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停電の夜に(新潮文庫)

  • 発行年月:2003.3
  • 出版社:新潮社
  • レーベル:新潮文庫
  • サイズ:16cm/327p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-10-214211-8

文庫

  • 国内送料無料

停電の夜に (新潮文庫)

ジュンパ・ラヒリ (著), 小川 高義 (訳)

紙書籍

637 ポイント:5pt

発送可能日: 1~3日

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収録作品一覧

停電の夜に 7-40
ピルザダさんが食事に来たころ 41-72
病気の通訳 73-114

書店員レビュー

ジュンク堂書店大阪本店

秋の夜長にお供してほ...

ジュンク堂書店大阪本店さん

秋の夜長にお供してほしい文庫を考えていたら、これが浮かんできました。短編集なので、夜寝る前に一日一話読むのもおすすめ。著者のジュンパ・ラヒリはとっても美人なロンドン生まれ、アメリカ育ちのベンガル人。表題作の「停電の夜に」には、美人で仕事もできる完璧な妻と、容姿端麗とは言いがたい定職を持たない夫の交流と断絶がこまやかに描かれています。電気工事によってもたらされた暗闇のなかの一時間。ろうそくを灯し、食事をしながら、お互いの秘密を打ち明けあう二人。夫婦ってどうしようもなく他人なんだなと感じさせられつつも、だからこそ生まれる感情の機微にしみじみしてしまいます。それにしても夫が作るたくさんのスパイスを使ったインドの肉料理はおいしそうだなあ。秋の食欲もそそる一冊。 文庫担当 桟奈津子

ユーザーレビュー

全体の評価 4
4.0
評価内訳 全て(177件)
★★★★★(51件)
★★★★☆(70件)
★★★☆☆(32件)
★★☆☆☆(7件)
★☆☆☆☆(2件)

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まるで美しい映像の映画を見ているような陶酔感を味わえる短編集。

8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2009/02/23 18:27

評価5 投稿者:トラキチ - この投稿者のレビュー一覧を見る

まず著者のジュンパ・ラヒリについて簡単にご紹介しよう。
1967年ロンドン生まれ。現在まで本作の他に『その名にちなんで』(新潮文庫)(2004)と『見知らぬ場所』(2008)(新潮クレストブックス)を上梓。
受賞歴は本作に収録されている「病気の通訳」でО・ヘンリー賞、本作でピュリツァー賞とヘミングウェイ賞を、『見知らぬ場所』でフランク・オコナー国際短篇賞を受賞している。

『その昔、何カ月も辞書を引きひき訳読したあとで、ついにフランスの小説やイタリアの十四行詩をつっかえずに読めるようになったときも、似たような心地よさがあった。そんな瞬間には、世の中にはうまくできている、がんばったらいいことがある、まずいことがあっても結局どうにかなるのが人生だ、と思えたものだ。(病気の通訳より引用)』

訳者である小川高義さんの簡潔で美しい訳文も印象に残った。
違和感なく読ませるってその訳者の実力以外のなにものでもありませんよね。

作者の両親がカルカッタ出身のベンガル人で、本作にもインド国内の話2編以外はアメリカで暮らすインド系移民の人々が登場するのが特徴。
私自身、あんまり翻訳本を読まない理由として大きく二つの理由がある(というかあった)
まず、文化の違う人が書いているのでどうしても共感し辛い点。
そして、もうひとつは訳者を介しているので読みにくくかつ読み取りづらい点。

本作を読んで上記2点は杞憂に終わったことに気付いたのである。
前者は作者の力、後者は訳者の力である。

本作すべてに通じることであるが、この作品の素晴らしい点は登場人物のほとんどの背景がアメリカで住むインド系移民でもともと文化が違うのですが、“人間の本質的なものには変わりはない”ということを読者に知らしめてくれているところ。

たとえ翻訳本であれ文化の違いがあれども読書の奥行きの深さを陶酔出来る名作であると言えそうだ。

特徴としたら端正な文章という言葉があてはまるのであろう。
あとは一編一編が味わい深くって余韻が強く心に残るといったところ。
“言外の意味を汲み取る”ことができるんですよね、というかそれがこの作家の高い評価の大きな理由であると断言したい。

くしくも、航空機内でこの本を読み始めたのであるが、それはこの作品を味わうのにはかなり場違いであったと後悔している。
流し読みは作者に失礼であって、この作品集はじっくりと心を落ち着かせてコーヒーをすすりながらじっくりと読むべき本である。

特に秀逸なのはラストの「三度目で最後の大陸」。
他の作品は総じてウィットに富んでユーモラスな部分が目についたのであるがこちらは繊細でかつ感動的。
100歳を超えた老女と若妻の対面のシーンは本当に感動的で脳裏に焼き付いて離れない。
思わず目頭が熱くなった。ちょっと涙腺が脆いのですが(笑)、二度読んじゃいました。
私的には作者の背景等を考慮すると、愛する両親に対するオマージュ的作品とも捉えることが出来たのである。

あとちょっとドキッとさせられる「セクシー」とО・ヘンリー賞受賞作の「病気の通訳」が個人的にはお気に入り。
でも他の編が気に行っても全然おかしくない力作ぞろい。
なんというか、美しい映画9作を見終わった気分に浸れる感覚ですね。
読者が入り込める世界をデビュー作にして放った作者の能力を大きく讃えたいなと思うのである。

ちょっと脱線するけどかなり美形の作家さんです。新潮文庫で買って是非あなたの蔵書の一冊に加えて欲しいなと切に思います。
機会があれば講談社英語文庫でも読めるので原書で挑戦したいなとも思うのであるが(苦笑)

新しい才能高き作家にめぐり合えた時の喜び・・・これだから読書はやめられない。

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人が成長するというのは、想像力を身につけていくことである。そんなことを読者に静かに語りかけている短編小説たち。

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2005/01/02 09:59

評価5 投稿者:yukkiebeer - この投稿者のレビュー一覧を見る

 9つの掌編による短編集。
 各編の物語展開に劇的な起伏はありません。見かけ上の共通点は、物語のそこかしこにインド系、しかも東部ベンガル地方の人々の姿を頻繁に見かけるところにあります。それももちろん大きな要素には違いありませんが、この短編集が人種や文化を超えた多くの読者の心にひっかき傷を残す力を持つにはそれだけでは十分ではなかったでしょう。

 これらの物語の底に流れるのは、想像する力を養っていく主人公たちです。

 「ピルザダさんが食事に来たころ」では、バングラデシュがパキスタンからの分離独立を目指して戦っていたころに我が家をたびたび訪れていたピルザダさんの想い出が、一少女の目を通して描かれます。新しく生まれた故国へと帰ったピルザダさんに思いを馳せ、彼女は「このとき初めて、はるかに遠い人を思うということを知」ります(71頁)。そこに私たち読者は少女の、わずかではあるけれども確かな成長を見るのです。

 おなじく子供の成長を描く掌編が「セン夫人の家」です。少年エリオットはセン夫人という若いベビーシッターのもとで数ヶ月を過ごすことになります。物語の中で幼いエリオットに対してセン夫人がみずからの身の上について明確な言葉をもって語ることはついにありません。しかしそれでもエリオットはその幼い目に映る彼女の日常をもとに、限られた想像力を働かせ、セン夫人の今置かれている場所を懸命に読み解いていくことになります。最後にエリオットが口にする「平気だよ」という言葉の奥底に、私たちはこの少年の苦く切ない成長を見ます。

 確かに子供は自分の手の届く範囲の時空間にしか思いをはせることができない幼さをもっています。しかし大人の想像力も胸を張れるほど豊かなものであるとは言い切れないことを、他の作品の中に読み取ることができます。

 表題作「停電の夜」の若い夫婦シュクマールとショーバは、これまで言葉を与えてこなかった日々の些細な出来事について、夜毎の停電にかこつけて語り合うことになります。しかし彼らは、夫婦であるからこそ他人以上に十分互いの心を思う力を持っていたわけではありませんでした。そのことを私たち読者は最後に知ります。

 「セクシー」の主人公ミランダは、一時的に預かった少年ロヒンの「セクシー」という言葉を耳にして、少年の父親の許されぬ恋、そして自らの道ならぬ恋に一気に思いをはせることになります。ミランダもこの物語の末にひとつの成長を遂げるのです。

 私は「想像力」という言葉を使いましたが、それは他人の心を思う力、この先に待ち受ける人生を見通す力、つまり今は眼前にない何かを理解する力すべてを指します。
 そしてこの短編集が示すように、想像力を身につけるきっかけはドラマチックな出来事である必要はないのです。日々の暮らしの中で見過ごしてしまいそうになるほど些細な事柄をきちんとすくい上げ、それをじっくりと見つめてみる。そして目に見えないところにあるものをさらに想像してみる。
 「(一度限りの)体験」を「(その後の人生にとって意義をもつ)経験」へと昇華させる作業と言い換えることも可能でしょう。その作業の過程で私たちは想像する力を獲得していくことができるのです。

 想像の末に見えてくるものは必ずしも温もりをもった素敵な事柄ばかりではありません。口の中がざらつくような、胃の腑に何かが重く沈むような、そんな思いを味わう場合もあることを、この9つの掌編は静かに語っています。
 それでも私たちにとって「見通す」力を持つことの大切さは、なにものにも替えがたいものです。

 これほどの力量をもった作家が新たに現れたことを、書を読むことのすばらしさを知る私たちは大いに喜ぶべきでしょう。

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停電の国で停電の夜にを読む。

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2016/04/22 00:26

評価4 投稿者:たけぞう - この投稿者のレビュー一覧を見る

たまに海外出張をすることがある。
この書評はバングラデシュ国で書いている。インターネットは不思議だ。
このように書かなければ誰にも分かるはずがない。

ジュンパ・ラヒリは、コルカタ出身の両親を持つベンガル人だ。
バングラデシュ国にいるからこの小説を選んだ。
主にインドの話だが、バングラデシュの独立に関わる話もあり、どちらかと
言えばベンガル人の話として括ったほうがすっきりする。

日本は国と民族の区域がおおよそ一致しているのでピンとこない部分が
あるが、陸続きの国では民族の区域というものが厳然として存在し、
だから独立運動などが起きる一因にもなるように思う。
もちろん宗教も大きな影響があると思うので単純なものではないが、
そんな側面もあるのかと思うと一つ視点が増える気がする。

豆知識だけど、コルカタは昔で言うカルカッタのことである。
カタカナ式発音は、自分流にローマ字読みしたりとか、他の国の人の言い
方を輸入したりとか結構怪しいものが多い。
例えばオーストリアのウイーンを現地ではヴィエナと発音するのは、
私はそちら方面に行くまで全く知らなかった。
なおコルカタを現地のベンガル人に発音してもらったが、そもそも日本の音
とずれているので表記の揺らぎは仕方なさそうだ。
私の耳には、クルクトゥとコルカタを足して二で割ったぐらいに聞こえた。

「停電の夜に」は九編からなる短編集だ。不思議と短編という感じがしない。
一編一編の研ぎ澄まされた鋭さが心に爪あとを残していく、そんな感じだ。
九編とも舞台や登場人物が違うのに、小説の持つ一つの世界観にくるまれる
とでも評せば良いだろうか。

表題作は和訳では「停電の夜に」、原題では「病気の通訳」で、実は異なる
短編を引用している。出版社の作戦だと思うが、何もその二作の択一でな
くとも存在感のある短編が詰まっている。
和訳の文体でも充分すぱっとした感じがあるので、原文の洗練度はきっと
並大抵のものではないだろう。

著者はロンドン生まれでアメリカ育ちとのことだが、両親の影響でベンガル魂
を色濃く残していることは想像に難くない。
停電の夜にはインドの経験が下地になければ思いつくはずがない。

少し距離感の芽生えた夫婦が、一時間ずつ五日間の停電の知らせを受ける
ところから物語は始まる。停電をどう過ごすかで夫婦の絆が洗われていく。
そして夢のような停電の時間が過ぎると、厳しい現実にすぱりと切って落とされる。

文中に「通知してくれるだけ親切よね」とある。アメリカ的発想とは思えない。
バングラデシュ国にいると、輪番停電が予告もなく発生するので、同じ
ような状況に慣れたセリフである。
インドでも昔は似たような状況であったと聞く。

停電したって毎日のことだから誰も驚かない。
そもそも電気が来ることを当てにしていないから、裕福な家や高級
レストラン、ホテルは自家発を持っているのが当然だ。

この作品は、民族の誇りに根ざしている。中国や、韓国、日本も多かれ
少なかれ同じ心情を持っているように思う。
これはベンガル人の話なのでインド人全体には当てはまらないかもしれない
けれど、外国で自分たちの殻に閉じこもりがちな部分が、自分の気持ちを
書かれているようで何だか他人事とは思えない。

私も停電の夜にベンガル人と話をしてみた。
懐中電灯一つの暗闇の中で、聖人による民へ尽くした奇蹟などを聞いて
不思議な心持ちになった。
電気がついた時、私の場合は日常に戻っただけだが、ベンガル人の誇り
高さを感じた一夜でもあった。この本は同じ香りがする。

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日本らしさって、一体何?

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2005/06/25 00:14

評価4 投稿者:ツキ カオリ - この投稿者のレビュー一覧を見る

日本ほど、各国の文化に気軽に接することのできる国はないだろう。例えば、「食」という文化について、考えてみる。東京なら特にその傾向が顕著だと思うが、どの街でも、メインストリートを歩くだけで、様々な国の食事を、いとも簡単に味わうことができる。私の職場の街でも、それこそ、インド料理だけでも、大、中、小、合わせて、5つも6つも思い付くくらいある。他の国の料理を思い浮かべても、店の数の差こそあれ、同様の結果となるだろう。

外国に行くと、ここまで簡単にはいかないのではないか。行った国以外の料理を味わうというよりも、むしろ、その国の料理を食べることがメインになるはずだ。

さて、この短編集には9つの短編が含まれているが、設定の違いこそあるものの、そこはかとなく、インドの香りが漂ってくる。チャツネやタンドリーチキン、サモサなどのインド系料理が放つスパイスの香りと共に、サリー、既婚者の女性(?)が髪の分け目に着ける朱色の粉、おでこに押す赤丸、など、ファッションというよりは民族衣装と言ったほうが的確だろう、と思われる記述も、多く見られる。

それら一つ一つが、インドの象徴なので、この短編集には、独特の彩りが加わるのである。

インドの貧しさも目を引いた。

四作目の『本物の門番』の主人公、ブーリー=マーは、あるアパートの、階段の掃除人をやっている。郵便受けの下で雨露をしのがせてもらえるのと引き替えなのだ。
八作目の『ビビ・ハルダーの治療』の主人公、ビビ・ハルダーは、ペンキも塗っていない四階建てのアパートの屋上にある物置にいつも座って、いとこ夫婦がやっている雑貨店の、在庫品の記録を、賃金も貰えないのに、つけている。彼女の見返りは、食事のみなのである。

この短編集を読んで思ったのは、同じように、日本的なものを順に並べれば、日本らしい短編集ができるのだろうか、ということだった。

例えば、食に関しては「和食」を列挙したとして、とはいうものの、そもそも日本では、和食だけを食べている訳ではないのだ。同様に、民族衣装ともいえる着物でさえ、式典など特別な場合にしか今では着なくなっているのだから、その描写をしたところで、かえって、かなり特別なことになってしまうのではないか。
極端な貧しさ、もしくは、豊かさ、などは、日本には、もはやない。

すなわち、日本的なものを拾い上げていくことが、即、日本らしさには繋がらないのではないのか。

三作目の『病気の通訳』に出てくる、ピーナツとトウガラシをまぜあわせたライススナックの味を想像しつつ、そんなことに思いを馳せることになった1册だった。

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ノスタルジック&マイルド

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2003/04/15 00:09

評価4 投稿者:深爪 - この投稿者のレビュー一覧を見る

どうしても、「どのあたりが『ピュリツァー賞』なんだろう?」って探りながら読んでしまいます。そしてこの本は、できればそういう先入観なしに読みたかったかな、でしょうか。佳作には違いないと思いますけど。

読んでいて自然とノラ・ジョーンズの曲を思い浮かべました。だって共通点が多いのです。同じインド系。高い(高すぎる?)評価=かたや新人ながらピュリツァー賞、かたや新人にしてグラミー賞で8冠! そしてふたりともグッドルッキング(きっと高ポイント)。
その作風にしても、どことなくノスタルジック。冬の陽だまりのような癒し系。

手法としては、特に目新しいものを感じません。いわゆる「ニューヨーカー」誌に掲載されるような「現代アメリカの短編小説」の王道といっていいでしょう。ただ口当たりがとてもマイルドです。支持されるゆえんでしょうか。

シチュエーションとして、インド系の人々のスライス・オブ・ライフが使われていますが、著者にとって小説を書くことは、自身のルーツを掘り下げること、いわゆる自分探しではないように感じられます。単純に小説を書くことが好きな人なんだと思います。

個人的には、ラストの「三度目で最後の大陸」がじーんとくるほどに素晴らしかったです。著者の良心、あるいは可能性のようなものが、ここに集約されている気がしました。「これでいいじゃん」って感じです。

ピュリツァー賞とかは忘れて、マイペースでがんばってほしいものです。

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心の距離

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2016/01/23 10:44

評価4 投稿者:つよし - この投稿者のレビュー一覧を見る

レイモンド・カーヴァーの短編のような、人生のほろ苦さ、心のヒリヒリするような痛み、孤独、すれ違いを淡々と、かつ鮮やかに描き出している。近づいたり、遠ざかったりする人と人の距離を見事に表現している。インドのベンガル人の生活習俗にようなものもブレンドされていて、味わい深い。著者の人生観に共感する。

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淡々としているけれど

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2015/02/26 12:36

評価4 投稿者:夢のあと - この投稿者のレビュー一覧を見る

一見淡々としているように思えるけれど、それぞれの人物の内面がしっかり描かれている。その心情から派生する言動のひとつひとつに、ああリアルだなぁと思ってしまう。
遠い異国での出来事なのに、すぐ傍で見ているようで、とにかく、確かにそこに人々が息づいていたのだ。

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短編小説の愉しみ

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2004/01/18 17:46

評価4 投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る


 短編小説を読む愉しみのすべてが凝縮されている。(といっても、「短編小説を読む愉しみのすべて」を語れるだけの経験があるわけではないけれど。)なんといっても、文章がきりりと引き締まっていて、人物の陰翳がくっきりと描き分けられている。無駄はないのに、何かしら語り尽くせぬ余剰があり、それが深い余情となって読者の脳髄のなかでひとつ鮮烈な像を結ぶ。幸田露伴は、俳諧とは「異なったもののハルモニイ」だと語った。短編小説を読むということは、たぶんそういうことなんだろうなと思う。(もちろん、俳諧と短編小説とでは文学的感興の種類は違うけれど。)──収められた九編は、いずれも絶品。個人的には「セクシー」が印象に残った。「セクシーって、どういう意味?」「知らない人を好きになること」。少年のこの答えは、ミランダの「素肌の下へしみこむような言葉だった。デヴの言葉もそうだったが、いまは火照るというよりは冷たく麻痺しそうだった」。たった一つの言葉で、不倫の愛の始まりと終わりを語り尽くす。こんな鮮やかな短編は、これまで読んだことがない。

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人間の美質と尊厳とは

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2009/11/05 20:54

評価3 投稿者:浸透圧 - この投稿者のレビュー一覧を見る

『停電の夜に』 
個人的に短篇に期待するのは、気を衒う展開より、はっとする機微だ。
胸をつかれ、ため息をつきたくなるような機微をすくい上げられると、
共感や感動へ導かれやすい。その点で、この作品群は弱い。
この短編にしろ、理解はしても共感に至らない。

『ピルザダさんが食事に来たころ』
パキスタンとバングラディッシュの行く末を憂うピルザダさんと
その友である両親を少女の視点で描く。

毎晩、歯磨きのあと少女は、ピルザダさんにもらったチョコを
舌で溶かしながら、彼の家族の無事を祈る。素敵なシーンだ。
最後、ついに解決をみて、ハローウィンの菓子は捨てられる。

チョコを口に祈る場面以外、作中人物らの裕福な描写に邪魔されて
共感しづらい。彼らの祖国で苦しむ人々、米国本国で貧窮にまみれ
暮らす同国人らとのギャップが激しいせいか。
苦しむ人々に言及されても、こちらに迫らないのは、
とりもなおさず作中人物らの安全な立ち位置のせいだろう。

『病気の通訳』
どうも展開の予想がついてしまう。
父親の違う男児がサルに叩かれるシーンは象徴的。
両親の罪を子どもが購わされるといった図か。

『本物の門番』
ここでいきなり貧しい老女が主人公になる。
門番として働きを喜ばれていたが、ある一件で追い出される。
実に容赦ない話。中流の主人公らの結末より桁外れに厳しい。
なにを象徴したいのか。これが現実だと言いたいだけか。

『セクシー』
展開はなかなかユニーク。
女が不倫関係にある男といずれ終ることは想像にかたくないが、
7歳の男の子とのやりとりが、不倫の解消を早めることになる。
ラストの晴れ晴れとしたシーンも良い。

「セクシー」の意味を問われ、男の子がもじもじしたあげく、
「知らない人を好きになること」というくだり、
そして、父と、愛人の話をするくだりは、涙を誘う箇所のはず。
感動させる絶好の場所にもかかわらず、なるほどと思うにとどまり
ぐっとこない。落涙までいかずとも、哀切を読者にアピールする場所で
完遂できないのは、筆力不足ゆえか。

『セン夫人の家』
インドから結婚を機に米国にきた夫人の甘えた郷愁。
それを承知でとりあげ、少年の自立へ落とす。
ここにきて、インドはもういいと感じる。
人種のるつぼの米国で、インドから来たからどうなのだ。
文化が違うからどうなのだという気分になる。

『神の恵みの家』
新婚夫婦が引越した家にカトリックの偶像がそこここにあり、
それをみつけることに喜びを感じる妻と、辟易する夫。
妻は美人で人気者で、と続く。

女が何か特徴的であるとき、加えて美人であることが
いかに力をもつかよく知るのか、こういった設定が多い。
好みの問題だが、正直、白ける。
実生活で、おもしろい女にあまり美人はいないからだ。
深みのある美しさをもつ女ならいても。

この作家の書く美人は見た目の美しさしかもたない。
人を美しいと思う瞬間が、この作家と僕は違いすぎるのであろう。
人の美質はどこにあるか、この作家は知らないし、知りえない。
美しい人の美質がどんなものかも。
だから、作品同様、作中の美人たちも表層的なのだ。

『ビビ・ハルダーの治療』
つまり、おなかの子どもはビビ・ハルダーだったのかもしれない。

この作品群では、女は美人以外、どこまでも醜い女しか登場しない。
極端に醜悪な女を創りあげ、徹底的に貶める。
本作の貶めきられた女は周囲の愛でなんとか自立する。
だからどうなのだ。つまらない。

『三度目で最後の大陸』
インドづくしのなかで、これが一番マシだった。
人間の尊厳に満ちている。他の作品に欠けているものがここにはある。
訳者もこれが一番と書いているが、当然だろう。
インドから米国に渡った男と米国の人々の交わり、妻への愛の芽生え。
ようやくそれなりの重さをもつ作品が書けるようになったということか。

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評価5 投稿元:ブクログ

2010/05/11 19:04

停電の夜にでは思わず泣いてしまった。他に良かったのは、三度目で最後の大陸、セクシー。

作品とは関係ないけどラヒリ本人がものすごい美女で吃驚。

評価5 投稿元:ブクログ

2004/10/01 01:46

外国作品の翻訳ものはあんまり好きじゃなかったけれど、でもこの作品の翻訳にはとてもセンスを感じて大好き

評価5 投稿元:ブクログ

2008/03/28 00:18

最初はたいくつだと思ったのだけれど、最後まで読むころにはなかば感動していた。じわっと心の固まった地面みたいなところにしみこむ、地味にぐっとくる感じ

評価4 投稿元:ブクログ

2011/11/24 12:55

とっても素敵な一冊だったので、なかなかレビュー書けずにいました。作者は、ググってオドロキ、アメリカに暮らすナマステ美女。作中に登場するのもアメリカに暮らすインド系の男女。
静かだけど少し暗くて感傷的な短編の数々。タイトルにもなっている停電の夜に紡がれる壊れかけの夫婦の物語はヒリヒリするほどセンチメンタルでした。

普遍的なテーマとして感じたのは、絶望というよりも、取り返しのつかない人生折々の心変りや哀しさと、日常の些細な事柄を通して繊細に積み上げて納得し、受け入れて行く一生懸命な人々の、生きざまのやるせなさ…かなぁ?

アメリカ文化圏で育ったインド人の友達、わたしも何人かいるけれどthird cultureをoriginに持つものの孤独やアイデンティティへの疑問は、日本人とも通じるところあると思う。。

評価1 投稿元:ブクログ

2004/11/06 18:36

書評がすごく良かったので買ってみたけど・・・
私にはあまりはまらなかったかな。
でも一応最後まで読めました。

評価5 投稿元:ブクログ

2006/03/09 16:38

すばらしく読ませる作家だなあと思った。ストーリーテラーという言葉はこの人のためにあるのではないだろうか。全てが幸福ではないけれど、そういうもんだよね、きっと。

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