちには、こうした昔の写真はとてもリアルに映る。『人間失格』などは自筆での刊行が最近なされているが、本書ではほかにも自筆原稿が多数掲載されてり、太宰ファンの胸を締め付けるに違いない。

 結論を言うと、読んで非常にためになったし、太宰がどういう人であったのか、自分なりに人物像が浮かび上がった。もちろん、徹底的に研究した井上にしても謎の部分が残る作家ではある。こうした作業を積み重ねても、なお謎が残るところが、太宰の魅力をいつまでも失なわれないものにしているのだろう。

 太宰は、よく言われるとおり、ナルシストだし、自分の弱さを逆に武器に変えているような人だ。太宰の読者は、それぞれに自分を否定する気持ちと肯定する気持ちがないまぜになり、太宰とひとつとなって、良くも悪くも、そのことに酔いしれてしまう。

 太宰には本当のことを言っているのか、ウソを言っているのか分からないようなところがある。これもまた、多くの人がそういう風にして、自分の人生を生きているのではないだろうか。自分はウソは言いませんという人がいれば、そのこと自体がウソだろう。ウソも方便なのだから。やはり太宰と自分を重ね合わせてしまう要素となる。

 本書は最後に、井上ひさしの「人間合格」という演劇の紹介でしめくくる。このところは井上演劇に興味のある人向けだろう。

 新潮社によると、太宰の本は、20年前(1989年)時点で17冊、計1850万部も売れている。今も、表紙を現代風に差し替えたものがいろいろ出ているから、2000万部をはるかに超えているだろう。
 1948年の死から60年が過ぎても、現代の人気作家だ。夏目漱石なくして日本文学の今がないように、太宰なくして今はない。

 小説というフィクションと、何度もの自殺未遂・入水の決行という現実とが交錯して、独特の太宰ワールドが現前する。
 2009年という太宰の生誕100年の年にも、今なお多くの人の心の中で太宰は生きられている。真実を穿つ何かを求めて、太宰の本に手を出す。

 海外の多くの言語に訳されて、刊行されているのもまた価値のあることである。

 井上ひさしという大家のおかげで、資料的価値の高い本が出ている。太宰にかぶれた人も安心して手を出せる。星5つの価値あり。

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紙の本官僚とメディア

2007/10/13 09:00

新書で出版されたのがもったいないほど、官僚とメディアの不健全な関係を丁寧に描き出した力作

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

 司法・立法・行政の三権分立が正しく機能しているとは言い難い日本において、メディアは「権力監視」という重要な役割を担っている。ネットの時代を迎えても、世論調査で、一番信頼できるメディアとして「新聞」が上げられる時代にあって、国民の期待は依然として大きい。

 しかしながら、本書の著者は、メディアが権力監視の役割を低下させ、変質しつつあることを例証してみせる。姉歯設計士の耐震強度偽装事件、ライブドア・村上ファンド事件、裁判員制度啓発事業に関わる疑惑などを取り上げて。

 耐震強度偽装事件は、姉歯設計士ひとりによる偽装事件であるにも関わらず、デベロッパーのヒューザー、ゼネコンの木村建設、経営コンサルタントの総研が共謀して、偽装マンションやホテルをつくらせたという報道がなされた。

 しかし、著者は、耐震強度の仕組みを詳しく取材し、全国で30万人いる一級建築士のうち、構造設計者は4%の1万人前後、本当の専門家となると3,000人くらいしかいないという実態を明らかにする。つまり、建築関係者にとっても構造計算の部分についてはブラックボックスと化しており、共謀して偽装工作を謀れるような性質のものではないことを描き出す。
 
 姉歯設計士の犯行が10年間も見破られなかったのは、もともとブラックボックスであるところに、1998年の建築基準法の改正で、建築確認システムを破綻させてしまった国土交通省の責任が存在すると言及する。そして、メディアは、国土交通省の役人が作り上げた共謀事件という構図にのっかり、盛んに報道する。

 こうして、建築確認システムの破綻というもっとも肝心なところを見逃し、国土国通省から出される情報を流布するメディアの危うさを指摘する。(ただし、著者が本章を書いて以降、この事態を受けて、建築確認は二重チェックを必要とするように、さらに法改正されています。本年6月から施行済み:書評者注)

 ライブドア・村上ファンド事件も、メディアが取り上げたほどの重大性はなく、検察特捜部による国策捜査の側面が強いことを示す。特捜部はスイスに係官を派遣してまで、海外隠し口座やマネーロンダリングを実証しようとしたが、何も見つけることができずに、帰国した。

 いまさら、会計技術上のミスという小さな事件で済ますわけにはいかず、検察は、メディアを利用して、庶民を欺く急成長企業と悪質ファンドの疑獄に仕立て上げ、経済事犯の象徴にしてしまう。こうして、この事件は、「これから検察は経済事件にも積極的に手を伸ばしていくことをにおわす」ための見せしめ事例となる。検察OBは、いろいろな政府系機関(公正取引委員会など)のトップに天下りし、我が世の春を謳歌しているという。

 裁判員制度の啓発事業はもっと深刻だ。いまだに国民から敬遠されている裁判員制度を浸透させるため、裁判所は、電通という日本最大の広告代理店を利用して、共同通信や地方紙連合に本来の記事なのか、広告なのか、国民には区別しにくい形で、特集記事を書かせる。そして、絶妙のタイミングで広告を打ち、あたかも裁判員制度が国民から支持を得ているがごとき、雰囲気を作り出そうとしているのだという。

 タウンミーティングにも、地方紙がアルバイトを雇ってサクラを出席させていた。そうしても、お釣りがくるほどのお金が最高裁から電通を通じて、地方紙に流れるように仕組まれているというのだ。問題の多い裁判員制度への理解を図るために、最高裁はここまでやるのかと思わせられる同時に、経営上の問題から協力してしまう各紙の情けなさがあぶり出される。(裁判員制度に関する不自然な報道は、地方紙のみならず全国紙にもおよんでいる印象を受ける:書評者注)

 本書は、これまでに月刊現代やAERAなどに書いた記事を一冊にまとめたものなので、いくらか散漫な印象を受けなくもないが、「ここまで明らかにしてもいいのか・・・」というようなことを丹念に追い続けて、官僚とメディアの不健全な関係に一撃を与える書物となっている。官僚とメディアの不健全な関係とは、紙面の7割を占める官庁の報道発表から締め出しを食わないために、権力に不都合な部分に目を覆って、官製報道を垂れ流すメディアのことである。

 個人情報保護法などでメディア規制をちらつかせた霞ヶ関のメディアコントロールはまずます巧みになっている。権力を監視するよりは、特ダネ落ちをおそれて、官庁の重要な報道発表を取り逃がさないことに汲々とするメディアも苦しい立場にある。

 こうした事態に警鐘をならす著者は、19年間も共同通信に在籍し、現在はフリーのジャーナリストとして活躍するからこそできることなのであろう。

 世の中の裏の仕組みを知ることは、読んでいて愉快なものではないが、知っておかなければ、国民もまた、巧みに飼い慣らされていく恐れがある。その意味で、本書はとても価値が高い。

 耐震偽装事件に関する専門的な記述の細部は分かりやすいとは言えないが、それだけ専門家の評価にも耐えうる事実を丁寧に浮かび上がらせた証拠といえる。

 読みながら、危うい線路の上を歩くがごとき著者の身の上の心配までしてしまったが、こうした本が出せることは、危機意識をもつジャーナリストが声を潜めながら密かに著者に情報提供し、エールを送っているからに他ならない。希望を見いだすとすれば、ここの部分であろう。

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紙の本名もなき毒

2007/09/02 19:07

宮部みゆきの作品は、私たちが生きる社会の今を、エンタテインメントに富むミステリーの形を通して教えてくれる

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 宮部みゆきほどの売れっ子作家になると、失敗作は許されなくなる。作家自身のプレッシャーも相当なものだろうが、読者としても「今回の作品は果たしてどうだろうか」と思うものだ。しかし、宮部みゆきの書くものは安心して手に取ることができる。それは、豊かな才能に恵まれているだけではなく、執筆前に、警察や薬品会社など、必要なところへの入念な取材を忘れない堅実な執筆スタイルを維持していることを知っているからだ。

 本作では、登場人物の語りを通して、宮部の人となりが浮かび上がる。作品中に、うまく埋め込まれてはいるのだが、宮部が自分の心情を吐露しているのが分かる箇所がいくつかある。ミステリーは、それ自体として完結しているべきなので、宮部の素顔がのぞいてしまうような書きぶりにやや危うさも感じてしまう。しかし、こういったこともやってのけるほど、作家として円熟期を迎えていると考えるべきなのだろう。

 本作は、登場人物が多く、一連の事件や出来事がいろんな場面で、平行して起きてくる。大企業広報室でのアルバイト女性をめぐるごたごた、関東近郊における4件の連続毒殺事件、警察をリタイアした意味ありげな私立探偵など。といっても、読者は登場人物やその相関関係を手元のメモ帳に控えておいたりする必要はない。いずれも明快に書かれてあり、混乱することはないからだ。

 489ページにおよぶ大作であり、ゆっくりと事態は進んでいく。はやる気持ちを抑えつつ、読み進めているうちに、どんどん作品世界に引き込まれていく。

 最後の100ページほどは、急激に事態が展開し、ページを繰る手がどんどん速くなっていく。同時並行で起きていた出来事が絡み合い、ひとつになっていくシーンは鮮やかだ。この最後の100ページのために本作があるといってもいいくらいだ。よほどしっかりと準備して執筆にかからないと、こうも巧みに、もともと無関係な出来事が結び合わさっていくような読み物にはならないだろう。

 宮部は今の世の中を映し出すような作品を手がけるが、本作でも、読者は別世界に遊ぶというよりは、実際に起きている出来事をなぞっているような感覚に襲われる。「名もなき毒」というタイトルは、ほんのささいな「毒」が、自分の身辺にも広がっているに違いないことを自覚させてくれる。

 本書を閉じるとき、宮部の作り出した世界から戻ってくるというよりは、自分がどういう社会に生きているのかを教えられた感じになる。現代社会を分析した硬派の書物ではなく、ミステリーというエンタテインメントに富んだ読み物を通して、これが叶うところが、宮部作品の真骨頂というべきだろう。素直に本作の出来のよさを誉めたいと思う。

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戦後経済史を語るに欠かせない本

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書店に並び、ベストセラーとなるビジネス書・経済書の多くは、今現在の日本経済を分析したり、ふりかえっても過去せいぜい10年内の経済分析に関するものである。売れる本であるためには、最新の経済状況に触れ、今後の経済見通しを提供できるような書でなくてはならないということであろう。ところが、本書はそのようなものではないにも関わらず、「週刊東洋経済」というれっきとした経済誌が選ぶ2005年のビジネス書の第3位にランクインしている。内容は、書名の通り戦後の日本経済を60年にわたって回顧したものであり、類書のそれとは位置づけが違う。つまり、これは日本の戦後の経済の変遷を長きにわたって見てきた者にしかできない回顧録であり、歴史的価値が高い書というべきであろう。歴史を目の当たりにしてきた者でなくしては正確に著し得ない事項を、これまた巧みな聞き手が余すところなく聞き出しているのである。終戦直後の石炭の配給制という統制経済から、近年の中曽根内閣以降の構造改革路線にいたるまで、経済企画庁を中心にして、官庁で経済担当官として働いてきた者からの視点で、貴重な話がふんだんに盛り込まれている。統制経済から自由経済へと移行する過程では、日本企業が外国企業との競争に負けないほどの力をつけてから、徐々に移行していくようにと経済政策を運営するなどの、政策の内幕を鮮やかに描き出している。90年代以降の「うしなわれた10年」や、最近のデフレ脱却に関心を奪われている多くの人は、このような戦後経済の軌跡にふれて感慨を覚えることであろう。今の豊かな日本に、いかにしてたどり着いたのかを理解しておくことは、経済について深く学ぼうとする者にとっては欠かせないことであると思う。所得倍増計画の策定、その後の高度経済成長期、石油ショックの克服、80年代の内需拡大策など、ひと通りおさえておきたい事項ばかりである。このことが歴史の当事者の口から語られていることに大きな意義がある。ただし、小泉内閣の経済運営への評価などはやや明快さを欠く一方、石油ショックは「それほど大きなものではなかっった」と述懐するなど、時代の流れは、やはり人をして過去を美しく感じさせてしまうのかと思わせる。この点はご愛嬌であるにしても、大半のエコノミスト・経済学者、経済を学ぶ学生が手元において置くべき書としての価値は確かである。一方、今後の株高・円高をうらなうような短いスパンでしか、事象を捉えない者には大分な書にしか映らないかも知れない。いずれにせよ版元が岩波書店であることに納得がいく、歴史の重みに耐えうる書であると言える。にも関わらず、口述記録であるので、読みやすさという点ではまったく問題がない。まじめに戦後経済の軌跡について学んでおきたいとする人にとっては内容が充実しており、かつ読みやすい良書であることは間違いない。

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明日の世界チャンピオンを夢見る全ての人に捧げられる本

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 歴代の日本人世界チャンピオンの素顔に迫る好企画である。ボクシングファンにはたまらない内容になっている。表紙の写真からしてすごい。辰吉など、近年の顔しか知らないから、世界挑戦してバリバリ活躍していたころの少年のような顔には驚かされる。なつかしい、こんなにあどけなかったのかと。

 ここには何人もの現役もしくは過去の世界チャンピオンのインタビューが載っている。ひとりひとりボクシング観が違うのは意外だ。ボクシングというと日本では、ストイックなスポーツとしてステレオタイプ化して捉えられることが多い。特に、「あしたのジョー」に影響されて、過酷な減量をこなし、命がけで闘うボクサーのイメージが強い。

 しかし、なかにはもちろんそう語る元チャンピオンも少なくないが、自分なりの目標と世界観を築いているのが、明らかになる。

 特に意外なのは、技巧派でならし、アンタッチャブルの名をほしいままにした川島郭志だ。打たせずに打つというスタイルを目指していたのは見ての通りだったが、スリッピングアウェーという相手のパンチを顔をひねってすかしてしまう高等技術については、呼称すら知らず、中南米などの選手がやっているのを見て自然に覚えたというのだ。あんな高等技術を特訓でなく、自然に覚えたなど信じられない。まさに天才肌の技巧派だ。もっとも、ずっとボクシング漬けだったのはお父さんの影響なのだが。

 こうした本人にしか分からない秘話が続出するのが本書だ。これで1,260円は安い。
 
 ボクシングで大金をつかんで車を乗り回した薬師寺の話もけっこう笑える。こういうボクサーだっていてもいい。あの辰吉を破った試合はボクシング至上最高視聴率だった。それ以外にも強敵を下し、結局、ダウンを経験しないまま引退したのだから運動能力は極めて高かったことになる。

 鬼塚はボクサーらしくストイックで神秘的なイメージがあったが、このインタビューを通しても、ほかのボクサーとはひと味違うことがわかる。チャンピオンになっても、まだ自分の求めるものが得られないとして、追求していたのだ。引退後もジムを開きつつ、アートにも乗り出して、求道者のままだ。やはり意外なのは、引退後もカムバックを何度も考えたことだ。実際、本格的なトレーニングをしたこともあるという。そうなら見て見たかった。実力の限界を見ないままリングから遠ざかった感じが今でもするからだ。

 元チャンピオンたちから語られるこの年代のボクサーでも実力が折り紙付きなのは、どうやら川島と鬼塚のようだ。特に、インターハイを制したようなころは群を抜いていたとある。こうしたチャンピオンをしっかりとテレビ中継がある時代にすべて見られたのは幸運だったのだ。

 辰吉へのインタビューはなぜか辛口だ。40歳を過ぎても、まだ引退しない執着心は見上げるものがあるが、肉体的に悲鳴をあげているのを知っているインタビュアーが、気遣って、あえて辛口の言葉を贈っているのだろうか。ただ、辰吉の語ることには、けっこう胸を打つものがある。若いころにホームレスも経験して、公園のベンチ下で寝起きしていたことなど今まで知らなかった。ただ、辰吉にはそろそろ新たな道を見つけてほしい。これからの人生の方が長いのだから。

 本書に出てくるチャンピオンの中で、もっとも評価の高いのは現役の西岡だ。ラスベガスやメキシコなど海外で世界戦を闘い勝っている。敵地での1勝は国内での防衛の3勝くらいには相当するらしい。このまま価値を下げなければ、日本のボクシング至上最高の選手と言うことになる。それは、早熟の天才と言われながら、4度も世界戦に失敗し、5度目で獲得した苦労人であるから、なおらさ名声を高めている。

 徳山は見た目は派手な試合は少なかったが、ボクシングに精通したものなら分かる超技巧派であった。距離をとり、相手のパンチの当たらないところにいて、いざ自分が打つときは鋭く踏み込み打ち勝つ。これは経験者でないと分からない世界だ。現役ボクサーにも間違いなく役立つインタビューだろう。足を使うこと、何種類ものジャブを使い分けること、踏み込みを強くすること、こういった要素が揃えば、ほぼ無敵となる。

 現役では、もっとも注目されるのは、井岡一翔だ。これほどレベルの高い試合を見せつけるボクサーも見あたらない。ボクシングファンは一試合も見逃さずに見ておいた方がいい。練習への取り組みなど真剣そのものであり、自信もついてきている。ぜひ、歴史に名を残す選手になってほしい。

 2012年2月現在、日本には8人もの世界チャンピオンがいるが、どうやら衛星放送で世界のハイレベルの試合がいくらでも見られるようになったことが大きいらしい。見て真似るお手本がいくらでもあるからだ。それと、本書に登場する多くの元チャンプが自分のジムを開いていたり、トレーナーをしていたりと、その経験値を伝えられる状況にあることも大きいのではないだろうか。芸能界に転身したり、事業を始める人もいるが、ジムの開設が比較的容易になり、経験を伝授できるようになったのはよいことだ。

 その意味では、これからさらに日本のボクシングのレベルが上がり、新たなチャンピオンが続々と誕生する土壌は整いつつある。これからがますます楽しみである。

 本書はその価値からして安い。ファンは勝って読んで、損することはまずない。いや読まない方が損だ。

 世界チャンピオンになれるのは、才能という人もいれば、気持ちという人もおり、がんばればなれるという人もあり、けっこう意見が分かれている。数多くのボクサーに本書が読まれて刺激を受けてほしいと思った。

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野村監督のような人が会社の上層部にいたら、さぞかし業績もあがるだろう

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 2009年に楽天監督を最後に球界から退いた野村監督のぼやき語録の集大成のような書物だ。しかも新書で読める。

 私は野村氏のことを1990年にヤクルトの監督に就任してからしか知らないが、何度もリーグ優勝を果たし、3度日本シリーズを制した名監督といった印象を持っている。「ID野球」を売り文句に、大活躍した。つまり考える野球を導入した。

 プロ野球選手は、天性の運動能力に恵まれているので、考えた野球にはなかなかならない。バッターなら来た球を叩く、ピッチャーならストレートで押す、キャッチャーは型どおりのリードをしておしまいになることが多い。
 野村監督は、バッターなら相手投手の特長をつかんで狙い球を絞らせる、ピッチャーなら打者の内外角に巧みに投げ分ける、キャッチャーはバッターが手を出す癖を把握して配球をするといった具合に、1球1球に工夫を凝らした。

 言われてみれば当たり前のようなことなのだが、意外にもプロ野球では実践されていなかった。野村監督が始めたことも少なくない。何にせよ、はじめて試みるというのは、非常に勇気がいるし、頭がよくなくてはできない。それを監督の立場で、選手たちに納得させて実行させたのだから指導者としての腕は相当なものだ。

 ヤクルト時代の選手、例えば、広沢、池山、古田、飯田などを例にどうやっって才能を開花させてやったのかが語られている。当時のヤクルトの快進撃を知る者には、興味深いことがたくさん書かれている。古田を中心選手にすえて、ベンチでもそばにおいて、逐一学ばせたのは有名な話だ。飯田については、捕手だったのをその足の速さに注目してセンターにコンバートさせて大成させたのは、野村監督の人の才能を見抜く能力の真骨頂だ。

 野村監督は他球団で解雇されたり、くすぶっていた選手を拾って再生させたことでも知られている。こうした選手にもう一度命を吹き込んだ事例がたくさん紹介されている。

 会社で管理職に当たる人にも多いに参考になりそうだ。冴えない選手を再生させるにもコツがある。追い込まれてはいるが、プライドは高いので、何とかしたいという気持ちは強い。その気持ちをうまく引き出して、発揮させてやればいい。これができそうでなかなかできないのだが、できれば知将と呼ばれることになる。最近の野村再生工場の成功例は、楽天の山崎がそれにあたる。

 野村監督は幼くして父親を亡くし、貧乏生活を送っている。学校に通えたのも兄が進学を断念して、学費を工面してくれたおかげだ。そのつらい日々が、苦しくてもなんとしても這い上がろうとする執念に結びついている。これは豊かな時代に育った世代には、さすがに真似はできないが、こうしたモチベーションを自分なりに作り出せば、これが限界と思えるような壁を突破できそうだ。

 野村監督が指導した中でも、江本、江夏、門田は扱いにくい選手の代表だったと言う。結局、うまく導いていくのだが、その過程は読み応えがある。

 野球界のことしか述べていないが、読者の日々の仕事にもきっと応用できるだろう。

 こうした考える野球によって、野球の魅力を高めることに貢献してきた野村監督の功績には相当大きいものがある。

 野球に関心がない人にもおすすめできる一冊となっている。

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図解式思考の指南書としては決定版ではないだろうか

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 先日読んだ『頭がよくなる「図解思考」の技術』(永田豊志著)では、図解式で考えるのは、難易度が高そうだが、意外に使えることを知った。本書は、図解式思考法の指南書としては、それを上回る出色の出来だった。

 『ファシリテーション・グラフィック』は、サブタイトルの通り「議論を見える化する技法」を教えてくれる。毎回会議で思うような結論が出ない、だらだらしてしまう、無駄話が多い、脇道にそれる、などの悩みを抱えている人には最適の本だ。会議の運営を任される中堅社員あたりに喜ばれそうな内容だ。

 会議をするにしても、こんな風にすれば、かくも生産性があがるのかと感心するような技法がふんだんに盛り込まれている。会議の成否は、「板書」にあることが本書から分かる。

 会議のテーマをうまく強調する線の引き方、囲みの使い分け、アンダーラインの効果、イラストの添え方、破線による演出、矢印の使い方などなど、あらゆる技法が紹介されている。
 ひとつひとつは奇をてらわない、ごくふつうの方法だ。要は、こうしただれでもできる技法をいかに効果的に組み合わせて会議をリードするかだ。
 著者は、こうした技法を極めている達人のようにも見える。本書には役立ち技法が、これでもかというほど盛り込まれている。類書をいくつか見たが、本書は決定版といってもよさそうだ。 

 さっそく、会議で使ってみたら生産性があがったように感じた。会議に流れができて、一定の結論にたどりやすくなった。
 本書のすごいのは、こうしたリードのしすぎにも注意すべきことを述べている点だ。あらかじめ仕込まれた結論に強引に導いていくようなやり方は逆効果だと、指摘する。うーん、ここまで来ると、あらゆる事態を想定したすぐれた本というしかない。

 ホワイトボードにみんなの意見を書き付けていくのが楽しくなってきた。「会議室にホワイトボードが3枚くらいほしい」などと思ったら、本書には、2時間くらいの会議になれば、あらかじめ3-5枚の模造紙を貼り付けておくとよい、と書いてある。やはりそうなのか。感心した。もう、著者に弟子いりでもした方がよさそうだ。

 快感すら覚える本書は、板書係という名のファシリテーターの魅力を一気に高めてくれる。会議運営者は読まない手はない。
 ファシリテーション・グラフィックも、経験値をどれだけ積んでいるかで、大きな違いが出そうだ。比較的気軽な会議の板書から始めて、どんどん試していくのがよいと思われる。そう思ったら、本書の後半には「ステップアップ法」まで教示されている。至れり尽くせりの内容だ。迷うことなく星5つ。

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400戦無敗のヒクソンが格闘技を通じて人生を語る

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 ヒクソン・グレイシーは400戦無敗と何度も語られ、その強さは神話化している。実際、日本のリングでも活躍し、すべての試合で勝利を収めた。そのヒクソン・グレイシーの本が出たのだから興味深い。

 驚いたのは、いたって謙虚で率直であることだ。見るからに風格があり、自信満々に見えるヒクソン。しかし、自分が負けるシーンもイメージして、トレーニングを積んでいたと語る。

 何が起こるか分からないから、いろんな事態を想定して、トレーニングを積む。あのヒクソンにしてそうなのだった。柔術から学んだことは、その多くが人生訓にもなっている。

 ヒクソンですらそうなのだから、凡人などなおさら、謙虚かつ柔軟でなくてはならないと肝に銘じた。

 ヒクソンは長男を事故で亡くしている。その時の心境が語られる。奥さんとも別れている。自分の持てるものすべてを与えての離婚だ。無一文からの再スタートを始める潔さ。

 ヒクソンは、対戦の際に、相手にいろいろな要求を突きつけると言われる。そのことを批判する人もいる。しかし、一度、本書を手にとって見れば、ヒクソンの実像に近づけるはずだ。

 ヒクソンはたびたび日本や東京のことに言及する。良い点をほめることもあれば、欠点を指摘することもある。つまりは、率直なのだ。その人柄を、どう評価するかは読者次第だ。

 一番興味深いのは、船木戦をふりかえった記述である。この試合でもヒクソンは、ある一点をのぞいて、危なげなく勝利を収めている。その一点とは、目の下を腫らしたことだ。

 当時は、パンチが一度当たって腫れたという程度に見えた。しかし、リングでは、40秒間両目の視力を失っていた。その危機を凌ぐと、回復した片方の目で、闘いを続行し、勝利した。

 腫れた目の下を、実は骨折していた。私には衝撃の事実である。いわゆる眼窩底骨折を起こしていたヒクソンは米国にすぐ戻り、緊急手術を受けている。それも、かなり大がかりな手術だ。

 そんな状態で闘い続けていたとは、思いもよらない勝利だったのだから、驚かないはずがない。それができたのは、危うい状況に陥ったときでも、落ち着いて対処することを、日頃のトレーニングで身に付けていたからだ。

 うーん、さすがはヒクソン。オーラをまとったヒクソンではなく、極めて人間くさいヒクソン像が本書からあふれでる。それでも、やはりヒクソンはすごいのだと思わずにはいられなかった。

 現代版サムライという言葉に象徴されるように、ヒクソンは自分に届いた言葉を、ヒクソン流に解釈して、新しい生き方へと昇華させる。人としての芯がとてもしっかりしているのだ。

 ヒクソンといえども、その人生は、すべてにおいて満点ではなく、数々の波瀾万丈を乗り越えて来ている。だから説得力がある。本書には、個人的に感じ入る言葉が多くて、勇気づけられた。 

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ひとを見抜くのは瞬時だが、その後の接し方が温かく厚いスカウト

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 うかつにも知らなかった、こんな伝説のスカウトがいたことを。阪神なら江夏豊、藤田平、掛布雅之。近鉄なら大石大二郎、阿波野秀幸、野茂秀雄、中村紀洋。名選手のうしろには、こんなに魅力的なスカウトがいたのだった。

 平成9年に77歳でスカウトを勇退している。だから、スカウトとして腕を振るったのはおおよそ昭和の時代である。その時代に知っていらなら、河西が次にどんな選手をスカウトしてくるかと、毎年注目してみたに違いない。

 そこまで思わせてしまう著者の澤宮優の筆力もまたすごい。伝説のスカウト河西を生き生きと描き出しているのだ。あたかも河西に寄り添って、生涯を過ごしたかのようだ。世の中に伝記物はたくさんあるが、これは傑作のひとつにあげられるのではないだろうか。

 ドラフト制度導入前に、有力球団と競合しながら選手を獲得していった。その苦労や努力の過程は、過去の話なのに、はたして上手く獲得できるのかと、ハラハラしながら読み進めてしまう。
 
 河西はまぎれもなく昭和の人だ。「仏の河西」「すっぽんの河西」などの呼び名は昭和にふさわしい。在京のセリーグ球団しか入団しない、と意志を固めている選手を攻略するのは至難の業だ。そして、それをやってのけたのが河西というわけだ。

 その極意は「誠意」だと言う。真心を尽くせば、人の心を動かせる。言うはやさしいが実行するのはむずかしい。それを河西はスカウト時代を通じて実践した。

 選手の家族、特に母親から全幅の信頼を寄せられる河西。選手が納得したというより、母親が河西をすっかり気に入ってしまい、入団を決める例が多かったという。
 それもひとつの戦略なのだが、親こそ子どもの将来を考えて慎重にことを運ぶはずだから、親に気に入ってもらえるというのも決して簡単ではなかった。

 しかも、プロでやっていけるかどうか不安を口にする選手や家族に、安易に活躍を保証したりしない。むしろ、河西自身がプロ野球選手であった経験から、容易ではないことを説いたりする。このあたりがかえって信頼につながる。

 人情家の河西だが、合理的な考え方をし、ジャズを聴くというアメリカ的趣味を持っていたというのも面白い。人生メリハリなのだろう。

 有力選手の獲得に成功すればスカウト冥利につきるはずだが、河西はスカウト稼業のつらさを語る場面が意外に多い。これもなかなか考えさせるところがある。仕事の喜びや苦労というのは、一筋縄では説明できないことなのかも知れない。
 
 ドラフト制度の導入や情報網の発達によって、かつてのようなスカウトが腕を振るう場面は減っている。地方の無名選手を足を運んで発掘するということもなくなった。あとはドラフト時の運と契約金がものを言う。
 そういう時代になったのもさびしい感じがする。最近では、逆指名が増えたので、少しはスカウトが選手を引きつける工夫の余地も戻りつつあるようだが。

 さて、書名の「人を見抜く」は、プロに入って活躍する力があるかどうかを見抜くということだ。河西は「アクセントのある選手を獲れ」という言葉で表現している。
 投手は毎年それなりの選手が出てくるが、野手はいい選手はそれほど出てこないという。平均してそこそこの選手より、「足が速い」「闘争心が全面に出ている」「肩が強い」など、ずば抜けた技量のある選手を「アクセントのある選手」と評した。

 しかも、あっさりと見極める。試合も3回くらいまで見たらおしまいだ。すぐれた選手からは、ひかるものをさっと見つけてしまう。何度もくり返し見たりはしない。このあたりは職人芸的なものを感じさせる。河西は独特のインスピレーションを持っていた。

 河西は昭和の人だが、こうした感性は平成の時代にも、ほかのスカウトに受け継がれてほしい。ドラフト1位、2位はだれが見てもすぐれた選手が指名されるので、3-5位にどれだけよい選手を指名できるかがスカウトの腕の見せ所とある。近鉄に4位指名された中村紀洋もそのひとりだ。

 「あ、これや、これや」と河西の目にとまった選手は幸運である。スポーツ界には名伯楽が必要だが、名スカウトも同じくらい必要なのだと、本書を読んで初めて知った。    

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